ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
久しぶり過ぎて変なところもあるかもですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
パチリ、と目が覚めた。
まず感じたのは全身の鈍痛と倦怠感。そして、若干の気持ち悪さ。
「っ、いったぁーー……」
思わず呻くような声が出た。
何処だここ……天井低いな。ベッド、だけど、揺れてる?……海の上?
「気が付いたか、気分は?」
ふと声の方へと視線をやると、そこには眼鏡をかけた年若い青年がいた。
「……全身痛いけど、まあ大丈夫、かな?」
「気分が悪いとか具体的にどこが痛いとかあったら言ってくれ。はい、じゃあ目を開けて」
彼はライトを僕の目に当てると、その様子を観察して、問題無かったのか一息ついて何かに記入し始めた。
「自分の名前は分かるか?」
「……ハサウェイ・ノア」
「年齢は?」
「25歳」
「所属する会社は?」
「ビスト技研」
「今日が何日か分かるか?」
「えーっと、宇宙世紀0105の、4月……20日?」
「残念、今日は21日だ」
「丸1日寝てたのか……」
思わず力が抜けるようにして枕に頭を放り投げる。
その様子を見て彼がにこやかだった表情をさらに笑ったように崩した。
「あまり気にするな。君を回収してから18時間程度だ。バイタルも安定している。最近寝れていなかったんじゃないか?それと非常事態が重なって、ちょうど肉体が休みを欲したのさ」
「そう、かもね」
確かに体のだるさは抜けている。痛みこそまだあるが、経験上これは長引かない痛みだろうと思った。
「さて、ここから先はこちらの説明事項だ。何から説明すればいいのやらだが……」
彼は神妙な面持ちで座り直し、顎に手を当てて唸り始めた。
「まずは、そうだな。ハサウェイ・ノア、ガウマンから、我々のことを何か聞いているか?」
「……ガウマンとは、ダバオで落ち合って、推定ティターンズから逃げるのを手伝ってもらって、海まで出れば仲間が回収してくれるからって、それだけだね」
「殆ど説明なしか……」
「あとは、ガウマンが連邦のエージェントだったってくらいかな?」
そう言うと、彼は表情を凍らせて、その後すぐに歪ませた。
痛みを堪えるような、どこか悔恨を感じるような、そんな表情だった。
「……ガウマンを、あまり責めないでやってくれ。あいつにも事情が……」
「いや、別にガウマンから困る様なことされてないから、特に責めることは無いよ」
何と無しにそう言うと、彼は目を見開いていた。
「僕の周りにいる人は、大体いろいろ事情がある人ばかりだし、何かビスト技研やアナハイムに被害を齎したり、仲間を傷つけるような真似をすれば赦せないけど、ガウマンはそういうことをする人じゃないって知ってるから。だから気にしないで」
本人にもそう伝えたし。
彼は信じられないような表情で、しかしすぐに表情を柔らかく氷解させ、大きく息を吐いた。
「……本当に君は、素晴らしいな」
「そりゃ、どうも?」
「名乗るのが遅れたな。イラム・マサムだ。イラムと呼んでくれ」
「よろしくイラム。今更だけど、助けてくれてありがとう」
どういたしまして、とイラムが握手の為に伸ばした僕の手をがっしりと取る。
「で、君たちは……連邦のエージェント集団、みたいな感じであってる?」
「半分くらいは正解だな。事情を説明したいのだが、俺たちの組織は結構面倒くさくてな」
「話せる内容が、限られてる?」
「いや、成り立ちが面倒なんだ。ハサウェイに話せないことは無い。これはガウマンも了承してる」
どうしたものかな、とイラムが考え込むが、ふと彼女のことを思い出した。
「そうだ!ギギさん!」
あの時、間近にメガ粒子砲が迫る中、彼女を抱きかかえて咄嗟に地面に伏せた。
メガ粒子の熱に少しでも耐えられるようにジャケットを彼女の頭に被せ、足元の砂を力の限り蹴り上げて自分たちの頭上を覆い、彼女を上に倒れ込むようにして、そこで意識が途絶えた。
彼女は無事なのか?明らかに華奢な体だった。吹き飛ばされれば衝撃で首の骨が折れかねない。
「安心しろ、ギギ・アンダルシアも回収している。隣の病室で、女性クルーが面倒を見ている。外傷は無し、バイタルも安定している。まだ眠っているようだがな」
「そっか……」
良かった。警護対象を守り切れずに自分だけおめおめ生き残るだなんて恥さらしな真似はしていないようだった。
まあ落ち着け、とイラムが水をくれた。
それを口に含み、口内を濡らしながらゆっくりと嚥下すると、やっと一息付けたような気分がした。
「……言いづらいようなら良いんだが、ガウマンは、どうなった?」
そうして一息つくと、神妙な面持ちでイラムがそう言った。
その質問に、思わず首を傾げた。
え、ガウマンのことを心配してるのか?あの殺しても死ななそうなガウマンを?
近頃物騒だからとビスト技研で護身術の延長線上として軍事教導を受けた際に、あまりにも潜伏能力と暗殺能力が高すぎて、市街地戦闘や遮蔽物有りの戦闘環境なら、絨毯爆撃かミサイルの飽和攻撃で潜伏地帯を更地にしなければ排除できないと評価された、あのガウマンを?
……ガウマンはどれだけ自分の素性を隠してきたんだ?いや僕やオリヴァーさんには何処の所属だったか以外なにも隠せてない気がするけど……
「いや、絶対無事だから心配しなくていいと思うよ?」
「え?」
「だって、ガウマンだよ?ティターンズ如きに後れを取るわけがない。僕に所属を明かしたってことは、もう隠す意味が無くなったってことだろうし、今頃ダバオのケネス大佐に拾われてるんじゃないかな?」
だから大丈夫、その内戻ってくるだろうから気にせず待ってようよ。
そう返すと、イラムは感極まったかのように目元を隠して、酷く優しげな瞳をしていた。
「……そうだなっ。信じて待つのが、仲間だよな……っ」
……何か別な意図が伝わってる気がする。大丈夫だよな?変な意味じゃなく、本当に言葉通りの意味しか含ませてないけど、伝わってるよね?
「……よし、まずは俺たちの組織について、説明する」
そう言って、イラムは僕を見つめた。
口ごもるかのような、躊躇うような逡巡を見せて、彼は言った。
「俺たちが、マフティー・ナビーユ・エリンだ」
「……うん?」
「そして俺は、刑事警察機構の人間だ。刑事警察機構、公安9課。それが俺の所属だ」
「はい?」
いかん。どういうこと、だってばよ?
いや、落ち着け。ちゃんと咀嚼しろ。
イラムは言った。ガウマンは連邦の所属で、じゃあこの組織は連邦のエージェントの集まりなのかと。彼は半分正解だと言った。
そして、イラム自身は警察の、それも公安、つまるところスパイを生業にしてる人間だということだ。
ガウマンは連邦軍のスパイ、イラムは警察のスパイ。
武力を持った軍と警察のエージェントが、連邦政府が恐れている?テロ組織に所属している?
いや……
「……マフティーという組織を、僕は地球に降りるまでよく知らなかった。シドニーでここ数年暮らしてるビスト技研の人にも聞いたけど、そんな大それた組織だとは思っていなかった。そして、それは父さんも同じだった」
地球に住む一般連邦市民が知らないテロ組織で、反連邦組織を壊滅させる役割を持ったロンドベルの司令官たる父さん知らないテロ組織。そして、サイド3でもサイド1でも、月でも、僕はマフティーという存在を認知してこなかった。
にもかかわらず、ケネス大佐という腕利きと、ペーネロペーという最新鋭のモビルスーツ、それを操縦できるレーン中尉という凄腕のパイロットを、マフティー討伐に派遣した。
しかも、ケネス大佐はマフティーの脅威というものをよく理解しているかのようだった。
「マフティーは、連邦軍の、それも地球に降りた一部の軍人しか、周知されていない?」
いや、そもそも論として、なぜ彼らはジオンでもデラーズでもアクシズでもネオジオンでもなく、マフティー・ナビーユ・エリンなどと名乗ったのだ?
もしも連邦を打倒する為なら、過去の悪名を名乗った方が人は集まりやすい。
にもかかわらず、彼らはマフティーと名乗った。しかもマフティーの為したテロ行為が全て真実ならば、その能力はかつて地球へ侵攻し、そして成功させたネオジオンに近しい程の作戦遂行能力がある。
それほどの戦力を、それほどの展開力を、今地球にいるテロ組織が、それも新興のテロ組織が要することは可能か?
……いや無理だろ。
いや……
「……マフティーは、反連邦運動を起こしたテロ組織を、功名にさせないようカモフラージュするための、騙り名?」
「……凄いな、そこまで読めるものか?」
イラムがそう呟いた。
「これまでも地球で小規模なテロは度々起こっていた。彼らの多くは、一年戦争で地球に残されたジオン残党で、今のシャアの思想を受け入れられない過激派だったり、ティターンズの思想を信じる原理主義者だったり、まあ大体が地球から人間は出ていけという考えだった」
分からないでもないけどな、とイラムが呟く。
「それらテロ行為で、ジオンだティターンズだと過去の名前がニュースになると、悪い意味で盛り上がる思想家たちが出てきてしまう。知ってるか?一年戦争後に生まれた、ジオンと全く関係のない人間が、ジオン残党軍と名乗って活動する、なんてことがあることを」
イラムは眉間にしわを寄せて苦々しげに呟いた。
「悪名は無名に勝る。そして、悪い奴に人は惹かれるものだ。そこで考えた。法を無視してテロをする馬鹿ども、それらをすべて秘密裏に処理するのは不可能だ。だったら、そのテロ行為さえも利用してしまえばいいと」
「……そして生まれたのが、マフティー?」
「ああ。マフティー・ナビーユ・エリン。普通に生活してたらどれも使用しない単語だ。そんな訳の分からないテロ組織が、突如大規模に活動するようになって、これほど被害を被った」
でも、そんな大変な奴らを、見事連邦と警察は力を合わせて撲滅しました、なんて発表できれば、センセーショナルだと思わないか?
皮肉気な表情で肩をすくめて、イラムはそう言った。
「……それが、お偉いさん方の描いたストーリー?」
「多分な」
「ジオン残党も、ネオジオンの残党も、ティターンズの残党も、迷惑な奴らが起こしたテロは、全部マフティーのせい、ってわけだ」
「そして、アデレード会議さえ終われば、ジオンは完全に連邦から独立し、シャアに合流しないジオン残党も、ジオン撲滅を掲げるティターンズ残党も、その大義を完全に失う。マフティーはそれまでの分かりやすいターゲット、の、はずだった」
「まあ、ティターンズがこんだけ大規模にやらかしてるもんね」
「本当にな。お偉方は一体何をやってるんだか……」
イラムが頭を抱える。まあ、それもそうだろう。
「イラムたちは、事を起こさせないように地球を回って、事が起こってからはその火消し役をしていた、のかな?」
「本格的な戦闘はしないけどな。偵察と、極たまに威力偵察。あとは戦闘の火付け役。今はほら、アナハイムの識別信号と大型の船があれば地球中のどこでも行けるようになってるから」
「ああ、ミノフスキーネットか……」
なんだかなあ……今は役に立ってるから怪我の功名と言えばそうなのかもしれないが、まさか海洋保全活動がスパイ活動に活用されていたとは何とも言えない気分にはなる。
「じゃあ、この船のクルーは、全員軍か警察の所属ってこと?」
「ああ……それもちょっと違うんだ」
「違う?」
「俺たちは、表向きにはアナハイム所属になっている。仕事としては、海に散らばった戦争の残骸やコロニーの残骸を調査して、効率的な除去作業を行えるよう準備する調査員、って感じだ。そして、その調査には勿論、現地の人間にも手伝ってもらっている」
「それは、そうだね」
餅は餅屋じゃないけど、地元のことは地元の人が一番よく状況を知っているだろうし。
「それと並行して、表向きには軍としても警察としても問題ないが、明らかにきな臭い、どう考えてもおかしなことをしているであろう現地の軍や警察、それに関係する政治家や企業の調査も行う。そして、それによって被害を被っている現地民の救助や救援も」
「……もしかして」
「ああ。うちの組織は、そういった行き場を失った人間の受け皿としても機能しているんだ。危険な仕事だが、報酬は弾むし海洋環境保全の仕事に就いていた実績も作れる。地球に残るも、金を貯めて宇宙に上がるにしても、どちらも選べるように」
大分嫌な気配が滲んできた。
「……つまるところ、この船のクルーは……」
「ああ、俺とガウマン、船長と、極一部の技術クルーを除いて、全員が素人に毛が生えた程度の能力しか持ち合わせてない。最低限の装備は準備しているが、少なくとも正規軍や、正規軍もどきと正面切って戦えるほどの戦力は持ち合わせていない」
「……なるほど」
これは、きついな。
逃げ出した先がパラダイスな訳は無いのだが、思った以上に地獄は続いているみたいだった。
※
マフティーのクルーは、その多くが行き場を失った若者で構成されている。
ではヤシマ重工などが主導する就職支援プログラムは?あれに則れば、早々に宇宙に出てそれなり以上の賃金で労働することが出来る。
勿論プログラムを利用して宇宙に上がった者もいる。研修を受けて、地球の環境保護従事者になろうと決意した者もいる。
だが、マフティーのクルーは大義を胸に、地上で公営のテロ屋として働くことを決めた。それは、言うまでも無く異常なことである。
イラムはハサウェイに言葉を濁していたが、要するにここにいるのは社会に迎合できず、清濁を併せのむことが出来なかった子供の受け皿に過ぎなかった。
放り出すにも難しく、これで放り出してジオン残党などに合流するくらいなら、マフティーで実績を積ませて、ある程度満足させて進路を選ばせよう。どうせアデレード会議が終わるまでだ。ガウマンたちはそのように考えた。
ガウマンは軍事偵察のプロとして、イラムは情報収集と金の流れを読み取るプロとして、そして艦長のブリンクス・ウェッジは海洋環境とそこに潜む微かな情報を読み取り、海を中心とした物の流れを読み取るプロとして、マフティーの母艦ヴァリアントに乗艦していた。
ここまでがマフティーという組織の根幹を形作るレギュラーメンバーだ。
そしてそれ以外のメンバーは、良くも悪くもサークル活動の域を出ない能力しか持ち合わせていなかった。
モビルスーツの整備は出来るが、それはハサウェイが普段行うようなマシンすべてを理解し、何をどうすればスーパーエースでも不満なく運用できるか、あと0.1%でも反応速度を向上させたい、などというプロ中のプロが行うような仕事ではない。
テスターを当て、問題のある個所を確認し、マニュアル通りにパーツをアッセンブリー交換する。そこまでだ。
そこまでの能力があれば、どの工場でも民生品のモビルスーツを整備するのに最低限の能力はあるため雇ってもらえる。
しかし、当然だが戦艦に乗って最前線の戦場で、1分1秒を争うような仕事はできない。
ただ、通常のマフティーの任務からしてみればそれで十分でもあった。
ガウマンという戦場の匂いを嗅ぎ分けるプロが居て、イラムという潜入調査と情報収集のプロが居て、海においては如何様にでも逃げることが出来るブリンクスというプロが居れば、早々に突発的な戦闘状況など起こらなかったためだ。
もしも戦闘状況が起こったとしても、それはマフティー側から意図して発生させる奇襲程度なもので、その先鋭にはゲリラ戦のプロたるガウマンが居て、殿も遅滞戦闘のプロであるガウマンが居た。
そして後詰めとして、イラムがリークした情報に踊らされて手柄を欲し駆けつける連邦軍が居た。
ひと当てしてさっさと逃げる。マフティーはこの電撃戦とも言えないような戦闘を何度か繰り返し、その度に成功させてきた。
それは、良くも悪くも彼らに成功体験を与えてしまった。
テロリストと言ってもこんなもんだ。俺たちならこんなの敵にもならない。先陣を切っているんだから連邦軍より俺たちの方が強い、などなど。
彼らは若く、幼かった。
パイロットもメカニックも、皆どこか戦場に酔っていた。そして、自分たちの武功にも酔っていた。
ガウマンもイラムもブリンクスも、それらを時折咎めはすれど強くは言わなかった。
戦場において、増長も傲慢も死を呼び寄せるものでしかないが、それでも不貞腐れて戦場に出るよりはマシだろうと天秤にかけたためだ。
何よりも、彼らにはプロとしての自負があった。
負ける戦争は絶対にしない。スパイという、誰よりも情報を信じる彼らは、誰よりも仲間を信じていなかったためだ。
「きっとできる」「可能性はある」そんな選択肢を絶対に取らなかった。その結果、マフティーはいくつもの戦場で、正規軍が到着するまでの時間稼ぎを順当に遂行できていた。
いくらシミュレーターをやりこもうが、実戦とシミュレーターは別物だ。
シミュレーターをやり込んだ凄腕の、しかし戦場を知らないテストパイロットが、初陣でなんてことない流れ弾で死ぬ。よくあることだ。
シミュレーターでは結果を残せなかった新兵が、戦場で死の気配を読んで見事戦果を残す。これも良くあることだ。
ガウマンは、彼らに対して凄まじく難易度の高いシミュレータープログラムを用意していた。それはガウマン自身が新兵の頃から腕を磨いてきた経験から作り出されたものであり、それを基盤にして、アナハイムがハサウェイに依頼し、将来のエースパイロット育成用の教材として準備されたものだった。
難易度1から20までの教材。最後の難易度20は、殆どハサウェイの全力に近しい敵を複数用意してあるプログラムだった。難易度20に関しては、ハサウェイ自身もクリアできる確率は70%を切る。
しかも、この教材のデバックを行ったのはロンドベルのアムロ・レイとクワトロ・バジーナである。
彼らをして感想は「良い訓練になった。ロンドベルにも同じものを用意して欲しい」だ。
このプログラムの全カリキュラムを、マフティーのパイロットで消化できた者はいない。
半分までクリアできれば御の字、これ以上の敵は戦場であったことが無い。
彼らはクリアできないプログラムにそうして区切りをつけた。
戦場での成功体験は、彼らに自身の実力を過信させていた。
だからハサウェイが艦に来た時、彼らは盛り上がった。
ガウマンが自分よりもはるかに強いと評するパイロットが来た。どんなものか見てやろうと。
そして、ハサウェイと同行者であるギギ・アンダルシアをどのようにしてシドニーまで送り届けるか、その為のブリーフィングをするために、殆どのクルーがブリーフィングルームに集められた。
そして、彼らはハサウェイを見た。
「俺たちの現在地がここ、ハルマヘラ島近くだ。当初の予定通りなら、アラフラ海を抜けてダーウィンへ、大陸を南下してアリススプリングス、そしてアデレードへ向かう、予定だった」
「アデレードへ向かえば、連邦の本隊がいるから?」
「ロンドベルとネオジオンも地球へ降りるしな。世界中の戦力が集まる。雑多なティターンズ残党如きでは対処できないだろう、とガウマンは読んでいた」
「でも、想像以上が出てきた」
「ああ。サイコガンダム、あんなものまで持ち出すとは……」
イラムがハサウェイに状況を説明する。
クルーは、それを静かに、息を呑むようにして注視していた。
役者が違う。誰もがそう感じていた。
取り分けて美形だとは思わない。取り分けて体格がいいわけでも、恐ろしい容貌をしているわけでもない。
ただ、存在感の桁が違う。オーラが違う。
誰もがそのオーラに充てられ緊張していた。
普段軽口を叩く面子さえも沈黙し、ミーティングに際してイラムに意見を投げるケリアでさえもハサウェイの雰囲気にのまれ、その口を閉ざしていた。
「通信機能は?」
「使えるが、間違いなく傍受されている。全域で無線にあり得ないほどのノイズが掛かっていてな。オーストラリア近海では通信は使えないと思ってくれ」
「ティターンズの声明は?」
「まだ出ていない。いや、この状況で何も言ってこないのなら……」
「ティターンズの目的は、なんだろうね」
ハサウェイがそう投げかけた。
「さっきまでテレビで表沙汰になってるニュースをざっと見たけど、ダバオの他にも同時多発的にテロが起こっていた。その内何か所かは早々に鎮圧されてて、使われてるモビルスーツには一年戦争時代のジオンのモビルスーツもあった」
「……ティターンズだけの仕業では、無いと?」
「もしもティターンズの正当性を軸にテロ行為をするのなら、ジオン排斥は絶対に外せない。ジオン残党駆除のためにティターンズは結成されたわけだから」
「だが、ティターンズはアクシズとも手を組んだだろう?そういう軸の無さ、土壇場になれば何をしでかすか分からない、そういう怖さもティターンズじゃないか?」
「それは、そうだね。バスク・オムみたいな人が、今もティターンズにいるとしたら、2枚舌、3枚舌外交くらいはしてくると思う」
ハサウェイは考え込むようにして顎をさすった。
「……ティターンズは、何を目的に今回のテロを起こしたと思う?」
「何を……」
イラムが返答に詰まる、だがその問いかけは、ハサウェイが自身に向けて問いかけたものでもあった。
「……アデレード会議には、連邦政府の閣僚がほぼ全員集まる。そして軍の重役も」
ハサウェイは口に出しながら情報を咀嚼する。
「……アデレード会議は連邦政府議会が正式に開催した国際会議で、その議場において可決されたものは連邦政府の意思決定とほぼ同義になる。そして、その同意に関して、連邦国民が関与できる状況は、何一つとして存在しない」
その言葉に、イラムは全身が総毛立つのを感じた。
「つまり、連中は会議を乗っ取って、ティターンズの正当性を連邦議会に承認させようというのか!?」
「もしかしたら、ね」
上ずったような声で思わず叫んだイラムに対して、ハサウェイは酷く平坦な声で返した。
「でも、出来るかな?だってロンドベルとネオジオンが来るんだよ?」
イラムはハッとした。
「ロンドベルとネオジオンは、まあ最強だよ。物量での消耗戦を演じれば、その状況にまで引きずり込むことが出来れば、もしかしたら勝てるかもしれない。でも、それはティターンズが政府に承認されて、連邦軍の統帥権を掌握した後の話だ」
「だが、サイコガンダムならば話は違ってくるんじゃないのか?いくらアムロ・レイやシャア・アズナブルと言えども、あの怪物を倒すなんて……」
「いやあ、物の数じゃないと思うよ」
ハサウェイは続ける。
「サイコガンダム、サイコフレーム、NT-D。考え得る最悪の組み合わせだと思う」
「なら……」
「でも、それほど強力なサイコマシンを操縦できるパイロットがまずいないと思う。それに、いたとしても長時間戦闘は無理だよ。奇襲ならともかく、正面戦闘で使い物になるとは思えない」
ハサウェイは知っている。強化人間が使うサイコマシンの危険性を。
ユニコーン、クシャトリヤ、バンシィ、フェネクス、そしてネオジオング。
フェネクスを除きハサウェイは全てのマシンに乗った経験がある。
結論から言えば、ハサウェイの技量とニュータイプ能力をもってしても1時間は持たなかった。
サイコマシンはパイロットを使い潰すのだ。どれほどマシンを調教しても、パイロットに合わせたセッティングを出しても、その本質は変わらない。
高性能の為に高負荷を強いる。機械やコンピューターで代替できない部分をパイロットの個人能力で処理させる。サイコミュは、その割合が特に大きい。
「サイコガンダムは宇宙世紀0087の時点で破綻していたマシンだった。そんなマシンを、ティターンズが独力でどうにかできるわけがない。しかも、サイコフレームはともかくNT-Dまで搭載させて」
「……遠からず、パイロットは死ぬと?」
「乗り続ければ、間違い無く」
NT-Dは、殆ど封印された技術だ。使いこなせるパイロットがあまりにも少なく、セッティングを出せるメカニックがほぼ存在しないためだ。
パイロットが極めて強力なニュータイプであり、そのニュータイプに対応したセッティングを出せる凄腕のメカニックが居て、さらに能力を十全に発揮するためにはフルサイコフレームのマシンが必要になる。
現状NT-Dは、バナージ・リンクスしか使用者がいない。言ってしまえば廃れた技術なのだ。そしてその技術は、ビスト技研にしかノウハウがないし、アナハイムでさえピーキーすぎるとして基幹技術から除外した。
そんなものを、ティターンズだけでどうにかできるとは思えない。ハサウェイはそのように考えた。
そして、そんな使い勝手の悪いNT-Dを、足りないパイロット能力を補うために、パイロットの消耗を加速させても構わないとして、サイコガンダムに搭載した。
文字通りの自殺行為だとハサウェイは思った。
「戦闘していたレーン中尉とペーネロペーは?」
「サイコガンダムが途中で海中に沈んで、それで戦闘は終わった。ペーネロペーに大きな損害は無かった」
「海中に逃げたか……」
ハサウェイは考える。
「……ルートを変えよう」
確実かつ最短のルートを。
「アラフラ海を抜けてオーストラリア大陸を時計回りに航行して、直接シドニーまで行く」
「補給なしでか?」
「ティターンズが強硬な態度で作戦を進めるようなら、多分途中立ち寄れるような港は無いよ」
断言するハサウェイに、イラムは首を傾げた。
「ティターンズにそれほどの展開力があるのか?」
「展開力じゃなくて、制圧力かな?」
「制圧力?」
「だってほら、ジェガンレベルのモビルスーツ部隊を持っているなら、オーストラリアの主要な港全部を火の海にできるでしょ?」
その言葉に、イラムは絶句した。
「ティターンズなら、やるよ。コロニーを毒ガスで潰して、エゥーゴの関係者だった民間人を人質に取って、脅しもゆすりも平気でする連中なんだから。あとが無いと分かればそのくらいする」
ハサウェイはやはり平坦な口調でそう言った。
イラムはその言葉を苦々しげに呑み込み、ブリンクスは目を伏せた。
それは紛れもなく、戦場を生き抜き、今際の際の人間の恐ろしさを体験した人間の言葉だった。
イラムとブリンクス以外のクルーは、その時初めて戦場に触れた様な気分になった。
生きるか死ぬかの戦場。先の見えない、何が起きるか分からない戦場。その戦場を生き抜く方法を、ハサウェイは話しているのだと。
その時になって、ようやく戦争というものを体感したような、冷たい空気がそこにはあった。
「現状で分かってる連邦の部隊の動きは?」
「あ、ああ。キンバレーの部隊がダーウィンに向かっている。これは恐らくオエンベリのマフティーの討伐だろう」
「オエンベリの……ああ、マフティーを名乗ってる、マフティーじゃない……」
「ああ、尻馬に乗っている連中だ。恐らくキンバレーはオエンベリを掃討し、錦の御旗を掲げて勇退するための最後の仕事と動いているはずだ」
「キンバレーは、ティターンズとは?」
「繋がっているかもしれない。ケネスの着任が決まった時点で、キンバレーには後がなかった。そしてアデレード会議が終われば武功を立てるのも難しくなるだろう。となれば……」
「なりふり構っていられないわけだ」
「恐らくな。それに、奴の思想はティターンズとも合致する。選民思想のようなものだ。そうだと思って対応した方が良いだろう」
「ケネス大佐は?」
「しばらくはダバオを離れられないだろう。ダバオに残った閣僚の護送。ダバオに展開したティターンズの掃討。そしてアデレード会議の護衛。向こうにヨクサン長官が居ただろ?あの人はマフティーの状況を把握している、はずだ。恐らくだが、マフティーを支援している連邦軍の、クワック・サルヴァーともつながっているだろうとガウマンは言っていた」
「クワック?」
「クワック・サルヴァー(インチキ医者)。まあ分かりやすい偽名だよ。ガウマンでさえ正体は掴めていないと言っていた。余程の大物だろうとは思うが……」
「なるほど……」
連邦が今一番力を注ぐのは、アデレード会議の確実な成功だろう。そのためには閣僚の護送は必須だ。そして、その護送を確実にするための敵の排除も。
「ダバオでのティターンズの部隊展開規模はそれほど大きくなかった。となれば、1日で終わるかな?」
「流石に無理だろう。2日か、閣僚からあれこれ注文を付けられると3日はかかるかもしれない」
「警察もケネス大佐に協力するんでしょう?ヨクサン長官と、一緒にいたヒューゲストさんはかなりのやり手だと思うよ。それにダバオの警察はジェガン持ってるしね。2日かな?」
逆を返せば、今日、明日まではケネスもペーネロペーも当てには出来ない、ということでもある。
「艦長、最短経路で進むとして、シドニー港付近までどのくらいかかります?」
「……最短で4日だな。だが、敵に遭遇すれば進路を変える必要もある。そうなれば5日か、6日か」
「ビスト技研だけが使用する固有の識別コードがあります。それを使用すれば、シドニー港近くに着いた時点で技研の部隊がエスコートしてくれるので、そこまで行ければまず安全かと」
「なるほどな。なら、遭遇した敵部隊は鼻っ柱だけ叩いて逃げられる。それなら4日で行けるはずだ」
4日か、微妙なスケジュールだな。
ハサウェイはまた顎をさすった。
「何か、懸念があるのか?」
イラムがそう聞く。
「今が21日の夜明け前でしょ?アデレード会議が26日の予定だから、結構ハードなスケジュールだなって」
「そう、か?いや、事と次第によっては会議そのものの延期もあり得るんじゃないか?」
「いや、多分ないよ」
ハサウェイはそう言い切った。
「あの連邦が、自分たちで決めたスケジュールを、ちょっとしたごたごた程度で変えるわけがない。多分場所も時間も変更はないよ。そして、それをティターンズも理解してると思う」
「じゃあ、一体何を……」
「ロンドベルとネオジオンの到着が、かなりぎりぎりになるなって」
イラムは目を見開いた。
「ロンドベルの艦隊も、ネオジオンの艦隊も、それなり以上に最新技術を叩き込んでるから足は速いんだけど、それでもロンデニオンから地球まで3日はかかるよ。サイド3から考えると、4日かな?地球の重力圏外で一旦ランデブーして一緒に降りてくるだろうから、まあ4日か」
「いや、会議のスケジュールが不動なら問題ないと思うが……」
「いやいや、連中が手をこまねいてるわけがない。多分何らか用意してるんだよ。1日か2日、ロンドベルとネオジオンを足止めできるだけの策が」
ハサウェイはそう口にしながらも、導き出したその答えを呑み込めずにいた。
「何だろうね。サイコガンダムはそう数を用意できないだろうし、宇宙の反連邦勢力と裏取引をしたのか、それとも海賊連中を引き入れたのか」
「……その程度で、ロンドベルを足止めできると?」
「いや、まず無理だと思う。だから別に何かあるんだよ。本当の意味でのとっておきが」
怖いな。ハサウェイは未知なる敵の存在に、深く息を吐いた。
※
「なるほど、ではハサウェイは……」
「ああ。恐らくシドニーへ直行するだろう。それなりの装備しか用意できなかったが、まああいつなら何とかする。それに洋上戦闘は多分ハサウェイの独壇場だしな」
巨大な、さながら鳥のように見えるほど巨大なモビルスーツのコクピットで、ガウマンとケネスはマシンセッティングを進めていた。
「ハサウェイに、地上での戦闘経験は?」
「実戦は無いな。ただ色んなテスト機をシドニーで試しているし、何よりミノフスキーフライトの試作モデルをシドニーで作ったのはハサウェイとオリヴァーだ。どうとでもなる」
「試作モデル?」
「ああ、ニューガンダムの試作機みたいな古いガンダムタイプがあってな。それのアタッチメントパーツが余ってたから試験機として作ったんだよ。3年くらい前に」
「そんなものが……」
「それに地上運用できる大型モビルスーツのデータなんて普通無いからな。だったらと言って当時大分データを集めたんだ」
話しながらも二人のキーボードを叩く手は止まらない。ケネスは最新鋭のガンダムタイプを開発する技術士官として、ガウマンはパイロット、そしてハサウェイの下でテストパイロットとして十分以上の経験をしてきた。
現状把握の軽い打ち合わせ程度なら、マシンのセットアップと同時並行で処理できるマルチタスクスキルを有していた。
「ハサウェイがモビルスーツパイロットとして、現実的に参考にしている奴が何人かいてな」
「それは、アムロ・レイとかか?」
「いや、ハサ曰くアムロ・レイは外れ値だそうだ。参考にならないらしい」
「ハサウェイでもか……」
「トップオブトップは、俺たちには理解できない世界なんだろうぜ。ハサも大概だが、それでもアムロ・レイやシャア・アズナブルは上を行くらしい」
ガウマンがくつくつと笑うと、ケネスも肩をすくめた。
「木星に定期的に行く際に、どうしても火星近郊でジオン残党軍の襲撃にあうらしい。それらを回避するために、超長距離からの狙撃と、一撃離脱の戦法をハサは欲した。で、丁度そういうエースパイロットを有した部隊と親交があったみたいでな。そこでいろいろ学んだらしい」
「だが、戦闘になればミノフスキー粒子が展開されるだろう?」
「ハサウェイの敵に対する嗅覚は常軌を逸している。最新鋭のレーダーの、そのレーダー範囲外にいる敵でも、感覚的に知覚認識できるらしい」
「それは……」
「怖えよな。その上スーパーエースクラスの精密射撃が、威力減衰のない宇宙空間で飛んでくるとくれば。ハサウェイは対応しやすくなったなんて暢気に言ってたが、あいつもあいつで修羅場を潜り抜けすぎて基準がおかしくなってると思うぜ」
マニピュレーターの動きを確認しながらガウマンがそうこぼす。
「どうだ?」
「悪くないな。これなら問題なく乗れる」
「大型モビルスーツに乗れる人材は貴重だ。ややこしいスパイ任務が終わったら、ハサウェイと一緒に私の部隊に来ないか?」
「それもいいかもな。この戦争が終わったら考えておくよ」
冗談めかした問いかけに、やはり冗談めかして返す。
「まあ、ハサの心配は必要ねえよ。シドニーにさえ近づければあとは技研のメンバーがどうとでもしてくれる」
「ビスト技研のパイロットも、やはり凄腕なのか?」
「それなりにな。一年戦争でモビルアーマーに乗っていた技術士官、デラーズ紛争でガンダムタイプに乗っていた元エース、ニュータイプ適性と高い耐G適性を持ったサイコミュ使い。それらを問題なくフォローできるベテランと、フルチューンのジムIIIとジェガン。基本的には問題ない、はずだ」
「問題があるとすれば、やはりサイコガンダムか」
「ペーネロペーでも墜とせなかった。あのサイコフィールドは強力だ。突破するには専用の兵器が必要になる。シドニーなら調達できるが、どのみち技研のメンバーがいないと無理だ」
「メガ粒子砲では無理か?」
「数十発撃ち込んでやっとってとこじゃねえかな。携行火器ではどうにもならんと思うぜ」
「となれば、やはりレーンのやり方が最適か……」
「時間稼ぎで敵の消耗を待つ。それしかないだろうな。それにサイコガンダムが戦場にいる限り、敵もまた同じ戦場に部隊を展開できない。巻き添えがシャレにならんからな。ビームバリアを調整して、何とかペーネロペーで耐えてもらう」
「その間にお前が他の部隊を蹴散らす。理にかなっているな」
「ダバオに留まってる雑魚どもにかかずらってる暇はねえ」
「同感だ」
セッティングを終えて、二人はマシンから降りる。
見上げるほどに巨大な、そのモビルスーツ。ガウマンとケネスは、そのモビルスーツを超えて、その先に視線を向けていた。
「では頼むぞ、ガウマン・ノビル特務大尉。アリュゼウス、貴様に預ける」
「了解しました。ケネス・スレッグ大佐殿」
その瞳には、他ならぬ決意が灯っていた。
「待っていろ、ハサウェイ」
今度は私が、お前を助ける番だ。
読了ありがとうございます!
いやあキルケ―の魔女の配信も始まりましたね、結構前から。
魅力的な女子が沢山出たはずなのに、この話でも野郎しかセリフを喋ってない。多分次回くらいには女子も喋る、はず!
誤字報告いつもありがとうございます!
また感想と高評価、お気に入り登録もありがとうございます!
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