第一章:新大陸の思い出話
「りゅうにく」の衝撃から一夜明けた、穏やかな午後。
ハンターズギルドの拠点は、珍しく静かで、しかし知的好奇心に満ちた空気に包まれていた。
「……へぇ、じゃあギルマスがいた世界には、銃以外にそんなデカい剣とか、ハンマーとかがあったんすね」
ギルドのメンバーたちが、ハンターを囲んで円座になっていた。
昨夜の「竜の肉」の件で、彼女たちの「自分たちのマスターは何者なのか」という興味は最高潮に達していた。ユメもまた、お茶を淹れながら興味深そうに耳を傾けている。
「ああ。大剣に太刀、ランスにスラッシュアックス……。俺は、その中でも狩猟笛を好んで使っていたが、どの武器もモンスターの一撃を受け止め、あるいは肉を断つために、それなりのデカさと重さがあった」
ハンターは、懐かしむように遠くを見つめながら語る。
「食事もそうだ。ここでの『こんがり肉』もいいが、向こうのギルドの飯は、アイルーたちが腕によりをかけて作った定食がメインでな。酒場に行けば、いつも誰かがモンスターの討伐報告をしたり、酒を飲み交わしていたり……」
「……ギルマスって、その世界だとどれくらい強かったんすか?」
スズナの問いに、ハンターはふっと自虐的な笑みを浮かべた。
「俺か? 俺は……せいぜい『中の上』といったところだ」
「「「「中の上!!??」」」」
メンバーたちが驚愕の声を上げる。
アビドスの危機を救い、カイザーの精鋭を一人で蹴散らすほどの武力を持つ男が「中の上」だという事実は、彼女たちの物差を狂わせるには十分すぎた。
「嘘だろ!? スマホを片手で握りつぶすギルマスが、『中』なんすか!?」
「ああ。世の中には、古龍と呼ばれる生ける天災を、一人で、それも防具すら付けずに仕留めるような化け物がゴロゴロいた。……俺は、仲間に恵まれて、なんとか生き残ってきただけの端くれだ」
ハンターの言葉には、嘘偽りのない敬意が込められていた。
かつての世界で出会った、伝説のハンターたち。彼らの背中は、今のハンターにとってもまだ遠い場所にあるのだ。
第二章:無邪気な問いと、走る悪寒
「……なるほど。じゃあ、今のこのギルドも、その『元の世界のギルド』を真似して作ったんすね?」
一人のメンバーが、感心したように頷いた。
ユメも「そうなんですね。ハンターさんは、あっちの世界のギルドが大好きだったんですね」と、微笑ましく相槌を打つ。
だが、続く言葉が、ハンターの思考を凍りつかせた。
「でもギルマスー、……あっちのギルド公認じゃないのに、勝手に『ハンターズギルド』って名前を使ったり、自分を『ギルドマスター』って呼ばせたりして……それって大丈夫なんすか? 怒られたりしないんすか?」
「………………」
ハンターの手が、ピタリと止まった。
(……あ)
脳裏に、かつての世界の「掟」が、走馬灯のように駆け巡る。
ハンターズギルド。
それは、世界の生態系のバランスを守るために存在する、厳格な統治組織だ。
ハンターはあくまで「加盟員」であり、その階級は厳密に定められている。
そして、ギルドの権威を損なう行為や、組織の名を騙る「不正規な狩猟団」に対して、ギルドは極めて冷酷な対応を取る。
(待て……。俺は今、ここで何を名乗っている?)
「ギルマス」。あるいは「ギルドマスター」。
自分に従う数百人の武装勢力。
拠点に堂々と掲げられた「ハンターズギルド」の紋章(自作)。
(……これ、もし本部の連中に見つかったら……)
ハンターの脳内に、一つの単語が浮かんだ。
「ギルドナイト」
それは、ギルドの掟に背いたハンターを、闇に紛れて狩るための「ハンターを狩るハンター」。
法を犯した不正規ハンターを、文字通り社会から、あるいはこの世から消し去るための執行官。
(俺は……中堅ハンターだった俺が……よりによって『勝手にギルドを立ち上げ、その頂点に君臨し、あろうことか私兵を蓄えて他勢力を圧倒している』だと……?)
これは、かつての世界の基準で見れば、最も重い部類の「反逆罪」に相当する。
第三章:止まらない脂汗
「……ギルマス? どうしたんすか? 凄い汗ですよ?」
スズナが不思議そうに覗き込む。
ハンターの額からは、これまでの戦闘でも見せたことがないような、滝のような汗が吹き出していた。
「ハンターさん!? 大丈夫ですか!? 顔色が……青を通り越して真っ白です!」
ユメが慌ててタオルを取りに走る。
(……ヤバい。これはヤバすぎる。ギルドナイト案件だ。それも、ただの処罰じゃない。『特級反逆者』として、分厚い手配書が回るレベルだぞ……!)
もし、あの冷徹な双剣使いの執行官が、このキヴォトスに現れたら。
「貴様が『自称ギルドマスター』か」と冷たく言い放たれ、有無を言わさず乱舞を食らわされる自分の姿を想像してしまい、ハンターの強靭な膝がガクガクと震え出す。
「ギルマス! しっかりしてください! 水、飲みますか!?」
「……い、いや。……すまん……。少し、一人にさせてくれ……」
ハンターは、這うような手つきで立ち上がると、震える足取りで奥の私室へと向かった。
巨漢が、まるで小動物のように肩をすぼめて立ち去る姿は、あまりにも異様だった。
「「「……あー、ヤバかったんだ……」」」
「どうやら、私たちが思っている以上に、あっちの世界の『ギルド』って怖い組織だったみたいですね……」
ユメも、タオルの行き場を失ったまま、困惑した表情で見送るしかなかった。
第四章:暗い部屋の懺悔
私室に入り、鍵をかけたハンターは、そのままベッドに顔を埋めた。
「……バカか、俺は。……何を浮かれてたんだ。……ギルドマスターなんて呼ばれて、いい気になってた……。もし受付嬢の皆さんにバレたら、『あら、偉くなったものですね?』って笑顔で罵倒される……死ぬ。社会的にも精神的にも死ぬ……」
彼は、キヴォトスに来たばかりの頃、単に「慣れ親しんだ名前だから」という理由で、自らの組織をハンターズギルドと名付けた。 メンバーたちが「ギルドマスター」と呼ぶのを、「まあ、呼びやすいならいいか」と放置した。
それが、いつの間にかブラックマーケットを代表する巨大組織になり、自分は「ギルドのトップ」として崇められている。
(……これは、不敬罪どころの騒ぎじゃない。……本物のギルドマスターが見たら、激怒するどころか、即刻……!)
スマホを操作できないことや、モンスターに襲われることなど比較にならないほどの「恐怖」が、ハンターを支配していた。
新大陸でイヴェルカーナの冷気に晒された時よりも、今の彼の方がずっと冷えていた。
「……いっそ、今からでも名前を変えるか? 『ラーメン屋・ハンター』とか……。いや、もう手遅れだ。看板も出しちゃったし……」
暗い部屋の中で、巨漢は膝を抱え、ひたすら「ギルドナイト」が扉を叩く幻想に怯え続けるのであった。
第五章:解散と、その後の光景
食堂に残されたギルドメンバーたちは、しばらく無言で扉を見つめていた。
「……これ、明日になったら立ち直ってるっすかね」 「まあ、ギルマスだしね。寝て起きたら、また肉を焼いてるんじゃない?」
彼女たちにとって、ハンターは「最強のギルドマスター」だ。 その彼が、過去の世界のルール一つでここまで怯える姿は、逆にどこか「人間味」を感じさせるものだった。
「……さて。私たちは、『ギルドマスター』がいない間に、溜まってる事務作業を終わらせちゃいましょう」 ユメが、気を取り直したように言った。
「そうっすね。あ、ユメ先生。この『ギルド規約』の修正案、どうします?」
「……『ギルド』っていう言葉、少しだけ目立たないように書き換えましょうか。ハンターさんの胃に悪そうですし」
ユメの配慮により、その日からギルド内の公文書において「ギルド」という単語のフォントがわずかに小さくなったが、ハンターの恐怖が消え去るまでには、かなりの時間を要することになる。
平和な空が広がるキヴォトスで、ただ一人、異世界からの「法」に怯えるマスター。
最強の男の弱点は、かつての自分が憧れた、組織の権威そのものだった。
数時間後。
ようやく部屋から出てきたハンターは、目の下に深い隈を作りながら、震える手でスマホを掴んだ。
『(震えるアイルーのスタンプ)』
先生へのそのメッセージが、彼の精一杯のSOSであったが、先生がその真意を理解することは、ついぞなかった。
やったことを簡単に説明すると「会社勤めの人間が、その会社の名前使って勝手に支店立ち上げた」って感じ。
完全にアウトでしょ。