ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話   作:陸奥九十九

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皆様感想と高評価ありがとうございます!大変励みになります。
今回プチモビをハサウェイに整備させようと思っていたのですが、それ以上に手のかかる車が出てきて全然プチモビに触れませんでした。
ガンダム色が薄すぎる、この小説。


魔力を持つもの フェラーリ・テスタロッサ

プチモビという機械は、複雑そうで複雑でない、ちょっと複雑な機械だった。

バッテリーで動く分エンジンのような複雑な心臓はないけど、その分手足がついていて制御系が複雑で、ただ、レバーで動く油圧式の腕と、アクセルペダルで基本動作が完結する足は、ゲームのコマンド入力程度の簡単な制御だったため、思っていたよりは単純だった。

結論、頑張ればどうにかなりそう。

 

まず重力下でうまく動かなかったのはバランサーの設定のせいだ。無重力下で姿勢制御を取るプログラミングが、圧力のかかっている重力下での情報を処理できなくなっていた。まずはそれを書き換える必要があった。

プチモビはそこらの建設現場でもよく見るし、ヤードにいくらでも資料があったし、ネットを漁れば改造プログラムがこれまたいくらでもあった。

それら資料を参考に、バランサー含めコントロールモジュールを書き換えていく。宇宙でも重力下でも使用可能なタフな機械のため、ハードは全く手を加える必要が無かったし、ソフト面に関しても手足の作業用の動作は共通化されていて、1週間でOSの書き換えも完了した。

 

実際に操縦して見ると、これは確かに良い。動くときにガションガションうるさいし、それなりにスペースを取りはするが、これまでいちいちエンジンクレーンで釣って、台車に乗せて、ないしエンジンスタンドに乗せて、なんてやっていた作業も、プチモビ一台で完結する。融通の利く万能なフォークリフトって感じだ。これは素晴らしい。スーパーマンになった気分だ。

バイクに乗って遠くへ行く、車に乗って遠くへ行く、それと並ぶほどに、プチモビでする力仕事はある種の感動がある。

 

ではなぜプチモビを直す必要があったのか。祖父ちゃんに言われたから?それもある。置き場所に困ってたから早々に片付けたかった?それもある。でも最大の理由は……

 

「これでやっと、このバカでっかい12気筒エンジンを動かせる」

 

作業効率を上げるためである。

 

 

 

フェラーリと聞いてどんなモデルを思い浮かべるだろう?V8自然吸気?V8ターボ?はたまたV6ターボ+ハイブリットシステム?色々なイメージがあるだろう。どれも素晴らしいものだ。

そう、整備する必要が無いならね。

 

祖父ちゃんが新しくもってきた車、フェラーリ・テスタロッサ。

これもヤシマヘリテイジコレクションの一台である。そして不動車である。もう一度言おう、不動車である。

GT-Rと同じく外装はすさまじく奇麗なのだが、とにもかくにもエンジンがかからない。バッテリーだセルモーターだというレベルなのかもわからないが、バッテリーを新品に交換し、キーをオンにしても電気がつかないので、どっかしらがショートしているのだろう。

初めてのイタリア車が12気筒のフェラーリである。しかも挟み角180度のお化けエンジンである。最初のイタ車はフィアットとかランチアあたりが良かったよ……。

 

まずはセルモーターを外して通電確認。問題なし。一応リアカバー外してブラシも確認しておくか……うん、こっちも問題なし。セルモーターが原因じゃない。

次、キースイッチ回りの通電確認。キーボックスをばらす。

 

「わあーお……」

 

キーシリンダーの接点が異様に減ってるし、あと異様に錆びついてる。なんじゃあ、こりゃあ……?通電しなかったのはまずこれが原因じゃなかろうか?イタリア車の電装系は華奢と聞くけど、こういうところまでこうなのか?

まあ良いか、なんにせよこのキーシリンダーを交換すれば万事解決だろう。ヤードにストックがあって良かった。

組み直し、キーを刺しオンへ回す。……通電せんなあ。コンソールがうんともすんとも反応しない。

 

「まじかあ……」

 

キーボックスのリレー関係がだめなのか?よし落ち着け。まずキーを回しても通電してない。つまりキーが回ってると認識されていないんだ。まずはキーの周辺。配線を見直すところから始めよう。そもそもバッテリーから電気が来ていないのかもしれない。となれば、どこから配線を見直せばいいんだ?

 

「これは、面倒くさいぞお……」

 

あのボロのGSXでも、ポルシェでも、GT-Rでもこういうことは無かった。フェラーリ、思った以上に手ごわいかもしれない。

 

 

結論から言えば何処がだめ、ではなく、全体的にダメだったのだ。

分かっていたが、フェラーリという車は、テスターを当てて、ダメなところを交換すれば万事解決!なんて分かりやすい車ではないのだ。専用のテスターを販売しているくせに。結局のところ劇的な解決手段などなく、最終的にエンジンに関わる配線を手あたり次第通電確認していくしかなかった。

このチェックでショートは発見できた。発見できたのだ。劇的な手段が無ければ地道にコツコツと。一つずつ問題を解決するしかない。その地道さの大切さを、僕は改めて知ることができた。

うんうん、良かった、良いことだ。さて、ここでクエスチョン。今回のショート、いったい何箇所発見できたと思う?

……うん、そうなんだ。どこか一か所ショートしてて、そのショートは何処だったと思う?じゃない。何か所ショートを発見できたと思う?

答え:三か所。ふ〇っきゅー。

何なんだイタリア車ってやつはよお!ああ!?てめえ何いっぱしの工業製品面してやがんだよ!ああん!?というかヒューズボックスの形状自体が古いんだよ!てめえは1950年代のアメ車かってんだ!あとなんでちょこちょこ焦げた跡があるんだよ!どういうキャパの設計してんだ!その真っ赤なフェラーリレッドは燃え盛る炎を表現してんのか!?燃焼室以外で燃え盛っていい車なんてこの世に存在しねえんだよ!同世代の964RSとR32はもっと現代的だったのによお!乗用車を名乗るんだったらもうちっとまともな設計してから出直して来いやあ!馬鹿がよお!!

 

……ふう、取り乱して済まない。機械に当たったって状況は良くならない。車は雑に扱えば雑に壊れてしまうんだ。こんな精神で車の修理をしてはいけない。まったく、僕の未熟さ加減と来たら。まだ修理は始まったばかりだというのに、つい熱くなってしまって……え、修理は始まったばかり?本当に始まったばかりじゃん。

え?ここからエンジンおろして、少なくとも腰上オーバーホールすることが決まってるのに?え???

 

……よし、前向きに考えよう。どこが壊れてるかわかんなくて、最も作業がはかどらない電気関係の修理がおおむね終わったんだ。ここから先は機械関係。しかも名機と名高いフェラーリの挟み角180度のV型12気筒エンジンだ。365GT4BBから続く名機だ。そんな名機を触ることができる。うん、素晴らしい経験だ。そんな素晴らしい経験を僕は味わうことができるのだ。そうだ、悪いことじゃない。

悪名高き黎明期のボッシュのインジェクションシステムだとか、必ず壊れるで有名な燃料ポンプだとか、タイヤ並みに定期交換が必要なオイルポンプだとか、そういったところからは一切目を背けるぜ!何も!起こらないことを!願って!!フェラーリなんかに負けないんだから!

 

 

フェラーリには勝てなかったよ……。

もう、ね。僕が間違っていたんだ。フェラーリをポルシェやニッサンなんかと比べちゃダメなのに、フェラーリは車の形をした芸術作品で、まかり間違ってもタフな工業製品の感覚で触っていいものじゃないのに、どうにかなるって、勘違いしちゃってたんだ……。

 

まあ、酷く手間はかかったけど、とりあえず良し。良しということにする!

エンジンに致命的な欠陥はなかったし、バカでっかいツインプレートクラッチもまだ交換は必要ないし、クラッチカバーも問題なさそうだった。ただ、トランスミッションからオイル漏れしていて、原因はレリーズからのオイル漏れだった。シール類とパイロットベアリングを交換した。

エンジン本体は、ヘッドからのオイル漏れ、クランクシャフトのオイルシールからオイル漏れが確認できた。どちらも経年劣化からくるもので、まあ予想の範疇と言えば予想の範疇である。

ただ、基本設計の時点で、明らかに冷却系が弱い気がする。それなりに大きいラジエーターとオイルクーラーはついているが、どちらも「走行風を取り入れて冷やす前提」での設計で、停止状態や低速走行ではどうなのだ?と感じた。

左右振り分けのラジエーターをドア後ろのエアインテークから走行風を取り入れて冷却し、それで足りなければファンで強制冷却できる仕組みだが、空気が抜ける先がない。

しかもミッドシップだから、フロントエンジンのようにボンネットに排気ダクトを開けて冷却効果アップ!なんて簡単に行けるわけでもない。

そもそもこの車はヘリテイジコレクションなので見た目は純正でないとダメなのだ。

 

劇的な解決策はない。強いて言うのなら、この車を40km/h以下で走らせるな、といった程度だ。

 

「ままならないなあ」

 

セッティングやチューニングで、その車の基礎設計を根幹から変えることはほぼ不可能だ。勿論技術さえあれば、FFの小型車のパワートレインを丸っとリアに移設して、MR車に仕立て直すことも、FR車の前輪にドライブシャフトを通して4WD車にすることも、出来ないわけじゃない。そう、技術的に不可能ではないのだ。

ただそれは、凄まじく大掛かりな手術が必要なうえ、そこまで手を加えるとベースとなった車のそもそもの乗り味や外観などを維持することは不可能になる。

 

少なくとも今の僕に、このテスタロッサに少し手を加えて、壊れないテスタロッサにすることはできない。

 

「難しいな」

 

機械いじりは難しい、そう思った。

出来ないことはできない。当たり前のことだ。12気筒エンジンを載せたエンジンルームに空いているスペースなどないし、フロントトランクをつぶして、ラジエーターとオイルクーラーを車体前部へ移設する、なんて技術も、今の僕にはない。

いや、964を参考にオイルクーラーとラジエーターをフロントへ移設することはできるか?

 

「行き詰ってるのかい?」

「うお!祖父ちゃんか、びっくりしたあ。」

 

急に声かけないでよびっくりするじゃん。

 

「何が難しそうなんだい?」

「えーと、冷却関係かな?」

「修理できないところでもあった?それとも、パーツが無い?」

「いや、機械的な部分は大丈夫なんだけど、その、ノーマルのままじゃ冷却がちょっとしんどくない?って思って……」

「ああ、純正のままだとキャパが足りないってことかな?」

「うん、サイド振り分けのラジエーターって、基本の設計思想は良いと思うんだけど……」

「スペースが少なすぎて冷却が追いつかなそう、そう思ったわけだ」

 

祖父ちゃんの返答に、うん、と返す。

 

「それで、ハサウェイはどうしようと思ったんだい?」

「ちょっと手を加えるだけじゃ、どうにもならないなって」

「そうだね。ただ、どういう状態で冷却が足りなそうだと思った?」

「それは、長時間のアイドリングとか、低速走行状態とか」

「うん、そうだね。ただ、そもそもフェラーリはね、そういった走行状況ははなから考慮に入れていないんだ」

 

祖父ちゃんがあっけらかんと言い放つ。それに思わず、僕はぽかんと呆けてしまった。

 

「フェラーリはね、レース屋さんなんだ。創始者のエンツォ・フェラーリからして、レースをしたい、レースで勝ちたい!ただ、レースをするには莫大なお金が必要になる、お金が足りない。そうだ!レーステクノロジーを盛り込んだ市販車をお金持ちに売って、得たお金でレースをしよう。そんな思想のもとに、フェラーリは設計されているんだよ。」

 

祖父ちゃんがとくとくと話す。

 

「そして市販車となったフェラーリも、あくまでサーキット走行やスポーツ走行を前提とした設計なんだ。トヨタやワーゲン、ホンダのように、どんな状況でも、どんな用途で使っても、5年は壊れません、10年は壊れませんなんて、そんな頑強な設計はしていないのさ」

「じゃあ、冷却関係についても……」

「暖気が終わったらすぐに走り出す。低速走行?ああピットロードの60km/h制限のことかい?ってね。まあ、そこまで極端ではないけれど、それこそ、気温40度の炎天下に渋滞で捕まってアイドリングで30分、なんて状況は、フェラーリははなから想定していないんだよ」

 

アメリカンジョークでもいう様に大げさに、祖父ちゃんが肩をすくめて笑う。

 

「例えば、ポルシェ911のように、エンジンはリア、でも冷却が必要なオイルクーラーは、走行風が一番当たるフロントに持ってくる。ラジエーターは、導風板を新設して、リアバンパーをぶった切って、しっかり風の流れる経路を作成する。耐久レースを走らせるとかなら、そういうチューニングも全然ありだと思う」

 

ケーニッヒ・テスタロッサなんて、そこにさらにツインターボまでぶち込むしね、と祖父ちゃんが言う。

 

「要は用途と要件なんだよ。このフェラーリを日常の足として使うのなら、そういった方向でのチューニングも全然ありだと思う。ただ、今回はそうじゃないからね。この車は、ハサウェイが仕上げてくれた後、テスト走行をして、最終的には博物館で展示される。その後は定期的にエンジンをかけたり走らせもするけど、日常使いという最も過酷な状況での使用はまず無い。だから冷却関係は、やるにしてもノーマルプラスアルファまででいい」

 

ハサウェイ覚えておいてほしい、祖父ちゃんは僕に視線を合わせてこう言った。

 

「やらなきゃいけないこと、出来るけどやらなくていいこと、出来ないこと。この3つをちゃんと判別できるようになりなさい。そしてその判別の方法は『何を目的とするか』だよ?」

 

その言葉が、酷く胸に残った。

 

 

走り出したフェラーリは、あの気難しいほどに面倒だった整備と違って、意外にもフレンドリーな乗り味だった。

5リッターエンジンのトルクは太く、庭先で振り回す程度なら2速ホールドのオートマ状態、峠を走らせても基本2速、時折3速に入るか?といった具合だった。レッドゾーンは6800rpmだが、3000rpmも回せば十分な加速をしてくれる。

中低速ではGTカーのようなどっしりとした安心感がある、だが5000rpmを超えると……

パアアァァーーーン!と甲高いエキゾーストを咆哮し、最高に気分の上がるスポーツスターにもなる。

ただ、スピードレンジを上げていくと最高のエンジンとは裏腹に、ボディの不安定さが目立ってくる。いや、率直に言ってまっすぐ走ってくれない。ペースを上げるとそれがより顕著になる。

ポルシェのようなかっちり感も、GT-Rのような安心感もない。エンジンばかりが目立つし、エンジンが目立てばそれ以外の粗が見えてくる。

轍にタイヤを取られて車体が振れるし、オーバーステアかと思ってカウンターを当てると今度は揺り戻しが来る。

 

「すごいなこれは……」

 

冷や汗が出てくるような感じ。

多分、足を固めてもダメな気がする。むしろボディにより強い力がかかって、さらにピーキーな挙動になる可能性もある。足を変えるなら、ストローク量をしっかり確保して、ソフトに衝撃をいなす方向性で。

ボディも剛性感が無い。如何ともしがたい走行フィールは、結局そこに尽きる。ボディが応力を受け止めてくれないから、ステアフィールもおかしく、接地感も感じづらい。GT-Rほどの強度は必要ないが、峠を楽しく走れる程度に手を加える必要がある。

 

祖父ちゃんの言葉が胸によぎる。何を目的とするか?分かってるよ、祖父ちゃん。

テスタロッサのカタログスペックは、最高速290km/h、ゼロヨン(0-400m加速)13.6秒。数字を追っていけば、きっとすさまじいスポーツカーになるのだろう。

 

でも、そうじゃない。

そうじゃない視点で、この車を直すんだ。この骨董品のような車を、スポーツカーとして復活させるのだ。

 

道筋が見えた気がした。

 

 

テスタロッサが完成した、という知らせを聞いて、ゲンイチロウは仕事を早々に切り上げ、すぐさまヤードへ向かった。

ハサウェイにテスタロッサを渡したこと、ゲンイチロウは一抹の不安があった。それはハサウェイへの技術的な不安ではなく、フェラーリという生き物のような車を整備する難しさ、という点だ。

車の両極端とは何かと考えた時、例えば磁石のS極とN極だったり、音楽のクラシックとロックだったり、車においてそれは、ポルシェとフェラーリだとゲンイチロウは考えていた。

どこまでも安心して、キッチリしていて、この車なら死ぬことは無い、そう思わせるのがポルシェだとするならば、最高に気持ちがいい、こいつとなら死んでもいい、そう思わせるのがフェラーリだと。

ハサウェイは理詰めでものを考える。考えられる。テスタロッサの冷却関係に不安を持ったのもそうだ。市販車として、公道を走る車として考えた時に、純正の冷却関係では不安が残る。よくぞ気付いた、フェラーリのレーシングヒストリーを知るわけでも、市販車としてのフェラーリの歴史を知らないハサウェイが、現車をみて、何の先入観もなくそう思った。素晴らしいと思う。そして、その解決策が、ハサウェイの頭の中にはいくつかあったのだろう。ただ、酷く大掛かりですぐに出来るものではなかった。それゆえにハサウェイは悩んでいた。

ハサウェイは掛け値なしに良いメカマンになるだろう。だが、まだ経験が足りない。

そんなハサウェイが、あのどうしようもなく不完全なフェラーリを、どういう方向へもっていくのか。もし964RSを参考にするならば果てしない沼が待っている。GT-Rでもそうだ。ドイツ車や日本車のような、工業製品としての正しさを、正しい方向性へ進む素性を、フェラーリはそもそも持っていないのだから。

 

不安を抱えながら、ゲンイチロウはGT-Rの車内から、ヤードの前に停車しているその車を発見した。

思わず息を呑む。フェラーリだ。フェラーリ・テスタロッサ。特段外観に大きな変更はないし、これまで何度も見てきた車だ。何が変わったかと言われると、何とも言えない。

だが、存在感がある。

 

GT-Rを降り、助手席でPCを操作するハサウェイに声をかける。

 

「やあ、ハサウェイ」

「ああ。祖父ちゃん。お疲れさま、早かったね?」

 

ハサウェイが笑顔で応える。

 

「完成したんだね、テスタ。なんというか、雰囲気あるね」

「本当?車高をちょっと落としたからかな?結構大変だったから、そういってくれるとすごく嬉しい」

 

自信作だよ。そういってハサウェイがPCを閉じる。

 

「もう、走らせられるのかい?」

「うん、今のでECUもリセッティングできたし、オールOKだね」

「じゃあ、乗らせて頂こうかな?」

 

ゲンイチロウがテスタロッサに乗り込む。

 

「何か注意事項とか、ある?」

「?とくには」

 

そっか、と返答し、ゲンイチロウがキーを回しエンジンをかける。

キュルブオオォォーーーン……。

凄いな、一発で、しかもセルが回ってすぐにエンジンがかかった。ゲンイチロウは驚嘆の笑みをこらえていた。

ブワァン、ブワァン、ブワァーン。アクセルに即エンジンがついてくる。思わず笑みがこぼれる。

 

「良いねえ」

 

水温60度、油温90度。さっきまでセッティングで走らせていたのだろう。このまますぐに走らせられる。

1速に入れ、アイドリングのままクラッチを繋ぐ。スッ、と車体が動き始める。まだ車重を感じさせる極低速域だ。

1速でゆっくりと加速し、次のギアへ行こうとして、逡巡する。このテスタロッサは2速が入りづらいマシンだった。ミッションが温まっていても、回転数が合わないとこのテスタロッサは2速に入りづらい。フェラーリではよくある現象だ。ゲンイチロウもその点は把握していた。だが、ほんの少し期待があった。

2速へシフトレバーを運ぶ。カコン、と吸い込まれるようにシフトゲートに収まった。

 

「ははっ」

 

心からこぼれた笑みだった。こういうなんてことない操作で、なんてことないことが当たり前にできる。

 

「トランスミッションをオーバーホールしたのかい?」

「うん、テスト走行した後にボディやろうって決めて、で、せっかくエンジンとミッション下すんだったらミッションもやっちゃおうって」

「エンジンは?」

「エンジンは最初に腰上だけやってそれだけ。ヘッドからオイル漏れこそしてたけど、状態はそんなに悪くなかったよ」

 

峠道に入る。2速のツキが良い。コーナーが迫る。アクセルはパーシャルのまま、ステアを切る。

マシンはステア操作に応じて、何事もないようにスッと曲がっていく。まるで軽くて小さい小型車が町角を曲がるように。カローラのような気やすさでフェラーリが走る。

2速でアクセルオン。マシンが加速する。荒れた路面、厳しいアンジュレーション、それらをなんてことなくテスタロッサが乗り越えていく。

3速へシフトアップ。ペースが上がる。緩く速度の乗るコーナーが続く。軽くアクセルを抜きステアを切る、そうしたほんの少しの動作で、思った通りにマシンが動いてくれる。

コーナーが迫る。3速でブレーキング。ヒールアンドトゥで回転数を合わせ2速へ、ブレーキで前輪へ荷重をかけたままステアを切る。ブレーキからアクセルへ、ステアを完全に戻しきる前に、アクセルオン。

5リッターの有り余るトルクをタイヤがスキール音を上げながら受け止める。車体はぶれることなく応力を受け止め、前へ前へ進もうと応力を受け流す。

 

「(これは、本当にテスタロッサか!?)」

 

512TRでも、ましてや360モデナでもない。こいつはテスタロッサなのだ。古臭いチューブラーフレームに、重い12気筒エンジンのフェラーリなのだ。ペースを上げればボディがよじれ、真っ直ぐ走らせることさえ気を遣う、80年代前半のフェラーリなんだ。

なのになんだ、この一体感。

 

エンジンが前へ出ようと雄たけびを上げる。しなやかな足が路面からの衝撃を吸収し、ボディはよじれる、よじれてそれでも前へと進もうともがく。

タメがあるのだ。アクション一つ一つに小さなタメが。ダルさからくる反応の遅れではなく、次の行動へ移るための、マシンを操作する上で必要なタメが。

 

ペースが上がる。上げられる。エンジンだけが気持ちいい骨董品としてのフェラーリではない。最高のエンジンが最高に主張する、スポーツカーとしてのフェラーリが。

ハサウェイは、このテスタロッサにどんな魔法をかけたんだ!?

 

ここから先は急な登り勾配だ。リアヘヴィーなミッドシップの泣き所、前輪の接地感が希薄になって、自ずとアンダーが顔を見せ始める。セッティングではどうにもできない。ミッドシップの構造上の弱点。

いや、それだけじゃない。それ以上にリアのトラクションが良い!リアのトラクションがこれでもかと感じられる。確かにフロントは軽くなってるが、それも気にならない。

弱点が弱点にならない。それ以上に長所が主張してくる。リアのトラクションは盤石だと、もっと踏めるぞと、マシンが呼び掛けてくる。エンジンはまだまだ有り余ってる、ほら、踏み切れるぞ。

 

パアアァァーーーーン!

 

12気筒エンジンが咆哮する。この何物にも代えがたいエキゾーストが、魂を揺らしてくる。言葉なくわかる、見えなくても伝わってくる。もっと踏めるぞ。踏めよ、と。

コーナーが迫る。アクセルオフ。瞬間フロントにトラクションがかかる。ターンイン。そしてアクセルオン。横方向のGを加速に変えて、テスタロッサが加速する。

 

私は、何を勘違いしていたんだ。フェラーリとはこういうマシンなんだ。

気難しく、乗るだけで精一杯、飛ばすような車じゃない。時折呼吸がハマる瞬間が気持ちいい。車に乗っている、そう感じさせてくれる、最高だと。

 

そうじゃない。そういうクラシックカー的な乗り味が、フェラーリの真価じゃあ無い。分かるだろう?このエンジンの主張。

ドイツ車のようなガチっとしたボディと優秀なエンジンが生み出すバランス感とも違う。日本車のような量産エンジンの限界を引き出し、工業製品の優秀さを感じさせる車とも違う。

全身を震わせるようなこの高揚感、これこそがフェラーリなんだ!

 

コーナーをクリアするたびに、アクセルを踏むたびに、テスタロッサの挙動が分かっていく。どうすればいい、どう乗ればいい、言葉なき情報が、すべてを教えてくれるような。

 

「最っ高」

 

それ以上の言葉は見つからなかった。

 

 

テスト走行が終わると、祖父ちゃんが興奮冷めやらぬ、といった調子のにっこにこ笑顔で、僕を質問攻めにしてきた。

何をしたのか、どこをいじったのか、どんな魔法を使ったのかと。

特別なことは何もしていないので回答に困ったが、強いて言うなら少しばかりのボディ補強とサブフレームからの足回りの強化である。

スポーツ走行をするにあたって、テスタロッサのボディ強度が全く足りていない、とは思わなかった。ただ、ボディが応力を受け止める方向性にない気がしたのだ。

そしてモノコックのようにボディ全体で応力を受け止めてくれないから、結果として剛性感が無く、フィーリングが悪くなっているように感じた。

それをボディサイドの補強と、メンバーの補強、そして、足回りのピロボール化で、よりダイレクトに、より高剛性に感じられるようにセッティングし直した。

 

そして何よりサスペンションそのものである。なんとヤードにKWのサスペンションが眠っていたのだ。テスタロッサの、というか、512系のサスペンションは、前2本、後ろ4本の、計6本のサスで構成されている。そこいらの乗用車のサスを流用出来ないので本当に助かった。

なお、このサスペンションは定価200万円を優に超える。うん、フェラーリって感じがするわ。

 

KWはビルシュタインほど固くなく、どちらかというとオーリンズにイメージが近い。高性能なショックアブソーバーで、ある程度ストローク量を持たせて、固いばねをしなやかに動かす方向。今回のストリート向けセッティングとばっちりマッチした。

 

なによりテスタロッサのエンジンは最高なのだ。

パワーは400馬力も出ていないし、トルクも50kg/Nほど。数値だけ見れば飛びぬけて凄まじいものではない。あのGT-Rでもブーストアップすれば出力可能だろう。

だがこのエンジンの主張感、存在感は、恐らく真似できない。ゴリゴリと感じられるトルクに、甲高いエキゾーストが響くほどに引き出されるパワー、乗れば乗るほどにテンションが上がる。もっとスピードを、もっとコーナーを。そう思わせるほどに、このエンジンは魔力を持っている。

そのエンジンはそのままに、ボディや足は、エンジンを邪魔しない程度についてくればいい。それが僕の出した結論だった。

こと機械において、良いところを伸ばそうとするとだいたい破綻するのだ。

良い塩梅がある。このエンジンは、ちゃんとそこまで到達している。そう思った。

だったらネガをつぶそう。ボディに仕事をさせる方向に、足が良く動く方向に、トラクションとステアフィールさえ改善できれば、この車は最高のスポーツカーになる。

 

結果は、祖父ちゃんの反応を見るに成功だったのだろう。

 

良い車とは何か、それはおそらく車の数だけ存在する。フェラーリの良さ、ポルシェの良さ、GT-Rの良さ。それらを引き出せるように、その車の行きたい方向にセッティングをする、それを今回、見つけられた気がした。

 

あとはこのヤードの前に残されたGT-Rをどうしてくれようか、といったくらいである。

 

そう、そうなのだ。今回もまた、祖父ちゃんはテスタロッサの乗り味が気に入ったのか、乗って帰ってしまった。GT-Rのように高速路でのチェックはなく、テスタロッサはこれで完成なので博物館へ連れてっていいはずなのだが、祖父ちゃんが乗って行ってしまった。GT-Rをヤードに置いて。

最近祖父ちゃんは子供返りしすぎじゃないだろうか?大丈夫なのか?仕事で疲れてるのだろうか?

まあ、喜んでくれているんだからいいか。

 

当初なにくそと思ったフェラーリだったが、やはり評価できる部分はある。あの凄まじい存在感のエンジン。

車とは、エンジン、トランスミッション、ボディ、サスペンション、車を構成するすべての部品、すべて含めてのトータルパッケージでこそ、その真価を評価できる、そう思っていた。あと価格。

極論パワーを出すなら4気筒もあれば十分だし、静粛性を求めるなら6気筒で十分だと思っていた。

それは甘っちょろい小僧の妄想だったと今回知ることができた。評価されるものには評価されるだけの価値がある。もし乗って最高に気持ちのいいスポーツカーを作れ、と言われたら、あのV型12気筒エンジンを選んでしまうかもしれない。そう思えるほどに、それほどに魅力のあるエンジンだった。

 

ポルシェのような硬派なスポーツカーでなく、GT-Rのような戦闘機のようなスポーツカーでなく、脳を揺さぶるほどの魅力あるエンジン、フェラーリの魔力。

あれは良いものだ。代わりになるものなどない、そう思えるほどの衝撃がある。

 

ただ……

「2度と整備はしたくないな」

 

祖父ちゃんが次に持ってくる車が、ボロのフェラーリでないことを祈ろう。

 




読了ありがとうございます。フェラーリを結構ぼろくそに書いてしまいましたが、フェラーリ好きの皆様怒らないで!乗れないもののひがみです!
創作の励みになりますので、感想頂けると嬉しいです。

あと、皆様の好きな車やバイクなども教えてくれると嬉しいです。あとモビルスーツも!ぜひ!
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