学マス短編集 作:学マスオタク
俺は、プロデューサー失格だ。
初星学園では少し珍しい、大きな学外ライブの仕事だった。
会場は、最近完工し営業を開始したばかりの、商業施設。その開業記念にアイドルを呼んでライブを行い、宣伝に使おうというのが先方の魂胆だった。
野外ライブは、実力派のアイドルと相性が良い。いくら人気なアイドルでも、世間一般的に、通行人でいえばそのアイドルを知らない人間のほうが割合としては多いはずで、そこで目を惹き足を止める要素があるとすれば、それはやはり一目でわかるパフォーマンスだから。
だから、月村さんにこの仕事を持ってきた。自信があった。彼女の歌ならば、必ずこの仕事を成功させてくれるだろうと確信していた。
結果は失敗だった。
月村さんが悪いわけではない。調子もよかったし、課題であった体力面も克服し、ライブ中は圧巻ともいえるパフォーマンスで走り切ってくれた。
失敗要因は偏に俺のせいである。俺の企画力が致命的に足りていなかった。
月村さんのパフォーマンスに立ち止まった通行人たちが手をたたき、動画を取り、歓声を上げ、ステージ自体は大盛況だった。
だが、ステージの配置がよくなかった。月村さんを目立たせたい一心で俺が配置したライブステージは、最も多くの来場者が足を運ぶ位置。
つまりは、人の往来を妨害してしまう。結果として、人の通り道を確保するためスペースを開けざるを得ず、想定より観客は少なく終わり、それでも通りづらい道にしてしまったために施設やただ買い物がしたいだけの顧客にまで迷惑をかけた。
ライブとしては成功の部類かもしれないが、結果として、月村手毬の世論を落とすことになってしまった。
「……何をやってるんだ、俺は」
そんな大失敗から数日。謝罪回りもすみ、SNSでのプチ炎上も時間とともに風化した頃合い。この数日間は忙しなく走り回っていたので逆に気にならなかったが、終わってみるとどっと疲れと自責の念が押し寄せてくる。
月村さんにも、数日間会えていない。最もフォローをしなくてはならない相手は彼女であるはずなのに。わかってはいたが、足が遠のいた。仕事であればすらすらと良く回る口が、今回ばかりはうまく動く気配がなかった。
放課後、学内の一番目立たない場所――校舎裏のベンチで項垂れ、ため息をつく俺の姿は、さぞや滑稽なことだろう。冬の風も繁忙期だというのに、寒くても動く気力がわいてこない。
誰もいないと確信していたからこそ、この時間、この場所を選んだはずだったのだが。
「本当に、何をやっているんですか。プロデューサー」
顔をあげた。聞こえるはずのない声。
胸の前で組んだ腕。平常より不機嫌そうに八の字を描く眉。聞き間違えるはずも、見間違えるはずもない。
「月村さんですか。どうしてここに」
「それはこっちのセリフです」
俺の問いに答えることはなく、月村さんはそっと俺の隣に腰を下ろした。
いつもは比較的わかりやすい彼女だが、今回ばかりはその意図が読めない。まだ頭が混乱しているのだろうか。
「はあ……探したんですから。悪いけど、少し休みます」
「……わざわざ、俺を」
今度は少しわかりやすい。明らかに俺が悩みの種であると言うように、目を瞑って手を額にあててみせた。
「当然です。あなたは、私のプロデューサーですから」
言葉が出なかった。確かに俺は彼女のプロデューサーだ。否定する要素はどこにもない。
しかしながら、自責の念に駆られた俺は――疲れもあったのかもしれない。失敗してもなお、俺をプロデューサーとして扱ってくれる彼女に、安心と悔悟。同時に沸くはずのない気持ちが渦巻いていた。
「プロデューサー」
月村さんが立ち上がる。一歩、二歩前へ歩き、振り返ってこちらを見た。
座る俺が少し視線をあげ見上げる形で、月村さんと視線がかみ合う。
月村さんは、何も言わなかった。俺は相も変わらず、声すら出てこない。
目が離せない。月村さんが何を思うのか、何をするのか、わからない。
月村さんも、少し戸惑っている様子だった。まるで言葉を探しては否定し、探しては否定しと繰り返すように、何かを言いかけてはやめている。
だが、次に口を開いたのは、やはり月村手毬だった。意を決したように、迷いのない表情。
「――あのね」
俺を探していたという彼女が、何の言葉も紡ぐことなく、俺が彼女に与えた楽曲を歌い始めた。
周囲には、誰もいない。突然始まった、一人だけのステージ。明確に俺は混乱していた。
夕暮れの光を背に受け、月村さんが歌う。
人の気配も、音楽もなく。
俺の目にはいま、月村さんしか見えない、見えていない。
俺の耳にはいま、月村さんの歌声しか入ってこない。
俺の頭はいま、月村さんのことしか考えられない。
月村手毬が、ワンコーラスを歌い終えた。
寒空の下だというのに、少し蒸気した頬。浅い呼吸を数度繰り返し、荒れた息を整える。
俺しか聞いていないのが心の底からもったいないと思うほど、素晴らしい歌だった。
「私には、歌うことしかできません」
歌い終えた月村さんが、ぽつりとつぶやく。
「SyngUp! を解散してからの私は――調子を崩して、失敗ばかりでした。何をやってもうまくいかなくて、そんな自分が嫌で仕方なかったんです」
俺の口は、未だに言葉を発することを許さない。
俺自身が言葉を見つけられないのか、月村さんの雰囲気が俺の発言を許さないのかはわからないが、無言で続きを促すことしかできなかった。
「言いましたよね。そんな私に翼を授けてくれたのは、あなたなんです」
視線が、揺れた。
「失敗なんて慣れています。悔しいは悔しいけど、今更、引きずるものはありません。でも、あなたがそんな状態じゃ困るんです」
そこまで言って、月村さんがふっと笑った。
まるで俺の心が読めているかのように。いたずらが成功したかのように、穏やかな表情で。
「仕事熱心なプロデューサーのことだから。どうせ、観客がいなくてもったいないとか思ってるんでしょ?」
「……歌うことしかできないなんて、とんでもない。ソロラジオでもやれてしまいそうですね、今の月村さんなら」
「減らず口が戻ってきたようで、何よりだよ」
年下の担当アイドルにここまで言われて再起しないようでは、男でもプロデューサーでもない。
沈み切った俺の心には、確かに新しい火がついていた。
トップを目指すうえで、全戦全勝なんてありえない。頭ではわかっていた。
しかし俺は頭のどこかで、その敗北の可能性に、俺の存在を勘定できていなかったらしい。明らかに、うぬぼれていた。
一度底まで落ちてしまえば、あとは登りなおすだけ。
俺が翼を与えた彼女が、今度は俺が羽ばたく切欠を与えてくれた。
ならばこそ、その沈みは高く飛ぶ前の助走にしてしまおう。そうでなければ、本当にただ彼女と周囲に迷惑をかけただけの人間で終わってしまう。
「ありがとうございます。月村さん」
「……別に。何もしてない」
ようやく活力が戻ってベンチから立ち上がった俺に、月村さんが今日はじめて俺から視線を外した。
なぜだろう。ほんの数分前まではどん底だったのに、いまならばなんでもできる気がしてくる。
彼女の歌にはそれだけの可能性があると、心の底から言える。
「月村さん、今日はもう帰りましょう。俺は、次のライブ戦略を考えます」
虚栄ではない。今の俺は自信が漲った顔をしている自覚があるし、既に脳内にはもう、失敗するイメージは全くない。
ほんの数十センチ先にいる月村さんは、再度視線を戻して俺の顔を見た。
先ほどまでとはまた違った、穏やかな微笑み。
「なら……そのライブでは、一つだけ私から、リクエストさせてください」
少しだけ見下ろすような形。視線の下で、伸びた月村さんの影が、俺の影と重なっている。
「次こそは、満員の会場で。今と同じ顔をしてください」