第一章:アウトローの矜持と空腹の誘惑
ブラックマーケットの夜。ハンターズギルドの拠点は、今日、かつてないほどの熱気に包まれていた。
入り口には「本日は貸切・大食事会」というユメの直筆看板が掲げられ、中からは香ばしい、それだけで胃袋を直接掴んでくるような暴力的なまでの「肉の匂い」が漂っている。
「……ふん。いい? みんな、勘違いしないでちょうだい」
拠点の扉の前で、一人の少女がロングコートをなびかせ、不敵な笑みを浮かべていた。便利屋68の社長、陸八魔アルである。
「私たちはあくまで、このマーケットで台頭する一大勢力『ハンターズギルド』の動向を探るために来たの。アウトローとして、ライバルの懐に飛び込む……これは高度な心理戦なのよ」
「でも社長、お腹の音が『ぐー』って鳴ってるよ? さっきから五回くらい」
ムツキがニヤニヤしながら、アルの横腹を突く。
「なっ、それは……私の肉体を活性化させている音で……!」
「社長、諦めて。私たちはもう三日、カップ麺の残り汁で食い繋いでいるんだから……。ここはハンターさんの好意に甘えよう」 カヨコが溜息をつきながら、無理やりアルの背中を押して扉を開けた。
「あ、アルちゃん! いらっしゃい!」
中からエプロン姿のユメが駆け寄ってくる。
「ユ、ユメさん……。ええ、招待には感謝するわ。でも、勘違いしないで。私が以前、ギルマスからの勧誘を断ったのは、自分の力で一流のアウトローを成し遂げるため……」
「はいはい、わかってますよ! ハンターさんも、アルちゃんのそういう真っ直ぐなところを『良い志だ』って気に入ってるんです。さあ、今日はアビドスの皆さんも先生も来てるから、お腹いっぱい食べてね!」
「……くっ、致し方ないわね! ここまで言われて断るのは、逆にアウトローの礼儀に反するわ!」
アルはそう宣言すると、テーブルに並んだ山盛りの「こんがり肉」を見た瞬間、瞳をキラキラと輝かせ、一瞬で「社長の顔」から「空腹の少女の顔」へと戻ったのだった。
第二章:三者三様の宴
広々とした食堂には、アビドス対策委員会の面々と、先生、そしてギルドのメンバーたちが入り混じって座っていた。
「あはは! セリカ、また肉ばっかり食べて! 野菜も食べなよー」
「うるさいわねホシノ先輩! この肉、本当に止まらないんだもん。どうしてこんなに元気が出るわけ?」
ホシノは楽しそうに笑いながら、隣に座るユメと親しげに談笑している。
一方で、ギルドのメンバーたちは「ギルマス」ことハンターの周りに集まり、わいわいと騒いでいた。
「ギルマス! 今日の焼き加減、マジで神がかってるっすね!」 「ハッハッハ、焼き加減が命だからな!……おい、お前ら、そっちはまだ生焼けだ!こっち食えこっち!」
ハンターは巨大なジョッキを片手に、豪快に笑って肉を焼いていた。 先生もテーブルに座り、皿に盛られたこんがり肉を口に運ぶ。
「……本当に美味しい。これを食べると、徹夜の仕事の疲れも一気に吹き飛ぶ気がします。ユメさん、このお肉、一体どこで仕入れてるんですか?」
先生の何気ない問い。それが、この宴の空気を一変させる引き金になるとは、誰も予想していなかった。
「えっ? ええーっと……以前、ハンターさんに聞いた時は……確か『牛肉』だって言ってましたよね?」 ユメが首を傾げながら答えると、ギルドのメンバーたちも口々に頷いた。
「そうっすよ! ギルマス、いつも『牛(ぎゅう)の肉だ』って言ってるじゃないっすか」
「……は?」
ハンターが、珍しく呆れたような顔で一同を見渡した。
「お前ら、耳を掃除して出直してこい。俺は一度も『ぎゅうにく』なんて言った覚えはないぞ」
「え、でも……」
ハンターは、骨付き肉を一本手に取り、それをまじまじと見つめながら言い放った。
「俺が言ったのは『りゅうにく』だ。……竜(ドラゴン)の肉だぞ」
第三章:凍りつく晩餐会
「…………え?」
食堂の空気が、一瞬でマイナス四十度まで冷え込んだ。
肉を口に運ぼうとしていたシロコの手が止まり、アルが持っていたジョッキがテーブルにガタリと置かれた。
「……りゅう?」
先生が、聞き間違いであってほしいという祈りを込めて問い返す。
「そうだ。基本的にはアプトノスの肉だが、他には火竜リオレウス、雌火竜リオレイア……あとは、角竜ディアブロスとかだな。これはその中でも特級の、味の濃い部位だ」
ハンターは何でもないことのように、バリバリと軟骨を噛み砕きながら続けた。
「「「「竜(ドラゴン)の肉ぅぅぅぅぅぅ!!???」」」」
阿鼻叫喚の叫びが、ブラックマーケットの夜風を切り裂いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ドラゴンって、あの童話やファンタジーに出てくる、空を飛んで火を吐く伝説の生き物のこと!? それを、私たちは……今、ムシャムシャ食べてたっていうの!?」
アルが顔を真っ赤にして立ち上がった。
「伝説? いや、あいつらは実在する。というか、俺の世界じゃそこら中にいたぞ」
「……今さらっと『俺の世界』って言っちゃったね?」
ホシノが頬を引きつらせながら呟く。
「ああ、言ってなかったか。俺はこの世界の人間じゃない。あっちの世界で、あいつらを狩って生計を立てていた『ハンター』だ。この肉も、俺が向こうにいた頃に狩って、アイテムボックス……まあ、特殊な収納空間に保管していたものだ」
「在庫は……山ほどあるぞ。一生食っても、ギルドの連中を養っても、まだ余るくらいにはな」
「………………」
沈黙が再び訪れた。
キヴォトスにはヘイローがあり、不思議な力を持つ少女たちが溢れているが、それでも「異世界から来た竜殺しの男が、その肉を配っている」という事実は、あまりにもキャパシティを越えていた。
「……社長。私たち、とんでもないものを食べてしまったのかもしれません」
ハルカがガタガタと震え出す。
「伝説の竜を……食べてしまうなんて……。きっと呪われます……。ああ、私が、私が社長の代わりに呪われなきゃいけないのに……っ!」
「落ち着いてハルカ! 呪われるとかそういう問題じゃないわよ! これ、絶対にキヴォトスの保健所……いえ、連邦生徒会にバレたらアウトじゃないの!?」
「……落ち着きなよ、アルちゃん」
ユメが苦笑いしながら、アルの肩を叩く。
「私も今知って驚いてますけど……でも、毒じゃないし、美味しいのは事実ですよね?」
「そ、そうだけど! でも、乙女の嗜みとして、竜を食べるっていうのは、その……アウトローを通り越して、もはや魔王とかの領域じゃないの!?」
第四章:無理やりの納得と、食欲の勝利
「ハンターさん」
先生が、眼鏡のブリッジを押し上げながら、真剣な表情で問いかけた。
「……この肉を食べても、彼女たちのヘイローが消えたり、体が竜の鱗に覆われたり、火を吐けるようになったりすることはないですよね?」
「はっはっは! もしそんなことがあったら、俺は今頃竜人族だ。安心しろ、ただの滋養強壮にいい肉だ」
「……だそうですよ、皆さん」
先生がそう言うと、対策委員会のメンバーたちは顔を見合わせた。
「……実際、食べた後、すごく調子がいい。……トレーニングの効率が上がりそう」
シロコが、再び肉に手を伸ばした。
「ええっ、シロコちゃん、まだ食べるの!?」
セリカが驚くが、シロコは無言で肉を頬張り、「美味しい……」と呟いた。
「……まあ、考えてみれば、牛肉だと思って食べてた時も十分衝撃的な美味しさだったんだもんね。正体が分かったからって、味が変わるわけじゃないですし……」 ノノミも、優雅に肉を口にする。
「……おじさんも、なんだか楽しくなってきたよ。竜の肉なんて、アビドスの砂漠をいくら掘っても出てこないもんね」
ホシノも、ユメと一緒に食べ始めた。
便利屋68の面々も、その様子を見て、毒気が抜けたようだった。 「……社長。どうするー? まだ、おかわりあるけどー?」 ムツキが、嫌がらせのようにアルの鼻先に肉を差し出す。
「………………」
アルは、肉の芳醇な香りに、ぐぅ、と鳴り響いた自らの腹を、もはや無視できなかった。
「……仕方ないわね。一流のアウトローは、何事にも動じない強靭な精神(と胃袋)が必要なのよ! 竜の一匹や二匹、食べてあげようじゃないの!!」
ヤケクソ気味に叫んだアルは、骨付き肉を掴むと、ガブリと豪快に噛み付いた。
「……んぐっ。…………おいしい。悔しいけど、めちゃくちゃ美味しいわねこれ!!」
「だろ? だから言ったんだ。竜の肉は最高だってな」
ハンターは満足げに頷き、再びジョッキを掲げた。
「ギルマス! 俺たち、これからもずっとこの肉、食えるんすよね!?」
ギルドのメンバーの一人が、目を輝かせて尋ねる。
「ああ。お前らがしっかり働いて、ギルドを盛り上げる限り、肉を切らすことはない。……反省が足りない奴は、ギルドマスター直々に、もっと硬い竜の尾っぽを食べさせるがな」
「「「「はいっ! ギルドマスター!!」」」」
ギルドメンバーたちが、一斉に直立不動で返事をする。その様子を見て、先生と少女たちは、再び大きな笑い声を上げた。
第五章:異世界の風と、変わらぬ絆
宴が深まり、夜風が少しだけ冷たさを増してきた頃。
先生とハンターは、バルコニーで月を見上げながら、二人で静かに乾杯した。
「……ハンターさん。本当に、あなたは不思議な人ですね」
「そうか? 俺からすれば、銃弾が飛び交う中を通学してるお前らの方が、よっぽど不思議に見えるぞ」
ハンターは笑いながら、夜空に浮かぶアビドスの砂漠の端を指差した。
「竜の肉だろうが、異世界だろうが、そんなことはどうでもいい。……美味いメシがあって、それを笑って食える奴らがいる。それだけで、ここは俺にとって、最高に守る価値のある場所だ」
「……同感です。私も、その場所を守るために精一杯頑張りますよ」
室内からは、シロコとセリカの「最後の一本」を巡る争奪戦の声や、アルの「アウトローの美学」について熱弁する声、そしてそれを優しく、時には厳しく導くユメとギルドメンバーたちの声が聞こえてくる。
「ギルマス! 飲み物が足りないっすよ!」
「ああ、今行く! ……おい先生、戻るぞ。宴はまだ終わってないからな」
ハンターに背中を叩かれ、先生はよろけながらも笑って頷いた。
正体が分かっても、異世界だと知っても、彼らの絆は変わらない。
むしろ、その秘密を共有したことで、アビドス、便利屋、そしてハンターズギルドの距離は、以前よりもずっと縮まったようだった。
ブラックマーケットの闇を照らす、温かい火の光と、竜の肉の香ばしい匂い。
それは、キヴォトスに新しく刻まれた、不思議で、しかしこの上なく幸せな一夜の記録だった。