ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
マフティーチームが戦況が変わったと明確に知覚できたのは、敵の攻め手に陰りと迷いが見え始めてからだった。
ハサウェイとハーラが戦場を離れてから少しして、それまでここが天王山と遮二無二攻めてきていた敵部隊は、ぱったりと撤退に転じて、まるで逃げ帰るかのように部隊を引かせ始めた。
それでも最後の悪あがきのようにハラスメント攻撃で食い下がる部隊もあったが、それも長くは続かなかった。
それは、他ならぬ戦場の支配者の帰還にあった。
ゴルフやフェンサーが敵の部隊へ追撃をかけ、エメラルダやロッドがその身を盾にして母艦を守る。
苦し紛れに放たれる敵の攻撃は何とか防げていたが、それでも引き気味に戦う敵機をゴルフたちは仕留め切れずにいた。
今でこそ落ちぶれて、その名は最早賊軍や汚名でしかないティターンズであるが、かつては連邦軍の統帥権を握りさえしたエリート集団であったことは確かなのだ。
そんなティターンズを名乗る連中は、やはり質は落ちたと言えどもそれなり以上の実力を有していた。
リスクを取ればゴルフかフェンサーを倒すことは出来るだろう。1対1なら問題なく処理できる、その程度の実力。しかし、数の有利を取られ、かつ慎重な動きをされれば簡単にはいかない。
それは、ハサウェイが習熟するように言ったシミュレーションの結果が如実に出た証明でもあった。
破れかぶれに攻めてくる敵など、本職の軍人にとってそれほど脅威ではないし、戦術的にも脅威度は低い。
しかし、作戦目的を明確に理解し、自らの能力を正確に把握し、それらを理解した上で戦闘状況に身を置く敵兵は、面倒臭いし厄介なものだ。
そこには強さや弱さ以上に、チームとして動く集団と戦う厄介さがあった。
攻めづらい。守りに徹してるわけでもなく、しかし攻めの気が無いわけでもない。
その丁度いい塩梅が、マフティーチームの中に共有され、感覚としての連携が、そう高い水準では無かったがある程度の成果を出していた。
そして、マフティーチームはそもそも、自分たちだけで状況をどうにかするつもりなどさらさらなかった。
何故ならば、こちらには戦場を支配する魔王のような存在がいるのだから。
ゴルフが相対していたティターンズ機のビームライフルが、右腕ごとビームスナイパーで焼き払われる。
「っ、ハサウェイか!」
ふと見上げた頭上に、しかしその姿は全く見えないが、その存在を確かに感じ取れた。
安堵の声と共に、周辺に未だ待機していたであろう敵機の武器、脚部、腕部などが次々と撃ち抜かれていく。
辛うじてそれを避けた者たちには、次の手だと言わんばかりに、数泊遅れで降り注ぐミサイル群が襲い掛かる。
そして、その攻撃をしたであろう存在は、やはり見えぬほど遥か彼方。
その攻撃がダメ押しとなって、敵は完全に撤退に移った。
戦闘開始からおよそ4時間半。戦闘は小康状態へと移行した。
※
ヴァリアントに帰還しヘルメットを脱ぐと、思った以上の疲労感が体に押し寄せてきた。
それは、肉体的疲労もそうであるが、何よりもギャプランとの戦闘からくる精神的な疲労が大部分を占めるだろうということをハサウェイもよく理解していた。
「ふう……」
思わずこぼれたため息には、その重なりが感じられた。
コクピットハッチを開くと、待っていたとばかりにジュリアが顔をのぞかせた。
「お疲れ様、ハサウェイ」
「ああ、ジュリア。そっちもお疲れ」
ヘルメットを脱ぎ、思わず流れる汗を髪の毛ごとかきあげる。ヘルメットから解放されたそう快感を感じながらも、思わずぎょっとした顔でジュリアが問いかけた。
「……あの、ハサウェイ。泣いて、いるの?大丈夫?」
「え?」
全く予想だにしないことを言われ、ハサウェイははたと目元を拭う。すると、確かにそこには汗では無く、瞳から流れる涙が絶え間なく流れていた。
「……なんじゃこりゃ?」
「あの、大丈夫なの?」
「ああ、全然大丈夫。これは多分……いや、いいや。僕は良いからハーラの方に行ってあげて。振り回し過ぎて、多分動けなくなってるから」
「えっと……了解」
ジュリアを追い払うようにして一人になると、ハサウェイはそっと目を閉じた。
引っ張られてるな。戦場にも引っ張られてるだろうけど、それ以上に、あのギャプランのパイロットに。
ハサウェイにとって、そういった経験はこれまでもあった。
ニュータイプ能力が高いパイロットとの戦闘では、そうするつもりが無くとも勝手に心が重なっていく。その結果として、ハサウェイは戦場で殺し合ったニュータイプの過去を何度か疑似的に追体験してきた。
それはシャアであり、フロンタルであり、マリーダであり、ゾルタンであり、ギュネイと名乗った彼もそうだった。
しかし、ギャプランのパイロットから感じたのは過去の追体験などでは無く、自分の過去への想起に近い、ただただ脳の奥底を揺さぶられる様な、郷愁を感じさせるだけのおかしな感覚だった。
そのおかしな情報を脳は未だに処理しきれずに、涙を流すという感傷的な行為へと変換されて出力された。ハサウェイ自身はそのように結論付けた。
こういう所が面倒くさいんだよな、ニュータイプ能力。
便利な側面もあるが、本当に不便な側面もある。現にギャプランを取り逃がしもした。
せめて飛行が出来なくさせる程度にはマシンそのものにダメージを与えておきたかった。フレームそのものへのダメージは、ありはするだろうがそう大きくもないだろう。連中がやる気なら、かつパーツが潤沢になる様なら、数時間あれば戦場へ復帰させられる。
あれほどの凄腕が、数時間後に、また戦場で相まみえるかもしれない。
しかもその頃には、少なくともトレス海峡は抜けているだろう。となれば、大きく開けた珊瑚海で戦闘することになる。ともすれば、サイコガンダムも一緒に。
そうなればいよいよ手が足りなくなる。
いや、あのギャプランさえ斥候かもしれない。先行部隊は現地軍で、あくまでマフティーの足止め役であり、あのギャプランの部隊がティターンズ本体の威力偵察で……
いや、それは流石にないか。無関係の現地部隊に中隊規模の損害を出させれば、流石に軍としての統率が出来なくなる。
悲観的になり過ぎているな。思った以上に心が宇宙に引っ張られている。
大丈夫、想定外に強い敵は出てきた。でもとりあえずはしのぎ切った。そこをまずは評価しよう。
後のことは、また後になってから考えればいい。
「とりあえず、何か食べよう」
カロリーと水分だけは取っておかないと、本当に持たない。
※
「じゃあ、当分敵の襲撃は来ないと踏んでるのか?」
「多分ね。思った以上に派手な緒戦を飾ったわけだけど、連中も少なくはない被害を被ったはずだよ。本命はさておきね。警戒はし続けるけど、多分トレス海峡を抜けるまではもう手を出してこないんじゃないかな?」
「……そこの裏をかかれる可能性は?」
「勿論あるから警戒は続ける。ただ、もしもイラムが敵の指揮官だとして、殆ど無策で敵に突っ込んで、1個中隊を損失して、ガンダムクラスまで中破させて、残存戦力如何に関わらず、きっと敵も消耗しているはずだ!なんて信じて、すぐに突っ込んで行こうと思う?」
「……いや、無いな」
「でしょ。僕も無い。というか僕なら最初に1個小隊潰された時点で策を講じるよ」
ハサウェイはすぐにイラムとブリックスを集め、戦闘後の報告も含め状況の確認に入った。
そこには束の間の休憩、なんて彩りは一切なく、ほんの数時間先の戦場への知見のすり合わせの場になっていた。
「こちらの戦力損耗は思った以上に少ない。誰一人墜とされてないし、モビルスーツも大した被害は無い。パイロットの消耗は多分にあるけど、悪くない状態だと思うよ」
「問題はそこだ。パイロットの消耗。お前のことはもう心配していないが、ハーラは大丈夫なのか?」
「経口補水液飲ませて高カロリー食食べさせて、今はお昼寝でもしてるんじゃないかな?ちょっとでも寝ると脳がすっきりするから。2時間もすれば起きてくるんじゃない?」
「それまでに襲撃があれば?」
「叩き起こす、のはしたくないから、僕がワンオペかな?」
「いけるのか?」
「短時間ならね。まあ、来るにしてもハラスメント攻撃程度だと思うよ。それに、不眠不休での戦闘は24時間までは大丈夫なように仕込まれてるから」
「……お前本当に民間人なのか?」
「軍属だった経験は無いなあ」
呆れるような声のイラムに、なんてことないとハサウェイが返す。
「艦の方はどうです?被弾は無かったと聞いてますけど」
「概ね問題ない。ただ、機関の方がこのペースだと持たんかもしれん。どこかでペースを落とす必要がある」
「了解です。どこかで……とりあえず珊瑚海まではこのペースで出たいですね」
「同感だ。だが、珊瑚海に出ればポートモレスビーも近づく。そこはどうなんだ?」
「網を張られてる可能性はあります。ただ、アナハイムの貿易船も通る航路です。無茶は出来ないでしょう。道は安全、な、はずです。それに、大本命がサイコガンダムなら、どのみち過剰な援軍はフレンドリーファイアの原因になりかねません。良くも悪くも、あれは火力がありすぎる。逆に戦後の不利を承知で艦隊戦を仕掛けてくるなら、敵に状況を整えさせないためにも、ここは拙速を貴ぶべきでしょう」
「敵の罠を警戒するより、さっさと抜けてしまった方が良いと?」
「僕はそう思います」
ブリンクスはその言葉を噛みしめ、ゆっくりと頷いた。
「結局最後に立ち戻ってくる問題は、敵の大本命、サイコガンダムというわけか?」
「そりゃそうだよ。戦略兵器にはならずとも、戦術兵器として過剰な性能は持ってるからね。本来はロンドベル案件だよ。こんな小戦力でどうこうしようっていうのがおかしい」
「だが、もうダバオも片付いた頃じゃないのか?なら、ケネス部隊の応援も来る可能性はある」
「うーん、可能性はあると思う。でも、不確定要素を作戦に練り込むと悲惨だよ?それにオエンベリの方で起こった暴動に、先任部隊のキンバレー?が出てるんでしょ?そこがティターンズと繋がってたら、ケネス大佐はダバオ鎮圧の後にオエンベリへ、オエンベリから大陸を縦断してアデレードへ向かうんじゃない?そうなったら、こっちの事情には首を出せない」
「じゃあ、シドニーの方はどうなんだ?オーストラリア近郊でこの規模の戦闘が起きれば、ビスト技研も察知するんじゃないか?」
「するとは思う。ティターンズの情報統制が無ければ。でも、ビスト技研が大手を振って、誰が何のために起こしたか分からない戦闘に強制的に軍事介入するのは無理だよ。連邦政府の面子も、連邦軍の面子も潰すことになる。それに、ティターンズが事を起こしたっていう状況で、ティターンズ自身、ビスト技研の戦力を吐き出させることはないんじゃないかな?不確定要素が増えることになるし」
「それは、そうだな……」
ハサウェイは言外に言う。地上部隊の援軍はこの状況ではあまり期待できないと。
「ワンチャンあるとすれば、ロンドベルかネオジオンの先行部隊、かな?」
「先行部隊?」
「出すかどうかは分からないけど、これほど状況が荒れてるのなら状況確認のために足の速い艦で偵察部隊を出すかもしれない。ロンドベルの創立メンバーの多くはエゥーゴとカラバ出身でティターンズの宿敵だったし、ネオジオンに関してはティターンズにとって最優先での排除目標だろうから、この状況はロンドベルにもネオジオンにも望ましい状況じゃない」
「なるほど……」
「ただ、期待しすぎない方が良いよ。父さんもシャア総帥も、公人としても軍人としてもとても優秀な人だ。出すとしても偵察のための小戦力だろうから、基本的にはこちらの保有戦力で解決できる状況に落とし込めないと、本当にどうにもならなくなる」
「そう、だな……」
イラムは苦々し気に状況を呑み込む。
「あと敵について、ギャプランはオプションブースター込みで超音速飛行をしていた。十中八九パイロットは強化人間だと思う。しかも割と強力なニュータイプ能力持ちの。あのレベルが複数人いるとなると、正直相当厄介だね」
「……は?」
その言葉に、思わずイラムは固まった。
「……待ってくれ、ニュータイプ能力持ちを、わざわざサイコガンダムでなくギャプランにも乗せられるほど、ティターンズの人材は豊富なのか?」
「まあ、状況的に言えば、その可能性はあるかもしれない」
震える声で言うイラムに、ハサウェイはなんてことないトーンで返す。
ただ、肯定しつつもこう思った。今でも希少なニュータイプ能力持ちが、ロンドベルにもネオジオンにも数えられる程度しかいないニュータイプ能力持ちが、それこそ雨後の筍のように急にポコチャカ生えてきて、その内の大多数がたまたまティターンズに所属した、なんて状況、果たしてあり得るのだろうか?と。
「まあ、そこは嘆いても仕方ないし、何より敵の想定をあんまりにも大きくしても身動きが取れなくなる。割り切って進もう。どのみち、ここまで来たら珊瑚海に出る方が近い。こちらに取れる選択肢は一つだけだよ」
「……そう、だな」
イラムはどこまで行っても文官だ。戦場で、現場で、切った張ったの状況には慣れていない。
そしてハサウェイは、良くも悪くも、そう言った切った張ったの戦場ばかりを経験してきた。
不測の事態は起こって当然、戦力的に負けているのもいつものこと、勝てて当然の戦などまずありえない。そんな経験ばかりしてきたハサウェイにとって、この状況は想定しうる不測の事態だった。
「とりあえず進もう。ここで待ってても良いことはないわけだし。とりあえず進んで、進んだ先でまた考えよう。敵の増援がどれほどあるのか、本隊の規模がどれほどか、エース機がまだいるのか、サイコガンダムがこちらに来ているのかとか、そう言うの全部」
待ってても仕方がない。その現実問題は、イラムとてよく理解していた。
「……そうだな。警戒は続ける。敵が出て来たらまた考える。それ以上、出来ることも無いな」
「決まりだな。機関はこのままで船速を維持、最短でトラス海峡を抜ける。良いな?」
「お願いします」
※
ハサウェイの脳裏に焼き付いたのは、やはりあのギャプランの動きだった。
思い切りが良く、軽快で、しかし軽率では無く、むしろ重厚感のある戦闘運びをした。
良い腕だった。それだけは確かだ。
長距離でのビームの刺し合いも見事だった。置き弾とでもいうべきか、囮の1射と仕留めの2射、その両方を当然のように避けて、そして当然のように使いこなしてた。自分もよく使うが、使うからこそ、その難しさもよく分かる。
ああいった攻撃の仕方は軍では習わない。教えても仕方ないし、使いこなすまでの難易度がバカみたいに高いからだ。
詰将棋のような攻撃を当然のように仕掛けてくる人は、しかもそれを実戦で多用する人は、ハサウェイが知る中ではアムロしかいなかった。
かく言うハサウェイ自身、そう言った攻撃のイロハはアムロから教わって覚えたものだった。
攻撃で敵の動きを制限し、確殺の一撃を叩き込む。まるでプロボクサーがするかのようなジャブの刺し合いを、ビームでやる。
それはオールレンジ攻撃持ちなら一般的な手法ではある。マリーダもファンネルを使うときは、逃げ道をふさいで封殺する。
珍しいと言えば珍しい。見たことない程高度な戦術、というものでもない。
じゃあ、僕は何に引っかかっている?
パイロットの腕か、ギャプランの性能か、その戦い方そのものか。
いや、あの感覚に、僕は引っかかっているんだ。
ニュータイプ能力が感応した、あの感覚。あれは、肉体も精神も重なるような、本当に異様な感覚だった。
ああいう感覚を共有したのは、多分クェスだけだ。
心が重なって、肉体の感覚さえも共鳴して、言わずとも分かるし、考えずとも分かる、クェスの全てと重なったような、12年前に感じた、あの感覚。
けれど、今回は何もなかった。
相手と共鳴したはずなのに、相手のことが何も分からない。それどころか、僕はそこに不快感さえも感じた。そして同時に懐かしさや、朗らかさも感じ取った。
共鳴し、共感し、理解し、そこにあった懐かしい感覚。
良く見知った誰かを見たかのような、にもかかわらず、その誰かがとんとわからない。
ニュータイプ能力の共鳴、共感、共振。しかし、そこには何も見えない、このつじつまの合わなさ。
君は、一体誰なんだ……?
「スナイパーの修理終わりました、ハサウェイ!調整お願いします!」
その声に、意識が浮上する。
「……ありがとうケリア!システムチェック始める!」
ふと覚めて、ハサウェイはジェガンスナイパーのコクピットで目を開いた。
眠っていたわけではなかったが、何処かぼうっとしてしまっていた。
おかしいな、ハードではあるけど、ここまで消耗しているなんて。
肉体はまだ調子よく動くのに、、そうではない何かが歯車をほんの少しずらしてしまっている。そのわずかな調子の噛み合わなさが、ハサウェイに何とも言えぬ倦怠感を与えていた。
それでも染みついた動作は意識せずとも進行できる。モビルスーツのシステムチェックなど最たるものだった。
ジェガンスナイパーは、被弾こそすれダメージそのものは大したことは無かった。
装甲には派手な被弾痕が残っていたが、内部に大きな損傷は無く、装甲のみの交換で済んだ。そしてエラーチェックに進んでも、システムに特に問題は確認されなかった。
問題ない。これでいつでも出撃できる。
「こっちも問題ないよ!スナイパーは良いからEWACの方進めて!」
「了解!ハサウェイもちゃんと休んでね!」
「ありがとう!」
ケリアに返事し、ハサウェイは一息ついた。
とりあえずできる準備は終わった。これでいつでも戦闘状況に入れる。
既に先の戦闘が終わってから1時間は経っている。トラス海峡に入ってからおよそ5時間30分。
順調に行けば、あと2時間と少しで珊瑚海に入る。
この分ならば、戦闘はトレス海峡を抜けた先だろうなとハサウェイは思った。
恐らく敵は、戦力を集結している最中なのだろう。
ミノフスキー粒子が濃く散布されたトレス海峡で、今から奇襲をするのは殆ど無理筋だ。というよりその無理筋でも攻撃をしようとするならとっくにしているだろうし、それをしてこない現状、敵はトラス海峡での攻撃は効果なしと判断したのだろう。
元々混み合った狭隘は地形で、かつ洋上だ。攻めるに難しい地形であることは確かだった。
つまり連中は、開けた海での力押しの戦争をお望みだということだろう。
そしてもうひとつわかったこともある。ハサウェイは改めてそう感じた。
ティターンズは、本当に僕の存在が目障りらしい。
それは、事実の再確認であり、何よりも自分がこれ以上ない囮として働いているという再確認でもあった。
ここまで僕に食って掛かってきた。もしかしたら、主力部隊そのものをこちらに投入し始めるかもしれない。
ティターンズのこの戦争での最終目的は、アデレード会議の妨害、そして自身の正当性の承認。その果てにある、ジオンの弾圧と、ジオンと協調路線を引いた連邦の内部勢力の打倒だろう。
その為には、会議を成功させようと動いている、それこそケネス大佐たちと戦わなくてはいけない。
あちらにはガウマンも付いただろう。もしかしたら、ガウマン経由でビスト技研にも協力要請がかかっているかもしれない。
その場合、ティターンズはペーネロペーを始めとした怪物のような特機を、そしてそれを操るエースクラスを相手する必要性にかられる。
その為には間違いなくサイコガンダムが必要になる。
ギャプランのパイロットレベルがティターンズのアベレージなら大分危なかったが、どうにもそう言うわけでもなさそうだというのは先の戦闘で理解できた。
メッサーに乗っていた、正直十把一絡げレベルでしかなかったパイロットがティターンズの主力部隊なら、ペーネロペーにとっては物の数にもならないだろう。
そこにさらにガウマンの要請で、技研で作った試作機を戦場に投入させて、しかもヨナさんやウラキさんまで参加するようなら、ティターンズは対抗するために怪物を用意するしかない。
連中がそこまで状況を読めているか分からないが、しかしペーネロペーという怪物が出た以上、戦力は本筋に投入してしかるべきだ。
にもかかわらず、本筋と関係ないはずの僕に意外なほど食って掛かってきた。
向こうが早々に片付けば、本当に援軍として期待できるかもしれない。
期待しすぎるのは問題外だが、トレス海峡を抜けた先の修羅場さえ乗り切れば、その後は意外にどうにかなるかもしれない。
ほんの少しだけ明るい展望が見えもした。
見えもしたが、目下の問題は、やはりその差し迫る修羅場だろうことは間違いなかった。
エースクラスが乗ったギャプランに、サイコガンダム。両方出てきたとき、どうやって対応しようものか。
いや、策はすでに考えてはあるのだ。
ギャプランは、ハーラに墜としてもらう。
ハーラは思った以上に詰将棋が出来るタイプだと先の戦闘で分かった。
追い詰めるための手、焦らせるための手、その先に置くべき仕留めるための手。そう言った詰将棋が、ハーラには出来る。
さらに言えば、あの機動戦の中でも気絶せずについてこれた。多分、マフティーチームの中で誰よりも戦闘の才能がある。今どれほど強いか、では無く、将来的に鍛え上げればいっぱしになれるだろう素質がある。
EWACとSFSに詰めるだけのミサイルを搭載させ、ミサイルの弾幕と爆風でギャプランを踏み潰す。ハーラならばできるだろう。
そこがクリアできれば、僕はサイコガンダムだけに集中できる。
先の戦闘でビームスナイパーの砲身に結構な負荷をかけたが、意外にも問題なく使えている。
こういう所がアナハイムクオリティなんだと思った。多分、カタログスペックより1割か2割程度、耐久値にキャパがある。
カタログ値のキャパぎりぎりで負荷をかけても、問題なく機能してくれるはずだ。
それでも、虎の子を撃てる回数は、2発か3発。
しかし、それだけあれば仕留めるのには十分でもあった。
「……僕の参加する作戦って、なんかこんなんばっかだな」
余裕が無くて、必死になって対策考えて、勝てそうにない強敵に立ち向かう。
まあ、フロンタルさんやアンジェロさんが出てくるわけじゃないし、アムロさんやシャアを相手にするわけじゃない。だったら、何とかなるか。
そうだ、そう思えば、幾分も気は楽になる。
「ふふっ」
思わずこぼれたあまりにも軽く乾いた笑い声は、自分に向けたものでもあった。
座りなれたジェガンタイプのコクピットシートに背を預け、ハサウェイは目をつぶって、そのままゆっくりと意識を手放した。
※
ハサウェイは、悪意に対して酷く敏感である。
13歳の時に宇宙に上がってからは特に、感覚そのものが鋭敏になって、その感覚の中から殊更刺々しいものを感じ取れるように訓練したため、敵意、悪意、もしくは危険そのものに対して、どれほど深く眠っていてもすぐさま感じ取れるようになっていた。
しかし、全く悪意を含まない存在に対しては、逆に鈍感になっていた。
バナージと一緒にソファーで寝落ちしたと思って目が覚めたら、アンジェロに肩を預けていた、なんて経験がある程度には、悪意以外の感覚に鈍感である。
そして、木星への定期便で最低2か月は艦に寝泊まりするのもあり、またいつ来るかもわからないトラブルに対応し続ける事情もあり、警報や危険へのアンテナはこれ以上なく敏感なのだが、それ以外ではちょっとやそっとでは起きないように体が学習していた。
寝れるときに寝る。これがいつ襲撃があるか分からない艦に乗るときのハサウェイの常であり、その常はヴァリアントに乗る現在でも勿論変わっていない。
しかも寝ている場所がモビルスーツのコクピットなのだ。
長い時は本当に24時間乗り続け、整備のために何度も寝そべったジェガンタイプのコクピットは、もはやハサウェイにとっては第二第三のベッドであり、何事も無ければ起きることなどそうそうない。
つまり、コクピットに誰かが押しかけていようとも、別に悪意が無ければ意識が浮上することも無いのだ。
そしてジェガンスナイパーのコクピット前には、すし詰めのように女子が押しかけていた。
「……ねえ、ベッドに移してあげた方が良いのかな?」
「いや、あえてコクピットで寝ているのかもしれないし、起こすのも可哀想な気が……」
「さっきの戦闘で疲れて寝てるかもしれないから、寝かしておいてあげなよ」
「疲れて……?ハサウェイは、凄腕のパイロットなんでしょう?戦闘も余裕そうだったって……」
「外から見ればそうかもね。でも、4時間近くぶっ通しで戦い続けて、一人で10機以上撃墜してる。消耗は絶対に大きい。寝てるなら寝かしておいた方が良いよ」
「……確かに、タフでキャパのあるジェガンの関節系やら推進系にめちゃめちゃ負荷がかかってた。尋常じゃなく振り回してたのかも……」
「かもじゃなくて、本当に振り回してたよ。私はマシンの操作はほとんどしてないけど、横乗りしてるだけで死にそうになったもの」
「……そう言うものなのね。大変ね、モビルスーツのパイロットって」
女子3人寄れば姦しく、なるのが世の常のようであったが、そこに寝ている男子がいるのもあって、声を潜めて、ハサウェイをこのまま放っておくのかベッドに移すのかで議論を交わしていた。
このまま寝かしておいてあげよう、で話がまとまりそうになったが、ふとギギがハサウェイの頬に手を伸ばした。
「ちょっ……」
思わず止めようとするジュリアとハーラだったが、それよりも先にギギの手の甲がハサウェイの頬を撫でた。
「ん……」
微かにハサウェイが反応して、ギギはさらに頬を撫でる。
触れられた瞬間にまたぴくりと反応したが、優しく撫でられるだけのそれに特にそれ以上の反応を示すことなく、ハサウェイは眠り続ける。
ギギは、その少しがさついた肌触りに、ハサウェイという、ありのままの男を感じられたような気がした。
そして、そんな暴挙を見逃すはずも無く、ジュリアとハーラが止めに入る。
「寝かして置こうって言ったでしょっ」
「疲れてるんだってっ。ほら、離れてっ」
「あっ……」
名残惜しそうにハサウェイを尻目に見るギギを引き離し、3人はようやくジェガンスナイパーから離れた。
「というか、お姫様はなんで格納庫に来てるの?危ないでしょ?」
「……ハサウェイ、何かいい匂いがした……」
「え?そうなの?」
「食いつかないでよジュリア……」
「何言ってるのハーラっ、匂いというのはその人を象徴する重要な要素であって、香りが放つエロティシズムに肉体的情動を抱えるという構造において男女の性差は無く、むしろそう言った動物的肉欲こそが人類原初の渇望であり、私が尊重するヌーディズムの……」
「ハサウェイの匂いが気になって興奮してるのは分かったから黙って?それでギギさん、ドックに来て、何か用でもあったの?」
ハーラが雑にジュリア顔をを押しのけると、ぼうっと浮かれ調子だったギギもハッと意識が戻る。
「あの、感覚的なことなんだけど、進む先にとても嫌な感覚があって、それを伝えたくて……」
「嫌な……それは、ニュータイプ的な感覚で?」
「それは、分からないけど……」
煮え切らない態度ではあったが、ハーラはそれが無視できないものであると直感した。
戦闘の最中、ハサウェイは幾度となく、センサーが検知していない何かに反応し続けていた。
敵部隊の鼻先を叩くときも目視以前に戦闘態勢に入っていたし、警告音などないのに飛んでくるビームを回避していた。
そして極めつけは、何も見えない水平線の彼方へビームを撃ち、見事に敵機を撃墜したことだ。
あれらをハサウェイは、「経験を重ねれば誰でもできる」などとのたまっていたが、それが現実的でないことなどハーラは当然理解していた。
そしてそれが、いわゆるエースパイロットが持つニュータイプ的な資質であることも推測できた。
ギギはパイロットでも無ければ軍人でもない。しかし、この非常時にあっては、何か小さな異常さえも見逃してはならない。ほんの少しのほころびが、何か重大な過失へと繋がる。
ハーラは戦場を乗り越え、事態の重篤加減を身をもって理解できていた。
「……分かった。ハサウェイにも、イラムたちにも伝えておく。進む先っていうのは、具体的に何処とか分かる?」
「……多分、開けた海だと思う」
開けた海、少なくともトラス海峡では無いな。
「いやな感覚、そこに見える危険は、例えばこんな敵がいるとかまで分かるもの?」
「そこまでは……なんとなくそう感じる程度のもので」
「そっか……」
ニュータイプ能力は決して万能じゃない。ハサウェイのあの神懸かった戦闘を見ると、まるでニュータイプ能力とは未来を完全に予知するのではないかとさえ錯覚するが、全くそうではない。
そもそもそれほど万能な力であれば、ハサウェイがあれほど苦戦することもないだろう。
「また何か感じたら教えて。戦闘が始まったら、イラムとかに言えば共有できるだろうから」
「……良いの?」
「情報は多い方が良いと思う。もしもギギさんの感覚がニュータイプ的なものであるなら、多分ハサウェイの助けにもなるだろうから」
「そうだよ、私たちは最早一蓮托生、乗合船だからね」
ジュリアもそう言ってハーラを支持する。
「戦闘状況になったらミノフスキー粒子濃度如何だけど、基本的に通信が効かなくなる。それでも、何か感じたことがあったら言って」
二人の言葉に、ギギは頷いた。
※
「……来たか」
その気配を感じ、ハサウェイはパチリと目を覚ました。
眠気を引かせることも疲れを残すことさえなく、ハサウェイは意識と肉体を覚醒させ、即座に通信を開く。
「イラム」
『ハサウェイ!丁度良かった、そろそろ珊瑚海に……』
「待ち構えられてる。戦闘が始まるよ」
『なんだって!?』
「戦闘配置急がせて。ハーラが来たら僕もすぐに出る」
『分かった!頼んだぞ!』
通信を着ると同時にスクランブルの放送が艦内に鳴り響く。
感じる、あのプレッシャーを。
殺気に満ちるわけでもなく、悪意に溢れるわけでもない。ただ感じるのだ。その存在を。
それは、まるで幼ささえ含んだ、柔らかく、温かく、しかし確実に自分たちを阻む敵として、眼前に立ちふさがる大いなる恐怖であり、その温かさと共に不快感を感じさせる、異様なる存在だった。
これまで経験したどの敵とも違う波動が、それ故にハサウェイには鋭敏にその存在を感じさせた。
彼だ。
それは、紛れもなく先の戦闘で戦ったギャプランのパイロットのそれであり、しかし、そうとも違う感覚もあった。
ハサウェイはその存在を探ろうとして、しかし深くまで追おうとはしなかった。
それは予感でもあった。これ以上先に進んだら危険だという、本能が訴えるような予感。
脳の瞳が映し出す宇宙への、そこへ接近する精神が知啓によって開眼されていくかのような、深淵の淵を覗き込む程の、恐怖。
今からその存在と戦うのだというのに、ハサウェイには恐怖があった。
そしてそれはハサウェイにとっても新鮮な感情だった。かつて12年前にシャアと戦った時も、フロンタルと共にゾルタンと戦った時も、これほどの恐怖は無かった。
いや、これは強大な敵への敗北や、その先に待つ死への恐怖ではない。
もっと根源的な、禁忌への恐怖とでも言おうか、決して超越してはならない境界線を飛び越えようとしているかのような、そんな戦争から醸造されるものとはまた異なった恐怖感だった。
なんだ?何におびえている?僕は一体何に……
『ごめんハサウェイ、お待たせ!』
しかし、その真相に辿りつく前に、時は来る。
「……いや、大丈夫。出るよハーラ」
『了解!』
「A班出ます。みんな、あとはお願い」
ハサウェイは飛翔する。
夜明けとともに始まった戦闘も、既に真昼を超え、空には分厚く重い雲が掛かっていた。
雨こそ降らぬし周囲もまだ明るさを保ってはいるが、遠からず荒れるような、そんな灰色の雲が空を制圧し、その存在を押し留めていた。
敵の影は、やはり視界には映らない。
ミノフスキー粒子は既に通信機器を役立たずに変貌させており、視界以外の情報から入手できる情報はない。
だが、いる。
それは確信だった。
可能な限り母艦から距離を取りたい。ハサウェイとハーラは進む。
既にこちらは察知されているだろう。にもかかわらず仕掛けてこないのは、何かを待っているのか?
ハーラの心拍が自然と速くなる。何もない戦場という不気味さ、そして、いつ仕掛けてくるか読めない静寂、騒がしく荒れた戦場とは違う緊張感がそこにはあった。
ハサウェイは、その状況にあって、しかし心は凪いでいた。
それは、先の読み合いとも少し違う、あのギャプランのパイロットとの感応でもあった。
距離は近づけば近づくほど、その感覚は強まっていく。
立ち込める雲は、幾重にも重なって完全に太陽を隠し、曇り空と、雨模様と、その中間のどんよりとした世界の中で、そしてその灰色を反射した海に囲まれた世界の中。
その中にあってハサウェイは、その気配を今確かに感じ取った。
「……来た」
それは決闘の合図でもあった。
雲を突き破り放たれたビーム砲、それを紙一重で回避し、放たれたその先へと撃ち返す。
手ごたえはない。しかし、そこにはむしろ当然かという納得感さえあった。
雲を突き破りその影が現れる。
数時間前に大破同然にボロボロにしてやった機体は見事に修復され、いや、もしかしたらスペア機があったのかもしれないなと意味のない想像をした。
増設されたであろう大仰な肩部ユニットに、いやに長いビームライフル。まるで別ユニットとドッキングさせて、ギャプランを一回り大きくしたかのようなそのマシンは、やはり超高速での戦闘を仕掛けてくる。
ハサウェイは、可変機というものをあまり好んでこなかった。
理由は単純明快で、コストが嵩むためだ。合体機構も変形機構も、拡張性は高いのだろうが兎にも角にもコストが嵩む。
だったら汎用的なジムにゲタをはかせたり、汎用的な重機を使えるようにする、やはり汎用的なアタッチメントパーツの方が潰しがきく。
その為、可変機は現行機とそれに連なる系譜の主だった機体しか知らず、眼前に現れたその機体を、大仰なカスタムギャプラン、としか形容できなかった。
そのマシンの名は、ギャプランTR-5フライルー・ラーII。
グリプス戦役期に、ティターンズが本気で地球を管理しようとした時代の、その残滓に他ならなかった。
「速いな」
それに数も多い。直掩か?鬱陶しいな。
「ハーラ、打ち合わせ通りに。墜とせる奴から墜として。浮いた敵は僕も墜とす」
『了解!』
閃光が走る。幾重にもビームが折り重なって、メッサーの、そしてギャプランのビームが大気を焼き切りながら、ハサウェイたちに襲い掛かる。
回避機動。行く手を阻むかのように攻撃を置かれ、それを躱せば、さらに逃げ道をふさぐかのようにビームが迫る。
右、即座に左、一瞬待て、バレルロールでボディ狙いを躱して、ここで最大加速。抜けきれ。
しかし当たらない。ハサウェイはそれらの攻撃を当然のように回避してゆく。
回避に関して言えば、ハサウェイはそれなり以上に自信を持っていた。
戦闘時間、4分45秒。ハサウェイがニューガンダムを駆るアムロ・レイと模擬戦をした際の、最大戦闘時間である。
剣林弾雨という言葉程度では表現しきれない、意識とビームの地獄、恐らく世界で最も緻密で殺戮に特化したファンネルを用いた戦闘。
その戦闘において、およそ5分間、あのアムロ・レイと切っ先を交わし続け、惜しくもその後撃墜判定を食らいはしたが、これはハサウェイ自身誇ってよい数字だと思っていた。
意識を散らせ。
一か所に集中せず、意識を散らして空間を大雑把に、しかし見逃すことなくすべてを感知するんだ。
前へ。ハサウェイは待ち受ける敵の攻撃に動じることも無く、前へと加速する。
前へ出れば、その頭を抑えようと攻撃は集中する。
そして回避機動を取らせるように動きを制限させれば、回避した先に攻撃を置くことが出来る。
そして後詰めとして、高機動を誇るギャプランがいるのであれば、格闘戦に持ち込ませて動きを止めることもできる。
そう、考えてるな。
ハサウェイは撃つ。
敵機が攻撃をする、その刹那の以前に。攻撃しようとする意識と、敵を見る意識の、その狭間の虚。
先の先。刹那その攻撃が放たれる。
一瞬早く、しかし回避しようも無く確実に、ハサウェイの放ったビームがメッサーの胸に吸い込まれた。
爆発。
その爆風に巻き込まれ、頭を抑えようとしていたもう1機にもビームを放つ。2射。
1射目は回避した。しかし、その先に置かれた2射目に自ら飛び込んでいくように、直撃。
爆発。
2機の撃破。しかし感じたのは、意外なほどの感触の軽さだった。
一瞬だけ疑問を感じ、すぐに霧散した。コクピットが頭にあるのか。リック・ディアスみたいだな。
圧倒的な数的有利を保持しながらも、墜とされる味方機。そしてそれが墜とされるその光景に、僚機であった残りのメッサーは怯懦した。
その怯えを、ハーラは見逃さなかった。
放たれたのは、20発にも及ぶミサイル群。それらは四方八方へと散らばるように、しかしいずれもメッサーへ向けて飛翔する。
ハサウェイの無茶苦茶な戦闘機動に歯を食いしばって無呼吸で耐え、Gが緩んだ瞬間に喘ぐように呼吸をする。しかし、その環境にあっても、ハーラは集中力を欠くことは一瞬たりともなかった。
探し続けたのは、敵の虚。何も10秒も20秒も止まらせる必要などない。1秒にも満たぬ、コンマ数秒の虚。
いわば、出遅れる一歩目を、ハーラは待っていた。
その瞬間に、ミサイルは放たれた。
飛行機雲のように軌跡を残しながらも飛翔するミサイルに、一拍遅れてメッサーは迎撃と回避へ移行する。
しかし、瞬く間に音速を優に超えるミサイル群に対して、その一拍は、ただただ致命的な一拍だった。
メッサーは、正面から迫るミサイルにありったけのバルカンを叩き込み、シールドを構えながらビームライフルを必死になって引き撃ちし、何とか迎撃せんと迎え撃つ。
迫るミサイル。迎撃のために誘爆し視界は徐々に狭まり、ただただ炎だけが視界を埋め尽くし、鳴りやまぬ警告音に支配されたコクピットの中で、彼らは炎に呑み込まれた。
そして、ダメ押しのように直上から振り下ろされる仕留めのミサイル群が、その存在を完全に撃ち墜とした。
1機、そしてもう1機。メッサーはミサイルの海に呑まれる。
数舜後、ミサイルの爆発とは違う、それよりも一回り以上大きい爆発が起き、メッサ―は完全に撃墜された。
やった!
言葉に出ずともミサイルの行く末を見守っていたハーラはその瞬間微かに意識を切った。
モニターいっぱいに、ガンダムの顔が映る。
ひっ、と引き攣った息が漏れ出る。
モビルスーツの全長ほどもあろう長さのビームライフルの、その銃身に取り付けられた赤熱を帯びるヒートブレードが叩き下ろされる。
それをハサウェイは、腰から抜き打つビームサーベルで受け流した。
一瞬の接触、そしてお互いに即座に距離を取る。
そこには、全く息の合った、お互いの間というものが共有されているかのような一瞬だった。
「ハーラありがとう、2機も墜としてくれて」
『っ、いえ、あ、はい!』
「ここからが本番だろうから、気張って……」
その時感じたのは、冷たさだった。そしてそれは、直後に温もりへと変わった。
それはまるで、宇宙の影から飛び出して、太陽の光を受ける時のような。
夜が明けて、闇に満たされた世界を、地平から登る太陽が徐々に照らしていくかのような。
それは、雪の降り積もる真冬の夜に、家族や、愛する人たちと、共に食卓を囲むかのような。
それは、天より舞い降りた。
曇天の世界。灰色に包まれた世界。
かつてこんなことを思った。
曇りの日に、幼いころに、世界中が薄暗くて、それが怖くて、でも、どこか高揚感があって。
まるで、世界の終わりとは、こういう瞬間に訪れるんじゃないかと、そう夢想した、幼い日。
雲を割って、それは現れた。
ギャプランは、その存在へと傅くかのようにサッと身をひるがえし、その存在へと飛翔する。
ハーラは、未だ姿を見せ切らぬそれに恐怖した。
何か恐ろしいものが降ってくる。何か危ないものが現れてしまう。
空が、空が墜ちてくる。
ハサウェイは、その瞬間に理解した。
それは、きっとサイコミュが放つ波動がそうさせたのだろう。
ギャプランに感じた懐かしい感覚、そして二律背反に感じた嫌悪感。
今この瞬間に感じた、得も言えぬ温かさと、その正体に。
「……サイコガンダム、マーク、II」
それは、ダバオで見たサイコガンダムではなかった。
ティターンズは、サイコガンダムを複数機用意していた、その証明に他ならなかった。
絶望が君臨する。
悪魔は、人を誘惑するために、酷く美しい姿でもってこの世界に現れる。
天使は、人知を超越しているがゆえに、人間には理解しがたい姿でこの世界に現れる。
ならば、これは一体、なんだというのか。
ハーラの恐怖とも諦観とも似た、しかしそうとも形容できない負の感情とは裏腹に、ハサウェイはギャプランの、そしてサイコガンダムの、その奥に感じる、その感覚の正体を、ようやく理解できた。
ただただ感じるこの懐かしさは、何らおかしなものでは無く、むしろ当然のものだと、ハサウェイはその瞬間に、ようやく理解したのだ。
「君は、君たちは、僕だ……」
君たちは、僕のクローンだ。
読了ありがとうございました!
さっさとシリアスパート終わらせたくて内容詰めて書いてるつもりなんですが、あんまり話が進んでない。
書いているうちに「あれも書かなきゃ」「これも書かなきゃ」「こんなのも書きたいな」と右往左往しております。
あと感想でいただいたファンネルの地上運用について!
ZZを見直したら、確かにプルがプルツーのサイコMk2と戦う時に使ってました!すっかり見落としてました。
というかファンネルって地上で使えるんだ……
一応、地上運用もできるが性能イマイチで、基本宇宙用だよ、みたいな設定もあったので、「ニューガンダムでもあれば助かるけど、ただニューガンダムで今一番欲しい機能は数の有利を作り出せるファンネルだし、地上運用で本領を発揮できないファンネルがあっても仕方ないから、意味ないか」くらいなニュアンスでとらえて頂ければ嬉しいです。
いつものご挨拶のようになってますが、誤字報告ありがとうございます。
何故誤字をするのか、何故でしょう……なんでなんだろうなあ……生暖かい目で見守って下せえ……
そして感想、高評価、お気に入り登録もありがとうございます!
頂ける感想が本当に嬉しいです。自己満足で書き始めた作品では当然あるのですが、こうして皆様に楽しんでいただけて、それが何よりの励みになります。本当にありがとうございます。
引き続き、感想、高評価、お気に入り登録など頂けると嬉しいです!