【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
じゅうじゅう、ふつふつと脂の爆ぜる音がする。
串に刺さった幾本かの川魚。塩を軽く振ってあるそれは、持ってきた女の子たちが言うには「釣れすぎたからお裾分け」ということらしい。
「突然のことだったから驚いたけど、まあいい川魚を貰ったね」
「確か……イワナだったっけな。昼時前に本当にいいもらいものをしたおかげで、飯盒で米を炊くだけで十分そうだ」
テントを立てたあと、チヒロ曰くデジタルデトックスというらしいが、スマホやパソコンから離れた自然の中に身を置くリラックス法で存分に体を休めていた訳だが、当然腹は空くものだ。
どちらからともなく言い出して飯にしようとは決めたものの、特にメニューも決まらないでいたところに渡りの船とばかりにやってきたお裾分けは、僕とチヒロに『もうこれでよくない?』という気持ちも同時に渡してきたのである。
実際こうして焼けるところをみると本当に美味そうだな、と思いながら川魚の刺さった串を持ってきたプラスチック皿の上に乗せ、チヒロに手渡す。
「ひとまず、食べてみよう」
「うん、いただきます」
そうしてひとくち齧りとると、魚の上質な脂が口で溶け、柔らかな身とパリパリとした皮が実に美味に感じる。
「……おお。なかなか、美味い」
「チハヤっ、これ完璧な焼き具合だよ、美味しい!」
チヒロも満足の出来なら大成功だろう。
「イワナはやっぱこういう食べ方がいちばん美味い、とは聞いていたけど、ここまでとはね。もう一本焼いてるが、半分食うか?」
「いいの? それなら、貰おうかな」
チヒロが珍しく追加を所望したことに笑みを浮かべながら、焼きあがった3本目の串を手に取り、串を抜いてから豪快にナイフでちょうどふたつに切って皿に流してやる。
「よしっと。大根おろしとか使ってみるか?」
「あ、そうだね……大根おろしと……醤油がいいかも」
「そうか。チューブで悪いけど、持ってきてはあるんだ」
皿の端に出してやって、醤油はパックに個包装されたものを1袋手渡す。
「これお寿司のパック以外で普通に出てくるの初めてなんだけど?」
「意外と探すとあったりするんだよな。事前準備にあたって買ってみた」
「まあ確かに。お弁当とかに使えるか……ランチャーム使うより楽そう」
そんなことを言いながらイワナを食べ終わると、チヒロと僕はテントの横、まだ空いた木陰で、木を凭れる背がわりにしながら互いに不干渉の、ゆったりとした時間を過ごす。
チヒロが本を読み、僕は自然の音に耳を澄ませながら微睡む。
自然音のASMRというものがモモチューブにアップロードされる意味がわからなかった人間なのだが、たしかに需要があるんだろうなと少し考えが変わりつつ、うとうととする。
「……ねぇ、チハヤ?」
「なんだい、チヒロ……?」
本をぱたり、と閉じたチヒロがこちらに少しだけ距離を詰める。
「私も、少し眠たくなってきちゃってさ……一眠り、しようかな」
「いいんじゃないか……星、見るだろ」
「もちろん……見るよ。チハヤもでしょ」
沈黙は肯定である。そこに答えを返す必要がないのが、僕とチヒロの関係だと思ってはいるので、眠いし答えは返さないことにした。チヒロは僕の思った通りにその沈黙を受け取ってくれたようだ。
「そっか。……じゃ、今は休まないとね」
「そうだな。……ふぁあ」
「んっ、ふぁ……欠伸、うつった……」
気がつくと、チヒロが真横にいる。距離をチヒロがだんだん詰めてきていたことにまるで僕は気がついていなかった。
しかしそれでも、眠気が勝って特に指摘するつもりもなく。
「じゃ、少し眠ろうか……」
「ん……そうだね」
微かな吐息。すぅ、すぅという規則正しい呼吸音が真横からするその安心感。せせらぐ小川の音、そよぐ葉の音に加えられた最後のひとピースが、チヒロの寝息のような気さえして、僕もまた、その意識を落としていった。
「……んっ」
「んんっ……今は……どのくらいかな……」
次に目を覚ました時には、茜色の空に変わり始めた頃合だった。
僕が僅かに先に目覚めて横を見ると、チヒロが僕の身体に体重を預けて眠っていた。
「もう、こんな時間か……」
空を見上げて一人そうこぼすと、チヒロもまた目覚めたようでくっついた体を離して身体を伸ばす。
「おはよう、チハヤ。よく眠れた?」
「おかげさまでと言っておくかな……チヒロこそ」
「こっちもよく眠れた……それと、ごめん。なんか無意識にいろいろ寄ったりなんだり」
「いや、構わないさ。二人きりなんだから君を咎める人はこの場にいないよ」
そう? とチヒロは呟いた。正直なところを言えば、眠気抜きならチヒロがそういう所を見せて甘えられる存在に、僕がなれたことそのことが心から嬉しかったが、それを口にするのは少し憚られるような気がした。
だから、そうさ、とだけ返して、ふたりで茜色に染まり始めたキャンプ場を見渡すのが、今の僕にできる精一杯のチヒロへの表現だった。
「そういえば、夜ご飯。水炊きしようかなと思ってるんだけど、どうかな。お昼は任せちゃったし、夜は私が」
「あぁ、いいな。水炊きか……久しぶりに鍋物を食べるかもしれない」
「ならお野菜たくさん入れないとね。栄養、偏ってるだろうし」
チヒロがそう言って笑う。食材セットは最初にチヒロが貰ってきていたようで、チヒロは次々と手際よく下準備を済ませていく。
僕は焚き火を作って、チヒロが鍋をそこにかけるのを見ているだけだ。焚き火もロングノズルの着火ライターがあれば簡単に火がつくので、随分楽な時代になったのかもな、とうっすら思うなどしていた。
「ねぎ、しいたけ、白菜に……そうだね、にんじんは星型の切り抜きしちゃおうかな。そういう楽しみもあると思わない?」
「星を見に来たわけだし、遊び心……ロマンの類か?」
「さすが、分かってるね。そういうのもたまには大事にしていかないとさ。何事もバランスよく、ね」
そして鶏肉と昆布をじっくりとだし取りに使ったきらめく鍋に、チヒロは切り分けた野菜たちを叩き込む。
「ほんとはさ、味が薄まるとかそういう理由で後入れを推奨することもあるんだけど、今日はまあ水炊き風ってことで。ガラだしとか一々用意するのも面倒で、鶏ガラスープ使ったからなおさらね」
「水炊き風スープってことか。とはいえ、とても楽しみだ。チヒロの手料理なのもあってね」
「……そういうこと、言う? ちょっと意識しないようにしてたんだけど……」
意識しないようにしていた、という言葉に首を傾げる。まるで、それではチヒロが僕に手料理を振る舞うことに特別な意義があるようではないか。
……いや。誤魔化すのはやめよう。分からないふりは今はいらない。ここは仕事や付き合いの場ではないのだ。
「意識?」
「違……いや、違わないんだけど、さ。その、なんか……男の子相手に手料理を振る舞うって、なかなかできないことだから。そう考えるとね」
「それもそうか。考えたこと、あまりなかったな」
努めて意識しないようにすることと、相手の心を悟ろうとしないことは別だ。そこを履き違えないようにしなくては、とひとり心決めにして、ふたりでなんでもないことを喋りながら出来上がりを待つ。
「うん、こんなもんかな……できたよ、チハヤ。私お手製、水炊き風スープ」
プラスチックのお椀によそられた、具沢山のそれに、まずは合掌。
「ありがとう。いただくよ」
「ふふ、召し上がれ」
白菜をかじった。中から染み出したスープのだしの効き具合にほっ、と声が漏れる。しいたけは出汁を放出しきったにも関わらずスープと共に存在感を放って鎮座していたし、ねぎ、にんじんも無論最高だ。
鶏肉は柔らかく、程よい弾力。総じて、評価するならば……
「うん。すごく、美味しいよ。体に染みる」
「そう? よかった……じゃ、私も。いただきます……うん。いい出来かも、美味しい」
ふたりで美味しい美味しいと言いながら水炊きをつついたあとは、当然締めのなにかしらだ。
「雑炊でもいいかなと思ったんだけど、ちょっと後片付けの話があるからうどんでもいい? 派閥別れがあるからさ、鍋の〆は。聞いとかないと」
「もちろん。僕はあんまり気にしないんだ、なんでも食えて美味ければそれでいいって思うタイプ」
「ま、そんな感じだよね。じゃ用意するから、少し待ってて」
そんなこんなで投入されたうどんも、水炊きの残りのスープとよくマッチして素晴らしい美味であったことは言うまでもなく。
「……少し、食べすぎたかな……」
「今だから言うんだけど、チハヤを信頼してうどん持ってきたの全部入れたから……三玉かな?」
「だいぶ入ってたな……いや、あっさり食ってしまったんだが」
「それだけ美味しかったんでしょ? 作り手としては本当に嬉しいことだけどね」
外に夜の帳が降り始める。月が輝き、星は天を彩り始める。
僕らのキャンプは、ここからが本当の始まりだと、満腹の満足感を抱えながらも僕はそう思った。
本日もありがとうございました。
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