【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
僕は今大変に困惑していた。チヒロに託したあの日から三日。曜日は火曜日。空は憎たらしいほどに青い。
「おめでとうございます。二等の当選です」
チヒロもまた、おそらく困惑した顔をしていた。
くじ引きキャンペーン。その場でコーヒーを買って飲むと一度挑戦可能、一等は最新ゲーム機。
本当に軽い気持ちで僕らは挑んでいた。まあ、ティッシュ貰えるのならいいか。とかそういうラインだ。普段飲まない銘柄だから少々口当たりが好みでは無い感じだったが、まあそれはいい。
「二等の賞品は2名様以上でご利用いただけるキャンプ場の招待券です、おめでとうございます!」
なんとも複雑な気持ちだった。二等。まあ、一等が当たれば暇つぶしになる。まだ持ってないのならヴェリタスの備品にでもすれば喜ばれようという気持ちだったのに、なんとも言えないものを貰ったものだ。
ただまあ、僕の気持ちを少しだけ軽くしていることがあるとすれば。
「良かったな、チヒロ。僕が持ってても宝の持ち腐れだ、確か最近の趣味がキャンプに出ることだろ? 使うといい。そうだな、後輩たちでも連れて行けばいい。運動不足だろ」
「……いや、チハヤ。そうじゃないでしょ」
「……何が言いたいんだ」
チヒロは苦笑した。くじ引きを担当していたアンドロイドの男性も呆れた顔を出力している。それだけではなく、周りの目もじとっとしているような。
「もう、言わせないで……こういうのは、当てた当人が行くのが前提でしょ? まあ……もし私もお零れに与れるなら嬉しいけど」
「なら……チヒロがいいならだが、僕と二人で行くか?」
「え?」
「……確か、次の土日月と君は休みを取っていたな」
チヒロのスケジュールは頭に入っている。チームスケジュールの合わせに必要だった頃からの癖で、互いのスケジュールを共有しているのだ。
「そうだけど……その日はあなたは普通の日でしょ?」
「……後輩が、休めとうるさいんだ。これも渡りに船、次の土日は休んでみるよ。最も、キャンプは初心者だからね。色々と教えてもらうよ?」
頼みをつけた後輩たちが口々に言うのだ。『借りを返してもらう』と。何を求める? と聞いてみると、異口同音に『部長は休みを取ってください!!』というものだから辟易としたという流れがあり、そんなに体調管理を信頼されていないのか僕は? と愕然とした下りがある。
「……そっか。じゃ……行く? キャンプ」
「そうだな。ただ……これ一泊出来るやつだがいいのか?」
そう聞くと、チヒロは少しだけ目を伏せてから、目を伏せたまま珍しく小さな声で答えた。
「……わ、私は別にいいけど……チハヤは……?」
「いや、君がいいなら構いはしないんだ。なにか起きる訳じゃないし起こさないさ」
はぁ、となぜだか周りの生徒たちに溜息をつかれた。そんななんか……ダメなこと、したか? 僕とチヒロはあくまで友人関係に過ぎないというか、チヒロにそんなことを想うのは身の程知らずに過ぎると思うし、僕らの身分は学生なんだぞそもそも。
「まあ、とにかく。そういうことなら、行こうかな。散歩が趣味なんでしょ、山の散策もできるし、この時期は星が綺麗だと思うし……きっとチハヤにとってもいい時間になると思うよ」
「……わかった。チヒロがそういうんだ、行ってみようじゃないか。そのかわり、用意は手伝ってくれるか? 予算に糸目はつけない、使い易いものを頼む」
「もちろん。思い立ったが吉日とも言うし、今から選びに行こうか。キャンプ用具」
その後、僕はチヒロに連れられ、決して少ないとは言えない額のクレジットを支払って様々な用具を買い揃えることになる。
「チハヤ、こっちだよ……これ、私の使ってるテントの色違いモデルだね。で、これがワングレード上の。こっちは携帯がちょっと難儀だけど、広げた時のスペックが高いんだよ」
「水筒はちゃんとしたのを選ぶべきだよ。水漏れすると悲惨だから……私はそれでちょっと物をダメにしちゃってさ」
「そういえば、チハヤ。ダメにしたものでまだ買ってないものがあって……ちょっと、雑貨屋寄っていいかな?」
「チハヤはどんな服が好き? 服には興味無いの? そうなんだ。……ちょっとだけ、服屋に寄りたいかも。チハヤの服、黒ばっかりでしょ?少しは別の色も入れなきゃ」
まあ、うん。あえてひとつだけ言えることがあるとすれば、女の子と買物に行くのは疲れるということだろうか。ハチャメチャに振り回された僕はグロッキーになっていた。
「その、ごめん。つい、テンションが上がって」
チヒロがそういうのがなんとなく新鮮なので、からかってみる。
「つい、で人をショッピングモールに夕方から閉店まで拘束したのか君は……。いや、いいんだが。滅多に見れない君が見れてよかった」
「……そういうこと言うから、次もそうなっちゃいそうで怖いな。チハヤはもう少しちゃんと人を責めるべきだよ」
そう言われても僕は困る。チヒロに振り回されるのは滅多にないことだったのだから、僕としても貴重な経験以上のものはなかったし。
「まあ、次もそうなるというのなら頑張ってついていくだけさ。おかげさまで次はついていける知識を貰ったしね」
「……ふふ、そっか。じゃ、次は疲れないのかな」
「それは無理筋だと思う」
それはそれとして、無理なものは無理だと言える気持ちも重要だとは思うので、それは伝えておく。
「キャンプの日は、どこ集合にしよっか」
「駅にするとしよう。どうせ少し離れているんだ、いいだろ?」
「うん。時間は9時頃でいい?」
「構わない。ちょうどいいと思うし」
そんな約束を交わして、二人は残りの平日を駆け抜ける。チハヤは情報処理部部長としての仮初の平穏を演じ、チヒロはセキュリティアドバイザーの仕事の外回りに出向く、いつもの平日、それが3回。それは僕にとっては、長いようにも短いようにも感じられる奇妙な七十二時間だった。
そして焦がれた土曜の朝はやってくる。
きっかり8時間の睡眠をとる、休日時のルーティン通りに起床した僕は、まず寝ぼけ眼を擦るより先にベッドから降りた。
情報処理部の準備室から廊下に繋がる扉を開き、水道で軽く水を出して顔を洗う。そのまま携帯鏡でしっかりと確認しながら歯磨きをして、いつも以上に入念に髭を剃る。
「よし。まあ、いいだろう」
チヒロの選んだ一式装備をザックに詰め、トレッキングに必要な服などはそのまま着てもそれなりにカッコがつくものを選んだのでそのまま着てしまうことにした。
着替えなども詰めるとリュックはかなりの重さになったものの、とはいえ負担にはならないよう事前に調整した重さであり丁度良い。
鏡に映る自分の姿を見る。黒髪と眼鏡以外は、トレッキング装備に身を包んで帽子まで被った見慣れない自分。
普段の自分が学生服か、雑な黒まみれの服に何種類か持っている眼鏡を合わせただけという雑具合だからか、トレッキング装備が普段の自分より少しはまともに見えた。
「さて、行くとしようかな。少し早いが、駅前のチェーンのコーヒー屋でコーヒーでも飲んでればいいだろう」
そう心に決めて家を出たのが集合の45分前。駅に着くために歩いて10分、それでも集合の35分前で、余裕を大いに持ってチハヤは駅前の珈琲店に入店し……
「あ」
「……えぇ?」
キャンプ用のしっかりした装いに身を包んだチヒロが注文を待っているところに出くわすのだった。
「おはよう。……えぇと、集合の30分前くらいだが?」
「コーヒーでも飲んで待ってればいいかと思って……チハヤこそ、早過ぎない?」
「……違わず同じことを考えて家を早めに出た。朝イチはコーヒーに限る」
二人は顔を見合わせる。どちらからともなく、笑い声が漏れると、あとはもう止まらない。
「ふふ、ふふふ……!」
「あははっ……いいね、初っ端からこれか?」
「とりあえず、一緒にコーヒー飲むところから始めようか。ちなみに何頼んだの?」
「ブレンドのブラック」
「同じ。全く……そこまで被らなくてもいいのにね」
「僕はむしろ被って嬉しいけどね。せっかく今から一緒に同じところに行くんだ、気は合うだけいい」
そうかもね、とチヒロは小さくふふ、と笑う。僕もまた、小さな微笑みで返す。
今日も明日も。きっと、良い日になるだろう。チヒロもそう思ってくれれば良いのだけれど。心から、僕は願った。
今回から少しの間キャンプ編です。今回もお読み下さり、ありがとうございました。
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