記憶喪失の男子生徒と仲正イチカ   作:松花 陽気

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おはしぶりです。
今回は結構長めです


第十話:急死に一生

「……待機、ですか? 委員長」

 

シズミが持っていたタブレット端末から目を逸らし、問い返す。背後では、武装を整えた隊員たちが、信じられないといった面持ちで顔を見合わせています。

 

「ええ。ティーパーティー、セイア様の代理ホストであるナギサ様からの命令です。エデン条約の締結を控えた今、委員会の戦力をゲヘナへ投入することは、向こうへの宣戦布告と見なされかねない、と」

 

ルイの声は低く、抑え込まれた怒りが滲んでいました。

 

「そんな……!ケンゴ君が誘拐されてからもうかなり時間が経ってるのに。外交ルートなんて待っていたらどうなってるか分からないっすよ!」

 

イチカが思わず声を荒げて言うが、ルイは力なく首を振るだけでした。

 

「わかっています、イチカ。……ですが、私たちが組織として動けば、それはトリニティという学園そのものの意志にもなってしまう。何より我々は正義実現委員会。数百人の生徒の安全と、一人の少年の命。ナギサ様は、その天秤を動かさないと決めたのです」

「……ただ、本当に彼も救ってくれるのかどうかについては、怪しいですが」

 

「……っ」

 

イチカは拳を強く握りしめました。爪が食い込みそうなほどに強く…。

ルイ、シズミ、そして奥で目を鋭くしいつもの狂気とは打って変わった落ち着いた態度でいるツルギと隣で顔を顰めもどかしさに目を瞑るハスミ。彼女たちのような有力者が動けば、即座に国際問題へと発展する。しかし、かといって並の隊員では、魔窟と化しているゲヘナからケンゴを救い出すのは不可能に近い。

 

「……シズミ。部隊の編成は一度解除してください。ただし――」

 

ルイは視線を伏せ、誰にも聞こえないほどの小声で付け加える。

 

「公式な記録には残さない形で、情報の収集だけは継続して。……私は、まだ諦めていません。きっとまだ……なにか方法があるはずです」

 

「かしこまりました」

 

それからは、ルイの命令によりそれぞれ散りいつもの委員会業務へと移り、いつもと変わらぬ日常へとなった。

 

□□□

 

ルイ委員長からの命令で、いつもと変わらず仕事をこなすことになった私たち。

だけど、今の私にとってのこれは、いつも通りの変わらない日常ではなくなっていた。理由は、簡単にわかった。いつも隣にいたあの人がいない。それだけで、毎日のようにやっていたこの仕事が今は億劫に感じる。やりがいは……まあ、あると思う。ただ、物足りないのだ。

 

いや、私にとっては今までそれが当たり前だった。

なにか熱中できる物が欲しくて色々と挑戦しようとするが、なんでもこなしてしまう為に何をやっても熱が出なくて、結局長続きせずある程度できるようになって辞めてしまう。一見なんでもできるように見えて、特筆したものを得るわけではないそれに、毎度毎度嫌気がさすばかりだった。

でも、彼が来てからというもの。私の見る世界に少しだけ色が見えるようになった。でも、そのうちそれもモノクロに変わる……といつかくる熱の冷めに怯えていた。だからこさ、今彼を失うのが、無性に怖い。

怖くて、怖くて……どうにかなってしまいそうな。

 

「イチカ。……顔色が悪いわよ」

 

「……シズミ先輩」

 

寮から少し離れたベンチに腰掛けるイチカの背後から、シズミが現れると声をかけながら隣に座る。

 

「……シズミ先輩。私、やっぱり納得いかないっす。正義って、そんなに脆いものなんすか」

 

イチカは俯いたまま、絞り出すような声で言いました。いつもの飄々とした仮面は、もうどこにもない。

 

「……正論ね。でも、世の中にはその正論を飲み込まなきゃならない時がある。ルイ委員長が一番、その不条理に歯を食いしばっているはずよ」

 

シズミは冷徹に、しかしどこか自分に言い聞かせるように答えました。彼女にとってルイの判断は絶対であり、組織を守るためのその苦渋の決断こそが、ルイの持つ「正義」の形だと信じているからだった。

 

「……イチカ。貴女、あのケンゴに随分と入れ込んでいるのね」

 

シズミの視線が、少しだけ険しさを帯びる。

 

「正直に言わせてもらえば、私は彼を快く思っていないわ。出所も不明な監視対象。そんな彼一人のために、委員会の、ひいてはトリニティの平穏を危険に晒す価値があるのか、今でも疑問よ」

 

「それは……」

 

「でも。私たちの生徒会がそれを見て見ぬ振りしている様子を黙ってみるつもりはありません。それに……ルイ委員長が彼を『仲間』だと認めたのなら、話は別。委員長が守ろうとしたものを、私が切り捨てるわけにはいかないわ。……だから、救出自体に異論はない。ただ、今は動けないというだけ」

 

シズミはそう言い切ると、廊下の窓からゲヘナの方角を見据えました。その瞳には、救出を諦めた者の色ではなく、機会を待つ捕食者のような鋭さが宿っていた。

 

「……頭を冷やしなさい、イチカ。今の貴女は、いつもの冷静さを欠いているわ。そんなんじゃ、動ける時が来ても足手まといになるだけよ」

 

「……っ、わかってるっすよ」

 

「……だから、視点を広げるのです」

 

「……え?」

 

その言葉の真意を聞く前に、シズミはベンチから立ち上がり、背中を向ける。

 

「私から言えるのはそれだけです。あとは、自由にしてください」

「あー…あと。今日はもう上がっていいそうですので。ここからはあなたの自由にしてください」

 

その言葉で、ようやくイチカはその意図を理解する。イチカは咄嗟に、去ろうとする彼女に頭を下げた。

 

「……シズミ先輩!!……お気遣い、ありがとうございます!」

 

シズミは振り返ることなく一度立ち止まり。

 

「委員長命令だそうなので……お礼は委員長にどうぞ」

 

それだけ言って、足早に去っていったのだった。

 

シズミが去った後、イチカは一人、またベンチに取り残される。だが、やることの決まった彼女には、もう迷いはなかった。そうと決まれば準備をしなくては。

イチカはそのまま、寮とは反対方向を目指し、少し気分を良くしながら歩き出すのだった。

 

□□□ケンゴ視点

 

一人のオートマタが、ケンゴとアルを交互に見ながら言う。そいつらは、困惑している、というよりとても警戒しているようだった。ケンゴが目覚めた際に最初にいたオートマタが、銃を彼に向ける。

 

「てめぇ、一体どうやって抜けやがった?あとついでにそこの女もな」

 

「……つ、ついで?!」

 

「……さぁな。なんでだと思う?」

 

すると、オートマタは銃が入ってたケースを一瞥する。それで全てを察したのか、不機嫌そうにそいつはため息を吐いた。

 

「誰だ?ダクトの監視怠った奴は?」

 

「す、すみません!まさか、そこから侵入されるとは思わなくて!?」

 

「ウルセェ。言い訳は聞きたくない。今はそれよりも……だ」

 

オートマタたちの赤いセンサーの目が、一斉にケンゴの手元へと集中する。そこに握られているのは、先ほどまでアタッシュケースに収められていた、単純な赤と黒の配色がされたアサルトライフルだった。

 

「お前……どこでその武器を?」

 

「私の同業者が起点をきかせてくれたの。彼のための武器を調達してくれたのよ」

 

「チッ……面倒だなクソ。おい!一応こっちは、大事な『商品』を傷つけるなと言われてる。けど、お前がその銃をこっちに向けるってんなら、多少痛い目にあってもらうことになるぞ」

 

ボスのオートマタが不気味に駆動音を鳴らしながら、一歩前に踏み出す。

 

「いいか?その玩具を捨てて大人しく縛られ直すか、それともここで蜂の巣にされてから引きずられていくか……三秒で選べ」

 

「三〜」

 

カウントダウンが始まる。周囲の戦闘型オートマタたちが一斉にボルトを引く、金属的な音が倉庫内に冷たく響き渡った。

 

「二〜」

 

「……数えるまでもなく。答えは決まっているわ」

 

アルは縛られていた跡が残る手首をさすりながら、しかしその場に堂々と立ち上がり、胸を張ってみせた。赤い髪が倉庫の薄暗い空気の中で揺れ、メガネの奥の瞳が鋭く光る。

 

「いずれキヴォトス全土の裏社会を統べる、アウトローな社長たる私が、そんな安っぽい脅しに屈するとでも思ったのかしら?」

 

不敵に、そして完璧なハードボイルドを演じるように、アルは片手を腰に当てて嘲笑うように言った。その姿には、先ほどまで怯えていた気配など微塵もない。かけていた眼鏡を外しポケットしまいながら語る。

 

「私たちに喧嘩売ったんだから、覚悟しなさい。いったい、誰に喧嘩を売ったのかをね!」

 

そう啖呵切って言うアルの言葉に、ケンゴはニッと笑った。

おい社長さん、めちゃくちゃ煽るじゃん。でも、かっこいいこと言うじゃねえか。そういうの、俺は好きだぜ。

 

「悪いな、機械人形」

 

ケンゴも不敵に笑い、そのアサルトライフルを真正面へと突き付ける。

 

「俺はトリニティじゃいつも爆弾投げさせられててさ……銃ぶっ放すのは初めてで、ちょっと新鮮でワクワクしてんだわ。だからよ…………」

「存分に!暴れさせてもらうぜ!!」

 

瞬間、ケンゴの背中にある漆黒の翼がバサリと大きく広がる。

それと同時に、彼の頭上で不気味に壊れていたヘイローが、赤黒い火花を散らして狂ったように脈打ち始める。圧倒的な「神秘」のプレッシャーが倉庫内の空気を一瞬で希薄に変え、オートマタたちのセンサーにエラーを警告するノイズが走った。

 

「な、なんだこれは!!???…チッ、やれ!!」

 

ボスの怒号が響くと同時に、カウントダウンは強制終了され、一斉に銃撃戦の火蓋が切って落とされた。

激しい銃弾の雨が倉庫内を埋め尽くす。

しかし、ケンゴの動きは彼らの予測を遥かに上回っていた。背中にある漆黒の翼がバサリと大きく広がったかと思うと、その羽ばたきによる爆発的な推進力で横へと跳躍。放たれた弾幕を紙一重で回避する。

 

――ド、ド、ドンッ!!!

 

放たれた弾丸は、戦闘型オートマタの分厚い装甲を穴にはまるように綺麗に貫いた。

 

「あなた本当に初めて!?ほとんどコア部分にヒットしてるじゃない!!」

 

アルが目を丸くして驚愕するが、すぐにハッと我に返った。そう言うが、彼女も眼鏡なしでしっかりと外さず狙えているのであなたも大概である。

 

「と、驚いてる場合じゃないわ!便利屋68の社長として、新人にいいところを見せなきゃ……! 」

 

「いや、入った覚えねぇけど!?」

 

「あっごめんなさい!今のはノリで……喰らいなさいっ!」

 

アルもまた、物陰から飛び出して愛銃の狙撃銃を連射する。

一発、二発と的確にオートマタの関節部を撃ち抜き、敵の連携を崩していく。資本金調達中とはいえ、その射撃の腕前は伊達ではない。

 

「やるじゃん、アル!」

 

「ふん、当然よ! これくらいアウトローにとっては朝飯前なんだから!」

 

アルは得意げに胸を張る。……が、調子に乗ったのも束の間。

 

――カチッ。

非情な金属音が響いた。弾切れだ。そして、手持ちのマガジンは無し。……弾切れだ。

 

「え……? あ、あら? うそ、もう予備のマガジンが……!?」

 

アルが慌ててポケットを探るが、捕まる前に消耗していたのか、手元にはもう弾薬が残っていない。

その隙を見逃さず、背後のコンテナの影から、無傷のオートマタが銃口をアルの背中へと向けた。

 

「っ!!!?しまっ――」

 

「アル、伏せろ!」

 

ケンゴの声が響くと同時に、彼の身体が風を切ってアルの前に割り込んだ。背中の翼を盾のように丸めてアルを庇い、同時にアサルトライフルを片手で突き出す。

至近距離からの目にも留まらぬ乱射。

アルを狙っていたオートマタの頭部が木っ端微塵に弾け飛び、火花を散らしながら崩れ落ちた。

 

「……ふぅ。危ねえところだったな。ドジ踏んでんじゃねえよ、社長さん」

 

ケンゴは銃口から立ち上る硝煙をふっと息で吹き消し、肩越しにアルを振り返ってニヤリと笑う。

 

「ご、ごめんなさい」

 

アルは顔を真っ赤にしながら、申し訳なさそうに謝る。しかし、倉庫の奥からは、銃声を聞きつけたさらなる増援が無数に響き始めていた。

 

「チッ、キリがねえな……。アル、動けない他の生徒たちを頼めるか? 俺が道を開ける。一気にここを突破するぞ!」

 

「わ、分かったわ! 任せなさい!」

 

敵の魔窟と化したゲヘナの廃棄倉庫。

手にした新しい武器の不気味な高揚感を感じながら、ケンゴは迫り来る鉄の軍勢に向かって、脱出への道を探しに倉庫外に踏み込む。

 

「あそこだ!撃てー!!」

 

ズドドドドッ!!!

 

カキンカキンッ!!

左翼を前に押し出しながら突っ込む。羽と羽の間から銃の先端を出し発砲する。だが、数が数なのでどうしても勝てる訳ではなく……やはり苦戦してしまう。

 

「うぐっ!?」

 

肩に多弾ヒットする。肩が何個も貫通し筋肉や骨が剥き出しになる。——そして。

 

グチャッ

 

次の弾が命中した瞬間。彼の腕がポトリと抜け落ちる。大量の血が関節部から流れ骨と筋肉が剥き出しとなる。それにより、銃の安定感が無くなり、本来両手で持つアサルトライフルを片手で支えられる筈もなく、命中率がドッと下がる。

 

「ケンゴッ!!?」

 

アルの悲鳴のような絶叫が倉庫内に響き渡った。

骨が砕け、肉が裂け、片腕が地面に転がるという、常軌を逸した光景。

 

「あ、……がッ……!!! ゲホッ、う、あ、あああああああッ!!!」

 

ケンゴはその場に崩れ落ち、膝をついた。

激痛。脳が焼き切れるほどの激痛が全身を駆け巡り、目の前が真っ白に染まる。切断面からドクドクと溢れ出す大量の鮮血が、冷たいコンテナの床を赤く染めていく。あまりの苦痛に呼吸の仕方を忘れ、肺から酸素が掠れた音を立てて漏れ出した。

視界が歪み、意識が遠のきかける。気を失ってしまえばどれだけ楽か。だが、彼の頭上で脈打つ、赤黒い火花を散らしたヘイローは、まだ消えることを拒んでいた。

 

「な、なんで……? どうして血が出てるの……!?」

 

アルの顔から、一瞬で血の気が引いた。

キヴォトスの生徒であれば、銃で撃たれようが、グレネードを喰らおうが、ヘイローがある限りは痛いで済むはずなのだ。多少の擦り傷や打撲はあれど、こんな風に腕がもげ、大量の血を流すなどあり得ない。

目の前の凄惨な現実に、アルの頭は完全にパニックを起こし、激しく困惑していた

 

「ハァ、ハァ、……ふざけ、るな……ッ!」

 

ケンゴは激痛に歯をガタガタと震わせ、脂汗を流しながらも、残った左手一本で地面に落ちた赤黒のアサルトライフルを泥泥の血の中に手を突っ込んで掴み取った。痛みに悶え、視界は涙と血でぼやけている。それでも、彼の瞳にある光だけは、まだ死んでいなかった。

 

「まだ……動く、だろうが……ッ!!」

 

うめき声を上げながら、残った左腕だけで銃身を強引に持ち上げる。本来なら片手で制御できるはずのないアサルトライフル。反動で肩が外れそうな激痛がさらに襲いかかるが、ケンゴは叫び声を上げながら引き金を引き絞った。

 

――ズドドドドッ!!

 

狂ったような乱射。弾道はガタガタで、大半は天井や壁を穿つのみだったが、その執念の銃撃は通路のオートマタ数体を巻き込んで粉砕する。

 

「もうやめて、ケンゴ! このままほっといたらあなたが死んじゃうわよ!!」

 

だが、限界は近かった。ボスのオートマタが、冷酷に次の部隊へ指示を出す。

 

「足掻きは終わりだ。蜂の巣にしろ」

 

残った左腕、そして両足に、無数の銃口が向けられる。ケンゴの身体が恐怖と痛みで硬直しかけた――その時。

 

「あはは☆ なんだか面白そうなことやってるね~!」

 

場違いなほどに明るく、そして軽快な少女の声が、倉庫の天井から降ってきた。

 

「――え?」

 

アルが呆然と見上げた視線の先。

倉庫の梁の上に、銀色のサイドテールを揺らした少女がちょこんと腰掛けていた。手には、丸っこい大きなバッグをいくつか抱えている。

 

「ムツキっ!!?」

 

「やっほー、アルちゃん! お待たせ~!」

 

「お待たせじゃないわよ!すっごく待ったわよ!」

 

「まあまあ、結果的に助けに来たんだから。……というわけで、私からの差し入れだよ~!」

 

浅葉ムツキはいたずらっぽく笑うと、抱えていたバッグを、オートマタの群れのド真ん中へと、まるで手鞠でも投げるように軽々と放り投げた。

 

「っ!? 全員退避――」

 

ボスのオートマタが叫ぶが、もう遅い。

 

——ドォォォォォンッ!!!!

 

バッグに詰め込まれていたのは、ゲヘナ製の大容量爆薬。凄まじい爆風と炎が倉庫内を吹き荒れ、密集していたオートマタの一個小隊が、一瞬で消し飛んでバラバラの鉄屑へと変えられた。

 

「うぉっ……!」

 

ケンゴは爆風に煽られながらも、左の翼を必死に広げてアルの前に盾として割り込む。

煙が立ち込める中、ムツキは梁からトントン、と軽やかに地面へと着地した。その手にはすでに彼女の愛銃である機関銃が握られている。

 

「大丈夫アルちゃん?……ってその子どうしたの!?」

 

いつもの調子で覗き込んだムツキだったが、転がった腕と、床に広がる本物の「血の海」を目にした瞬間、一瞬だけ息を呑み、その表情からフッと笑みが消えた。

 

(……ッ、何これ、冗談抜きでマズい奴じゃん!?)

 

ムツキの頭は一瞬で焦りから冷徹な状況判断へと切り替わる。今ここで自分が取り乱せば、パニックになっているアルも含めて全滅すると思ったからだ。

ムツキは素早く背負っていた予備のバッグから、念のためにと買っておいたアルの銃の予備マガジンと、これまた緊急用に用意していた医療キットを引っ張り出した。

 

「ほらアルちゃん、医療キット! それで止血をして!あと、このマガジンも!数無かったでしょ」

 

「あ、ありがとうムツキ!……本当に助かるわ!」

 

アルは受け取ったマガジンを愛銃に装填し、必死に手を震わせながら医療キットの止血帯をケンゴの肩に巻き付け、強引に血を止める。

ムツキは機関銃をがっしりと構え直し、オートマタの増援に向けて鋭い視線を向けた。

 

「君はもう下がってて! それ以上動いたら、本当に死んじゃうよ!」

 

「クソ……ッ、これ、くらい……!」

 

ケンゴは激痛に顔を歪め、ガチガタと身体を震わせながらも、アルに支えられながら再び左手で銃身を持ち上げようとする。その時、倉庫の爆破の衝撃と激しい銃声によって、それまで気絶していたゲヘナの生徒たちが「う、うう……」と次々に意識を取り戻し始めていた。

 

「後ろの子たちも目を覚ましたみたい!」

 

「ええい、残存部隊、まとめて排除しろ!」

 

ボスのオートマタが冷酷に命じ、さらに奥から大量の増援が押し寄せてくる。ムツキの弾幕でも抑えきれないほどの物量。ケンゴたちの命運もここまでかと思われた――その瞬間。

 

「――そこまでです! 銃を捨てて投降しなさい!」

 

倉庫の正面扉が乱暴にこじ開けられ、拡声器を通した鋭い声が響き渡った。

そこに現れたのは、黒い制服に身を包み、腕章を巻いた複数の少女たち――ゲヘナ学園の風紀委員会の隊員たちだった。この周辺で起きた度重なる爆発と騒ぎを聞きつけ、パトロール中の部隊が急行してきたのだ。

 

「チッ、風紀委員会だと!? くそ!!排除しろ!」

 

風紀委員の登場により、オートマタたちの最優先排除対象が瞬時に切り替わった。彼らにとって、ゲヘナの治安維持組織と正面衝突することは最も避けるべき事態。オートマタの軍勢は一斉に反転し、銃口を風紀委員たちへと向けて激しい銃撃を浴びせ始めた。

 

「抵抗するか!……全員鎮圧だ!!」

 

風紀委員たちも即座に遮蔽物に身を隠し、一斉に反撃を開始する。倉庫内は一瞬にして、オートマタと風紀委員会による大規模な全面抗争の渦へと巻き込まれた。

 

「……今よムツキ!ケンゴを連れてここを逃げるわよ!」

 

「りょーか~い☆」

 

ムツキは風紀委員とオートマタの激しい銃撃戦を遮蔽物越しに見据えながら、素早く煙幕弾を戦場へと転がした。瞬く間に周囲を視界不良の白い煙が包み込む。

 

「起き上がった子たちは放っておいて大丈夫よ! 風紀委員会が勝手に保護するから」

 

アルはそう叫びながら、気を失いかけているケンゴの残された左腕を自分の肩に回し、必死にその身体を支えた。

 

「う、あ……動ける、から……ッ」

 

「いいから黙って私に掴まりなさい! 大丈夫、私が絶対にあなたを死なせたりしないから!」

 

血の気が引いた顔のまま、アルはいつになく真剣に必死な声音でケンゴを叱り飛ばす。悪役を気取る彼女の脆いメッキは剥がれ落ち、そこには傷ついた少年を必死に救おうとする一人の少女の姿しかなかった。

激しい銃声と怒号が飛び交う中、三人は煙幕に紛れて廃棄倉庫の裏口へと滑り込んだ。外の冷たい空気が、ケンゴの焼けるような傷口を刺激する。アルとムツキは彼を抱えるようにして、風紀委員のパトロール経路から外れた薄暗い路地裏へと滑り込んだ。

壁にケンゴの身体を預け、アルは大きく息を吐きながら、ふと思いついたように口を開いた。

 

「ねえ、ムツキ。……このまま彼を風紀委員会に引き渡した方が、安全に治療を受けさせられるんじゃないかしら? 救急医学部を呼ばせれば、そっちの方が確実に……」

 

「うーん、それはちょっとマズいんじゃないかなぁ、アルちゃん」

 

ムツキは愛銃のバレルを冷ましながら、いつになく真面目な顔で首を横に振った。

 

「どうしてよ? 風紀委員会なら医療設備だって整っているでしょうし……」

 

「そうだけどさ。この子、トリニティの子でしょ? しかもヘイローがあるのにこんな大怪我してる」

 

ムツキはケンゴの痛々しい傷口に視線を落とした。

 

「ゲヘナの自治区内で、トリニティの生徒が片腕を失うほどの重傷を負って転がってたなんて世間に知れたら、……それこそ国際問題で大ごとになっちゃうよ? そうしたら、ゲヘナもトリニティも取り返しが付かなくなっちゃうだろうし……。最悪、二校の全面戦争も起こりかねない」

 

「あ……」

 

アルはハッと息を呑んだ。

ただでさえ一触即発のゲヘナとトリニティの関係だ。風紀委員会という公式な組織に彼が保護されれば、それは瞬時に政治的なカードになり、最悪の場合、両学園の全面衝突の引き金になりかねない。

「それにさ、」とムツキは少しだけいたずらっぽい笑みを戻して、ケンゴの顔を覗き込んだ。

 

「この子、風紀委員会に引き渡されるより、自分の学園に戻りたいんじゃないかな?」

 

「よく、わかったな。実際その通りだが……あまり、イチカに迷惑はかけたくなくてな……」

 

ケンゴは激痛に耐えながら、弱々しく皮肉げな笑みを浮かべた。その言葉に、アルは覚悟を決めたように力強く頷いた。

 

「分かったわ。……なら、私たちの手で、こっそり彼をトリニティの境界まで送り届けるわよ! 便利屋68は、ただの誘拐犯とは格が違うってところを見せてあげるんだから!」

 

「あはは、アルちゃんカッコいー! じゃあ、風紀委員に見つからないルートを探さなきゃね☆」

 

止まらない出血と闘うケンゴを抱え、便利屋68の二人はゲヘナの暗い路地裏をひた走る。

一刻の猶予もない。少年の命を繋ぐため、そしてキヴォトスの均衡を守るための、決死の密入国(帰還)作戦が始まろうとしていた。




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