【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
『まもなく、モノレールが参ります。ホームのセーフティドアから離れ、黄色い線の内側でお待ちください』
そうアナウンスが入るや否や、ホーム内に滑り込んでくるモノレール。学内が広すぎるが故に用意されたモノレールは、その片側の終端を乗換駅として、さらに別の路線に繋がっている。
コーヒーを飲み終わり、モノレール特有の向かい合った座席に腰を下ろした僕とチヒロは、何気ないことを話していた。
「なんだか、このモノレールも普段と違う感じがする。この席に誰かと座るの、久しぶりだからかな」
「そうなのか? チヒロは交友関係もそこそこないわけじゃないだろう? 僕と違って」
「そうでもないよ。とはいえ、これに乗る機会はだいたい外周りだからってのは大きな影響のひとつかもね」
そうか、チヒロの外回りは何を使ってやっているのかと思ったが、存外に公共交通機関の利用と徒歩で何とかやりくりしていたのか。それは予想外だった。
「車とか使えばいいだろう、と思ったが……」
「そうだね。長引くと大変だから。運転する気力もない日だってあるし、これが最適解だよ。歩きも入れなきゃ不健康だし、死ぬほど疲れてる、って日は最悪タクシー乗ればなんとかなるし」
「まあ、そこら辺の事情がちゃんとあってのことなんだな。とはいえ……」
僕はチヒロの、大変な日がある、という言葉に、感じたことをそのまま言葉にすることにした。
「先に言った通り、僕には友人が少ない。というかまともにこう、話していられるのは君だけだ。無事に帰ってこられないかもしれないという状況に置かれるのは……不安になる。友人が傷ついて欲しくないと思うのは誰しもそうだろう?」
そういうとチヒロは少し驚いた顔をしてから、笑みを浮かべて言葉を発した。
「うん、分かってるよ……大丈夫。少なくとも『休め』って言ったのに休んでくれないチハヤよりは分かってる」
「なら全く分かっていないという解釈でいいのか?」
「チハヤ、それでいいの……?」
真面目な空気が弛緩する。今日はせっかくの休日なんだから、真面目にやるのは命に関わることとキャンプだけと決めているのだ。
そんな駄弁りを繰り返して、降りたモノレールの終端からバスに乗り継ぐ。山の中腹にあるバス拠点を行き先にしたバスだ。
乗り継いだバスの終点、その一個手前で『とまります』ボタンを押そうとすると、なぜかチヒロと目が合った。
「……押したい?」
「なっ、子供じゃないんだから……!」
「ふふ、冗談……『次、止まります』あっ」
「あっ」
物凄く生温い空気が二人の間に流れる。後ろに座っていた犬の獣人が押したらしく、生温い空気を感じ取って少しだけ頭を下げていたのを僕が視界の端で捉えて、互いに無言でぺこぺこする。
中々味わえないものだったな、と小さく心の中で呟きつつ、路線バスを降りる。目の前にある階段を上がっていくことで、いよいよ目的地である。
「……さ、行こうか」
「……それで仕切り直しにできるの?」
「わからない。どうしようもないかも」
二人で笑いながら、チヒロ、僕の順で階段を上がっていく。
上がり切ると、開けた空間に緑が広がる広場に出た。それと同時に、すぐのところにある小屋から出てきたひとりの獣人がこちらに近付いてくる。
「ようこそ、東アルプス第2キャンプ場へ。入場にあたってご予約などはございますか?」
「このチケットの利用を事前に申請させていただいているのですが、連絡は届いていますか?」
「一件ございますね、それによるところの、お名前が……天峰様でお間違いありませんか?」
僕は頷いて、「えぇ。僕が天峰です。こちらが同行者申請させていただいた友人で」と言うと、獣人の男は確認が取れました、と言ってからこちらへ深々と一礼する。
「改めまして、ようこそおいでくださいました。本日は快晴、絶好のキャンプ日和でございます。キャンプ用具等のご準備は……万全でございますね。貸出もやっておりますので、なにか不足のものがあればこちらのカードの番号までお電話いただければご用意いたします」
獣人の男は、身振り手振りでそれぞれを指し示しながら説明を続けていく。
「お客様の区画はカードの表側記載の通りになりますのでご確認を。こちらがルールマニュアルですね。お二つお渡ししておきますね……はい。今回はおふたりでのご利用、宿泊ありということでお間違いありませんか?」
そう男が問いかける。僕も、きちんと答えを返す。
「えぇ、間違っていません」
「……っ!」
「かしこまりました」
なにやら小さく息を飲む音が僕の耳に届き、ちらと後ろを見ると少しまたいつかのように目を流して伏せたチヒロ。改めて気を遣わせないようにしなくてはいけないと再認識する。
「夜にかけての天気もよろしいので、今宵は天高く星が良く映える夜空となるかと。お気をつけて」
「えぇ、ありがとうございます。……行こうか、チヒロ」
「え、あ。うん……ありがとうございます」
「はい、良い経験がありますように」
獣人の男に見送られ、二人はお昼頃にはもう既に区画に到着していた。
着いた区画は管理棟から離れた隅の、緩やかな傾斜を登った先の一角だった。さらさらと流れる小川が近くに見え、頼りがいのある大樹が枝葉を茂らせ影を作っている。
手入れされた森林がすぐに入れる場所にあるにも関わらず、一度向き直れば開けた風景と、遮るもののない青空が視界を埋め尽くしていた。
「キャンプ場経験者のチヒロさんに聞きたいところだ。とんでもなくいい場所を当てた、あるいは気を回してもらったと思ってるんだがどうなんだ?」
「……異存なし、かな。さすがに、ちょっとすごいかも」
「うん、チヒロがそう言うならなによりだ。あの木陰に設営、でいいのか?」
「そうだね、そのつもり。だいぶ早いけど……まあ後が楽だし。始めちゃおうか、チハヤ」
チヒロがそういうと、僕はザックの他にもうひとつ用意していた大きなバッグを木陰に下ろした。
「……もしかして、それ。テントが入ってるの?」
「あぁ。あの後、少し考えてね。せっかく買い物をするのに1人用テントだけ買うのもなんだかなと思ったんだ。僕がキャンプに来るのは人とだけで、ソロキャンプとか当然趣味じゃない。それなのに複数人用のテントを買わないのはなんかこう……ね?」
「お金を普段から使わないからか知らないけどこういう時の手の込みようが凄いよね、チハヤは……まあいいや、見せてよ」
バッグから取り出した様々な部品。僕はそれらを迷うことなく連結させていき、枠組みを作っていく。
「あれ、なんか……慣れてる?」
「いくら初キャンプとはいえ、事前に組み立ての練習くらいはするだろう。僕は男だぞ? 設営のひとつくらいはできて然るべきだ。経験がなくともね」
「……そっか。ふふ、じゃあ見ててあげようかな。間違えがないように」
その言葉を聞いて、気合いを入れ直す。せっかくわざわざ付き合って来てくれた友である、チヒロに無様は見せたくない。というか俗っぽく言うなら、多少カッコつけたいと思っているのだ、僕は。
テキパキと組み上げ、ついでに練習では面倒で省略したひさしの部分も流れで組み立てる。インナーテントも張って中も整えれば、そこには随分立派なロッジ型テントが出来上がっていた。
「……ねぇ、ひとつだけ聞いていいかな」
「……なんだい? 僕も同じことを今思ったんだが」
チヒロは静かに、呆れたように口を開いた。
「何人で来るつもりでこれ買ったの?」
「人数ひとりからふたりで、なんら無駄な機能のない物を選んだつもりだったんだけれど……」
「テントの使用人数はプラス一人くらいまでなら融通効かせてくれるようになってるからかもね。色々見ていい?」
「なるほどね、もちろんいい。好きにしてくれ」
チヒロがロッジ型テントの中に入って色々と調べていく。楽しそうにいろいろと僕に許可を取りながら動くチヒロを目で追っていく。
「これ私だけじゃなくて、あなたも立ってちょうど中に入れる大きさって相当大きいよね。ここチャック閉めて……へぇ、ふたつに部屋割りとかもできるんだ。ふぅん……」
チヒロはそれを知ってから、少し考え込んで、そして言った。
「私もこれちょっと試してみたいなー、とか思わないことも、無いんだけど……まあなにより、これの横にテント張るのもなんかね。チハヤ、このスペースちょっと間借りさせてもらっていい?」
「もちろん。ちょっと浮かれてて広すぎるのには気が回らなかったけれど、チヒロが入るなら寧ろ丁度良い」
「そっか、ありがとう。じゃあ荷物とか全部ここにまとめて置いとこうかな」
んん? ふと、引っかかる。『チヒロとひとつ屋根の下の一晩になるのでは?』そう僕の冷静な思考回路が警告を出し始めた。
それと同時に、ずっと前から機能していなかった僕の感情回路が、『それはそれで、いいんじゃないか』と機能していなかった事の証左とも言えるポンコツなゴーサインを提示した。
僕はそれらの懊悩を顔にひとつも出すことなく、チヒロの背を見送ったのである。
事実として、同じテントで寝ることになっただけなのだから、粛々と受け入れるのみ。隣で寝るとかそういうことはないし、区分けはしっかりする。線引きすればいいんだ。そう、それだけだ。
だから、天峰チハヤよ、チヒロに変な意識をするなと言い聞かせて。
キャンプ経験はそんなにないのですが、必要ないバカデカいテントを買った経験はあります。というかまんまそのバカデカいテントを組みながら書いたやつです。本当に当時のふぃーあはなにを考えてロッジ型テントなんてものを……?
というところで今回もありがとうございました。
モチベーションになりますので、評価感想等よろしくお願いします。なぜ伸びてるかがわからなくて怖いんですが、頑張りますので改めてどうぞよろしくお願いします!