転生したら虚だった件(勘違い) 作:奴隷貸出中
鬼面は特異個体と称される異形の醜鬼たちのなかでも殊更特異な個体だ。人間を襲わないその性質はもちろん、意思疎通が可能なほど高い知性。特異個体の中でも桁外れの戦闘能力は、本来ならあの程度の醜鬼に遅れを取るはずもなく、己の身より人命を優先したからこその負傷。
「何故貴方達は人を襲うの?」
『知らん。彼奴等と意思疎通出来たことないし』
暴れても対処できるのは組長クラスだけ。片腕だけ自由にして渡された紙とペンで会話を行うのは鬼面を捕らえた
「魔都………あそこは一体なんなの?」
『知らない。気付いたら彼処で暮らしてた』
「……………貴方達に、王は居るのかしら」
『大規模な群の長を俺は王と呼称してたけど、ホロウ全てに命令できる存在は見たことない』
「ホロウ? 醜鬼の事かしら………」
『たぶんそう。俺達の事』
しかし、大した情報は得られない。まあサバンナに住むライオンにここはなんだと聞いた所で、詳しく知っているわけもないだろう。知性はある。だが知識はない。
『此方からも質問』
「ええ、答えられる範囲なら」
『前回、どっかの村と、今回の事件。何人死なせた………?』
「…………………」
どっかの村………やはり彼は
「村では400名。今回は数千人の命を、あなたは
「………………」
『ありがとう』
そして書かれた言葉は感謝だった。
『だがどうか甘やかさないでくれ。俺は見たまま俗物だ。そうやって甘やかされれば、『倍は救えたからいいや』と、死なせた事を軽く見てしまう。命を軽く見れば、待っているのは怠慢だ。どうか、救えなかった弱い俺を叱ってほしい』
記された言葉に
ここまでの覚悟を持って人を救おうとする者など、魔防隊の中ですらどれだけいるか。
「貴方はどうして人を護るの?」
再び長考。やがてペンが再び動く。
『俺が元々人間だからだ』
「「!?」」
その言葉に二人は目を見開く。
『死んだ後、醜鬼になった。この事は絶対に公表するな。必要ないだろ、俺達が人間だったかもしれない、なんて事実は。少なくとも俺は、人と敵対しなかった同胞を知らない』
魔都と呼ばれる醜鬼の住む異空間。ある者は地獄のようだと言うこともある。醜鬼はそこに住まう鬼………その認識で良いのだ。人が死ねば醜鬼になる、なんて話が広まれば剣を握る手に力を入れられなくなる者、醜鬼殲滅を諦める者も増えるだろう。最悪なのは男性型ばかりの醜鬼を見て、醜鬼になるのは男だけなどとただでさえ過激になってきている女尊男卑がより苛烈になること。
「でも貴方は、実際に人としての記憶があるのでしょう?」
『俺は特別。だが、俺だけが特別だと思わない連中だっている』
死んだ家族がひょっとしたら醜鬼になっているかもしれない。その醜鬼も奇跡が起きたら人の心を取り戻すかもしれない。そんな話が広まれば、待つのは混沌。人を護ろうとする者、醜鬼を護ろうとする者で別れ、人と人が争う世になる。
『俺はホロウ………醜鬼だ。今はそう生まれた。自分の身を護るためにお前たちと戦い傷つけた事もある。同情するなら………そうだな。漫画でも持ってきてくれればそれでいい』
「…………………そう」
「改めてありがとう、あなたの覚悟と、献身に感謝を」
「……………ぐぁ」
「…………そろそろお時間です」
「ええ………最後に、貴方の名前は? 人として生きていた頃の名前を、教えて欲しい」
『…………
ご丁寧にふりがなまで書いてくれた。
「人から醜鬼に生まれ変わった、ねえ………」
「無論、騙りの可能性もありますが………少なくとも彼の自認は人かと」
魔防隊総組長、山城恋は報告書に目を通し目を細める。
人を護る特異個体。対人想定の国防は無理でも万年人手不足の魔防隊に導入できればと思ったが、一体用意するのに一人の犠牲が必要となると…………
一匹現れれば何十人と無辜の民を殺す醜鬼。一人の犠牲でその戦力を得られるなら十分だろう。とはいえ率先して行うほどの良案でもない。そもそも人を護る、ではなく人の意思が宿っているだけなら望んだ通りに動いてくれるとも限らない。
桃を食べて得た力で罪を犯す者も多いのだ。醜鬼の力とて人外の力。箍が外れるものは確実に出る。
転生方法の解明は後回しに、暫くは鬼面本体の運用方法を考えるべきだろう。彼女は清濁併せ呑むが、率先して濁った水を呑む趣味はない。
「特異個体の醜鬼は通常個体を束ねることがあるわね。鬼面は可能かしら?」
「………彼曰く、まずは実力を示す、と」
「そう。案外醜鬼も躾が肝心なのね」
醜鬼を支配自体はできたらしい。そこはやはり肉体が醜鬼だからだろうか? 現状捕獲した醜鬼は研究と演習にしか使えない。使役出来る者もいるがそれは能力によるものだ。
「どこまで使役出来るのかしら?」
武装を持たせる程度なら出来る。原始的な剣だの斧だ。もし銃器すら扱えるように出来るならこれは大きい。
「その子も、人を護るために戦えるなら本望でしょう? 私、言う事をちゃんと聞く犬は好きよ?」
「………………………」
昨日あの後、最初にあった婆さんが改めて挨拶に来た。人であるなら改めて、とのことらしい。律儀な人だ。それでも人体実験はする気らしいが。この場合人体実験でいいのだろうか?
「………ふごぁ」
腕を縛られたまま寝るのも慣れてきて、欠伸をする鬼面は文字通り人並み外れた聴力で足音を捉える。
「中々図太い神経をしているようね。元が大雑把な性格だったのかしら?」
「がご?」
現れたのは魔防隊とか言う組織の服を着た女。
「言葉は通じるのだっけ? 初めまして。私は
何を言っているのだろうかこの女は。
「貴方の処遇の話よ。元々人だと言う貴方の言い分を、取り敢えずは信じるにしても、肉体が変異したならともかく醜鬼の肉体に魂が宿ったなんて、扱いに困るのよね。戻す方法なんてそれこそ新しく人の体を用意して魂を………なんて、倫理を1つ2つ無視しなきゃならないでしょう? そこは別に問題ないのだけど」
「ぎ、がぎゃう………」
問題無いんだ。
「そこまでしてあげるだけの価値も成果も、貴方は示していない」
「ご、がが、がぅ…」
つまり研究するための時間と資金を割くだけの価値を示すということだろう。
「ごめんなさい。獣の言葉は分からないの」
と、鬼面を縛っていた縄が解ける。ここの職員が『桃の力』が管理しているとか言っていた特殊な縄らしいのだが、まるでただの縄になったかのように鬼面が僅かに入れた力で結び目が解けてしまった。
「があ……」
目の前に少女がいるというのになんて不用心な設備なんだ、と縛られていた側である鬼面が呆れる。恋はしかし慌てることなくニコリと笑う。
「醜鬼は、力関係をわからせて屈服させるのよね?」
「がぎゃ…………?」
恋の周りに8枚のカードのような光が現れ回転する。瞳に梵字が浮かんだ瞬間、鬼面の身体が吹き飛んだ。
「……………? ……………!?」
遅れて全身を覆う激痛。自身が魔都の空にいる事に気付くのに遅れ、目の前に現れた恋に気付き慌てて腕を交差させる。雲が吹き飛ぶほどの衝撃。地面に激突する鬼面。その余波だけで醜鬼の群れが消し飛んだ。
「か、は………がぁ!」
立ち上がろうとした鬼面の胸を踏み付ける恋の足。
「あら、加減したとは言え、思ったより頑丈なのね。良かったわ、もう少し強く躾けても問題なさそう…………お手」
と、手を差し出す恋。困惑する鬼面相手に、やはり笑みを浮かべもう一度命じる。
「お〜〜手♡」