記憶喪失の男子生徒と仲正イチカ   作:松花 陽気

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ツルギの性格少しむずいね。解釈不一致になったら申し訳ない。
あと、セイアもむずい。

新キャラに関しても一応設定は作ってるけど。今度ちゃんとまとめたのを後書きに書いておきます。

独自解釈が含まれます。


第四話:黒の正義と白亜の裁定

 

パトロールを終え、俺とイチカは正義実現委員会の本部へと戻ってきた。 肩口の傷はとうに塞がっているが、黒い制服に染み込んだ血は隠しようもない。廊下ですれ違う一般生徒たちの、あの見てはいけないものを見た、怯えの視線が今も背中に張り付いている気がした。

 

「……着いたっすよ。ケンゴくん、顔色がまだ悪いっす。しっかりして!」

 

イチカが重厚な扉を押し開ける。 部屋の中には、トリニティの治安を司る正義の象徴たちが揃っていた。

 

「――戻りましたか、イチカ。……あら?」

 

最初に声をかけてきたのは、二年生の羽川ハスミ先輩だった。彼女の視線が、俺の肩の汚れに止まる。昨日までの取調室での厳格な態度とは違う、純粋な驚きが彼女の瞳に走った。

 

「その汚れ……。接触があったのですね。怪我は?」

 

「……大丈夫です。もう治りました」

 

俺の短すぎる返答に、ハスミ先輩が何かを言いかけたその時だった。

 

「ッ、ッッ……!!」

 

部屋の椅子に静かに座っていた、同じく二年生の剣崎ツルギ先輩が弾かれたように椅子から立ち上がった。 彼女は無言で俺の方へ歩み寄ってくる。一歩、また一歩と距離が縮まるたびに、彼女の顔が劇的に歪んでいく。 裂けたような口元、血走った眼光。本能的な恐怖を呼び起こすあの形相。俺は咄嗟に、左翼を盾に構える。

 

「……お前が、その男子生徒か?」

 

「あ……はい」

 

「?……っ!?血……!!?だ、大丈夫なのかきみ!?き、きずは!!?」

 

ツルギ先輩は俺の肩の傷跡を食い入るように見つめ、声を震わせた。 殺人鬼のような表情とは裏腹に、その言葉遣いは驚くほど丁寧で、震える手からは困惑と心配が溢れ出している。

 

「話には聞いていたが……実際に見ると。危なげないな……それに」

「は、初めてあった。これが、男……本当に。本で読むよりも、……か、カッコいい……な」

 

「?……あ、どうも」

 

「き、ききききき。ぎょぉぉぉぇぇぇぇ!」

 

「え……?」

 

突然、ツルギ先輩は発狂した。

あまりの形相に噛み殺されると身構えるが、隣のイチカが小声で囁いてきて、それに拍子抜けした。その内容が、「ツルギ先輩、こう見えて人見知りで、よくああなっちゃうんすよ」とのこと。 ツルギ先輩は俺の安否を確認したい一心なのだろうが、顔が怖すぎて会話が成立しない。彼女は「ギギギ……ッ」と奇妙な歯ぎしり音を漏らし、最後には真っ赤になって顔を伏せてしまった。

 

「ツルギ、そこまでにしなさい。新入生が混乱していますよ」

 

最奥の席から響いたのは、凛とした、けれど底知れない重みを持つ声だった。

 

「ルイ委員長」

 

ハスミ先輩がその人の名前を呼ぶ。

委員長、三年生の杠(ゆずりは)ルイ。 彼女が俺たちに歩み寄ると、直前まで化け物のような形相だったツルギ先輩の顔は、瞬時に凛々しく真っ直ぐな真面目なものに変わった。

 

「ハイッ。 申し訳ありません、ルイ委員長ッ!」

 

ツルギ先輩は深々と頭を下げ、逃げるように自分の席へと戻っていった。 ルイ委員長は優雅な足取りで俺の前に立ち、黄金色の瞳で俺の「砕けた輪」を見つめる。

 

「天堕ケンゴさん。……ふふ、やはり。あなたは、この世界の法から外れている」

 

ルイ委員長が、俺の汚れた肩にそっと指先を滑らせた。その冷たい感触に、背筋が凍る。

 

「……ルイ様。その者をあまり甘やかさないでください。時間の無駄です」

 

ルイの後ろから、氷のように冷徹な声が放たれると、その人は委員長の後ろから現れ、眼鏡をクイっと整える。

 

「まあそう言うなシズミ。後輩との時間に無駄も何もありはしないよ。君ももう少し交友関係を広げたらどうかね?」

 

「余計なお世話です。ルイ様にそのようなことを言われずとも交流はしております。それに私は副委員長ですから、あまり遊んでいる暇もないのですよ」

 

この人が、副委員長の奈落シズミ。銀髪のショートヘアに、すべてを拒絶するような無機質な瞳。異質な俺に対して強い敵意を感じる。

 

「……ツルギを困惑させ、ハスミの手を焼かせ、ルイ様の貴重な時間を奪う。天堕ケンゴ。貴方の存在そのものが、不確定要素です。正義実現委員会に、これ以上の汚れを持ち込まないでいただきたい」

 

「……厳しいな、副委員長様は。俺だって、好きでこうなったわけじゃない」

 

「理由などどうでもいい。……ただ、これだけは覚えておきなさい。貴方がどれほど異質でここの秩序を乱しているのか。ティーパーティーも困ったものです。こんな異分子を平気で招き入れるなど頭がどうかしています」

 

「シズミ。それ以上の言葉は御法度だぞ?副委員長として言葉を慎みたまえ。真面目なのは君の美徳だが、反感を買うような言葉はよしたまえ」

 

「申し訳ございませんルイ様。ですが、私はそれでもこの男を認めることはできません。なので、くれぐれもこの場を汚すことがないようにしてくださいね」

 

シズミ副委員長はそう吐き捨てると、事務的に予備の制服をイチカに投げ渡した。

 

「着替えなさい。その血は、我が委員会の黒には不要です」

 

□□□

 

事務的な手続きを終え、俺とイチカは寮への帰り道を歩いていた。 夕焼けが、白亜の校舎を赤く染め上げている。

 

「……どうっすか? 委員会の濃いメンバーに囲まれて」

 

イチカがいつもの軽い調子で聞いてくる。

 

「……さあな。ただ、あの副委員長には、随分と嫌われてるみたいだ」

 

「あはは、シズミ先輩は完璧を愛する人っすから。不確定なケンゴくんのことは、放っておけないんすよ。……ま、私がついてるから大丈夫っす」

 

イチカはそう言って笑ったが、その瞳の奥には、俺を監視する者としての線引きがまだ残っている。それは別に構わないが……俺も、あまり油断はできないだろうな。と俺は、左側の重い翼を一度だけ羽ばたかせながら歩くのだった。

 

□□□

 

数日後、ティーパーティーのテラスには、茶菓子と紅茶の香りに混じって、どこか重苦しい静寂が漂っていた。

 

テーブルに座るのは、ティーパーティーの現ホストであるフィリウス分派代表、桐藤ナギサ。奔放な空気を纏うパテル分派代表、聖園ミカ。そして、静かに目を閉じ落ち着いた表情で紅茶を口に含むサンクトゥス分派代表、百合園セイア。

 

その正面に、正義実現委員会の頂点たるルイ委員長と、彼女の背後に控えるシズミ副委員長が立っていた。

 

「――以上が、この数日間の天堕ケンゴの生活記録、および行動の全容です」

 

ルイはイチカから提出された報告書をナギサの前に置いた。

 

「驚くべき適応力ですね。周囲の奇異な視線に晒されながらも、彼は淡々と学園生活をこなしています。……ただ、問題は部活動における『負傷』の頻度です」

 

「……報告書を拝見しましたが、パトロールのたびに血を流して帰ってくると?」

 

ナギサが眉をひそめ、冷めた紅茶に視線を落とす。

 

「ええ。キヴォトスの理が通用しない肉体。彼は防弾板代わりの左翼こそ持っていますが、それ以外はあまりに脆弱です。イチカの報告によれば、ついこないだも路地裏での小競り合いに巻き込まれ、一般生徒を庇って右半身を撃ち抜かれたとか」

 

 

「なんだかロマンチックじゃない?自分が死ぬかも知れないのに、誰かの為にあぁやって頑張れるの。凄くカッコいいじゃんね⭐︎あはは、本当におもしろいよね。死んでるみたいなヘイローなのに、誰よりも必死に生きてて、真面目に人生を謳歌してるって感じ?」

 

「ミカ。流石に無神経な発言が過ぎるのでないかな?天堕ケンゴという男の痛みをそんな一言で表すのはいかがなものだ。それに……かなり痛々しく見えるね。いや、そんな言葉で片付くものでもないであろうが。私も話には聞いていた……未だ信じられない話だね。でも、目撃証言からしてもこれが事実であることくらいは私にだってわかる」

 

ミカが楽しそうにクッキーをかじる横で、セイアは言葉を続ける。

 

「……脆さと強靭さが同居する不安定な存在。彼はこの学園の調和を乱す不協和音だろう。……同時に、今の我々にはない『現実感』を突きつけてくる存在でもあるようだね」

 

ルイはナギサを真っ直ぐに見据え、本題を切り出した。

 

「ナギサ様。監視役であるイチカから、強い進言がありました。天堕ケンゴに……武力所持の許可を頂きたいのです」

 

「……っ、許可できません」

 

ナギサが即座に否定する。

 

「出自も不明、性質も異質。そのような者に武器を与えるなど、トリニティの安全保障上あり得ないことです」

 

「ですがナギサ様、このままでは彼は近いうちに、本当に命を落とします」

 

ルイの声には、委員長として可愛い後輩の願いを叶えてやりたいという慈愛と、現実的な戦力運用のための冷徹さが同居していた。

 

「それはそうでしょうが。それでも、許可するわけにはいきません。未だアリウスの事もわからぬ今、そのような判断はできません。それとも、他に理由が……?」

 

「彼が一方的に傷つく姿を見せ続けることは、正義実現委員会の、ひいてはティーパーティーの権威にも関わります。委員会の一員として彼が自衛し、せめて自分の身を守れるだけの備えを与えるべきだと、私は判断しました。……ダメでしょうか?」

 

ルイがわずかに首を傾げ、黄金色の瞳でナギサを見つめる。そのお願いには、断りづらい圧力が含まれていた。だが、ナギサは不安だった。今のホストは彼女だ、慎重に判断を付けなければならない。だから、首を縦に振る事を躊躇っていた。すると、長い間を開けて誰かが口を開いた。

 

「ナギサ、君の気持ちもわかるよ。今の君はトリニティのトップだ。君の判断がこれから左右する……故に間違いを恐れている。だが、恐れるのは当然だ。一人で考える必要はない。最終的な決定は君だが、たまには私たちや他の者に相談してもいいのではないかな?」

 

「……セイアさん」

 

「そうそう!紅茶の飲み過ぎなんだよナギちゃん。もう少し柔らかくして考えよ。因みに、私は賛成だよ。敵か味方かは置いといて、もし死んじゃったりしたら問題になるでしょう?」

 

「ミカさん?」

 

少し怒気をはらんだ声でミカを見るナギサに、ミカは少しみじろぎしながら焦ったような顔をする。

少しの沈黙の後、彼女は自分のティーカップに手を伸ばし一口飲んで、さっきよりも冷静な顔でこちらを向いて言う。

 

「……火器の所持は認めません。あくまで『自衛』を目的としたものに限ります。それでも宜しいですか、ルイさん?」

 

完全には無理だったが、少なくとも前よりはマシになったかな?

 

「ご配慮、ありがとうございます。ナギサ様」

 

「では、彼の使用できるものについては、こちらでご準備したものを後日届けます。委員会で管理可能な範囲で準備させて頂きます」

 

「……お心遣い、感謝いたします。それでは、私達はこれで……失礼致します」

 

ルイは満足気な顔で深く頭を下げ、扉まで向かう。

シズミは不本意そうに眼鏡を直しながら、深く頭を下げてルイ委員長の後ろをついていくのだった。




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