学マス短編集 作:学マスオタク
デート。
某国語辞典を参照すれば、「日時や場所を定めて、異性同士が会うこと」とある。
事実だろう。しかし、いわゆる日常会話で用いられる「デート」という言葉は、定義以上の意味を含んでいるというのが、一般的な日本人の感性であるはずだ。
例えば仕事上の付き合いでしかなくとも、打ち合わせと称して日時を定めて異性と会うのであれば、それは上記の定義上「デート」なのだ。
だが、実際そうした予定をデートと呼ぶことは基本的にはない。少なくとも俺の常識の中では。
異性同士が会う、という言葉以上に、甘美な響きを含んでいる。
「ねぇねぇPっち~、今週の土曜日デートしようぜ~」
紫雲清夏さん。初星学園高等部一年生。俺の担当アイドルだ。
プロデューサーとして、彼女のアイドル活動を手助けすることが俺の仕事であり、つまりは個人的な感情を一切抜きにすれば、ビジネスライクな関係と言って差し支えない。
彼女もそれは同様のはずだろう。
その彼女が、この昼休みのミーティングが終了した直後――俺を、デートに誘っている。
「あまりアイドルが大きな声で言うことではないですよ」
「えーいいじゃーん。Pっちやっぱりおカタいね~」
おカタい。そうだろうか。流石に、アイドルが学内で関係者しかいないとはいえ、堂々とデートに誘うような姿勢は、一般的に避けた方が良いと思ったのだが。
流行り廃りの激しいこの業界で、俺の感覚がアップデートされていないだけなのだろうか。
更に言えば、この「デート」とは、甘美な響きを孕んだこの誘いは、彼女の中でどんな意味を持っているのだろうか。
「清夏さん。繰り返しにはなりますが……学内であなたの名前は有名になってきていますから。誤解を生む表現は、なるべく避けたほうがよいでしょう」
「まあ、それもそうなんだけどさ~」
「それと、もう1つ。周囲の反応もそうですが、受け取り手がどう思うのかも、考慮いただけると助かります」
「受け取り手がどう思うか?」
清夏さんが首をかしげる。
「はい。この場合は俺ですが……あなたの印象に、誤解を与えかねません」
「なに? もしかして、俺のこと好きなのかもーって思われちゃうって話?」
首肯で返答する。どちらかといえば、本音はこちらだった。
清夏さんとて、軽率な発言、行動をするタイプではない。周りの目があればそんな発言をしないことなど、これまで接してきた中で、俺はとうに理解している。
初星学園の環境は、かなり世間的にオープンだ。アイドルの彼女と歩いていても、初星学園のアイドルと認識されている限りは、プロデュース課の人間と打ち合わせ等行っているものだと周囲が飲み込んでくれる場合もある。
もちろん、誰がどこで聞いているのか、こちらを見ているのかわからない。近年はアイドルの熱愛も、一昔前に比べれば受け入れられがちな世の中へ変わってきてはいる――しかし、評価に直結しかけないリスクは、可能な限り避けるべきだ。
だがそれ以上に。俺の心が乱される。
人に好かれるのも、才能の一つだ。清夏さんは、その貴重な才能を持っている。
だが、俺がファンとしての目線に立つべきではない。学友としての目線に立つべきではない。
「それってさ」
清夏さんが、一歩こちらへ寄ってきた。
自然と目線が下がり、上目遣いの清夏さんを見下ろす形になる。
「あたしのこと……、意識しちゃうってこと?」
いつも飄々とした様子の清夏さんからは想像もつかない、艶やかな声色。
心臓が早鐘を打つ。胸から混みあがる熱さが、首を伝って頬に、脳に浸透してくる。踏み込むべきではないと脳が警鐘を鳴らすほど、しかしその瞳から目を離せなくなる。
「そうです。あなたと一緒にいると――時々、勘違いしそうになります」
セーフティラインなど、とうに超えていた。
周囲の目を気にするならば、ここで俺は否定するべきだったのだ。
俺が直接方針を正すのではなく、清夏さんの自制にゆだねる形となってしまった。
ここで嫌われるのならば良い。担当アイドルとのコミュニケーションの形としては良くはないが……これで、今後のリスクを回避できるのなら、それで良い。
清夏さんは後ろ足で一歩下がって、くるりと背を向けた。ワンテンポ遅れて、彼女の長い髪が翻る。
背中越しだが、清夏さんがスマートフォンを取り出すのが見えた。文字を打つ。ポケットに忍ばせた、俺のスマートフォンが震えた。
清夏さんの前で携帯を確認するのも失礼な話だが、仕事の話だといけない。取り出し、通知を確認した。清夏さんからの、メッセージアプリの通知。
ごめんね。あたし、確かに周囲への影響とか、あんまり考えられてなかったかも。
画面上には、無機質にそう並べられていた。
どことなく距離を置かれたようなその伝え方に、期待などなかったはずの俺の肩が落ちる。
スマートフォンが揺れた。
勘違いでもいいからさ、デートしようよ
無機質なはずの文字列は、どことなく、人工的ではない熱を含んでいた。
清夏さんが、再度振り返る。その頬は、先ほどまでと違い、白い肌の上に小さな赤色を咲かせていた。
彼女なりの配慮だったのだろう。流出のリスクがないわけではないが、校内という雑多な環境下で周囲に人がいたとて、声によるリスクを避けた形での誘い。
勘違いでもいいというのは、つまり――
思わず聞き返したくなって、口を閉ざした。
代わりに、スマートフォンで文字を打ち返す。
清夏さんが画面に視線を落とし、その直後、教室のドアに向かって駆け出す。
ドアを開け、振り返ってこちらを見た。
まるでいたずらが成功した子供のような、得意げな微笑み。
「忘れちゃ、ダメだからねっ!」
そのまま清夏さんの背が遠くなっていく。次の授業にでも向かうのだろう。
なんだか落ち着かなくって、俺は再び手元のスマートフォンへ視線を落とした。
メッセージアプリに表示される、既読の文字。
土曜日、最寄り駅に10時で。その言葉をそっと目でなぞり、俺も教室を出た。ほのかに暑いからだが、空いた窓の空気で急速に冷え込んでゆく。
次の講義には、集中できそうにない。