ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話   作:陸奥九十九

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閃光のハサウェイ編開始でございます!
このハサウェイが閃光になるのかどうか私も知りませんが、とりあえず物語は転がり始めます。

閃ハサの結末を変えたくて書き始めて、閃ハサに入るまで半年近くかかってる。どうかしてるぜ。

お楽しみいただければ嬉しいです。


ただそこにある現実 閃光のハサウェイ編開始

言い訳にはなるのだが、その日は特段疲れていた。

 

木星へ、病院へと改修させたサラミス級と、対放射能に特化したミノフスキーネットを届け、OSのアップデートと過去データを回収した帰りしな、サイド1でサナリィとの打ち合わせを済ませ、その足で月によってアナハイムで新型モビルスーツなどのテストをし、およそ3か月の長期出張が終わった最後の帰り道だった。

 

ふらふら、と言うほどではないが、通されたシャトルにそのまま乗って、乗った瞬間に居眠りを始める程度には疲れていたのだ。そしてふと目覚めると、そこには見慣れない世界が広がっていた。その瞬間に気付いた。

 

 

 

やっべ多分乗るシャトル間違えてる。

 

そう気づいたのはもう地球が見えるような状況になってからだった。

明らかに普段乗ってるアナハイム関係者用の軍用艦払い下げのシャトルじゃなくて、シックでブルジョワな舞踏会みたいな内装に、高級ソファーをそのまま採用したような幅広のシート、何よりも普段見慣れない明らかに高そうな服を着たおじさまとおばさま、家族連れもいるけれど皆さん明らかに上流階級の雰囲気を漂わせている。

 

僕今何着てる?……あ、一応スーツ着てた。クェスが作ってくれた奴。良かったーアナハイムのつなぎじゃなくて。髪の毛、も大丈夫。カラスさんの真似っこのオールバックになってる。匂いは、アナハイムでシャワー浴びたし大丈夫なはず。

……じゃあそんなに場違いでもないか。うん、大丈夫だろ。何だったら僕も連邦軍高官の息子だし。一応高額納税者だし。

 

というかいくらだ?地球までの運賃。乗る時に払ったはずなのに、その記憶さえない。どんだけ疲れてたんだ僕?というかこのシャトルどこに向かってるんだ?

 

……まあ何とかなるだろう。うん、多分今月はもうタイヤも買えないしガソリンも買えない気がするけど。あれだ、経験だと思って割り切ろう。

バナージも言ってた。使ってしまったお金を振り返るな!お前の手元に残っているお小遣いはいくらだ!?って。

クェスも言ってた。手元にお金があるといくら残すべきか迷っちゃう時があるでしょ?逆に考えるのよ。全部使っちゃってもいいじゃない、って。

 

よし、覆水盆に返らず。割り切って楽しもう。

 

とりあえずは、機内食かな?

 

 

 

 

 

 

彼は、上流階層が集まるハウンゼンの機内の中でも、殊更存在感を放っていた。

 

カジュアルに見えるが、仕立ての良さと生地の上質さを感じさせるスーツ、よく手入れされたレザーの雰囲気が際立つシンプルなプレーントゥのドレスシューズ、それらを調和させる、落ち着いた、しかし風合の良いドレスシャツ。そして、最後にフォーマルな雰囲気を際立たせる光沢のあるタイ。

 

しかし、それら身にまとう服が特段優れているわけでは無い。

価格だけで言えば、もっと上等なものを着ている乗客はハウンゼンの中にいくらでもいる。

 

 

 

ただ、彼には存在感があった。

 

サッと撫でつけたような頭髪も、アジア人的な涼しげな目元も、スーツ越しにもわかる鍛えられた肉体も。そして何より、彼から醸し出されるその雰囲気が、カジュアルな社交の場として利用され、普段は喧騒に包まれるはずのハウンゼンを、心地のいい緊張感によって静かに落ち着けていた。

皆が彼の存在に気付いていたわけでは無いが、その空気感は伝播していた。分かるものが見ればわかる、しかし、多くの者はそうとは気づかない。事実会話に夢中なマダムは気にも留めないし、子供は視線を向けども注視したりはしない。それでも、はしゃぎ過ぎてはいけないと、無意識にブレーキをかけていた。

 

 

 

凄まじき存在が、そこにいる。

樹齢千年の巨木があったとして、だからどうとは思わないわけだが、その存在感は知らずとも理解できる。

 

 

 

彼は誰だ?

その存在感を感知したものは、気にせずにはいられなかった。

 

少なくとも社交界で見たことは無い。デビュタントはおろか顔見世さえされてはいないはずだ。ならば政財界の関係者では無いのか?だが俳優のような芸能関係者でもないし、アスリートでもない。何にせよ見覚えが無い。

しかしこのハウンゼンに乗れている時点で、間違いなくそれ相応の立場か、その立場を持つ者の関係者であることは確定している。

 

彼は、一体誰なんだ?

 

 

 

そして極一部の、連邦政府上層部にも連邦軍上層部にもコネクションのある人物は理解し視線を遠ざけた。

 

彼がハサウェイ・ノアか、と。

 

尊敬の念であり、畏敬の念であり、そして爆弾でもある、世紀の大天才。地球復興の陰の立役者。ビスト財団に金と言う特産物を生み出した男。

地球復興に関していっても、3大企業の介入も、ネオジオンの支援も、すべては彼から端を発し、結果として天文学的な経済効果をもたらした影の英雄。

アクシズ事件、そしてラプラス事件のスキャンダルに関わった者たちは軒並み失脚し、連邦の上層部においてもその多くは彼を擁護する立場に回った。

アクシズ事件の折に起こったとされるモビルスーツの無断使用に関しても、軍法の一つや二つ破ったところで彼の齎した結果と比較すれば捨て置ける。

それが現在の連邦のスタンスだった。そもそもロンドベルをあれほど冷遇したのは当時の判断ミスであり、そのミスから始まった責任追及など意味を持たない。そう決めた。だから彼の罪は不問に付す。

 

そしてその判断は間違っていなかった。

 

彼はプチモビに留まらず作業用モビルスーツの新型OSを開発し、作業用モビルスーツの改修プランを企画し実現させ、木星船団公社と技術提携を果たし、ヘリウム3の供給を満たし市場価格をより安定させた。

 

僅か10年足らずの期間にである。しかも、当時学生だった一民間人がである。

 

彼は確かに英雄ブライト・ノアの息子だ。あのアムロ・レイとも親交があると聞く。しかし、その程度のコネクションでこれほど大きな成功を手にすることが出来るか?

不可能だ。そう判断せざるを得ない。であれば、彼のバックには想像もつかないほどの怪物がいる。

 

ビスト財団は先のラプラス事件で失脚し、その影響力はかつてほどではない。いや、そもそも彼がビスト技研などと言う当時全く聞いたことも無かった研究所に所属したのは事件の後だ。

 

では共同開発者筆頭のアナハイム・エレクトロニクスか?

それとも縁戚関係にあるとされるヤシマ重工か?

はたまた宇宙ゴミをジャンク品として活用し、過去最高収益を叩き出したブッホ・コンツェルンか?

 

さらに言えば、それら企業の中のどれほどの地位を持つものがバックについているのか。

 

もしくは、もっと直接的に、連邦政府の上層部や、地球連邦議会の関係者がバックにいるのか。

 

分からない。分からないからこそ恐ろしい。

何よりも連邦の上層部は、彼に対してラプラス事件以降、公的に関係を持とうとさえしていない。莫大な利益をもたらした、黄金の果実にして金の生る木を作り育てることのできる、彼に対して。

 

そのような訳アリにしか見えない爆弾に対して、どのように接すればいいのか。

答えは単純。敬して遠ざける。それが彼らの出した結論だった。

善とも悪とも分からない神様には近づかない。鬼が出るか蛇が出るかなんて選択肢を、こんな場所で取りたくはない。

 

加齢が経験と共に老いを齎すとしても、それは危険回避のための安全策でもあると信じて。社交の場であるはずのハウンゼンにおいて、社交をしないという選択肢を彼らは選んだのだった。

 

 

 

 

 

キャビンアテンダントがサーブする。

 

「失礼いたします。こちら、海老とえのきの豚肉巻きのソテーでございます。ソースは南国をテーマに、フルーツを使用したものとなっております。付け合わせはヤングコーン、ポテト、アスパラガスでございます。こちらもソースと絡めてご賞味くださいませ」

 

サーブされる料理を目で会釈しながら受け入れる。

 

「こちらプチブールでございます。素材は全て本場フランスから取り寄せ、酵母もシェフが作成したものを使用してございます。機内のオーブンで焼いたものですから、お熱いのでご注意ください」

 

テーブルパンと水をサーブし終え、キャビンアテンダントは一礼し次の乗客へのサーブへと移る。

 

 

 

料理に手を付ける前に、彼は一礼するように手を合わせる。

 

短い祈りの時間を経て、彼は静々と、音もたてず料理を口に運び、その度にわずかに微笑みを浮かべる。

取り立てて目立つことは無い。立ち振る舞いも、マナーも。品の良さ、育ちの良さを感じはするが、それが取り立てて優美高妙であるとか、幽寂閑雅であるとは感じなかった。

 

しかし雰囲気があるのだ。秘すれば花とでも言うべきか、彼の表層からは見えない何かが、酷く優艶に彼と言う存在を彩っていた。

 

 

 

誰もが彼の雰囲気を空気から感じる中、ただ一人は彼を横目に見つつ、ほう、と小さく甘く息をついていた。

 

 

 

 

 

 

美味しいものを食べると、何とも言えずに幸せな気分になれる。

 

勿論普段から食べているなんてことない料理でも良いし、今まさに食べている、金掛かってるなあ!とおもわせるこじゃれた料理でも良い。

 

祖父ちゃんも母さんも、料理というものにはそれなり以上に凝り性だ。

祖父ちゃん曰く「日本にルーツを持つものは義理と人情、それに美味しい料理というものに対して比喩でも何でもなく命を懸けるときがある」と言っていたし、母さんは「ホワイトベースにいた時に様々あって、美味しい料理とはそれだけで人に活力を与えてくれる」としみじみ実感したらしい。

 

よく分かる。すごくよくわかる。当時もうんうんと頷いたものだが、今ではより頷ける。

 

アクシズ事件の時も、ラプラス事件の時も、戦争が迫ると心がひっ迫する。そして戦場が近づくと死の気配が立ち込めて、絶望が心をよぎる。

そういう時でも、美味しいものを食べている時は、そんな辛さと言うものを忘れることが出来る。

 

木星までの道中なんかも、今でこそルートも航行も安定しているから半自動だが、当初は中々厳しい部分もあった。

道中何が起こるか分からない超高速航行はメンタルに来る。それこそアステロイドベルトを抜けるときなど特に。何か起こって艦が立ち往生すればその先どうなるか。そんな不測の事態が起こらないように万全の準備はしているのだが、それでも緊張はする。そのアステロイドベルトを抜けても、木星までの道のりは半分どころか1/4も来ていないのだから、疲れもする。

木星圏で生活を営めるようにしたドゥガチさんやカラスさんは勿論凄まじいが、木星までの道のりを片道2年かけて航行していたジュピトリスの乗組員たちもまた超人だ。とてもじゃないが同じことが出来るとは思えない。と言うかしたくない。

 

そういう、気を張らざるを得ない時、それが長期にわたって続く時には、より一層美味しいご飯と言うものが癒しになる。

つくづく、人間は食べたご飯で生きているのだと実感できる。

 

 

 

それにしても美味しい。何だこれ?超うまい。

 

何で海老とえのきを豚肉で包んだだけ料理がこんなに美味しいんだ?あれか?アスパラをベーコンで巻くと美味しさが3倍に跳ね上がる相乗効果的なあれか?

ソースも美味しい。めっちゃさっぱりしてる。でもコクがある。ちょっと酸味があるんだけどまろやかで美味しい。フルーツの酸味と甘みなのかな?パイナップル?パッションフルーツ?よく分からないけどとにかく美味しい。

 

いかん手が止まらない。がっつくな。せっかくのお高い料理なのだ。おすまし顔で静々と食べろ。お上品に味わって食べるんだ。

 

付け合わせも美味しい。なんで?ヤングコーンもアスパラも焼いただけでしょ?芋は揚げてるのかな?いやそれにしてもなんでこんなに美味しいんだ?産地?鮮度?いや調理工程が特別なのか?

 

あれだ、祖父ちゃんとかゴップさんに経験しておけって言われて御馳走してもらったレストランを思い出す。馴染みのある、言ってしまえばありふれた食材のはずなのに、全然違う味っていうか、別次元の美味しさと言うか。改めて料理人と言う存在は職人なのだと思った。料理を生業にした職人。凄すぎる。

 

落ち着け。お腹は減ってるけど、この料理は明らかにお腹を満たす目的だけじゃない。心も満たす役割も持っているタイプの料理だ。ゆっくりと味わって食べるのが正解に決まってる。

 

とりあえず水でも飲んでリセットしよう。

……水もうめえ。何だこれ?いくらかかってんだ?

 

定期便だよね?このシャトル。毎日このクオリティの料理提供してるの?みんなどんだけ金持ちなんだ?ここにいる人たちってみんな億万長者?世界広くない?いや広いわ、木星まで1ヶ月かかるもん。

 

落ち着け。落ち着いてご飯を食べよう。僕はただご飯を食べたいだけなんだ。

 

テーブルパンなら大丈夫だろう。流石に食べ慣れてる。何ならちょっとパンにうるさいまである。

アンジェロさんが結構凝り性で、スウィートウォーターのパン屋さんとか結構一緒に行ってるし、クェスとマリーダさんも好きみたいでよく一緒に食べるし。これなら箸休め的に食べられるはずだ。

 

……美味しいぃーー……。美味しすぎる……。

 

よし、ここに食べ慣れてるものなど存在しない。よく分かった。全部美味しい。本当に美味しい。

思えばここ3ヶ月、というか木星に行く期間は食べられる物限られてるしな。こういう手が込んでるオシャレな料理自体食べられなかったし。

いやそれよりもサナリィの品質管理と言うか量産体制で大分疲れていたのかもしれない。何だあの工芸品。フェラーリかと思ったよ。いや良い車だよフェラーリ。良い車だけど、フェラーリは工芸品であって工業製品じゃないんだよ。タフに使って壊してなんぼのものじゃない。そのクオリティでモビルスーツを作られると困るっていうか、修理も量産も効かないというか。

なんで通常の整備で職人技が必要な製品を作って「これで良し!」なんて判断したんですか?アナハイムもアナハイムで頭アナハイムの時あるけど、サナリィはサナリィで頭サナリィなんじゃないですか?

 

ああ、美味しい料理が心に沁みる。五臓六腑にしみわたる。

ご飯を食べるときはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……。

まあみんなで食べるご飯も好きだけど。こういう料理を一人でじっくりと味わうのは、やっぱり良い。味わって食べることの重要性と言う奴を改めて教えてくれる。

 

 

 

ああ、食べ終わってしまう。せめてきれいに食べ切ろう。このソースが美味しい。パンで拭いきって食べよう。イタリア料理だとこうするのは普通だと聞いた。これフランス料理っぽいけど。

 

最後のパンのひとかけらを口に運ぶ。ああ、最後までずっと美味しかった。

 

最後の一口は、切ない。

 

 

 

ふう、と思わず息を吐く。

 

「ご馳走様でした」

 

ああ、美味しかった。たまたま乗った超高級シャトル(推定)だけど、この料理が食べられただけでも乗った価値はあったな。どこかの有名シェフとかが料理監修してるんだろうか?後で調べてみよう。お店あるなら食べに行きたい。

 

それにしても高級シャトルだけあって客層も落ち着いているなあ。おばさまの談笑の声は聞こえるけど、それもひそひそ声くらいなものだし、凄く落ち着いた空間になってる。

アナハイムのシャトルなんか乗ろうもんなら、その瞬間にみんなで最強のモビルスーツ談義が始まるというのに。

何だよZZガンダムって。頭にハイメガキャノン載せて、全身フルアーマーでミサイルたくさん積んで通常装備のダブルビームライフルで戦艦も一撃で墜とせて?ジェネレーターは高出力のものを3機搭載させる?そんなバカなモビルスーツねえよ。もうちょっと現実に即したマシンを考えなさいって。

 

馬鹿な男子の妄想話を思い出し、しみじみと余韻に浸っていると、CAさんが食器の回収に来る。

 

「何かお飲み物は?」

 

手慣れた様子で食器を回収し、サービスワゴンへ収納する。

 

「じゃあ、オレンジジュースを」

「月からすべて完食されたのは、お客様だけです」

「そう、なんですか?とても美味しかったですよ?」

「それは良かったです。シェフにも伝えておきます」

「是非」

 

 

 

「だって、マフティー・エリンの退治に地球に降りられるのでしょう?」

 

ふと聞こえた声にふと視線を向けるが、僕には関係ない会話の様だった。

CAさんも会釈をして次の食器の回収へ向かう。

 

「大佐さんぐらいでいらっしゃいます?どう思われているんです、マフティー・ナビーユ・エリンって」

「えっ?……どうして」

「このハウンゼンは、よほどのコネでも無ければ搭乗を許されない特別便よ?」

 

あ、このシャトルの名前確認しておこう。多分機内食の情報も載ってるだろう。

携帯端末には、まったく購入した記憶に残っていないチケットの情報もしっかり残っていた。えー……っと、ハウンゼンか。え?行き先ホンコン?やっべオセアニア地域でさえない。どうしよう……うわ、どうしよう……。

しかも超高級シャトルじゃん。よくチケット余ってたな。で価格は……ふぅーー……見なかったことにしよう。

 

「しかも、今日の客の大半はアデレード会議に向かう連邦政府の閣僚や官僚とそのご家族。仕立ての良いスーツみたいだけど、匂いは消せてない。彼みたいにやらないと」

「……」

 

あ、機内食ページもあった。監修は……ああ、帝国ホテルか。東京じゃん。

とりあえずホンコンからすぐに乗り換えてオーストラリアに飛んで、シドニーで仕事終わったら実家帰るついでに寄ろうかな?いや、勝手が分からないし、祖父ちゃんか母さんが一緒が良いか?だったらチェーミンと父さんとも予定合わせたいし、どうしよう?

 

「ご同業よ?多分。他人には関心がないか。そんなだから左手の指輪を外すことになったのかな?」

「え?……っ、君!」

 

でも父さんの休みって取ろうと思って取れるもんじゃないしなあ……父さん抜きで行くか?いや流石に可哀想か。

 

「私、ギギ・アンダルシア。君と言うのはちょっと……」

「あ、ああ、すまない。ギギさんが、どう私を推察したかは聞くまい」

「うふふっ」

「ふっ、笑うなよ。私は感情過多の人間らしいというのは承知しているつもりだが……」

 

ん、メール?誰から……って、ハヤシさんだ!珍しい。何だろう?前話してた、水素エンジンのNA3ローターで10,000rpm回して300km/h出そう計画の話かな?

えーっと…………は?

 

「マフティーは、彼は危険人物だ。地球連邦政府の、秩序を乱すものだ」

「世間は、みんなマフティーが好きみたいですよ?かつてのシャア・アズナブルが生き返って、人の思うことをしてくれるって」

「ふっ、それは極端だな。マフティーは宣言した。連邦政府の閣僚を暗殺した後で、地球環境の為にすべての人類は地球から出なければならないと」

「……例外なく、ね」

 

『マツダ787Bに興味はあるか?』、ですって!?

 

「そう、例外なくすべての人類がだ。宇宙移民が世間で受け入れられ、もてはやされるようになった現在において、にも関わらず酷く性急に事を進めようとする。20年後に達成できそうなものを、今日明日で無理やりにでも終わらそうとする。そこが子供じみてる」

「子供の論理って、正しいことありますよ?」

「ふふっ、世の中、そんなに簡単に動いていない」

「そうね、清廉潔白と言うわけにはいかない。それをどう考えるんですか?」

 

画像は?……ある。バラバラのパーツやらホワイトボディだけど、これって、本物の787B?いや、でも787Bのルマンカーは2台しかないし、片方はレプリカに改修されて、もう一台はミュージアムに保管されているはずじゃ?

……幻の、787Cのパーツと、787Bの予備パーツを保存していたヤードが見つかって、それで1台組み立てられそう?じゃあ、レプリカじゃない本物のCカー、ってこと!?

 

「社会の潤滑油ってところかな?」

「……あなたってパターンしか喋らないんだ」

「えっ……」

 

エンジンは……R26Bのレプリカなら持ってるって……。

ヤバいよハヤシさん……ヤバすぎる。もう大好き。え?これ祖父ちゃんもトミナガさんも知ってるの?いや、伝わってないわけないか。

うわあーーどうしよう。今ハヤシさんってどこにいるんだ?ロンデニオン?それとも御殿場?今すぐ見に行きたい。行けないけど。うわあマジかよ。

 

どうする?予定を組む必要がある。

とりあえずさっさと直近の仕事だけ終わらせる。ミノフスキーネットと作業用モビルスーツの実証データの確認をして、木星圏でのデータと統合してアップデート。

 

貿易船に搭載する用のミノフスキーネットとミノフスキークラフトの回収作業があったけど、まあ急ぎじゃないし後ででいいか。何ならオリヴァーさんとヨナさんに任せとけば間違いないし、今はリタさんとミシェルさんも一緒にいるはずだし。

 

そう言えばバナージがジオン関連でバーンさんと一緒に地球に降りるとか言ってたっけ?何だっけ、アデレード会議?ネオジオンとジオン共和国を正式に統合させて、連邦への過去の損害賠償契約を纏めて、ジオンを完全に独立させるんだっけ?

 

じゃあバナージは放置してていいか。忙しそうだし。

……いや待てよ?ジオン関連ならシャアも地球に来るのか?だとしたら、抑止力としてロンドベルも呼ぶんじゃないのか?

もしそうなら父さんも予定合うんじゃないか?だったらシドニーの後に東京寄って帝国ホテルで良いんじゃね?

 

まあいいや、あとで父さんの予定確認しよう。

 

バーンさんとバナージが降りてくるなら親衛隊そろい踏みで一緒だろうし。バナージは忙しいかもだけどフロンタルさんたちは時間取れるだろうから、バナージ抜きでならご飯ぐらいはいけそうだし。

 

 

 

よし、なんかご飯の予定ばっかり埋まっていくけど、まあ良いでしょう。

母さんとチェーミンのレストランの計画も大詰めらしいし、視察とか研究の一環だと思えば、うん、むべなるかなむべなるかな。

 

……それにしてもこのオレンジジュースも美味しいな。なんだ?このシャトルで出てくるもの全部美味しいぞ?帝国ホテル凄すぎない?

 

 

 

 

 

 

予定も埋まったし、地球に降りるまでちょっと寝ようかな?なんて思ったその時に、脳の瞳が何かを見つめていた。何かが来るのを、僕は確かに感じた。

 

酷く嫌な気配。ドロッとして肌にへばりつく、死の気配。

それは、他ならぬ戦場の匂いだった。

 

「……ギャプラン?」

 

思わず席から立ち上がる。

気配が見える。神経が研ぎ澄まされていく感覚。これは、尋常な状況じゃない。

 

見える。シャトルの外、しかし向かってくるその悪意が、脳に直接映し出されるイメージ。

大型のモビルスーツ?いや、モビルアーマーか?

 

目視可能な範囲にあるのに、撃たれてない。なら、目的は撃墜じゃない。何だ?

……このシャトルの乗客は、多分みんなブルジョワだ。お金を持っている人たち。であるならば、乗り込んでの人質交渉、それからの身代金の要求、かな?

 

だとすれば、敵はテロ屋ってことになる。軍人がやるような仕事じゃない。

 

急ぎ足で客室から出るとSPと思しき黒服が立っていた。

 

「すみません、このシャトルの護衛はジェガンですか?リゼルですか?」

「は?いや、ジェガンだったと思いますが……」

「ギャプランなんて、護衛につきませんよね」

「ギャプ?」

「敵襲です。大型のモビルアーマーがシャトルに近づいてきています。戦闘準備を」

「は?なにを……」

 

「君、一体どうしたんだ?」

 

白いスーツを着た、軍人然とした気配の男性が話しかけてくる。

 

「敵襲です。敵はギャプランでシャトルに乗り込んでくる。現時点で撃ち墜とされていないので、目的は多分人質交渉」

「っ……確かか?」

 

剣呑な雰囲気を察したのか、息を呑みそう聞き返す。

 

「間違いなく」

「分かった。君、このシャトルに武装の用意は?」

「ケネス大佐、こんな子供の……」

「今は一刻を争う!すぐに準備したまえ!」

「は、はい!」

 

ヘッドセットですぐに状況を話し始め、緊迫感が伝播し始める。

 

「ミスフラゥワー、CAは全員客室へ避難。扉をロックして誰も外に出すな!」

「は、はい」

「君は、悪いが付き合ってもらう。銃撃戦の経験は?」

「訓練だけです」

 

ケネス大佐?がSPさんの拳銃を僕に渡す。こちらの武装はSPさんが持つ室内用の軽機関銃に、大佐と僕は拳銃だけ。敵の程度にも依るけれど、きついな?

 

「上等だ。急ぐぞ」

「まずはコックピットですか?」

「ああ、私が敵ならまずはシャトルの自由を奪う!」

「同感です!」

 

コクピットへ向かうまさにその時、窓の向こうに影が奔った。

 

「ギャプランが降りていきます!敵はもうそこにいる!」

「了解した!全SPに伝えろ!ハッチからお客さんがなだれ込んでくるぞ!」

 

その時、バララララ!と破裂音が響く。

始まった。そう理解した。

 

「射撃許可!応戦しろ!」

「了解です!」

 

その瞬間、僕は通路へと疾走する。

 

「君!?」

 

慌てたような大佐の声を背中に感じながら、さらに加速する。

 

敵は機先を制したと思っている。今この瞬間、彼らはイニシアチブを取ったと油断している。銃撃と共に、彼らの張りつめた気配が、明確に緩んだのを感じたから。

 

慣れてない。間違いなく本職の軍人じゃない。

この状況、カークスさんやジンネマンさんなら絶対に気を緩めたりしないし、何よりもダグザさんやコンロイさんほどの圧迫感を感じない。

 

彼らは、戦場を舐めて掛かってる。

 

 

 

通路のその先に、銃口を上に向けてこちらを見るマスクをかぶった不審者。

慌てたように銃口を下げるが、こちらが懐に入る方が速い。

 

下げる銃を下から抑え、がら空きのボディに肘が刺さる。

 

「おごっ!?」

 

崩れる体を半身に抱えて、残る半身で発砲を躊躇うもう一人を、撃つ。

 

パンパンパン!

 

「ぐあっ!!」

 

銃へ一発、両足へ一発ずつ。抱えていた一人を地面へ放り捨て、痛みを堪える様に蹲る奴の、その顔面へ、サッカーボールをけるように爪先を突き刺す。

 

カパッ!と軽快な音と共に、そのまま地面へ崩れ落ちる。

うち捨てられた海藻のように完全に沈黙した彼らを、彼のベルトを拝借して縛り上げる。

 

近くに感じる気配は、2つ。通路の先。恐らくコックピットルーム。

後方へハンドサインを送る。この先に、2人。

 

大佐とSPさんが追いつく。何やら言いたげな気配を感じるが、言葉はない。今この場で音を立てるような間抜けは、この場所にはいない。

 

話し声を立てる間抜けは、この先だ。威圧的な怒声、恐らくパイロットを脅して行先を指示しているのだろう。

 

SPさんが前に出る。先行してくれるのか?

 

ハンドサイン。3,2、1、ゴー!

 

3人で一斉に飛び出す。

 

「なっ!」

 

見えるところに覆面は1人だけ。それと向かい合う場所に、白い制服の男性が倒れている。多分、死んでる。

その見える覆面の一人は、操縦室の後ろで半身になっている状況で、こちらに気付いた。

それじゃあ死に体だよ?

 

SPさんの撃つ弾丸が覆面の両足を撃ち抜き、その場に崩れ落ちる。尚も銃口を向けようとするが、それよりもこちらが速い。

 

銃を蹴り上げて、返す刀で顔面に爪先を叩き込む。

 

その段階になって、操縦席に座る覆面が、慌てたように立ち上げるが、大佐の銃弾が奴を撃ち抜く。

 

残敵チェック。敵、無し。

 

すぐに倒れる制服の男性の状況を確認する。が、こと切れていた。

いや、操縦席の乗組員は、みな殺されていた。

 

「くそッ」

「気を抜くな!まだ敵は残っている。客室だ、行くぞ」

「っ、了解」

 

拳銃をベルトに挟み、奴らが持ってきたであろうアサルトライフルを持つ。

 

 

 

その時、遠くからバララララ!と銃声が聞こえた。合間を入れずに拳銃の発砲音が何度か鳴り、その後機関銃の音が響き、沈黙した。

瞬間分かったのは、誰かが死んだとこ。身にへばりつく悪意は消えていない。と言うことは、敵は生き残っているのだろう。そして、客室の護衛としてもSPは配置されていたはずだ。

 

「くそ、間に合わなかったか!」

 

敵はまだいる。それだけは何を言わずとも皆理解できていた。

 

「どうします?なだれ込みますか?」

「しかし!それでは乗客の皆様に被害が!」

「それは、そうですけど。でも、敵もこちらの銃声を聞いているはずですし、状況も把握しているはずです。人質を取られている状況ですし、踏み込まないとどうにもなりませんよ」

 

SPの人が表情を歪ませる。

そうだ、状況はかなり不利だ。敵は10人以上の人質を取り、残敵数も不明。1人2人、ぎりぎり3人くらいまでならひと当てしてあとは流れで、みたいな雑な作戦でどうとでもなるが、4人以上だった場合どうにもならなくなる。

それに何より、作戦らしい作戦が取れる程、物が揃ってるわけでもない。

 

「スモークとかあります?」

「ありません。武装はあくまで護衛用に、携行火器とナイフ程度です」

「客室を確認できるカメラは無いのか?敵の数と配置が分かれば大分違う」

「ありません。乗せているお客様がお客様ですから、プライバシーの保護もあって……」

 

悠長に話せる時間はない。時間は敵に味方している。こうもあっさり人を殺す連中だ。出てこないなら人質を順番に殺していくぞ!なんて暴挙をやりかねない。

 

ならば、穴のある作戦でも勢いで乗り切るしかない。

 

「腹を決めましょう。僕が先行して客室へ突っ込みます。連中の注意を惹きつけるので、その隙に狙撃で処理をお願いします」

「……正気か?」

「連中は、多分素人です。本格的な軍事訓練を受けているようには思えない。ならば、状況を畳みかける方がまだ勝機がある。そう思います」

「一歩間違えば蜂の巣ですよ!?」

「このままだと嬲り殺しです。だったら賭けに出た方が分がいい」

「……死ぬ気ではないよな?」

「勿論」

「……分かった。情けないが、君に賭ける。頼んだぞ、ミスタージャッキー・チェン」

 

状況は依然として厳しいが、それでも表情を一瞬緩ませてそんな冗談を言ってくれる。ああ、歴戦の軍人さんなのだなと思った

それに合わせるわけでは無いが、ほんの少しの冗談を僕も言う。

 

「そちらもご武運をトム・クルーズ。さっさと終わらせてしまいましょう」

 

さあ、スリリングな空の旅を終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

客室に近づくほど圧迫感が増していく。いや、これは緊張感だ。僕たちのではなく、恐らく襲撃犯たちの。火花ひとつで大爆発を起こしそうなほど、張りつめた空気感を感じられた。

 

うん、やっぱり素人だ。

 

これ以上なく焦っているのが空気からも伝わってくる。そして、状況が悪化していることも察している。

これまで倒したのが4人。恐らくうち一人は客室の制圧要員だったのかな?仲間が来ないことに焦りでも感じているのかもしれない。マスクを剥がしてインカムの有無まで確認しておけばよかったかな?まあ、そんな時間も無かったわけだけど。

 

 

 

喚き散らしてる感じだ。論理的じゃない、ヒステリックに叫んでる。話す内容までは聞き取れないけど、耳障りな嫌な叫び声。

 

客室の後ろ側のドアについたSPさんがハンドサインを送っている。準備OK。いつでも突入できる。

 

 

 

じゃあ、跳ぶか。

 

借りたナイフを右手に持ち、銃は拳銃だけ腰の後ろに差しておく。

狭く短い通路、その幅を目一杯にとって、陸上選手のクラウチングスタートのように構える。

 

流れとしては、客室へ走り込んで、状況確認。注意を引いて、前と後ろから大佐とSPさんが銃撃制圧。僕も加われるなら制圧をする。

 

細かいところはまあ放っておくとして、あとは流れと勢いでいい感じに。

 

 

 

ふう、と息を小さく吐く。

 

すると、時間がゆっくりと感じられる。世界がスローモーションになる感覚。ああ、これも久しぶりだな。

 

集中できている。ゆっくりと動く世界の中で、僕はいつも通りに動ける。そのイメージ。

 

さあ、跳べ。

 

 

 

大地を蹴り飛ばす。

 

 

 

一歩、二歩、三歩。最小歩数で最大加速、最高速へ至れ。

 

 

 

低く倒れ込むような姿勢のまま、客室へとエントリーする。

おかしなマスクは、たったの二人か。

 

 

 

「ツー!!」

 

 

 

情報伝達は単純明快に。たった二人なら、作戦はこの時点でほぼ終わったも同然だ。

 

しかもその一人は、幸か不幸か、間抜けを晒して僕のほぼ正面にいる。

 

 

 

四歩、五歩。その間抜けの正面へ、一足一刀の間を取る。

 

 

 

六歩。間抜けを足場代わりに蹴り倒して、壁に向かって尚も加速する。

 

 

 

七歩、八歩。壁を蹴って、壁を奔る。もう一人は、客席の真ん中あたり。

 

 

 

パンパンパン!!銃声が響く。大佐とSPさんが銃撃制圧を始めている。

 

 

 

残った真ん中の一人も、体をもんどりうちながら崩れ落ちようとしている。

しかし、その構えた銃口が、客席の女性へと向いたまま。

 

 

 

まずい!

トリガーに指が掛かったままだ。このまま倒れれば暴発しかねない。

 

 

 

九歩。壁を蹴りだして跳び込む。宙を跳ぶ、その銃の向く先へ。

 

 

 

右手に構えたナイフを振るう。暴発せんとする、その銃へ向けて。

刃筋を立て、弧を描き、三日月の光の軌跡のように振るう。そして、力のベクトルを収束させる。

 

 

 

そうすれば、世界はするりと片付き申す。

 

 

 

ピシャアアーーン!!と雷鳴のような音と共に、ナイフの刃が、ライフル銃を両断する。

 

 

 

十歩。着地完了。

 

 

 

即座に起き上がり周囲を見渡す。

 

客席、見慣れない不審者は、いない。

 

「クリア」

「クリア」

「クリア。状況終了。よくやってくれた。皆さま!ハウンゼンに乗り込んだテロリストはすべて排除いたしました!」

 

 

 

大佐が残りの乗客へとそう呼びかけると、乗客がウワァーー!っと歓声を上げる。

不安も恐怖も感じているけど、それ以上の安堵で声を上げている。

 

ふう、と思わず息を吐く。

大佐と目が合って、ウインクを返される。その様に思わず笑みをこぼすと、SPさんも大きく息を吐いて緊張を解放していた。

 

制圧したテロリストを拘束しようと視線を下げると、なにやら一人の乗客がこちらを見ていた。

金髪の、年若い女性。なんだ?いやに見てくるな。

 

まあ良いか。ふいと視線を切って、テロリストのベルトを脱がし始めた。

 

 

 

 

 

 

戦闘とその解放からくる狂乱と喧騒も冷めやらぬ中、シャトルはダバオへと到着した。

 

……そう、ダバオ。フィリピンはミンダナオ島のダバオである。状況が状況ゆえに、一番早く着陸できる都市へのアプローチを探した結果、ダバオとなったらしい。

 

日本とオーストラリアのちょうど中間と言うか、馴染みのない場所だった。

 

しかし流石超高級シャトル。オートパイロットもトラブルコントロールもかなり充実しているようで、パイロットもサブパイロットも不在の状況だったが、何ら問題なく着陸できた。技術の進歩である。そうして、ダバオの連邦軍基地へとシャトルは降り立った。

 

 

 

シャトルを襲撃したテロリストたちの中で、生きているものは拘束して廊下に寝転がせてあるわけだが、覆面を取って驚愕した。

 

みな若いのである。と言うより、学生のような幼ささえ感じる顔立ちだった。いや、何人かは本当に学生なのかもしれない。世に革命を、腐敗に裁きをと叫び、銃を手に取り使命に殉死する。

インテリ活動家のなれの果てのようにも思えて、何とも不快な感覚があった。

 

彼らは、マフティーと名乗るテロ組織らしい。正式名称?は、マフティー・ナビーユ・エリン。

 

ギャプランが見えたものだから、てっきりティターンズ残党か、地上のジオン残党軍の過激派が起こしたのか、はたまたカラバかエゥーゴから離脱した連中かと思ったが、全く知らない名前が出てきて驚いた。

 

マフティー・ナビーユ・エリン。何やら複数の古い言語で意味を重ねて「正統なる預言者の王」と訳せるらしい。

うーん、分かり辛い。いや、テロ組織の名前が分かりやすかったらダメか。あれ?この名前って〇〇から来てる?アナグラム?なんてなったら間抜けすぎるもんな。

 

そんな彼らを見下ろし監視しながら、他の乗客がスライダーで降りていくのを見送っていた。

 

 

 

「あっつ……」

 

ダバオの印象だが、とりあえず暑い。気温はともかく、湿度がきつい。島国ではあるけれど、日本の本州ではなかなか体験しないタイプの暑さだと思った。

 

それにしても、まだダバオでよかったー。予定通りホンコンへ言ってたら結構その後面倒なことになってたかもしれない。

まあ、香港まで行ってルオ商会の医療関係用のサイコミュの調子を見てもいい気はするけど、医療系の技術は絶妙に苦手なんだよなあ。工業用とは割と勝手が違う。

 

それに最近医療系のサイコミュ技術を進化させているお医者様もいるようで、医療技術としての活用も徐々に一般化してきているらしい。素晴らしいことだと思う。

その人は月のお医者様らしいけど、やはり月は技術的に言えばかなり進化している場所なんだなと改めて思った。アナハイムはあんなだけど。

 

まあ、気にしても仕方ないか。とりあえず今回の一件の取り調べが終わったらシドニー行きの飛行機を捕まえないと。

 

「ダバオ?なんでだ。香港より遠いのに」

「マフティーは、オーストラリアに向かわせていたらしい」

「しかし、こんなところに降ろされたら次の移動はどうするんだ?」

 

乗客の皆様はかなり不満たっぷりだけど。この分だと飛行機取るのも苦労するかな?いや、多分この人たちとは乗る飛行機のグレードの桁が違うから大丈夫か。なんならアナハイムの定期便とかに便乗させてもらおう。ちょっとでも節約したい。明日のガソリン代の為にも。

 

ふう、と息を吐くと、何かを感じた。

 

何だ?僕は何を感じた?

 

振り返ると、そこには先ほども見た金髪の女性がスライダーの前に立っていた。

不快感、はない。敵意もない。ただ、なんというか、微かな苛立ちを覚える。本当に微かなものだけれど、この感覚には、どこか覚えがあった。

 

……ああ、クェスに初めて会った時と似てるかも。

 

子供が無遠慮に近づいてくるような感覚。ちょっとイラっとするけど声を上げて起こるほど不快ではない。でもちょっとはイラっとする感じ。

 

うわあ懐かしい。クェスもそうだけど、思えばこういう頃がチェーミンにもあった。思い出すのはチェーミンが中学二年生に上がった頃に、一緒に買い物に出かけて、出かけた先でチェーミンの同級生とばったり会ったら、急にそっけなく半ギレで話すようなったりしてた。クェスは、……まあ言うまい。あの頃のクェスはちょっと、いや大分お転婆だったから。

 

ああ理由も分かってすっきりした。そう思って微笑んで会釈をすると、ふいっと視線を外して彼女はスライダーで降りて行った。

 

うわあ、本当にあの頃のチェ―ミンみたい!なんだ、このちょっと微笑ましくて懐かしいような感覚。家帰ったらチェーミンを構い倒そう。

 

「たまらんなあ、この湿気」

 

大佐が少し疲れた様子で客室から出てくる。スライダーで乗客の整理をしていたCAさんに微笑みかけて、さっと手を取る。

 

「俺の部下になる連中が来る。すまなかった」

 

そう労いの言葉をかけて、CAさんをウェイターさんと一緒に休憩室へと下がらせる。

くるりと振り返り、僕を見る。

 

「こいつら、マフティーじゃないかもな。感じなかったんだよな。マフティーの、清廉さ、と言うのかな……」

「テロリストを肯定しているようにも聞こえますよ?」

「ふふっ……こいつら、オエンベリの片割れかもしれない」

「オエンベリ?」

 

また新しい名前が出てきたな。

 

「オーストラリア北部の街だ。数万の不穏分子の集結があるってよ。……マフティーの軍隊を名乗ってる」

 

マフティー……そんなに有名なのか?少なくともサイド3や月では聞かなかった名前だ。それにシドニーでも、ここ半年でそういう名前を聞いたことは無い。いや、でも降りていく乗客の中にも知ってる人はいたみたいだし……あれ?もしかして世間から離れすぎてる?

 

というか、オーストラリアで数万規模のテロリストが集結する?しかも、それを連邦軍の大佐レベルが掴んでる?掴んでるのに鎮圧されてないのか?どういうこと?

……よく分からないな。情報が少なすぎる。

 

オエンベリ……なんにせよオーストラリアでデモやらテロが起こるのは困るな。いや何処でもテロなんか起こって欲しくないんだけど。

 

そう言えばアデレード会議もオーストラリアだけど、バナージたち大丈夫かな?

 

「ケネス大佐!」

 

歯切れのいい軍隊然とした声が響く。

 

「中尉。こいつらを軍施設に収容しろ。調査局の連中より前に頂くんだ」

「はっ!」

 

廊下に転がされ拘束される連中に、連邦軍人たちが駆け寄っていく。

 

よし、なんにせよ、これで一件落着か。

そう思っていると、大佐がこちらに微笑んでいる。

 

「ロビーで待っていてくれ。調書もとらなければならないし、乗り継ぎの手配もあるだろう?」

「ですね」

 

肩をすくめながら返事をして、肩の荷が下りた軽い足取りでスライダーへと向かう。

 

「そうだ、ミスタージャッキー・チェン。名前を聞いていなかったな。俺はこのダバオの新任司令官、ケネス・スレッグだ」

「ああ、ご丁寧にどうも」

 

そう言えば確かに名乗ってなかったし、名前も聞いてなかったな。なんかもう、そういうの全部通り越してる感じになってた。

これが戦友との距離感と言う奴なのだろうか?確かに戦闘終わった後って距離感縮まるもんな。オットー艦長とかめっちゃ親身になってくれたし。紅茶も美味しかったし。

 

「僕はノア。ハサウェイ・ノアです」

 

勝手知ったる戦友へそう挨拶を済ませ、僕はスライダーでダバオへと降り立った。

 




読了ありがとうございました!
長え、キリの良いところまで書こうと思ったら結構な量になりました。

大枠は決めているつもりなんですが、書いている途中で方向が変わることもしばしばあるので結末は未だ定まっておりません!
何とか良い感じに話しを進められればいいなあ。明日以降の私、頑張ってくれよ!

最終章予定の閃光のハサウェイ編も、楽しんでいただければ嬉しいです。



いつも誤字報告ありがとうございます。

そして感想と高評価もありがとうございます。
頂ける感想や、高評価でランキングに上がってる様を見ると「ああ、書いてる作品が楽しんでもらえてるんだなあ」と何とも言えず嬉しくなります。俗物的かもですが、凄く創作のモチベーションになります。

引き続き感想や高評価、頂けると嬉しいです。
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