【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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取り残された初恋

 あまりに急な登場。沈黙した場に、僕の声がよく通っていく。

 

「スペシャルゲストの調月リオさんだぞ、ほら盛り上がれよ」

「……私、そういう枠ではない自覚はあるのだけれど」

「リオ……じゃあ、なんで来たの……?」

「祝いたい気持ちはあるから、かしら。あのチハヤのことだから、チヒロもさぞ苦労しただろうと思ったのよ」

 

 なら僕と君の関係もきっちりと自覚していただけると大変助かるのだが。とはもちろん言わない、それを言わないことを選ぶくらいの理性はある。

 

 僕と同じようにおおよその事情を知っているチヒロもまた、複雑な表情で彼女を迎えていた。

 

「まあ、ここにいる限りは単なる調月リオとして扱ってちょうだい。私も今日は祝いの言葉を伝えに来たのだから」

 

 場に現れた、セミナー会長調月リオという「パーティー」という言葉にまるで縁のなさそうな……あるいは、前に「社交」とつければ途端に似合うような、カッチリとした制服を着た女の与えた衝撃はしかし、すぐに祝いの場特有の空気に流された。

 

 というより、リオが持参したものがものなので、好意的に受け入れられたのだ。

 

「……やるじゃないか、リオ。お誂え向きにコーラやらなにやら、こんなに沢山買ってきて」

「そうね。コタマにどのくらい集まっているかを聞いておいたから、ひとまずその分だけは差し入れしようかと思って。そうじゃなければ、私の訪問なんてさすがに祝いにもならないでしょう?」

 

 チヒロが苦虫を噛み潰したような顔をしている。たぶんあれは、「自覚ある上で来たの!?」の顔だ。僕もリオには見せていないだけで内心そう思っているし。

 

「あら? 会長、これは……?」

「えぇ、一緒にプラコップも用意したわ。好きに使って」

 

 あまりにもそれはそれ、これはこれみたいな感じで来たな……と思いつつ、少しばかり納得する。たぶん、僕とリオの間でしかこういうやり取りは成立しないだろうという思いがあるから。

 

「プラコップまで……なら、どんどん注いでしまいましょうか」

 

 恐らくさすがのリオとて、僕以外の人物が相手になっていたのなら間の悪さのひとつも覚えただろうが、生憎僕なのだ。

 

 互いに合理主義であるならば、道中も結果も関係などない。そこに気まずさは生じえない。その場その場で相手を変えるのは当然のことである。それに絶対的な善悪がない以上、主観的に判断するしかない以上、僕らはそれを「非合理」と断ずることができる。

 

「折りたたみ机が確かこの辺になかったっけ、マキ」

「うん、確かこの辺に……あったー!」

 

 理論上はだが。

 

 さすがにここまでやりあっておいてはいじゃああなたに彼女ができたのをお祝いに、と言われても少し困る自分はいるのだ、僕にも。

 

「部長も、それに会長もこちら、どうぞ。炭酸行けるか知らないのでオレンジジュースですけど」

「ありがとう、いただくわ」

「……すまない。気を遣わせたね」

 

 横から情報処理部の後輩に手渡されたプラカップを受け取り、中身を喉に流し込む。

 

「……悪くない」

「そう? ならよかったわ。ジュースは普段あまり嗜まないからチョイスが不安だったのだけれど」

「問題は、無いと思う。コーヒー党だからどうこうとは言えないが」

 

 ジュースで喉を潤していると、そう時間をおかずピザがやってきた。何枚も頼んであったから、いつの間にか引っ張りだされていた折りたたみのテーブルには収まらず、チヒロがパソコンを少し動かして空いたスペースに置くなどしていく。

 

「そういえば、チハヤ」

「なんだ、リオ」

「あなた、本当に色々な人を悩ませていたのね」

 

 その言葉に、僕は静かにため息をつく。

 

「そうだな。これだけの人間が僕とチヒロの恋路を見守っていたという事実に怯えすらするよ」

「それだけではなく、よ。今のあなたにはもう影もないけど、少し前のあなたからは何かを背負ったものにしか見えないものが確かに見えていた」

「……そう見えたか?」

 

 切れ長の赤い目が僕を射抜くように見据えている。

 

「何があなたを変え、何があなたをチヒロと恋人にしたのか。私はその答えを持っているような気もするけれど」

「否定はしない。君のおかげだと言わせてもらうよ」

「……共に背負うことにしたのかしら」

 

 なにが、という主語はひとつもない。だが、それが何を指しているかは明白だった。調月リオがしようとしている「何か」のことに他ならないと、僕とリオだけが理解していた。

 

「共に? 違うな。これは僕が持っていればいいものだ。それを再認識したからこそ、肩の力が少しだけ抜けたのさ」

 

 そして、僕は、人生で初めての嘘をついた。その嘘にリオは頷いて、続ける。

 

「そうね。あなたはいたって合理的な思考を持っている。そのことに関しては、私はあなたをチームに迎え入れたあの日からずっと信頼しているから」

「そうか。僕もまた、君を信頼している。少なくとも、横倒しの丸太やら壁というものではないようにするつもりだ」

「そう……さすがにあなたは、話のよくわかる人ね」

 

 リオはそういうと、プラコップを持ち上げた。

 

「あなたと、チヒロの前途を祝して。乾杯をしましょう」

「どうもありがとう。順序が逆のような気もするが、どうしても喉が乾いてね。すまない」

「いいえ、私も長話をし過ぎたわ」

 

 軽くプラコップの端と端を触れさせぬように近づけ、それから一気に中身を干す。

 

「それから、ひとつだけ伝えておくことがあるの」

 

 リオが切り出し、僕が微かに身構える。リオは、続く言葉をこう発した。

 

「あなたの恋路には、まだ、向き合わなくてはならない人がいるのよ」

 

 それがなんのことで、誰を意味するのか。僕にはなんら分からなかった。だが、すぐ後に理解させられることになる。

 

 ピザパーティの中、浮いている影。いや、なんら浮いているわけではない。生徒の中にあって、その人はみんなが浮かべる喜色の中で一人、別の感情を持っているように見えた。それだけなのだが。

 

 なるほど、確かにそれは「向き合うべき人」だろう。リオとの会話を終え、チヒロやヴェリタス/情報処理部の後輩たち、飲み物とピザを向かい合いながら楽しむ時間の中で、僕は静かに立ち上がった。

 

「すまない。用件を思い出した。少しだけ外す」

 

 モモトークで『頼み事』を、チヒロへ送る。チヒロからは即座に承諾。恐らく、それがどういう意味なのかも、何を僕がしたいのかも、全て理解してくれたチヒロへ感謝を込めて軽く会釈してみせる。

 

 それに応えるように、返信。

 

『あとで聞かせてよ。ひとりで抱え込むのはダメだからね』

 

 チヒロは優しすぎる。その愛が僕に向いていることがこんなにも嬉しくて、そして……今は、それ故に起きることに立ち向かわなくてはならない。

 

 部室を出て、学習棟の屋上に出る。今日の風は緩く優しく、ゆっくりと傾き始めた日が僕を照らしていた。

 

「居た……チハヤ先輩」

 

 僕が立ち向かうべきもの。それは、『彼女』だ。

 

「来たね、早瀬。……時間通りだ。いい仕事するな、チヒロ」

「言われて、手伝いに来たんですが……」

「悪いな。それは口実だ、早瀬」

 

 え、と小さく呟く女の子。……早瀬ユウカ。リオが示す、僕が、当然に決着をつけなければならないらしい人とは、彼女にほかならない。

 

「……チヒロ先輩と計画して、私とサシになる時間を作ろうとしていたんですね」

「そうだな。……僕には、君の言葉を聞く理由があると思うから。だから、この場を僕は作った。これは君にとって、通過点であり、分岐点ではない」

 

 その言葉で、静かに、ユウカは全てを悟ったように呟いた。

 

「全部、気づいてたんですか?」

「チヒロと付き合うようになって、考え至っただけだ。僕の推理が間違いであることを願ったのは、初めてだったかもな」

「……その上で、私に、現実を突きつけるつもりなんですか?」

 

 僕は頷いた。そして、続ける。

 

「早瀬。君に何ら落ち度はない。ただ、僕が悪い男だっただけなんだ」

 

 だから、この言葉は僕が告げるべきなんだ。気付くことのない恋模様に向き合った人間として。そして、どうか願わくは、二度と僕にそんな気持ちを抱かぬように願いながら。

 

「僕は最低な男だ。夢を見る権利すら君から奪おうとしている。君には僕を殴り飛ばして撃つことすら出来る権利があるだろう」

「できないの、わかってて言うのは……ズルいですよ、先輩。せめて終わらせるのは、私からがいいです。戻る頃には後腐れなく、あなたに接せるようにしますから……先輩の想像通りの言葉になりますけど、聞いてください……っ」

 

 ユウカの目に、小さく煌めくものが見える。その上で、ユウカは言葉を振り絞ったように、告げた。

 

「先輩。……会計を教えてくれたあの日からずっと、好きだったんです……!」

 

 ユウカの絞り叫ぶような言葉を、僕は。

 

「ごめんな、早瀬。……それに僕は、応えられない」

 

 確かに、拒絶した。

 

「チハヤ先輩。……チヒロ先輩のこと、どこが好きなんですか?」

「全部さ。今、本人の前じゃないから言えるけどね」

「即答、ですか。……終わっちゃった。私の、初恋」

 

 ユウカが、静かにそう言いながら涙を流すのを、僕は何も出来ずに見つめている。

 

「……抱きしめてくれたって、いいと思いませんか? 私、失恋したんですよ、今」

「僕の恋人は、ひとりしかいない。……君は、そうじゃない」

「そういう……律儀なところも好きになった理由、ですから。仕方ないって、分かるのに……うぅ……っ!」

 

 しゃくりあげるように泣くユウカの頭を、優しく撫でてやる。僕にできる、せめてもの慰め……あるいは、加害になっているかもしれないそれを、僕はユウカの涙の枯れるまで続ける。

 

「もう、平気ですから。ありがとう、ございます」

 

 そう言って、赤く泣き腫らした目のまま僕から一歩下がったユウカ。顔を上げ、僕を見るその視線には、決意が籠っていた。

 

「どうか、お幸せに。私の初恋を終わらせたんですから、絶対、ぜーったいに、チヒロ先輩のことは幸せにしてください」

「あぁ。……必ず果たすと、この場で誓う」

 

 その言葉を聞いて、どこか吹っ切れたようにユウカは笑った。

 

「はい。……約束が破れた、その時は覚悟してくださいね?」

「そんなことは起き得ないようにするさ。……いつまでも、チヒロといればいいんだろ」

 

 えぇ、その通りですよ、とユウカはそう言って背を向けた。

 

「戻りましょうか、先輩。ピザ、冷める前にみんなが全部食べちゃいますから、その前に」

 

 表情を伺えずとも、彼女がしっかりと一歩を踏み出していくその背中に、僕は安堵していた。

 

 

 




明確に一区切り。これでキャンプ編はお終いになりますね。キャンプ編はチヒロとの恋愛の成立と、微かに匂わせていたユウカの初恋の終わりまでを書く予定でした。

ここからまたイチャつき回を挟むかはわかりませんが、気分次第か筆者が我慢できなくなったら入れて、次回以降また原作に触れていくつもりです。

モチベーションになるので、評価感想等よろしくお願い致します。また次回もよろしくお願い致します。
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