ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
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ヴァリアントとシーラックでは、多くのメンバーが浮足立っていた。
勝利、それは甘美なる美酒。
母艦の護衛という何よりも重大な任務は当然熟すが、それと同時に、もしハサウェイでさえ対処困難な危機的状況に陥った際には、どうにかして助力をする必要があった。
その為、イラムとブリンクスはモビルスーツ部隊とSFS部隊に、周囲への警戒と共に戦況の監視も命じた。
もしもの際は、ハサウェイとハーラを助ける様にと。
最も、それもサイコガンダムMk-IIが参戦した時点でほとんど意味の無い、というよりも不可能な事象と化した。
皆その戦場を見て、こう思った。
あの場に加わった瞬間に、いや加わる以前に、あの戦場へ近づけば、自分たちは間違いなく殺されるだろうと。
最早何が起こっているのかさえほとんど理解できなかった。何故ハサウェイは攻撃に当たっていないのか、なぜ挟撃されたあのタイミングで攻撃を仕掛けて、しかも成功したのか。
一手の失策で命を落とす地獄、スーパーエースクラスの詰将棋のような戦場は、もはやマフティーメンバーに理解できるものでは無かった。
しかし、いやだからこそ、皆その戦場は、もはや神話の世界の戦争の再現のような、ありうべからざる存在が鎬を削る尋常ならざる空間かのように、その激しすぎる魔力に魅入られて、必死になって見守った。
観戦、などと低俗な感情は無かったが、もはや見守る以外できることのない状況で、食い入るようにしてその戦闘を、至高の戦闘を見続けた。
そして、ジェガンが可変機、ギャプランを打倒せしめ、しかし後方より迫るサイコMk-IIが二人を焼き払わんと砲撃を構える最中、暗雲を切り裂いて、天よりガンダムが舞い降りた。
当初それがガンダムとも分からなかったが、角が割れ、顔が割れ、それはガンダムに変形し、サイコMk-IIを追い払って、戦闘は終わった。
マフティーは湧きあがった。勝った!と。
劣勢、なんて言葉ではあまりにも足りない。敗北が必至となった戦場で、しかしハサウェイとハーラは、持てる限りの力を尽くし戦い、それでも届かぬ敵の脅威に挑み、あと一歩のところで及びはしなかったものの、最後はガンダムが味方し、自分たちを勝利に導いた。
センセーショナルだった。ヒロイックだった。未だ年若いマフティーのメンバーたちは、歓声を上げた。
そして彼らが、ガンダムに連れられて帰還する。
黒いガンダムは巨大な円形のSFSに乗って、まるでハサウェイとハーラをエスコートするかのようにして、ヴァリアントへやってきた。
『こちらはネオジオン親衛隊、マリーダ・クルス大尉である。ハサウェイ・ノアの救援にやってきた。事情を詳しくお聞きしたいのだが、よろしいか?』
『勿論だ、マリーダ大尉。私は、本艦の艦長を務めるブリンクス・ウェッジである。私たちはあなたを歓迎する』
『感謝する、ブリンクス艦長』
短い挨拶の後、ハサウェイのジェガンスナイパー、ハーラのEWACを乗せたSFSが先にヴァリアントへ降り、その後に、大型のSFSと共にガンダムがヴァリアントへ降り立った。
ドックには手の空いたメンバーが押しかけ、まるで英雄の凱旋かのように彼らを迎え入れた。
あるものは歓声を上げ指笛さえ鳴らし、そこまで行かずとも声を出して、誇らしげに声を上げた。
降り立つと同時に、すぐにガンダムのコクピットハッチが開き、その中から黒い、特殊なノーマルスーツを纏ったパイロットが見えた。
ヘルメットを脱ぎ、頭を振って髪をなびかせ、その素顔が見えると、その容貌にまた声が上がる。
亜麻色の美しい髪をなびかせた、美麗な女性パイロット。そんな人が、圧迫感さえ感じさせるような黒いガンダムに乗っていた。
まるで物語の主人公のような、ヒロインのようなその様に、彼らは思わず見入ってしまった。
マリーダは、そんな彼らを見て、殆ど表情を変えることなく、いや、ほんの少しだけ表情を歪め、形式的な敬礼のみを表して、即座にバンシィから降り、そのまま走ってハサウェイの元へ向かった。
ハサウェイの元には、既にジュリアとケリアが向かっていた。
二人は、しかしコクピットハッチを開かないハサウェイに、どうしたものかと唸っていた。先の戦闘の時は、帰投と同時にコクピットを開け放って調整へと動いていたのに、どうして?と。
その二人を押しのけるようにして、マリーダはコクピットへと昇る。
「っ、な、なにを……」
「ハサウェイ聞こえるか!聞こえているならハッチを開けろ!!」
マリーダは気にも留めずにコクピットの外装をドンドンと叩く。しかし、ハサウェイがそれに応じる様子はない。
ならばと強制開放のコードを打ち込んで、外部から直接マリーダはコックピットを解放させた。
「なんっ……」
「お前たちはEWACのパイロットを介抱してやれ。あちらもあちらで動けないはずだ」
「えっ……」
「行け」
「は、はいっ」
マリーダの気配に気圧されたのか、二人はハーラの介抱へとEWACへ向かう。
ジェガンのコクピットへマリーダが踏み入る。しかし、それでもなおハサウェイは反応を示さなかった。
マリーダは、表情を歪めながら、しかしゆっくりとハサウェイのヘルメットへ手を伸ばし、脱がせる。
頭をもたげながらヘルメットを脱がされ、それでもハサウェイは、息を切らしながら、どこか虚空を見つめていた。
「……ハサウェイ、聞こえているな。ゆっくりと呼吸をしろ。戻ってこい」
マリーダはハサウェイの頬を撫で、そのままハサウェイの頭を抱きとめた。
戦闘の後もあって、ハサウェイの髪は汗でしっとりと濡れていて、しかしそこに熱は無く、むしろ寒々しいほど冷えていた。
「大丈夫だ。ゆっくりと目を閉じろ。そして深呼吸をするんだ。そうすれば、全部手の内に収まってくれる」
その言葉に従って、ハサウェイはゆっくりと目を閉じる。
ニュータイプ能力は、極限まで高められると、世界との境界線が酷く曖昧になる。
今見ているものが現実なのか、未来なのか、過去なのか。
そもそも今見えているものは、実際にそこに存在しているのか、していないのか。
世界との境界線、その深淵なる狭間まで行ったパイロット、リタ・ベルナルはその状況をこう評した。
時が見える、と。
死への緊張感は、向こう側の世界への入り口となって、強すぎる共感は、その先まで行こうと歩みを進ませてしまう。
マリーダにも、覚えがある感覚だった。
ハサウェイが、ゆっくりと手を伸ばして、マリーダを抱きしめる。
マリーダはそれに応えるようにして、ハサウェイを強く抱きとめた。
「っは、はあ……マ、リーダ、さん……」
「ああ、私はここにいる。久しぶりだなハサウェイ。それに、随分無茶をした」
「ぼ、くは……僕、は……っ」
「何も言うな。大丈夫だよ……大丈夫だから……」
戦場の緊張感が、人を何とか保ってくれる時がある。良くも悪くも、戦場は修羅場だ。余計なことは考えずに、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだけ考えていればいい。
けれど、それが終わると、溜まっていたダメージが一気に肉体にのしかかってきて、急に動けなくなる。
艦への帰投や、慣れ親しんだ行動までは反復できるけれど、それらが終わると緊張の糸が切れたようにして、急にどうにかなってしまう。
それは肉体的にも、また精神的にも。
よくやったと思った。戦場で、敗北必至の状況で戦って、それでも何とか勝ちの目を拾おうと、ニュータイプ能力の共感と共振を極限まで高め合って。
そして、他ならぬ自分を、自分の手で殺した。
戦場で消えたハサウェイによく似た波動は、やはりハサウェイ自身が手にかけた敵機だったのだろうとマリーダは確信した。
どれほどの痛みがあったのだろう。どれほどの悲しみがあったのだろう。
自分を殺して、子供を殺して、赤子を殺して、そして、自分に殺されかけて。
思い返すのは、キュベレイに乗ったあの頃の記憶。自分と同じ生産ロットの姉たちと共に、戦争に出た。姉達は死んで、自分は生き残った。
地獄を見た。思い返したくもない地獄。そしてたくさんのものを失った。
零れ落ちたものを過去にできるまで、私は何年かかったのだろう?そして、それらを振り払うために、どれほどの戦場へ出たのだろう?
どれほど殺して、どれほど殺してくれと願っただろう?
「脳の瞳を、閉じるんだろう?お前がクェスにそう言ったように。ほら、ゆっくりと目を閉じろ」
ハサウェイは、子供のようにマリーダを力いっぱいに抱きしめた。
それが、あまりにも憐れで、マリーダはハサウェイを一層力強く抱き返した。
※
目が覚めると、そこは以前も見た医務室だった。
ヴァリアントの、ダバオから逃げてきて、起きた時に最初に見た天井。
「っ」
脳の痛みに、声にならない呻きを上げる。
痛みと言えば痛みであって、鈍痛とも疼痛とも言えぬ、しかし奥底で響く、嫌な感覚。
「大丈夫か、ハサウェイ」
頬を撫でられ、撫でられたその手を辿って視線を向ける。
「マ、リーダさん……?」
「おはよう、久しぶりだな」
「久しぶり、ですね……?たしかに……」
いや、そうじゃない。戦闘をしていたはずだ。ギャプランを倒して、僕は僕を殺して、振り返って、サイコガンダムを……
ああ……
「……僕は、死んでいましたね……」
「……そうだな」
僕は、下手を打ったのだ。気を取られて、動転して、下手を打った。
マリーダさんが来ていなければ、僕はあのまま蒸発していただろう。ハーラを、道連れにして……
重かった体が、また一層重くなる。それは後悔と、悔恨と、形容しがたい負の感情の集合体で。
やれると踏んで戦場へ出て、命を背負って、下手を打った。
命を、危険に晒して、その尻拭いをマリーダさんに押し付けてしまった。
「……ありがとう、マリーダさん。助けてくれて」
「気にするな。私たちの仲だ。次はお前が助けてくれるんだろう?」
「勿論。この身を投げ出す覚悟ですよ」
演技が勝った口調で言うが、どうにも調子が乗り切らない。どこか渇いた感情で、乾いた言葉ばかりが口を吐く。
それを察したのか、マリーダさんは僕の髪をすきながら、親指で目元を撫でる。
「ずいぶん、髪が伸びたな」
「ああ……木星に行く前に切ろうと思って、でもタイミングのがしちゃって……」
「男前だよ。伸ばしても似合うかもな」
「そう、ですか?」
「ああ。今度クェスに相談してみようか」
「あはは、良いかもですね……」
僕の耳をくしくしと弄びながら、マリーダさんがそう微笑む。
「……マリーダさんは、どこまで視えましたか?」
「……多分、お前が想像する通りだよ」
「……そう、ですよね……」
嫌に心臓が動悸する。呼吸が浅くなる。心が、苦しくなる。
「……覚悟が、出来てなかったんですよ……」
口を突いて出たのは、情けない弱音だった。
「殺す覚悟は、大分昔にできていたと思ってたのに。それが、例え誰であっても……」
「……そうか」
「相手が自分だと分かって、子供だと分かって、声が、聞こえて……動けなくなった」
そうだ、あの瞬間、僕は動けなくなった。呆けてしまった。
背中にいたハーラさえ忘れて、その後ろにいるはずの、マフティーの人たちを忘れて。
敗北すれば、死ぬと分かっていたはずだったのに。
あの瞬間、僕は全部を放り投げたんだ。
「……次は、迷わない。……殺します、僕が、僕を……」
「お前の悪いところは、そうやって全部背負い込もうとするところだ」
むにゅっと、マリーダさんが僕の頬をつまんで引っ張る。それから鼻をつまんで、最後は優しく額を弾いた。
マリーダさんは、一等優しい表情をして、柔らかく微笑んだ。
「優しいお前が、その心を捨てなくてよかった。ハサウェイ、お前が木星へ行こうと思ったのは、人の強さを信じたからだろう?宇宙の果てで、厳しい世界にあっても、未来のために戦う人たちを見たかったからだろう?そんな人たちに、報いたいと思ったからだろう?」
マリーダさんが、また優しく髪を撫でる。
「人は、神じゃない。出来ないことの方が多い。間違いもする。時に愚かな行動だって起こすだろう。でも、それが人間の全てじゃない。お前は、たった一度のミスで、これまでの全てを否定するつもりか?」
思わず目を見開いた。マリーダさんが呆れたように、でも微笑んで、僕を見る。
「良いんだ、お前はそのままで。優しくて、お人好しで。そう言うお前だから、そう言うお前を、私は好きになったんだと思うよ」
照れたように、そう呟く。
「足りないなら、誰かを頼ればいい。お前が僚機に素人同然のパイロットを選んだのも、一人じゃ無理だと踏んだからだろう?一人では無理だった、二人でも無理だった。だったら、三人でやろう。三人でダメなら四人でやればいい。全部を背負い込む必要なんてないんだよ。そんなこと、お前はとうの昔に知っているだろう?」
そう、か。そう、だな。
「……もしかして、結構、焦ってたの、かな……?」
「まあ、焦る理由も分かるよ。この素人同然の集団でサイコガンダムを相手取るとなれば、無理も出るし焦りもする」
何処か哀れんだ視線を向けながら、マリーダさんが続ける。
「私は急遽こちらへ降りたが、今頃シドニーにガランシェールが降りている。アンジェロ少佐と、クェスも一緒に来た」
「アンジェロさんと、クェス?」
「ああ。以降は総帥とロンドベル本隊の到着まで少佐が当座の陣頭指揮を執るだろう。すぐにこちらにも救援を回してくれるはずだ」
「……ティターンズは、潜りますかね?」
「いや、多分本命を動かし始めるだろう。会議まで時間もないし、サイコガンダムは、あのMk-IIだけではあるまい」
「ダバオで、別の個体がありました。Mk-IIじゃなくて、ファーストの方が」
「……なら、多分もう何機かあるだろうな」
「……パイロットは、そんなに準備できますか?」
「私の時は、1ダース作られたよ」
その言葉に、思わず目を見開いた。
知ってはいた。マリーダさんの出生を。でも、詳しく聞こうとは思わなかった。そんなこと聞かずとも、マリーダさんはマリーダさんだったから。
「私は、12番目だった。多分、そう言う技術がティターンズにも残っていたのだろう。もしくは、アクシズから流れ着いたのか。ラプラス事件で、強化技術が使われたように」
「……そう、ですね……」
殆ど同じ推測をした。フロンタルさんがそうだったように、ゾルタンさんがそうだったように、そして彼がそうだったように。
リディさんやバーンさんも、ごくごく軽い刷り込み教育をされてネオジオングを動かしていた。
そう言う技術は、闇に紛れて今もなお続いている。
その技術を利用して、僕は複製された。
「資金的な限界はある。だからサイコガンダムが5機も10機もあるとは思わない。だが、最悪の事態は考えておかなくてはならない」
「……火星に、ジオン残党兵の国が出来ているらしいです。そこには、モビルスーツの生産設備があって、ティターンズの残党も逃げ落ちていて、ジオン公国の再興を目指しているとか」
「聞いている。アデレード会議後の、火星征伐の原因だろう?……いや、そうか……」
「資金と設備さえあれば、そして倫理を無視できる環境であれば。ニュータイプ研究所が求める条件と、合致する気がします」
「……かつて火星ジオンは、アクシズがグリプス戦役へ参加する折、戦力を提供しようとした過去があるらしい」
「アクシズは、元々アステロイドベルトにあったんですよね?」
「そうだ、火星はアクシズとも関係が深い。直接的な合流こそなかったはずだが……いや、総帥が協調路線に転換した際に、そちらへ流れる勢力もあったのだろうな……」
「そのこと、ゴップさんや父さんは……」
「把握しているはずだ。だが……」
「そんなお金を、どこの誰が出すんだ、って話ですよね」
もし彼らに資金があって、現行政府の打倒を掲げて戦力を集めるようならば、そもそもロンドベルが放っておかない。そんな危険分子、真っ先に対処されるはずだ。
そうでない、ということは、金も戦力も人員も大したことないから、危険度は低いと放置されたということでもある。
連邦の資金は、その殆どが地球で回されてる。外から内に、宇宙から地球に物資が流入することはあっても、金を払う先は地球にある連邦政府の関連企業なのだ。
連邦は殆ど循環商法でもって、資金の移動はあっても大げさな経済を生み出すことは無い。
だからこそ、地球の中で、連邦政府の裏金を掴むのはほとんど不可能だが、外に出れば話が変わる。
むしろそんな資金の流出があれば、真っ先にアナハイムがお伺いを立てるはずだ。
物資の流出などはもっとあり得ない。物の経路は3大企業が殆ど把握している。地球から何か運び出そうとすれば、そしてそれを火星に等持ち込もうとすれば一発で足が付く。
そうすればゴップさんやアデナウアーさん、リディさんが黙っていないだろう。
じゃあ、どこの誰が?
「……サイド6か、月あたりか?」
「消去法だと、そんな感じですよね……」
サイド1はロンドベルの拠点だし、サイド3はシャアが首根っこ掴んでる。
サイド2、4、5は復興が終わったばかりで、サイド7はまだ発展途上で経済規模も大きくない。
となれば、中立を掲げて独自路線を貫き、工業力も政治力もあるサイド6、そもそも金持ちでアナハイムのお膝元である月は、どうしても疑ってかかってしまう。
「まあ、考えても仕方ない。それに、ゴップ閣下やガバナンCEOが見逃しているとも思わん」
「そう、ですね。まあ、差しあたっては、どうやってシドニーまで行くか、ですか?」
「イラム・マサムとブリンクス・ウェッジにおおよその航路は聞いたよ。艦は予定通り進ませる。どの道、海路での足の速さなど知れている。いくら情報統制をティターンズが進めても航空索敵をすれば一発だ」
「……出せますかね?航空戦力」
「連邦の識別信号を出す航空機を撃ち落とすとなれば、いよいよ連中は二進も三進もいかなくなったということだろう。それに、それを前提で乗せる人員を考えれば、まあどうにでもなる」
「……それはそれで申し訳ない気もしますけど」
「カスタムジェガンでサイコガンダムに立ち向かった奴が言うことか?」
呆れたように言うマリーダさんから思わず視線をそらした。
だってしょうがないじゃない……他に選択肢が無かったんだもの……。
「まあ、このバカげた状況も総帥たちの到着で終わるだろう。私たちはそれまでに、無事にシドニーに辿りつければいい」
「……ですね」
「予定通りなら、ロンドベル隊と共に、明日には衛星軌道上に到達できるだろう。地球降下が明後日、その翌日にアデレード会議。ビスト技研も早ければ今日中に私たちの保護に来るだろう。そうなれば、後は総帥やゴップ閣下がどうにかしてくれる。」
マリーダさんが僕の目元を親指で撫で、思わず目をつぶった。
「お前は、少し頑張り過ぎたんだ。とりあえず今日は休め。お前が眠っている間は、私がお前の役目を受け持つよ。だからとりあえず、今は寝ろ」
「……は、い」
撫でられる手に身を任せると、急に眠気が押し寄せてくる。
温かくて、柔らかくて、僕はそれに身を委ねた。
「お休み、ハサウェイ」
ぷつんと、意識が落ちた。
※
「改めて礼を言おう。貴艦が居なければ、間違いなくハサウェイは殺されていた」
「……よしてくれ、マリーダ大尉。助けたつもりが、結局我々はハサウェイに頼り切りだった」
「それでもだ。それに、ここまでの大戦力を用意されると、そもそも対応できる軍隊はそう多くない。生き残るためにも、ハサウェイを使うのは仕方ないことだった」
「……すまない」
「それは全て終わった後にハサウェイ本人に言ってやれ」
表情を曇らせるイラムに、マリーダは返す。
「……ハサウェイは大丈夫なのか?」
「消耗しているが、ハサウェイはなんだかんだタフだ。寝ればそれなりに回復するだろう」
「そうか……流石ハサウェイだな……」
「それに、ジェガンでサイコガンダムを相手取るのはかなりの無理筋だが、バンシィとプロトベースならば話が変わる。安全に、とはいかないだろうが、どうにか対処できる」
まあそれ以前に、もうおいそれと攻め込んでも来ないだろうがな。マリーダは心の中でそう呟いた。
「そう、か……流石ガンダムだな」
「あれはガンダムの中でも大分特別だ。例外的だよ」
「……航路はこのままでいいと聞いたが、先の戦闘以上の大規模な襲撃は無い、そう考えていいのか?」
ブリンクスが確認する。マリーダは頷く。
「恐らくないだろう。あれは、多分実地試験代わりだ。ハサウェイを狙ったのもある意味で本命だが、大本命はアデレードだ。そちらに注力するだろうし、何よりネオジオンのアンジェロ・ザウパー少佐が現地で指揮をとる。間違いなく現地連邦軍への呼びかけをし、ビスト技研の戦力を利用する。小出しの戦力では虱潰しにされるだろう。連中もじり貧の多方面作戦はしたくあるまい」
「だったら、あとは時間の問題か」
「最短で半日程度、最長でも明日中にはビスト技研が我々を保護してくれるはずだ。地球降下の際、バンシィとプロトベースの座標は共有されている。あとはどれだけ早くティターンズの実働部隊を抑えて、こちらの捜索に戦力を割けるかだ」
ブリンクスが顎髭をさすりながら思案する。
「……明日中にビスト技研が、我々を保護できない場合は?」
「予想外の事態が発生しているということだろう。その場合、2日後に予定されたロンドベルとネオジオンの地球降下までは独力での安全の確保が必須だ」
「予想されうる予想外の事態に、例えば想定できるものは?」
「そうだな……例えば、ティターンズがその時点で連邦閣僚の身柄を全て押さえて、会議のスケジュールを前倒しにすることが出来た、少佐たちはそれらの対応のためにこちらに戦力を割けなくなった、とかか?」
「……確率としては、そう高くないと?」
「恐らく。ただ、私自身は所詮大尉という身分だ。全体を把握できるほどの情報は共有されていないだろう。もしこの系統で思考を重ねるなら、ハサウェイが起きてからの方が良いだろう」
負けの目は、そう多くない。そうなるように金も時間も掛けてきた。そのようにマリーダも聞いている。
不安要素は、そんな状況であるにもかかわらずことを起こした、連中の自信の裏付けが分からないこと。
「警戒は続けてくれ。何かあればモビルスーツ部隊をスクランブル。戦力は割かないだろうが機会があれば潰しにかかってくるだろう」
「……大尉のことも、戦力として捉えていいのか?」
「この艦の部隊で対処できないようであれば」
その返答にイラムはほっとしたような表情を浮かべる。
その様子を、マリーダは無表情に見ていた。
マリーダは、イラムを始めとしたマフティーのメンバーに感謝していた。ハサウェイを助け、ここまで連れてきてくれた、その事実に関して。
だが、マリーダにとって、マフティーのメンバーの生存如何は、正直言ってどうでも良いことだった。
マリーダの為すべき任務は、ハサウェイを連れてシドニーまでたどり着くこと。ひいてはハサウェイの保護に他ならない。
そして、バンシィとプロトベースの出力と防御力があれば、例え敵がサイコガンダムだったとしても、全く意に介さずに逃げ切ることが可能ではあるのだ。
そうしないのは、ハサウェイが彼らに情をかけているから。
優しいハサウェイは、一度助けを請われると、相手が余程傲慢な態度を見せない限り、助けられる範疇で全力で力を貸してしまう。
ハサウェイは優しすぎる。自分の身を、他の命と同価値として天秤にかけてしまう程度には。
そして、ここの連中は良くも悪くもアマチュアで、戦場を知らない学生レベルの兵士気取りしかいない。
いや、ハサウェイの僚機だったあのEWACのパイロットは覚悟が出来ていたが、それ以外は士官学校以下だ。
ハサウェイがどれほどの苦痛を味わって、それでも戦おうとしているのかを、その哀しさを欠片たりとも理解できていない。
それが、マリーダにとっては気分が悪かった。
ハサウェイは、英雄では無い。
誰よりも優しく、その為傷つきやすい、本質的には純朴な青年なのだ。
そして、先の戦闘で誰よりも消耗している。
肉体的には何てことないだろう。戦闘に際して、また長時間の活動に際しても、言っては何だがハサウェイにとってはいつものことなのだ。
だが、精神の消耗に関しては全く話が異なる。
ハサウェイは、それらに関してはむしろ弱い。バナージほどの共感力があって、しかしバナージほどタフでは無い。
優しいハサウェイは、その悲しみを受け入れてしまう。共有して、共感してしまう。
ただその辛さを、そういった苦しみを表層には出さないのだ。ため込んでしまう。ため込んでしまえる。
そしてどうにも消化できないほどため込むと、ショートしたように動けなくなってしまう。
先の戦闘で動けなくなったのは、まさにそれだろう。
当然と言えば当然なのだ。自分のクローンを、それも赤子の様に無垢なそれを、自ら手にかける。それがどれほど残酷で、恐ろしく、耐えがたいことなのか。自分だったら耐えられるだろうか?考えたくも無かった。
ハサウェイは、今まさに傷を負った。恐らくいつまでも心に残り続けるであろう、これまでハサウェイが経験した戦場での恐怖よりも、ともすれば深い傷を。
きっと目が覚めればいつものハサウェイに戻っているだろう。そう言う奴だ。カッコつけているわけでもなく、ただ痛みを堪えることが出来て、見せないように振る舞える奴なんだ。
それをハサウェイの周囲の人間はみな知っている。
せめて世界がより良くなるようにと、どれほどの時間と労力をかけて、連邦にとっても、ジオンにとっても、スペースノイドにとっても、そして企業にとっても、誰もが得をする技術や仕組みを作り続けてきた。
地球の海洋汚染を改善させ、スペースコロニーや開発資源衛星での環境整備に資金を投じ、モビルスーツやプチモビを普遍的な産業機械として昇華・普及させ、それらでもって雇用の創成と経済活動の活発化さえ間接的に成し遂げた。
それらが、戦場で負った傷の、自分以外の誰かが追った傷の、せめてもの慰めになればいいと。
クェスと共に戦った戦争、フロンタルに背を預けた戦争、すべての戦争で見送った命と、その絶望への花向けにと。
その結果が、これか?
優しいハサウェイは、求められればどこまでも尽くしてしまう。
マフティーのメンバーに、戦ってくれと、戦場に立ってくれと請われれば、きっと請け負ってしまうだろう。
自分の心に追った傷を隠して、行けるところまで。行きつくところまで。
そんなことは、させてはならない。これ以上優しいハサウェイに、悲しい思いをさせてなるものか。
マリーダの心にあるものは、使命感であり、怒りだった。
ハサウェイを傷つけるものは、誰であろうと関係ない。この手で排除する。
それが明確なる悪意を持ったティターンズであれ、善意でもって英雄を望むマフティーであれ。
ロンドベルとネオジオンの地球降下まで、あと2日。アデレード会議開催まで、あと3日。
何も起きずに終えるのなら、それはそれで構わない。酷いことがあったなとハサウェイを慰め、クェスと共に式典を見守ってもらえばいい。
何もないならそれが最善だ。戦場が遠ざかる。これ以上嬉しいことは無い。
しかし事が起きるのであれば、容赦はしない。
それがたとえ、ハサウェイのクローンだとしても。
私が、殺してやる。
マリーダの内心で一層冷たく呟かれたその言葉には、怒りと、しかし哀しさが内包されていた。
※
「そうか……ティターンズは一度兵を引くか……」
「いや、これは戦略的撤退に過ぎない。本命は、2日後だろう。そこに戦力を注ぎ、すべてを終わらせに掛かるはずだ」
「その前に、彼に会わなければならない」
「そして、見極めるのだ」
「見極めて、終わらせねばならない。この100年の失敗に。向き合わねば、人類の半分を犠牲にして、しかし今でも終わらない、この血の連鎖に」
「……君は答えを、知っているのか……?そうだというなら教えてくれ」
「そして、私を導いてくれ」
ハサウェイ・ノア……
読了ありがとうございました!
こういう会話シーンを描けば描くほど思います。私複数人での会話シーン書くのめっちゃ苦手だなって。
2人か3人なら良いんですけど、4人5人6人ってワンシーンに出して、全員に意味を持たせる描写が本当に苦手。
そのせいかマフティーのメンバーを全然出せないし、多分出せてもキャラの全容を掴めずに文章が崩壊するだろうから話すメンバーがめちゃめちゃ限定されてます。
エメラルダやミヘッシャが殆ど出せてないし、ヒロインだったはずのギギさえ影が薄い。しかもマリーダさん出したからハサウェイを慰めるとかもないし……いやギギが今のハサウェイを慰められると思えなかったから出せなかったというのもあるんですけど……
にもかかわらずイラムとブリンクスはどんどんキャラを掴めるようになっていく。すっごく書いてて楽。勝手に喋ってくれる。
ここら辺の技術をもっと磨きてえ……もっと本読まなきゃ……
いつものこととなりますが、誤字報告ありがとうございます!
もう、ね。仕方ないよね。はい、もう割り切ってます。読みづらくてすみません!!
そして感想、高評価、お気に入り登録ありがとうございます!
拙作を楽しんで読んでいただけてる、その事実が本当に嬉しいです!ありがとうございます!!
引き続き感想、高評価、お気に入り登録など頂けると嬉しいです!