未成年飲酒は厳禁です
第一章:鉄の板との死闘(ハンターとスマホ)
ブラックマーケットの喧騒が少しだけ遠のく、ギルド拠点の午前中。
そこには、新大陸の数多の巨獣を沈めてきた「ギルドマスター」ことハンターが、かつてない強敵を前にして脂汗を流している姿があった。
「……ぬうう。動かん。なぜだ、なぜ言うことを聞かんのだ!」
ハンターの手の中にあるのは、キヴォトスでは誰もが持っている標準的なスマートフォンだ。
しかし、彼の丸太のような太い指にとって、その繊細なタッチパネルは「触れる」というより「押し潰す」対象でしかなかった。
「ハンターさん、力みすぎですよ! 卵を扱うように、優しく……ですよ?」
傍らでユメが心配そうに覗き込む。彼女は記憶がないとはいえスマホの操作については体が覚えており難なく使用できていたが、スマホ歴0年のハンターへの伝授には苦戦していた。
「ユメ、俺はこれでも優しくしているつもりだ! だが、画面を撫でようとすると勝手に別の板(アプリ)が開いたり、変な音が鳴り響いたりするんだ!」
ハンターが意を決して、画面上の「メッセージ」アイコンを指で突っついた。
ベキッ。
「ああっ!? また画面に亀裂が……!」
ユメが悲鳴を上げる。
「……クソッ! この鉄の板め、ランゴスタの羽よりも脆いじゃないか! もっとこう、石板にノミで刻むような、手応えのある道具はないのか!?」
「それはスマホじゃなくて石板ですね……。ハンターさん、これで壊したの今週で四台目ですよ? ギルドの経費がスマホ代で消えちゃいます」
ハンターは、壊れたスマホ(画面は粉々だが、中身は辛うじて動いている)を投げ捨てたい衝動を抑え、深く溜息をついた。
彼にとって、情報の収集はハンターの基本だ。だが、この「文明の利器」というやつは、どうにも彼の野生の肉体と相性が悪すぎる。
「そもそも、なぜ指で触らねばならんのだ。スリンガーの弾でもぶつければ起動するように改造できんのか?」
「それじゃあ一回で木っ端微塵です。……あ、そうだ。タッチペンを使ってみませんか?」
ユメが取り出したのは、少し太めのタッチペンだった。
ハンターはそれを、まるで細い針を扱うような手つきで握った。彼の手にかかれば、タッチペンは爪楊枝よりも細く見える。
「……よし。今度こそ『モモトーク』とやらで先生に挨拶を送ってやる」
一点集中。
ハンターの全神経が、右手のペン先に集まった。その集中力は、まさに大雷光虫の隙を狙うジンオウガの如き鋭さ。
「……えいっ!」
カツン。
ペン先が画面を叩いた。
だが、その瞬間、ハンターの強靭な背筋が不意に収縮した。
「……あ」
画面には、一文字の「あ」という入力と共に、誤操作によって『激怒しているアイルー』の巨大なスタンプが、先生のチャット画面へと連投された。
『あ』
『(怒りのアイルースタンプ)』
『(怒りのアイルースタンプ)』
『(怒りのアイルースタンプ)』……。
「止まらん! ユメ、止めてくれ! この板が勝手に怒りのアイルーを飛ばし続けている!」
「わわわっ、連打しすぎです! ああ、先生から既読がついちゃいました……!」
数秒後、先生から『ハンターさん、何か怒ってますか?』という困惑した返信が届き、ハンターはスマホを「戦意喪失」として、静かに机の隅へ置いた。
「……やはり、文明は俺を拒絶している。俺は、煙筒を炊いて合図を送る方が性に合っているようだ」
「ふふ、でも、先生もきっと笑って許してくれますよ。ハンターさんの不器用さは、ギルドのみんなも知ってますから」
ユメの優しいフォローを受けながら、ハンターの「スマホ討伐クエスト」は、今回も無残な失敗(3乙)に終わったのである。
第二章:青空教室と「はぐれ者」の自立
午後。
拠点の広い中庭では、別の光景が広がっていた。
かつてブラックマーケットで銃を振り回し、略奪や恐喝に明け暮れていたスケバンや不良少女たちが、神妙な面持ちで地面に座っている。
その中心にいるのは、簡易的な黒板を前にしたユメだ。
「いいですか、皆さん。依頼(クエスト)の契約書を読むときは、この『免責事項』という項目をしっかり確認しないと、後で悪い人たちに騙されちゃいますよ?」
ユメの声は穏やかだが、教えている内容は非常に実践的だ。
彼女は、ギルドに集まった「教育を受ける機会を失った生徒たち」のために、読み書きや計算、そしてキヴォトスで生きていくための「法律」を教えていた。
「えー、ユメ先生。そんな細かい字、読むの面倒くさいっすよ。ギルマスみたいに拳で解決しちゃダメなんすか?」
一人のスケバンが、不満そうに声を上げる。
ユメは、その生徒の前まで歩み寄ると、優しく、しかし真っ直ぐに彼女の目を見つめた。
「ハンターさんは、拳で解決する前に、必ず相手の弱点や場所を調べてるんですよ? それが『情報収集』です。……字が読めないということは、自分の身を守る『防具』を持っていないのと同じなんです」
「……防具?」
「そうです。悪い契約書は、皆さんのヘイローを傷つけることはなくても、皆さんの生活や、将来を壊してしまいます。私は、皆さんにそんな悲しい思いをしてほしくないんです」
ユメの言葉には、記憶を失っていても揺るがない「教育者」としての慈愛が満ちていた。
生徒たちは顔を見合わせ、再び黒板へと向き直った。
「……分かったっす。ユメ先生。もう一回、その『免責』の漢字、教えてほしいっす」
「はい、よく言えました! じゃあ、次は計算の練習ですね。こんがり肉を十個仕入れて、報酬が……」
中庭に広がる、奇妙だが温かい学習の風景。
ハンターはそれを遠くから眺めながら、満足げに鼻を鳴らした。
(……ユメは、やはり素晴らしい『編纂者』だな。俺が力で居場所を作り、あいつが知恵で未来を作る。これがギルドの理想の形だ)
新大陸の調査団も、多くの学者たちがいたからこそ成り立っていた。
ハンターは、自分の不器用さを棚に上げつつも、少女たちが少しずつ「人間」としての誇りを取り戻していく姿を、頼もしく感じていた。
第三章:掲示板の前での葛藤
夕暮れ時。
ギルドの心臓部である「依頼掲示板」の前には、多くの生徒たちが集まり、あーだこーだと議論を交わしていた。
「なぁ、これ良くないか? 『アビドス北部の砂漠に現れた自律兵器の排除』。報酬も高いし、スカッとしそうじゃん」
「バカ、あんたの銃の射程じゃ、砂嵐の中だと当てられないでしょ。それよりこっちの『ブラックマーケット内の食堂の用心棒』の方が確実だって。まかないも出るし」
彼女たちは、ギルド独自のランクシステム(★の数)を気にしながら、自分たちの実力に見合った仕事を探している。
かつては「奪う」ことしか知らなかった彼女たちが、今は「何を提供すれば、報酬を得られるか」を真剣に考えているのだ。
「……あの、すみません」
一人の、まだ幼さの残る生徒が、ハンターに声をかけてきた。
「なんだ、嬢ちゃん。どのクエストにするか決まらんのか?」
「はい……。私、まだ★1の依頼しかクリアしたことがなくて。でも、家族の薬代を稼ぎたいから、★3の依頼を受けたいんです。……ギルドマスター、これ、私でも行けますか?」
彼女が指差したのは、たむろしている暴徒の掃討依頼だった。
ハンターは掲示板の紙をじろりと眺め、それから生徒の装備を確認した。
「……装備は及第点。だが、目つきがまだ『獲物』を見ていない。これでは現場で足がすくむぞ」
「……やっぱり、無理ですか」
「無理とは言わん。だが、ハンターは無謀とは違う。……おい、スズナ! お前、今日は暇か?」
近くにいた、古参のメンバーであるスズナが呼ばれた。
「暇じゃないっすよ。これからジャコウネコのフンを集める依頼に行こうかと……」
「そんなのは後回しだ。この嬢ちゃんの★3依頼に、付き添い(メンター)として同行しろ。報酬は二人で考えて分けるんだぞ」
「えぇっ、教育係ってことっすか!? 面倒だなぁ……」
スズナは嫌そうな顔をしたが、ハンターに「今夜のジュース飲み放題にしてやるよ」と言われ、即座に態度を翻した。
「よし、行こうぜ後輩! ギルマス直伝の立ち回りを、アタシが叩き込んでやるよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ハンターは、去っていく二人を見送りながら、独り言を漏らした。
(……連携(パーティー)。これもまた、ギルドの真髄だな)
一人では勝てない敵でも、仲間がいれば勝機が見える。
この過酷なキヴォトスの裏社会で、彼女たちが生き延びるための最も重要な術を、彼は背中で語り続けていた。
第四章:どんちゃん騒ぎの宴
夜。
ギルドの拠点は、最高潮の盛り上がりを見せていた。
巨大な焚き火が中央で爆ぜ、その周りを数百人の生徒たちが囲んでいる。
「さあ! 焼けたぞ! 遠慮せずに食え!」
ハンターの号令と共に、巨大な肉の塊が次々と振る舞われた。
特注のスパイスで味付けされ、こんがりと黄金色に焼き上げられた『こんがり肉』。
噛みしめれば溢れ出す肉汁と、内側から力が湧き上がってくるような野性的な味わい。
「ぷはぁーーっ! このジュース、最高っす!」
「こっちの肉、めちゃくちゃ柔らけぇ! ギルマスー、どうやって焼いたんすかこれ!」
「ふん、火加減と、何より『気合』だ! 焼け具合を見極めるのは、飛竜の着地を待つのと同じくらい神経を使うんだぞ!」
生徒たちは、オレンジジュースや酒(のようなもの)が入ったジョッキを掲げ、笑い合い、踊り、語り合っていた。
ブラックマーケットの冷たい闇の中でも、ここだけは別の世界のようだ。
ユメも、生徒たちの輪の中で楽しそうに笑っている。
「皆さん、飲みすぎないでくださいね。明日の朝の鍛錬、ハンターさんは手加減してくれませんから」
「あはは! その時はユメ先生、ギルマスを止めてくださいよー!」
宴が中盤に差し掛かった頃、一人の生徒が楽器(といっても、拾ってきた鉄屑を改造したようなもの)を奏で始めた。
それに合わせて、ハンターも愛用の狩猟笛を構える。
「よし、一曲いくか! 魂を震わせろ!」
ドォォォォォン……!
重厚な旋律が砂漠の夜空へと昇っていく。
それは戦いのための旋律ではなく、今日を生き抜いた喜びと、明日への希望を祝うための旋律だった。
竜の咆哮のような力強さと、新大陸の風のような爽やかさが混ざり合い、生徒たちの心に深く染み渡っていく。
音楽に合わせ、少女たちが思い思いに踊る。
彼女たちのヘイローが、焚き火の光を受けてキラキラと輝き、まるで夜空に星が降りてきたかのような幻想的な光景が広がった。
先生も、その輪の片隅で、差し出されたジュースを片手に微笑んでいた。
「……ハンターさん。ここは、本当に素敵な場所ですね」
「……ああ。先生、あんたもそう思うか」
演奏を終えたハンターが、先生の隣に座り、巨大なジョッキを傾けた。
以前シャーレ前で交わした誘い。
約束通り訪れた先生がどんな面倒事(クエスト)を持ってくるのかと期待していたが、彼は「ただ遊びに来ただけだ」と言い肩透かしを食らってしまった。
しかし、ただ返すのも面白くない。「せっかく来たのなら」と強引に誘い、適当に理由を付けて宴会を開くことにしたのだ。
「キヴォトスは、綺麗で、残酷な場所だ。だが、腹一杯にメシを食って、仲間と笑っていられる間は、どんな闇だって怖くはない。……俺は、この光景を守るために、ここに来たのかもしれないな」
ハンターの視線の先には、生徒たちと楽しそうに手拍子をするユメの姿があった。
記憶がなくても、名前が分からなくても。
今、この瞬間、彼女が笑っていられること。
それがハンターにとっての、最大の「報酬」だった。
「ギルドマスター! お肉の追加、お願いしまーす!」
「おう! 待ってろ、今度は『マスター級』の焼き加減を見せてやる!」
ハンターは再び立ち上がり、巨大な包丁を手に焚き火へと向かった。
宴は、夜が更けるまで続いた。
第五章:静かな夜に
宴が終わり、生徒たちがそれぞれの寝床へと戻っていった深夜。
拠点は、穏やかな静寂に包まれていた。
ハンターは、焚き火の残り火を見つめながら、今日一日の出来事を思い返していた。
壊れたスマホ。
ユメの教室。
掲示板の前での成長。
そして、みんなの笑顔。
(……新大陸とは違う。だが、ここもまた、守るべき価値のある『フロンティア』だ)
彼は、ふと思い出したように、ポケットから五台目のスマホを取り出した。
ユメが「念のために」と用意してくれた予備だ。
「……もう一度だけ、試してみるか」
彼は、息を殺し、指先に細心の注意を払って、画面をスライドさせた。
奇跡的に、画面は割れなかった。
彼は、さっき覚えたばかりの「文字入力」を試みる。
数分かけて、一文字ずつ、ゆっくりと。
『お や す み』
それは、ギルドのグループチャットに投稿された。
直後に、ユメや生徒たちから、無数の「いいね」や「おやすみなさい!」という返信が届いた。
「……案外、悪くない道具だな」
ハンターは、少しだけ誇らしげにスマホをしまい、背中の狩猟笛を枕にして、深い眠りへとついた。
砂漠の夜風が、拠点を優しく撫でる。
ハンターズギルドの明日は、きっと今日よりももっと賑やかで、もっと美味しい一日になるはずだ。
ハンターズギルド・生活のしおり(ユメ編纂)
ギルドの掟(改訂版)
挨拶は大きな声で:マスターは耳がいいですが、声が小さいと「気合が足りない」と言われて筋トレを増やされます。
食事を残さない:コックさんが心を込めて作った料理です。骨の髄まで感謝していただきましょう。
勉強の時間は静かに:ユメ先生の授業中は、武器を置いて鉛筆を持ちましょう。字が書けるようになると、報酬の計算間違いを防げます!
設備案内
共同食堂:24時間営業。ただし、こんがり肉の提供は宴の時とハンターさんからの許可が下りた時のみです。
図書コーナー:ブラックマーケットから救出してきた本が並んでいます。漫画から六法全書まで、幅広く揃っています(ところどころ抜けあり)。
掲示板:毎日午前7時に更新。8時から受付開始です。人気の依頼は早い者勝ちです!
メンバーへのメッセージ
「ここは、皆さんの家です。怪我をしたら無理をせず、すぐに私のところへ来てくださいね。ハンターさんは怖い顔をしていますが、皆さんが成長する姿を見るのが一番の楽しみなんです。明日も、安全に、楽しく行きましょう!」
―― ユメ