ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
2話に分けようかとも思ったんですけど、なんだかそれも微妙かなと思ってそのままです。
閃ハサ編2話目にして大分本編から動き始めてるぜ……どうなるんだろうこれから。
あと前のお話で本当にたくさんの感想頂けて嬉しかったです。ありがとうございます。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
『は?間違えて乗ったシャトルがハイジャックにあって流れでハイジャック犯を鎮圧して事情聴取のために今ダバオにいる?何を言っているんですか?』
「言わないでください。僕もなに言ってるかよくわかってないんですから」
ハウンゼンから降りて日差しの熱を感じながらダバオ空港へ入ると、すぐにパーテーションで仕切られたレストスペースへと駆け込んで、シドニーへと連絡を入れた。
そこで大まかな事情を伝えるわけであるが、正直自分でも何を言ってるか途中でよく分からなくなっていた。なんで月から地球に降りるだけの、言ってしまえば通いなれたルートでこんな大冒険をしているんだ?
そして電話向こうのオリヴァーさんの絶妙に冷たい声色が疲労に喘ぐ心身を突き刺す。
『そもそもなんでそんな変なシャトルに乗ってるんです?と言うかよくシートがありましたね』
「ねー。本当に良く買えたと思いましたよ、シャトルでうたた寝して目が覚めた後に」
『乗る前に気付いてください。それで、ご家族や若様には連絡は入れたんですか?』
「実家にはもう連絡済みです。父さんにはこの後ダバオ基地から連絡入れるので。バナージには、連絡入れたんですけど繋がらなくて、メッセージだけ」
『ダバオ基地?』
「ハイジャック犯の鎮圧でたまたまそこの新任司令官と一緒になって」
『どういうたまたま何ですか……ご家族にはちゃんと怒られましたか?』
「心配されました。申し訳ない」
『反省してください』
はい、と思わず電話越しで頭を下げるが、でもどうしようもなくね?という思いもあって、疲れた心がヘロヘロになっていく。
『まあ、無事でよかったです。若様にはこちらからも連絡を入れておきます。アデレード会議でちょうどオーストラリアに降りるようですし、多分こちらの方が先に連絡付くでしょうから』
「お願いします。あと、事件に巻き込まれたのは不可抗力だともお伝えいただければ……」
『伝えますけど、多分怒ると思いますよ?そればっかりは感情ですから』
「ですかー?」
『ですよ。まあ、お疲れの様だとも伝えておきますから』
ああ憂鬱。いや、僕だって好き好んでミッションインポッシブルやダイハード紛いの真似をしたわけじゃないもん。最適解を叩き出したとは思ってる。
まあ囮役に志願したのはアカンかったとも思うけど……。
あ、そうだ。
「オリヴァーさん、つかぬことを聞くんですが、マフティーって知ってます?」
『マフティー?……ああ、確か過激派のテロリストでしょう?連邦閣僚の暗殺を企ててるとか。名前は聞いた覚えはありますよ。それが何か?』
「そのマフティーが、オーストラリアで大規模な決起を図るとか、アデレード会議を襲撃するとか、そういう話は?噂とかでも良いので」
『いえ、特には……少なくとも、大規模にニュースが報道したり、連邦軍が対応に動いた、なんて話は聞きませんが……』
「そう、ですか」
マフティー。やっぱりそんなに大規模な組織じゃないとか?
『何か気になる点でもあったんですか?その、マフティーについて』
「えっと、シャトルを襲撃したのが、そのマフティーを名乗っていたんですよ。さっき言ったダバオ基地の新任司令官の大佐さんは、マフティーの名を騙るだけで別の組織かも?と言ってもいたんですが……」
『別、ですか?』
「オエンベリを拠点に活動する組織もあるようで」
『オエンベリ……ああ、ダーウィンの近くの』
「知ってます?もしかして、有名な街ですか?」
『いえ全然。小さなただの田舎町だったと思いますけど……妙ですね。普通、佐官クラスが知っている程度の情報ならば、参謀本部も把握しているでしょうし、にもかかわらず鎮圧に動いていない?』
「そこです。僕もそこが引っかかった。しかも、その規模で把握されているのに、オリヴァーさんの肌感覚では、マフティーはそれほど大きな組織では無いのでしょう?」
『ええ。しかし、やった行動はかなり大規模ですね。連邦閣僚の暗殺を目論むだとか、高級シャトルへの急襲だとか、やることが小規模なテログループのそれじゃない』
「オリヴァーさんの経験則で良いんですけど、このレベルの作戦をこなすためには、どの程度の支援が必要だと思いますか?それこそ……軍事作戦で例えると大隊規模なのか、はたまた連隊規模なのか」
『一発限りで言えば大隊どころか中隊もあれば十分です。しかし、もしも継続的に作戦を継続するとなれば、部隊の規模以前に兵站が問題になる』
そうだ、そこも引っかかっていた。ギャプランは、あれでティターンズが作った特殊機体だ。量産もそれほどされていないはずだ。古いとはいえ、それでも一年戦争期では無くグリプス戦役期、つまり二線級であるが現役で戦えるマシンだ。しかも結構コストが掛かっている。
「大隊規模を秘密裏に動かすのは、まあ無理ですよね」
『絶対に無理とは言いません。ただ、アナハイムにはまず把握されます。それに、武器弾薬を補充すればヤシマ重工にも把握されますし、資材をかき集めればブッホ・コンツェルンにだって把握されますよ』
「ヤシマ重工は無視していいと思います。馴染みのルートにしか武器は卸しませんし、何より急にモノが動き始めたら結構な一大事になりますから。それこそ、どこの馬鹿が戦争準備をしてる?って」
『アナハイムにはこの後確認を取ってみます。ただ、全容の把握は難しいかもしれません』
「それはまあ、仕方ないと思います。規模が規模ですし」
『ブッホ・コンツェルンは如何でしょう?』
「関係ないと思います。勿論、これでジムIIやらネモやらハイザックなんかが出てくれば話は違うでしょうけど、ギャプランなんて特殊なもの、多分扱わないですよ。その手のものはアナハイムがデータ収集で市場に出さずに買い戻してますし」
『ですね。となると、本当にどこが……。とりあえず、マフティーとやらの痕跡を追える範囲で追っておきます』
「危険そうだったらバナージに投げてください。多分この手のことはフロンタルさんなら良いように対応してくれると思うので」
『了解しました』
あと気になる点で言えば……
「ついでで恐縮なんですけど、アナハイムに確認取るとき、僕の買ったチケットの管理状況も確認してもらえます?」
『は?前後不覚の状態で買った高級シャトルのチケットですか?』
「言い方に悪意ありません?まあ良いですけど……なんというか、ダバオに降りてから、ずっと視線を感じるんですよね」
『……シャトルで大立ち回りしたのですから、その視線では無く?』
「僕も最初そうだと思ってたんですけど、ちょっと違う感じかと思って」
『敵意は?』
「無いです。無いから厄介ともいえるんですけど……」
『……シャトルのチケット購入自体が、いや、もしかしたらその前段階から、仕組まれていたと?』
「分かりません。実際木星帰りで疲れてましたし、脳みそがオーバーヒートしそうな状態で変なチケット買おうとして、僕のIDから気を遣ってリザーブを解放したのかもしれませんけど……」
『けど?』
「シャトルから降りてすぐに視線を感じました。ダバオに降りたのは事故的な状況なのに。それが、ちょっと引っ掛かります」
『……了解しました。状況をまとめて、若様に報告を上げます』
「お願いします。何事も無いなら、それで良いんですけど……」
嫌な予感はずっとしている。何より、直感は異常の警告灯をずっと灯している。
戦線から遠のくと、楽観主義が現実にとって代わる、なんて事態にはしたくない。
「もしも嫌な予感が全部当たって、連中がこちらの策を踏み潰せるほど準備していた時、戦場はオーストラリアになると思います。多分そこまで大規模なものにはならない、とは思いますけど。連邦はこの会議で多額の賠償金契約を締結させて、そのお金で福祉を充実させたいらしいので」
『……同じような事態が、12年前にもありませんでしたか?』
「ありましたねえ。実は僕その事件を良く知ってますよ?」
『ご存じでしょうね。なにせ実際に最前線で戦ったそうですし?』
含み笑いさえ起らない。ただ、今回は本当に連邦にもジオンにも、事を起こしてもメリットが無い。
シャアもバーンさんも、そして今回矢面に立つリディさんも、この事態を蹴っ飛ばして、良いことは何一つとして無いのだから。
アクシズ事件の時、シャアは和平交渉の場でルナ2の艦隊を偽装艦隊でもって殲滅した。ルナ2は大艦隊だったが、やる気のなさを完全に見破られて内側から食い破られた。
でも今回はそうもいかない。
予想がすべて正しければ、今回来るのはシャア直下のネオジオン艦隊と、ロンドベル、それに付随する連邦艦隊あたりになるだろう。
しかも、万々一事、本当にあり得ないが戦闘になったとして、戦場は宇宙では無く地球なのだ。
誇張でも何でもなく、場合によっては地球が滅ぶ可能性だって十分ある。
ジオン側が戦争を起こす理由はない。というか、起こしたい連中は内側に入れていないし、今ジオンにいるのはジオンの独立自治とスペースノイドの発展に注力したい人だけだ。
アクシズ事件以降、ジオンはまあまあありえない額を儲けたはずだ。そしてこれからもその稼業は伸びる見込みがある。今回の賠償金を払って痛くなるほど、寂しい懐事情はしていない。
そして連邦側はもっと単純だ。地球で事など起こせない。起こしたくない。だって彼らは、地球連邦上層部は、地球を自分たちだけのものにしたい。そんな地球の為にお金が欲しい。そういう方面へ動いているように感じるからだ。
得られる目先の利益も放っておいて、自分たちが住みたい、ここ10年で綺麗になりつつある地球を汚してまで、戦争を自主的に起こすとは思えない。
……うん、問題ない、はずだ。
『視線の主が何者かは分かりませんが、十分に注意してください。人質にとられて身代金要求が起こるだけで、まあまあ凄まじい金額が動く身の上なんですから』
「あはは、気を付けます。それにしても、そっち結構静かですね。休憩時間ですか?」
『ガウマンがいないせいじゃないですか?先週から溜まってた休暇を一気に取ってるんですよ。ほら、例のベースジャバーのテストで休みが取れなかったので』
「ああ……あれ?でもテスト要員そっちに結構いますよね?」
『本人が乗り気だったんですよ。やはりパイロットと言うものは、新しい乗り物に熱心なんでしょうか?』
「ああ……ちょっと分かる気がします」
『ですか。では、あとの手配はやっておきます。ハサウェイ君の予定は?』
「事情聴取で今日明日はダバオかもです。終わり次第シドニーへ戻るので」
『急がなくていいですから、お気をつけて。いや、万全を期すために飛行機を一台手配しましょうか?』
「そこまでしなくていいですよ。一応、明日の朝にでもまた連絡を入れます」
『お願いします。では』
「はい、お疲れ様です」
通信を切ると、周囲の賑やかさがサッと流れ込んでくる。
空港を一望できるほど大きな窓の向こうには、ダバオの空が美しく青く映えている。
視線は、今も感じていた。
※
大佐に言われたことを思い出してラウンジへ向かうと、何故かそこでおじさまおばさまがたによってもみくちゃにされた。意外なほどに僕の名前が知られているようだった。流石父さん。大戦の英雄。でも、僕が若い頃は軍人って、僕軍属だったこと一度も無いです……。
そしてひとしきりもみくちゃにされた後に小さな子供が近づいてきて「お兄ちゃんニンジャなんでしょう!?やっぱりニンジャは実在したんだ!」と違うベクトルでもみくちゃにされた。否定するのもかわいそうだと思って「忍者は正体を誰にも言っちゃいけないんだ。だから、ね?」と冗談めかして言うと、輝いた眼をしてうんうんと何度も頷いて、やっと解放してくれた。ちょっとだけ罪悪感。
あと全然関係ないけど、僕カワサキ党じゃなくてスズキ党だから……ニンジャよりカタナのほうが好きなんだ……。
「ジンジャーエールを」
バーカウンターでグラスを受け取ると、ラウンジをそろそろと歩く。
……うん、視線を感じなくなった。
先に入った人たちの事情聴衆はすでに終わったのか、それとも連邦政府の関係者と言うことで免除されたのか。とにもかくにも人数自体が少なくなって、視線自体を感じなくなった。それに気配もない。
やっと一息付けるな。
「思い出しましたぞ!ハサウェイ・ノア君!」
そう思ってグラスに口を付けようとしたところで、声が掛かった。
うん、今日はなんかもう、そういう日なのかもね。
「お顔を拝見するのは初めてですな。お父上は、連邦宇宙軍独立機動艦隊ロンドベル、ラー・カイラムの艦長、ブライト・ノア准将」
ふりかえると、友好的に見えるが、どこか威圧感を放つひげを蓄えた紳士がいた。
体の厚みがある、けど、軍人っぽくないな。アスリート的な肉体でもない。……警察官か?
「いや、今やお父上よりも君自身の名前の方が世間に知られているかな?地球環境の改善に、何よりも不法居住者の管理と退去。我々としては大変に助かっております。お会いできて光栄だ」
「あなたは……」
「いやいや、つい一人で盛り上がってしまった。私は刑事警察機構のハンドリー・ヨクサンです。彼ら調査局の調書には付き合ってもらう必要がありますが、ケネス大佐とちょっと揉めてましてな。君にも、明日まではダバオに滞在してもらいたいのですが、可能かね?」
「問題ありません。数日中にはシドニーに戻りたいので、それまでであれば」
「シドニーと言うのは、オーストラリアの?」
無精ひげを生やした、現場たたき上げと言った雰囲気を醸し出す眼鏡の男性が続けて聞く。
「ええ、海洋環境の保全とか、それに関連する研究でシドニー湾で実験場を構えてまして」
「よく聞き及んでおりますよ。その研究の成果として、海が目に見えて綺麗になったとか。よし、ホテルを手配してやってくれ。軍に任せていたらここに泊めると言い出しかねん」
「勿論です」
「え?いや、事情聴取でしたら、別に今でも……」
「今日は時間だよ」
そう言って、ヨクサンさんが空港を一望できる大きなガラスから空を見上げる。
「……浄化無くして再生無し、か」
見上げる先には、ベースジャバーに乗ったモビルスーツが見えた。
ふとヨクサンさんが、僕の肩を叩きながら笑顔で言う。
「ハサウェイ君の活動は、我ら機構の精神に通じるところがある。そう思わないか?ハハハハハッ」
そう言ってヨクサンさんは席を外そうとするが、眼鏡の男性が引き留める。
「長官っ。はあーー……。長官はああ言ったが、少しだけ状況を聞かせて貰えないかな?偉いさんは気楽でいかん」
「ええ、勿論」
ではまた後で、そう言って男性も離れていく。
なんというか、大変そうだなあ。刑事警察機構って、確かアクシズ事件の時に、クェスを捕まえてアデナウアーさんに届けたっていう……。
今は宇宙移民への大枠を民間主導でやってるから、基本的には荒事もできるお巡りさんに落ち着いてるって聞くけど、じゃあなんでそんなところの長官がこんなところまで出張ってきてるんだ?
駄目だ、よく分からない。
テロリストが明らかにどこかからか支援を受けている状況で、警察のお偉いさんが出張ってきた。状況はそれだけ動いてるってことか?
とりあえず一息つくか、とジンジャーエールを口にしようとして、視線と気配を感じて振り返った。
ねえ。そう呼びかけられた気がした。
ふりかえると、そこにはハウンゼンの中で見た金髪の女性が座っていた。
視線が合う。
少し驚いた。
これほど明確な感応波を出す人は、これまで数えるほどしかいなかったからだ。クェス、バナージ、あとはアムロさんやフロンタルさんといったニュータイプ能力を持つスーパーパイロット。そういう意味では、戦争に巻き込まれた人や、軍関係者以外で会ったことが無かったからだ。
パッと見て、軍関係者には見えなかった。
良いところのお嬢さん?いや、恋人かパートナーが上流階級なのかな?
ほんの1秒か2秒、そうして見つめると、向こうがたじろぐように視線を逸らした。
そうして、ほんの少し顔をしかめて、早く隣に来い、とでも言う様に顎をしゃくる。
若い、というより、思った以上に幼い反応に少し驚いて、その指示に従って隣に座る。
「先ほどぶりです。お怪我は……無さそうですね。ご無事でよかった」
「ええ、あなたのおかげでね」
「僕、と言うよりは、ケネス大佐、一緒にいた軍人さんのおかげでしょう。迅速に動いてくれた」
「けれど、犯人に生身を晒して体を張ったのはあなた。そうでしょう?」
「ああーー……まあ、そうと言えばそうですけど、そのことは関係者以外には言わないでくださいね?」
「……言いふらすつもりも無いけど、何故?」
「ああいう斬った張ったは、本来そういう役割の人がやるべきものですから。僕みたいなのが出しゃばって解決したとなると、困る人が出るものなんですよ。それに僕も叱られる」
「あなたが?」
「ええ。滅多なことはするものではないとね。まあ、なので早いうちに忘れてください」
「忘れることは、難しいかな?」
「そこを何とか」
「うふふふふふっ……」
彼女は微笑を湛えながら、カラコロと氷の音をさせて喉を潤す。
「ねえ、あなたは、ハサウェイ・ノア。あってる?」
「えっと、そうですけど、何故……」
「乗り込んできた彼らが半狂乱になりながら席にいない人を確認してたのよ。いないのは、ケネス・スレッグと、ハサウェイ・ノア。方やダバオの新任司令官で、方や連邦高官の息子だって」
「ああ……」
やっぱりハウンゼンに乗れたのは父さんのおかげか。……あれ?じゃあチケット取った時点で父さんに連絡が行ってるのか?うわあ、だとしたら申し訳ないことしたかも。
放蕩息子が高級シャトルに乗って贅沢三昧、とか広まってないと良いなあ。いや、そこまで情報が詳らかになることもないか。うん、でもあとでちゃんと謝っておこう。
「うふふふふっ……」
不意に彼女がそう笑う。
ふと、脳の瞳が光を感じる。心がほんの少しだけ、触れられるような不快感。
なんだ、この感覚?
……ああ、感応現象で簡易的な読心術をしているのか。確かに、ニュータイプ能力があれば出来ることだな。
別にみられて困るようなことは無いけど、どうなんだ?マナー的に。
「……あまり、それを多用しない方が良いですよ?」
そう言うと、彼女は目を見開いて、何かをしゃべろうとしたのか、口をパクパクと開閉して、その後ようやく言葉を続けた。
「……あなたも、知っているの?」
「そりゃ、まあ。同じようなことが出来る人は、多くは無いですけど全然いないわけでもないですし」
「それは……」
「今みたいに表面をなぞるだけなら良いですけど、深入りしようとすると引きずり込まれますよ。特に僕みたいな人間は。人によっては普通に気付かれますしね。多用しないことをお勧めします」
そう言うと、彼女は俯いて押し黙ってしまった。
まあ、深入りすると本当に混線することがあるからなあ。意識が。
そして見えちゃいけないものも見え始める。戦場にいるときなんかは特に。多分今の僕も、木星から戻ったばかりだし、荒事が終わってすぐだから、心が宇宙へと引っ張られていると思う。
心が宇宙へ引っ張られて、それでもその先へ行こうと深入りすると、戻って来れなくなる。そういう人が過去にいたとも聞いた。
アクシズ事件の時に見えたララァ・スンの亡霊、シャア・アズナブルの記憶、そして、彼の心。
あの時が一番極まってたのかもしれない。アムロさんとクェスも居たし。
逆に戦場じゃなければ割と落ち着いているものでもある。バナージとマリーダさんとフロンタルさんと一緒にいて、それこそスウィートウォーターで仕事してる時なんて何も感じなかったし。
心を重ねようとすれば以心伝心くらいはできるだろうけど、それだってそれなり以上に深入りしないとできないだろう。木星行ってからはそこら辺の感度が一気に上がっちゃってるけど。
「まあ、相手にも依りますから。僕みたいなのは割と感づきやすいってだけです」
それじゃあ、と言って席を離れようとすると、心に触れる何かを感じた。
あ、やばいかも。
彼女が僕の心を視ようとしているんだ。でも、今の僕はちょっと危ないって。
ビクン、と背筋を反らせながら彼女の瞳が虚空を見つめる。
あ、本当に危ない。向こう側へ引っ張られている。
すぐに彼女の肩を支え、彼女が持っていたグラスをテーブルに置き、虚空を視る彼女の瞳を見つめる。
戻ってこい。目覚めの鐘の代わりに、耳元で、パチン、と指を鳴らす。
「あっ」
ふと、目に光が戻る。
「はっ……はっ……はあ、はあ……」
視線が僕に焦点を合わせる。うん、戻ってきたな。
しかし呼吸がまばらで、ちゃんと息が出来ていない。
額いっぱいに冷や汗をかいて、顔色は化粧をしているだろうに目に見えて白くなっていた。
肩で喘ぐように呼吸をする彼女は、見ていて痛ましささえ感じられた。
「ハ、ハサウェイ……ハサウェイ……」
「はい、ハサウェイです。とりあえず深呼吸しましょう。鼻でゆっくりと息を吸いましょう。ゆっくり、そう、たくさん吸って。そうしたら口からゆっくりと吐く。……そうです。長く、ゆっくりと。また鼻で息を吸って。10回繰り返しましょう」
言葉はちゃんと聞こえている。
ゆっくりと、深呼吸だけを必死に繰り返す。ゆっくり吸ってゆっくり吐いて、終わればまたゆっくりと吸って。
5回目あたりで呼吸が落ち着き始め、8回目あたりで周囲を見渡せるほどの余裕が出てきた。
その段階になって、何か異常があったのかと黒服の人が近づいてきた。
「大丈夫でしょうか?」
「過呼吸を起こしたみたいです。緊張していたんでしょう。水をお願いできますか?」
「はい、直ちに」
そう言って立ち去る黒服の方を尻目に、まだ呼吸に喘ぐ彼女を見つめる。
「深呼吸を続けて。吸って……吐いて。ちゃんと見える?僕の指は何本立ってる?」
「い、1本……」
「うん合ってる。じゃあこれは?」
「さ、3本……」
「あってるよ。大丈夫。大丈夫だよ。ほら、ゆっくり深呼吸して」
すぐにウェイターが水の入ったグラスを持ってきてくれて、それをゆっくり飲ませると、力が抜けたように、彼女は座っていた一人掛けのソファーの背もたれに崩れ落ちた。
呼吸はまだ若干荒いが、まあ正常の範疇だろう。
「気持ち悪くなったりしてませんか?頭が痛いとか、不調があったら言ってください」
「だい、じょうぶ……」
うん、ならまあ、とりあえずは大丈夫だろう。
急にニュータイプ能力を使うと、脳に負担がかかってオーバーヒートする場合がある。そういう時は頭が割れるんじゃないかと思うほどの頭痛がするらしい。ヨナさんやミシェルさんは結構酷くて、研究所以外でも苦しい思いをしたらしい。
僕の心象を見たのか、記憶を見たのかは知らないが、この程度で済んでるということは表層だけだろう。
まかり間違って戦闘時の脳内処理をトレースしてたらキャパにもよるが脳が焼き切れてるはずだ。サイコミュ系の並列処理は向き不向きがあるが、あれほど強力なニュータイプ能力を持つバナージでさえ、並列処理関係はそこそこどまりだ。
軍事訓練も何も受けていないだろう彼女は、まあ耐えきれないだろう。そう言う意味で言えばクェスは何でか大丈夫だったけど、まあ外れ値だ。僕もそうだし。
「とりあえず休んでください。多分自分で思ってるより疲れてるでしょうから。医務室もあると思いますけど、誰か人を呼びましょうか?」
返答はないが、ゆっくりと彼女は首を横に振った。
「では、僕は警察の人にあなたの体調不良を伝えておきますから」
「……ギギ」
「はい?」
「……ギギ、アンダルシア。私の、名前」
「分かりました、アンダルシアさん」
「……ギギで、良いよ」
「はいアンダルシアさん。伝えておきますから」
「……ごめん、なさい」
「良いですよ。では」
そう言って席を外す。
彼女が何を見たのかはよく分からないし、何を感じたのかもよく分からない。ニュータイプの感応現象は、その見え方も感じ方も千差万別だ。
何かが来る、と曖昧にプレッシャーを感じる人もいれば、明確に誰が来たのか感知できる人もいる。アムロさんは明確に分かるタイプだ。シャアの気配などは特にわかりやすいと言っていた。怖い。
見られて困る過去は……あるかもしれないが、まあ良い。どうせもう会うことは無いだろうし。
警察の人にアンダルシアさんの状況を伝えると、すぐに医者などの手配をしてくれた。まあ状況的にもそうなるか。
ハイジャック犯が飛行機に乗り込んできて、実際に近くで人が死んだのだ。乗客に被害は無かったが、それでもトラウマになっておかしくない状況である。
ハウンゼンに乗ってるということはそれなりの立場にある人か、その関係者だ。空港の関係者も警察の関係者も、それは気を遣うわけである。
暫くして警察の人に呼ばれ事情聴取が始まった。と言っても、状況説明をして、分からない部分があれば質問される、といった程度のものだ。
シャトルに近づくギャプランの存在に関しては、ケネス大佐が上手いこと説明してくれていたらしい。おかげで大変説明しづらいニュータイプ能力の説明をせずに済んでよかった。
ハイジャック犯の制圧に関しても、SPさんが大部分の説明を先んじてしてくれたおかげで、齟齬がないかの確認だけで済んだ。
ヨクサン長官と一緒にいた人、ヒューゲストさんが事情聴取の担当官となって、聴取は彼の言うことをほとんど聞いているだけで終わった。
「――――――なるほど。いや、ありがとうございますノアさん。今日のところは、結構です」
そう話を切り上げられ、警察の人と思うが、その人がヒューゲストさんに何等か耳打ちをする。
その人がその後僕の隣に座り、懐からカードを取り出しテーブルに差しだした。
「こちらがホテルのカードです。ご自由にお使いください」
「明日の9時に電話します。それでスケジュールを決めてください。ここが気に入ったなら、そのままホテルにいてもらっても構いません」
「はあ」
「ダバオ管区内に限ってですが、そのカードはご自由にお使いいただけます。支払いは政府持ちです」
「ええ……?」
なにその無限カード、こわ……いや血税の無駄遣いじゃない?
「何と言うか、剛毅ですね」
「そういうご身分である、とも言えるでしょう」
「いえいえ、僕はただの放蕩息子ですよ。凄いのは、僕の親でしょうから」
「いいや、凄いのは君だよ」
そう言って目を細めて笑みを浮かべる。
「ここ数年で、フィリピンの、いや東南アジアの海洋環境は劇的に改善した。漂着ゴミも減って、漁獲量は激増し、税収は安定し、治安さえ良くなった。警察の予算さえ、増える程にね。それは、間違いなくアナハイムとビスト技研の、海洋環境の保全事業のおかげだよ」
ヒューゲストさんが、そう言って顎髭をさする。
「戦争の英雄は確かに凄い。ブライト・ノア艦長は、後世に名を残すかもしれない。けれど、恐らく多くの地球で生活する人は、君の存在を知れば君を思い出すことになるだろう。ビスト技研の、ハサウェイ・ノア君」
「えっと……」
「いや、言えないことも多いでしょう。企業秘密もあるでしょうし。それは構いません。ただ、君たちのおかげで不法居住者は減り、治安は回復した。そのことに、ただ感謝を伝えたくて」
どうもありがとう。ヒューゲストさんが、強面な顔で柔らかく笑って、手を差し出した。
それに少し驚いて、一瞬呆けながらも、差し出された手を握り返す。
力強く握られた手が、何とも言えず熱を持っていた。
※
空港の外へ出ると、そこにはリムジン然としたハイヤーと、そこで待つアンダルシアさんがいた。
おや?と思いつつも近づくと、アンダルシアさんも僕に気付いたのか近づいてくる。
「終わったの?聴取」
「ええ、先ほど。明日の朝にもありますけど」
「ホテルは一緒でしょ?行きましょう」
「え?いや、僕はこれからダバオ基地に行くので」
「基地?何故?」
「父さんに……えーっと、父が軍人なんですよ。それで事の経緯を説明する必要がありまして、そうしたら、ダバオ基地の設備を貸してもらえるそうなので」
「それ、あとじゃダメなの?」
「駄目ですね。この手の報告はスピードが命なので」
彼女は少しむくれたような顔をして、すぐに表情を澄ませた。
「部屋番号は?」
「えーっと、3201ですね」
だから32階の……32階!?
うわ、これ多分あれだ、超高層のホテルで、やっばい高級な奴だ……いやそりゃそうか、僕はともかく、他に乗ってた人達の格に合わせると、要されるホテルはこのレベルってことか……こわ。
「私は3202。お隣ね。基地での用事が終わったら声を掛けに来なさい」
「はあ……」
「必ずよ?それじゃ」
そう言ってアンダルシアさんはハイヤーに乗って去っていった。
……何だろう。気に入られてる、のか?……いや何で?
ハイヤーを見送ると、すぐにタクシーが停まる。
アナハイムが販売するエレカだ。うん、この位の車がちょうどいい。ロールスロイスよりトヨタ、さらに言えば、セルシオよりもクラウンやマークIIの方が性に合ってる。
空港スタッフからどこか緊張感が伝わってくるが、手をかざして問題ないと合図してタクシーに乗り込む。
「ダバオの連邦軍基地までお願いします」
※
『ならないだろう、普通そんなこと』
「なってるやろがい」
ダバオ基地へ行くと、既にケネス大佐が待ち構えていた。
空港ぶりなので挨拶もそこそこに基地へ入ると、通されたのは荷ほどきもままならない状態の、執務室のような場所だった。
どうにも大佐自身ここへの配属は3日後だったが、前任者とのひと悶着が合って早まったらしい。おかげで着の身着のままというか、夜逃げ前のような惨状を部屋で晒しているわけだ。
通信自体は大佐が父さんへ先んじて連絡を入れてくれたのか、すぐに繋がった。
父さんは何が何やらと言った風だったけれど、それは僕も同じなので勘弁してほしい。
『まあ何であれ、お前が無事でよかったよ。母さんたちに連絡は?』
「もう入れたよ」
『怒られたか?』
「心配された。謝っても謝り切れないけど、それでも謝り倒して終わったよ」
『みんなお前が心配なんだよ。木星に行って月に行って、やっと帰ってくると思ったらハイジャックに遭うなんて、心配するに決まっている』
「ごめんて。……でも、父さんも大概じゃない?もう1年は家に帰れてないでしょ?忙しいのは分かるし、准将って地位が凄く偉いのも分かるけど、仕事にキリを付けて休みを取るのも大事じゃない?」
『言うなよ。お前だって似たようなものだろ?』
「残念。僕は家でも仕事が出来るから、帰ってすぐ仕事に出ていく、なんてことは無いのですよ」
『言ってろ。まあ、今回の案件が終われば、暫くは休みも取りやすくなる。そうしたら、仕事で東奔西走のお前を笑ってやる』
「それは期待してるけど……聞いても良い?」
『なんだ?』
「その仕事の案件って、アデレード会議と関係してる?」
そう聞くと、父さんは一瞬固まったように沈黙した。
「OK。もう分かった。詳しいことは聞かないよ」
『……どこで聞いたんだ?』
「推測だよ。バナージがアデレード会議でバーンさんと一緒に地球へ降りるって言ってたから、じゃあ父さんもかなって」
『ああ……』
「それについてはもう聞かないから。機密事項だろうし。僕もダバオでのごたごたが全部済んだらシドニーで仕事の予定だし。言いたかったのは、全部終わって予定が合うようだったら、東京で家族みんなでご飯でもどうかなって。それだけ」
『ああ、多分大丈夫だと思う。ただ報告やら護送やらが関わると、少し後回しになるかもな』
「良いよ別に。時間が作れそうかもってわかっただけで」
そう伝えるとホッとしたように父さんのため息が聞こえてきた。
「あとこっちは勘違いだと思うんだけど、僕に対して監視の任務とかって無いよね?」
『監視?どういうことだ?』
「地球に降りてからずっと、どこかから視線を感じるんだよね。敵意とか殺意は無くて、ただ、見られてるなって」
『……それはニュータイプの直感と言うものか?』
「分からない。そんな気もするし、単純に木星帰りで感覚が鋭敏になり過ぎてるのかもしれないけれど、アデナウアーさん、それかゴップさんから何か聞いてるとか、そういうの無いよね?」
『ああ、少なくとも私は聞いていない』
「そっか……」
じゃあ、どこの誰だ?
あんまりいないぞ?僕の存在を知ってて、その上で僕を監視したいと思う人は。
「あともう一つ。マフティーって知ってる?」
『マフティー?』
「そう。マフティー・ナビーユ・エリン。地球を拠点に活動するテロリストで、今回のハイジャック事件は、そのマフティーの名を騙った、マフティーとは別のグループらしいんだけど……」
『聞いてはいるが、それほど大それた組織だとは聞いていないな。地球で活動する過激派で、ジオニズムを提唱しているとは知っているが……』
「ジオニズム?……ああ、地球から人は出ていくべきって思想は、確かにジオンのものか」
『だが、地上の連邦軍のみで対応できていると聞く。ロンドベルはもっぱら、宇宙でのジオン残党軍の対応に追われているからな』
「ああーー……今のジオン共和国とネオジオンに合流しないジオン残党軍は、確かに過激派だもんね」
『連中からしたら、ジオン再興の希望とさえ思ったシャアに裏切られたようなものだからな。状況の打開の為ならば過激にもなる』
「まあ、アデレード会議が済めばジオンは独立を果たすわけだし、その内大人しくなるんじゃない?」
『お前の言うその内ってやつが、中々長引きそうで恐ろしくも感じるよ』
「良いじゃない。何にせよひとつの契機がすぐそこに迫ってる。それさえ終われば、あとは待つばかりかもしれない。その内、なんて曖昧な言葉でも、出てくるだけマシだって」
『ふふっ、それもそうかもな』
「まあ、それまで准将閣下が楽に仕事を進められるように、僕も僕で出来ることを頑張らせていただきますよ」
『助かってるよ。もうすでにな』
なら良かった。微笑む父さんに、こちらも微笑んで返す。
「最後に。そのマフティーってグループが、アデレード会議を襲撃するかもしれないって、ケネス大佐が言ってた。オーストラリア北部の、オエンベリって街に3万からなる反連邦のテロリストが集まるって」
『先ほど大佐本人から聞いたよ。詳しくは言えないが、ロンドベルは全艦隊が集結しつつある。それだけは伝えておく』
「分かった。全艦隊、ね」
なら問題無いだろう。アムロさんやケーラさん、ボッシュさんみたいなスーパーエースを多数含む、ロンドベル全部隊、およそ1個連隊が集結する。
多分ネオジオンへのカウンターとしてだろう。恐らくジオンサイドは、ネオジオンとジオン共和国の内、シャアとバーンさんの護衛として、本国から動かして問題ないだけの戦力をすべて放出するはずだ。今回の会議はそれだけ大規模なものになるだろうから。
少なくともシャア直下のネオジオン艦隊は全て出てくるはずだ。そしてそこには、フロンタルさんやアンジェロさんたちも含まれる。
ざっくり見積もってエース級しかいない歴戦のモビルスーツパイロットとその指揮官が、連邦とジオンで1個旅団集まることになる。そして今回、連邦もジオンも会議を成立させるために兵隊を寄こすわけだ。
もしも会議を邪魔するなら、この地獄の官吏もかくやと言う鬼のように強い怪物たちをすべて蹴散らせるだけの戦力が必要になる。
そしてそんなもの、この世のどこを探しても無い。少なくとも僕は思いつかない。
数を用意すればどうにかなるかもしれない。ただし桁違いの数が必要になる。ロンドベルとネオジオンの腕利き1個旅団なら、並の艦隊と並のパイロットなら、対抗するのに8~10倍の戦力が必要になる。つまるところ2個師団~1個軍団だ。それも、モビルスーツ部隊としての1個軍団である。
3万人のテロリスト。確かに情報だけ見れば1個軍団単位の大規模な軍勢である。しかし、それが正しい情報であったとしても、3万人すべてがモビルスーツに乗るわけでは無い。
恐らく多くは雑多な小火器で、モビルスーツだって出てきてもグリプス戦役かネオジオン抗争時のものだろう。もしかしたら一年戦争期のモビルスーツだって出てくるかもしれない。それだって何十機も出てくるとは思えない。
だからまあ、巻き込まれないよう気にする必要はあるが、過剰に恐れる必要もないといった状況と言うことだ。
「ありがとう。色々と話しづらいことまで」
『構わないさ。話していけないことは何も話していない』
「それでも、ね。シドニーの皆にも伝えておくよ。とりあえずそんなに心配しなくてもよさそうって」
『まあ、対策はするに越したことは無いと思うが……』
「本腰入れた対策を取ろうとすると、結構なコストと手間がかかるからね。とりあえず普段通りにしてるよ」
まあ作業用のジムIIと警備用のジムIII、コアブロックシステムの解析用に買い取ったナラティブ、それに研究途中のモビルスーツもあるし、よほどのことが起きでもしなければ現状で問題ないだろう。
『あと、さっき言ってた視線の件だが……』
「いや、とりあえずそれは良いよ。参謀本部が関係ないのなら、調べても仕方ないし。それにハウンゼンに乗るあたりから若干巻き込まれてる感があって、それは今調べてもらってるから、父さんは気にしないで。聴取は明日の午前で終わって、午後にはシドニーに飛ぶから」
『……分かった。だが、一応ことの経緯をアデナウアー次官へ伝えておく。ゴップ閣下にも伝わるだろう。それと状況次第だが、オーストラリアで会えるだろうから、その時はアムロも一緒に飯でも行こう。家族での食事は、また予定を確認しておくよ』
「うん、楽しみにしてる」
『シャアも、お前に会いたがってたぞ』
「それは結構かな」
それじゃあまた。そう言って通信を切る。
執務室から出ると、段ボールの中身を仕分けるケネス大佐が居た。
「よう、報告はもういいのか?」
「ええ、一通りは話せましたので。それにしても、引っ越しが大変そうですね」
「大変さ。まあ、仕事に比べたら気楽なものだがな」
「仕事と言うと、マフティーの?」
「ああ。その為の新型機も用意した。せっかくだ、見ていってくれよ」
そう言ってケネス大佐は意気揚々と部屋の外へと足を進める。まるで部屋から出る理由を探していたかのように。
いや荷ほどきは?そう感じながらも後を追う。
「良いんですか?」
「問題ない。何にせよ新進気鋭の新型技術搭載機だ。尤も、コストが嵩み過ぎるしパイロットも選ぶ。普及はしないだろうな。その代わり、性能は折り紙付きだ」
「いやそっちじゃなくて、荷解きの方ですけど」
「あんなこと部屋にこもって一日中やってたら気が狂う。リフレッシュは必要だ」
「ハウンゼンがダバオに着いてから、まだ数時間ですよ?」
「体感速度と言う奴は人によって感じ方が違う。俺にとってはもう十分やった。そういうことさ」
自習中の中学生ですかあなたは。その言葉を胸に押し戻して廊下を進む。
すれ違う軍人さん方が、皆僕たちを見ると驚いたようにして敬礼していくが、なんでだ?いや、司令官に礼をするのは普通なんだろうけど、それにしてはびっくりしすぎというか。ケネス大佐ってよっぽど怖い人なのか?それともそういう前評判があった?
「ふふっ、兵たちが皆お前の雰囲気にあてられてるよ」
いたずらが成功したかのような茶目っ気たっぷりの顔で、大佐がそう言う。
「僕の雰囲気、ですか?」
「ああ。お前には何というか、オーラがある。カリスマと言うか、そう言う奴だ。ハウンゼンでも目立ってたぜ。気付かなかったか?」
「えーっと、全然。と言うか、オーラ?僕に?」
いや、僕はむしろオーラ無い方じゃないか?オーラと言えば、それこそゴップさんとか、ガバナンさんとか、あとは父さんとかシャアとか、そういう人たちの雰囲気や気配だろう?僕はそう言うの無い方だと思うけれど……
「ああ。言われないか?ハサウェイにはオーラがある、雰囲気がある、とかな」
「無いですね。全然。まあ、大佐が言うならそうなんでしょうけど、ちょっとびっくりしてます」
そうかよ、と大佐はくつくつ笑いながら進む。
基地の建物を出ると、すぐに空に影が差した。
「お、良いタイミングだな」
見上げると、そこには従来のモビルスーツからはかけ離れた形状をしたマシンが、バーニアもスラスターも使用することなく空中を飛行していた。
ああ、もうロールアウトされてたんだ。
「あれが新型機だ。ミノフスキーフライトユニットを装備し、重力下においても自由に空を飛べるようになった最新機。名をペーネロペーと言う」
「おお、実際に飛んでるところは初めて見ました。なんか宇宙怪獣みたいな音してますね」
「ミノフスキーフライトの斥力と大気とのねじれによってああいう音が出るらしい。釈迦に説法かもしれんが、性能は素晴らしいよ。正直ジェガンやグスタフカールとは次元が違う性能をしている」
確かに飛び方からして異様だ。スラスターの噴射によって得られる作用反作用で機体を押し出すのではなく、ミノフスキーフライトの斥力でもって任意の方向へと引っ張られていくかのような飛行方法。
重力下にあって、まるで無重力のように飛翔するマシン。これは確かに凄まじい性能をしている。
まあ、信じられないほど運用と維持にコストがかかるのを知っていると、手放しに喜べないのが残念だけれど。
あれ?そう言えば釈迦に説法って……
「ビスト技研が開発に関わってるって、ご存じなんですか?」
「そりゃ知っているさ。俺もペーネロペーの開発に関わっているからな」
「ああ、なるほど」
アムロさんがニューガンダムを設計したように、ケネス大佐もモビルスーツ開発に関わっていたのか。
「ミノフスキーフライトユニットをあそこまで小型化するのには苦労しましたけど、個人的にはリクエストには答えられたかなと思ってます」
「ああ。機体スペックに関して文句は一つとして無い。ただ、別の問題もあるわけだが……」
「問題、ですか。それは例えば、機体の整備とか?」
「いや、もっと根本的な部分だ。パイロットの性能だよ」
「え?」
パイロット?なんで?
「ペーネロペーの機体開発がおおよそ終わった後に、習熟訓練用のレッスンプログラムをレベルに分けて準備した記憶があるんですけど……」
「ああ……って、あれもハサウェイが作っていたのか!?」
「ああ、全部は作ってないですよ。10段階あるレッスンの内の、レッスン8までです。9と10はロンドベルに作ってもらいました」
「いや、それでも……」
言葉を返しながら、ふと思案するように大佐が押し黙った。
「……一つ聞きたいのだが、レッスン8はどの程度のレベルなんだ?」
「え?いや、ここまで出来ればテストパイロットとしてなら十分、っていうレベルです」
「テストパイロットのレベルとは、どの程度を指す?」
「それは、マシンスペックは問題なく発揮できるってレベルですね。テストにおいて問題ないレベルの操作が出来る。文字通りです」
「レッスン9と10は、どの程度だ?」
「えーっと、確かレッスン9が戦場に出て戦闘しても問題ないレベルで、レッスン10は戦場のあらゆる条件に対応できる、だったかな?すみません、8以降はサクッとやってそれまでだったので」
「……サクッと、クリアできたのか?」
「え?はい。そりゃあまあ」
だって基本となるレッスンプログラム作ったの僕だし。
ロンドベルが作ったレッスン9と10内容も、まあこんなもんかな?と言うレベルのものだった。いや、レッスン10は大分きつかった覚えがあるな。
レッスン9までは、ぶっつけ本番一発勝負だと苦労するかもしれないが、数回こなせば問題なくクリアできるレベルだった。
何よりコストを掛けただけあってマシンが優秀なのだ。マシンスペックを生かす方向で操縦すれば、それほど難しいものではない。
問題のレッスン10は、対ペーネロペーというレッスンだ。しかもパイロットがケーラさん。流石にケーラさんの実力ままだと難易度が馬鹿げたものになるので、ケーラさんの9割程度の能力に抑えてあるが、それでもエースクラスだ。よくあれでロンドベルはOK出したな、というレベルだ。
そう思って聞いたら、最初はアムロさん100%で出すつもりだったらしい。馬鹿じゃないのか?誰が勝てるんだよそんな自然災害。
流石にこれじゃ無理だろうとなってケーラさん90%になったとのこと。
「……恥を忍んで言うのだが、ペーネロペーのパイロット、レーン・エイムと言うのだが、レッスンを6までしかクリアできていない」
「……はい?」
「いや、フルスペックでの使用は可能なのだ。事実ファンネルミサイルも使用できる。できる、のだが……」
そう言って大佐は言葉に詰まった。
ああ、これは覚えがあるぞ?乗れはするけれど、乗りこなせはしない、みたいな状況か?
空を飛ぶペーネロペーを見ると、一見どこも問題ないように見える。
ただ、注視して挙動の終わりと始まりを追うと、一瞬だけ挙動が詰まるのだ。カクカクする、と言うほど酷くはないが、一度目に入るとぎこちなく見える。
何よりミノフスキーフライトユニットの利点は、作用反作用に縛られない自由な飛行性能と戦闘機動にある。その最重要とされる機動において、僕レベルがパッと見てパッとわかる欠点は、覆い隠せないレベルでの欠点である。
「戦闘機動に入った途端、動きが悪くなるって感じですか?」
「分かるのか?」
「まあ、それなりに。レッスンプログラム自体は、6までは問題なくこなせるんですか?」
「……いや、ぎりぎりだ。5から出てくる仮想敵に苦労し始めて、6でぎりぎり、7はどうにも進めない。そう言う状況だ」
「ああーー……戦闘でつまってるのか」
さてどうしたものか。
レッスン6の仮想敵は、確かジェガンの1個小隊だ。地上戦闘を展開するジェガンの1個小隊を殲滅する。ここで手こずり始めた。
レッスン7は、ジェガン+サブフライトシステムだっけ?それともジェガン+リゼルを1個小隊だっけ?
どちらにせよ空戦能力を有するモビルスーツ部隊との戦闘だったはずだ。パイロット能力は平均的な連邦のパイロットだったはずだから、苦手なのは一対多なのかな?
「パイロット、レーンさんの、基礎的なパイロット能力はどうなんでしょう?」
「基礎能力だけを見れば優秀だ。シミュレーターの数値も良いし、何よりそれほど強くはないがニュータイプ適性がある。ただ……」
「実戦闘に際して、その優秀さが発揮されない」
「ああ」
うーん……となると、参考にできるパイロットがいないのか?いや、実際にマシン性能を発揮する操縦方法をイメージが出来ないタイプか、それともペーネロペーに振り回されている状況なのか。
なんにせよ、一旦乗ってみないと分からないかもな。
「無理だったらいいんですけど……」
「いいぞ。乗ってくれ」
そう質問しきる前に大佐が答える。
「……僕そんな分かりやすい顔してました?」
「いや、お前はそう言うタイプだと思っただけだ。重力下で、地上で、実機を乗っていないマシンで、経験していない状況はアドバイスできない。そうだろ?」
「です、ね。じゃあ、とりあえず乗らせてもらいます。もしかしたらセッティングだけでどうにかなるかもですし」
「頼むよ。いや、本当に悪いな。手間をかける」
「構いませんよ。戦友でしょう?」
そう返すと、大佐は何とも言えず照れたような顔で肩をすくめた。
レーン・エイム!降りて来い!そう大佐が叫ぶと、ペーネロペーは即座に反応し、ゆっくりと地上へと降り立つ。うん、やっぱり基本操縦は普通にうまい。あと良いマイクしてるな。素晴らしい集音性能。
コクピットが開くと、かなり薄手のノーマルスーツを着たパイロットが現れた。ワイヤー式の昇降機で降りてくると、ヘルメットを脱ぎ大佐に敬礼をする。
おお、思った以上に若い。
10代、かな?少なくとも僕よりも年上のようには見えない。ともなれば、パイロットとしての経験や、モビルスーツそのものへの経験が少ないのかもしれない。
「レーン・エイム、レッスンはどれほど消化できた?」
「はっ!レッスン6までであります!」
「進捗は依然として変わらずか。偶然ではあるが、ペーネロペーの開発者の一人にして、貴様が苦労しているレッスンプログラムをすべて消化している男がここにいる。ハサウェイ・ノアだ」
大佐がそう言うと、彼がこちらを見つめる。そう言う煽り方は、あんまり得意じゃないのだけれど。
「ハサウェイ・ノアです。ビスト技研と言う会社で、アナハイムと一緒にペーネロペーの開発に携わりました。マシンの確認も含めて、ペーネロペーに乗らせてもらうことになりました。よろしく」
「レーン・エイム中尉であります!」
「よし、じゃあハサウェイ、早速だが頼んでも良いか?何なら、レーンを隣に乗せてやって欲しい」
「ええー?……僕が下手を晒すかもしれませんよ?」
「するものかよ。お前はそう言う男だ」
「……過度に持ち上げないでくださいね。あと期待も」
「ふふっ、分かったよ。レーン、お前はサブシートでコクピット内からペーネロペーの機動を体感しろ。そして自分の操縦へと落としこめ」
「はっ!」
「じゃあ、お借りしますね」
「ノーマルスーツはどうする?」
「掴みだけですから。ノーマルスーツが必要な機動はとりあえず後回しで。それにミノフスキーフライトである程度慣性を無視できますから。飛行範囲ですけど、基地の上空なら振り回しても大丈夫ですか?」
「島の外へ出なければ大丈夫だ。よろしく頼む」
「頼まれました。じゃあ、行きましょうか」
「はっ!」
ペーネロペーに乗り込みシステムボックスを開くと、そこに目に見えるような異常は確認できなかった。設定も数値も許容範囲内。マシン側に異常がある状況では多分ない。
あとは好みの部分もあるだろうけど、セッティングをどう出していくか、かな?
「お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、はい。何でしょう?」
「元々軍属でいらっしゃったのでしょうか?」
「いえ、軍属の経歴はありません。僕はずっと民間ですね。もっぱらテストパイロットやデータ収集、あとは整備や修理のためのセッティングが主でモビルスーツに乗ってきました」
データは、まあ悪くはないか。どれも70%程度は発揮できている。このくらい出せているのなら、あとは慣れな気もするけれど、どこまでマージンを詰めていいのかが分かっていない感じかな?
「失礼ですが、パイロットとしてのキャリアはどの程度なのでしょう」
「ええっと、12年くらいですかね?」
「じゅうっ……」
スロットルコントロールも、極端に変な設定に学習されているわけじゃない。となれば、パイロットの素養や操縦の癖がおかしいわけでもない。
もしかしたら、重力下での基準機、例えばジェガン以上の数値を出すことに躊躇しているのかな?格闘戦ならジェガン、空戦ならリゼル、そう言う想定であれば、確かに100%、いや、110%に近い数値になるか。
となれば必要なのは、全力で振り回して、性能を体感させてあげることかな?
「よし、大体わかった。じゃあ行きましょうか。準備は良いですか?」
サブシートで縮こまるように座るレーンさんに声をかける。
「はい!問題ありません!」
「ありがとうございます。じゃあ、出ます」
ペーネロペーが飛翔する。重力をものともせずに、まるで空へと落下するように、飛ぶ。
※
レーン・エイムにとって、それは全く未知なる次元だった。
狂ってる。何がどうでは無くそう思った。
彼は、ハサウェイ・ノアは空を飛んでいるんじゃない。進行方向へ落下し続けているのだ。
常に体にGが掛かり続けている。これは異常事態だった。
ミノフスキーフライトユニットは、その特性上慣性を制御することで重力下においても無重力的な自由飛行を可能にした代物だ。その特性上、パイロットにかかるGは極めて小さいものになる。
少なくともこれまではそうだった。
フライトフォームに変形し、高速機動をする際に加速Gを感じることはあっても、それ以外で、地上にいる限り常にかかる重力以外でGを感じることは無かった。
それで当然だと思っていた。そう言う仕組みのものなのだからと。
しかし、その常識は今まさに打ち砕かれようとしていた。
加速が終わらない!前に進んでいたはずが、いつの間にか別方向からGが掛かっている!
加速し、いつの間にか方向を転換し、進行方向へ視線を向けども、時折何をしているのかが分からなくなる。
加速と減速ではない。これは加速と方向転換だけだ。
内臓が揺さぶられる不快感が、いつまでたっても収まらない。地上にあって、上下の方向感覚がおかしくなる!
サブシートが軋む音以外にも、リニアシートが軋む音すら聞こえる。いやそんなはずがない。きっと気のせいだ。
大型モビルスーツの操縦性を向上させるために、何より耐G性能を上げるために、最新鋭のリニアシートが採用され、その上でミノフスキーフライトシステムの副次効果としてパイロットへの負荷低減が為されているのだ。
そんな最新鋭のリニアシートが、軋むわけがない。
なら、この恐怖感は何だ?
「良いですねえ。実機に乗るのは初めてですけど、よくできてる。シミュレーターと殆ど操作感も変わりませんね」
そんな恐怖感を余所に、ハサウェイはレーンに気軽に話しかける。まるでピクニックの当日がお天気でよかったとでもいうような口調で。
「フライトユニットも、ベースのオデュッセウスも問題なさそうですし、各センサーの数値も異常なし」
数値を確認しながら、モニターを見ながら、尚もマシンは加速し続け空を高速で飛翔している。
いつの間にか、空と宇宙の狭間さえ見えるほどの上空に来ている。
最早レーンには、今が昇っているのか降りているのかさえ分からなくなっていた。
「じゃあ、ちょっとだけマシンを振り回していきますね」
「は?」
振り回す?マシンを?
じゃあ、今までのは何だ?
そう質問する間もなく。これまで感じたことのないGでマシンが落ちていく。空へ落ちているのか、地へ落ちているのか。
凄まじい程の加速Gによって、そしてミノフスキーフライトユニットの慣性制御によって、重力に逆らっているのか沿っているのかさえ分からなくさせていた。
雲を突き抜ける。その瞬間に、レーンは今地上へ向かって落ちているのだと理解した。
理解したその瞬間に、目視できる距離に、いや目と耳の先ほどに地面が迫る。
「っ!?」
墜ちる!?
恐怖から思わず息を呑む。が、その瞬間にはペーネロペーは地面と平行に飛んでいた。
理解と感覚が合致する以前に、加速Gだけは正しく肉体を振り回していた。骨盤を掴まれて急に横に勢いよく引っ張られたかのような感覚。内臓だけが置き去りにされるような感覚。
それが、縦横無尽に肉体へ降り注ぐ。
「あ、良いですね。今くらいの機動でも数値上の稼働率で100%が出ますね」
ハサウェイの言葉は、もはや言語としてレーンの耳には届いていなかった。
「じゃあ、今くらいのマニューバでデータ取っていきますね」
言葉さえ出ないレーンが、ハサウェイのその行動を止めることなどできるわけがない。そもそも軍務としてこのフライトは実行されていて、上官の命令によって成立したこのテスト飛行を止めることなど、当然だがレーンには出来ないことであった。
※
15分そこそこの飛行テストが終わり、必要なデータがそれなりに集まったところで早々に基地へと降り立った。
結構楽しいなこの機体。方向転換をスラスターで行うわけじゃないから減速が基本的に必要ないし、方向転換でかかるGがビックリするほど小さい。
確かにこれほどの性能があれば、テスト機として作成してデータ取りや技術検証をすることにも大いなる意義はありそうだ。
ノーマルスーツ無しでもそれなりの戦闘機動は取れるし、多分地上戦闘に関して言えばこの機体で、対モビルスーツ戦闘に限定すれば負けるシーンはほぼ無いだろう。
ただ、惜しむらくは速度が出ないことかな?
機体の質量と、何より前方投映面積が大きいせいで、加速Gそのものが割と大きい。そのせいか、速くないのに速いように錯覚してしまう。これほどのGを感じているのにぎりぎり音速に届かない程度の速度でびっくりした。
フライトフォームでそこら辺を解決しているんだろうけど、モビルスーツの本質は人型機動兵器である。人型で機動しないのであればモビルスーツである利点は殆ど無くなってしまう。そこらへんに苦悩が見えるともいえるが。
ミノフスキー粒子の斥力でマシンの推力をすべて賄う機構は面白いし、推進剤が不要なことは宇宙空間での生存能力を大きく押し上げるだろう。宇宙迷子になって、推進剤が尽きても、その状況でも移動できる。これは、宇宙で働くすべての人の希望になるかもしれない。
ただ、やはり黎明期の技術だともいえる。
ここから更なる小型化を目指すか、高性能化を目指すか、そこらへんが今後の方向性と、技術としての未来を占うような気がする。
今程度の性能であれば、試作中のサブフライトシステムか、もしくはさらに高性能なミノフスキードライブの方が、結果としての費用対効果が高いと思う。
まあ、ミノフスキーフライトに関してはアナハイムに期待かな?
「レーンさん、お疲れ様で……」
ふと振り返ると、サブシートにしがみつくように耐えるレーンさんの姿が目に入った。
「ご、ご指導ありがとうございました……」
「あ、はい。こちらこそ、お邪魔させていただきました……?」
何でこうも息も絶え絶えなんだ?サブシートの性能がそれほど良くないから、割と安全運転で、とりあえずマシンスペックを引き出せる程度にしか振り回してないのに。
……あ、レーンさんさっきまで訓練してたんじゃん。疲労困憊の状態でテスト用のマニューバ、それをサブシートでは振り回されたんじゃ、こうもなるか……
「あの、すみません。調子乗って振り回しちゃって……」
「いえ……うっ……問題ありません……っ」
顔が青い。うん、コクピットは汚せないからさっさと降りよう。
「とりあえず、降りましょう。動けます?」
「はい……問題ありません……」
ふらふらと立ち上がる彼に肩を貸し、何とかペーネロペーから降りて大地を踏みしめる。
待ち構えていたケネス大佐は、状況を見て瞬時に察したようだった。
「レーン、貴様は体調が落ち着くまでここで横になっていろ。体調が落ち着き次第ペーネロペーのデータを纏めろ。以上だ」
辛うじて復唱し敬礼する彼を見届け、心の中で合掌しながら大佐と共に場所を離れた。
「どうにも手間を掛けさせたようだな。済まない」
「いえ、こちらこそ振り回してしまったみたいで」
「どう思う?」
「単純に限界が読めてなかっただけだと思います。大分特殊な機体ですから。ただ、基本的な操縦技術がやはり優秀でしたので、セッティングはいじらなく大丈夫そうです。今回のフライトで、単純なパラメーターの限界値は出したので、あとは慣れじゃないかなと」
「そうか、流石だな。いっそ、お前がペーネロペーに乗ってくれれば話が早いのだが……」
「あはは、僕はあくまで民間人の作業用モビルスーツの開発とかが専門ですよ?今だけですよ、僕が彼よりも数値的に優れてるのは」
「そうかあ?」
「そうですよ。何なら、ロンドベルから大型モビルスーツの扱いに長ける人でも教官役に呼んでは如何です?」
「それもいいかもな。まあ、どのみちアデレード会議が終わってからだ。今はどこもかしこもそれに掛かりっきりだ」
「大変そうだ」
「他人事だな。そうだ、いっそお前も技術顧問としてついて回ってくれないか?たった1ヶ月でいい。報酬は弾むぞ?」
「お世辞として受け取っておきますよ。それに、僕も僕で仕事がありますから」
「そうかよ。まったく、世の中上手く回らんものだ」
「回らない中で苦しみ喘ぐのが、人の世ってものですよ」
違いない、そう言って大佐は笑った。
「で、乗りこなすのにどれほどかかると思う?」
「……短くて2週間、長くても1ヶ月でしょうか?」
「駄目だ、掛かりすぎる。最短で3日、それでどうにかして欲しい」
「3日か……」
突貫作業だ。どうしたものかな。
少なくとも順当なレベリングでどうにかなるスケジュールじゃない。マシンに体を馴染ませるには、どこまで行っても安心感が必要だから。まったく馴染みのない推進系を持つペーネロペーを操縦するためには、今ある潜在的な意識から変えていく必要がある。
なら、マシンを操縦感覚にフィッティングさせるしかない、か。
「レーン中尉の耐G適性は?」
「かなり良い数値だったはずだ。数値だけならば、奴は大型のモビルアーマーも操縦できる」
「ですか……一つ提案があります」
「いいぞ、やってくれ」
「まだ何も言ってませんけど……」
「信頼できる戦友の言うことだ。命くらい預けるさ」
そう言ってウインクする大佐が、どこかアムロさんとかぶって見えた。
ああ、優秀な軍人さんって雰囲気からして似るものなのかな?
そんな様子の彼に、肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「じゃあ、提案です。レーン中尉の操縦感覚に合わせて、OSをレーン中尉専用でチューニングします」
「一応、これまでの訓練データからもフィッティングはされているはずだが……」
「今回ペーネロペーには、戦闘補助用のAIが設定されています。これは状況に際して選択肢を提示してくれる汎用性の高いシステムなんですが、これが割と曲者です。だって戦闘中に、いちいち選択を迫ってくるものですから」
「……コンマ1秒、コンマ01秒で直感を元に判断が下せるパイロットなら、ベストでは無くベターな手段で、時間と言うアドバンテージで押し切ってくるか……いや、戦闘機動においてレーンがいちいち躊躇するのは……」
「このAIも関係している、かもしれません。ただ、AI補助が悪いというものでは無く、このAIの学習量が不足していて、今は使いものにならない。そう言う感じです」
「では、君ならばこれをどうする?」
「感覚で操縦できるように、OSを書き換えます」
技量が足りていないか、機種転換訓練の時間が不足している状況では、操縦が必要ない操縦機能と言うものが、これ以上なくハマる。
そして、その手の技術に関して、ビスト技研は多分世界で一番知見と経験がある。
「インテンションオートマチックシステム、ってご存じですか?」
※
1時間後、レーンは再びペーネロペーに搭乗していた。今度はメインシートに乗って。
そしてサブシートには、先ほどとは入れ替わったようにハサウェイが乗っていた。ノートPCを抱え、そこから伸びるケーブルがメインシート下の電装系と接続されている。
何より今回は、パイロット用のノーマルスーツを着用している。
レーンは選りすぐりのエリートパイロットである。確かに実戦経験に乏しく、ロンドベル主導で作成されたとされるシミュレーションこそ進行度合いが低いが、それでも技量に優れた凄腕である。
第5世代モビルスーツと銘打たれた最新鋭のペーネロペーの、その実機のテストパイロットに選出され、その上で対テロ部隊同然のダバオ基地に配属されたことからも、レーンは自身が高く評価されていることを事実として知っている。
そのレーンを選出したケネスは自身をこき下ろしてるために心がすり減るときもあるが、それでもこれまで歯を食いしばって戦ってきた。
ひとつごとをコツコツとこなし、確実に実績を積み立てていく。その覚悟がレーンにはあった。
しかし、それはそれとして怖いものは怖いのだ。絶対にブラックアウトしないはずの設計がされた機体で、ジョギング感覚でブラックアウトさせられかければ恐怖も生まれる。
そして今度は、実際にそんな操縦したパイロット、噂話が正しければ、ロンドベルのスーパーエースクラスと大して変わりない実力を持つ彼が、ハサウェイ・ノアが、耐G機能を有するノーマルスーツをわざわざ着て、OSを専用にチューニングしようなどという。
操縦するのは自分である。だから限界値だって自分で決められる、はずだ。
だがそれはそれとして怖いものは怖い。それは感情の問題だった。
「じゃあ、いつも通りの感じで飛んでください。ただ、今回はAI補助をすべて切ってあるので、都度都度提示される選択肢が提示されません。その上で、レーン中尉の飛行感覚に合わせて、マシンのセッティングを出していきます」
既にPCを高速でタイピングしながら、モニターから視線を外すことなく説明する。
「また操縦感覚を向上させるために、元々搭載されていたサイコミュシステムを介して、インテンションオートマチックシステムをインストールしました。これは、パイロットの脳波に応じてマシンをコントロールできる機構です。基本の操縦はこれまで通り手動で行ってもらいますが、手動操縦でイメージと一致しない個所を、脳波コントロールで補える仕組みです」
前へ一歩、レーンがそうイメージすると、マシンは実際にそのように動こうとした。
思わず息を呑む。
「そうです。そう言う感覚でマシン自体を動かせます。ただし、マシンを完全に脳波制御できるものではありません。イメージとしては、ニュアンスを再現してくれる。その程度のものです。でも、ここであと少し、あと1センチ、1ミリ、そういう細かい制御を、マシン側が支援してほぼ完璧にこなしてくれます。ただ、デメリットもあります」
飛行を開始してください。
そう言われマシンを動かし始めると、その操縦感覚にレーンは驚愕した。
意のままに動く。陳腐な言葉だが、まさにそれが相応しいように思えた。
これならば行ける。これまでにない加速感を伴って、ペーネロペーは飛翔する。
回避機動、戦闘機動、高速機動、それらすべてが手の内に収まる感覚。
意のままに操れる快感。レーンは持て余していたはずのペーネロペーが、急に自分に操作感覚と重なるようなイメージを持った。
行ける!これなら……
その瞬間、空を飛ぶ小さな鳥が、ふと視界に入った。
瞬間、ペーネロペーは急激な回避行動をとる。
「なっ!?」
「正面を向いて加速姿勢!!」
ハサウェイの言葉に、反射的に体が動く。
すると、マシンはすぐに加速へと移って、バランスを立て直す。
「今のがインテンションオートマチックの欠点です!意識レベルに機体が反応してしまうので、セッティングを煮詰めないとこういう不慮の事故が起きます。それにペーネロペーはサイコフレームを搭載していませんから、蓄積データもないので採用を見送ったんでしょう。感度を設定し直します」
先ほどまでのアウトオブコントロールが、嘘のように機体は従順に動く。
恐怖感が無いわけでは無い。アウトオブコントロールの恐ろしさは、パイロットならば誰もが知るものだ。
しかし、それ以上の官能感は、筆舌に尽くし難く甘美であると、やはりパイロットならば誰もが知っている。
「まだ行けますよ!もっと踏んで!!」
マシンが加速する。加速して、意のままに曲がる。
マシンが体に馴染んでいくような、そんな感覚。
服に関節の折れ目が付いて、皺となって、肌に馴染み、服そのものが肌と同化するかのような、マシンの操縦感覚のクロッシング。
レーンは、何かが見えようとしていた。
しかし、それでもまだ足りない。
「もっと加速して!マシンはまだまだ余裕たっぷりですよ!!」
ハサウェイは要求する。それは信頼でもあった。
軍人であるケネスは何よりも結果を求めた。レッスンを消化し、スペシャルマシンを十全に操れる一騎当千のエースパイロット。それがケネスがレーンに臨んだ結果だった。
しかし、メカマンであるハサウェイは数値からレーンを評価する。
初期セッティングの際に提供されたデータから見ても、レーンは優秀なパイロットだった。そしてレッスンの消化こそ進んでいなかったが、マシンについた癖、初期当たりとでも言うべきデータは、レーンの優秀さを証明していた。
基本に忠実で、マシンの限界を探り、想定通りにマシンを操れる、ある種理想的なテストパイロット。事実レーンは、機体性能の70%は発揮できていたのだ。機種転換訓練も同時進行するこの状況下で、新技術であるミノフスキーフライトを使用して、だ。
ハサウェイはその時点でレーンを信頼していた。
限界を探るのに慎重になるのは当然だ。壊してなんぼでマシンを振り回すパイロットなんて、メカマンは必要としない。
限界性能を探った上で、内部構造がキャパシティをオーバーして、その結果破損していく。限界を探った結果、操縦性に難がありマシンがクラッシュする。
それならば仕方がない、むしろマシン側に難がある状況でよくぞそこまで攻め立てたと賞賛する。しかし、意味も無く無茶をしてマシンを壊すテストパイロットなどいらない。
レーンは、その意味においてマシンに真摯なパイロットと言えた。
しかし、今回は兎にも角にも急を要する状況だった。
ケネスは言った。3日で使い物になるようにしろと。それは、自分がダバオの司令官に就任したその日から、ペーネロペーを使い倒す。戦闘で使用する。そういう意味に他ならない。
無茶なオーダーであることは間違いない。
しかし、犯罪者は装備が整うまで待ってはくれないのだ。ハサウェイもそれをよく理解していた。
それゆえの荒療治。
限界まで追い込んで、無理やりにでもレーンの才能をこじ開ける。ハサウェイはその道を選んだ。
「まだ踏める!もっと!!」
最早機体の速度は音速に迫っていた。モビルスーツ形態の限界領域。これまで一度として踏み込んで来れなかった領域に、レーンは突入していた。
「戦闘機動!!」
最早声を出す余裕などない。しかし、ハサウェイの声はよく聴こえていた。
その声を聞き、脳が理解するより前に、反射でもってレーンはマシンコントロールを始めていた。
「違う!減速しない!踏み続けて!!」
まだ!?
これ以上の速度域で戦闘機動など取ろうものなら、機体がバラバラになって死ぬぞ!
レーンの理性がそう警告する中、本能は快感のままに機体を加速させていた。
この速度域にあって、この危険領域になって、尚もマシンは意のままに動く。
空を自由に飛ぶ快感。マシンが意のままに動く快感。その快感に、レーンはその身を委ねた。
「そう!まだ踏める!!」
もはや思考などなかった。
大気を切り裂き、ペーネロペーは宙を舞う。何処までもマシンがダイレクトに制御されている。一瞬の遅れもそこには存在しないかのように。
燕が空を切り裂き飛翔するかのように、木の葉がはらはらと無軌道に宙を舞う様に、ペーネロペーは、縦横無尽に、音の一歩手前の速さで宙を舞う。
恐怖感と全能感が同居し、それがちょうど釣り合うような感覚。
そして、一瞬ごとにペーネロペーが自分と同化していくような感覚。しかし、そこには一枚の隔たりがある。紙のように薄く、しかし柔軟に心に寄り添う、その一枚。
それがあるがゆえに、マシンをマシンとして、自らをパイロットとして冷静に俯瞰できていた。
「最後!回避機動!!」
声と共にペーネロペーが落ちていく。地に落ち、空に落ち、そしてひらりひらりと空を泳ぐ。
魚がすとんと方向を変えるように、前後左右、そして上下の制限などなく、空を泳ぐ。
その時にはもう、レーンはペーネロペーを自分のものとしていた。
※
ほんの30分程度のフライトを終えて、ペーネロペーは再び基地へと着陸した。
「お疲れさまでした、レーン中尉」
「……あっ、はっ!ありがとうございました!!」
「基礎的なセッティングとチューニングは完了しました。あとは日々の訓練でデータが集まれば、ペーネロペーがレーン中尉に合うように自己学習してくれるはずです。ただ、割とまだ詰め切れていない部分もあるので、これで80%程度の出来だと思ってください」
「80%……」
これでまだ80%なのか?レーンはその事実が信じられなかった。
これ以上なく最高の状態まで、ペーネロペーは昇華された。そう思った。しかし、ハサウェイからすれば、これで8割程度。その事実が未だ信じられなかった。
いや、ペーネロペーは彼が来る前から素晴らしい機体だと思った。そうだ、これで十分だと思ってこれまで操縦していた。
でも違った。たった一日で、いや2時間足らずで、マシンはこれほどいろいろな顔を見せてくれた。
まだ先がある。その先は、自分で見るんだ。見られるように努力するのだ。
努力なら、それなり以上に得意だろう?レーン・エイム。
レーンは自身にそう語りかけた。
地上へ降りると、そこには満足げな顔をしたケネスが待ち構えていた。
「出来は?」
「それなりに。出来る範囲では詰められたと思いますけど、とりあえずはこれで様子を見てください。完璧では無いです。でも、不満が出ないレベルには持ってこれたと思います」
「流石だハサウェイ」
「レーン中尉が優秀だったからですよ。どんなにマシンを良く作っても、パイロット次第で宝石にも粗大ごみにもなる。そこが機械の難しいところです。でも、今回は宝石になってくれたと思います」
「だそうだ。レーン、これからも精進しろ。ハサウェイ・ノアの顔に泥を塗るような真似はするな」
「はっ!」
この手の煽りは、普段から聞き流していた。軍とはそう言う場所だと、レーン自身が割り切っていたから。
しかし、これほどまでに「当然だ!」「そんな真似をするものか!」と、心を込めて返答したことは無かったかもしれない。
「じゃあ、データを纏めたら僕は失礼しますね。レーン中尉、貴重な体験となりました。お付き合いいただきまして、どうもありがとう」
彼は、どこまでも紳士的で、どこまでも柔らかい雰囲気を纏っていた。そして、何よりも自分を認め、尊重してくれた。
その事実が、これ以上なくレーンの心を揺さぶった。
ハサウェイが差し出した手を、レーンはしっかりと、万感の思いをこめて握り返した。
「こちらこそ、ありがとうございましたっ」
ケネスと共に去り行く彼の背中を、レーンは敬礼し、見えなくなるまで見送った。
読了ありがとうございました!
すげー、この話だけで3万字くらいある。過去一長いんじゃないでしょうか?
空港だけだと話が薄くて、だったらもうちょっと話を進めようと思ったらこの様です。
それにしてもギギの扱いに困ってる感が否めない。なんかこれクェスの時も思ったな。
もしかしなくても女性の描写が下手ですね。技量不足が良く見える。
いつも誤字報告ありがとうございます。本当に誤字が多い。申し訳ない。
前書きでも書きましたが、たくさんの感想と高評価、本当にありがとうございます。
頂ける感想が本当に創作の励みになります。
また高評価もありがとうございます。なんだかかつてない程評価いただけて、日間ランキングの上の方に数日残ってて大分びっくりしてました。本当にありがとうございます。
引き続き感想、高評価など頂けると嬉しいです。