ハサウェイがアムロやシャアに影響される前に機械オタクになった世界線のお話 作:陸奥九十九
本当ならもっと長々とハサウェイとメカとの関係を追おうと思ったのですが、多分楽しすぎて終わらないので逆シャアに入れます。
そもそも閃ハサの悲劇を回避するのが目的の小説なので、話を進めないと。
感想や高評価ありがとうございます。コミュ障ゆえに感想返しできませんが、ちゃんと見てます。
僕にとって、男親と言えば父さんではなく祖父ちゃんだった。誤解なきように釈明するが、別に父さんが嫌いなわけでは決してない。軍人という危険な職に就き、今も世のため人のため命をかけて働いている父さんを、僕はとても立派だと思う。
ただ、如何せん一緒に過ごした時間はそう多くないのだ。母さんが毎日のように父さんのことを話してくれるし、月に何度かビデオ電話で話すこともあるが、実際に会えるのは年に数回、時には1年まったく会わない時もある。
父さんに申し訳ないが、僕にとっての父さんは率直に言って「時折家に帰ってくる凄い軍人さん」という印象が強いのだ。
そして、そんな状況を気にかけて、祖父ちゃんはよく僕に構ってくれた。
小さいときは「かけっこができる男の子はカッコいいぞ」と一緒に遊んでくれたし、小学校へ通い始めたころには「ケンカが強い男の子はカッコいいぞ」と道場へ連れて行ってくれた。最近はもっぱら機械いじりばかりだが、「楽器が弾けると女の子にモテるぞ」とギターも教えてくれた。
だから、僕にとって一番身近な男親は祖父ちゃんだったのだ。
そして祖父ちゃんは、常々こう言い聞かせてくれた。「ハサウェイは男の子だから、いざという時はお母さんもチェーミンも守らなきゃいけない」と。幼い頃の僕は。そんないざという時はそうそう来るものではない、そう思っていた。例えるなら、夜に口笛を吹くと蛇が出るとか、雷様におへそを取られるとか、そういうお決まりの定型文というか、特に意味のない挨拶のような物と。
7歳の時だ。僕たちが誘拐され、そして殺されかけたのは。
父さんは連邦の軍人さんで、その当時連邦は、連邦軍の人と、ティターンズという悪い人達と、そんなティターンズを倒そうとするエゥーゴという人達がいて、父さんはエゥーゴとして仕事をしていたらしい。
僕たちは戦争がひどくなる前に、もっと言えば、父さんが死んでしまう前にせめて会いたいと、宇宙に上がろうとしていた。そんなところを、ティターンズに誘拐されて、殺されそうになった、らしい。
らしいというのは、僕はその当時のことをあまり覚えていないのだ。酷く記憶は朧気で、ただ怖かったことと、海で溺れたことだけは覚えている。ボートか船か、何かから海へ落ちた。波の音や船の音や、色んな音でうるさかったのが、海へ落ちるとスッと静かになって、自分の吐く息と心臓の音ばかりが響いていた。苦しさと恐ろしさと、徐々に暗くなる視界と、多分その時に、初めて死というものが目の前に来た。
最後は何もかもが真っ暗になって、そこで何かを見た気がするが、気づけば母さんの腕の中にいた。
そして、こう思うようになった。死というものは、いつでも僕たちの背中に隠れているのだと。そうあれかしと祈れば救いが訪れるように、ほんの少しのボタンの掛け違いで、人は簡単に片付いてしまうと。
それからは祖父ちゃんの言葉がより身近になった。いざという時、例えばティターンズのような人たちがまた現れた時、連邦が嫌いな人が、もしくは父さんに敵対する人が僕たちを交渉材料にしようとした時、もっと単純に殺そうと思った時、そういう時は、準備なくすぐに来るのだと。
そこからは道場での稽古も身が入るようになった。道場の先生は凄い人で、カラテでもジュードーでもボクシングでもムエタイでも、何でも出来て、出来ることは多い方が良いと色んな事を教えてくれるし、先生のお友達もまた格闘家や武道の先生ばかりで、教えられないことは無い、なんて状況だ。
だから何があっても大丈夫、だなんて思わないけれど、自覚と覚悟はできた気がする。先生たちのような人が僕たちを攫いに来たら、銃で撃たれたら、ミサイルが飛んで来たら、モビルスーツで襲撃されたら。過剰な妄想かもしれない。でも、そういう時が来ない確証は、結局ないのだから。
だから父さんからのビデオ電話が来たときに、ああ、その時が来たんだなと、納得してしまえる自分がいた。
※
シャアという人が地球に隕石を墜とすかもしれない。父さんからのテレビ電話の内容だった。
それを聞いて、母さんは理解していた様子だった。シャアならやりかねない、そう言っていた。
チェーミンは詳細は分からないけど、何か恐ろしいことが起こるのだと理解して母さんに引っ付いていた。
僕は、特に何も思わなかった。いや、どこか少し納得していた。母さんほど状況が理解できたわけでもないし、チェーミン同様状況の恐ろしさはなんとなく肌で感じてはいたけど、「ああ、そうか」と、腑に落ちた自分がいた。
思い返せば、それまでもずっと戦争の気配はあったのだ。テレビでは宇宙の情勢を報道していた。どこそこで戦闘があった、こういう被害があった、どのように状況を処理していくかと、毎日のように。けれど他人事のようにも感じられた。もしかしたら父さんがそこで戦っているかもしれないのに、すべての情報がどこか遠かった。
だってそうだろう?ジオン残党が地上で起こすテロ活動だって他人事に感じられたんだ。どうして宇宙の出来事を身近に感じられる?
迫りくる死の気配。それを肌で感じつつも、驚くほどに、僕の心は凪いでいた。
そこからすぐに宇宙に上がるための準備が始まった。貴重品と最低限の荷物を持って、夜逃げするような早さで母さんが準備を整えていった。
祖父ちゃんと祖母ちゃんも状況は把握していた。でも、二人は地球に残ると決めていた。仕事があるし、従業員もいる。そう簡単に去ることはできない。それに、地球は故郷だからと。何もかも捨てて、生きるためだけに宇宙には逃げられない。それに、すべてを失っても、生きてればそれで良いだなんて、それほど生に魅力を感じていない。祖父ちゃんはそう笑っていた。
僕は、どうだろう?
あのGSXも、ポルシェも、僕の宝物だ。壊れても直せる。直して見せる。エンジンが壊れたって、フレームがひしゃげたって、たとえマシンが燃えたって直せる自信がある。
でも、核に焼かれて蒸発してしまったら?エンジンどころか、フレームどころか、ミラーさえ残らなかったら、直すなんてできない。
核の炎に焼かれて、GSXもポルシェも、ミュージアムにあるRもテスタも、あの芸術のようなブラフシューペリアも無くなってしまったら、僕はただ生き残ったことを喜べるだろうか?
祖父ちゃんは俺に生き方を教えてくれた。車の楽しさを教えてくれた。トミナガさんのセッティングは神様の様だった。道場の先生も、学校の先生も、クラスメートも、皆を失って、僕は生きていて良かったと笑えるだろうか?
準備は進む。状況も進む、なのに心は空虚になりつつあった。今生の別れやもしれぬ挨拶をいくつ重ねて、涙は流れなかった。祖父ちゃんは笑って、祖母ちゃんは心配そうに見送って、トミナガさんはまたなと言って。
道場の先生、カノウ先生に挨拶へ行ったときに、その心を見抜かれた。
「怒っているな、ハサウェイ」
「え……?」
「お前のそれは怒りだ。死への恐怖でも、ましてや混乱への怯懦でもない。こんな事態へ陥った、陥らせた、シャアという愚か者への怒りだ」
「怒り……僕は、怒っていたのか……?」
「よく覚えておけ、その怒りを。しかしその怒りに身をゆだねてはならない。怒りは腹に押し込んで、鉄の心を持て。どんなに熱しても、どんなに冷やしても、歪みもせず、割れもしない、鉄の心だ。お前ならば、そんな心が持てる」
「常に冷静に、ってことですよね?」
「そうだが、そうじゃない。常に冷静に正しく物事を見極める。それが出来れば最高だ。言うことは無いだろう。でも人間は、それほど強くできていない。状況に押しつぶされそうになる時もあるだろう」
「今のように、ですか?」
「そうだ。そんな時に、すぐにはへこたれないタフなハートを持て。今のお前のようにな」
「……出来てますか?僕は、タフなハートを持ててますか?」
「出来ている。持てている。初めて会った時からそうだった。お前は強い。きっとお前の祖父譲りなのだろう、その心は。素晴らしいものだ。お前の祖父は、しっかりとお前の心を育ててくれた」
「……はい、大好きな祖父ちゃんです」
「その気持ちを忘れるな。そして状況に流されそうになった時、何が正しいかわからなくなったその時は、心に従え。お前の祖父が育て、お前が強くしたその心に。そして怒りをぶつけるときは、その拳に従え。拳を作り、大地を踏みしめ、腰を入れ、敵を見定め、叩きつけろ。それが出来た時、最高に気分が良いぞ」
先生はあまり見せない笑顔で、僕を見送ってくれた。
※
どうにも近くの空港から宇宙へのシャトルは出てくれないらしい。思えば以前宇宙へ上がろうとした際も、確か香港からのシャトルを待っていたはずだ。戦時下での緊急事態なのか、それとも宇宙への移動は全て管理が必要なのか。そんな詮無き事を考える。
母さんとチェーミンと共に故郷を離れ、父さんが送ってくれた推薦状付きのチケットを利用するため、インドまでの長距離旅行と相成った。インド、あまり印象のない国だった。カレーが国民食とか、アジア圏有数の大国だとか、ヒンドゥー教や仏教の聖地だとか、そんな教科書レベルのことしか知らない。
思えばインド仕様の小型バイクは良く名を聞くが、乗りたいとも欲しいとも思ったことが無かったし、身近に乗っている人もいなかったからだろう。いや、確かホンダのGBはインド発だった気がする。あれは、まあいい車だと思う。祖父さんになったらああいうバイクに乗るのも良い。
空港へ駆け込むと、どうにも状況は悪くなっているようだった。
「乗れないって、一体どういうことなんです!?」
「ですから、もう一杯一杯なんですよ」
「そんな!だってこれ、正式な航空券ですよ?」
もう人を載せられない、次のシャトルも未定、そういう状況らしい。いや、どうかな?周りを見れば見るほど、チケットを渡す人を選んでるように見える。載せる人員はもう決まっていて、僕たちはそこから外されているように思える。
チェーミンが不安げに僕の袖をつかむ。
「お兄ちゃん……」
僕は笑顔を作り、何も言わずに背中を撫でる。何を言えばいいんだろう。大丈夫だよ、なんて言えない。けれど、この状況を説明したくもない。唯々安心させてやりたい。だけどできない。ひどく情けなく思った。
母さんと受付は平行線の会話を続ける。そこに、一人のスーツの男性が割り込んでいった。
「君、2枚で良い」
その男性がそう言うと、受付はさっきまでの論調を嘘のように翻し「はい、2枚ですね」とチケットを渡した。
ああなるほど、思わず笑ってしまった。こういうのを見ると、言葉が無い。チェーミンが見てるんだ、もう少しさりげなくやってくれよ。
男性と受付が何か話をすると、話が決まったかのように「奥さん!お一人乗れます。次の便でお二人ってどうです?」と母さんへ言う。
一人って、でも次のシャトルが決まってないのでしょう?と母さんが話を続ける。
チェーミンが手を握ってくる。僕はチェーミンの肩を抱き、その手をぎゅっと握り返した。
「ハサウェイ、どうやら一人しか乗れないらしいの。あなたが乗りなさい。私とチェーミンは、次の便に乗るから」
母さんがそう言う。
「次の便、いつ出るかは?」
「決まってないみたい。でも、きっとすぐ来るわ。だから、先に行って。ハサウェイも男の子だもの。宇宙を経験する良い機会だわ」
「次が決まってないなら、母さんが乗った方が良いんじゃない?父さんもきっと……」
「子供が変な気を遣うものじゃないわ」
「僕たちは子供だけど、そこまで子供じゃないよ。資金はあるから僕とチェーミンでも生活できる。父さんは、もしこれが大きな戦争で、これっきりになってしまうようなら、父さんは最後に、僕じゃなく母さんに会いたいんじゃないの?」
そりゃ、皆に会えるのが一番だろうけどさ……。僕の歯切れの悪い言葉に、母さんが笑って、僕の額を小突いた。
「ハサウェイは、本当に良い子に育ったけれど、気を回し過ぎるのが玉に瑕ね。私は子供を置いて一人宇宙に上がりたくないし、あの人もきっと、そんな私の心を分かってくれるわ。そしてあの人は私たちのお父さんよ。私だからとか、ハサウェイだからとか、そんなのないのよ。私は一人では行きたくない。それだけなの。それともハサウェイは宇宙へ上がりたくなくて、こんなに怖がってるチェ―ミンを一人で宇宙へ送るつもり?」
母さんが茶目っ気たっぷりにウインクする。そして、僕を抱きしめる。
「大丈夫、きっと全部大丈夫よ。だから気にしないで、先に行って?」
「……うん、分かった」
母さんの肩を抱き返す。母さんが、僕の背中をとんとんとんと、3回たたく。それに微笑む。そうだ、小さい時から、母さんはいつもこうやって僕をあやしてくれていた。
「チェーミン」
「うん……」
チェーミンにハグをして、チェーミンもそれを返してくれる。言葉は必要ない。だってきっと帰ってくるから。だから怖くないよ。行ってくるね。全部伝えられた。そう思った。
「この子が行きます」
母さんが受付へ伝える。
「ハサウェイ・ノア。寄留先は、ロンデニオンね」
「はい、父親がいるんです。ハサウェイ!」
「シャトルはすぐに出ますよ」
もう行かねばならない。今生の別れじゃない。すぐに戻ってくる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。また後でね」
「お兄ちゃん!……また後でね!」
「ああ、次は父さんと一緒に待ってる」
シャトルへ向かう。カノウ先生の言うとおりだ。僕の中には今、怒りが渦巻いている。
※
シャトルはすぐに出発した。窓の外は夜の帳が墜ちたように黒く、ただただシャトルの中を透明に反射させていた。
「ねえあんた」
「……はい?」
スーツの男性と一緒に乗った女性が話しかけてきた。
「名前は?」
「……ハサウェイ・ノア。」
「あたしはクェス・パラヤ。乗る前に一緒にいたの、あんたの家族?」
「……そうだよ、母親と妹だ」
「ふうん、仲良いんだ」
「そうだね。そう思うよ」
「なんで最後、妹と話さなかったの?地球にいたら、もしかしたら死んじゃうかもしれないのに」
「……君」
「クェスよ。君って呼ばないで」
「そう、クェス」
この子、子供だ。多分年はそう大きく変わらないだろうけど、ひどく幼稚で、そして無邪気だ。だから言葉に気を遣うっていう発想が無い。悪気無く地雷を踏みぬくタイプ。こういう子がいるものか……いや、いたな身近に。同年代でないだけで。道場に通ってたアゴン君だ。確か4歳だったっけ?とにかく我が強くて、子供らしく傲慢で、殺すとか死ねとか平気で言ってたな。あれだ、あれとほど近い。結構嫌いなタイプだ。
「死なないし、また会える。そう約束したんだ。思いは全部伝えた。だから話さなかっただけだよ」
「嘘、何も話してなかったじゃない。手を握って、ハグして、それだけだった」
「よく見てたね。それで妹にはちゃんと伝わったよ。言葉にせずともちゃんと」
「なによそれ?ニュータイプ気取り?」
気持ち悪い!そういってクェスをそっぽを向いた。ああ、本当に子供っぽいな。感情だけで動いてる感じが特に。
スーツの男性、アデナウアーさんが戻ってくると、遠くから何かが迫ってくる。シャトルの外、凄く遠くから何かが……
「ああ?」
見えていないのに、何かを感じる。僕はこの感覚を知っている。そうだ、見えずとも、理解せずとも直感できるこの感覚。
「ダメだ、火の玉が……」
クェスがそう呟く。火の玉?そうだ、あれは……隕石?
「キャプテンもっと右によって!」
クェスがそう言うのとほぼ同時に、シャトルは回避行動をとり始めた。
「もっと右なのよ、キャプテン、もっと右!」
「座って!投げ出される!」
クェスが殆ど絶叫するように言う。小さな隕石が礫のようにシャトルの周りを過ぎ去っていく、その衝撃でシャトルが揺れる。その衝撃で投げ出されるクェスを、何とか引っ張って引き寄せる。衝撃が続く。ぶつかってはいないはずだが、揺れが収まらない。
「か、神様……!」
アデナウアーさんが怯えてうずくまる。怖がって、可哀想に。これまでこういうトラブルとは無縁だったのだろう。怯える彼を見て、心が落ち着いていく。
しかしそんなアデナウアーさんを見て、クェスは愕然として、どこか失望していた。何かを吐き捨てようとしたところで、思わず手で口をふさいだ。
「!……なにを!」
僕の手をクェスが振り払い、僕をにらむ。
「そういうこと、するもんじゃない」
やって良いことと悪いことがある。それはやっちゃだめだ。僕をにらむクェスを、思わずそう睨み返してしまった。いけない!そう思ったがもう遅く、クェスは何処か僕におびえた様子だった。
やってしまった……。申し訳なく表情を崩しながら、チェーミンにそうするように肩を軽く叩く。するとクェスはハッと気づいたように僕から飛びのき、席へと戻っていった。
シャトル内を反射する窓越しに、赤熱を纏いながら落ちていく大きな隕石が一瞬見えた。どれほどの大きさだろう?少なくとも、大気圏で燃え尽きてくれるサイズではないと思った。
あの隕石は、地球へ落ちてしまうのだろうか?
不安と焦燥が脳裏を占める。そして口の中で悲しみが暴れて、それを外へこぼさないように僕は歯を食いしばった。
戦争が始まった。そう思った。
書き始める前に逆シャアを見直したのですが、このハサウェイが無断でラー・カイラムに乗り込むとは思えず、展開が分かりません。
明日の私、任せたぞ。
創作の励みになりますので、感想、高評価など頂けると嬉しいです。