ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
楽しんでいただければ嬉しいです。
ケリア・デースとジュリア・スガにとって、その日は人生の契機となった。
ガウマンがハサウェイのために用意したモビルスーツは2機あった。それはハサウェイが単機で、かつマフティーが確実に生き残れるほど上等なモビルスーツを用意できなかったことの証明であった。
しかしこの2機があれば問題なく状況をクリアできると踏んでの選定だった。
ヴァリアントに並ぶ、見慣れぬ2機のモビルスーツ。
ジェガンスナイパーカスタムと、EWACジェガン。
どちらもガウマンが急遽用意したものだった。自分が戻れない可能性がある。その際にハサウェイ・ノアが無事に回収できれば、彼がある程度の事態までは対応できるように戦力を残したと。
ある程度、というものがどのレベルを指し示していたのか、多くもマフティーメンバーは理解できていなかった。
そして、イラムがハサウェイをドッグへ連れて、モビルスーツを見せると、ハサウェイは安堵の表情を浮かべて息を吐いた。
「大丈夫。これならどうにかなる」
「本当か?いや、後方支援機として優秀なのは理解しているが……」
「市街地戦闘やデブリ群での戦闘ならともかく、ここから先は洋上戦闘だ。視界は開けている。だったら、先に索敵できるこちらに分があるよ。セッティングは2時間もあれば出せるから、あとはもしもの時の足と、カモフラージュ用の何かかな?」
「モビルスーツが2機乗れるタイプのサブフライトシステムはある。それ用のパイロットも必要にはなるが……」
「いや、ジェガンスナイパーからEWACとSFSにコードを直結させて全部ジェガンで管理するよ。どうせレーダー感度も調整しなきゃだし」
「……大仕事じゃないか?」
「それなりにね。まあ、でも大丈夫。慣れてるし」
「そうか……」
ケリア!ジュリア!とイラムが二人を呼ぶ。
二人が駆け寄ると、ハサウェイはぴしりと表情を固めて、そして無表情に近い冷たい顔になった。
「紹介する。ケリア・デースとジュリア・スガだ。アナハイムの専属メカほどの能力は無いが、それでも助けになると思う、のだが……」
一瞬遅れてイラムもハサウェイの表情から感情が無くなっていることに気付いた。
イラムが慌てたように問いかける。
「ど、どうしたんだハサウェイ?」
「……えーっと、プロじゃないもんね、ここにいるメカは」
「あ、ああ。皆それなりに経験はしているが、ハサウェイの基準から見ればプロには満たないと思うが……」
その言葉に、2人は表情を歪めた。
それは自分たちが、この一瞬で評価され、アマチュアだと片づけられているかのような口ぶりだったからだ。
「いや、いいよ。セッティングは一人でやる方が慣れてるから。何かあれば声を掛けさせてもらうね」
「そうか……」
「ちょっと!」
それに声を掛けたのはジュリアだった。
「あんたが何を見てどう思ったかは知らないけど、私たちだってマフティーとしてそれなりに経験してきているんだ。そんな風に言われる筋合いは……」
怒りから声を上げ前に出るが、ハサウェイを前にして、その視線に晒されて、ジュリアは徐々に言葉に詰まっていった。
ケリアはその状況に動けずに、ハサウェイはただただジュリアを見下ろしていた。
ジュリアが言葉に詰まり、数秒の沈黙の後、ハサウェイが口を開く。
「……プロとして、扱ってほしいの?」
それはブリーフィングルームでイラムやブリンクスと議論していた時の未来を見据える瞳では無くて、大人が子供に接するような瞳であった。
ジュリアは言葉に詰まったまま、何かを言おうとしてはそれをうまく吐き出せずにいた。
「……じゃあ、どうして様々な危険があるドッグで、ツナギや整備士用の服装をしていない?」
ハサウェイは、ゆっくりと教えを説くようにして話し始めた。
「軍用モビルスーツは、おもちゃじゃない。人の命を乗せて、戦争をするために使われる機械だ」
それは、教師が生徒に、大切なことを教えるような、厳しさを孕んだ口調だった。
「何かの拍子でモーターが吹き飛べば装甲が炸裂してメカニックに襲い掛かるかもしれない。人の胴ほどの太さもあるコードが吹き飛べば、人なんて簡単に焼き殺すほどの電気が流れるかもしれない。沸騰したオイルが肌に直接付けば、メカの奥に手を突っ込むときに素肌なら、ショートした電気回路を復元するときに素肌なら、その危険性はグンと上がる」
話しながら、ハサウェイは徐々に口調を柔らかくしていった。
元より、ハサウェイは怒りを持続できるタイプではない。そして人を冷たく突き放せるタイプでもないだのだ。
ハサウェイは、自分よりも能力の低いメカマンと普段から接していない。
木星へ、道中何があろうとも艦を動かせるように修復するプロフェッショナル、最新鋭のモビルスーツを開発できる能力を持ったアナハイムやサナリィのプロフェッショナル、そして、自分と同程度の能力を持ち、分野によってはハサウェイをはるかに凌駕するビスト技研のプロフェッショナル達。
ハサウェイは怒っていたのではなく、自分は困惑していたのだとその時理解した。
そして、彼女たちにとってはこれが普通だった。マフティーという世界においては、言ってしまえば学生が楽しんで何かを作るレベルの現場においては、これでも良かったのだろう。
だが、もしもハサウェイがプロとして扱うとしたら、意識レベルからしてテリトリーに入れたくないと思うレベルでもあった。
「君たちのメカニックとしての能力は知らない。でも、上半身裸でエプロンだけ付けて現場に入るような人と、それを見て注意もしない人と、僕は一緒に仕事はできない」
ハサウェイは、努めて厳しい口調でそう告げた。
これは線引きだ。ジュリアはそう思った。
身内だけでやるおままごとのような仕事なら何も言わない、しかしそのスタンスを貫くのなら関わってくるな。
もしプロとして仕事がしたいのなら、それに相応しい格好をしろ、と。
覚悟を示せ。そう言われているのだと理解した。その事実に、ジュリアは何処か期待感を覚えた。
ジュリアは、ハサウェイの瞳を見つめ返した。
ハサウェイは、その視線を受け止め、小さく息を吐く。
「イラム、アナハイムのツナギってあるの?」
「ああ、モビルスーツ整備用の特殊素材の奴は在庫にあるはずだ」
「それを着てからおいで。スナイパーのセッティングは僕だけで出すから、横で見て手伝えそうなら声かけて」
「っ、はい!」
速足で駆けるジュリアを追って、ケリアもその場から動き始める。
ジュリアがハサウェイと向かい合う間、ケリアは、ただただハサウェイを見つめていた。
ハサウェイは二人を待ってからジェガンスナイパーに乗り込み、早々にセッティングを始めた。
左手で止まることなくキーボードを打ち込み、全天周囲モニターにいくつものウインドウが開いては消え、その度に右手でマシンの感度と動作をチェックしていた。
二人に対して何か説明をするわけでもなく、ただただ自分が普段することをやって見せたのだ。
「やっぱノーマルだとジェガンは感度微妙だな……重力下だし洋上で水蒸気も多い、思ったよりビームが歪むかもなあ……雨降ると威力減衰もあるだろうし、ビームのパラメーターも変更しとかなきゃか……」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、手は止まることなく動き続ける。
「ビームスナイパーライフルにジェネレーター直結の回路を用意してIフィールドを量子加速に転用できるようにして火力を出させるか。そのためにジェネレーターの出力調整が必要だから制御用コンピューターを書き換えて、簡易型のサイコミュコントローラーとして代用させる」
マシンは情報を更新し続ける。
確実に、安全に、誰でも使えるように調教されていた量産品を、たった一人の為、そして勝利のみを追究した遊びのないワークスマシンへと進化させていくかのように。
ケリアとジュリアは、その異様ともいえる光景を見て、その凄まじさの片鱗を僅かばかりだが理解できていた。
「センサーは……やっぱり良いな。エコーズ用に作られた特殊バイザーの量産品だけど、精度が良い。目視できる範囲はこれだけでいいかもな。光学センサーと熱センサーのスイッチングをショートカットで作成、広域用モニターとのスイッチングもセット。ライフルの威力調整もこれに紐づけてセミオートで」
マシンセッティングは、どこまで行っても感覚の世界だ。
それはジェガンをニューガンダムにできるものでは無いし、新兵をスーパーエースにできるものでもない。
動きが良くなる。ストレスが無くなる。動作が感覚としてスムーズになる。
それが数値として出るかと言われれば、勿論出る。しかし出はするが、そこにのめり込んでも実力が伴わなければ結果は大きく変わらない。
それ故にマフティーのメンバーは、ガウマンを除いてマシンセッティングというものに大して拘ってこなかった。その領域に達していなかったともいえる。そしてケリアもジュリアも同じように認識していた。
セッティングよりパーツの精度、パーツの精度より出力、そして出力よりも装備。
ビームライフルが効かないならミサイルで、ミサイルがダメなら高速機動で、高速機動が上手く行くのなら格闘戦で。
ハサウェイからすれば、それらは全て出来て当然で、状況によってどれを選択するか、どれが一番都合が良いかで選ぶものだったが、マフティーのパイロットたちにとっては、どれも新しく手に入れた魔法の武器のような存在になっていた。
それ故にケリアもジュリアもセッティング=装備変更、その程度の認識しかなかったのだ。
そもそも熱核反応炉の制御用OSを書き換えられる人間はそう多くないし、モビルスーツ用OSを状況ごとに書き換えることは普通ではない。
ロンドベルでもそんなことが出来るのはアストナージ・メドッソとチェーン・アギ程度のものだ。
そして、彼らはそんなことをせずともマシンのポテンシャルを発揮できるエースしかいない、スーパーチームのロンドベルのメカマンである。出来るがそんなことはほぼやらない。もっと別な方法で対応できる。その結果、データが集まる状況にもならない。
対してハサウェイは、年に2回、多い時は3回木星に通うため、過酷な宇宙の環境によってモビルスーツがシステムごとどうにかなる状況に度々晒されていた。そしてそれは、艦にも同様のことが言えた。
限られた資材、限られた人員、限られた時間、その中で、どうにかする。そんな生活が日常となっていた。
OSの書き換えなど日常茶飯事で、突如止まったジェネレーターをアステロイドベルトの中でオーバーホールしたことさえあった。
出来て当然、ではなく、出来なければ死ぬ。そういう環境だ。
デブリの飛来でも死ぬし、海賊が来ても死ぬ。無論とどまり続けても救助など来ないし、どうにかしなくては干からびて死ぬ。
そう言った状況で、ハサウェイは常にスキルを磨き続けてきた。どんな状況であっても、慌てず急いで正確に。
仕事の速さに関して、もはやハサウェイはアストナージに迫るほどの能力を得ていた。
つまり、それほど尋常ならざることをハサウェイは当然のようにしているわけだが、2人はそれを「この程度、プロならば出来て当然」として認識しようとしていた。
これが、本物の、プロの仕事……
その視線には、羨望と、どこな熱を含んだ情動が含まれていた。
ケリアにとって、マフティーとはある種の青春だった。
誰もが出来ないような手段で、世を正していく。
地獄のように熱く、悪魔のように黒く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い。麻薬のような耽美な快感。ケリアはマフティーにのめり込んだ。
しかし同時に停滞感も感じていた。
マフティーという組織は、本質的には自分たちを必要としていない。荒事はガウマンが、裏方はイラムが、拠点はブリンクスが担当し、そしてそのすべてを3人で賄える程度の状況しか対応しない。
多くを見なければ、自分たちは英雄であり、多くを見れば、自分たちは道化でしかなった。
それでも、行き場を失った若者たちにとって、マフティーは自尊心を満たし、若き破壊衝動さえも発散させ、そして何より将来に関する足場を創生してくれる、何もかもを満たしてくれる箱庭でもあった。
不満などない、はずだった。
そこに、正義や真実を求める、若く幼い正義感を持ち込まなければ。
誰もが子供であり、誰もが幼く、真にプロだと言える3人は、自分たちをお客様のように扱っている。
被害妄想も幾分か入っているだろうが、ケリアの賢しらさは多くの可能性を彼女に見せていた。
そんな中、これまで体験してこなかった窮地に遭遇した。
ガウマンが部隊を離れ、ティターンズと推定される部隊が暗躍し、戦力的にも装備的にも不安が残る中で、とある人物を目的地まで送り届けろと。
そしてエメラルダとミツダが回収した人物が、他ならぬハサウェイ・ノアだった。
男子諸君は一緒に回収されたギギ・アンダルシアの美貌に沸き立っていたが、ケリアにとってはギギなどどうでもよかった。
ハサウェイ・ノア。知る人ぞ知る、地球の環境を1年戦争以前にまで巻き戻した救世主。
彼には眉唾物の噂話も多い。
10代前半で戦争に参加しただとか、その戦争で敵機を撃墜しただとか、さらにおかしなもので言えば、あのシャア・アズナブルと戦場で実際に戦った、なんてものもあった。
恐らく彼の父であるブライト・ノアにあやかって、色々吹聴され尾ひれがついたのだろう。
ケリアはハサウェイと同い年である。
ケリアは一度でいいから会ってみたいと思っていた。ミーハー根性もあるだろうが、会えば何かが見えるかもしれない、そう思ったのだ。
プチモビ用OS、民生用モビルスーツの新型OS、ミノフスキーネットシステム、そして噂される超長距離航行用の新型推進システムなど。
世界を確実に革新させたであろう人物に会えば、停滞していた自分の世界が開けるかもしれない。そんな一縷の希望があった。
そして、その直感は決して間違っていなかった。
息を呑んで、ジュリアと共にハサウェイの仕事を見る。
これまで人たちがしていた仕事が、まるでおままごとであったかのようにさえ見る。
思えばガウマンは、自分のモビルスーツのコンピューターに関しては決して触らせなかった。
彼はそういうものだとしか言わなかったが、これを見ればわかる。
これほど巧妙に、精緻に作られたシステムならば、私たちなどが触れて良いものではない。そして、もしもまかり間違ってどうにかされようものなら、いくつもの歯車がかみ合わなくなるであろうことは想像に難くない。もしそれが戦場で起きれば、それは致命的な過誤になり、命の危険をもたらすだろう。
彼が何をしているのか、そこまでは分かる。
だが、何故そうしたのか、それによって何がどうなるのか、結果としてマシンはどう変わるのか、その先は一切理解できなかった。
ウィンドウが開き、即座に内容が書き換えられ、また消えて、別のウィンドウが開く。その繰り返しだ。
分からない。
分からないことが多すぎる。どうすればこの領域にまで到達できるのか、その階段さえも分からない。分からないことが分からない。
プロとアマチュアの差というものを、これ以上なく二人は体感していた。
※
「まあ、こんなもんかな……」
ざっくりとしたセットアップは出せた。あとは実戦でどうか、かな?
「こんなもんです。勿論詰める所はいくらでもあるけど、今回は時間もそうあるわけじゃないし、暫定版としてのセッティングはこんな感じ。あとはハードの方をちょろっと調整すれば終わり」
どう、何か勉強になった?
そう問いかけようとして、二人の表情が余りにも暗くなっていることに気が付いた。
「……僕は、別に二人に僕と同じレベルを求めてはいないよ?」
そう言葉を続けると、二人はパッと顔を上げた。
「二人が専門的な教育を受けてないであろうことは理解してる。僕は工専で5年間勉強して、同時並行でメカニックとして働いていた。メカマンとしてのキャリアは、なんだかんだ15年近いし、結構な修羅場も経験してきたと思ってる」
もしも12歳当時の僕が、今の僕の仕事を見ても、そのすべてを理解することは不可能だろう。理解するためには、失敗も必要になる。こればっかりはマニュアルを読み込めばわかるものでもないし、経験しなければ分からない。
「その上で、まずは体験してほしい。もしも軍用モビルスーツのメカマンとして仕事をするのであれば、どういったことをして、その為にはどういった能力が必要なのかを」
幼さが残る二人の顔を見つめる。
「僕はまあ、大抵何でもできる。何でもできないとダメな場合が多かったから。外装、動力計、関節系、武装、ジェネレーター、制御系、それにOS。メカな部分もコンピューターも、まあ何もかもは出来ないけど、ある程度は大抵できる。だから、その中で『自分はこれならやれそう』をまず見つけてみよう」
「これならやれそう……」
「僕はそれがコンピューターだった。僕は、指で触って0.01mmの誤差を感じ取ることはできないし、立ち姿だけを見て何処がダメかを言い当てることもできない。でも、コンピューターに関しては、それもモビルスーツのOSに関しては結構自信がある。そういう、自分にとって、これだ!というものを見つけてみよう」
何かに自信を持てれば、それは大きな力になる。
あの地獄のようなアクシズ事件の戦場で、必死になってモビルスーツの修復箇所をトリアージし続けた経験は、今でも忘れられない。
そして、今の僕ならばあの時よりもいい仕事が出来る。そういう自信にもなる。
「アラフラ海にいる間は多分平和だろうけど、オーストラリアへ近づけば何が起こるか分からなくなる。今日中に2機ともセッティングを出すから、そのつもりで」
「はいっ」
「了解しました」
しっかりとした声で二人とも返事を返した。
「さあ、かかるぞ」
※
夢を見ていた。
それは、思い描いた理想の世界。
裕福な家庭で、広い家と、広い庭があって、そこには優しい両親がいる。
ギギ、学校の調子はどうだい?ギギ、友達は出来た?
テーブルには入れたてのコーヒーと、生ハムとズッキーニとチーズのバゲットサンド。
それを急いで食べて家を出ると、そこには彼が待っている。
今日は寝坊しなかったね、そう言ってハサウェイが待ってくれている。
彼と手を繋いで、学校へ通って、そして将来のことを一緒に話し合う。
ああ、なんて夢だろう。
これっぽっちもリアリティのない、欲望と願望を煮凝りにしたような、出来の悪い夢。
砂上の楼閣はされど美しく、夢幻であろうとも甘露のように身に沁み込む。
溶けて、流れて、それは滴り、そして、徐々に色を含んでゆく。
それは赤く、そして黒く、生暖かさを保持したまま、掌にへばりつく。
そして、闇夜の路地裏で転がった、あの生首と、また視線が交錯する。
「い、いやあぁぁーーーーーっ!?」
硝煙が、土煙が、血煙が、閃光を伴って蹂躙する。
ダバオの街は焼き払われて、必死になって炎から逃げる。
逃げて、逃げて、逃げて……
そして、彼に手を取られた。
「ギギさん!!」
ハッとして目が覚めた。
ギギの瞳に最初に映ったのはハサウェイだった。ハサウェイが手を取って、肩を抱いて、私を守ってくれている。
「大丈夫です、戦争は終わりました。もう大丈夫です。大丈夫なんです」
息が切れる。呼吸が乱れる。視界の焦点が上手く合わず、そして時折光が灯って、暗転して、昼か夜かもわからなかった。
それが、徐々に正しく世界を知覚できるようになっていく。
「ハ、サウェイ……?」
「ギギさん。大丈夫。大丈夫だよ」
ギギはハサウェイの胸に自分の体を預けた。感じるのは、体温からくる温もりと、筋肉からくる柔らかい感覚。そして石鹼と微かに感じる汗の香り。ギギはその温もりと香りを胸いっぱいに吸い込んで、何度も深呼吸を繰り返した。
1分もするとギギの呼吸は落ち着きを取り戻し、尚も安心を求めようとハサウェイの腰へ手を回そうとしたところで、ハサウェイがギギを優しくベッドへ戻した。
「落ち着いた?」
「……ええ。でも、まだ少し……」
「初めて戦場に立ったんでしょう?仕方ないことだと思いますよ。どこか痛みは?」
「大丈夫、だと思うけど……」
「もしかしたらむち打ちになっているかもしれないので、痛みを感じたらすぐに言ってください」
「ええ……」
人を呼んできますから、と言って離れようとするハサウェイの手を、ギギは手を伸ばし掴んだ。
「もう少し、このままでいて……」
か細く囁くギギの声が、ハサウェイには酷く幼く感じられた。それはまるで、夜に幽霊を怖がる少女のような儚さを孕んでいた。
ハサウェイはチェーミンを、そして以前のクェスを連想し、幼く小さな少女のようなギギを放ってはおけなかった。
ハサウェイはベッド脇の丸椅子に再び腰を下ろし、ギギの手を両手で握り返した。
※
マフティーのモビルスーツ部隊は、良くも悪くも荒くれ者のような輩が多い。
そもそもマフティーに在籍する若者が全員アウトロー一歩手前だったのも関係するが、兎にも角にも我が強いのだ。容易に社会に迎合できない程度には。
その中でもモビルスーツパイロットというのは厄介である。さらに言えば、彼らは曲がりなりにも結果を残してきたパイロットだ。
戦場での勝ち方、生き残り方、そう言った己を生かすための独自のルールを様々に設定している。そして、そう言った我を通すことで勝ち抜いてきたのだと彼らは自負している。
いくらハサウェイに圧倒されようとも、いくら部隊のエースだったガウマンがハサウェイを認めていようとも、そんなものは自分たちには関係ないのだ。
ここはマフティー・ナビーユ・エリンだ。どれほどの凄腕だろうと、我々の前で実力を示してもらわなければ始まらない。たとえ自分たちよりはるかに実力のあるガウマンが、自分よりもはるかに強いと評価をしてもだ。
そこには譲れない一線があった。
ましてやハサウェイは、持っている側の人間だ。
家柄に恵まれ、お金に恵まれ、環境に恵まれ、何もかもを得てきた、所謂勝ち組だ。
反骨精神、というには些か以上にみすぼらしいやっかみだったが、それでも納得できないものはできない。
まず突っかかったのはゴルフだった。
強いんだって?ちょっと稽古つけてくれよ、と。
他のパイロットたちもその行動を咎めるようなことはしなかった。さらに言えば、ケリアとジュリアを除いたメカニックたちもその行動に同調していた。
俺たちだって修羅場をくぐってきたのだ。お前は俺たちと肩を並べて、そして俺たちと共に戦い、仲間を守れるだけの実力があるのか?と。
ガウマンという仲間が、自分たち以上に信頼を置いている風に見えるハサウェイ。
自分たちと違って順風満帆な人生を送っているように見えるハサウェイ。
ギギという美女を連れ、イラムとブリンクスも早々に歓迎した、なんとなく気に入らないハサウェイ。
実力が足りているのならそれはそれでよし。喧嘩して仲良くなったと自分たちを納得させられる。だが、それでも1発2発くらいは痛い目見てもらわなきゃな。
もしも実力が自分たちに満たないようであれば、その時は遠慮なしにずけずけと言ってやる。色々とたまっていた鬱憤を晴らしてやろうと。
要するに気に食わなかったのだ。だから喧嘩を吹っ掛けた。
そして、そんなことしなければ良かったと、パイロットチームは早々に後悔した。
『動け動け!止まってたらただの的だぞ!』
柄にもないハサウェイの呼号が響く。
ゴルフはシミュレーターの中で、必死になって機体を動かしていた。
コクピットに流れるハサウェイの声も、聞こえてはいるが咀嚼できないほどに、鳴り響くロックオン警告から逃げようと必死になっていた。
『直線的ではなあ!当ててくれと言っているようなものだぞ!』
ハサウェイはつかず離れずの距離でゴルフの後方に付き、ゴルフはそれを振り切ることが出来なかった。
『君たちの乗っているそれは機動兵器だぞ!機動せずしてどうする!?』
「くっそっ、フェンサー!」
「分かってる!」
フェンサーがハサウェイを引きはがそうと牽制射撃をするが、微かな回避行動で完璧に避けられる。
『殺る気のない弾に何の意味がある!しかも中途半端なその距離で!』
ハサウェイがゴルフからフェンサーへと照準を移す。それに対応してフェンサーも回避行動に移る。
しかし、回避したその先に攻撃を置かれ、ただの一発で撃墜判定を食らう。
「くそっ!!」
『悪態をつく暇があったら前に出ろ!何のための訓練だ!』
ハサウェイはそう叱責しながら、やはり一撃でゴルフを墜とし、6度目の撃墜判定を渡した。
「ここっ!」
『中途半端だと言っている!』
機を伺っていたハーラがハサウェイがゴルフを撃ち墜とした瞬間に狙撃を試みた。だが、それも当然のように回避されて返す刀で撃墜判定を食らう。
『それで隠れたつもりか!?』
遮蔽物に機体を隠し、タイミングを図っていたエメラルダとロッドは、誘い出すための一発にまんまと嵌って、慌てて飛び出すも、行動を読まれ機体の行く先に置かれた攻撃に直撃し、撃墜判定を出された。
『言ったはずだぞ!5機がかりで僕を撃墜出来ないようなら、この先のティターンズとの戦闘で君たちはただの的でしかないと!』
ハサウェイは普段使うことのない強い口調で叱責を続けた。
『もう一度だ!パイロットとして戦場へ出たいのなら、この程度は平然とクリアして見せろ!!』
最初は一対一の模擬戦から始まった。
ステージはジャングルにほど近い森林地帯。それはオーストラリアの地形を反映させたものでもあった。
機体は普段マフティーが使用しているジェガンで、OSから装備からすべてノーマル。条件は完全なる五分と五分。
ゴルフは、ハサウェイの実力を試してやろうと意気揚々とシミュレーションを始めた。
しかし、開始して早々に、ゴルフはハサウェイを見つける前に撃墜判定を食らった。
ゴルフは何が起こったか理解できていなかった。システムの故障か?とさえ最初は思ったからだ。
『あの、今のは何です?』
そして状況が呑み込めなかったのはハサウェイも同じだった。
戦闘が始まったのに、敵が戦闘機動も取らず、隠蔽もせず、戦場でふらふらしていたから、ほぼ反射的に撃ち抜いた。
勿論、ゴルフからの視線は完全に切って、ハサウェイのみが敵を確認できる状況で。
もう一度だ!今のはたまたまだ!とゴルフが再戦を持ち掛け、ハサウェイも了承。
2戦目が始まったと同時に今度はゴルフも動き出した。ハサウェイはどこだ?今度はこっちから仕掛けてやる!と空中で踊り始めた瞬間に、同じくコクピットを一撃で撃ち抜かれ撃墜判定を食らった。
ゴルフはその時になって、ようやくハサウェイが自分とは全く違うステージにいるのかもしれないと理解し始めた。
同じくしてハサウェイも背筋に冷たいものを感じ始めていた。
イラムから聞いてはいた。マフティーにプロはいないと。だが、そのレベルというものをハサウェイはある程度高く見積もっていた。
ガウマンが指揮をとっていた部隊だ。まあある程度のレベルにはあるだろう。ロンドベルの新人レベル、まで求めるのは酷かもしれないが、それに準ずる程度の能力はあるだろうと。
なにせガウマン自身が凄腕なのだ。
単純なモビルスーツ戦闘の技量で言えばガウマンはハサウェイに敵わないが、これが地上での奇襲やゲリラ戦となれば話が変わる。
ガウマン単独で、条件さえ合えばモビルスーツ1個小隊程度は無傷で撃墜できるだろう。それも、敵に自分を視認させることさえなく。
マフティーは正面戦闘を避けた奇襲が主だった戦闘方法だとイラムから聞いていた。そのためハサウェイは、マフティーのモビルスーツ部隊とは、究極の一撃離脱を目指した特殊技能を持ったパイロットたちの部隊だと思っていた。
勿論、プロでは無いという言葉から、そう言った部隊を目指す発展途上の部隊なのだと。
それ故にハサウェイは少し楽しみにしてもいたのだ。
一撃離脱と奇襲の戦法は、ハサウェイの十八番でもある。
超長距離からのスナイピング、中遠距離でのファンネルによるオールレンジ攻撃、そして近距離でのファンネルを併用したドッグファイト。
宇宙でのハサウェイの基本的な戦闘スタイルである。
しかし、地上においてはそのすべてが不可能と言っても過言ではない。
重力下ではファンネルは使用できないし、宇宙と違って地球には重力があり、水平線と地平線がある。広大な宇宙であれほど有用だった、最大射程10万キロメートル超長距離射撃も、地上戦闘においては無用の産物だ。
水平線までのおよそ15kmを、敵が頭を出した瞬間に撃ち抜くことは可能ではあろうが、それはエーススナイパーというジャンルで言えば特段優れた能力でもない。
恐らくアムロ、ボッシュ、シャア、フロンタル、アンジェロ、カークス辺りは同じことが可能だろうとハサウェイは判断した。
地球上では、自分はあまり能力を発揮できない。それがハサウェイの自己評価だった。
しかし、ガウマンが選定した部隊のメンバー、ガウマンをエースとした部隊ならば、何か新しい知見を与えてくれるのではないか。
ハサウェイはそういった期待を抱いていた。
しかし、箱を開けてみれば中々の惨状だった。
ゴルフの後に全員と模擬戦をしてみたものの、甘く見積もって中の下。厳しく評価すれば下の上。それがマフティーのモビルスーツ部隊の実力だった。
もしも宇宙空間でこのレベルの敵が居れば、多分全滅させるのに10秒かからない。ハサウェイはその事実に苦虫をかみつぶした。
当初より、ハサウェイは基本的な戦闘は全て自分が請け負うつもりであった。
EWACジェガンで広域索敵をし、戦闘状況になる場合は水平線の向こう側へビームを重力で曲げ、曲射射撃で大半を無力化させ、それでも向かってくる敵は水平線から見えた瞬間に撃ち墜とそうと。
ジェガンスナイパーカスタムのスペックであれば、それが可能だとハサウェイは確信していた。
しかし、サイコガンダムはそうはいかない。
ジェガンスナイパーの火力では、ジェネレーター直結回路を用いた簡易可変速ビームをもってしても、サイコガンダムのサイコフィールドを破るのは不可能であろう、そう推測していた。
となれば、サイコガンダムともし遭遇した場合、取れる手段は撤退しかないのだ。それも、足の速いサイコガンダム以外の敵を行動不能にし、なおかつ負傷した敵機を連中に回収させて、敵部隊の状況を逼迫させた上での撤退である。
その場合、サイコガンダムを放置して、ハサウェイが敵部隊を壊滅させる必要性が出てくる。
ハサウェイがサイコガンダムを相手し、その間に味方に敵部隊を相手してもらう作戦も一瞬脳裏をよぎったが、実力的に不可能だろうと判断し没となった。
当然だが、母艦を沈めさせるわけにはいかない。サイコガンダムのようなデカブツと母艦周辺での戦闘などあり得ない。
モビルスーツ部隊は、敵部隊が壊滅するまで、艦から離れてサイコガンダムを足止めしなくてはならないのだ。
それはかつて、フロンタルとハサウェイが、たった二人でネオジオングを相手取った時とよく似ていた。
しかし、今のままでは足止めどころではない。
飽和攻撃の前に成すすべなく撃ち墜とされ、壁の役割さえ果たすことは叶わないだろう。
逼迫した状況を理解し、ハサウェイは決心した。
数日の訓練で、彼らの才能をこじ開けると。
「休憩を挟んで次は訓練プログラム。今日はレッスン15まで」
ハサウェイは誰かを教導した経験が無かった。インダストリアル7とサイド3ではバナージを、シドニーでヨナを、訓練、というよりは模擬戦をしていたが、それ以外ではハサウェイは基本的に教わる側だった。
教導そのものが慣れないことではあったが、ハサウェイには慣れ親しんだお手本が居た。
アンジェロである。厳しく、正しく、的確に。何をどうすればいいかを伝えて、こうするのだと手本を見せる。そして出来なければ叱責し、ダメな点を指摘して、再度チャレンジさせる。
後はこれの繰り返しだ。
アンジェロは端的で、何よりも的確だ。そしてその佇まいと気高さに、ハサウェイは美しささえ感じていた。
アムロはパイロット技能以外は割とダメな人間だし、フロンタルはあまりにもカッコイイ大人すぎて参考にできないし、シャアはあんなだし。そういった意味でも、アンジェロはハサウェイにとって最も身近で、尊敬すべき兄貴分であった。
いつかこんな風にカッコいい人になりたいな、と思いながら、ついぞ変わることなく、出会った頃のアンジェロの年齢を追い越していた。
彼らを教え導く。
それは想定されうる最悪の状況を覆すためでもあり、何よりも彼らを生かすために必要なことでもあった。
その為、ハサウェイはアンジェロを真似て、普段使わないような厳しい口調でもって教導を始めた。
ハサウェイが去った後、マフティーのパイロットチームは屍のように床にへばりついていた。
息も絶え絶えで、もはや軽口を叩くほどの元気も無かった。
「……ヤバすぎる……」
それでも漏れ出る言葉は、ハサウェイの苛烈さを端的に表した感想でもあった。
「あれが……パイロットの頂点に程近い人間か……」
しかし、そこには訓練以前にあった侮りも傲慢さも無かった。そこにあったのは、畏敬の念、そして僅かばかりの憧憬。
そして、それほどの存在が自分たちにここまで手を尽くしてくれるという、何とも甘美な優越感。
確かにハサウェイの教導は苛烈だった。
しかし、そこに出来ないことを嘲るような、上位存在からくる侮蔑は一切含まれていなかった。
マフティーのメンバーはどこまで行ってもはぐれ者だ。人の悪意を誰よりも感じてきた。
しかし、ハサウェイの教導にはそれが無かった。
むしろ役に扮しているかのような、鬼教官を演じているかのような違和感を感じ取ったほどだ。
恐らくハサウェイの本質は、ブリーフィングでイラムやブリンクスと話していた通りの、優しく温かい人柄なのだろう。
ハサウェイは叱咤することはあっても、それらは全て的確な改善指導の延長線にあった。
敵を探せ、どこから撃たれたら避けられないかを想像しろ、適当に飛ぶな、撃つ時は落とす覚悟で撃て、とりあえず撃つな、当てる気のない牽制に意味など無い、敵の位置を常に把握し続けろ、回避機動は常にランダムで行え。
言われたことが何もかもできるわけでは無いが、それでも収穫はあった。誰もがそう感じていた。
良くも悪くも丁寧に過ぎて一歩遅れるエメラルダは、丁度いい塩梅というものが分かり始めていた。
敵を見過ぎて行動が雑だったフェンサーは、いい意味で集中力を分散させる方法を見つけ始めていた。
敵に食いつき過ぎて前のめりに過ぎたゴルフは、周辺の情報から処理すべき優先事項の判断が出来るようになり始めた。
全体を俯瞰しようとして何もかも中途半端だったハーラは、状況によって力を入れるべき行動をどう振り分けるかの重要性を理解し始めていた。
味方機との連携を重視するあまり行動に主体性を持てていなかったロッドは、攻撃によって機先を制し連携に余裕を持たせる重要性を理解し始めていた。
たった数時間の教導で何かが劇的に変わることなどありはしない。
しかし、肉体に残る疲労感と、何とも言えぬ心地よい達成感が、自分たちをほんの少しだけ成長させてくれた。そんな風に思えた。
読了ありがとうございました!
本当に気分で書けたり書けなくなったりする……毎週とか毎日更新できてる作家さんって本当に凄い。尊敬します。
誤字報告いつもありがとうございます!前回はだいぶ誤字多かった、読み直してこれなんだから、ねえ?ちゃんとせい私。
そして感想、高評価、お気に入り登録ありがとうございます。
久しぶりの更新だったのに、たくさんの感想をいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!
引き続き感想、高評価、お気に入り登録など、よろしくお願いいたします。