ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
いよいよ今月末からキルケ―の魔女が配信で見れるそうですね。楽しみ。
拙作も引き続き楽しんでいただければ幸いです。
ふと、目が覚めた。
柔らかいベッドの感触を確かめながら体を起こすと、窓の外は未だ闇に包まれており、世界は静寂に包まれていた。
何か嫌な予感がする。
覚醒と共に、いやその感覚によって覚醒した脳は、冷たさをもって緊張感を認識させた。
それはこれまで幾度となく感じていた感覚だった。
蒙が啓いていく感覚。脳の瞳が世界を知覚する感覚。脳が宇宙に引っ張られて、自分の感覚が広がっていくような感覚。
それは紛れもない、戦場の気配だった。
何かまずい気がする。
ふと起き上がり窓の外を眺めると、そこには夜にあるまじき明かりが灯っていた。
外が明るい?何故?
「っ!」
それは炎だった。
街が、燃えている。
直後、ビームの光が闇を切り裂き、窓から覗く高層建築物を撃ち抜いた。
極光、一拍遅れて轟音。世界が揺れる。
ドゴォーーーーーン……
「冗談だろっ」
夜の帳も開かぬ間に、戦争はダバオへと降ってきた。
脱ぎ捨ててあったシャツとスラックスを身にまとい、ジャケットを羽織って最低限の荷物を纏める。
持つのは財布と携帯端末だけでいい。
携帯端末にエマージェンシーコードを打ち込もうとして、既に端末がノイズまみれで使い物にならない状況であることを悟った。
ミノフスキー粒子が散布されている。ってことは、連中はこの状況を計画的に起こしたのか!?
向かいのホテルと思わしきビルにビームが撃ち込まれた。ということは、敵の目的はブルジョワ層の抹殺?それとも連邦政府の高官や、その関係者の暗殺?
思考が纏まらぬまま靴紐を結び終えると、すぐに部屋を出る。
残念ながら、この手の襲撃には慣れっこなんだよ!
インダストリアル7でも、ネェルアーガマでも、何なら木星へ行く途中の火星圏で数えきれない程度には襲撃を受けているのだ。恐怖はあっても怯懦は無い。
ただこれまでと状況が違う点がただ一つ、自衛のための手段が殆どないこと。
ここには乗りなれたモビルスーツも無ければ、使い慣れた母艦も無い。ツーカーの戦友もいなければ、確実に逃げられる足も場所も無い。
その事実が、久しぶりに背筋に冷たい物を感じさせた。
廊下に出ると、そこは意外にも未だ静寂に包まれていた。
ドオォーーン……と鈍く重い振動が断続的にホテルを揺らすというのに、まるで誰もその事実に気付いていないかのようで。
部屋ごとに声をかけて回るか?いや、さすがにそんな余裕はない。というかこの状況に気付いていないのか?……ありえないな、じゃあ僕が一番乗りだっただけか。
襲撃で館内の機材が止まる前に、兎にも角にも外に出ないと。
エレベーターへ足を向けようとして、その道すがら隣の部屋のルームナンバーが目についた。
3202。
思い出すのは、空港での何気ない会話。
『私の部屋は3202。お隣ね』
ドアの前で足が止まり、ほんの少しの逡巡の後に、ドアを叩きながら大声で呼びかけていた。
「ギギさん!聞こえますか!?襲撃です!まだ部屋の中にいるようでしたらすぐに避難の準備をしてください!!ギギさん!襲撃です!今すぐ避難の準備を!!」
もう逃げててくれよ。いや、夜はダンスホールで遊ぶ予定だったんでしょう?だったらまだ上で遊んでてくれ。この状況ならそっちの方が早く気付くはずだ。
部屋にいないことを祈って、今すぐにでもエレベーターへ駆け込まなくてはという意識を押し潰して、あと30秒だけ、それで気配が無ければ無視して逃げよう。
ふと、ドアの向こうで気配が動く。
ああもう、まあ、仕方ないよね!!
「ギギさん!聞こえていますか!?襲撃です!今すぐ避難の準備をしてください!!最低限の荷物と走れる靴を履いて今すぐ出てきてください!早く!!」
呼びかけに気付いたのか、それとも窓の外に見える燃える街並みを見て状況を把握したのか、ドアの向こうでどたどたと忙しく動く気配が感じられる。
頼むよ、早くしてくれ。
30秒と少し後に、ドアは開いた。
額に汗を浮かべるギギさんが、訳も分からぬと言った様子で出てくる。
「襲撃です。今すぐ避難します。良いですね?」
緊張をはらんだ面持ちで、ギギさんが無言でこくこくと何度も頷く。
「行きましょう」
手を引いて足早にエレベーターへと進む。寝起きで未だ前後不覚なのか、足元が若干覚束ない。あと酒臭い。あの後どんだけ飲んだんだ?
遠くでドオォーーーン……と轟音が何度も響く。そのたびに地震が起こったかのように建物が揺れる。
嫌な予感は、ずっと消えない。
エレベーターへ辿り着くと、そこには先客がいた。壮年の男性と若い女性だった。
「動きますか?」
「何だ君は……っ、き、君はっ」
何やら僕の顔を見て異様に驚いていたが、何だ?どこかで会ったことは……無いよな?
エレベーターのインジケーターは問題なく動いている。まだ動く。まだ。
ピリピリとした緊張感が広がっていく。恐怖と、焦燥と、怯懦と、いつ止まるかもわからないエレベーターを、いつ撃ち抜かれるかもわからないホテルの中で、ただ待つ時間。
それがどうしようもなく空気を緊迫させてゆく。
ギギさんから、見ずとも分かるほどの緊張感が伝わってくる。鉄火場は慣れていないのだろう。
たまらず、と言った様子で、僕の腕を掴んだ。
「ハサウェイ……」
「……エレベーターが来ました。乗りましょう」
彼女の肩を軽く叩いてエレベーターへ乗せる。
慰めの言葉はかけられない。大丈夫な状況でも安全を保障できる状況でもないからだ。
先にいたご夫婦?もエレベーターに乗り、平和な昨日と変わりなくエレベーターは動き出す。
何かがおかしい。そうだ、僕はこの襲撃そのものに疑問を抱いている。
そのタイミングも、その方法も。
高層ホテルを襲撃するのにわざわざビームを用いた。なのにミノフスキー粒子は端末が使用できないレベルで散布されている。
高層ビルを効率的に破壊するならミサイルかロケット砲を使う。中にいる人間を確実に殺せるし、建物を衝撃で破壊することもできるからだ。なのに、わざわざ貫通力の高いビームを用いた。
じゃあミサイルやロケット砲を準備できないほど、それこそ通常のモビルスーツ火器しか用意できないほど急な襲撃だったのか?違う。ミノフスキー粒子が高濃度に散布されている。それこそ端末での連絡さえさせないほどに。この襲撃は計画的に実行されたものだった。
じゃあどうしてホテルへ襲撃を掛けたんだ?もしもこの襲撃が計画的に準備されたものなら、昨日の時点である程度の戦力は準備できていたはずだ。
いや、シャトルをハイジャックできるだけの準備があった。この襲撃もオエンベリとやらが計画したものなら、そもそもハイジャックが失敗した時点でシャトルを撃ち墜としているはずだ。
じゃあ、この襲撃はオエンベリと別の組織?それこそマフティーとやらの襲撃?
分からない。状況が読めない。
何よりやり方が雑だ。誘拐目的でも暗殺目的でも、どちらにしても中途半端だ。意味が分からない。
ふと、大きな衝撃にエレベーターが揺れる。
「うわっ」
「きゃあっ!?」
倒れそうになるギギさんを抱きとめる。それと同時にエレベーターが暗転する。
「うわぁ!もうダメだあっ!!」
「先生っ!」
ご夫婦が怯えて床にうずくまる。
一瞬の停電、その後すぐに赤色のルームランプが点灯し、エレベーターが再稼働する。
良かった、予備電源は生きてる。なら、致命的な攻撃をこのホテルに撃ち込む気は無いのか?
エレベーターは3階で緊急停止し扉を開く。
エントランスからの吹き抜けが正面に見え、ホテルの外壁代わりの一面のガラス張りの向こうは真っ赤に燃えていた。
警報がけたたましく鳴り響き、それと同じほどの大きさで避難しようと焦る宿泊客の絶叫に近い悲鳴が耳をつんざく。
天井は一部が崩れたかのように落下をはじめ、あれほど整然としていたホテルが今や戦場跡地かのように雑然と荒れ、人の悲鳴が作る嫌な騒がしさに包まれていた。
さてどうしよう?何処へ逃げるのが正解だ?
ホテルの地下シェルター?
却下。多分もう一杯になってる。それにビームで露天掘りされたら跡形も残らずに蒸発する。
ダバオの連邦基地?
悪くないけど遠い。タクシーで20分くらいの距離だ。とてもじゃないけど徒歩で逃げられる場所じゃない。
ダバオ空港?
同じ理由で遠い。避難する前に状況が終わるんじゃないか?
戦時に用いるための防空壕の場所は、流石に確認していない。
敵の狙いは、暗殺にせよ誘拐にせよ、どっちにしろ政府高官の関係者だ。ホテルの外に出さえすれば、よほど顔が知られてるような人物じゃない限り判別できないだろう。
ギギさんは知らないが、僕を知ってる人はそう多くない。特許関係で名前は知っていても、僕の顔と名前が一致する人なんて関係者以外だとほぼいないはずだ。
だったら何にせよ、ホテルの外に出ればどうにかなるか?
……ならないよな。むしろ一番危険かもしれない。ケネス大佐は多分すぐに動く。当然レーン中尉を伴って。
敵の戦力がどの程度かは知らないけど、モビルスーツ戦闘が上空で行われている戦場を生身でうろつくなんて、自殺志願者以外はしない。
空から何が降ってくるかもわからないんだ。モビルスーツの腕や足、薬莢、何ならビームだって降ってくる。
じゃあどうする?
……そうだ、ここの警察はジェガンを持ってる。
軍に卸される以外のモビルスーツのOSは、基本的にユニバーサル仕様の武装を装備できないようにシステムがロックされている。
その上で、戦争に巻き込まれないように、戦闘用モビルスーツからロックオンされないように特殊な識別システムが搭載されているはずだ。
ここまで大きな騒ぎを起こせば、確実に警察がやってくる。それにジェガンを運用するための簡易母艦として装甲指揮車もあるはずだ。彼らに保護してもらおう。
「表に出て警察に保護してもらいましょう。走れますか?」
ギギさんを見やると、緊張から呼吸を乱しているが、それでもしっかりと焦点が定まり状況が把握できているように見えた。
「ホテルを出て大通りへ出ます。避難指示の為に警察も来ているでしょうから……」
言葉を続けようとして、先に体が動いた。
一瞬でギギさんを抱きしめ、そのまま倒れるようにして地面に伏せた。
瞬間、銃声が響く。
パパパン!パパパン!
「きゃ……」
「声を出さないで、そのまま伏せて」
叫ぼうとするギギさんの口を抑えて、ギギさんの頭を抱えるようにして周囲を見る。
マズルフラッシュが見える。乗り込んでの白兵戦をやる気か?いや、それにしては人数が少ない。2人、だけ?
何か話しているようだけれど、流石に聞こえない。
あれは斥候か?いや、モビルスーツでひと当てした後で斥候も何もないか。
わざわざビームで建物を撃っておいて、にもかかわらず予備電源が動く程度の被害に収めてる。銃撃こそしているけれど、避難する宿泊客を片っ端から撃ち殺すような真似はしていない。
ということは、目標は誘拐、かな?撃ってはいるけど殺気を感じないし。
……なんだ?人を、誘導している。手慣れてるな。とりあえずお目当ての人物を攫って、あとで身代金でも要求するつもりなのか?
でもそれにしても人数が少なすぎる。数人の誘拐だとしても、実行役が2人だけの訳が無い。もし暗殺計画も含むのだとしたら、当然手勢はもっと多くなる。
多分後詰めの部隊が何処か近くにいる。ごく短距離の限定通信ならこのミノフスキー粒子濃度でも使えるはずだ。先行部隊がターゲットを足止めして、後詰めの部隊を待って捉えたターゲットたちを護送していく方式、とか?
だとすると急がないとまずい。
どうしたものか……
無視できるなら無視したいけど、逃げて背中を撃たれるのは避けたい。それに、どっちにしてもこんなことを起こすのは地球連邦に反感を抱いているテロリストだろう。
それに身代金要求できる相手は無数にいるんだ。一人や二人死んでも構わないと考えているかもしれない。
僕一人なら銃弾の中でも回避しながら逃げ切ることは、まあ出来るだろう。フロンタルさんとアンジェロさんからその手の訓練でバナージと一緒にみっちりしごかれたし。
でも、今はギギさんがいる。彼女を抱えて逃げたとして、それで銃弾を避けられるほど動けるかと自分に問えば、不可能だと即座に帰ってくる。
……うん、彼らはこの場で制圧しとこう。危険を先取りしてでも確実さを取りたい。逃げるのはそれからだ。
「ギギさん、声を出さずにそのまま聞いて。銃を持った敵兵が二人。彼らを野放しにしておけば避難の最中背中から撃たれかねません。彼らを制圧してきます」
彼女の耳元で今後の方針を囁くようにして話す。
「制圧後戻ってくるので、この柱の陰で伏せたままでいてください。では、またあとで」
そう言って柱の影から飛び出す。
いくら外の炎で明るいと言っても、所詮は夜の帳の中だ。
何より、連中は人を誘導もしくは確認する都合上、分かりやすく身を晒さなくてはならない。が、こちらは逆に敵の位置を把握しながら射線を常に切れる。
何よりも戦場だというのに、どこか連中からは緊張感が無かった。勝ち戦だと高を括っているのか、それとも戦場に呑まれてハイになっているのか。
どちらであったとしても、現状はこちら有利に働いてた。
こちらが危惧すべきは、ただ一つ時間だけ。
敵の後詰めが来る前に制圧して、さっさと戦場から逃げる。そのためにも、荒っぽくても早々に状況を終わらせなくてはならない。
しかし連中は緊張感は無くとも軍事訓練は受けているような動きだ。飛びぬけて練度が高い、などとは思わないが、ちゃんと軍人的な動きをする。
ただ程度は知れている。その動きはロンドベルやネオジオン、ましてやエコーズなどとは比較できるレベルにはいない。
何と言うべきか、新兵のような杜撰さを感じる。そして戦場に酔っている。
所詮はテロリスト、ということなのかな?
ポケットからコインを取り出して、それを弾き、連中を挟んでこちらとは逆方向に放り投げる。
集中しろ。
喧騒が耳に入らなくなってゆく。感覚が鋭敏化し、神経が研ぎ澄まされて、世界がスローモーションになってゆくイメージ。
騒がしかった避難する人たちの悲鳴も、襲撃による振動や轟音も、奴らの銃撃の音も、声も、すべてが遠くなり……
コインが、地面に弾かれて音を鳴らす。
彼らの視線が音の鳴る方向へと誘導され、それと同時に走り出す。
距離が縮まり、敵の姿かたちが良く見える。
特殊工作用のノーマルスーツ?それにチェストプロテクターやらが増設されてる。エコーズの奴とそっくりだ。違うのは、色くらいか?
一足一刀まで、あと一歩。
敵がこちらに振り向く。顔はヘルメットで見えない。
大きいな。身長は190cm近くあるし、何より体が分厚い。体重も100kg、いや120kgを超えるかもしれない。
でも、怖くない。ダグザさんやコンロイさんのような圧力は無い。
距離は、殺しきった。
一足一刀から飛び込む。
加速を殺さずに肘。敵の腹部へと突き刺さる。
たたらを踏んで、しかし粘る。
うん、体重差が効くよね。185cm80kgそこそこしかない華奢な僕じゃあ、打撃系で昏倒させるのは不可能だ。
だから、技術でどうにかしよう。
叩き込んだ右肘を畳んで、体は一歩前へ。
左拳を、敵の胸に添える。
緊張と緩和、そして爆発。
大地を踏みしめ、足首から膝へ、膝から腰へ、腰から丹田へ、丹田から腹へ、腹から肩、肘、手首、そして拳へ。
衝撃を逃がすことなく、拳へとエネルギーを伝える。
無反動ハンマーで、杭を打ち込むかのように。
発勁。
パキャ、と鈍い音と共に、敵が完全に崩れ落ちる。
拳を敵の胸から引き抜く。
チェストプロテクターは割れ、拳半分ほど陥没していた。
そのまま彼の持っていた銃を奪い取り、未だ状況を把握できていないもう一人を撃つ。
パパパン!パパパン!パパパン!
3射。狙うのは、武器と両足。
鈍いうめき声を上げ、両膝をつき、そのまま前のめりに倒れる。
倒れた頭を、横からサッカーボールよろしく蹴り飛ばす。
ミシリ、と嫌な感覚と共に敵は完全に意識を落とす。
周辺警戒。
残敵は、今のところなし。
ふっ、とほんの一瞬だけ息を吐き、警戒はそのままに敵の装備を漁る。
自衛できる手段は多いに越したことは無い。拝借していこう。
ライフルに、弾倉。ナイフに、拳銃まで持ってる。凄いな。
そうして装備を漁っているうちに、ふとワッペンが目に入った。
部隊章?テロリストなのに?それほど高度に組織化された部隊を持つテロリストなのか?それとも軍からかっぱらった装備をそのまま使ってるだけ?いや、それにしては装備が整い過ぎているけど……
その部隊章を見て、思考が一瞬止まった。
仄暗い闇の中でも、その部隊章は良く見えた。
猛禽類を模した黄色の三角形のエンブレム、それを月桂樹で囲み、その中央にワンスターが鎮座する、翼を広げた猛禽の部隊章。
そして今や、決して見ることのない部隊章。
「ティ、ターンズ……?」
状況は、思った以上に混沌としているのかもしれないと、その時ようやく理解できた。
※
ガウマン・ノビルにとって、連邦軍とは自分のこれまでの全てだった。
いや、最初から軍人を目指していたわけでは無い。
ただ漠然と、戦場という存在はずっと近くにあると感じていた。それ故に、軍人になることもまた視界の中にずっとあった。
物心ついたころに1年戦争を経験し、最も多感な10代後半でグリプス戦役とネオジオン抗争を経験した。
世界の滅亡、なんて言葉が、物語の中の突飛なファンタジーでは無くて、ほんの少し未来に起こるかもしれない現実として、ガウマンは戦争というものを認識していた。
ネオジオン抗争が終わってすぐに連邦軍へ入隊した。
それは別に、戦争を世界からなくしたいだとか、ジオンが憎いだとか、そう言った高尚な理念からではない。
最も大きな理由は誰でも入れて飯も家も準備されているからだろう。給料もそれなりに高い。
それに、有事の際には戦えるような状況でいたい。訳も分からずに殺されるのはごめんだ。そう思ったからだった。
そして、幸か不幸か、ガウマンには兵士としての才能があった。
体格に恵まれ、運動神経に恵まれ、そして機械操縦のセンスがあった。
一兵卒として入った連邦軍で、その能力はすぐに評価された。
命令を忠実にこなし、ガサツではあるがコミュニケーション能力も高く、仲間からの信頼も厚い。誰よりも早く走り、誰よりも長く走り続ける。格闘能力も、射撃能力も高品質。
そして、モビルスーツの操縦適性もあった。
一兵卒の歩兵のままにしておくには惜しいと判断されるまで、そう長くはかからなかった。
入隊からパイロットに選抜されるまでに3年、レギュラーパイロットに選ばれるまでは僅か1年。
軍歴5年目でモビルスーツ部隊に配属され、多くの戦場に身を投じ、そして生き残り続けた。
ガウマンのパイロット能力は、それほど高いわけでは無い。
平均的な連邦軍のパイロットと比較すれば勿論高水準ではあるが、上澄みに入れるかと言われればそう言うレベルでもない。
ただ、生存能力は群を抜いて高かった。
奇襲を予見することはできないが、奇襲に際して生き残るための最善手を迷いなく打てる。状況把握能力と、突発事項への対応力が極めて高いのだ。
ジオン残党軍、シャアから離れたネオジオン残党、反連邦のテロリスト、戦力的に劣る敵兵が、乾坤一擲の構えで奇襲を仕掛けてくる戦場で、ガウマンは幾度となく窮地を脱してきた。
その能力に、上層部は目を付けた。
地球連邦軍西方183部隊。そう偽装された部隊へ、ガウマンは招集された。
そしていくつもの戦場を渡り歩いた。
ガウマン・ノビルという連邦軍人としてではなく、数多くの名前と身分を用いて。
時にサイド3出身の元ジオン兵として、時に地球に住む不法居住者として、偽りの名前、偽りの身分、偽りの経歴、それらを存分に駆使して多くの情報を手に入れ、時には手を汚し秘密裏に連邦の脅威となる人物を始末する。
スパイ稼業。
それが、183部隊の任務だった。
183部隊は存在するが、その任務は全て秘匿され、183部隊がスパイ部隊であると知る者はそう多くない。もしも任務で死んだとしても、その任務で死ぬのはガウマン・ノビルではない。別の名前を騙る、連邦とは全くかかわりのない人物、その死亡となる。
死して尚その功績を称えられることなく、名を明かすことなく。
名誉は後世の歴史家に一任される。そんな非情さを持った仕事だった。
ガウマンは、その仕事を受け入れた。
それは、地球連邦への忠義心だとか、軍人としての栄誉だとか、自分にしかできない困難な任務へのやりがいだとか、そんなことではない。
ガウマンは、ただ出会ってしまったのだ。
人生の契機となる上官と、ガウマンはそこで出会ってしまった。
彼のやることならば命をかけてもいいだろうと思える、そんな上役と。
名前さえ知ることのない彼、クワック・サルヴァーと。
「なんで連絡に出てくれない!?情報は速さが命と言ったのはあんただろう!?聞いてあきれるぜ!!」
丑三つ時を過ぎ、未だ朝日が昇るのも遠い夜の只中で、それでもガウマンはダバオの街を走りながら、ようやくつながった電話の相手に怒号と変わらない苦情を叫んでいた。
『応答しない。それこそが君への回答だとは、伝わらなかったかな?』
「俺が簡単に認識できる範囲でこれほどわかりやすく駒を動かしてか?俺にはまるで『ことを起こすから良いように動いてくれ』とでも言いたいようにしか思えなかったぜ!?」
静まり返る街の中で、ガウマンだけが道を急ぐ。
電話の向こうから小さく息の吐く音が聞こえる。
『君もよく理解しているだろう?これほどのチャンスは無いと。それは、今後十年どころか、今後起こることさえ恐らくない好機だ。この機を逃すことなどできない』
「ああ分かってるよ。ネオジオンの総帥も、ジオンの姫君も、そして連邦政府、軍のお偉方が一堂に会するのは、このタイミングしかないというんだろう!?」
『連邦は巨大だ。そのすべてを管理することなどできない。だからこそ獅子身中の虫を数えきれないほど連邦は抱え込んでいる。その虫を、あぶりだせる好機だ』
「だからタイミングよく蜂起できるように融通を利かせたんだろ、他ならぬあんた自身が!ジオン残党と、連邦を食い物にする俗物どもに、金も武器も、勝てると思わせる偽装計画さえも準備して!!」
ガウマンの荒ぶる声と反比例するように、クワック・サルヴァーの声色は冷たく温度を保ち続けていた。
『ガウマン、我々には使命がある。それは、連邦という組織を再編し、正しい形へ作り直すという使命だ。アクシズ事件で状況の把握をはじめることができ、ラプラス事件で癌がどれほど広がっているかを認識でき、その後の10年で、ようやく組織再編の目が見えた。そして、それと同時に、穏健派のジオンと過激派のジオンもシャア・アズナブルが整理してくれた。火星に巣くうジオン残党軍さえもその全貌が掴めるようになった』
クワック・サルヴァーは言う。故にと。
「そのためのティターンズか!?20年近く前にジオンをこの世から消滅させようと、自分たちは選ばれしエリートだと自惚れ滅んだ連中をもう一度唆して、エリートもどきを炙り出すためだけに、ダバオの街を焼く気なのかよ!?」
『言っただろう。連邦の再建の為には、病巣は切除しなくてはならない。元ティターンズの亡霊も、私腹を肥やすために組織を食い物にする俗物どもも、何もかもこのタイミングで掃除する。そのためには、多少の犠牲は仕方のないことだ』
100年で連邦という組織は全世界へと浸透した。しかし、それは浸透しただけだった。私腹を肥やし、民を疲弊させ、スペースノイドを軽視する癖に、スペースノイド無くしては地球連邦は成り立たない。
その現実を知ってもなお、自らは無条件で尊いのだと自惚れる愚か者。
『もう一度言おう。これは千載一遇の好機だ。次の機会など恐らく来ない。そして、この機会を失えば、ただただ病巣に栄養を行きわたらせただけの愚行を為しただけで、これまでのすべてが無為に帰してしまう。テロ行為を辞さない過激派のジオン残党軍も、連邦の俗物どもも、これを機に全て片付ける』
「なら何でハサウェイを巻き込んだ!?アナハイムを通してハウンゼンに乗せて、オエンベリの襲撃だって予見できていただろう!?なんでハサをこの状況に巻き込んだ!?」
一瞬、クワック・サルヴァーの気配が揺らぐ。
『……連邦上層部には、彼を恨む者も多い。彼を餌にすれば状況を確実に進行できる』
「ふざけるな、この15年でハサがどれほど世界に貢献してきたと思っている!?宇宙移民を正しい形で後押しして、雇用を生んでスペースコロニーの環境を整え、あんたが言う地球連邦本来の役目を果たしたのはあいつだ!そのハサを、クズどもの餌食として使うのか!?」
『事実だけを見給えガウマン。宇宙移民の促進も、コロニー環境の整備も、彼の為したとされる木星圏の開発援助も、すべては大企業とネオジオンが為したことだ。民衆はビスト技研の名も知らなければ、ハサウェイ・ノアの名前さえ知らない』
「違う!すべてハサが居たから何とかなってるんだ!!あいつは、ハサは鎹だ。すべての橋渡しにハサが居て、そして梁となり柱となって、この15年の躍進ほぼすべてにハサが関わっている!ハサが居なくなれば、全部が全部ぶっ壊れちまう!!」
『憶測でものを言うな!我々がすべきことはなんだ、連邦から膿を出し切り組織を再編させ、地球に蔓延る反連邦の過激派テロリストどもを掃討することだ。その任務のために犠牲が出たとしても、それは甘んじて受け入れなくてはならない。分かりやすく言ってやろう』
ハサウェイ・ノアを、奴らへの生贄に差し出せ。
「……駄目だ、絶対に駄目だ!!」
すべてが壊れる。ヤシマ重工だ、ビスト技研だなんて小さな話じゃない。世界が本当に終わってしまう。ガウマンはそう直感した。
「良いかクソッタレの詐欺師野郎!ふざけんじゃねえぞ。逆だ、全部逆だ!もしもハサウェイが死ねば、全部がおじゃんになる!この計画も、地球の未来も、連邦という組織も!ハサウェイが生き残っていればこれからも無数にチャンスは生まれる!これからもチャンスは生まれてくる!!」
『それはただの希望的推測だ。君の私見も入り混じったな。過去100年起こりえなかった絶好の機会を、今この瞬間を逃すことなどできない』
「ハサウェイが世に影響を与えてからたった15年だ!15年で絶好の好機が生まれた!しかもハサが本格的に地球圏に影響をもたらしたのは10年前からだぞ!?工専の学生で、アルバイトとしてやっていた仕事が今こうして世界を導いている!シャア・アズナブルもミネバ・ザビもどうだっていい!ビスト財団を立て直したのだってほとんどハサウェイの才能ありきだ!!それが分からねえあんたじゃねえだろ!?」
『……彼の才能は潰しのきく才能だ。コウ・トミナガがアナハイムから去った後もモビルスーツ技術が発展し続けたように、ハサウェイ・ノアが居なくなった後も世界は発展し続ける』
ガウマンの意見を却下するように冷たく言い放つ。しかし一瞬の逡巡を、ガウマンは見逃さなかった。
「……いいや、あんたはそんなことを思っちゃいない。じゃあどうして俺をわざわざオーストラリアへ送り込んだ?どうしてハサウェイ・ノアの近くに俺を置こうと思った!?あんたは気づいているはずだ!ハサウェイ・ノアの重要性を、その能力を!!」
ガウマンは言葉を畳みかける。
「20年廃墟同然だったシドニーを5年で人が住める場所にしたのは誰だ!?木星までの短時間航行を可能にしてヘリウム3の安定供給を可能にしたのは誰だ!?移動式小型核融合炉を一般技術まで落とし込み、生活用の電力インフラの普及率を3倍近い数字にまで押し上げたのは誰だ!?」
『それらは全て大企業の資本力あっての話だ!ハサウェイ・ノア単独の力ではない!』
「じゃあなんでこれまでそうならなかった!?どうしてそれらすべての事業計画にビスト技研が関わっている!?」
クワック・サルヴァーは沈黙した。ガウマンはそれが答えだと確信した。
「あんたが為すべき大義はよく分かった!ハサウェイはその力になる!それでいいだろう!?他ならぬあんたが、誰よりもハサウェイを評価している!だからハサウェイは助ける!いいな!?」
『……良いだろう。だが作戦は続行させる。襲撃者の作戦計画とポイントを共有する。そこまで言うのならば、君が何とかして見せろ』
「上等だ……!」
通話はそこで切れ、その後すぐに端末に襲撃に関しての情報が共有される。
襲撃予定時刻は、約30分後。
「くそっ!!」
悪態をつきながらもガウマンは急ぐ。そして別の人物へと連絡する。
「聞こえるか!?俺だ、大至急部隊をダバオに寄こせ!」
かりそめの平穏が壊れるまで、そう時間はかからなかった。
※
クワック・サルヴァーはガウマンとの通話を切り、大きく深くため息をついた。
「ふぅーー……そうだガウマン、君の言うとおりだ。ハサウェイ・ノアは、決して失ってはならない存在だ。そんなことは、分かっているんだ……」
くたびれたファブリックのデスクチェアがぎしりと音を立てる。背もたれに身を預けて、ほんの少し深く呼吸をする。
「だが、それだけではどうにもならない……人は、神じゃない」
照明の明るさに目がくらみ、ほんの少し目を閉じる。
「どうすればよかった……平和を世にもたらすためには……」
やせ細ったその身体から、か細く囁くような声で、彼は自らに問う。
「すべての人類が、ニュータイプになれるわけじゃない……それでも、どうにかしなくては……戦争で死んだすべての人々を慰められない……」
皺だらけになった顔を、皺だらけになった両手で覆いながら、ほんの少しの間だけ、世界から目をそらした。
「君ならどうにかできるのか……だったら教えてくれ、ハサウェイ・ノア……」
時間だけは、ただ刻々と過ぎていった。
読了ありがとうございました!
いやあ書く内容は決まっているはずなのに書くのに難儀しました。なんでだろう?
そして書けども書けども出てくるキャラクターが野郎に偏っていく。どうして?
私これでも学生の頃はハーレム系ラノベとかも嗜んでたんですよ。なのにどうしてこうも女子が作品で活躍しない?
今後の課題ですね。
いつも誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
そして感想と高評価もありがとうございます。
前の話で感想を100件も頂いて、単話で感想3桁初です!嬉しい!
たくさんの方に楽しんでいただけてるようで作者冥利に尽きます。
引き続き感想、高評価、頂けると嬉しいです。