ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
はい、この話から暫くバナージが主人公になります。
ダカール編とトリントン編、そして宇宙に上がるまで、多分ハサウェイが出てきません。
私も想定外でした。
注意書きとして、この話に出てくるロニさんはアニメ版の設定で基本を考えてます。
ただ、「は?公式設定と違うじゃねーか!」といった場面が様々出てくると思うのですが、当方ガンダムにわかでして、あんまり詳しくないのです。
コミックスの外伝作品などほぼ分かりません。その旨を承知いただきまして、それでもよろしければ拝読いただければと存じます。
注意書きが長い!よろしくお願いいたします。
バナージにとって、初めて降りた地上は何もない場所だった。
ガランシェールはモーリタニアのサハラ砂漠に降り、ダカールへの道を目指していた。
この任務は隠密作戦であり、連邦に対し秘密裏に任務を完遂させる必要がある。フロンタルはジンネマンにそのような命令を出していた。
箱の存在が何であれ、工業コロニーに特殊部隊を派遣した時点で、連邦がこの一件を表沙汰にさせたくないことは理解できた。そして、ことを大きくすれば連邦はどんな手を使ってでもユニコーンの回収、ないし破壊に踏み切るとも。
そしてネオジオンは、確実に箱を手に入れる必要がある。だからこその隠密作戦であると。
ダカールにはフロンタルがモナハン・バハロを通じ、内密にガランシェールを受け入れるための工作が図られている。その連絡を待ちつつ、ガランシェールは砂漠の秘密基地で状況を整えていた。
「おいバナージ!こっちのギラズールはどうなってるんだ?」
「センサー異常はありますけどコンピューター上の不具合だけです!あとで修正入れます!」
「バナージ!こっち手伝ってくれ!」
「はい!」
宇宙での戦闘は鬼気迫るものがあった。
連邦はユニコーンを奪還せんと戦闘を広げ、剣林弾雨の戦場となった。レウルーラさえ艦隊射撃に列を並べ、ガランシェールはなんとか敵を引き離し戦線から離脱。地球上をおよそ半周しながら敵の目をくらまし、やっと地球への降下を果たした。
人員の損失こそなかったものの、モビルスーツ隊はそれなりの被害を被り、地上へ降りてからは、協力関係にある地球のジオン残党の基地にて必死にモビルスーツの修理をしていた。
そしてその修理にバナージも駆り出されていた。
元々宇宙にいた時からマリーダを通じてガランシェールのメンバーと薄い交流をバナージとハサウェイはしていたが、クシャトリヤの修理をする際にその能力を買われ、マリーダのつなぎの機体となるギラズールのセッティングなどで話をするようになっていた。
ガランシェールのエースは紛れもなくマリーダであり、そして偽装貨物船という性質上、基本は隠密行動、会敵の際も一撃離脱が基本の戦法となるため、エースの能力は何よりも重要であった。
そこでマリーダのギラズールは些か異常なコンピューターセッティングをされることになった。
これはハサウェイが、とある連邦のエースパイロットのOSをベースにセッティングを出したもので、さらにガランシェールの他のメンバーとの連携を加味し、宇宙にいるときにガランシェール隊の全てのモビルスーツにハサウェイとバナージがほんの少しだけ手を加えていた。
そこで二人の能力がガランシェールにも直接共有され、そしてそれ以前にハサウェイもバナージもパイロットの腕を知られているため、人となりが分かった時点で二人は歓迎された。
そんな理由もありバナージがメカニックとして働いていたのだが、バナージを含め、その場にいる誰もが、ほんの少しの違和感を感じていた。
絶妙に段取りが悪い、と。
基本的につつがなく作業は進んでいるのだが、時折衝突、というか停滞する瞬間がある。宇宙にいた時には、決して感じなかった違和感。
それをバナージは感覚的に理解していた。ハサウェイがいないからだと。
メカニックの腕だけで見れば、ハサウェイとバナージの間には特別大きな差はない。コンピューターに関してはハサウェイは大を付けられる天才だが、単純なメカに関してはそこそこだ。恐らくタクヤと比較してもそこまでの差はないし、そして神業を持つ一流のメカマンとは比べようもない。
ただ、ハサウェイは段取りと準備に一切の無駄が無いのだ。
常に痒い所に手が届く、欲しいものは準備されている。これは、幼いころから基本的に一人で作業をしていた恩恵だろう。初めに全部用意してから作業にかかる、効率よく仕事を回す、ハサウェイは祖父からそのように指導され、それが当たり前になっていた。
そして宇宙での作業はほんの数日だったが、ガランシェールのメンバーもそのハサウェイの準備や流れありきで作業を考えており、バナージなどは工専に入って以降常に隣にハサウェイがいた為、無意識のうちにハサウェイの準備ありきで仕事を始めていた。
ハサウェイの有無によって、極端に作業が滞るわけでは無いし、恐らくほんの少しなのだ。ほんの少し何かが足らず、そのほんの少しが、しかし確実に作業を停滞させていた。
ハサウェイは人の輪の中に自然に溶け込んでいける。自分をエゴイスティックに強く主張しないし、相手の考えもまずは一旦受け入れる。ただ、明確に間違っているときには強く言うし、下流へと流れそうなときには押し上げるように流れを切れる。
ガランシェールの誰もが驚いていたのだ。ハサウェイがあの気難しい親衛隊と談笑しつつ作業していたり、自分たちの作業を当然のように手伝っている姿に。まるでいることが普通で、いないことがおかしいと感じられるほどの協調力に。
そしてハサウェイがいる良い状況を知って知るがゆえに、誰もがいないはずのハサウェイの役割をフォローしようと視野を広げ、作業が動き始める。
段取りと気遣いの鬼の役割を、誰もが少しずつ担おうと作業範囲と意識を広げる。
砂漠の秘密基地にて、宇宙での損傷は思いのほか早く回復できる状況になりつつあった。
※
「ダカールへのユニコーン投下に関してだが、2日後の深夜に行われることになった」
ガランシェールのブリッジにおいて、フロンタルとの通信をそのメンバーは聞いていた。
ジンネマン、フラスト、マリーダ、そして砂漠基地にて補給を支援してくれた、ヨンム・カークスと、その部下ロニ・ガーベイ。
「2日後の深夜、ダカールは砂嵐に見舞われる。そしてその際に予定された停電が発生する。その間は誰も物理的に外に出られず、また出たとしても砂嵐でガランシェールの存在を感知できるものはいないという流れだ」
「視界は誤魔化せてもレーダー関係は誤魔化せないと思いますが、そちらは如何しましょう?」
「砂嵐に乗じてミノフスキー粒子も散布する。それによってレーダーは、約20分間機能不全を起こす。時間制限が少し厳しいかもしれないが、その20分の間に、ユニコーンをダカールへ降下させ、ラプラスプログラムを進行、ユニコーンを回収し撤退してもらうことになる」
「これは、あくまで連邦政府との交渉で?」
「正確に言えばダカールに駐屯する一部の連邦政府の関係者、と言えよう。何処にでもジオンの精神を解してくれる者はいるようだ」
「大変ありがたいことですな」
「私もそう思う。だが、連邦軍への介入はできていない。だからこそ、ダカールの連邦政府議会上空にユニコーンを投下させ、ラプラスプログラムを進めて即時撤退が基本の流れになる」
「了解しました。時間等は頂いた作戦書通りに準備いたします」
「よろしく頼む。それと、宇宙での戦闘が思いのほか大規模になってしまったが、問題は無いかな?」
「ええ、人的消耗はございません。モビルスーツに損害はありますが、それも今日明日中には修理が完了する見込みです」
「それは僥倖だな。マリーダ中尉も慣れない機体でよくやってくれた」
「いえ、恐縮です」
「では、最終ブリーフィングは2日後の午前に……」
「大佐!」
話しも終わろうとするその時に、ロニが声を上げた。
これは本来ありうべからざる事態だ。ロニは少尉であり、その上官である少佐のカークスが発言権を求めるでもなく、この場で最も階級の低いロニが声を上げたのだ。
カークスも、またジンネマンも声を上げようとしたが、フロンタルはそれを無言で制した。
「何かな?ロニ・ガーベイ少尉」
「そのように事態を待たずとも、我々残党軍が陽動をかけダカールを襲撃すれば、箱の解放など容易く達成出来ましょう」
「ロニ!」
思わずカークスが 責の声を上げるが、ロニはそれさえも気にしないかのように続ける。
「連邦に遠慮など何の必要がございましょう。我々は、この時を……」
「少尉、君の意図するところは理解できる。その感情はもっともだ」
「でしたら!」
「だが、今回は秘密作戦の色が強い。ことを大きくすることは、我々にとって不利でしかないのだよ。分かってもらえるだろうか?」
宥めるようなフロンタルの言葉に、ロニは悔し気に口元を歪め、不承不承に肯定した。
「……はっ」
「君の考えはよく理解できる。マハディーは、ジオンの為よく戦ってくれた。君の御父上の無念を知れば、そのように感じるのは当然だ。だからこそ、今は納得して欲しい。我々の勝利とは、すなわちジオンの再興へと繋がるはずなのだから」
フロンタルのその言葉に、もはやこれ以上は無いと悟ったのか、ロニは無表情を取り作り敬礼を示した。
「ではキャプテン、以後はそのように頼む。カークス少佐、ロニ少尉、引き続きガランシェールを助けてやってくれ」
その言葉にロニは早々に返礼し、ガランシェールを後にし、カークスも足早にフロンタルへ礼をしながら、焦ったようにロニを追って出ていく。
二人が完全にブリッジから去ったのを確認し、ジンネマンが口を開いた。
「大佐、よろしいので?あのような態度では……」
「キャプテン、彼らは待っていたのだよ。無念を晴らす機会を、命を懸ける機会、いや、捨てる機会を。そしてそれが、そうとしか思えないものが目の前に転がり込んできた。それを必死に追ってしまった、それを咎めることは、私にはできない」
「ですが……」
「言わんとすることは分かる。弾薬の補給のはずが、それが全て不発弾や不良弾では、任務はおろか、君たちの命さえ危うい。だが、彼らの手を借りる機会は、思いのほか早く来る気もするのだよ」
「それは……」
「まだ憶測の段階だ。彼らには内密にしてほしい。では、また2日後に」
そう言ってフロンタルは通信を切った。
※
ロニ・ガーベイの人生は、戦い続けることだった。
父母を連邦に殺された恨みを晴らす。そのためだけに生きてきた。
父の名を背負い、母の無念を背負い、そして父と母に願いをかけたすべてのジオン残党兵の希望を背負い、ただただその日を待ち続けてきたのだ。
ロニは宇宙なんて知らないし、ジオンだって地球にいる残党軍しか知らない。テロリストとして体系化されたジオン残党がロニにとってのジオンであり、カークスの様にスペースノイドの無念など知りえないのだ。
全ては教え込まれたことだ。
宇宙移民の真実、棄民としてのスペースノイド、ジオンの栄光、アフリカ戦線の地獄。そして父の無念。
それらを晴らすために生きてきた、その願いを果たすために生きてきた。
誰かに命令されたわけでもない。これは私が勝手に感じているものかもしれない。そう心のどこかに感じながらも、その日を待ち続ける仲間たちを、そして父の名に縋る大人たちを見続けて、ロニは生きてきた。
父は厳しさの中に優しさを湛えた人だった。
地球に降り、現地民との融和を図り、コネクションを広げ、地球連邦がもたらす以上の富と平和、そして融和をアフリカとアラビアにもたらした。
それゆえに父は莫大な資産を融資され、アフリカに残ったジオン兵を纏め、雌伏の時を耐えられるだけの状況を作り出したのだ。
一年戦争にてジオンは事実上敗北し、しかしその兵力を使い果たしたわけでは無かった。だからこそ今は耐え忍ぶべきだと、父はそう言ってジオン残党を束ねたらしい。
一年戦争は終わったが、ジオンが無くなったわけでは無い。だからこそ、我々はジオン本国の為に臥薪嘗胆するのだ。
微かに残る記憶だ。父は多くを語らぬ人だったが、時折漏らすジオンへの熱は、会話の内容が朧気になった今でもよく覚えている。
その時は来るかもしれないし、来ないかもしれなかった。私にとって、その時とはどうでも良いことだった。だってそうだろう。物心ついたときには一年戦争はとうの昔だったのだ。耐えるも何も、それしか知らない私にはどうとも分からなかった。
どうでも良いことだった。デラーズフリートが決起するまでは。
鮮明な記憶として覚えている。ジオンが北米にコロニーを墜としたことを。
ジオン共和国は必死にデラーズフリートとの関係を否定していたが、そんなものは関係なかった。
父がどんな顔をしていたか、覚えていない。
ジオンの魂が証明されたと喜ぶ男たちがいる一方で、作ったような笑みを浮かべた女たちもいた。今思えばわかる。家族も家庭もできた今、戦争がまた起こるのか、ジオンへの弾圧が起こるのかと、アースノイドの妻や母たちは恐れていたのだ。
父が喜んでいたのか、憂慮していたのか、それはもうわからない。
だが、その後発足されたティターンズによって、ジオン残党狩りが激化した。
元々ジオン残党狩りはあったが、その規模はそう大きくないものだった。何か決起が起きれば連邦も鎮圧に向かったし、コミュニティやネットにジオンの情報が書かれれば当然リークされ検挙される。
だがその程度のものでもあった。
アフリカは父の顔が広く、地主とジオンとの間に様々な公然の秘密があった。無論それは連邦のあずかり知らぬところで、さらに言えばかつてマ・クベ中将がかつて支配した東ヨーロッパから、父が顔を繋いだ北アフリカ、そして恩恵を受けたアラビアまでは貿易のルートさえあったのだ。
そしてそのルートは黒海からシルクロードを経て、薄くはあるが北アフリカから東ヨーロッパ、そして中央アジア全域にジオンの息が掛かっていたのだ。
だからこそそれなり以上の資産を父は築くことができ、その恩恵でもってジオン残党兵たちを纏めることができた。
だが、ティターンズは強権を使ってありとあらゆる場所に監視を置き、一度ジオンに支配された地域には秘密警察のようなものまで配備されるに至った。
ジオンの殲滅。それこそがティターンズの目的であり、その目的を達成するためにはどんな手段も厭わない。
ジオン残党の動きは一気に縮小された。これまで以上に情報伝達に気を遣う様になり、誰もがジオンの存在の秘匿へと移った。
家族がいるのだ。誰しも家族がいて、たった一人であれば、そして兵士だけならば、今こそ立つべき時だと声を上げられたかもしれない。だが、知られれば妻も子供も殺される。元ジオン兵を殺して終わりなんてぬるい真似はしない。そのジオン兵と関わっていた全ての人間をジオンとみなし、そして躊躇なく殺す。
ティターンズとは、それほど悍ましく残忍で、そして恐ろしい組織だった。
だから誰が裏切ったのかなど、分からない。
夜だった。酷く蒸し暑い夜。それだけは覚えている。そしてそれ以上を何も覚えていない。
夜が明けてみたものは、ずたずたになった父の死体と、汚らしく血と体液にまみれた母の死骸だった。
何故私が生き残ったのかもわからない。誰が我々を売ったのかもわからない。
ただ分かることは、父も母も嬲り殺しにされた。それだけだった。
生き残ったジオン残党はさらに息をひそめた。
誰がどこに居るのか、どれほどの仲間が残ったのか、そしてどれほどの被害を被ったのか、何もかもわからないまま、息をひそめて生き延びた。
生き続けた理由はただ一つ、怒りだ。この身を焦がすような怒りと、あの夜明けに見た絶望が、私の魂を突き動かす。
あの日、魂に誓ったのだ。恨みを晴らすと。血には血を、毒には毒を、殺戮には殺戮を。
私の理性が訴える。
だが最初に引き金を引いたのはデラーズフリートだろう?奴らはジオンじゃないか。
私の魂が訴える。
だが、父と母をあんな風に殺したのはティターンズだろう?奴らは連邦じゃないか。
考える私を否定し、直感する私を否定し、何かを燃やしながら生きていた。何を薪に焚べたのかは、もはや分からない。
必死に燃やして、必死に焚べて、ジオンの為と銘打って自分を鍛え続けた。必死に走って、必死に学んで、復讐に身を焦がして。
そして、ティターンズは無くなった。あっけないほどに。
ガラスが砕けたような気分だった。父母の敵を討つために、連邦を、ティターンズを滅ぼすために鍛えたこの身は、戦場へたどり着くこともなく敵を失った。
ティターンズが無くなった後もジオンへの弾圧は続いたし、連邦が無くなったわけでもない。戦う理由などいくらでもある。あるはずだ。
なのに、空気の抜けた風船のように、私の心はそこで一度しぼんだのだ。
そして、ネオジオンを名乗るアクシズが、ダカールに降りてきた。
彼らは正当なるジオンの後継を謳い、我々ジオン残党はおろか、元ティターンズまでも支配したかのような口ぶりでアフリカに居座った。
どうでも良いと思っていた。だが、私にはそんな態度が許されなかった。私は父の娘なのだから。ガーベイの名を継ぐものであり、ジオン残党の光なのだから。
ネオジオンの襲来にジオン残党軍は再び隆盛し、数年ぶりに会合なども開かれた。
ネオジオンが戦う今こそ、我らジオン残党軍も決起し、アフリカを蹂躙された屈辱を晴らそうと。今こそジオンの魂を見せるべきなのだと。
反発が無かったわけでは無い。ネオジオンのハマーン・カーンはザビ家を傀儡にしその実権をほしいままにしているだとか、ミネバ様はドズル閣下のご息女であって、我々が忠誠を誓うべき方ではないとか、そんな考えも上がった。
だが、それでも誰もが声を上げたのだ。
一年戦争から10年が経とうとしている。その間に我々はアフリカで雌伏の時を経たが、その結果はただただすりつぶされることだけだった。
結果が欲しかった。何かを成し遂げたという結果が。ダカール占拠のパレードに参加する者たちは、その結果を噛みしめているようだった。この時が来たのだと、我々は成し遂げたのだと。
私はその光景を、どこか遠い目で見ていた。少なくとも、かつての父の目に宿っていたような熱は無かった。
そして、ネオジオンは敗北した。
得るものはあったように思う。サイド3を名目上だけでもネオジオンとして奪還し、グリプス戦役後の連邦の疲弊を証明し、そしてジオンの力を見せることはできた。
だが、最後は指導者たるハマーンも戦死し、ネオジオン、いやアクシズは敗北したのだ。
あれだけの戦果を収めながら勝てず、一時的に占拠したダカールも連邦の支配下に戻り、ジオン残党は再び闇に潜ることになった。
何をすべきか分からなくなっていた。
私は復讐を果たしたいはずだ。地球連邦への復讐だ。でも、それは誰を殺せばいい?
ティターンズに協力し父母を殺したであろうアフリカに駐在する連邦軍か?
それはネオジオン抗争で殲滅できたはずだ。幼い私は、戦場にさえ出ていないが。
では誰を殺すのだ?どこを破壊するのだ?
私は、どうすれば父の恨みを晴らし、ジオン残党軍の希望をかなえられる?
再び雌伏の時を経て、私は何処へ向かい、誰を殺す?その果てに、私は何をするのだ?
分からない。私は私が分からない。ジオン残党軍として、私は何をすべきなのかもわからない。
だが、あの人たちの視線が私の背中を押すのだ。
恨みを晴らしてくれと、マハディ・ガーベイの無念を晴らしてくれと、我らの希望を成就してくれと。
私はまた走った。走らなければならないのだから。何故走っているのかもわからないし、何処へ向かっているのかもわからない。でも走るのだ。走らなくてはならないのだ。
希望と期待を背負っているのだから、絶望と無念を背負っているのだから。
そして、アクシズ事件が起こった。
ジオン・ズム・ダイクンの息子、キャスバル・レム・ダイクンが立った。一年戦争の英雄、赤い彗星のシャアが立った。
そしてシャアはフィフスルナを地球へ墜とし、地球連邦にネオジオンとして交渉を迫った。
スイートウォーターなどという劣悪なコロニーを作り、スペースノイドの人権を軽視した連邦への掣肘、そして、ジオンという存在を改めて連邦に示した。
彼は望んだ。スペースノイドの自治独立、そしてその人権の保障。
新天地としての宇宙。スペースノイドは棄民ではなく、新たなる開拓者なのだと。シャアはネオジオン総帥として、そしてスペースノイドとして全人類に問いかけ、地球の保全を呼び掛けた。
私はそれを、酷く冷めた目で見ていた。
だって、私は地球で生まれたのだ。このアフリカの地で必死に生きて、宇宙など知らず、ただひたすらジオン残党の為に生きてきた。
そんな我々は、どうすればいいのだ?
今更この地球を去ることなどできない。だってここにはすべてがあるのだ。生まれた場所で、育った場所で、ジオンとはここで、そして、父母を殺された復讐の地で。
その恨みを晴らすためだけに、その遺志を継ぐためだけに生きてきた。ジオン残党の希望と絶望に背中を押されて、私はここまで生きてきた。
宇宙へ行って、何ができる?
10年か?15年か?20年にも満たぬ私の人生を、その殆どを費やしてきたのだ。
父の遺産を食いつぶしながら、戦争の為に人生を捧げてきた。復讐と絶望に背中を押され生きてきた。
地球侵攻のためのモビルアーマーまで用意した。そして、その操縦のためにもどれほどの時間を費やした?
その時だ。その時なのだ。その時が来なくてはならないのだ。
そうでなければ、私は何処へ行くこともできない。
私の居場所は、ここしかない。
だから、フロンタル大佐からの連絡は天啓だと思った。
やっと戦えるのだ、やっと終われるのだ、今なら幼いころのジオン兵の気分が分かる。今この時を逃すことなどできない。
なのに、大佐は隠密作戦などと言う。すべてガランシェールで済む話だと。ユニコーンを投下できる時間を作った。すべて恙なく完了できると。
何も恙なくなどない。我々はどうすればいいのだ?どう終われるというのだ。
眼前に映る純白のモビルスーツが、いやに眩しく、いやに憎らしかった。
※
「少しいいかしら?」
「え?」
コクピットで作業するバナージに、ロニが声をかけた。
「このモビルスーツ、ガンダムなのでしょう?少し興味があって」
ロニはそう言ってバナージの返答を待つ前に、ユニコーンの操作モジュールに手を触れた。
「ちょっと!」
「いいから」
制止するバナージを無視するように操縦しようとするが、ユニコーンは動こうともしなかった。
これが生体認証か、ロニは思わず鼻を鳴らした。
「このモビルスーツは、本当に認証されたパイロット以外乗れないのね」
こいつを動かせるようになれば、それですべてうまくいくのに。
うまくいく?このガンダムでダカールへ行ってか?私は何故そう思った?
ロニは自らの感情が高ぶり、そしておかしな思考に至っているように感じた。心がハレーションを起こしている。何を考えているのか、一瞬理解できなかった。
「あの……」
「ああ、私はロニ・ガーベイ少尉よ。君は?」
「あ、俺は、バナージ・リンクスです」
「バナージ?じゃあ、君が……」
ガンダムのパイロット。ロニはフロンタルから聞かされていたその名前に反応した。
ビスト財団の虎の子を、たまたま手に入れた少年。戦場に降り、戦い、そして生き延びた。
何の所以か知らないが、カーディアス・ビストは箱の鍵を彼に託した。
そしてガンダムは戦場を駆け、一度はエース級さえ退けてさえ見せた。
ロニが求める戦場を、バナージは突破した。
それがロニに昏い感情をもたらした。
「ねえ、今このモビルスーツを動かせないの?」
「え?今ですか?」
「そう。連邦の最新鋭のモビルスーツが、どの程度の性能なのかこの目で確認しておきたくて」
「いや、でもキャプテンにも確認を取らないと……」
「この基地は、我々、地上の残党軍が管理しているの。気にすることは無いわ」
「いや、そう言うわけには……」
「何をしている?」
コクピットの外から掛かる声に、ロニは思わず振り返った。
「……マリーダ中尉」
「ユニコーンは、我々ガランシェールが大佐からの命を受け管理している。そちらが手を出す領分では無いはずだが」
「いちパイロットとして、そして地上のジオン軍として、最新鋭機には触れてみたいと思ったのですよ。今後の参考にもなりますから」
「データならば共有してある。いくらでも確認できるはずだ」
「実体験に勝るものは無い、マリーダ中尉なら理解いただけると思ったのですが」
酷く痛々しい沈黙が流れる。
自身が苛立っていることを、ロニは理解できていた。そして、自分の論に正当性がないことも。
「バナージ君、サブシートを出して。私が同乗します」
「聞いていなかったのか?ユニコーンを動かしたのであればカークス少佐を通しマスターへ意見具申をしろと言っている」
「それじゃあお願い」
「いや、あの……」
ロニはユニコーンへ乗り込もうとして、マリーダは最早問答無用とロニを掴もうとし、バナージはそんな二人を止めるため割って入ろうとし……
時が見えた。
「っ!」
「ぐっ!」
「うあっ!」
脳に記憶が流れる。それは、自分のものでは無い記憶。
父に託された少年がいた。
幼いながらも願いを託され、痛みを受け入れながら必死に耐えて、けれど、母と共に離れるしかなかった少年。
少年の母は人並みの幸せを願った。愛しい人との子供に、なぜ苦しい道を歩ませるのかと。
少年の父は英雄を願った。このしがらみを抜け出せる英雄を、長きにわたり家を縛り付ける呪縛を、解放できる戦士を。
そして母は父から離れ、少年は母を失って、たった一人になった。
父の死の間際に、願いを託され、戦う道を選んだ。
語るべきことがあったはずなのに、多くを語ることはできなかった。
託された願いを信じて、進む以外、選択肢がなくなった少年。
父に救われた少女がいた。
戦うためだけに生み出されて、必死に戦場を駆け抜けて、そして敗走した。
戦で負けた代償に、その身を差し出し、心を差し出し、何もかも失いながら、それでも生き続けた。
これ以上何を失うことが出来よう、これ以上どんな苦痛があろう。
地獄しか生きる場所が無かった少女。
地獄の中で救いを求め、何度も振り払われ、何度も叩きつけられ、
そうして、何もかもを失った先で、自らを救ってくれた父に会った。
地獄から救ってくれた父、居場所をくれた父、心を救ってくれた父。
その父に報いるために、再び戦う道を選んだ少女。
そして、父に遺された少女がいた。
厳しく優しい父、温かく優しい母、その二人に報いるため、戦う道を選んだ。
けれど、その願いはいつ叶う?どれほど苦しめば叶う?
父の願いに背を押され、誰かの願いに背を押され、何もかもを燃やして走り続けた。
けれど、燃え尽きてしまった。
もう終わらせたい。もう投げ捨てたい。
祈りと、願いと、希望と、善意の呪縛が心を苦しめ、絶望が背中を押す。
誰か、私を助けてくれと、救いを求める少女。
「はあぁ、うあぁ……っ!」
誰のうめき声かもわからなかったが、誰もがその場でうずくまった。
そして理解した。ニュータイプ適性のある3人の感情の衝突を、サイコフレームが拾い上げたのだと。
そして、脳に流れる幼き姿は、目の前の人物たちのものなのだと。
真っ先に動き出したのはロニだった。
見られた。自分の弱さを。そう思ったからだ。
精強なるジオン残党軍の戦士でもない、誉れ高い父の無念を晴らすためでもない、ジオン残党軍の栄光の為まい進する武者でもない。
ただこの重苦しい絶望から解き放たれたいだけの、心弱い子供だと分かってしまった。
逃げ出そうとして、手を掴まれた。
その手はバナージのものだった。ロニの目から涙が零れようとして、バナージが涙を流していることに、ロニもマリーダも気付いた。
ほんの少し息を荒げながらも、整わぬ呼吸のまま、バナージはロニの手を掴んだ。
「は、なせ」
酷く弱々しい声で、そして振りほどこうと思えば振りほどけるはずの手をそのままに、ロニはその言葉を吐き出した。
その言葉に返答もせず、バナージはロニの手を強く握った。
「俺は、ロニさんの絶望も、マリーダさんの絶望も分かりません。俺は、ずっとなんとなく生きてきたから」
ハサウェイに出会う以前、それはバナージにとって朧げな日々だった。
生まれてからずっと願いという鎖に縛られてたわけでも、絶望と同居し何もかもを失い続けてきたわけでもない。
「俺には母さんがいました。友達がいました。そして、父さんが俺を守っていてくれたことも。だから、俺はロニさんの痛みは分からないかもしれない」
孤独に生きる中で、それでもバナージは希望を見つけられた。
与えられた願いからくる希望ではない、自分が見つけた希望、親友がくれた光。
「でも、それでも!俺は力になりたい。俺は希望を託されてここまで来ました。箱の使い道を考えろって、信じて力を尽くせば、道は必ず拓けるって。だから!」
バナージは力いっぱいにロニを引き寄せる。
「考えましょう。俺たちが生きる意味を。復讐が生きる意味だなんて、そんなの悲し過ぎます……」
今にも泣きそうな顔で、バナージは必死に笑顔を作った。
「わ、私は……私は……っ!」
口ごもるロニの肩を、マリーダが抱きしめる。
「私は……っ!」
「良いんだ。言葉にできなくとも。絶望が心を殺すことを、私は良く知っているから」
ロニの理解者は、恐らく何処にもいなかった。
最も近しい家族だったカークスでさえ、ロニをマハディの娘として見ていたから。
そして、ロニは向けられる期待に応えられるだけの能力があったから。
心の内を、さらけ出せることは無かった。少なくとも、父母が亡くなってからは。
孤独の心を癒すものは無かった。
無かったから、復讐に身をやつした。怒りに燃えている間は、何も考えずに済んだから。
でも、その先には何もなかった。復讐の炎に何もかも焚べて、残ったのは空っぽの寂しい子供だけだった。
だから、思わず差し伸べられたその手に、感極まって泣いてしまっても、仕方がないと思うじゃないか。
ロニは、子供の様に声をあげて泣いた。父母が殺されて以来、初めて泣いた。
読了ありがとうございました!
正直話の展開どうしようか結構迷いました。
ハサウェイの話なんだからハサウェイを書くべきなのか、それともラプラスの箱を主眼に据えて書くべきなのかと。
とりあえず前書きの通り、ダカール、トリントンを経て、宇宙に戻って、そこからハサウェイ視点へ戻る予定です。
誤字報告ありがとうございます。最近初期の話の誤字報告など頂いて、大変ビックリしました。
そして感想、高評価もありがとうございます!本当に嬉しいです、何度も読み返してます。
引き続き感想、高評価いただけると嬉しいです!