正義実現委員会の部員達に連行され、俺が連れて行かれたのは、トリニティ総合学園の巨大な校舎の一角にある取調室だった。
窓一つない、白一色の清潔すぎる部屋。それは記憶を失った俺にとって、病院のようでもあり、あるいは刑務所のようにも感じられた。
「……さて、どこから話したもんっすかね」
目の前に座っているのは、先ほど俺が助けーーいや、俺を助けた少女、仲正イチカだ。彼女は机の上に置かれた俺の持ち物(といっても、黒服からもらった地図と謎の番号が書かれた紙くらいだが)を眺め、困ったように眉を下げている。
「君、名前は天堕ケンゴくん……で合ってるっすか?」
「ああ。それ以外のことは、俺もよくわかってない」
「記憶喪失、っすか。ドラマみたいっすね……。でも、君の体のことについては、笑い事じゃ済まないみたいですよ」
イチカが横に置かれたモニターを指し示す。そこには、俺がヘルメット団に撃たれた直後の、委員会の記録映像が流れていた。
「キヴォトスにおいて、銃弾が体を貫通するくらい体が柔らかいなんて、本来あり得ないことなんすよ。私たちはみんな、肌の表面で弾を弾くか、めり込んでも痛いで済むようにできてる。……でも、君は血を流した。本物の、真っ赤な血を」
イチカの瞳が、少しだけ真剣な色を帯びる。
「なのに、その背中の翼。……あれで弾丸を弾いたときの音、あれは防弾板どころの硬さじゃない。……君の体は、矛盾してるんすよ。ヘイローはあるのに何故か脆い肉体と、謎に硬過ぎる羽が同居してるっす」
「……俺自身が一番、それを聞きたいくらいだ」
俺が自嘲気味に答えると、部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、黒髪で巨大な翼を持つ、威圧感のある少女だった。
「……失礼します。イチカ、状況はどうですか」
「ハスミ先輩。……ええ、ご覧の通り。おとなしくお話を聞いてくれてるっすよ」
羽川ハスミ。正義実現委員会の副委員長だというその少女は、鋭い視線で俺を射抜いた。その目は、俺を保護対象として見ていると同時に、予測不能な危険物として警戒しているようだった。
「天堕ケンゴさん。あなたの処遇について、ティーパーティー……つまり、この学園の生徒会ホストから通達がありました。あなたの特異性はキヴォトスの理を揺るがしかねない。そのため、身元が判明するまでの間、我が学園の管理下に置くことが決定した……とのことです」
「管理下……。要するに、監視付きの捕虜ってことか」
「言い方は悪いですが、否定はしません。……ですが、無下に扱うつもりもありません。あなたは今日からトリニティの特別生徒として、この学園で生活してもらうことになります」
ハスミはそう言って、イチカに振り返る。
「イチカ。彼を拾ったのはあなたです。責任を持って、あなたが彼の監視役兼、生活の指導係をしなさい」
「えっ、私っすか? ……まあ、かまいませんけど。まだ私、一年っすよ?入って来たばかりだし、まだそんなに仕事を覚えたわけじゃあ」
「謙遜しなくてもいいのですよイチカ。貴方は十分にできる人です。そんな貴方を見込んでお願いしています。見たところ年も同じくらいでしょうし、彼も気軽に関わりやすいはずです。……もし、都合が悪ければ今からでも断ってもいいですよ?」
「いえいえ!別に苦なんて思ってないっすから。……はい、了解したっすハスミ先輩。私に任せてください」
「引き受けてくれてありがとう、イチカ」
「それと、一度、天堕さんをティーパーティーまでご案内してください」
と、話が終わったかのように思ったところで、ハスミと名乗ったその少女は続け様にそう言った。
「ん?なんでだ、俺の処遇についてはさっき決まったろ?」
「意図は話してはくれませんでした。ですが、アリウスと呼ばれるところから来た貴方を警戒してのことでしょう」
「そういや、お前達にアリウスのことを言った時、みんな知らなそうだったな」
「えぇ。そんな学園は見たことも聞いたこともございませんし。なにより、あなた自身もその学校を知りませんでした。得体の知れないところからきた存在を警戒するのは当たり前ではないですか?」
確かに。その通りだ、何も間違ってはない。
つまりは、直接見て判断しようと思っているのだろう。それで、危険と判断すれば……。
「わかった。それじゃあ、さっそく行くことにするよ」
こうして、俺の意思とは無関係に、トリニティへの編入が決まったのだった。
□□□
「ティーパーティー……生徒会、ね」
取調室を出て、俺はイチカの後に続いて白亜の廊下を歩く。 窓の外には、整備されすぎた庭園と、どこまでも青い空が広がっていた。行き交う女子生徒たちは、俺の姿――特にその“砕けたヘイロー”を見て、一様に怯えを含んだ視線を向けてくる。
「……目立つな、やっぱり」
「ま、当然っすよ。キヴォトス広しといえど、男の子ってだけでも珍しいのに、異質なヘイローを持ってるんすから」
イチカは悪びれる様子もなく、前を歩きながらひらひらと手を振る。
「でも大丈夫っすよ。私がついてるし、ティーパーティーの皆さんも……まあ、ちょっとお堅いところはあるけど、悪い人たちじゃないっすから」
「あんま信用できてねえ相手の言葉なんて、信じられねえよ」
「ひどいっすねぇ、これでも精一杯君の味方をしてるつもりなんすけど?」
イチカは少し俺との距離を詰めながら、苦笑する。
「なんとなく伝わるが、信用がない以上裏があると思われるのは当たり前だ。それにあんたらからすれば、俺は得体がしれない。警戒しないわけがない、だからお前もあまり踏み込んでこない」
「あ、気づいてたんすね。結構フレンドリーに近づいてたつもりなんすけど」
「言葉だよ、当たり障りない言動で相手との距離を測ってるだろ。取り調べの時に思ったが、お前は人と話す時一歩引いたとこで会話してる。言動や行動は親しみやすいのに、稀に出る言葉の節に壁を感じる。まるで、なにかに怖がってるみてぇな。もしくは――」
そこまで言って、急にイチカは足を止めた。それに気づいた俺は、彼女の方に振り返って。瞬間……彼女の細い目から綺麗な瞳が開かれた。だが、その目の表情はあの時の驚きとは違い、俺だけに圧力を向けていた。その凄みに当てられ、俺は押し黙った。なにか、触れてはならない琴線に触れた気がして、これ以上の言葉はダメだと直感的に感じた。
今にもこちらに襲い掛からんと、その目はずっと俺を捉える。
「…………わるい、すまなかった」
しばらくの沈黙の後、俺は彼女に頭を下げ謝罪した。これから、俺を監視しながら一緒に行動する奴と、こんな状態のままでいるのはキツかった。だから、謝罪して丸く収めようと思った。
「……えっ」
彼女の瞳から圧が消え、そんな素っ頓狂な声が漏れ出していた。イチカも、自分のした事に申し訳なさを感じながら。
「すみません……こちらも。急にあんなことしちゃって」
イチカはバツが悪そうに、自分の後頭部を軽く掻いた。先ほどまでの、射抜くような鋭い視線はもうどこにもない。
「……図星を突かれると、つい指が動いちゃうのは私の悪い癖っすね。君、記憶がない割に、人の顔色を窺うのは得意みたいで……。なんだか、こっちの心臓に悪いっすよ」
「……そうか。なら、これからは気を付ける」
「あはは、そんなに畏まらなくていいっすよ。私、君みたいな放っておけない人は嫌いじゃないっすから。……ただ、私の心の奥まで覗き込むのは、もうちょっと仲良くなってからにしてほしいっすね」
イチカはそう言って、いつものように目を細め、ふわりと笑った。けれど、その笑顔は最初に出会った時より、少しだけ……本当に少しだけ、温度が上がったように見えた。
「さ、あまりナギサ様を待たせるとハスミ先輩に怒られちゃうっす。行きましょう、ケンゴくん」
俺は彼女の背中を眺めながら、自分自身の手のひらを見つめる。 あの瞬間、彼女から向けられたのは「拒絶」でも「憎悪」でもなく、自分自身を必死に守ろうとする「恐怖」に近い何かだった気がする。 俺もまた、彼女と同じなのかもしれない。何かを隠し、何かに怯えながら、この白亜の街を歩いている。
あの会話から少し後、俺たちはようやくその扉の前に辿り着いた。陽光が差し込む美しいティーテラスに、彼女たちはいた。
豪華なテーブルを囲んでいたのは、二人の少女だった。
一人は、ストレートで、優雅に紅茶を啜る少女。 もう一人は、ピンク色の長い髪を揺らし、退屈そうにクッキーをかじっている少女。
「……正義実現委員会の仲正イチカです。例の男の子、連れて参りました」
イチカが声をかけると、ベージュっぽい髪色の少女――ティーパーティーのホスト、桐生ナギサが静かにカップを置いた。
「……ご苦労様です、仲正イチカさん。あなたが、例の“アリウス”から来たという……」
ナギサの視線が俺に注がれる。その瞳は穏やかだが、奥底には冷徹な観察眼が光っていた。彼女の視線が俺の頭上に止まると、わずかに眉が動く。
「……壊れかけのようなヘイロー、キヴォトスの理として、ヘイローの破壊は死を意味します。……ですが、あなたはこうして立っている。まるで、割れてしまったカップを元通りに繋ぎ合わせたように。とても不思議で歪な存在です」
「死んでないのは、俺が一番よく分かってるよ。……ナギサ、だったか。俺をどうするつもりだ?」
「呼び捨てっすか!? ケンゴくん、流石にそれは心臓に悪いっすよ……!」
横でイチカが顔を青くしながら驚いていたが、もう一人のピンク髪の少女――聖園ミカが、クスクスと楽しそうに笑い声を上げた。
「あはは! おもしろーい!私たちを前にして、しかも敬語もなしに呼び捨てなんて凄い度胸だね!自分の状況分かっててその態度なの?」
「ケンゴさん。自分の身の振り方を考えた方がいいですよ。あなたが今どういう状況に置かれているかについては、自覚していると思います。なので、あまり崩し過ぎないようにお願いします」
「え〜?でも、私は嫌いじゃないよー、そういうの」
「ミカさん。これは大切な事なのです。最悪、彼の立場に関わる問題にもなります。今のうちから心得て頂かないと」
「ナギちゃんは硬すぎるよ。もう少し柔らかくいこー?」
「にしても……へ〜。これが男の子なんだ」
ミカは立ち上がり、俺の周りをぐるりと回る。そして、俺の左側の黒い翼に触れようとして、パッと手を止めた。
「へぇ……。ねえ、君。その羽、すっごく硬そう。……でも、身体はさっきのヘルメット団に撃たれてボロボロになったんでしょ? 本当、変なの」
ミカの無邪気な、けれど鋭い好奇心の視線。 ナギサがコホン、と咳払いをして場を戻した。
「……天堕ケンゴさん。正直に申し上げましょう。あなたの存在は、今のトリニティにとって極めてリスクが高いです。……本来なら、矯正局へ送るのが筋ですが、あなたが言う『アリウス』という名……。我が学園の古い記録に、微かにその名が残っていました」
「……何?」
「詳細はまだ調査中のため、あなたが意図的にこちらへ送られた刺客なのか、それとも本当に迷い込んだ被害者なのか。それを見極める必要があります。情報の整理が済むまで、この件はくれぐれも他言無用でお願いします」
「混乱を抑える為に、アリウスのことを出すなってことだな……」
「そういうことです。ご理解頂き、感謝いたします」
ナギサはイチカに鋭い視線を向ける。
「イチカさん。天堕ケンゴさんを本校の生徒として登録します。ですが、彼の行動範囲は厳しく制限してください。もし彼が不穏な動きを見せれば……その時は、正義実現委員会が責任を持って対処するように」
「了解しました。私が責任を持って、彼を立派なトリニティの生徒に仕込んでみせるっすよ」
イチカはいつもの軽い調子で敬礼してみせたが、俺の腕を掴むその指先には、少しだけ力が籠っていた。
□□□
ティーパーティーとの対面を終え、俺たちは用意された寮の部屋へと向かっていた。
「……これで、晴れて今日から同級生っすね、ケンゴくん」
イチカは廊下を歩きながら、預かっていた生徒手帳を俺に手渡す。そこには確かに『天堕ケンゴ』という名前と、トリニティの紋章が刻まれていた。因みに、学生証というものがあるそうで、自分の口座や決済、通行証の類になんでも利用できるらしいが、顔写真の提示が必要なようでとりあえずそれは後日とのことだ。
「……檻の中の生活が始まった、の間違いだろ」
「そう卑屈にならないでくださいよ。……さっきミカ様も言ってたっすけど、君の身体、本当におかしいっす。弾丸を弾く羽と、弾丸を弾かず貫かれる身体。……君は、私たちと同じようでいて、決定的に何かが違う」
イチカは足を止め、俺の顔を覗き込んだ。
「でも、さっき君が私を守ってくれたこと、私は忘れてないっすよ。……だから、今度私が貴方を助けてあげるっす。ケンゴくんは知らないと思うっすけど。ここは色々と危険っすから」
「?……ここは銃社会で、俺はその銃で簡単に傷つく体だ。んなことは百も承知だ。どこいったって危険な事に変わりはねぇよ」
「あーいや、そういう意味じゃなかったんすけど……まあ、いいっすかね」
「……?」
夕暮れが廊下をオレンジ色に染めていた。 記憶も、居場所も、完全な肉体も持たない俺。 隣を歩くのは、お節介で、食えない笑顔を浮かべる同級生の少女。
「……勝手にしろ」
俺はそっけない返事をして、自分の部屋のドアを開けた。
部屋の中は、とても整っておりキッチンから寝室、リビング、トイレ、風呂に至るまでちゃんとある。特にやる気の起きなかった俺は、そのまま、寝室へと向かい即就寝した。
久しぶりの柔らかいベッドは、とても寝心地が良かった。
イチカってこんな感じじゃないかな?と思ってるけど違ったらごめんね。
一応これで貫かせてもらうけどさ。
一年生編のプロットはある程度固まってるからあとは書くだけ。
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