ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
家にはいつもガラクタが山のようにあった。母や祖父母に言わせれば、それらはいつか直して博物館にでも展示するためのヤードであったというが、僕からしてみれば古く、埃の被ったガラクタで、恰好のおもちゃに過ぎなかった。
学校から帰っては、宿題を適当に済ませ、ヤードに潜っては古い機械をバラバラにして遊ぶ。そんな遊びを楽しんでいた。
ただ、やはり子供のやることで、バラバラにした後に戻すことが出来なかったり、そもそも固着してボルトがはずれなかったり、ヘドロのようになったオイルが溜まっていて、途中で嫌になって放り出すことも多々あった。
そんな状況にしびれを切らしたのか、ある日祖父が言った。
「バラすなら全部ちゃんとバラしなさい。適当は許さない」
その日以降、祖父は時間を見つけては一緒になってヤードにこもってくれた。
最初は確か、動かなくなった石油ストーブだった。配線がショートしていて、それをはんだでくっつけて、部品を全部きれいにして、再度組み直す。祖父も仕事で忙しいはずなのに、僕が作業に行き詰まると、ふらっと現れて、さっと手を貸して状況を整理してくれて、そのおかげか作業が嫌になることは無かった。そして作業が終わるとヤードの片隅で立ったままおやつを食べる。夕飯前だから皆には内緒だよと言って。そんな時間が大好きだった。
石油ストーブが直った日には、真夏だというのに火を点けて、せっかくだからと言って買い置きにたまたまあったマシュマロを焼いて、汗をかきながら食べたのを覚えている。
僕が機械いじりにハマった最初の出来事だ。
タンクを開けてガソリンを確認。燃料コックをオンに。セルスイッチを押し、初爆が来たらアクセルをあおる。ドドドドと低い音がすぐにアイドリングを超えて、ブオーンと重く揃った音になる。アクセルをあおりつつ、3000回転前後をキープ。1分もすればアイドリングは安定し、そのバイクは息を吹き返した。
「うん」
思わず声に出てしまう。良い車だ。これがヤードの中で転がっていたゴミだったとはとても思えない。いや、僕がその価値を理解できていなかっただけか。
「完成したかい?」
声に振り向くと、いつの間にか祖父ちゃんがいた。
「うん、いったんね。とりあえずこれで完成で良いと思う」
「いいね、懐かしいエンジン音だ」
「でしょ」
「この年になって、油冷のGSX-R750の完成車があるだなんて、感無量だよ」
「そう?ずっとヤードにあったんだし、祖父ちゃんならすぐ起こせる(レストアできる)んじゃ?」
「やろうと思えばね。ただ、そのやろうと思えばがずっと来なかったんだよ。ショップに出して直すこともできたのに、その内、時間が出来たら自分の手で直すんだ、なんて思って、もう何十年も放置してしまった。子供のころからあこがれてた車だったはずなのに」
「忙しかったんでしょ?」
「それもあるけど、それだけでもない、かな?なんというか、熱が冷めてしまっていたのかも」
「でも実車を見れば、また熱されてきたんじゃない?」
「ああ、最高にね」
僕はアクセルを回す。ブワアアァァーーン!とエンジンは猛々しく咆哮する。ならしさえ終わっていないがレブの半分程度ならいいだろう。ブワアン、ブワアン、ブワアアァァーーン!ケーブル式の重ったるいアクセルが、しかし確実にバタフライバルブを開放し、重く荒々しい、しかし確実に回る油冷4気筒のエンジンサウンドがヤードに響く。
顔を上げる。祖父ちゃんと目が合う。にんまりと口角が上がっている。きっと僕も同じような顔をしているんだろう。
棚に置いておいた新品のヘルメットとレザーグローブを手に取り、祖父ちゃんに渡す。
祖父ちゃんは最高に驚いた顔をした。
「……良いのかい?」
「良いよ。というか、元々最初は祖父ちゃんに乗って欲しかったんだ」
もともとこのバイクのエンジンはそれほど悪い状態ではなかった。本当に長い期間放置されていたが、油冷エンジンはウォータージャケットの通っていないシンプルな構造だったし、抜いたオイルもヘドロ化しているわけでなく、奇麗なものだった。放置する際の状態が良かったのだろう。オイルを交換し、コイルとプラグを交換し、キャブとタンクを清掃すればエンジンはかかったのだ。流石に長期保管すぎるため、後々エンジンもオーバーホールする必要はあるが、いったん完成、としてならまあいいだろう。
ただ、それ以外の部分は凄まじかった。ボロボロの外装、フレームと一体化し動かなくなったスイングアーム、完全に固着したブレーキ、ネズミに食われたのか見る影もない配線系。
挙げればきりがないほどに問題点はあった。朽ち果てたゴミ同然の車だった。回らないボルトをバーナーであぶり、固着したパーツをハンマーでぶっ叩き、オイル汚れを灯油で洗い、サビを削ってきれいにし、再メッキ(祖父ちゃんが外注してくれた)して再塗装して、エトセトラエトセトラ。
夏休みの宿題や自由研究では収まらないような作業だった。
ただ、行き詰まるたびに祖父ちゃんが手を貸してくれた。
「完成したからかもだけど、正直楽しかった。でも同じくらい、いや以上かな?大変な部分も多かった。放り出そうと思った時もあったけど、祖父ちゃんが手伝ってくれたから完成した車とも、思う。だから、最初は祖父ちゃんに乗って欲しい」
テストライダーも兼ねて、ね。そういうと祖父ちゃんは、本当に嬉しそうな顔をして、ありがとう、と返してくれた。
「スーツにヘルメットって、案外似合うもんだね」
「昔は、バイクはジェントルマンのものだったりしたものだよ。ジェントルマンライド、なんてイベントもあったしね」
「へえ、いいね。かっこいいよ祖父ちゃん」
「ふふ、ありがとう」
セルを押せばもう一発でエンジンがかかる。レーサーレプリカだけあって結構なバックステップにセパレートハンドルだけど、祖父ちゃんは勝手知ったるといった具合だ。
「じゃあ、気をつけて」
「ふふ、行ってきます」
ガコン、と一速に入れ、そろそろと動き出す。すぐにマシンは加速し、ヤード向こうへ見えなくなっていった。
「ああ、楽しかった」
面倒くさくもあったし、大変な部分も多かった。でも、得る物は多分すごく多かった。
これが、僕が機械という分野にのめり込んでいった2番目の出来事。
ハサウェイ・ノア、12歳。僕の将来への道が、ほんの少し見えたような気がした。
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