【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
プロローグ:情報処理部部長、天峰チハヤ
カタカタカタ、ターンッ! カタカタカタカタカタ……
響き渡るキーボードの打鍵音。机上のパソコンに向かい文字を打ち込む女子生徒たちの掻き鳴らす多重奏はうるさくも心地よいものだ。
「はい、そこまで。打ち込んだ文書を印刷し、タイピングミスがあれば印をつけるように。時間は10分間で。では開始」
指示の声に従い、はーい、と生徒たちが各々印刷をかける。お題となった文書と、自分が打ち込んだ文書のコピーとを見比べる作業に移った彼女らを、全体を見渡せる席についていた一人の『男子生徒』は一瞥してから、自身の仕事の成果物をチェックしていく。
「うん、今日の分はもうこれで終わりだな。印刷かけて、ホッチキスで留めておけばいいとして……さて、今日はどっちが来るやら。黒か、白か……」
ここはミレニアムサイエンススクール、情報処理部の部室。
普通のことを、人以上に出来るように。そんなモットーを掲げ、運営されている部活の本拠である。
ミレニアムサイエンススクールにおいて、3年生かつ男子生徒でありながらも、大小数多くの功績を残した秀才『天峰チハヤ』。
そんな彼がとりまとめる情報処理部は、現在部員十数名に数十を越してからは数えるのも面倒な幽霊部員と、それからたまに訪れるゲストからなる。
とんとん、と軽くドアが叩かれ、「入って構わない」とチハヤが述べ、誰かが部屋に入ってくる。「失礼しますね」という澄んだ声が部屋に通り抜け、校訂を済ませた部員たちが目線をあげる。
チハヤの座るホワイトボードの前の部長席。部員たちの目線が集まる先には……
「チハヤ先輩、ありがとうございます。ユウカちゃんも助かっていると言っていましたよ」
「早瀬がそんな素直なことを? 珍しい、雪でも降るのかい?」
「もう、先輩も先輩で素直じゃないですね、十三度目の誤魔化しですよ」
白い制服に身を包み、銀髪を揺らす少女。
「生塩と話すのは疲れる。なんでも記録されてしまうからな」
「このやり取りももう何度繰り返したことでしょう?」
「何度だ?」
「記念すべき二桁に入りましたね」
「そんなにか……」
チハヤは疲れたようにほう、と息をつき、机上の紙を放り出すように銀髪の少女──生塩ノアの持っていたバインダーの方に渡すと、ノアは微笑んで、「ありがとうございます」と改めて感謝を述べる。
「構いやしないよ。それで、生塩。早瀬は最近なににお熱なんだ、僕のところに君をやるだけの理由があるんだろ?」
そう若干皮肉げにも聞こえる言葉を放つチハヤだが、口元は柔らかな笑みを浮かべていた。
「ま、ひとまず話すにしても指示出しだけさせてもらおうかな……みんな、いいか? 注目」
立ち上がり、軽く手を上げ目線を一周。部員の目線が集まったのを確認したチハヤは、指示の言葉を続ける。
「今日はもう後は自由で。タイピング課題は前に3回分あるから、タイマーを使って、時間を測りながらやってほしい。プログラミングと財務会計の課題は、棚にある過去問の問題集を使ってくれ。場所はわかるね? ……じゃ、適当にやっててくれ。少し僕は外す。分からないところは後に回して、ゆっくりやっててくれ。後で必ず教えよう」
そう言い終わると、チハヤはノアを、奥に繋がる扉へと促し、ぎぃ、と音を上げて扉が開く。
「そういや生塩がここに入るのは久しぶりかな?」
「そうですね、34日と7時間ぶりかと」
「……全部覚えてるんだったね。僕はその性質すら忘れることがあるのに困ったなほんと」
暗い部屋に明かりが灯ると、そこは軽い居住スペース的な空間へと改造がなされていた。
棚、ベッド、折りたたみの机にクッションがいくつか。それから、袋にまとめられた空のカフェオレの缶と、備蓄されたカップ麺たちがノアを出迎え、ノアは小さく息をついた。
「またカップ麺が増えましたか?」
「いいんだよ、貰いものだから。困ったことに減らないんだが持っていく気は?」
「いえ、前もいただいてしまったので」
「そうか……残念だな」
そんなことを話したい訳じゃない、とチハヤはかぶりを振ってノアにクッションのうちひとつを勧めた。
ノアがそれを受け取って座るとチハヤもまたそれを見てからクッションに座る。
「それで、なにが起きてるんだい?」
「情報処理部には関係の無い話ですが、部活動の予算削減のため、以前は片方で良かった部活動存続の条件を二つとも満たしていないと活動を不許可にする、ということになりまして」
「確か人数が四名以上であることと、実績か。実績で言うとうちはあんまりないけれども」
チハヤの言葉に、ノアは「天が落ちてくることを不安に思うようなものでは?」と軽く笑い、それから続けた。
「実績の判定基準はセミナーで判断しているものですからね」
「なるほど。つまり仕事の委託先だから忖度してもらってると」
「もう……物は言いよう、ですよ?」
ノアが軽く膨らんでみせ、その頬をチハヤはつついて空気を抜く。なんの気もないやりとりであった。
「それで、早瀬が今要件を達成してない部活を潰して回ってると」
「まだそこまでのラインじゃないですけどね。来月末までに達成してくださいね、と」
「事実上さっさと転部なりなんなりしろよって宣告じゃないかな、それは?」
「……まあ、そうでないと言えば嘘になる部分はありますが」
ミレニアムサイエンススクール、生徒会『セミナー』。その会計を務める少女、『早瀬ユウカ』は多忙である。
セミナー会長『調月リオ』の近傍にある者として、また様々な研究開発に用いられるミレニアムの膨大な予算を管理する者として、彼女には様々な役割がある中での、この部活動要件の変更だ。さぞ大変だろうな、と半ば他人事のようにチハヤは同情した。
最も、早瀬ユウカという可愛い後輩に対して経理会計のいろはを叩き込み、現在の地獄に突き落としたのは紛れもなくチハヤである、という話もあるのだが、それはそれだ。
「なるほどね。およそは理解したよ」
「しばらくは私が受け取りに伺うことになるかもしれませんけど、よろしくお願いしますね?」
「はいはい。僕は便利な財務会計の御用聞きだよ」
「……そんなに会計の依頼、されるんですか?」
チハヤという人物を語るにあたって、外せないことがひとつある。
それは、チハヤは財務会計の類がとても得意であるということだ。部活動の課題に財務会計を加え、過去問の解説までこなすほどに。そして先に述べた通り、早瀬ユウカをセミナーで通用する『冷酷な算術使い』に成長させるほどに。
「今月は5件で済んでるが、これから多分駆け込みで何件も飛んでくる。しばらくは徹夜だろうな……いい加減部費絡みの財務諸表くらい書けて欲しいものだよ」
チハヤの知る限り、ミレニアムの生徒たちは貰った予算の使い道が荒っぽい。それだけではなく、会計基準に基づいた報告書が出せない。最悪である。
財務会計の有資格者であったチハヤは、ある時部活動の報告用書類の手伝いを引き受け……それ以降「会計はチハヤに投げればなんとかしてくれる」という噂に流された他の部活動の分もなあなあでこなすことになってしまったのであった。
もちろん、謝礼を要求するようにもなったが、謝礼としてチハヤが要求するのは金銭ではなく別の場面での便宜を図ってもらうことであったり、『貸しひとつ』であったりするので、チハヤに依頼する者は後を絶たなかったのである。
「……なんというか、申し上げにくいのですが」
そして、今ではセミナーの仕事も引き受けるようになった。さっきノアにチハヤから渡された書類の中身は、セミナーからの会計経理関連の依頼であったのだ。
「何となく察してる。増えるんだろ、回される量。わかってるから勝手に回せ、やっとくから」
ノアはわずかに言葉に淀みを見せたあと、捻り出すように言う。
「……差し入れ、ご希望は?」
「カフェオレかカルパス、あるいは汚れずに片手で食べられる日持ちのする食物」
「必ず、お持ちしますね……」
「頼んだ」と返すチハヤの目はすでにハイライトを失っていた。
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