【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
僕とチヒロが調査を改めて開始して、二日が経過し、現在は夜明け前。
一日目には成果が得られず、二日目には微かな流れを掴むに留まったその調査は、しかし微かな流れを掴むという最大のきっかけを得たと言い換えても良い。
大戦果だ、少なくともここ七日の間では最大の手がかりを掴んだのだから。
流れの先はやはりというべきか、放棄された廃墟都市のうちの一角であった。金、モノ、今まで追うべきすべてがそこに集まっていくのを僕は確かめることができた。
それ故に、僕は条件を満たしたと判断した。
「チヒロ。……話をしようか」
「え? な、なんの……」
「君が言い出したんだろう、僕の調べ物についてだ」
その言葉を聞いた途端、肩に急に入った力を抜くような仕草でチヒロは返答の代わりとした。一体何にそんな力を入れる要素があったのか定かではない。
「……それで? 何を追いかけてたの?」
チヒロは不満げな眼差しを一瞬だけ見せて僕を貫いたあと、すぐにいつもの表情で僕に続きを促した。
「この横領事件の犯人。その最大候補は調月リオだ」
「……は?」
「僕とて信じられないような話だ。だが、ありとあらゆる要素が彼女を犯人としている。ありえない要素を全て潰していって、最後に残った要素は、それがどんなに信じられないものでも真実だ……とは推理小説の受け売りだけども」
まさか、とチヒロは呟くように言って、呆然と椅子に背を預けた。
「リオが……横領。あの金額を……」
「そうだ。……詳しい推理の道中が必要なら、説明はできる」
「……ううん、情報で頭が埋まるのは避けたい。今はそういうものとしておいておく。それで?」
チヒロが促す、僕の推理の結果を、その先を僕は淡々と晒していく。
「調月リオが横領をした犯人に他ならない。その証拠も、それがどこに流れたかも、僕たちは今情報を手に入れた。だが、何かをする必要は無い」
「……どうして?」
「調月リオは僕らがそれを武器に何かをしようとした瞬間を叩き潰すはずだからだ。彼女はミレニアム全てを監視している……ヒマリ曰く、『ビッグシスター』とはよく言ったものだ。とはいえ、リオは実在するという違いこそあるけれどね」
叩き潰す、というワードにチヒロは瞠目し、しかし納得もしている様子だった。チヒロにとっても、リオとは合理の化身である。
むしろ僕よりもリオを知るチヒロの、実際に体感してきた過去が『リオならばやる』と言わせているのだろう。
「で? それでどうするの?」
「……なにも?」
「え?」
別に、と僕は笑う。なにかしたいわけではないのだ、と。
「しばらくは大人しくしておくさ。リオの邪魔になることはしない」
「どうして? ……横領、だよ? 連邦法に従っても、校則に従っても違反なのに……」
「確固たる証拠がない。調月リオの不正を示すことが出来るのは、僕の推理だけだ。推理の結果がそうだったとしても、実際に同じ額かそれ以上の資材が流入していたとしても……結果として、ミレニアムの債権と資材をリオが流用した、という決定的な証拠はどこにも残っていない」
僕はそう言って両手を上げた。降参の意思が、分かりやすく伝わるように。
「お手上げさ。調月リオには勝てない。それが僕の導き出した答えだ。見守るしかない。騒ぎ立てれば僕の安全すら怪しそうだしね」
「……そうなることを覚悟して、事を起こしたんじゃないの?」
「はは、まさか。僕は知りたいだけで、広めたい訳じゃない」
じゃあ、なぜ。絶句するチヒロはそう問いたげにこちらを見つめ、しかし口が動くことはない。
「なぜ放置するのかと聞きたそうだね。知りたいだけじゃないだろうと。そうだな、リオがそうするに足る何かがあることは分かっている。例えば、明らかに異常な後輩、とか」
「……天童、アリス」
僕の脳内でゆっくりと点と点が線で繋がれる。恐らく、チヒロの脳内でも同様に。
「天童アリスを、見極めるためのあの日の『鏡』奪還戦で……リオは天童アリスの異常性を看過しなかった?」
「そうだな。あるいは、元からあった疑念を確信に変えたんだろう。リオの中には、何かがいつか必ず訪れるという確信があったんだ。アリスが『何か』に該当するのかは分からないが」
「一旦考えるべきは廃墟の修繕、だね。なんの関係があるのか……」
そうだ、そこが問題なのだ。ミレニアムの中央塔に匹敵するような、頑強な施設ばかり揃えて廃墟を復旧させる理由が。
「リオは何かを見据えている。それは僕らの知り得ない情報から得たもので、彼女なりの合理的な判断によって資金をミレニアムから供給しなければならないものだった」
「リオが見据えている何かは、天童アリスに関連している。そして、誰にもリオは相談をしていない。話すつもりもない。それは当人の性格の関係だね」
「まあ間違いなく。まあ、ここまで推理しておいてなんだが、出来ることは『鏡』の時と同じく、何もない」
僕は本当に困ったな、と笑った。
「ヒマリに相談すれば……」
「それでリオの予想してる『破局』が何なのか分かればいいが、そうじゃないなら無駄な火の手だし、なによりリオとヒマリは確かに『鏡』の時には組んでた。今はどうかなんて分かったもんじゃないが、まだ組んでるならヒマリすら共犯の可能性がある」
「それは……違う! ヒマリは!」
言いたいことはわかるよ、と僕は立ち上がりかけたチヒロを静止した。
ヒマリすらも疑う、それはヒマリ自らが打ち出した『反セミナー』というお題目にヒマリ自らが反目したという疑いを持つことに他ならず、ヒマリがそのようなことをするだろうか? と思う、その気持ちは僕も理解出来る。
「そうじゃないという証拠が出てこない。もしヒマリが信頼の置ける状態なら僕はハナからヒマリにぶん投げてたよ、こんなもの」
その上で、感情論ではなく合理で判断する必要がある。奇しくも、追いかけている『ビッグシスター』のように。
あくまでも現状を、普遍的に、感情を挟まず至極当然に見るのであれば。
明星ヒマリに、調月リオの疑いを相談することは、できない。彼女が味方かどうかではなく、敵ではないかが分からないから。
「……」
「打つ手はこれ以上ない。シャーレに本件を通達する手は考えないでもなかったが、間違いなくリオのラインを踏み越える。踏み越えるなら、相応の準備をしてからじゃなきゃ超えたくないね、リオの引いた最終警告のラインは」
様々な言葉を飲んで、複雑そうな顔をしたチヒロは、それでも絞り出すように言う。
「考えたけど……私も、同意見だよ、チハヤ」
その言葉に安堵する。チヒロはやはり、理解してくれる。今回も、僕は傍観者であることを選ぶ。結論自体は前回と変わらない。だが、ひとつ違うところがあるとすれば。
「静かな合意の上で、僕は調月リオに投了した。向こうも、この瞬間かはともかく、いつか僕が投了するのを分かっていた。僕の目的は投了するまでの過程にこそあったが、それでも形の上で調月リオは僕を投了させ、勝利した」
僕は、どう言い訳しても、目的があったとしても、身の自由を保証されない立場に置かれ、誰よりも厳しい監視を受ける立場になった現実を変えることはできない。
こうなることを分かっていても止まれないのが、僕なわけではあったが。
「……チハヤ?」
「あぁ……そうだな。勝とうと思ってはいなかったが、この手に入れた情報を伝えられる機会は僕にはもうない」
力を抜いて、椅子に凭れる。
「次に事が動くまで、僕にできることはなにもなくなった」
「……チハヤ」
「だが、これでいい。うん、これでいいんだ」
チヒロには悪いことをしたね、と笑ってみせる。
「この会話の内容は誰にも漏れてない。リオは僕を見張るのに精一杯なあまり、君に目を向けるかどうかわからない。リオに感情というフックはない。だから、僕と君の信頼がリオにはわからないだろうという方に僕は賭ける。賭けに勝てれば……君だけが、この情報を使って動ける立場だ」
「……わかった。あとは、引き継ぐ」
「すまない。僕はこれから、また情報処理部の部長、天峰チハヤとして日常を過ごすことを求められる……ヒマリの役割を果たせとは言わない。備えてくれ。リオの予感した、なにかに」
静かに頷いたチヒロは、ふっ、と表情を柔らかくした。
「任せて。私は、ヴェリタスの副部長だから」
「あぁ、そうだな。任せたよ、副部長?」
「うん。大きな連休ができたと思って、ゆっくり休んでなよ」
すまない、という言葉が漏れそうになる。彼女にはとてつもない重荷を背負わせてしまった。これが最適解であったとしても、胸が潰れそうになるほど苦しい。
それでも、任せた者として、荷物を下ろした者として、僕は謝罪だけはしてはいけないと思うから、僕は言葉を取り繕った。
「……本当に、ありがとう。君との仲を持てたことを、心から喜ばしく思うよ」
「お互い様だから、そういうのはなし。……なにより、ちょっと恥ずかしいから」
少しだけ見えたチヒロの顔。登り始めた朝日が光を照らし、情報処理部の準備室を暁光が塗り潰していく。
その赤い頬は、僕の錯覚か、朝焼けの赤か……あるいは、本当に羞恥に染まったのか。
僕はその判断もできないまま、ただチヒロのことを見ていた。
評価、すくすく伸びて行って感謝の至りです。
次回以降も、よろしくお願いいたします。特に何も無ければ、次回投稿は翌日朝6時となります。突発で18:00や21:00に投稿されれば、筆が乗ったものとお考え下さい。
いつも通りモチベになりますので評価感想等、頂ければ嬉しいです。
P.S.予約投稿ミスりました。上の文は2/3の6:00に読まれることを前提としていますので、次回投稿は2/4の6:00を予定しています。よろしくお願いします……