ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
アルバイトを始めた。端的に言ってお小遣いが足りなくなったのだ。ガソリンもタイヤもオイルもタダじゃない。GSXと911を走らせ続けるには、やはりそれなり以上に費用が掛かる。
そこでアルバイトである。と言っても、祖父ちゃんのお手伝いのようなものだが。
内容はいたって単純で、ヤシマヘリテイジコレクションのメンテナンスだ。ヤシマ重工はその企業柄、世間様から厳しい目を向けられることがある。そこで文化財保護的な名目でバイクや車、その他工業製品を展示し、こんなこともやってますよー、文化的で良い企業ですよーとアピールするための博物館を運営している。それがヤシマヘリテイジコレクションだ。
その中でも車やバイクは、祖父ちゃん曰く「ハリボテの見掛け倒しじゃあ何の意味がない」とのことで、順次動態保存(いつでも動かせる状態での保存)への移行を考えているらしい。ただ、メンテナンスもバカにならない費用が掛かるし、大掛かりに一気にするほどの急ぎの案件でもない。
そこで僕に声がかかったというわけだ。時間は気にせずに、しっかり直してOKだよとのことで。と言っても、大掛かりなボディワークから必要なレストア車両ではなく、外装に関わらない部分のメンテナンスと、あとはもっぱらエンジンのセッティングが僕の仕事だ。
以前964RSの点火系がどうにも不良で、インジェクションを交換してもいまいちだったときに、ECUを書き換えたのが祖父ちゃんの目に留まったらしい。
それで、西暦2000年以前くらいの、複雑なコンピュータ制御のないマシンだったら直せるとお墨付きをもらった。
そして最初に直してほしいと依頼があったのが、この……
「スカイラインGT-R(R32)かあ……」
どうにもこのミュージアムを開くにあたって、当初予算と納期がとても厳しかったらしい。そこで安く集められるものは可能な限り安く、とりあえず見てくれが良いならそれで上等、そんな蒐集方法だったようで、その下振れがこのR32らしい。
見た目は良いのだ、見た目は。ガンメタの純正色に、ニスモのブタ鼻、ホイールもニスモLM GT4でびしっと決まってる。
ただエンジンがどうにも不調らしい。祖父ちゃん曰く「下がスカスカでトルクが無く、上も回りはするがパワーが無い」らしい。
早速車両をヤードに移動してもらい、エンジンルームを見て思わず「ええ…?」と声が出てしまった。
エンジンルームが大変汚いのだ。ヘッドから明らかにオイルが滲んでて、それがシミになってるし、滲んだオイルに埃やらゴミやらが付着したのか泥のようになっていろんな場所にこびりついてる。
でっかいタービンに真っ赤なプラグコード、やる気のサクションパイプに大型のラジエーターに強制冷却式のオイルクーラー、付けてるものはご立派なのだ。ただどれも全部汚い。
「とりあえず掃除かな?」
エンジンはかかるしメカノイズもない。パワーが出ない理由はエンジンブローではなく全体的なヤレと圧縮抜けだろう。
コンプレッションテスターで圧縮比を測ったが、なんと驚き、圧縮比驚異の6.2:1。マレーズ時代のアメ車かな?こりゃパワーも出ないわ。
さらにヘッドをばらすと何処のどなたか知らぬカムシャフトも出てきた。リフト量が大きいし、多分社外のハイカムなんだろうけど、何目的で入れてるんだろう?
なのにスタットボルトが純正。これでよくヘッドが抜けなかったな。いや、圧掛かってガスケットが代わりに逝ったのか?
バルブスプリングもヘタってるし、バルブにもピストンにも結構なカーボンがついてる。エンジンは回ってるけど圧縮抜けからパワーもトルクも出なくて、結果タービンが全然仕事をしなかったおかげでエンジンブローを免れた、みたいな?
「さてどうしようか」
どういう仕様にしよう?
祖父ちゃんからの依頼は「ちゃんと走れるようにしてほしい」というもの。
このエンジンの原因はひとえに、ノーマルエンジンに過剰な補器類ばっかつけて、結果バランスが取れなくなったというものだろう。冷却関係は良いにしても、ポンカムとエンドパイプと毒キノコ(エアフィルター)でパワーアップできるほどエンジンは単純じゃない。
純正プラスアルファでバランスを取ろう。
腰下は触らない。吸排気とヘッドをオーバーホールして、タービンも純正に戻す。部品はヤードのどこかに転がってるだろうし、何だったらドナーエンジンの1基や2基くらい出てくるんじゃないか?
「目標は、350馬力行かないくらいかな?」
取り掛かろう。
※
ハサウェイの祖父、ゲンイチロウ・ヤシマから見て、ハサウェイのセンスは図抜けたものがあった。それは機械いじりがとか、ライディングセンスがとか、そういうひとつごとに掛かるものではなく、生き方のセンスが良かったのだ。
手を抜かないし、これでいいやのレベルが高い。分からないことを分かろうと勉強するし、思い込みからの安易な決めつけもしない。純粋で物事を正面から真っ直ぐに見つめる。
その在り方が素晴らしいと思った。
初めは、お遊びとして機械いじりを楽しんでくれれば十分だと思った。石油ストーブもそうだし、他には手巻き式ラジオの組み立てなんかもやった。簡単な機械構造、単純な基盤組成、そういうものから始まったハサウェイのお遊びは、徐々にレベルが上がっていった。
それというのも、ハサウェイに余っていた工具箱をプレゼントしてからだ。ヤードに転がっているドライバーやらレンチやらは汚れていて、なにより何処に何があるかも分からなかった。だから渡した工具セットだったが、翌週にハサウェイは、その工具セットを使って転がっていたカブのエンジンをバラバラにしていた。
空冷横置き50cc単気筒。シングルヘッドの2バルブだ。確かに素人が日曜大工に触ってもどうにかなるエンジンではあるが、それを小学生の男の子がやるとは思わなかった。
しかもばらしたパーツが、それぞれトレーの上に並んでいたのだ。何処にどのパーツがあったのか?と尋ねると、ハサウェイはよどみなく答えていった。
其処からだ、ゲンイチロウがハサウェイに課題を与えようと思ったのは。
整備マニュアルを渡し、ヤードを回りながらパーツを探し、無いものは作らせてもみる。複雑怪奇と思わせるエンジンも、構造さえわかればどうとでもなる。
ハサウェイの好奇心と探求心は、エンジニアリングと大変にマッチした。エンジン単体がばらせるのなら次はバイク、それも大丈夫なら次は車。ハサウェイは課題を次々にクリアしていった。
孫の成長を喜ぶ祖父、確かにその側面もあった。だがそれ以上に、ハサウェイの純真な機械への姿勢が、ゲンイチロウの心にはひどく眩しく感じられた。
ゲンイチロウがヤードを訪れると、ハサウェイはR32の助手席に座り、PCを叩いていた。
「やあ、調子はどうだい?」
「ええっと、いい感じ、かな?」
「R32はどうだった?」
「致命的にダメなところは無かったけど、まあこれじゃあ走らないよね、って感じの車だった。とりあえずカッコよくて良さげなパーツ入れてみました、みたいな」
「どこまで手を加えたんだい?」
「全然よ?エンジンで言えばヘッド回りと吸排気と補器類、あとタービン。車体はへたってそうなところをちょこちょこと。基本的にノーマルに戻していったって感じだね」
「じゃあ今やってるのは、ECU?」
「うん、暫定仕様で出してみた。いったんこれで様子を見てみよう、みたいな?」
OK、それじゃあ行ってみようか。そういってゲンイチロウが運転席へ乗り込む。キーを回し、エンジンがかかる。
キュルルブオオォォーーン……。
瞬間気付く。音が異様に揃っている。排気音がどうとか、そういう感じじゃなく、エンジン音が良い。キッチリしている。
「……いい音だね」
「ね。ヤードにニスモのマフラーがあったんだよ。ステンレスだけど、結構いい音だよね」
「それもあるけど、こう、エンジンが揃ってるなって」
そう?とハサウェイはいまいちピンと来ていない様子だった。いや、ハサウェイにとってはこれは普通なのかもしれない。エンジンは揃っているもの、正しく当然のように仕事をするもの。そういう意識が。
例えば自分が同じようにエンジンを組んで、こんな風な音を出せるだろうか?同じスペックを出すことはできるだろう。おそらくそれ以上も。ただ、エンジンをかけただけで分かる、この得も言えぬフィーリング、これは分からない。
ヤードをそろそろとR32が出ていく。よどみなく、なんてことない乗用車のように。
「今更だけど、どんな仕様?」
「ノーマルプラスアルファの、まあブーストアップ仕様みたいな感じかな?足はヤードに中古のビルシュタインがあったから入れてみたけど、ブレーキはパッドだけ変えたノーマルキャリパーだから気を付けて」
峠に入る。ペースが上がる。と言っても、峠道を楽しく流す程度の速度だ。高負荷域ではない。なのにこうも良いのか。
「足回りはどこまでやったの?」
「ビル足を入れたのと、へたってたブッシュ類を打ち換えて、スタビも交換して、スタビリンクは調整式の奴にしてみた。あとはテンションロッド新しくしたけど、そのくらいかな?」
「車高はどのくらい落としてるの?」
「純正から10mmくらいかな?ばねはちょっと固めだと思うけど、どう?」
「かなり良いよ、カチッとしてるし、バランスもいい」
ブレーキングからのターンインで、足がちゃんとついてくる。踏ん張ってくれる。これならペースを上げられる。
「エンジンの慣らしは?」
「ラッピングしかしてないから、4000rpm、いや3000rpmまでかな?ブーストがかからないくらいまでで」
「OK」
ブーストがかからない領域。本来ならここは重くてタルい領域だ。西暦2000年以前のターボ車というものは、タービンが仕事をして初めてパフォーマンスを発揮できるようなセッティングになっている。
GT-Rはノーマルでも速い。ただしそれは、ターボがかかっている領域での話だ。下からがっつりトルクが出て、上でもしっかり回ってパワーが出る、そういう優等生なターボ車が出る以前のマシンなんだ。
なのに、このフィーリング。
ターボでドカンと出るトルクではない。NA領域のエンジンそのもののトルクだ。エンジンが車体とかみ合う、ミッションとかみ合う、タイヤとかみ合う。車体がしっかりと前に進む。
荒れた路面をがっちり掴み、前へ出ていく。アンジュレーションに車体がピッチングしても、すぐに収まる。揺り戻しが無い。
「流石のヘリテイジコレクションって感じだよね。ボディが生きてるって感じがする」
ハサウェイが笑顔で言う。ゲンイチロウも笑う。そうだけど、それだけじゃないよ。ボディも含め、足のセッティングも含め、バランスがいい。ノーマルのような安心感で、ノーマル以上の完成度を感じさせる。
「ボディは手を入れたの?」
「いや全然。メンバープレースを前後と、前後のタワーバーを入れたくらい。ボディの状態かなり良かったから」
「ステアリングは?かっちり感あるよ?」
「ラックのブッシュも打ち換えたからかな?」
「リジッドじゃないよね?」
「うん、ノーマルブッシュの打ち替えだけ」
ドライビングが気持ちいい。ステアリングを切ると、タイヤが、車体が、エンジンがしっかりと付いてくる。レーシングカーのようなタメのないガチっとした感じではなく、固すぎないけどしっかりついてくる感じ。安心感のある走り。
スピードレンジはそう高くないのに、もっと飛ばせるエンジンなのに、そうじゃない領域でも楽しい。こういう車をハサウェイは作れるのか。
もはやあのひどい状態を思い出せない。見た目だけきれいで、今にも息絶えそうなエンジンを載せたR32が遠い昔のように思える。
思わず踏み込みたくなる。ブースト域で、この車はどう動く?どう曲がる?もっとこの車を走らせたい。
「最高だ」
ゲンイチロウは思わずそうつぶやいた。
※
走りのあと、祖父ちゃんがGT-Rを引き取って行ってしまった。どうにも大変気に入ってくれたらしく、慣らしも含めて全部やっちゃうから、全開走行の時に同乗して最終セッティングして、とのこと。祖父ちゃんが相変わらず自由に過ぎる。
それと課題がもう一つ。964RSで車の運転の練習をしろというものだ。GSXの時と同じく、ジムカーナごっこで車の運転を学び、慣れたら峠で練習。964RSはでっかいバイクみたいなもので、色んな部分がダイレクトだから楽しいよ、と。
またそれとは別に、次に直してほしい車と、車以外に触ってみて欲しいものも用意するから、コンピュータだけでも良いから触って遊んでごらん、と。
ただそれが……
「プチモビじゃん、これ……」
予想以上に複雑なものな気がする。足と手がついてるよ。祖父ちゃんは僕を何だと思っているんだ。どうやらこのプチモビは宇宙空間での作業で使われていたもので、たまたま安かったから買ったはいいものの、宇宙用OSが重力下では変に作動して操縦できないものらしかった。
プチモビ自体の世代も古くて、コンピューターそのものの交換やアップデートキットも無いようで、倉庫の肥やしになっていたものを引っ張り出してきたらしい。
曰く「ハサウェイにはセッティングのセンスがある。好きなように触ってごらん?プチモビがあるとヤードでの発掘作業とか、エンジンを持ち上げるとき重宝するよ」と。
まあ、遊べるおもちゃが増えたことは嬉しいことか。うん、そう考えよう。おもちゃが増えて、作業もはかどって、結果楽しい。うん、良いことじゃんよ。なんだか絶妙に腑に落ちない気はするけども。
とりあえず作業スペース空けとかなきゃ。
ブオオォォーーン、と低いエキゾーストが聞こえる。RBの音だ。
ガンメタのR32がヤード前で止まる。フロントウィンド越しににっこにこに祖父ちゃんも見える。というか飛び石と虫の跡が酷いな。渡したときに結構きれいにしておいたんだけど。
「やあハサウェイ」
「楽しそうだね祖父ちゃん」
「うん、このGT-Rすごいよお。100km/hくらいで流しててもすごく気持ちがいい。流石だねハサウェイ」
流石って何がだろう?まあ、祖父ちゃんが凄く笑顔だからいいんだけど。
「今日はこの後予定とかある?」
「予定?いや、何もないけど」
「じゃあ、慣らしも終わったし全開チェックに行こうか。一緒に現車合わせもできる?」
「は?え!?いや、車渡してからまだ3日しかたってないけど…」
「慣らし運転なんて1000kmぽっちだよ?3日もあればすぐだよ」
ええ……。祖父ちゃん社長業は大丈夫なの?いや、もし大丈夫だとしたらいつ寝てるの?それとも移動にGT-R乗ってるの?ええ(困惑)?
というか全開って……
「全開にできる場所なんてある?ノーマルでもGT-Rって250km/hくらい簡単に出るでしょ?どこで走らせるの?」
「すぐ近くにうち所有の飛行場があるから、そこで走らせられるよ。2.5kmくらいの直線もあるし、十分全開できるよ」
「おお、そうなんだ……」
流石ヤシマ重工、なのか?祖父ちゃんって何気にこの世の全てを手に入れてる感あるな。父さんも軍人やめてヤシマ重工で働けばいいのに。まあ父さんも好きでやってるんだろうけど。
祖父ちゃんは待ちきれないといった様子で、僕もPCをもって助手席へ急ぐ。そうだ、セッティング出し終わったら、この助手席に散らばってるむき出しのロガー類もどうにかしなきゃか。博物館に戻すんだし。
飛行場まで1時間程度はかかるとのことで、その間で改めてセッティングを見ていく。街乗り2速でターボをかけて、そこからアクセルオフ。逆に4速2000rpmから、4速キープで加速。全開でないパーシャル域で、いろいろなギアで街を流す。
思った以上に暫定仕様は暫定仕様だったと思う。祖父ちゃんは不足なく乗れる、とは言ってくれたものの、詰める箇所はいくらでも見つかってくる。ブーストの立ち上がり、燃料噴射量、アクセル開度によるエンジンのツキ。詰められるところは可能な限り詰めていこう。
「良いねえ」
「ホント?良くなってる感じする?」
「するよ、凄くね。オンでもオフでもない曖昧な領域で、エンジンがちゃんとついてくる感じがすごく良い」
「良かった。暫定仕様を出したときは結構いいかも、って思ってたけど、やっぱり走らせると違うね」
「ハサウェイは、セッティングの時にどんなことを意識してる?」
「え?意識してること?」
「うん、これは気を付けてるみたいな、何でも良いけど、しいてあげるなら何?」
「うーん……詰めすぎないこと、とか?」
「詰めすぎないこと?」
「うん、壊したくない、っていうのが真っ先にあるけど、ギリギリの領域って、確かに凄いパフォーマンスをするけど、その凄さと同じくらい怖い気がするんだよね。タイヤのグリップとかもそうじゃない?滑るギリギリのところが一番グリップするけど、そこまで行くと破綻しそうで。だから、そのギリギリから1歩引いたところでバランスを取ろう、とかは考えてるかな?」
「じゃあ、今の仕様も?」
「うん、無理をしない。怖いところまでいかない。PCのキーひとつで壊れてしまうからこそ、怖いと思ったら進まない」
「うん、良いねえ」
「どうだろ?良いのかな?」
「レースのエンジンとかなら違うかもしれないけど、公道を走る車なら良いと思う。大事だね、無理をし過ぎないこと」
やっぱり、ハサウェイのセッティングは良いね。祖父ちゃんがかみしめるようにそう言った。
飛行場は思った以上に広く、かつこのために場所をがっつり確保しておいたらしい。直線距離2.5kmをぐるっと回って、オーバルコースのように使えるそうだ。バンクこそないため、直線を繋ぐコーナーと短い直線ではがっつり速度を落とす必要があるが、ライトチューンのGT-Rのセッティングを出すためなら十分すぎるだろう。いや凄いな。
祖父ちゃんはこのGT-Rをどう仕上げたいんだ?パワー的に最高速アタックなんて仕様じゃないんだけど、分かってくれてるよね?
「時間もそんなにないし、さっそく始めようか」
飛行場に入るや否や祖父ちゃんがGT-Rに鞭を入れる。シートに押しつぶされる様な加速、PCをしっかりと抱えて、パワーグラフを確認する。
GT-Rが加速する。100km/h、150km/h、まだまだ加速を続ける。200km/h。車体は安定している。フラットな滑走路で、イニシャルトルクで車体が振られることもなく、加速でピッチングすることもなく、マシンが進む。
220km/hを超えたあたりで一気に加速が鈍くなる。大気の壁が押し寄せる。そして滑走路も足りなくなる。フルブレーキ。今度はシートベルトに体が押さえつけられる。PCをしっかり抱えろ。足も踏ん張れ。ブオン、ブオン、と祖父ちゃんがギアを落としていく。変速のショックがまるでない。やっぱりうまいな。
コーナーが迫るが、侵入スピードが速い!穏やかなステリング操作とは裏腹に、マシンが凄まじい横Gを受けながらコーナーをクリアしていく。アクセルオンが早い。タイヤからスキール音が聞こえるが、マシンは前進する。アテーサが働くとGT-Rはこんな風に加速するのか!折り返しの滑走路へつながるコーナーが迫る。ボトムスピードが高い。祖父ちゃんが広い滑走路の横幅目いっぱいを使って立ち上がる。立ち上がり加速。マシンはすぐに150km/hを超える。
落ち着け、データを確認しろ。ほら、パワーグラフが見える。どこを直すべきだ?ブーストが掛かって、6000rpmあたりで小さなトルクの谷がある。修正しろ。ピークトルク発生ポイントのあたりで、少し息継ぎしてないか?修正しろ。トルクと落ち方はもう少し詰められる、修正しろ。燃料がリッチ(濃い)か?もう少し詰められるぞ、修正しろ。
ロード(負荷)が掛かったエンジンは、どういう反応を返してくれる?よく見ろ、よく聞け、よく感じろ。ヤードの中の想像から飛び出た部分を、しっかりと拾うんだ。
230km/h、240km/h、じりじりと加速していく。250km/h到達!260km/h、まだ行けるか?いや、道が足りなくなる。フルブレーキ!ギアを落とし、コーナーへ飛び込んでいく。が、そこから祖父ちゃんはクーリングに入った。
完璧に減速し、直線路に出ると5速100km/h巡行を始める。
「良いねえ、最高だよ」
ロードノイズだけが響く車内で、祖父ちゃんが言う。
「2本目の直線路、どんどんエンジンが良くなっていってた。それがよく分かったよ」
「やっぱり実走は違うね、見えてなかったものがたくさん見れた気がする」
「私もだよ。良い車だと思ってたけど、全然足りなかった。最高に良いGT-Rだ」
「本当?」
「本当。マシンは何の問題もなく走ってくれた。超高速域で、破綻することもなかった。もう百点満点さ。ハサウェイは最高の仕事をしてくれたよ」
「そっか、なら良かった」
「クーリングに入ったけど、マシンも何の問題もない。いいね、冷却系もばっちりだよ。これならもう一本走ってもよさそうだったかな?」
「いや、僕がスピードに酔いそうだからクーリング終わったら休憩入れて欲しい。すでに若干気持ち悪い」
「本当!?ゴメンね?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、あとデータもみたいし、エンジンも見たいから」
車体を止めて細部を確認するが、マシンそのものは概ね問題なし。クーリング時点で油温も水温も安定しており、思った以上に早くセッティングは完了した。
その後は祖父ちゃんが「まだ時間あるから!」といって、もう一度最高速アタックをしたり、良い機会だからと僕に運転させたりして、ひたすらGT-Rで遊び倒した。
これにてGT-Rの修理は完了で、その後博物館へ行くのかと思いきや、祖父ちゃんがいたく乗り味を気に入ったそうで、しばらく足車としてこき使ってから博物館へ行くこととなった。
データ上で見せるマシンの顔、実走で見せるマシンの顔、そしてセッティングの妙。難しさもあったけれど、それ以上に楽しかった。
まずは入ったバイト代で、964RSを走らせよう。知りたい、分かりたい。そして、マシンは求めればちゃんと応えてくれる。
また一つ、分かったことが嬉しかった。
読了ありがとうございます。創作の励みになりますので、感想など頂けると嬉しいです。