【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
僕とチヒロがゆったりとしたキャンプを楽しみ、そして恋人になった夜を超え、起き抜けにコーヒーを味わう朝を分かち合ったそのあとのこと。
山を降り、そしてミレニアムに辿り着いた僕らは、中天からやや日の下がり始めた頃合には、ヴェリタスの拠点に帰ってきていた。
「あ、お帰りなさい。お二人ともごゆっくりできたのですか?」
「まあ、そうだね。それとただいま、コタマ。ハレやマキは?」
「二人で買い出しに行きました。エナドリが切れたそうで」
出迎えたコタマはゲーミングチェアに座り、見るからに間の悪い、という顔をしていた。どうもハレとマキが出ていったのはそう時間の開かないことだったらしい。
「チハヤさん。副部長と行かれたキャンプ、如何でしたか?」
「かけがえのないものになったよ。チヒロにとっても恐らくそうであるはずだ」
「そうだね。大切な、とっても大切な時間だった」
モニターの光に照らされているコタマがその返答に不思議そうな顔をする。
「なにかあったのですか? ……いえ、無理に話してくださいとは言いませんが……」
「コタマには私から話すよ、チハヤ。色々お世話になったし」
「あぁ、まあ。その辺は任せる」
チヒロは静かにふぅー、と息をついた。暗闇と蒼光だらけの部室に一瞬の静寂が満ちる。そして一言。
「私とチハヤ、付き合うことになったんだ」
長い、沈黙。コタマがその沈黙の果て、発した言葉は。
「……マジですか?」
「あぁ。僕からも保証させてもらうよ」
「ぇ……あ、えぇぇぇぇえぇっ!!?」
がんどんごるんがっしゃん! とでも表現すればいいのだろうか。
彼女は驚きのあまり身を乗り出し、しかしなぜか椅子ごと豪快に転倒し、机の上の空缶を丸ごとなぎ倒した。
あまりの凄絶さにチヒロが若干引き、僕が咄嗟に起き上がりをサポートしてやっていると、コタマはいたた……と呟きながら起き上がる。
興奮し上気した頬で、コタマにしては珍しい大声で言葉を発した。
「お、おめでとうございますっ! チハヤさん、副部長……ほんと、よかったですね!!」
「えぇと、うん。ありがとう」
「そんななんか……祝われることなのか。これ」
コタマは僕の呟きに食いついた。それはもう、露骨に。地にまだぺたりと女の子座りのようにしている下半身は置いておいて、上半身で背筋をぴっ、と伸ばし、僕の方に向き直る。
「いいですか、チハヤさん! 副部長とチハヤさんが付き合っていないながらにやけに親密な関係なのは学内の公然の事実として皆さんが周知していたんですよ! なのに付き合ってないから! みんなすごいヤキモキしてたんですよ!!」
「……それは本当か? いやまあ、友人関係にあった唯一の人間がチヒロで、仕事の相方もそうではあるから、オンオフ共に休みはチヒロと一緒にいることが多かったとはいえ……」
コタマはメガネの奥の瞳を爛々と輝かせた。
「そうなんです。そういうものなんです。えぇ。私が説明しても微塵も信じていただけないほどには、副部長とチハヤさんは『付き合っているもの』と考えられていましたので」
「……みんなが僕らのことを誤解しているのは分かっていたが、誤解だとわかった上でヤキモキしていたということは関係の進展を願われていたのか」
「そうですよ。だって二人でコーヒー飲んでるところとか、すごいお二人が似合いすぎてるんですよ?」
そうか……と僕がとりあえず生返事を返すと、コタマはそこからノンストップであれがどうでと話を続けていく。しばらく話しきったところで、コタマは息を整え、続けた。
「まあ、そういうわけで、私がまずそのお話を聞けて嬉しかったです。本当に改めておめでとうございます」
「とはいえ、なにか変わるわけじゃあないけどね。公私の混同には気をつける、くらいかな。コタマは本当に色々と気を回してくれていたし、キャンプの直前には軽く入れ知恵もしてくれたんだ」
チヒロ曰く、コタマは色々と調べをつけて、今回のキャンプ場の見所や知識を仕入れるなどしていたとのことで。
「あとは、見た目の部分のサポートもしようとはしてくれてたね 。諦めてたけど。なんて言ったかチハヤの前で言ってみなよ」
「ええ望むところです。事実確認をさせていただきますよ、チハヤさん……アイライン変えたとか、リップがどうとか、気付けないでしょう?」
僕は沈黙した。その沈黙こそが最も雄弁な肯定であり、チヒロは僕の脛を軽く蹴った。僕は痛みに眉を顰めた。
「……それと、今だから懺悔するんだが」
「はい、聞きましょうかチハヤさん」
「そういえば、僕はチヒロの服や身だしなみを一度も褒めていない」
「よし分かりました、チハヤさん。そこに正座です」
粛々と受け入れるべきだろうと、僕はそこに座ろうとして、チヒロから苦笑い気味の声で救いが入る。
「まあ……うん。友達としか認識されてなければそんなもんでしょ? ギリギリセーフだよ」
「それがとんでもない認識だと言わざるを得ないと言いたいんですけど……まあ、副部長がそういうならば一度矛を収めるとしましょう」
「……助かったよ、チヒロ」
いそいそと立ち上がる僕は、どうにもやり慣れない感覚で頬をかく。いざ付き合うとなって、初めて知ることが多すぎるとこうなるのかと思わされるばかりで、驚かせてやろうと思って驚かせたらその何倍も驚かされているような気がしていた。
「えっチヒロ先輩それほんと!!?」
「副部長……チハヤ先輩……ホントに……?」
ちなみに、その後しばらくして戻ってきたマキやハレに、落ち着いて座ってから、付き合うことになったんだ、とチヒロが話し始めると、なんと横転する椅子がさらにふたつ増えた。
どいつもこいつも不安になる椅子での大転倒をする、と思いながらふたりをコタマのように助け起こす羽目になったが、まあそれだけチヒロだけではなく周りも待たせていたのだろうと思うと、本当に身につまされる思いだ。
「じゃあなに、副部長行くとこまで行ったの?」
「ハレ、そういうことは聞かずにおくのが味わい深さというものです。答えなど分かりきっているのですから」
「確かに……」
ハレの言葉に顔をチヒロと見合わせる。……そういう仲だとすら思われていたのか、僕たちは。そして、現状、めちゃくちゃ彼女達の期待からは僕らははずれてはいないか?
そんなことを思ってみると、チヒロもそう思っているようで目線がぶつかった。気まずそうに軽く微笑むチヒロ。
「いいなー……そっか、チヒロ先輩が彼氏出来たんだー……」
「か、彼氏っ……いや、そう、なんだけど……」
「照れてる副部長、割と初めて見たレベルかも」
僕の前では存外よく見せる、目を伏せて軽く髪に触れる動作も、みんなは見たことがないらしい。
僕の知るチヒロと、みんなの知るチヒロの像が乖離している。恐らくは、チヒロの知る僕と、みんなの知る僕もまた同じなのだろうか。
あぁ、それだとしたらなんと喜ばしいことか。僕しか知らない表情を僕が引き出していることの喜びとは、果てしないものだということを僕はひとつ学んだ。
それからその後、コタマが喜び勇んでモモトークのグループかなにかに投稿していたらしく、何人もの人間に祝われることとなる。
「ようやくお付き合いと。おめでとうございます、お二人とも。長かったですね……」
真っ先に駆けつけた生塩。
「先輩に、彼女……チヒロ先輩が……お、おめでとうっ……ございます……!」
生塩の少しあとからやってきた、なにやら感極まるものがあった様子の早瀬。
「「「部長おめでとーっ!」」」
代表として祝いの言葉を伝えに来た、という情報処理部の後輩たち。
それから普段世話をしてやっている財務会計を僕に依頼してくる奴らからは、業務用アカウントに向けて続々と「おめでとう」の文字が送られてくる。
個人用のアカウントの通知は1件だけ。
『おめでとうございます。この病弱系超天才クールビューティハッカーが、あなた達の前途を祝すこと、どうか喜んでくださいね?』
誰が送ってきているか、については語るまでもない。
「みんな、ありがとう。……せっかくだ、たまには少し羽目を外すとしよう」
その宣言に各々反応する駆けつけてきた後輩や早瀬、生塩たちをその場に残して、ピザのデリバリーを注文した。
「よし。あとはピザが来るのを待つだけだな」
次の瞬間、こんこん、と扉のノックされる音。
「注文から配達込み三秒くらいじゃん。ピザ、もう来たのかな?」
マキがそう言うと、座が笑う。そんなことないでしょ、と言いつつ立ち上がったハレがドアを開けた途端、え、と言葉を出して静まる。
「チヒロとチハヤはいるかしら」
冷徹な、よく透き通って場に響く声。僕は知っている。いや、知らないはずもない。
「話は今コタマのモモトークで凡そ聞かせてもらったわ。最近顔も合わせていないから、この機に様子を見ておこうと思ったのよ……キャンプは、良い休息になったようね」
調月リオ。黒の制服を身にまとった、ミレニアム最高の頭脳の片割れ。セミナー生徒会長、そして、今の僕にとって、この場に現れることを最も予想していなかった存在。
反セミナー組織の拠点に乗り込んでくるということも、僕に探られていながらにして僕に挨拶をしに来るということも。なにもかも、理解できない。それ故に、『来るはずがない』と心のどこかで予想したことの対極にある選択肢をリオは平然と打って、やってきた。
「……とりあえず、歓迎しよう。反セミナーのお題目も今日は一旦なかったことにしておく。もう早瀬や生塩もいるしな。それで、せっかくだ。購買部にピザのデリバリーを頼んだところなんだが、食っていくか」
「いいのかしら? 邪魔にならないなら、ご相伴にあずかるけれど」
大いに邪魔だ、さっさと帰れと叫びたくなる心をとりあえずは押さえ込んで、僕は現れたリオを招き入れるのだった。
またチハヤの関わることの無い部分はどんどんダイジェストする本編に戻っていきます。今回もありがとうございました。
自分の愛するチヒロというキャラクターをみんなが愛していることがUAや感想、評価からたしかに伝わる喜びと言うのはなかなか感じられないもので、最近は日々の生活も彩りが増えているように感じます。
これからも、そして今回も評価感想等、自分のモチベの維持になりますので何卒どうぞよろしくお願い致します。