視界を塞ぐ銀幕を指で梳く。自分でも味気ないと思える程に美容意識の欠けていたその糸達は、昨今になって漸く持ち主の意識改革により、陽光照り返す柔らかな質感を獲得していた。
彼に"染み"を持っても良いのではと言われた瞬間から、私の部屋にはラベンダーの香りが振り撒かれている。
シンプルさこそを是とする私の感性上でも、複数の香りが混ざることによる香害防止の観点でも、両視点において、自然とシャンプーや一滴だけ入れる柔軟剤。そして、昨夜風呂上がりに少量付けたヘアオイルも。私の生活には最近、ほんの少しずつではあるが、紫の花が顔を覗かせる様になっていた。
自分のイメージに沿って彼が選んでくれた香りが鼻腔を擽る度、脳裏で彼が想起される。いつもならやろうとも思わないのに、今の私の心持は、自然と自身の長髪の房をそっと持ち上げて芳香を嗅ぐことで、少しでも彼に触れていたいと訴えていた。
あの雨夜の一件から数週間。梅雨も明け、いっとう日差しが強くなり始める頃。
着慣れぬ
『やあ、待たせちゃったかな』
その声は喫茶店の店内においても不思議なほどにスっと染み入って。
誰しもの声の波長を覚えている自分だからこそ、これが待ち望んでいた音なのだと言い切る事が出来る。
『カクテルパーティー、ですね』
『......なんで?』
『いえ、なんでもありません。ええと、この場所に辿り着いてから37分と20秒待機していましたね』
『そんなに!?あの、本当にごめんね』
『......ああ、ここは"全然待っていないよ"と言う場面でしたか。対人経験が僅少で申し訳ありません』
なんて、とぼけた様に言ってみる。
彼の慌てふためいた顔が、私はとても好きだ。
『できればそれを言いたかったのは私の方なんだけど......え、今集合時間の30分前だよね?』
『はい。私があまりにも早く来てしまっただけですから、謝らずとも大丈夫ですよ、先生』
『そう言ってくれるなら良かったけど、待たせてしまったのは本当だから。でも珍しいね』
『何がでしょう?』
『いや、ノアはシャーレの当番の時も集合時間の10~15分前にきっかり来てくれるからさ。今回もそれくらいだろうと思ってたんだ』
『それは......時間を勘違いしていた、と言ったら信じていただけますか?』
『ん~、生徒の言う事は信じなきゃいけないね、と言いたいけれど。君に限ればそんなことは万一にもないと思うかな』
『ふふっ、正解です♪』
『なら、何かの用事があったとかかな』
『いえ、私の本日の予定は先生との交流のみです』
『なら......え、どうしたの?』
全く、この人は。
私も大概だとは思いますが、彼は彼で鈍感すぎるのではないでしょうか?
『楽しみなんです』
『へ?』
『楽しみにしていたんですよ?今日の事。出かけるんだと思ったら、体が勝手に動いていました』
『......それはひどく光栄だね』
『でしょう?ですから......』
『───本日は、よろしくお願いしますね♪』
一歩近づいて背伸びをした私は、彼の耳元へと囁くのであった。
さて。なぜ私が柄にもなく、普通の乙女の様な立ち振る舞いをしているのかと言えば......話は先週末にまで遡る。
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『お疲れ様』
『ええ、先生もお疲れ様です』
山のような、と言う言葉が比喩ではなく事実として横たわっていた執務机の上。今は綺麗そのもので、連峰は処理済み書類を格納するケース内にて、学園毎に仕分けられて収まっていた。
この量を二人で捌くのは中々骨が折れる作業ではあったが、弱音を吐く先生に"あるもの"をちらつかせた瞬間、機械の様に凄まじい勢いで仕事を片付け始めた時は流石に面食らってしまったものだ。
先生の監修が無ければならない案件と、そうでなくても対応可能な案件を仕分け、着手しやすいものから効率よく片付けていく。時たま先生が担当する書類にも目を通しつつ、計算等は全てこちらで終わらせていけば、あれだけあった山は幾分かスリムになっていく。
計算に関しては
私にとってその類は、皆が幼少期に暗記している九九とそれほど変わりがないのだから。
そうして全てを終わらせた後、私達は二人して天井を仰ぎ、そっと息を吐いているのである。
『終わるもんだね、本当に。日付も回ってないのが信じられないや』
『ふふっ、徹夜は体に毒ですから。お茶でも入れましょうか?』
『ああ、頼むよ』
『承知しました♪』
戸棚の中を見れば、かなりの品揃えだった。ちょっとした喫茶店でも開ける程度に詰まった茶葉や珈琲豆の数々。少しだけ手指を彷徨わせた後、ハーブティーを手に取った。
電気ケトルに水を入れ、スイッチを付ける。その間にガラスポットと陶器のカップを用意していれば、直ぐに湯が沸いた。先に半量程度の湯をポットとカップに入れ、少ししてから湯を捨て、ポットに入れた茶葉に直接当てて躍らせる様に真打の湯を注ぎ込んで蓋を閉め、開口部と注ぎ口を覆うように布巾を掛ける。そうして数分待てば、部屋中に良い香りが漂い始めていく。温めておいたカップに静かに注ぎ入れれば、出来上がりだ。
『どうぞ、先生』
『ありがとう。正直匂いと静寂だけで心地が良すぎて、飲んだら気絶してしまいそうだけど』
そうカップに口を付けつつ、『あ、おいしい』なんて呟いてくれるものだから、こちらも笑顔になってしまった。
『そうなったら......また付きっきりで看病、ですね♪』
『......私に先生を辞めろ、と言いたいのであればそう言ってくれた方がまだ良心的だよ』
『そんな大事にはならないと思いますよ?』
『教職者として、明日が休日とはいえ、大切な生徒をこんな時間まで仕事に拘束している挙句に同衾なんて事になれば......』
『別に、一度しているのだから良いのではありませんか?』
かつて、自分の風邪を先生に移してしまった際のお詫びに看病を申し出た際、安眠の為の読み聞かせを願われたことがある。その際に彼の年齢の割にあどけない寝顔は十分に堪能させて頂いているのだ。
『あれは熱に浮かされた時の暴挙と言うか、後から考えて、"別にノアまでベッドに入る必要はなかったんじゃないか"とか思わないでもなかったと言うか』
『あら、先生は生徒に責があると言うのですね。......悲しいです』
『大変申し訳ございませんでした』
机の上で見事な三点接地の謝罪を見せる。ゴンっと額が天板に叩きつけられる鈍い音が、静かな室内に木霊した。
『別に怒っている訳でも責めたい訳でもないので、どうか頭をお上げください』
『その節は、ははは......』
私が手渡した濡れ布巾を額に当てて冷やしながら、彼は薄く笑った。
『それはそうと、例の約束、決まりましたか?』
『ああ、あれね......』
例の約束。
なんて事はない。仕事中に作業効率を上げるため、"仕事を終えたら先生のお願いを一つ聞いてあげます"と宣言しただけだ。
昔も同じようなことがあったな、なんて事を回想しつつカップをソーサーへと戻し、彼の方へ近づく。
『なんでも、いいんですよ?』
『その言葉、二言はないかい?』
先生が、何か決意を宿した視線を私へ向ける。いつも優しく温厚で、柔らかい目で私たちを見ている彼のそれとは思えないほどだ。
言うなれば、熱視線、とでも呼ぼうか。
熱さと、温度と。どうしても飢えていると、それを手に入れたいと。そんな情念を孕んだ瞳。
ゴクリと。感付かれない様に生唾を飲み込んだ。
そんなものを向けられれば否応なしに体温が上がってしまう。自らの裡にあった、知らない欲望が顔を覗かせる。
......私は極めて平静を装いつつ、机上にある先生の手に自身の手を重ねて、囁く。
『はい。今回は───えっちな事でも♪』
前回は"それ以外"と付け加えた事柄を許可することが、こんなにも背徳的に感じられるのだと。私はまた初めての理解をした。
それを聞き、彼が返した返答は────────────
『私と、付き合ってくれないかな』
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『それにしても、ノアが私の誘いに乗ってくれるとはね!』
『......えぇ。まあ、はい』
『え、乗り気じゃない!?やっぱり興味なかったかな』
『い、いえ!そんな事は断じてありません。ただ......』
『......ただ?』
『......期待や理想は、勝手に浮かべて描くことは許されても、勝手に押し付けるものではありませんよね』
『急に哲学的な事を言うんだね』
『.......なんでもありません。それで、今日はどちらに出向かれるので?』
『あ、ああ。さて、今日ノアに付き合って欲しい場所はね───』
『私と、付き合ってくれないかな』
『───休日に』
......分かっては居ましたが。でも、こう言った方向性で来るとは思っていませんでした。
先生の要求は、"自分の休日に付き合って欲しい"と言うもの。
てっきり前の様にマッサージであったり、耳かきであったり、───はたまた、"それ以上"であったり。そう言った、その場で出来ることを要求されるものかと身構えていたのですが、先生の欲したものは、私の時間だったようです。
確かに何でもと言いましたし、要求を履行するまでの期間の指定もしていませんでしたが......
でも、一つだけ引っ掛かるのは、ただただ"何故"と言う事です。
態々休日に、こんな面白みのない女と二人で出かけて、楽しいものだろうか、と。
真白に満ちた私よりかは、ユウカちゃんやコユキちゃんを連れ立った方が。ともすれば、お一人の方が楽しいのではないか。そんな思考が頭の中をぐるぐると巡って仕方がありませんでした。
しかし、自分で思っているよりも幾分も正直だったらしい私の口は、咄嗟に『ええ、構いませんよ』『楽しい時間にしましょうね、先生♪』などと口走っており。気が付けば先生に送られて、自室の玄関に立ち尽くしていました。
まあ、色々と考える事こそあれど。了承してしまった以上、滅多な事でもない限り、約束を断ることは不義理になってしまうでしょう。
何より私自身の、普段は抑えている"主観"のみで語るのであれば......彼と共に過ごす休日は。
......純粋に、楽しみだったのです。
そんなこんなで私はその日から、至急行動を開始していました。
クローゼットの中を確認し、飾り気のない、私服と言っていいのかも分からない服を見れば、即座に衣服を揃え。
普段の生活に於いては清潔感のみを重視した
昨日は我ながら鬼気迫る勢いで全ての業務を終わらせ、誰よりも早く帰宅して。入浴を済ませて床に入り......全く眠れず、意識を飛ばしたのは記憶上4:12分で。
しかしてたった2時間の睡眠の末に目覚め、仕方がなくシャワーを浴び、出来る範囲で一分の隙も無く自らを整え。
......気が付いたら、此処に立っていたのです。
いえ。無論、記憶力に長け過ぎているこの脳の持ち主として、この表現は正しくはないのですが。
今この瞬間に至るまでの全てを記憶しています。その上で"気が付いたら"、だなんて可笑しい話だと理解はしていますが......そうとしか言えない程度には、私の思考は今日この今からの事で占有されていたのです。
『水族館、かな』
『水族館......ですか?』
思考と言葉を今進行中の会話へと引き戻す。彼の口から出たのは意外や意外、と言うほどの物でもなく。しかし、私を態々連れていくにしては少々首を傾げる場所でした。
『うん。と言うより、水族館を含めた色々な施設が合体した複合型の商業施設がD.Uに出来たんだけど、ノアなら知っているかな』
『はい。そちらの建設にはもとより、ミレニアムも出資しておりますので』
『ははは、そうだったんだ。なら、中身も?』
『そうですね。一度どういった施設が入るのかについてのリストには目を通しました。色々と入り混じっているためターゲット層は絞り辛い事が考えられる反面、連邦生徒会管轄地区であるD.Uへの建設と言う事で、様々な学園の生徒が来館する期待値が高い事と、D.Uの中にミレニアム出資の建築物が増える事についてのメリット面を考慮し、協議の末認可された、と記憶しています』
『そんな裏事情が......』
『実はそんな背景がありまして。しかしそれはそれとして、近日オープンする場所という形で告知のみが為されている場所であって、まだオープン前ではないでしょうか?』
『うん、そうなんだけどね』
そう言いながら彼は懐から端末を取り出す。その画面を見れば、そこには"プレオープン"の文字が躍っていた。
『プレオープン、ですか』
『うん。D.U区画に在住している住民と連邦生徒会の面々に招待状が来ていてね。出資関係各位への案内の前に所感を聞いておきたいんだと。だからまあ、プレオープンのプレオープン......セミプレオープン、ってところかな?世帯当たり2人迄で届いていたんだ。忙しいから行く気も無かったんだけど、"先生には是非とも"なんて言われてしまうとね』
『それは、なんとも"pre"の意味が揺らぎそうな形式ですが......なるほど。そう言う事であれば、ミレニアムの方にその連絡が入っていないことも納得ですね』
『よかったよかった。でもそうなると、結局ノアも後から行くことになるって事なのかな?だったら二度手間かなぁ......』
少し困った様に眉を寄せてへらっと笑う。先生の視点から見れば、私......もといミレニアムが出資側などと言う事実は知る由もなかった筈だ。
確かに、プレオープン前のセミプレオープン、と言う観点から見て、私が参加するのは少々本意から外れている上、抜き打ちチェックの様になってしまう。露見する様な事があれば、何だか
ある、のだが。
『先生は、なぜ私を招いて下さったのでしょうか?』
真っすぐに彼の眼を見る。黒瞳に秘められた温厚さと、普段の態度からは想像も出来ないような知性と強さへ問いを投げた。
『......私一人じゃ、仮に施設に不備や可能そうな改善点があったとしても気が付かないだろうから、そういった所にも精通した人に同行して欲しかった、と言うのが一点だね。昔ノアがそういった事をしていたのを思い出したんだ』
言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
先生が言っているのは、図面やら設計書やらから大まかな機能や、仕様書に書いてある仕様と同じような効力を発揮出来るか否かの確認をして、特許等の申請の可否を仕分ける作業の担当である件を指すのだろう。確かに昔、先生の前でその仕事を熟したことがある。
『......ああ、なるほど。確かに確認を行う為の人員としては適任かも知れませんね。工学的、統計学的な知見をお求めと言う事であれば、尚更』
そこまで言って、声に少し影が落ちるのが分かる。
何故だろう。当然のことであるのに。
お役に立てるのは。恩を返すことが出来るのは、喜ばしいことである筈なのに。
ユウカちゃんやコユキちゃんではなく、自分を選んでくれた理由に、得心が行ってしまったからだろうか。
舞い上がってめかし込んだ自身の装いが、ほんの少しだけチープに映った。
しかし先生は、続きを語る。
『で、なんでノアの事を思い出したのかって言うと......好きそうだったから、かな』
『......好きそう、ですか?』
『そうそう』と笑顔を見せながら、画面をスワイプする。
『水族館とか、あとプラネタリウムや書店もあるみたいでさ。落ち着いたスペース造りがテーマの無人カフェとか、映画館とか。そう言う場所、ノアが好きそうだと思ってね』
『私が、ですか......?』
そんな話をしたことはない筈だ。少なくとも記憶上は。
実のところ、そう言った場所は好みではある。新しい場所、新しいもの。それらは観測者として触れて、記録しておきたいものだ。でも、それを語ったことはない上、実行したこともあまりない。
だって、私にとってはそれ以上に───
その先へ思考を滑らせようとした所で、続きが投げかけられる。
『ノアの記録癖を鑑みたら、新しいものに触れるのは存外好きなんじゃないかなって』
『でも同時に、一人で行くにはきっと人が多いし、遠慮してしまっているんじゃないか......とも思ったんだ』
『気後れとかも含んでね』と語る彼を、少々信じられないという様に見てしまった。
だってそれは、私の、誰にも語ったことのない内面だったから。
気になる。施設の中も、体験による情動も、楽しむ人々の顔や雰囲気も。
でもそれ以上に、一人で行く場所でもなければ、自分が混じる事でファッションや娯楽など、等身大の青春を謳歌している皆に迷惑をかけてしまうのではないか、と考えてしまうから。
だから、そう言った誘いに対して気後れしてしまう自分が居る事は、事実だ。
『どうして、それを?』
『......何となく、かな。察するところがあって』
『類推と言う事でしょうか?』
『ええと、少しだけ違うかな』
『と言うと......?』
『うん。あの......実は私が、そうなんだよね』
照れくさそうに頬を搔きながら、彼は告げた。
『先生が、ですか......?そうは見えませんが......』
『そうかな?そう見えるならよかったよ。なら、私はきちんと先生をやれているって事だからね』
『先生をやれている、とは?』
質問攻めの様になり始めてしまう。悪い癖だと思うが、しかし聞かずにはいられなかった。
彼はまた、恥ずかしそうに語る。
『ほら。私はカイテンジャーとか、アニメとか、そう言った少年から青年向けの作品をかなり好むだろう?所謂"オタク"ってヤツだ』
『はい。よくユウカちゃんに領収書片手に怒られていますよね』
『それはそれとして。これは昔からなんだけど、だからといって別に聖地巡礼......アニメや特撮のモデルになった場所へ行くとか、ヒーローショーへ足繫く通うとか、イベントに積極的に参戦するとか。アクティブな方々がやる事には左程興味がない、言ってしまえば、インドアなんだよね』
『言われてみれば、そうでしょうか......?』
『うん。疲れるとかお金がかかるとか色々理由はあるけれど......一番の理由は、あまり人混みが得意じゃないってことなんだ』
『それは......そうだったんですね』
同じだ。私と、同じ。
私も記憶力の関係で、一度に多くの人と接触すると気疲れを起こしてしまう事がある。だからこそ、余計に繁華街やモールなどには積極的に足を運ぶことは無かったのだ。
『普段生徒には色々誘ってもらえるから足を運ぶし、その中では勿論とても充実した、楽しい時間を過ごすことが出来ているんだけど。それはそれとして、溜まってしまう心の疲れみたいなものはあるんだよ。だから、一人だとこのセミプレオープンも正直気乗りはしなかった。それこそ、今回みたいに請われでもしないとね』
『何となく分かりますよ、その気持ち』
『でしょ?まあ人も少ないだろうし、気疲れの面では憂慮もないだろうから、適当に一人で行こうと思ってたんだけど......その時、ノアの顔が浮かんでさ』
柔らかい顔で私を見つめる。レンズ越しのそれは、ひどく優しい。
『スイーツを食べに行った話をしている時とか、アクアリウムに行った話をしている時とか。ノアからそういった場所へ行ったと言う話は聞いたこともないし、かといって君のスタンス上興味がないとも思えなくて。ならなんでかって考えたら......似てるのかな、って思ったんだ』
『そう考えてからは、日ごろのお恩返しも兼ねてノアを誘おうって決めてたんだよ。だから、さっき言った知見の話は後付けだね』
『あと、何よりさ』、と。紡がれる、優しい声音。
『私から始めてみる、って言うのはちょっとマイナスかもだけど。こういうのを機に、ノアも周囲の友達と一緒にこういう場所に積極的に行ってみたら、もっと世界が広がるんじゃないかなって』
『ノアが思っているより、ずっと皆はノアの事が大好きだから。きっと喜んでくれると思うんだ』
『勿論私も含めて、ね』、なんて彼は笑う。
その言葉に、嬉しさを通り越した感情が浮かんできた。
本当に、よく見ている。
思わず泣きそうになってしまいそうな感情を押し殺しながら、口を開く。
『......ふふっ、そうですか。先生は私の事が大好き、と』
『そこだけ切り抜かないでくれるかなぁ!?事実ではあるけども!』
『───あははっ、そうですか。......そうですか♪』
ああ、貴方がそういう人ではないと知っています。
貴方が、私が心の中で思っている"そうであって欲しいこと"を孕ませて言紡いだ訳ではないと、知っています。
それでも、その言葉だけで。天にも昇りそうな心持ちになってしまうのだから仕方がない。
『......ああ、そうだよ』
『私は、ノアの事。大好きだからね』
唐突に。
照れくさそうに。
けれど、真摯に。真剣に。彼はそう紡いだ。
思わず喉がヒュっと鳴る。
......聞こえていないだろうか。
『せ、先生?』
『大好きだから、タイミングを逃している事を承知で言っておくけれど』
彼の視線が、私の肩口へ一瞬吸い込まれた。
そこには今何も、と思っていれば───
『───服、似合ってるよ。とても、綺麗だ』
そのまま彼が近づいて、私に顔を寄せて。
『香水なんて珍しいな、とか。色々気にしてくれたのかなって思って。その、うん』
『......ありがとう』
毒だ。
これは、毒だ。
私の事を見てくれていると。
否。
私の事"だけ"を見てくれている様な。
結局のところ、最期は獨だと思っていたこの日々を罅割るかの様な。そんな心地にさせられてしまう。
頭の中は乱気流に呑まれたかの如く。
ぐるぐる回って、熱だけを輩出するだけの機構に成り下がる。
『折角めかし込んでくれたのを無駄にするのも申し訳ないから......ああ、いや。違うか』
『......2度手間になっちゃうかもだけど。良ければ私と、
冗談めかして、彼は言う。
混乱と羞恥と歓喜が綯い交ぜになった脳みそから、何とか言葉を絞り出す。
『はい。勿論』
『だって──────』
自分でも分かる。
赤い顔に、上気する呼気。なにか、甘えるような声音。
生唾を飲み込む。
深く息を吸う。
否応なしに上がった体温。自らの裡にあった、彼と出会うまでは知らなかった
全て武器にして、孕ませた言刃を囁く。
『──────なんでもいいと、約束しましたから♪』
その囁きに、彼は。
『......なら。二人だけの内緒ごとだね』
なんて言って、笑った。
期待させるだけさせて。彼はきっと色々と理由をつけ、多くの生徒を
そしてきっと自らの
そして
たとえ誰か一人がお眼鏡に適う事があるとして。きっとそれは、
分かっている。
でも。だからこそ、それまでは。
それまででいいから。
今は、唯。
甘く
11月辺りから全国のゲームセンターからプライズ商品として登場しているバンプレスト限定のセミナーグッズ。皆様はお手になさったでしょうか。私は足繫く通って手に入れました。
この話のノアが着ている服は"アレ"です。
ノア、ノースリーブも似合うんですよね。素敵。