記憶喪失の男子生徒と仲正イチカ   作:松花 陽気

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久しぶりの投稿です。
完結までのプロットとかはないです。
最初は一年生編から始めて行きます。

本編開始前の一年前から物語は始まります。


一年生編 トリニティ転入
第一話:目覚めと黒い影、そして出会い


廃墟の建物で、俺はその時目を覚ました。

暗雲が立ち込める古びた建物に囲まれた場所の路地にいた。辺りの空気は張り詰めていて何やら冷たい。

 

「……俺は、何してたんだっけ?」

 

記憶がない。というか、思い出す何かがないような、空っぽな感覚だった。自分がどういう存在で、何故ここにいるかわからなかった。自分の体を観察する。少しでも自分についての手掛かりが欲しかった。見える範囲で全身を観察する。体は至って普通な人間と変わらないが、腰あたりから伸びる左側の大きな黒い翼が生えているのは少し異質だった。あとは、自分の名前……それだけは何故かわかった。

 

「天堕ケンゴ……か」

 

初めて聞いたはずなのにとてもそれは俺に馴染んだ。これ以上の情報が得られないと思い、次は周りのものに目を向けてみる。

 

「……ここは、きな臭いな」

 

廃墟……なのだが。僅かに人の気配が遠くから感じ取れた。軽く辺りを見ても、人がまともに生活できるような環境でないことはすぐわかった。どうにもここは、嫌な感じがする。

 

「早いとこ離れるのがいいだろうな」

 

俺はすぐさまその場所から離れるため、嫌なところとは反対方向の場所へと歩き出した。

暫く進むと、洞窟みたいな、明らかに人の手が加えられた人工の通路を見つけた。廃墟の街を見る限り、これも同じくらいの古そうだが、中を通ってみるとところどころ補修したのか新しい箇所が目立つ。

進めば進むほど別れ道が多く、ほとんど同じ景色が続いている。歩きながら、もう一度自分の記憶を探ってみる。でも、何度やっても出てくるのは自分の名前の情報のみ……いや、一つあったな。最後に……誰かと戦っていたような気がする。頑張って頭を捻るがこれ以上はもう出てはこなかった。仕方ないので、出口を探すことにシフトする。

 

「にしても、随分と迷路じみてんな」

 

「人が簡単に出入りできぬよう、そう作られた物ですから。当然ですよ」

 

突如、目の前から男の声が聞こえた。嫌に響くその声の方向をみると、男はコツコツと靴を鳴らしながら、その姿を現した。

見た瞬間から、こいつは危険だと脳が体に信号を送る。男の見た目は、全身真っ黒なスーツに身を包んでおり、顔や手首あたりには、どう見ても人ならざる部分があった。

俺は、その男を睨みつけながら、問う。

 

「お前、誰だ」

 

「そう警戒せずとも、まだなにもいたしませんよ。……今はね」

 

嫌に含みを持たせるので、思わず身震いする。

 

「申し遅れました、私は……そうですね。黒服とでもお呼び下さい。この名前が気に入っておりましてね」

 

「俺はお前と楽しく会話するために聞いたわけじゃないぞ」

 

「そう警戒せずとも、私はあなたに危害加えるようなことはしませんよ……ただ、少し興味があるのですよ」

 

黒服と名乗るその男は、手を顎に添えながら割れた口元が歪み笑みのようなものを浮かべながら。

 

「ここにはとある目的で来たのですが、ついあなたの持つ神秘に惹かれて、声を掛けてしまいました。あなたという存在を観測した瞬間、私の探究心は一気に高揚しました。あの“暁のホルス”……いえ、もしかしたらそれ以上に並ぶかもしれないほどの逸材です」

 

なんだかよくわからない事を口ずさむ黒服。

 

「つまり?……早く言えよ。俺は出来れば早くここから出たいんだが」

 

こんなところで無駄な口論をするつもりはない。今はとにかくここから離れたいのだ。

 

「?……というと、あなたはアリウスの生徒ですか?」

 

ありうす……?聞きなれない単語に俺は首を傾げた。なに言ってんだ、と俺が言うと、表情は読みにくいが黒服はなんとも不思議そうに見つめていた。

 

「おや、そうですか。では、出身校などはわかりますか?」

 

その質問に対しても、俺はよくわからず黙り込む。

 

「ふむ。ヘイローがあるという事は、神秘をお持ちなのは確かでしょう。ただ、この様子だとここの彼女のこともご存知ないのでしょう」

 

ヘイロー?また聞きなれない言葉が出て来た。

俺の言葉に、黒服はしばし沈黙した。その無機質な顔の奥で、高速で思考が回っているような、嫌な静寂の間が空く。その後、黒服から急に根掘り葉掘りと聞かれたので、とりあえず全て答えた。ついでに、この世界がどういったところなのかも教えてもらった。

色々聞いた後、また黒服は考え込む。ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「……なるほど。記憶の欠落、あるいは概念の未定着ですか。恐怖(テラー)には至っていない……ですが最も近しい存在。同時に不安定である。恐らく、それでテクスチャが安定しないのでしょう……面白い。非常に、興味深い」

 

黒服は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 

「あなたの頭上に浮かぶその『砕かれた光輪』……。キヴォトスの理において、ヘイローの破壊は存在の消失を意味します。しかし君は、それを自ら繋ぎ止め、不安定にもそのテクスチャを保持している。貴方は……神話の残滓か、あるいは――」

 

「おい、近づくな」

 

俺は反射的に、近くに落ちていた錆びついた鉄パイプを手に取り向ける。

身体が熱い。頭上の「ヘイロー」と呼ばれたものが、パチパチと不快な音を立てて明滅する。

 

「おっと、失礼。これ以上の干渉は観測を妨げるかもしれませんね。……今の君はあまりに危うい。その身体、その神秘。マダムがこれを知れば、格好の餌食でしょう」

 

黒服は恭しく一礼し、影に溶けるように後退していく。

 

「あなたはここを出たがっている……ということでよろしいですか?」

 

「まあ、そうだが……」

 

何を企んでいるのかわからない。表情を読もうにも、その異形の顔からは読み解けなかった。けど、いきなりそんな事を聞いてくるって事は、きっと何かあるのだろう。ケンゴはそう考えた。

 

「私の求めるものは至極簡単です。貴方を探求したい。私は貴方に興味があります。亀裂の入った貴方のヘイローが、私の仮説と一致するものなのか……貴方の持つ神秘がどれほどの力と世界を狂わすのか。……貴方という存在は、私の求める理想に近い。それを踏まえた上で、私から貴方に提案があります」

 

「貴方をここから出し、普通に暮らせる場所を提供しましょう。衣食住に関しても、ご安心を。貴方が生活できるように支援を致しましょう……ただ、その代わりとして、貴方の体を私に調べさせてほしいのです。別に貴方を危険に晒すような事はしないと約束しましょう」

 

と、こちらを安心させる一言を最後に残し、どうですかと尋ねる。

あまりにも好条件なその提案を飲もうか飲まないか、しばし考えてみる。こちらに対する利点は大いにある。正直、金銭とか衣服とか生活するためのものは俺にはない。その辺の支援をしてもらえるというのは、普通にありがたかった。しかし、嫌な想像が浮かび、本能がそれを拒んだ。

 

「……断る」

 

「理由を聞いても?」

 

「単純にお前が信用ならない。ちなみにそれは、取引なのか?」

 

「クックックッ……取引、ですか。えぇ、間違ってはおりません。ですが、私がするのは契約です」

 

「……そうか」

 

わざわざ言い直した事に意味があるのはわかったが、その時の俺は特に反応せず無視した。

 

「念の為もう一度訪ねますが、私との契約を受ける気は?」

 

「さっきのが答えだ」

 

もう俺にこいつと契約する気は失せていた。下手に手を出すものではないと直感で感じたからだ。

 

「……そうですか」

 

すると、黒服はスーツの裏ポケットから飲み物の容器と、地図のような紙を差し出した。なんのつもりだと、俺がそれ越しに黒服を見ると。

 

「とても有意義な対話だったので……これは細やかな御礼です」

 

特に細工もされていなそうな、市販?の飲み物の入ったペットボトルを受け取り、試しに一口飲む。

 

「こちらは自分用に持参したものですが、まだ口をつけていませんのでご安心を。生憎とこれくらいしか見合った物品を持ち合わせていないもので」

 

「……いや、丁度喉は乾いてたし助かったよ。この地図も、ありがたく受け取る」

 

「それと」

 

といって、今度は数字の羅列が並んだ紙を渡してきた。紙は真っ黒で黒服の顔のような亀裂の模様が入っている。

 

「もし契約を交わす気になったらこちらの番号に」

 

諦める気はないという事だろう。もう関わる事はないだろうが、頼りたい時に頼るくらいは良いだろう。そう思い、受け取ってズボンのポッケに雑に入れる。

 

「そうそう、私との会話などはご内密に頼みますよ」

 

「ここまでしてもらったんだ。素直に黙っといてやるよ」

 

「クックックッ……では、観察させてもらいましょう。君がその『半分』の身で、この残酷な世界をどう歩むのか……。貴方の未来に幸あることを祈っています、天堕ケンゴ君」

 

「……何で俺の名前を」

 

問いかけに答えはなく、黒服の姿は霧のように消えていた。

残されたのは、肺に刺さるような冷たい空気と、謎の悪寒だけだった。

 

□□□

 

それからどれくらい歩いたか。

アリウスとかいう廃墟を抜け、迷路のような地下通路を彷徨った。

 

肩で息をする。途中で崩れた瓦礫を避けた際、剥き出しの鉄筋が脇腹を掠めた。それだけで、普通の人間なら悲鳴を上げるような鮮血が溢れた。

 

「……はぁ、はぁ……。なんだよ、これ……」

 

傷口からは黒い霧のようなものが立ち上り、見る間に肉を塞いでいく。だが、痛みは消えない。死ぬほど痛いのに、死なせてすらもらえない。

 

「俺の体……どうなってんだ??」

 

そんなことを考える暇はない。今はとにかくここから離れなければならない。痛みに歪む顔を押し殺し、身を奮い立たせ再び歩き出す。

 

光が見えた。

地下通路の出口だ。俺は縋り付くようにして、その光の中へと這い出した。

 

出てきた時には、先程の痛みが少し引いていた。さっきよりはマシになったことで、休む事なく先に進むことにした。

洞窟を出て暫く彷徨っていると。そこは、先ほどまでの地獄のような廃墟とは打って変わった、美しい街並みだった。

白亜の建物、整えられた並木道。だが、そのどれも見慣れないものばかりだった。道を歩く人達に視線を向ければ、俺と似たような人間が歩いている。その中で、ノイズになる住人がいた。ブルドックのような生き物が二足歩行で歩いていた。犬だけでなく、機械人間的な奴もちらほらと、当たり前のように通勤でもしているのかちゃんとした服を着て歩いていた。

 

「なんだ、これ……?」

 

自分の知る景色とはどこか離れた光景。不思議と変な違和感を感じていた。

「ね、ねぇ……あの人」

「ヘイロー、なんかおかしくない……?」

遠くで、通りかかった女子生徒たちの怯えるような声が聞こえる。そんなに俺のヘイローとやらは珍しい形でもしてるのだろうか?

こちらを見てくる女子生徒に視線を向け、その頭上のヘイローを見る。二人のヘイローは区別のない同じ形だった。

と見続けていると、ゾロゾロと足音が響いた。音のした方向に体を向けると、ヘルメットを被った集団がそこにいた。

 

「ようよう、そこのお兄さんよ。ちょっと私らに付き合えよ」

 

「……あっ?」

 

急に知らない奴から声を掛けられて、何やらめんどくさそうな事が起こりそうで思わず不機嫌気味にそいつを見た。

 

「なんだお前、ちょっとかっこいいからってすかしてんのか?」

 

「あれが……男って奴なのか?初めて見たぜ」

「連絡先交換してもらおうかな」

「服のセンスはダメダメだけどな」

 

リーダーと思われる赤いヘルメットの女の後ろでそんな話し声がしてくる。どうやら、この世界では男という存在は珍しいらしかった。

 

「悪いけど。俺も暇じゃないんだ、お茶の誘いなら他当たれ」

 

暇というよりかは、何をすればいいかわからなくて彷徨うくらいしかないのだが。

 

「ちっ。かっこいいからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

相手の沸点は思ったよりも低かったらしい。俺自身に煽ったつもりがないのは明白だった。ヘルメットの集団は、背中に持った銃を取り、銃口を俺1人に向ける。

 

「ムカついてきたぜ!お前ら、やっちまえー!」

 

リーダーと思われる赤いヘルメットの女が支持すると同時に、最初の一発が俺に向かって放たれた。その動作にすぐに反応出来るはずもなく、その弾丸は見事に俺の腹を貫き、血が腹部から垂れる。

 

「グッ!!」

 

「おっおい!こいつ、銃弾一発で血が出てんぞ!?」

 

奴らは地面に落ちる自分の血を見て、信じられないものを見たみたいな顔で固まっている。暫くすると、撃たれたところからまた黒い霧が現れ、数秒でその傷を治して霧散する。

 

「いってぇぇな、くそっ」

 

苦悶の声を上げながら、俺はそいつらを睨みつける。

 

「余裕そうにしてる……けど、とても辛そう」

 

「馬鹿かお前は!どうせあんなの演技さ、きっと偽物の血でそう見せてんだよ!」

 

「それにほら、さっき撃ったところを見てみろよ!綺麗な肌してるだろ。さっきので本当に血が出たなら、きっと穴の先は内臓が見えてるはずだ!」

 

殺人一歩手前という場面を見て、違うと否定して自分を納得させているのだろう。他の人にもそれが伝播し納得する。

 

「確かに……それもそうかも」

 

「そうだよな!なら、どんどん撃ってや――」

 

ヘルメット団が一斉掃射に踏みかかろうとした瞬間だった。

今度は、真横から銃声が響き、目の前のヘルメット団共がアタフタしながらそれを受けた。

 

「げげっ!??正義実現委員会だ!!」

 

彼女らが見る方向に俺は視線を向ける。そこには、黒い翼を生やした同じ黒の制服を着た少女たちが立っていた。

その中の一人が、俺に近づき声を掛ける。

 

「君?大丈夫っすか?って血が、酷い怪我じゃないですか!」

 

穏やかな声の後、そんな焦ったように驚愕する少女に視線を向ける。

黒い制服に帽子。背中には漆黒の翼を生やした黒髪の少女が立っていた。

彼女は閉じた瞳のまま、その手に、物騒なアサルトライフルを携えて。

 

「無事ですか?今助けますので……少しお待ちくださ――」

 

彼女は、俺の顔を覗き込みながら少し焦ったような顔で見ている。

俺の正面に来てこちらを心配する彼女の背後で、黒い制服の少女たちがヘルメット集団と撃ち合いを繰り広げる。

 

「こういうのは、救護騎士団の方がいいんすけど。……ちょっと、お腹失礼します」

 

少女の手がお腹に伸びる瞬間だった。

彼女の背後を狙ってか、ヘルメット集団の一部がこちらに照準を合わせるのが見えた。すぐさま俺は自分の左側に生える巨大な翼を使い、彼女ごと包むようにしてそれを盾にした。

 

瞬間。キンッキンッ……と、まるで鋼鉄の盾にぶつかったような音を出しながら、放たれた弾はその場で弾かれた。その光景に誰もが驚愕の顔を浮かべる。自分に守られた少女も、閉じていた瞳を大きく見開いていた。

 

「な、なんで?!羽に弾が弾かれたんだけど!!」

「そんな嘘な!」

 

相手が同じキヴォトス人であるなら、羽に当たっても痛みはあるだろうが銃で傷つくほど柔ではない。だが、その翼から発せられた音は、どう考えても普通ではなかった。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

助けられたことに気が付いたのか、お礼を口にする彼女に、俺は黙って頷く。

 

それからは、あっという間に事は済んだ。放心していたヘルメット団は、委員会たちによって鎮圧された。

 

「助けに来たはずなのに、逆に助けてもらっちゃったっすね」

 

「別に助けてはないだろ。俺は戦ってないし、お前に飛んできた弾を防いだだけだ」

 

「それなんすけど、羽は大丈夫なんですか?羽とは思えない音がしてたっすけど……」

 

彼女はそう言って、俺の右翼に指を差した。

正直、それに関しては俺も驚いていた。あの時、何故だか守らない、と思ったのだ。自分の身を守るついでに、近くにいた女をついでで守ったという可能性もあるかもしれないが。黒服曰く、この世界の住人は銃で撃たれても大した怪我にはならないそうだ。というか、弾が体を貫通しないのだ。それがこの世界に住むヘイロー持ちの普通だと言った。理解しているが、なんとも腑に落ちない。それはおそらく、自分という例外がいるからなのだろう。何故自分の体は、こんなにも人間らしいのだと。

 

「……とりあえず、ちょっと来てもらってもいいっすか?話すにしても、ここじゃ人目につきますので……それに」

「得体の知れない人をこのままにしておくわけにもいかないんで。できれば、抵抗せずに来てもらってもいいですか?」

 

「……わかった」

 

俺はそれに納得し、彼女の言う通りに動く。

これが、彼女……仲正イチカと俺の出会いだった。そして、これからの俺の人生はそんな出会いから、全てが始まった。

それは、そういう物語。

俺の青春の物語の始まりだった。




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