ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
「おおう、マジかー……」
最初にGSX-R750を何故直したか、単純明快、祖父ちゃんがこれを直そうといったからだ。考えても見て欲しい。結局エンジンをばらすことは無かったが、それでも4気筒。普通最初のレストア車に、4気筒4連キャブのバイクなどよこさないだろう。唯一評価できる点は空冷(油冷)であること。それにしたってである。
そんな祖父ちゃんが次に直そうと提案してくれたものは、なんと驚き。
「ポルシェ911の……タイプ964?の、RS(レンシュポルト)?」
質素な内装に如何にもなバゲットシート。エアコンはおろかパワーウインドさえついていない、何と言うべきか、よく言えばスポーツ性能マシマシ、悪く言えばやっすい内装。
ボディカラーは光沢のあるシルバー、らしいが、埃にまみれて今や見る影もない。
母さんの実家、というか祖父ちゃんが社長をしているヤシマ重工という会社は、色んな武器を作っている会社らしい。兵隊さんの鉄砲からモビルスーツの武器、果ては宇宙と地球を行き来できる戦艦の大砲まで、それはもう多岐にわたって。
その過程で型落ちしていく武装や、大昔の武器、コンセプトモデルとして発表した試作品など、コレクションだったり何だったりも大量に持っているらしく、展示できるものはヤシマ重工のヘリテイジコレクションとして博物館に並んでいるが、祖父ちゃんや、今は亡きひい祖父ちゃんや、そのまた祖父ちゃんなど、ヤシマ家の歴代の社長さんが「買ったはいいが展示するに値しないもの、そもそも趣味で買って、その後放置されているもの」などが、この実家のヤードに保管されている。
いや、保管というか捨て置かれている。祖父ちゃん曰く「ここにあるもので捨てていいものなど何もない!全部お宝!」らしいが、まあ放置されている。
先の一体いつから放置されているかわからなかったGSXもそうだが、この911にしても大分年季が入っている。
「まあとりあえず、洗うか」
祖父ちゃん曰く「洗車とは最も身近な整備」とのこと。車を洗う際には普段見ない細部まで否が応でも目が届く。その時に、傷や汚れ、オイル漏れや液漏れなど、どんな些細なことでも良いから気づく。それこそがメンテナンスの第一歩だ、とのこと。
たしかに祖父ちゃんが普段乗っている車(電気自動車)はピカピカだ。たまに庭先で祖父ちゃんが洗車しているときもある。
……ほなこの車は何やねん。まあ思うところはあるが、この車も祖父ちゃんの夢のかけらのような物なんだろう。気合い入れるか。
ドアを開けると、埃っぽい匂いは充満しているが、なかでネズミが巣を作っているでもなく、コウモリの死骸が転がっているでもなく、いたって奇麗なものだ。ただ大変埃っぽい。あと若干かび臭い。
このままシートに腰を下ろすことに若干のためらいを覚え、まあ気持ちまでにとビニールをシートに引き、ポジションを合わす。
キーは回る。シリンダーは大丈夫そう。ただ勿論バッテリーは死んでる。ブースターでいけるかな?無理か。というかバッテリー何処だ?
リアのエンジンルームをとりあえず開ける。見当たらない。まあそうか。こんな目いっぱいにエンジン押し込んで、熱的に厳しいところにバッテリー置かないか。フロントのトランクルームを開ける。たしか内張りの下…発見。スペアタイヤとバッテリー。
バッテリーの液漏れは、無し。液量は、結構減ってる。交換必須。
「まあそう簡単にエンジンかけられないか…」
とりあえず洗車するか。
作業スペースはちゃんと確保してあるので、このまま洗車を始めよう。まず取り出したるは、ヤシマ重工謹製、これ一台で庭先から家の壁、愛車まできれいにできる高圧洗浄機。これである程度の汚れを除去する。
洗車の際に気を付けるべきことは、可能な限り車に触らない、ということらしい。埃がついた状態でスポンジで洗おうとすると、どんなにスポンジに水やシャンプーを含ませていても必ず傷がつく。なので、最初の水をかけるシーンは結構重要なのだ。
適当な足場に乗ってルーフから、フロントウィンド、ボンネット、横に回ってサイドウインド、ドア、後ろに回ってリアウインド、エンジンフード、そして逆サイド。
祖父ちゃんが保存しようとしていた車だけあって、元の状態は言うほど悪くない。高圧洗浄機で大まかな汚れを落とした時点で、ボディに大きな傷やら腐食やらは無かった。これはGSXと比べれば遥かに状態が良い。
次にフォームガンで泡状のシャンプーをまんべんなくボディーにまぶし、汚れを浮かす。その間でホイールをササっと洗う。タイヤは当然だがヒビまみれで交換必須。
シャンプーをいったん高圧洗浄機で洗い流し、再度シャンプーをまぶし、スポンジで軽くボディをこすり汚れを流す。またこれを高圧洗浄機で洗い流す。
「おお、奇麗じゃない?」
適当なシャンプー洗車だったが、状態が良い車両を屋内保管していたせいか、すでに外装はきれいに見える。クリアが若干曇ってるとか、所々うすい線傷が見えるとか、まあ気になる点はあるが、それにしたってまあまあ奇麗だ。
指でボディをなぞっても、塗膜が変に指に引っかかる、なんてこともない。
水垢の除去やら、鉄粉の除去やら、そういったのは後回しでも良さそうだ。
「じゃあ内装か……空気入れ替えて掃除機かけて、それでも臭かったらリンサーで洗う感じで良いか」
思った以上に掃除は早く終わった。空気を入れ替え、埃を掃除機で吸い取っただけで、匂いはだいぶましになった。
やはり保存状態が良い。というか良すぎる。あのGSXの朽ち果て具合は何だったんだ?まあ手間が無くて良いか。
とりあえずエンジンをかけたいわけだが、やるべきことは①エンジンオイルの交換、②点火系の確認、③バッテリーの交換、といったところだ。この3つをやってエンジンがかからないようなら、電装関係でダメな部分があるか、スターターモーター本体がだめか、はたまたエンジンがそもそもダメか、確認事項が一気に増える。なのでこの3つでさっさとエンジンがかかって欲しい。
911はドライサンプで、オイルパンの代わりにオイルタンクがある。まずエンジン下部のドレンボルトを開けてオイルを抜く。
「おお?」
意外や意外。オイルがかなり奇麗だ。変色なく、オイルままの琥珀色だ。助手席下にあるオイルタンクのドレンを開放すると、こちらからも新品のようなオイルが出てくる。
「これはひょっとするのかな?」
ドレンボルトに鉄粉など変な異物もついていない。オイルエレメントも同じく交換
プラグも当初は全て見ようと思ったが、上側のプラグを数本見て、どれも状態良し、減りも少なく被ってもいない。早々に点火系の点検を切り上げる。
新品のバッテリーへ交換し、逸る心で運転席へ乗り込む。
キーをオンまで回すと当然のようにメーターに灯りが点き、そのままキーを回しきる。
キュルルルルルルと長めの助走の後、ドドドドドドドドドとエンジンがかかる。
「ええマジでえ……すご」
アイドリングが安定している。勿論エンジンが冷えているためアイドリング回転数は若干高いが、それも落ち着くだろう。異音無し、チェックランプ系も点灯無し。タイヤとブレーキさえ整備が済めば、このまま走り出せそうだ。
軽くアクセルを踏むと、ブオンとリニアに反応する。アクセルケーブルの固着も無し。クラッチも、大変に重いが感あり。要確認だがクラッチも問題なさそうだ。
アイドリングも約900rpmで安定。オイルも温まったのか、ファンが動き始めた。
腹下を確認。エンジン下部からオイル漏れなどなし。オイル量確認。約10リットルのオイルを飲み干し、オイルレベルも問題なし。
「なんだあ、これは」
多分問題なし。おそらく問題なし。すごく問題なし。あっけないほどに911は始動してくれた。
「おお。かかったね」
「おお。祖父ちゃん。すこぶる快調だよ、この911。もうエンジン掛かった」
ふと思い立って時計に目をやると、もういい時間になっていた。それほど熱中していたのか?
「何処まで手を入れたんだい?」
「消耗品だけ。オイルとバッテリー交換したらもう掛かった」
「ガソリンタンクとか燃料ポンプとかも大丈夫そう?」
「は、まだ見てない。ただ、ガソリンが完全に空で、タンク内は錆とか全然なかったから、ワンチャン無事かも」
「いいねえ」
祖父ちゃんのニコニコ顔だ。普段は柔らかいニッコリ笑顔の祖父ちゃんだけど、こういう時は子供みたいなニコニコ顔をする。祖母ちゃん曰く「あの人はいつまでたっても子供なのよ」とのこと。ちょっと分かるかもしれない。
「走れるかな?」
「無理だよ。タイヤが罅だらけだし、ブレーキも見てないし。とタイヤは回るけど、それしか見てないし」
「ううん、そっか……」
ひとしきり悩んだ風な顔をして祖父ちゃんが言う。
「ちょっとだけなら……」
「いやいやいやいや、止まれないって。クラッチも確認できてないし」
「うーん、でもこんなエンジン音のポルシェが目の前にいるのに、このままとは……」
酷く名残惜しそうにうんうんと祖父ちゃんがうなる。そしてふと運転席に座って、軽くアクセルをあおり始める。
ブオン、ブオン、ブオオォォーーン。アクセルをひとしきり煽ったところで、エンジンを止め、祖父ちゃんが出てくる。
「いつ頃乗れるかな?」
「ええーー……」
わくわく顔の祖父ちゃんである。
「そうだなあ…明日ブレーキの確認して、キャリパーが大丈夫そうならフルードとパッドだけ交換でしょ?で、タイヤ交換さえできれば、まあ明日には乗れると思うけど…」
「行けるかなあ?」
「キャリパーが大丈夫ならね?あと、最初はクラッチが大丈夫かどうかもチェック必要だし」
「大丈夫、試走の時に一緒にチェックできるよ?」
もはや明日中に911を動かすことは祖父ちゃんの中では半ば決定しているらしい。まあ良いけどさ。
祖父ちゃんはその後、エンジンを切った後も911をひたすら眺めて、思い立ったように運転席へ座り「いやあ良いなあ」と感動しきりだった。
あんまりにも動かないもので、母さんと祖母ちゃんがヤードを覗きに来て、その時にちょっと叱られてた。母さんは呆れたように、祖母ちゃんも同じような反応だったけど、祖父ちゃんの嬉しそうな表情に、しょうがない人と言っていた。
明朝、何故か早々に祖父ちゃんに起こされた。時刻は午前6時。何事?と寝ぼけ眼に祖父ちゃんを見ると、祖父ちゃんはヤシマ重工の作業用のつなぎを着て、戦準備はできたとばかりの様子だった。
おお。マジか……。
911は確かに有名なスポーツカーで、何なら時代を彩ったスーパーカーでもある。それは知っていた。というか整備を始める前に祖父ちゃんがいろんな本やらビデオやらを見せてくれたのだ。
西暦時代のガビガビの古い映像で、祖父ちゃんは911の魅力を存分に語ってくれた。911が凄い車であることは知識として理解していた。ただ、これほどまでに祖父ちゃんが入れ込んでいるとは思ってもみなかった。
るんるんの足取りでヤードへ向かう祖父ちゃんと、若干頭が働いていない僕。この熱量の差よ。
ただ、作業は予想以上に早く進んだ。
当然だけれど、祖父ちゃんが偉い早く作業を進めてくれた。クイックジャッキでさっさと911をジャッキアップし、タイヤを早々に外して祖父ちゃんがいそいそとタイヤチェンジャーへ運ぶ。
僕も作業をせねば、とブレーキ関係のチェックを始める。
ローターは錆びているが、そこまで状態は悪くない。ブレーキホースにしても、固くはなっているがひび割れなどなく、またフルードの漏れた跡も無し。
まずはキャリパーを外し、パッドも外す。
「……きれいだ、なあ?」
埃が堆積して薄汚れているが、それだけだ。湿度が安定していたのか埃が泥のようになってもいないし、外から見る程度だがピストンもキレイっぽい。これならいったんパッドだけでいいかも。
4輪とも確認したが、状態はまあ良好。このヤードの保存状態、すごい。ごめんヤード、心の中でゴミ置き場って呼んじゃって。これからは高度なガラクタ置き場って呼ぶね。
パッドだけ交換し、一緒にフルードも交換する。これでブレーキ関係はOK。
「タイヤ交換できたよ」
祖父ちゃんがタイヤをゴロゴロと運んでくる。そのままそそくさとタイヤを履かせ、ジャッキからおろし、トルクレンチで締める。流れるような作業だ。
「さて、行こうか」
少年のごときらんらんの瞳を輝かせる祖父ちゃん。さあいよいよだと、運転席へ乗り込む。僕が車の後ろへ回ると、祖父ちゃんが声をかける。
「どうしたのハサウェイ?ほら乗らなきゃ」
「え?いや、動かした後外から見てた方が良くない?」
「外から何を見るんだ?ブレーキの利きなんて見てても分からないよ。ほら、早く乗って」
そう言われ、助手席に乗りこむ。祖父ちゃんがキーをオンにし、少し待つ。そしてキーを回す。
キュルルルルブオオォォーーン!
エンジンがかかる。祖父ちゃんはもう笑顔で一杯になっている。
「いいねえハサウェイ!」
満面の笑みだ。その時ふと思った。祖父ちゃんが911を大好きなのは、それはそうだろう。でも、911には、祖父ちゃんをこんな風に笑顔にできるすごい魅力があるんじゃないか?同じことかもしれないけれど、そんな風に思った。
クラッチを踏み、ギアを一速へ。スッと911が走り出す。すぐにクラッチを全閉しブレーキ。キュッと止まる。
「止まるねえ」
祖父ちゃんが笑顔のまま語り掛ける。もう待ちきれない!そんな風だった。
「じゃあ、テストドライブ、お願いね?」
「OK!」
911が走り出す。ヤードの前のちょっとした庭先を、1速と2速を行ったり来たりで。流石にサスが抜け気味なのか、車はぼよんぼよんと弾むし、速度なんか出ないものだから、それだけで911がどうのなんて言えるものじゃなと思うけど。
ただ、祖父ちゃんが笑顔になった理由が、ほんの少しわかった気がした。アクセルに合わせエンジンが回り、ステアリングを切るごとに車が曲がる。そんな当たり前のことがひどく楽しそうで、また楽しかった。きっと自分で運転できればさらに楽しいのだろう。
僕はまだ、機械の楽しみをちゃんと分っていないのかもしれない。
GSXは直しただけで乗ってさえいない。911は助手席だ。運転がしたい。もっと機械をわかりたい。
この911にしたって、サスペンションはどうにかしなきゃだし、ステアリングセンターは出ているのか?アライメントは?インジェクションは触っていないけど、点火系は本当に問題ないのか?エンジンは?バルブタイミングも問題ないのか?これでエンジン音はそろっているのか?ブレーキタッチはどうなんだ?確かにこの速度なら止まるけど、これは良い状態なのか?
知りたい。僕はまだ、この車が正しく動いているのかわかっていない。今はまだ、ただ動いていると確認できているだけだ。
知りたい。どうすればこの車は良くなるのだろう?もっといいはずじゃないのか?もっとよくできるはずじゃないのか?
満面の笑みを浮かべる祖父ちゃんの隣で、僕もまた目を輝かせていた。
僕は、もっと機械のことを知りたい。
読了ありがとうございます。ガンダムの小説のはずなのにキャラが全然登場していないので、次回あたりでブライトさんとかミライさんとか出せたらなあと思います。
励みになりますので、せび感想などお聞かせください。