ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
ただクェスのキャラ造詣がよく分からなくなって、あれ?この方向で良いんだっけ?と書きながら迷いました。
この話自体は本編に大した影響を与えるものではないので、気楽に読んでいただければ幸いです。
クェス・パラヤは憤慨していた。
ここ2か月、ハサウェイと全くと言っていい程連絡が取れなかったのである。
クェスは自分自身を寛大な精神を持った大人の女性として認識している。しかしその寛大さでもっても限度というものはある。
特に最初の1ヶ月は酷く心配したのだ。1週間目はそういうこともあるかと思って、2週間目で何無視しとんじゃわれと怒り、3週間目でさすがにこれは何かあった、尋常ならざる事態だと心配したところで、父アデナウアーが諸事情あって事件に巻き込まれているが無事だと伝えてきた。
そういうのは早く言え、報連相は社会の常識じゃねえのか?と久しぶりにカチ切れたのも記憶に新しい。
ただ父に当たったところで気分は晴れない。なぜなら心配をかけたのはハサウェイなのだ。ハサウェイは自分に謝る必要があるし、何ならこの腹立ちをどうにかするために買い物に付き合ってもらう必要もある。そのついでにご飯もする必要もあると来れば、もはや自らハサウェイの元へ赴くしかない。クェスはそのように決断した。
なんやかんやあってインダストリアル7からスイートウォーターへ引っ越したそうだが、そんなことはどうでもいい。
むしろこれは僥倖ともいえる。スイートウォーターはサイド1で、思い出の地であるロンデニオンもサイド1なのだ。
何なら3年前の続きを今回出来るかもしれないし、学校卒業までの拠点がサイド1になる様ならやりたいことも様々あるというものだ。
クェスは決断したら早い。悩まない。やりたいと思ったのならやる。
やろうかな、などという言葉は使ってはいけない。心の中で思ったのなら、その時すでに行動は終わっているのだから。やったならば使ってもいい。
スイートウォーターの港へシャトルが入り、早々に降機手続きを済ませると、勇み足のままタクシーに乗り付け、運転手の言葉を待つまでも無く住所を指定し車を出させた。
古めかしい街並みをタクシーが走る。
いよいよだ、この2か月間の鬱憤を晴らすのだ。
まずはショッピングに付き合ってもらおう。ハサウェイのことだ、どうせ大した服は持っていない。デートの前にそれなりの服装を見繕ってやらねばならない。
そうしたらご飯だ。スイーツも欠かせない。
その後はスイートウォーターの観光名所でも巡ればいい。多分何かしらあるだろう。無いなら早々に切り上げてロンデニオンへ移ればいい。
完璧だ、私は今完璧なプランを考案した。天才とは恐らく私を表す言葉に違いない。この完璧なプランをデスティニープランと名付けよう。
プランは用意した。あとはハサウェイに会うだけだ。
そう思ったら、クェスは急に心がそわそわするのを感じた。
そうだ、連絡は2か月ぶりだけど、会うのは4か月ぶりだ。ふとそんな事実を思い出すと、頬が急に熱を持ち始める。
思わず手鏡をバッグから取り出し、乱れてもいない前髪を直し始める。
大丈夫、私は可愛い。美人で性格も良い。スタイルも抜群。美人過ぎてちょっと儚すぎるきらいはあるけど、それは美女の宿命というものだ。ミライおばさまもそう言ってた。
焦り始めると時間とは早く過ぎ去ってゆくもので、タクシーは早々にスウィートウォーターのネオジオンの軍基地に到着した。
手短に運転手に礼を伝えタクシーから降り、門番をする衛兵に声をかける。
「すみません、ハサウェイ・ノアへの面会で来たクェス・パラヤなのですが……」
そう伝えると、衛兵は一瞬呆けたような顔をして、すぐにハッと正気に戻りモニターを確認する。
「あっ、う、伺っております。クェス・パラヤさんですね。こちら入門証でございます。首から下げてご提示ください。ご案内などは……」
「不要です。どうもありがとう」
にこりと社交辞令的な笑みを浮かべて、クェスは足早に基地へ入る。
笑顔は浮かべているが、クェスを知る者からすれば、その笑みが酷く形式的なものであると誰もが理解するだろう。
なぜ私がハサウェイに会うためにこうも面倒な手順を踏まねばならないのだ。そもそも何でハサウェイがネオジオンの基地で寝泊まりしているのだと。
理由についてもそうせざるを得なかった理由についても父からおおよそのことは伺っているし、このネオジオンの基地も、自分たちが3年前に戦争したネオジオンとは、大分様変わりしているのだとも理解はしている。
ハサウェイは本当にたまたま戦闘に巻き込まれて、自衛のために戦闘に参加したら思いのほかハサウェイが強くて戦争に参加せざるを得なくなり、その巻き込まれた原因が連邦側になるからネオジオンに保護されている。
それは理解した。理解したが、だから何だというのだ。
そもそもハサウェイもハサウェイだ。なんで戦争なんかしているのだ。仕方なかったとは理解しているが、それはそれ、これはこれだ。
ハサウェイには私に構う義務がある。そう義務があるのだ。
それなのに私を心配させて、私に足を運ばせて、なっちゃいない。本当になっちゃいない。ハサウェイはそういう所がある。
ハサウェイの故郷へ遊びに行った時も、私がいるというのにトミナガとかいうおじさんとずっとお喋りしてるし、二人で買い物に出かけた時もすれ違う車にふと気を取られるし、車の中で流す音楽も西暦時代の古臭いロックミュージックだし、ハサウェイはもっと私に構うべきだ。
速足で基地の構内を進むと、とネオジオンの軍人らも自然とクェスへ道を開けてゆく。
それは民間人が基地にいるのが珍しい、というのもあるが、クェスの存在感があまりにも強いというのもあった。
それはオーラもそうであるし、美人、美形と評することに一切の躊躇いを持たせないクェスの容貌もそれを助長させた。
また、地球からシャトルでの長旅と言うのもあって、クェスにしては珍しくシックな服装をチョイスしていた。パンツにルックにジャケット。足元もローファーで比較的フォーマルにまとめ、どこか大人びたファッションを身にまとっていた。
もともと少女然とした恰好を好むクェスであるが、その趣向が最近少しずつ変化していた。
その理由は、ハサウェイの実母ミライからのアドバイスにあった。
曰く「ハサウェイは妹がいるから、子供っぽいふるまいだと妹と同じような対応をする。だから少し大人っぽく振舞った方が良いかも」と。
その時クェスに電流が奔った。あまりにも身に覚えがあり過ぎる。
そうだ、ハサウェイからは男子からくるどこか下卑た視線を一度として感じたことが無い。それどころか手をつないでもハグをしても、ハサウェイは微笑を湛えすべてを受け入れてくれた。「仕方がないなあ」とでもいうかのように。
そう、あれはクェスが特別だから何でもしてあげる、といった愛情表現ではない。
あいつ単純に私のことを小学校低学年の女児位だと思って接してやがる気がする。
そこからクェスは努力した。
わがままを抑え、母やミライのような大人っぽい女性を目指し、それまで面倒で遠ざけていたマナーや社交での立ち振る舞いさえも積極的に学び始めた。
父がそれにいたく感動していたが、そんなことはどうでもいい。
このままだと、バイク=自動車>私、なんて構図になりかねない。そんなことはあっちゃいけない。
そしてクェスは、決して頭が悪いわけでは無いし要領が悪いわけでもない。モビルスーツの操縦さえすぐに覚えられるし、ニュータイプ思想にだって一度カブレた程度には地頭が良いのだ。
アデナウアーはクェスが勤勉になったことに大喜びして、勉強のための環境作りに際して金に糸目をつけなかった。
かくして勤勉なクェスは最高峰の環境で最高峰の教育をマンツーマンで受け、16歳にして淑女としての威厳さえ持ち始めた。
貴人然とした振る舞いは、選ばれたネオジオン軍人さえ圧倒させるほどに美しく、そして気高く目に映った。
メールで確認したハサウェイに割り当てられた個室の前へ行くと、2回ほど部屋番号を確認し、ふうと息をついてクェスは呼吸を整えた。
コンコンコン、とノックする。が、反応がない。
この時点でクェスは大変にイラっとした。
「ハサウェイ?私よ?クェス。いないの?」
何度かノックし直し、それでも反応がない。
ドアノブを回すと、ドアはそのまま開いた。
一瞬止まるクェスだったが、まあ良いかと部屋の中に入る。
「入るよ……」
部屋の中に入ると、そこは酷く殺風景で何もないシンプルな部屋だった。
恐らく士官用なのだろう広めのLDKが正面に見え、キッチンには普段使うであろう調理器具がざっと置かれ、ダイニングにはテーブル、リビングにはソファーとPCデスクが置かれていたが、その程度だった。
寝ているのか?いや、ハサウェイがこんな昼過ぎまで寝ているとは思えないけど……
寝室であろう部屋に入ると、そこにはベッドと衣装ラックがあったが、ハサウェイの姿は無かった。
整えられたベッドはともかく、衣装ラックにクェスは目を引かれた。
ハサウェイがわざわざラックに衣装を掛ける?あの服飾に毛ほども興味が無かったハサウェイが?
そう思ってラックに掛かった衣装を見ると、クェスは思わず目を見開いた。
「……これ」
それは、とてもシンプルなネイビースーツのセットアップだった。
それは紛れもなく、かつて自分がしつらえた、初めて作った服。
3年前、戦争から戻ったクェスは、父となんとか折り合いを付けながらファッションの勉強を始めた。
モデルのような演じる側では無く、デザイナーやコーディネーターとして創作する側として。
クェスが好きでよく買っていたファッションブランドは、小規模かつ無名なブランドだった。それこそ、いつでもスポンサーを待っていた程度に。
アデナウアー・パラヤは惜しみなくそのデザイナーに私財を投じた。
娘が君の作品をいたく気にいっている。その才能を世に広めずに終わらすのはあまりにも惜しい。ぜひとも応援させていただきたい。
ただ、そこで少しお願いがある。娘もまた服飾の道を考えている。小間使いでも良いから、娘に君の仕事を手伝わせて欲しい、と。
当初難色を示したが、実際にクェスが幼いなりに仕事に真摯に向き合い、何より金も時間も手も足りなかったそのデザイナーは、クェスを猫の手として仕事させるようになった。
アデナウアーは多方面からの援助を惜しまなかった。金銭的な援助だけでなく、様々な依頼を合法な範囲で斡旋した。
プチモビの普及によって、連邦はアナハイム、ヤシマ、ブッホとの官民連携での経済発展に忙しくなり、その広報には特に力を入れていた。
仕事はいくらでもあった。そんな折に、ほんの少しだけ特定のデザイナー有利に口利きをすることは、アデナウアーにとって難しいことでは無かった。
適度に忙しく仕事も途切れない。そんな状況下で、クェスはある意味のびのびと修行をすることができた。
デザインもそうだし、パターンもそうだし、時折納期に追われることはあっても、余裕とゆとりがある環境下で、クェスは服飾の基礎を学んだ。
そして、ある程度の能力を身に着けたところで、クェスは一つの課題を課された。
ひとりで一着スーツを仕立ててみなさい、と。
フルオーダーのテーラー仕事には、服飾の全てが詰まっている。身長、体重、体格、骨格、筋肉、姿勢、多くの要素からその人に完璧に合うパターンを起こす必要がある。
それは、決まったルートのない、しかし着心地と恰好の良さと言う明確な正解がある、とても難しい世界。
全てを完璧にこなす必要はない。出来るとも思っていない。けれど、今の自分で出来る精一杯をやってみなさい。作業場は好きに使って良いから。
そして、クェスはハサウェイへスーツを作り、そして送ろうと決めた。
ハサウェイが帰ってきた時を見計らい、寸法を取り、型紙を起こし、ハサウェイに似合う色味、素材、製法、スタイリングを吟味して、およそ3か月の時間をかけて、じっくりと仕上げた、クェスの当時の最高傑作。
それが、ベッドの近くの毎日見えるであろう場所に、大事に保管されていた。
「へ、へぇー……」
誰も見ていないのに、なんてことない風にクェスはスーツを撫で、手触りの良さを感じつつもにやけ上がる口角を抑えられずにいた。
あのハサウェイが、多分そう着る機会も多くないであろうスーツを、クローゼットの奥では無く、毎日見えるであろう場所に保管してた。
普段着などほぼ存在しない、作業の時はつなぎと安全靴、それ以外はバイクに乗る際に着るデニムとブーツで済ませるハサウェイが。
外行きの服はつるしで買ったセットアップ程度で、レザーシューズに至っては絶妙にサイズが合わない父ブライトのおさがりを使っていた、あのハサウェイが、である。
ふ、ふふ、なに、ハサウェイってばそんなに私のことが好きだったの?普段そんな気配なんて微塵も感じさせなかったのに?なに、もしかして照れてたの?照れ隠しであんな風気取ってたの?可愛いところあるじゃないか。ふふ、ふふふふ。
先ほどまでの絶妙な苛立ちなどは彼方へ霧散し、クェスはその何とも言えぬ高揚感と優越感にどっぷりと浸っていた。
暫く気分の良さに浸り、何と無しにベッドに横たわり、そのベッドで適度にのたうち回って深呼吸してから、ふとダイニングへ戻ると、そこには置手紙があった。
『第三格納庫にいます。ご飯は冷蔵庫にあるので好きに食べてください。ハサウェイ』
『バナージへ アイスを食べる前にご飯を食べなさい』
「第三格納庫……」
何処よそこ?と思いながら部屋を出る。
すると、そこには人影があった。
麗人、と呼ぶのが相応しいかのような女性に、クェスは思わず目を見開いた。
「えっと、こんにちは」
「ああ、その部屋はハサウェイ・ノアの部屋だが……」
「あ、ハサウェイへの面会で来ました。クェス・パラヤと言います。」
「クェス……そうか、君が……」
「あの、置手紙があって、ハサウェイは第三格納庫にいるとあったのですが、どちらか分かりますか?」
「ああ、ちょうど私も行くところだった。案内しよう」
「ありがとうございます!えっと……」
「ああ、マリーダ・クルスだ。ハサウェイとは、戦友、かな?」
※
「じゃあ、マリーダさんはパイロットなんですか?」
「ああ、ハサウェイには何度も助けられたよ。あいつは本当に、普通の範疇には収まらない奴だ」
「そう、なんですか?」
意外、でもないが、二人の会話は弾んだ。
クェスは宇宙でのハサウェイの様子を聞きたいがため、そして、麗人のようなマリーダに単純に興味が湧いたため、最後に、この奇麗な人とハサウェイは特段深い関係にないよな?という下種の勘繰り、いや乙女の好奇心の為。
マリーダはより単純だった。それは、ちょっとの好奇心と、そこはかとない罪悪感。
「ああ、普通じゃない。勿論悪い意味ではなく、パイロットとしての技能が、かなり飛びぬけた所にあるという意味でだ。それ故に戦場では大分頼ってしまった。だから、あまりあいつを責めないでやってくれ。我々の事情でかなり忙しくさせてしまった。君からの連絡を随分放置してしまったと言ってもいたよ」
「ハサウェイが?」
「ああ、今もこうしてネオジオンの軍事基地にいるのは、基地でもないとハサウェイの安全を確実に保証できない事情があるからだ。安全を確保するために、君の父君も含め、ネオジオンも連邦も手を回している。詳細はまだ不明だが、遠からず何とかなるはずだ」
すまないな、とマリーダが視線を落とすと、クェスは少し慌ててそれを遮る。
「そんな、マリーダさんのせいじゃ……」
「いや、軍人として申し訳なく思う。受け取ってくれ。押しつけがましいかもしれないが」
困ったような顔で薄く微笑むマリーダに対して、クェスはおずおずと畏まった。
「さあ、ここが第三格納庫だ」
「……ボロっち、いや、趣がありますね?」
「ここは倉庫同然の場所だったらしいんだが、ハサウェイとバナージ、ハサウェイの同級生を保護するにあたって、工専の実習ができるようにスペースを急遽確保した場所らしい。ボロっちいのは間違いないが、中はそれなりに奇麗だよ」
入ろうか、とマリーダに従って中に入る。
そこに見えたのは、巨大な機械だった。いや、これは何処かで見たことがある。クェスはそう感じた。
これは……
「モビルスーツの、胴体?」
「ああ。ジムという連邦の量産モビルスーツ、そのジェネレーター部分だ。ハサウェイたちは、これの改良をしているらしい」
「それって、出来るものなんですか?」
「さあ?私も門外漢だが、どうにも私より偉い人たちがここにかぶりつきになっている。多分出来ているんだろう」
へえ、そんなものなんだ。モビルスーツって、結構単純に出来てるのかもな。
クェスはそんな風に思った。
「向こうに休憩用のスペースがある。多分そこで……」
「?マリーダさん?どうかしたんです……」
二人は、それを目撃した。
ソファーにもたれるように座り込み、片腕を枕にして眠っているハサウェイを。
寝苦しかったのかシャツを開き胸元を大きく広げ、帽子の跡が残ったのか前髪をがっつりとかきあげ、ソファーに埋もれるハサウェイを。
クェスは鼻から愛が零れそうになるのを感じた。
1年くらい前から、クェスは感じていた。少年を過ぎ去り、大人になろうかと成長するハサウェイが、何とも言えず色っぽく、艶っぽく、妖しい雰囲気を纏い始めたのを。
ハサウェイは、見た目は決して美男ではない。いや、精悍な顔つきとか、真面目そうだとか、そういう風体だ。決して醜男ではない。
ただ、雰囲気があるのだ。何気ない行動にいちいち目を惹かせるような魅力が。クェスは当時、同年代の男子との関わり合いが薄かった自分が、たまたま変わりゆくハサウェイに目を惹かれただけと思ったが、そうでは無かった。
二人で出かけた際、ほんの少しクェスがハサウェイから離れると、すぐに年上の女どもがハサウェイに話しかけていた。嫌な猫なで声で、一人なの?一緒に遊ばない?などとにじり寄っていた。
クェスが澄ました顔で合流し、ハサウェイが微笑んでおかえり、なんて言うと、すぐに脈無しと判断したのか離れていったが、その時にクェスは理解した。
ハサウェイは、雰囲気からしてエロいのだと。スケベでエッチな男なのだと。
クェスは携帯端末をおもむろに取り出し、ムービー機能をアクティブにした。
「く、クェス?」
「静かに」
困惑するマリーダを言葉短く注意し、気配を感じさせないように、適切な距離を維持し接近する。
望遠機能では撮れない世界がある。クェスはそのように直感した。
可能な限りの接写を試み、はだける胸元から鎖骨、首筋を通って顎のライン、頬から目元を映し、額と帽子の跡が残る生え際までをしっかりと撮影し、耳を映して再び胸元に戻った。
クェスは小さく息を吐く。
瞬間、ハサウェイが身じろぐ。
「っ!」
クェスは思わず息をのんだ。
ハサウェイは腕枕から寝返りをうつように首をもたげ、そのままソファーに身を委ねるように仰向けになる。
クェスはその瞬間を見逃さなかった。首のラインがはっきりと見える。微かに動く喉ぼとけも、寝汗の為に少しじっとりとした肌の様相も。
そしてクェスは感じた。微かに香るサボンの清涼な香りと、蒸れた汗の香りを。
スゥーーー……ハァーーーー……。
音を一切発生させない静かな深呼吸。クェスは神に感謝した。
白いシャツは、ほんの少し向こうの景色を透かせていた。そのいじらしい程の微かな質感が、クェスの魂を揺さぶっていた。
はだけた胸元は呼吸により上下し、時折息を呑むのか、それに合わせて喉ぼとけも上下する。
音も無く、しかし確実にクェスはその光景を撮影し続けた。
そして、あまりに胸元に集中するあまり、それまで気づかなかったその景色を、クェスは認識した。
シャツの裾からお腹がチラリしている!
その時、クェスに電流が奔る。
何故だ、さっきまで吟味していた胸元と同じ肌のはずなのに、どうしてお腹になるとまた違った味わいが生まれている!?
シャツのボタンが下までしっかりと閉まっていない。そのためにうっすらと割れている腹筋が、そして確実な厚みを持った腹筋が、そこには見えている。
「ふぅーーー……」
乱れそうになる呼吸を抑えつけ、クェスはカメラをそこへ向ける。
どうして人類はこの腹筋の谷間に魅力を感じてしまうのか。クェスにはその理由を見つけることはできなかった。しかし直感でもって理解した。頭では無く心で理解できた。
エロいからだ。そこに小癪な理由など必要ない。エロいから人は惹かれるんだ!
ハサウェイめ、このドスケベ、私をこんな風に誘惑してどうしようというのだ?いや、もはやこんなの誘ってるだろ。そうとしか思えない。そうに違いない。決定。
汗から来る微かに湿り気を帯びる腹筋が、その割れ目が、どうしようもなく私の理性を狂わせる。
接写の限界に挑戦し、その地平線を覗き込む。
瞬間、クェスは更なる地平を発見をした。
おへそが、見えそうな気がする!
そう、あれは影だ。間違いない、腹筋の影じゃあない、おへその影だ!
だがここからでは見えない。そう、影こそ見えるがその光は見えない。ボディラインを見せるジャストサイズのシャツは、肉感をエロく見せるがおへその存在を見せてはくれない。
……見たい。クェスはそう思った。
多分起きているときにお腹を見せてと言えば見せてくれる気がするが、そういうことを言いたいんじゃあない。
今、この瞬間、この状況で、私は汗ばむハサウェイの腹筋から、おへそを覗きたいのだ!
その為には、禁忌を犯す必要がある。
ボタンを、一つ外すんだ。
クェスは携帯端末を左手に持ち替え、恐る恐る右手をシャツへ伸ばした。
勝負は一瞬だ。微かに手が触れた瞬間に、衝撃を一切与えずに外す。その瞬間をカメラに収める。そして私は勝利する。
呼吸が荒れる。それを強靭な精神力でもってクェスは整える。
行け、行くんだクェス・パラヤ。お前にできないことなどないのだから!
クェスは自分に暗示するように言葉を脳内で巡らせた。
ふるえる指先が、その震えを収束させながらボタンに迫る。
コットンの少し硬い質感が指を押し返す。その質感が、しかし確実にボタンとシャツへ指先と爪をグリップさせた。
爪先が、ボタンをホールからはじき出した。
勝った!今、この瞬間に!!
「ハサウェイ、居るか?大佐からお前に要件が……」
時が、止まった。
※
「良いですか?女性から男性に迫った場合でもセクシャルハラスメントは当然成立するのです。しかもこのような半公共の場においてあのような行動……恥を知りなさい」
「……はい、すみませんでした……」
「マリーダ中尉もだ。貴官が居ながらこのような状況を見逃すとは……」
「その、申し訳ありません。あまりにも鬼気迫っているようで……」
「言い訳など聞きたくもない。仲間内とはいえ、そこには礼儀があってしかるべきだ。貴官も良く反省しろ」
「はっ」
こんこんと説教するアンジェロの前に、クェスとマリーダは首を垂れていた。
苦虫を何匹もかみつぶしたかのような表情のアンジェロに対し、しかしクェスは何処か清々しささえ感じる表情を浮かべていた。
悔いはない。私は為すべきことを為したのだと。そう言わんばかりの表情だった。
それがなお一層アンジェロの表情を歪ませていた。
「すみませんアンジェロさん、お待たせしてしまって」
「……まあ構わん。お前は色々と気を付けろ」
「?えっと、分かりました。クェスもごめんね?せっかく来てくれたのに待たせちゃって」
「ううん、全然いいのよ?こちらこそ色々ありがとう」
「えっと、どういたしまして?」
余りにもみすぼらしいとアンジェロに指摘され、急いでシャワーを浴びたハサウェイが戻ると、そこにはどこか疲れをにじませたアンジェロと、悟りを開いたかのような穏やかな笑みを浮かべたクェスが待っていた。
「それでアンジェロさん、フロンタルさんの用事って……」
「ああ、詳細は明日のブリーフィングらしいのだが、サイコミュ、というか、ユニコーン関係の案件だ。明日の定例ブリーフィングに参加せよ、とのことだ」
「えっと、了解です。詳細は明日で」
「ああ、私からはそれだけだ」
「それに関して、私とクシャトリヤも駆り出されるらしい。セッティング関係で相談事がある。ブリーフィング後で問題ないと思うが、時間をつくって欲しい」
「OKです。準備しておきます」
私はそれだけだ、と言ってアンジェロが足早に立ち去る。
「とりあえず、お腹減ったしご飯食べにいかない?というか、クェスお腹すいてる?」
「うん、昼食まだだし。そうだ、マリーダさんもご一緒にどうです?」
「私か?いや、せっかくの機会だろう?二人で……」
断ろうとするマリーダに、クェスが小さく耳打ちをする。
「さっきのムービー、止めなかったのは、マリーダさんも興味があるってことじゃないですか?」
「っ、なにをっ」
赤面しながら身を起こすマリーダに、クェスは笑顔で告げる。
「私、マリーダさんとはお友達になれると思ってます。なので、良ければ一緒に、是非」
クェスは理解している。ハサウェイの魅力を。いやドスケベ加減を。そしてそれにつられる女どもを。さながら寄りの街灯に群がる虫のように。
これまでハサウェイに聞いた限りでは、ハサウェイの周囲に女の影はない。ハサウェイの雰囲気に圧倒されたのだろう。この魅力が理解できないとは、愚かとしか表現できないが。
だが、そのうちきっと現れる。その時を、むざむざと敵に晒すつもりなどない。
その為には協力者がいる。
クェスが信頼できる、クェスが肩を並べても良いと思える、同性の協力者が。
マリーダはまさにそれだ。クェスはそう直感した。
彼女の生い立ちも、趣味嗜好も、行動原理も、クェスはまだ知らない。
だがほんの少し話しただけだが、彼女は麗人然としたその美麗さに反して、思った以上に純朴で、飾り気なく美しい人間性をしていると感じた。
あとは本当に直感だ。ニュータイプ能力なのかもわからないが、なんとなく馬が合うと思った。
引き込むなら、彼女しかいない。クェスはそう思ったのだ。
「ねえハサウェイ、お勧めのご飯屋さんでもあるの?」
「基地を出てすぐにあるイタリアンのお店美味しいよ。生ハムとチーズのピザが凄い美味しい」
「へえ、珍しいね。ハサウェイがイタリアン?」
「そう、アンジェロさんに教えてもらったんだ。美味しいよって。この前なんか二人でピザ3枚も食べちゃって、どれも美味しかったよ」
「……二人で?」
「うん、二人で」
「……仲が良いのね?」
「まあ、ほとんど毎日一緒にいるからね」
その時、クェスに電流が奔る。
え、アンジェロさんってさっきの人よね?え、待って、え???
まさか、ハサウェイの魅力は、異性だけに限らないとでもいうのか???
いや待て、早計だ。あまりにも早計が過ぎる。そうだ、男友達だ、男友達など出来てしかるべきだ。だってハサウェイには魅力があるのだから。
そうとも、むしろ喜ばしいことだ。これまでおじさんとおじいさんとばかり交友関係を持っていたハサウェイに、近い年頃のコミュニティが生まれたのだから。
そう、これはむしろ喜ばしいこと……
なのに、何故だ?どうして私は緊張している?
「……他におすすめのお店とかある?」
「そうだなあ……あ、ハンバーガーのお店とかあるよ?アンジェロさんの部隊の人と一緒に行ったお店で、パティが肉厚で美味しくて」
「……なるほど」
おかしい、背筋に冷たいものを感じる。まるで、自分の関知していないところで、事態が思いもよらぬ方向へ進んでいるかのような、そんな感覚が。
確信した。宇宙に協力者が確実に必要だと。ハサウェイの情報を横流ししてくれる、そんな協力者が。
「マリーダさんは、ピザとハンバーガーならどちらがお好き?」
「私か?……ピザ、かな?」
「良いですね。じゃあハサウェイ、今日はピザにしましょう」
「オッケー。じゃあ、適当な服に着替えてくるからちょっと待ってて」
その後マリーダと3人で遊びに行くのだが、行く場所行く場所に男の影を感じ、さらには二人行きつけのアイスクリームの屋台の存在を知り、いたく肝を冷やす未来を、クェスはこの時想像だにしていなかった。
読了ありがとうございました。
閑話休題のようなお話ですが、気楽にかけてその点が楽しかったです。
幕間として書きたい話は数あるのですが、どれも結構カロリー高めなので、一発目は書いて楽しいラブコメ風の幕間となりました。気楽に読んでいただければ嬉しいです。
前回のお話で感想たくさんいただけてとても嬉しかったです。
ユニコーン編は逆シャア編と違って長丁場だったので、書きながら結構不安がありました。
楽しんでいただけたようで、大変うれしかったです。本当にありがとうございます。
引き続き感想、高評価など頂けると嬉しいです。