ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
楽しんでいただければ嬉しいです!
声が、聞こえる。
あそぼう、あそぼう、あそぼう。
彼らの声が、聞こえる。
あそぼう、あそぼう、あそぼう。
声が、聞こえる。
あそぼう、おにいちゃん。
閃光が走る。
ビームの放つ極光が幾重にも重なって大気を焼き払い、その後に残る燻りが陽炎を生み出し、揺れる海風に消えていく。
そのあやとりのように交錯するビームの中を、ハサウェイは飛ぶ。
迫る拡散メガ粒子砲の弾幕、その中を掻い潜り、さらに狙撃せんと迫るギャプランのビームを掻い潜り、サバンナを駆けるガゼルのように、ただひたすらに飛ぶ。
「ハーラ、リフレクタービットが出てくる。ミサイルで撃ち墜として」
『っ、は、い!』
気遣う余裕はない。集中のあまり、冷たささえ感じる程色のない声に、ハーラは思わず声が詰まった。
弾幕回避のためのGも酷い。リニアシートがGを軽減しているはずなのに、ずっと内臓が押しつぶされそうなほどの強いGがかかり続けている。ハーラは浅く呼吸を重ね、酸欠の魚かのように喘ぎながらも、必死に酸素を取り込もうとした。
ノーマルスーツからは僅かな呼吸でも血液に十分な酸素が行きわたるように高濃度酸素が噴出され、下半身はブラックアウトを防ぐために痛いほどにパンプアップされている。
モニターには目に痛いほどの光が通り過ぎ、また迫り、輝度の抑制さえもままならないほどの速さでビームが撃ち込まれている。
剣林弾雨、鉄風雷火、どんな言葉がこの戦場を形容できよう。ここはまさしく地獄であり、ほんの1メートルずれただけで命が蒸発する鉄火場だった。
にもかかわらず、未だ被弾はゼロ。
ハーラはGに耐えながらも、その驚嘆すべき、否、もはや恐怖すべきハサウェイの技量に瞠目していた。
この悪魔さえもたじろぐ修羅場の最中にあって、しかしハーラは委縮することなく、自身の役割をよく理解し、また熟そうとしていた。
あのギャプランを墜とす。そして、敵の攻撃の手を減らすために、リフレクタービットを潰す。
ハーラは自身の感覚が拡張されていくかのような、これまで経験したことの無かった感覚を味わっていた。
見える、私にも、敵が見える!
このメガ粒子砲の弾幕は、あと2秒。そうしたら、しびれを切らしてビットを打ち出す。
叩くのは、その瞬間。そして、そのとき以外に攻撃の時は無い。
今撃っても弾幕で撃ち墜とされる。その先は、リフレクターを介してもっと弾幕が濃くなる。そうなったら、ハサウェイでも危ない。
ハーラは、およそ見たことも無かったサイコMk-IIがどういった武装を用意しているのか、そしてそれがどういう機能を有しているのかまで、直感として理解できていた。まるで、知識を共有され、その認識さえも当然化されているかのような、万能感。そんな感覚がハーラを助けていた。
閃光が瞬く。
すうーー……はあーー……。
息を吸い、息を吐く。呼吸を整えろ、少しでも集中力を高めるために。
あれほど騒がしかった音が、光が、今はもう気にならない。1秒先の未来が、まるで今の景色と重なるようにぶれて見える。
集中しろ。
すうーー……はあーー……。
来るぞ、備えろ。
光が、収まる。
今!
「ハーラ、今!」
ハサウェイの呼びかけと全く同じタイミングで、ハーラはトリガーを引いた。
ミサイルが放たれる。未だビットは展開されていない。だが、ミサイル発射の、ほんの一瞬だけ後、ビットが射出される。
ターゲットは、そこ!
ごく短距離での誘導指示は、ミノフスキー粒子に阻まれることなくコンピューターを介してミサイルへと伝達される。
そして、ビットが展開し、その羽を広げ浮遊し始めた直後に、ミサイルが撃ち込まれる。
爆散。
目標を完全にクリアする。
しかし、ハーラには、これまで見えていなかったものがしっかりと見えていた。
後ろ!
弾幕が収まったこの一瞬に、背後に回るギャプランを、ハーラは決して見逃さなかった。
当たれ!
声を出せる余裕はなくとも、戦闘への余裕が僅かに作りだせた。
ミサイルが放たれる。高速で飛翔するSFSから、さらに高速で射出されるミサイルが列をなすようにして飛行機雲を作り出す。
ドッグファイトの攻守が入れ替わる。
ギャプランは迫るミサイルへの対処に迫られ、そしてほとんど同時刻にリフレクタービットを消失させたサイコMk-IIは、ほんの一瞬だけ、しかし致命的に死に体を晒した。
そして、それを見逃すハサウェイではない。
列をなす飛行機雲、それに身を隠すかのように、一瞬の完全静止。進行方向へ足を向けるかのようにSFSを横倒しにして、眼下に広がる海と、殆ど直角になり、本当に僅かな時間だけ静止する。
時が止まる。
ハサウェイの中で時が止まる。
音も光も止まって、曇り空に包まれた灰色の世界の中で、束の間の静寂が生み出される。
そして、極光の如きビームが、スナイパーライフルから放たれる。
鞭のように僅かにしなりながら、空気の中を切り裂くようにして、およそ通常のジェガンスナイパーでは撃ち出せないかのようなビームが放たれる。
それは、ジェネレーターと直結させ、Iフィールドを完全管理し、砲身に莫大な負荷を掛けながらも、ビームマグナムの70%に迫る威力で撃ち出すことが出来る、しかしその負荷故に3発が限度と想定された、ハサウェイが用意した虎の子の1撃だった。
これで、終わってくれ。
悲哀と悲痛を滲ませながらも放たれたビームは、サイコMk-IIの頭部へと正確に進み、
しかし、その直前で、岩に弾かれる雨粒のように、ビームは見えないフィールドによって弾かれ霧散した。
その光景に、ハサウェイは苦虫をかみつぶした。
「Iフィールド、いや、サイコフィールドかっ」
それも、モビルスーツが携行できるであろう通常兵装では、およそ突破することが出来ないほどの硬さ。
地球上での威力減衰を加味したとしても、その硬さは、かつて相対したネオジオングを彷彿とさせるほどのものだった。
君は、死ぬためにそのマシンに乗っているのか……?
それほどの出力のサイコフィールドは、例えそもそも搭載されていたIフィールドの性能を加味したとしても、ハサウェイのニュータイプ能力で発揮することは不可能な硬さだった。
そう例えば、後先を考えないほど強力な強化措置をしなければ……
ハサウェイは、自身のニュータイプ能力の限界を知っている。
アムロやシャアほどの拡張能力は無く、バナージやマリーダほどの強度も無く、フロンタルやゾルタンほどの戦闘特性も無い。
良く言えば万能型、悪く言えば器用貧乏。ネオジオングを動かすにあたってバンシィレベルのサイコマシンを用いなければ動かせない程度の、そしてそのバンシィの最大スペックも、バナージが駆るユニコーンを超えることは一度も無かった程度の、決して突き抜けることはない、そんな程度の能力。
そんな自分が、サイコガンダムMk-IIを操縦するためには、どれほどの強化措置が必要なのだろう?
例え命を差し出しても、それほど長く動かすことは出来ないだろう。
憐れに思った。不憫に思った。可哀想に、まるで電池の様に消耗される自分のコピーに、ハサウェイはただただ痛みしか感じられなかった。
声が聞こえる。彼らを感知したその時からずっと。
遊ぼう、遊ぼうと。無邪気にはしゃぐ子供の声が、抱っこをせがむ赤子のような声が、脳に届いて、心に響くような声が。
ずっと、聞こえる。
あそぼう、あそぼう、あそぼう。
どうして、なんて悲しみに暮れることさえも、今のハサウェイには許されていなかった。
してあげられることは、たったひとつだけ。
楽にして、やらなきゃ。
殺して、やらなきゃ。
もう助からない。それだけは分かっていた。
バンシィに呑まれたリディのように、後でどうにかなるようなものではないのだ。
もう、どうにもならないのだ。
それだけは、嫌なくらいに分かってしまった。
自身の頬を伝う涙の存在を、しかしハサウェイは気付くことさえできずにいた。
※
体勢を立て直すと直後にメガ粒子砲の弾幕が迫る。
それを回避しながら、次なる機会をうかがう。
もう一手必要だ。サイコフィールドを拡散させて、ないしは減衰させて、確実にビームを届かせるために、もう一手が。
その状態を作り出すためにも、まずすべきは、ギャプランの排除。
迫るミサイルからモビルアーマー形態で逃避し、シールドバインダーを後方へ向けて迎撃する。
おおよそのミサイルを排除すると、モビルアーマーからモビルスーツ形態へと変形し急激なエアブレーキ、ミサイルがギャプランを追い越す。追い越したミサイルを撃ち抜き排除。
踵を返すかのようにモビルアーマー形態に再度変形し、ハサウェイたちに迫る。
挟撃される!
ハーラはミサイルで再びギャプランを牽制しようとしたが、それより早くハサウェイがギャプランを撃つ。
しかし当たらない。当然のようにギャプランが回避する。中遠距離ではお互いに先読みが勝つ。
当然だ、同じ人間が、同じニュータイプ能力で撃ち合っているのだから。単発射撃ではお互いに対応しあえてしまう。
返す刀で放たれるギャプランのビームも、ハサウェイは当然のように回避する。
しかし、回避した先に迫る、拡散メガ粒子砲。
それは、ハサウェイがよく使う、確殺のための2射目だった。
単発では、1射のビームで殺せないのなら、弾幕を使えばいい。まずもって避けられないような弾幕を、回避後の死に体に放つ。
例えエースクラスであっても、確実に殺せる布陣。
しかし、ハサウェイにとって弾幕は、決して避け切れない面の攻撃ではない。
何故なら、弾幕はその内側にこそ活路があるから。
前に出ろ。
ハサウェイは、迫りくる弾幕へと前進する。
正面、右前、詰まる、一瞬待て、回れ、左前、突っ切れ。
避けるのではなく、掻い潜る。弾幕の中の、しかしマシンが通れるスペースへ。
SFSとモビルスーツ2機が通れる隙間は、そう多くない。けど、ジェガンの大型のシールドで機体を覆えれば、肩やサイドスカート、というか、装甲にはかすってもいい。
被弾覚悟、では無く、被弾前提。致命傷さえ回避できればいい。
メガ粒子が装甲を溶かす。しかし、拡散されたメガ粒子砲は、かする程度では装甲を溶かせども、装甲を完全に蒸発せしめ、フレームにダメージを与えるほどの熱量は無い。
拡散メガ粒子砲が通過するまで、一呼吸程度の時間しかない。
しかし、ハサウェイにとっては隙を見つけるにあたって十分すぎる時間だった。
メガ粒子砲の弾幕を、完全に抜ける。
しかし、一呼吸ほどの時間があるのは、ギャプランにとっても同じ。
回避直後のマシンを狙う、必死の3射目。
されど、ハサウェイはそれを見ることも無くバレルロールして回避する。
見えているぞ。
それは言葉なくとも通じる、射撃での撃墜は不可能だとでもいう挑発だった。
しかし現実問題として、じり貧なのはハサウェイとハーラだった。
敵の攻撃を掻い潜り反撃をしている、という現状は、攻められ続ける最中に辛うじて攻撃を返している状態、とも言える。
シールドも装甲も無限ではない。そして、ミサイルにはもっと数に限りがある。
そして、小出しにしながらの戦闘では、状況をどうにかする前に、万策より先に弾薬が尽きる。
ハサウェイはそう考えた。そして、ハーラもその考えを何となく理解していた。
戦場での、戦友との阿吽の呼吸とでもいうべきそれは、ハーラに覚悟を決めさせた。
勝負は、今、ここで決める。
メガ粒子砲を放った直後のサイコMk-II、止め刺しの1撃を回避された後のギャプランは、しかし確実に死に体であった。
そのほんの少しのゆるみは、やはり致命的であった。
行け!
ハーラはSFSとEWACに残されたすべてのミサイルを吐き出した。
そして、そのミサイルに合わせてハサウェイはサイコMk-IIに完全に背を向けて、ギャプランへと飛ぶ。
まずは、お前だ。
ミサイルを回避せんとモビルアーマー形態になって回避を試みるギャプランに、逃がしはしないとハサウェイは狙撃する。
ハサウェイが完全にギャプランを仕留めに掛かったと理解したサイコMk-IIは、ならばと後ろから弾幕をはり墜としにかかる。
状況次第ではフレンドリーファイアに繋がりかけない弾幕だった。しかし、それでもなお火砲は止まず、むしろ激化する。
弾幕の中、ハサウェイは直感に身を任せた。
見えていないけれど、視えている。
理性でもってギャプランを仕留めに掛かり、直感でもってサイコMk-IIの弾幕を回避する。
ギャプランが、もはや逃げるのは不可能だとミサイルの迎撃へと入る。
それと同じく、ギャプランへ向かう量の倍ほどのミサイル群が、サイコMk-IIへと襲い掛かる。
サイコMk-IIの装甲は堅牢だ。しかし、山のようなミサイルの直撃を受けて問題ない程の装甲ではない。
迎撃し、回避し、それでも対応できないものはサイコフィールドで押しつぶさなければならない。そして、何もせずとも向かってくる攻撃を、さながら無敵のバリアーのように防ぐことが出来る程、ハサウェイのニュータイプ能力の、その強度は高くない。
その対応に掛かる最中、弾幕は完全に消える。攻撃に専念できる時間的余裕が、生まれる。
この瞬間を待っていたんだ。
サイコMk-IIの意識が完全に防御へと傾き、ギャプランはミサイルの対応に掛かりきりになる、その瞬間。
ハサウェイは、最高速度を惜しげも無くだし、SFSの耐久値など気にすることなく、遮二無二ギャプランへと接近する。
遠距離ではお互いに先読みが効いて千日手になる。中距離ではミサイルを囮に使っても決め手に欠ける。
だったら、最後は格闘戦で決める他ない。
出力で劣る機体での格闘戦。ハイリスクだ。
そのリスクを補うための、ミサイルでの弾幕。
ミサイルの対応に追われれば近距離射撃で墜とされる。では多少の被弾を無視してパワーファイトの格闘戦に持ち込めれば?
ギャプランは、意図してシールドバインダーで、迫りくるミサイルを、1発だけ受ける。
接触の瞬間に爆発、と同時に、方向転換。
シールドバインダーを犠牲に、爆発を疑似的な加速装置へと変換させ、ミサイルとのドッグファイトを抜ける。
ロングバレルビームライフルを構え直し、ビームサーベルよりリーチの長いヒートブレードを構える。
速度を殺すことはない。激突せんとお互いが迫る。
しかし、単純な速力で勝るのは、やはりギャプランだ。
ハサウェイはスナイパーライフルをSFSへと捨て置き、腰のビームサーベルへと手を伸ばす。
この瞬間に、ギャプランは勝利を確信した。
ジェガンのビームサーベルの出力ではヒートブレードを両断できない。それは、最初の衝突の際に確認できている。
この速度で鍔迫り合いになれば、体当たりの瞬間に重量で勝るこちらがジェガンを弾き飛ばせる。ジェガンのスラスターで空中戦は不可能だ。あとはビームで撃ち抜けば終わる。
間合いが近づく。一足一刀の間合いが。そしてその間合いは、長い獲物を持つこちら側に有利な間合いだ。
踏み込む。
ギャプランのヒートブレードが薙刀のように振り下ろされる。
ハサウェイは、ビームサーベルを抜き打つ。
刹那の時。
太刀が切り結ばれ、
ビームサーベルが、ヒートブレードを両断した。
ハサウェイは知っていた。最初の衝突で。ヒートブレードの頑強さを。
だから小細工を弄した。虎の子の一撃と同じく、Iフィールドを制御して、通常用いられるサーベルのビーム出力を抑え、そのリソースをメガ粒子の高速循環に用いた。
か細く、ともすれば消えるのではないかと思うほど細いビームサーベルが、一瞬たりとも止まることなく、濡れた障子紙を破るかのように、ヒートブレードを両断した。
抜き打ち、返し。
逆袈裟に振り抜かれたビームサーベルが、今度は袈裟に振り下ろされる。
ギャプランは、その振り下ろされる腕へと、たった今両断されたロングバレルビームライフルを放り投げた。
接触、そして誘爆。
サーベルはマニピュレーターからこぼれ、爆発によってジェガンの体が崩される。
例え虚をつかれても、崩れず、乱れず、次善策を即興する。それは、他ならぬハサウェイの強さだった。
一足一刀を踏み越え、ミドルレンジからクロスレンジへ。
この距離では戦術も何もない。用いることが出来るのは、文字通りの体一つ。
崩れた体のまま、それでも前へ。放たれるのは、シールドバインダーさえ失った、右の抜き手。
ギャプランの抜き手が、ジェガンのコクピットへと迫る。
ハサウェイは、意図せず崩された姿勢をオーソドックスな左前の構えへ持ち直させ、迫る抜き手を、左手でパリングした。
しかし、速度は殺されることなく。2機の距離は、完全に潰れる。
クロスレンジから、ゼロレンジ。
ギャプランは完全な死に体となって、ハサウェイへと迫る。両手は使えず、離脱を図れるほどの時間も無い。
迫るギャプランに対して、ハサウェイはジェガンの右腕を抜き手にし、構える。
ふと、声が聞こえた。
ありが、とう、おにい、ちゃん。
最後に聞こえたのは、遊び疲れて満足したかのような、そんな笑い声だった。
息を呑んだ。
ハサウェイの右の抜き手が、ギャプランの胸部を貫通する。
金属や機械がひしゃげる音が響く。しかし、ハサウェイが感じていたのは、もっと有機的な感触だった。
温かく、柔らかく、幼く愛おしい何かが、今確かに、この手によって奪われた。そんな、有機的な感触。
「……ごめんね」
体を返し、腕に突き刺さったギャプランを、体を返してSFSの外へ捨て去る。
一瞬の後、誘爆。
彼は、跡形も無くこの世から消え去った。
勝手に作られて、弄ばれて、戦わせられて、最後は殺された。
コクピットに搭載された彼は、そもそも人の形をしていなかった。
でも、彼は人間だった。他ならぬ、僕自身の写し身だった。
それは、僕自身が一番わかっていて……
「っ!」
それはニュータイプ能力が生み出した一瞬の虚。
同情だとか、感傷だとか、そう言った人間的な意識の共有。
ハサウェイと、そしてそのクローンと、ニュータイプ能力に覚醒しつつあるハーラの3人の接触は、その感情や情景を共有させ、感応を共振させた。
結果、致命的ともいえる一瞬を生み出した。
振り返ると、既にサイコMk-IIは攻撃の準備を完了していた。
こちらは、攻撃の準備さえもできていない。
完全なる死に体。
どうする?
回避行動へ移せるか?
どうする?
否、この先は無い。攻撃の瞬間はサイコフィールドは展開できない。攻撃だ。
どうする?
足元に転がるビームスナイパーを拾って、Iフィールドを構築し、虎の子を撃つまでに0.5秒はかかる。1秒後に迫るメガ粒子砲を、それで回避できるのか?
どうする?
回避に専念したとして、次の機会を奪えるのか?
一瞬という、戦闘に置いての絶望的なほどの虚は、それまでハサウェイを強者たらしめていた先読み能力を殺し、圧倒的戦力差であっても戦うことが出来ていたタクティカルアドバンテージを完全に殺した。
覚悟を決めろ。ここで決着をつける。
足元に転がるビームスナイパーライフルを構え、即座にIフィールドの調整を済ます。サイトもロックオンも何もない。脳の瞳で敵を見据えろ。
あとは、撃つだけ。
ハサウェイは、トリガーを引いた。
しかし、ビームは放たれなかった。否、マニピュレーターが破損し動かなかったのだ。
理由は単純、先の抜き手である。あれがマニピュレーターにダメージを与え、エラー警告こそ出さなかったものの、トリガーを引くという精密動作に入った瞬間に。マニピュレーターはコンピューターからの命令に従えなかった。
致命的な一瞬を殺し、その致命的な一瞬の中で、さらに時間が過ぎていく。
どうする?
今から持ち替える?
無理だ、そんな時間はない。
どうする?
回避行動に移らなきゃ。
ハサウェイには、その時が酷く長く感じられた。
それは、かつて感度も自分を助けたタキサイキア現象に他ならなかった。
しかし、今回は違う。
時間が引き延ばされているのに、体が自由に動いてくれない。
引き延ばされる時間が小さすぎて、肉体がその時間に追いつけない。
しかし、無情にも未来が見える。ニュータイプ能力が見せる未来では無く、状況的にこの先辿るであろう未来。
メガ粒子砲に呑み込まれ、そのまま消失する、そんな未来。
ふと見えたのは、家族の顔、友の顔、仲間の顔、尊敬する人たちや、これまで関わってきた、色々な人々との、記憶……
これって、走馬灯……
瞬間、曇天を切り裂いて、何かが上空からサイコMk-IIへと激突した。
それは黒い影だった。
黒いサイコMk-IIへと、その黒い影が激突し、そしてより大きな影が到来した。
そして、その影は光を放ち、サイコMk-IIを押し返した。
黒い影が重なり、光を放つ。
黄金の角が二つに割れ、全身を覆うサイコフレームが光を放つ。
その黒い影は、ハサウェイが良く知るマシンであり、そのマシンから感じる波動は、ハサウェイが最も信頼を置くうちの一人だった。
「バンシィ……マリーダさん!」
黒き獅子が、絶望を打ち砕き、地獄を生み出した珊瑚海へと降臨した。
※
ガランシェールが地球へと降下しようとする、その直前、クェスとマリーダは確かにその波動を感じた。
「っ、姉さん!」
「ああ、分かっている!」
ハッとしてマリーダは即座にブリッジから格納庫へと向かい、それが何なのか分からずに目を丸くするジンネマンたちに、クェスが言う。
「ハサウェイが戦ってます!」
「何だと!?」
「場所は、オーストラリアの……北東の海!劣勢です!このままだと、負けちゃう!」
「そのこと、マリーダは……」
「姉さんも同じことを感じてます!すぐに助けに行かせてください!」
「いや、だったらガランシェールごとルートを……」
「それは駄目だ、キャプテン」
ジンネマンの言葉を遮ったのは、ブリッジへとたった今来たアンジェロだった。
「キャプテン、勘違いをするな。我々はネオジオンとロンドベル両方の陣営から信任された先行部隊としてこの場に来ているのだ。勝手な行動は許されない」
「ですが……」
「もしもこの状況で勝手を働けば、ここまで手間と時間をかけてようやく漕ぎつけたアデレード会議を、我々が台無しにするのだぞ。分かるな?地球に降りて以降、我々に独自判断できる行動などない」
アンジェロは厳しい口調でそう言い切ったが、ジンネマンは確認し返すかのように聞く。
「……地球に降りて以降、ですな?」
「そうだ。地球に降りて以降だ。宇宙空間で、しかもこの状況で我々が何をしようとも、それはエントリー前の小事だ。システムに異常が見つかったでも、推力の計算を見誤ったでも、重量計算が狂った為バラストを捨てたでも好きなように言い訳が付く」
「……虎の子を使わせていただくことになりますが」
「構わん。こういった事態のための装備だ。使うべき時に使うのだ、文句はないよ」
アンジェロは回線をオープンにして話しかける。
「聞こえているか、マリーダ大尉」
『はっ』
「今からバンシィとプロトベースを放出する。理由はどちらも試作機だったため予期せぬ異常が見つかり、それがガランシェールのコンピューターに悪影響を与えたためだ。しかし緊急事態だったため放出前に状況をよく確認せず、中にいるマリーダ大尉ごと放出してしまった。マリーダ大尉はプロトベースのビームバリアで何とか大気圏を突破し地球へ降下。その後たまたま戦闘をしていたハサウェイと合流する。あとはまあ、ハサウェイに回収されて地上で無事を確認される。そんなものでいいだろう」
『了解しました』
「プロトベースのビームバリアは機能的には問題なく大気圏を突破できる。実証実験は大分昔にハサウェイがやった程度だが、まあ問題ないだろう」
さて、あと確認しておくべきことはあるかな?とアンジェロがブリッジを見渡した。
皆が無言で頷く。
「では、そう言うことだ。大尉、健闘を祈る」
「頼んだわ姉さん。ハサウェイをよろしくね」
『ああ、任せろ。マリーダ・クルス、バンシィ、出る』
ハッチ開け!とジンネマンの号令と共に、ガランシェール後方に接続されたミノフスキードライブが分割され、それと同時に後方ハッチがフルオープンされる。
ガランシェールからバンシィと、ハッチ内側に装着された直径30メートルは超えようという大型の円形ベースジャバー、プロトベースが放出される。
バンシィはプロトベースに乗り、単独で地球へと降下していく。
プロトベースはハサウェイとバナージが新たに開発した、ビームシールドを内蔵し、下方からの衝撃にビームシールドで対応できる新型ベースジャバーの試作品だった。
その副次的効果として、ベースジャバーでの大気圏突破が可能になった。
大気圏へと降下していくバンシィを見送る。
「……不要物の放出は完了した。我々は、予定通りに地球へ降下する。問題無いな?」
アンジェロの言葉に、即応の返事が返る。
「よろしい。では諸君、よろしく頼む」
無事でいろよ、ハサウェイ。胸の奥で呟くその声は、誰に届くわけでもなくアンジェロの中で呟かれた。
※
大気圏降下が終わる頃、マリーダはその波動を感知していた。
降下ポイント周辺は雲に包まれ目視は困難であったが、しかしそれ以上にハサウェイの呼吸を感じていた。
苦戦している?ハサウェイが?
大気圏への降下姿勢から、前方へビームシールドを展開させる加速姿勢へとシステムを制御する。
重力に引かれ墜ちてゆく自由落下でも、ビームシールドで前方投映面積を制御することで速度そのものはいくらでも乗る。
音速を優に超えて、マリーダは落下する。
戦場に近づけば近づくほど、その緊迫感が増していく。それは、まるでネオジオン抗争で味わったかのような、ニュータイプ同士の戦争、それも、ガンダムとの闘争を彷彿とさせるほどの厳しさがあった。
そして、マリーダはふと疑問を覚えた。
なぜ私は、ネオジオン抗争を思い出したんだ?
マリーダは歴戦の猛者である。新兵だったネオジオン戦争の頃など既に遥か彼方の記憶だ。そして、それよりも直近で経験した戦場もいくつもある。
それは初めてハサウェイと戦ったラプラス事件がそうであるし、それ以降も反ジオン勢力との武力衝突や、ジオン過激派、もしくは旧ティターンズ派閥との武力衝突なども度々経験していた。
にもかかわらず、マリーダはかつてのネオジオン抗争を思い出し、そこに懐かしささえ感じたのか。
曇天に包まれた珊瑚海は上空からは何も見えず、しかしその閉ざされた世界から放たれるプレッシャーは異常そのものだった。
あまりにも強大なプレッシャー、しかし、懐かしささえ感じる。
そして、それほど強大なプレッシャーがあってなお、ハサウェイの存在は感じられても、それ以外の存在が感じられない。
なんだ?お前は何と戦っている?ハサウェイ……
分厚く広い雲へとバンシィが突入する。
そうすると一層濃くハサウェイの波動を感じる。そして、その波動がいくつか存在し、そのうち一つが、たった今消失した。
「っ、ハサウェイ?いや、違う、これは……」
まさか、私と、私たちと同じように?いや、今はどうでもいい……
行け!
ひときわ大きなプレッシャーを放つそれ目掛けて、飛翔する。
プロトベースから飛翔し、背負っていたシールドを射出させる。
サイコフィールド?サイコフレームが、共振している……
「まさか!」
雲を突き抜けると、眼前にはそれが居た。
黒い巨体、人を食いつくし、人を殺しつくす、悪魔のような、そのマシンが。
「サイコガンダムか!!」
サイコフィールドに弾かれたシールドに構うことなく、マリーダもサイコフィールドを展開させ、サイコMk-IIのそれを中和させながら、左腕のヴァイブレーションネイルを叩きつける。
その時、やはり感じたのは、よく知る波動。しかし、そうではない。まるで、姿かたちだけが似ている、全くの別人のような。しかし、全く同じかのような。
声が、聞こえた。
あそぼう、あそぼう、あそぼう……
それは、サイコガンダムには似つかわしくない、いや、かつてのパイロット思えばそうであるかのような、無垢で、憐れで、幼気な、まさしく子供の、いや、子供というにもまだ小さな、そんな赤子のような、ハサウェイに似た波動。
しかし、マリーダは見た。見てしまった。その接敵において、ニュータイプの共感によって。
パイロットじゃ、ない……人の形を、していない……
これじゃあ、マシンを動かすための供物じゃないか……
脳みそだけが、マシンに乗っているなんて……
「……ニュータイプを、生体CPUとして使ったのか……こんな、こんな!!」
マリーダの激昂にNT-Dが呼応する。バンシィは全身のサイコフレームを露出させ、その角を割り、黄金の光を放ちながら、サイコフレーム特有のグリーンの光を纏い始める。
マリーダは、さらに出力を上げヴァイブレーションネイルを叩きつける。サイコフィールドを押し返し、その前面装甲へと接触し装甲の一部がバラバラに崩壊する。
不利を察したのか、即座に展開し牽制代わりに拡散メガ粒子砲をばらまいて、バンシィを離れさせる。
距離を取ると同時に、サイコMk-IIのプレッシャーは一気にしぼみ、勝負は終わりだとばかりに海へと落下を始める。
……またね、お、にいちゃ、ん
最後に聞こえたのは、そんな声だった。
サイコMk-IIが海へと沈んでいく。いや、潜水している。
海底を辿って撤退するつもりなのだろうとマリーダは察したが、深追いは出来なかった。海中装備などバンシィには、というより多くのモビルスーツには搭載されていない。
深追いすれば、出力差と体格差でバンシィと言えども押しつぶされない。
マリーダは、しかし海中へと消えていったその姿を、数秒だけ睨みつけるかのように追い続けた。
マリーダの突入によって、あれほど分厚かった雲は引き裂かれたのか、雲間から青空が見え、そこから太陽の光がかくも美しく差し込んでいた。
その光が、あれほど悍ましかった戦禍の海を、まるで美しいものかのように演出するかの様で、マリーダは思わず顔をしかめた。
読了ありがとうございました。
ごめんマリーダさん!なんか貧乏くじ引かせた!
地球に降りてすぐの戦闘でこれは、なんだか可哀想な気がします。本当にごめん、次回以降で、なんかいい空気を吸わせる予定です。
そして展開が重い!
閃ハサ編は最初からずっと展開どうしようか悩んでましたが、どんどん話が重くなっていく。しかも話が進まない。
次回と次々回で話は進む、予定です。そんなつもりの構想ではあります。
ガンチャンだとVガンが幻想に踊るウッソとかやってるし、なんかそう言うタイミングだったのかな?エンジェルハイロゥ怖すぎ。
映像演出で見ても、過去の映像をちょっとずつ変えて、「ああ過去の話でこんなのあった……あれ、違う!?」みたいに、何が現実で何が幻想か分からなくさせるあの演出、ちょっと凄すぎる。
毎度のこととなりますが、いつも誤字報告ありがとうございます。
過去の話の誤字報告もたまにいただきます。私の誤字は接続詞と文末に多いっぽいです。書きながら直し書きながら直しと書いているせいか、本当に日本語が破綻している時があります。マジでお恥ずかしい……生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
そして感想、高評価、お気に入り登録、本当にありがとうございます。
前話は結構悩みながら描いた話でしたが、好意的な感想が多くて本当にほっとした気分でした。本当に感想に救われております。ありがとうございます。
引き続き、感想、高評価、お気に入り登録など頂けますと嬉しいです。よろしくお願いいたします。