【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
私が天峰チハヤと初めて出会ったのは1年生の終わりごろだったかな。
天性の才能を持っていた、今のミレニアムを牽引する大天才たちは、1年生の頃から既に合理と好奇心の両極にあって水と油のように反目していて、それでも千年問題を解き明かすという大きな命題に向かって手を組んでいた。当時はまだお互いにあまり互いに思いを表にしていないから、成立していた関係だったのかもしれないけど。
合理の化身、調月リオ。天外の好奇心、明星ヒマリ。
私……各務チヒロの役割は、そこで反目しながらも手を取り合う二人に、意見の落とし所を提示することだった。
好奇心に過ぎる提案にはひとつまみの理屈を足して、合理的過ぎた選択に少しの未確定を混ぜ込み、極端なふたりのベクトルを合わせる調整者の立場。
リオ、ヒマリ、私で構成された千年難題への挑戦チーム。そこに現れたのがチハヤだった。
『千年問題に挑戦するんだって? 人員の選出に才能以外の理由がないなら僕も加わっていいだろうか。損は無いと思うよ』
そうリオに持ちかけてチームに加わったというチハヤは、すぐ馴染んでしまった。リオやヒマリ、そして私にそれぞれあった得意なこととは別ベクトルで、チームという物事を成り立たせるのに必要なこと。
『なんで君たちは、金の使い道を記録してないんだ……!!』
最初にチハヤがチーム全体を把握した時、チハヤがそう頭を抱えながら仰け反ったのを未だに覚えている。チハヤは即座にチームの経費をレシート等から計上し、書類を制作し、あっという間に千年問題に挑戦するために私たちが使ってきたセミナーから降りた予算の残額と使い道について、一瞬で明瞭にしてしまった。
『調月さん、これだけデータがちゃんとあればセミナーから予算として金を引っ張り出せるだろうか?』
『……不可能ではないわね。予算の申請に添付してみるわ』
『そうしてくれ』
そんなやり取りの後、チハヤはそれからチームの財務担当になった。誰が言い出した訳でもなく、自然と。雑用もついでとばかりに片付けていくものだから、私のやることはバランサー以外になくなっていった。
立場で悩むことも多くなったけれど、それ以上にやることが少なくなってリオとヒマリの間に立つことに集中できた。
そういえば、チームでチハヤと二人で話すことがいちばん多いのは私だったような気もする。私の前の役割を彼に割譲していることもあるけれど、一番は普通に気の合う人だったから。
『お疲れ、天峰くん。調子は?』
『各務さんか。すこぶる調子はいいが忙しくてたまらないところなんだ。君の手を借りたいが、余裕はあるかな』
『もちろん。なにからすればいい?』
作業しながら、様々なことを話した。リオとヒマリの関係、資金繰りの方法、持っている人脈、来年やってくる後輩たちを引き入れるかどうか。それだけではなく、日頃のことや、自分自身のことも。
『各務さんはセキュリティ絡みに強いのか。いずれ企業に売り込みをかけるつもりはあるのかな? 僕にいくつかツテがあるからタイミングが来たら教えて欲しいな』
私が私のことを話す度に、チハヤは私を労ったり、褒めてくれる。優しく相槌を打ち、同意を示してくれた。あるいは新しい道を示してくれることも。
『そう言うけど天峰くんは財務に強いよね。私は……うん、まあ出来なくはないけど天峰くんほど緻密なものを早く出すのはちょっとね』
だからチハヤがチハヤのことを話す度に、私もまたチハヤを労い、相槌を打つ。チハヤが私のことをどう思ってくれているかは知らないけれど、私にとってはとても心地よい時間だった。
『今日はここまでにしようか。お疲れ、各務さん』
『……なんか、引っかかるな。チヒロでいいよ、天峰くん』
『なら僕も、チハヤで構わない。お疲れ様、チヒロ』
『うん、お疲れ様、チハヤ』
気がついた時にはチハヤは私の大切な友人に数えられるひとりになり、私の学校生活のピースのひとつになっていて。
『……千年難題への挑戦は、一旦終わり。私はセミナーの会長になるわ』
だから、二年生の中頃にセミナーから会長候補としての打診を受けたリオがチームから脱退すること。それから、チームが自然消滅する前に正式に解体することが決まった時、私は何も言うことができなかった。
続くと思った日常が無くなる、足場が消えるような思い。何もかもが消える訳じゃないのに、酷く喉が渇くような焦り。
『調月リオ。それが君の合理性が見出した選択なのか? 僕らを全員放り出すことが……あるいは、利用し尽くすことが』
『……そうよ。私にしかできないことが見つかったの』
『リオ……あなたって人は! 相談くらいできないのですか!? いつも急に過ぎます! このチームは……貴方がセミナーの会長になるための功績を残すために作られたものだったのですか!?』
『申し訳ないとは思っているの。その上で、私の答えは変わらないと確信もしている』
チハヤとヒマリの、リオへの言葉は憤りに満ちていて、私も同じものを抱えていたはずだった。でも、それよりもっと大きな不安が私を押していて、私に言葉を述べる時間と余裕はなかった。
チームが解散することが決定して、リオが立ち去って。最初に口を開いたヒマリは一言、『許せません』と拳を膝の上で握り締め、震わせた。
『あの女、許しておけません。あの悪逆無道、放っておいて良いものですか! チーちゃん、それに天峰さんも思うところがないとは言わせませんよ!』
『もちろん、多少思うところはある。だが、何を始めるつもりなんだ?』
『反セミナー、ひいてはリオによる情報の秘匿防止を題目に、組織を立ち上げます。名前は、そうですね……私たちの求めていたもの、千年難題の果てにあるはずのもの……真理、ヴェリタスなんてどうでしょう?』
『……悪くないが、本気か?』
『本気も本気です! 私はやると言ったらやる超絶プリティジーニアスハッカーですよ!?』
こうして、ヒマリを中心とし、私とチハヤが初期メンバーとなった反セミナーのホワイトハッカーグループ、ヴェリタスが誕生した。
もちろん、予算など降りるわけもないし、活動許可が出るはずもないのはわかりきっていたので、秘密裏に。
最初のうちは、チハヤの人脈を使ってセキュリティチェックの仕事を受けていく。
評判が良くなれば、私が引き受けた依頼の外回りをすることで元手となる金を得て、ヒマリがその何割かを運用して資産の増加を狙うことで資金をより十全に獲得する。
私とヒマリがそうやって金を貯めて増やす中、チハヤは自身の人脈に連絡を通した後、『僕はヴェリタスの窓口になるべきだろうな』とヒマリに言って情報処理部に入部していたらしい。
当時幽霊部員だらけだった部活動を3ヶ月ほどで自分の色に染め、ついでに財務会計ができることがバレ、大変な目にあいながらも、来期の情報処理部の部長の座を引き継ぐことが決まるところまで漕ぎ着けていた。私の知らない間に。
『そうだチヒロ、僕は情報処理部を手に入れたぞ』
『は?』
『前に言っていた窓口計画、成功したんですね? よくやってくれましたよ天峰さん! これでアナログな依頼を受けることもできます!』
おかげでヴェリタスへの依頼はネットワークを通さず、チハヤに、ひいては情報処理部の人間にアナログな連絡をするだけでも行えるようになったので利便性と依頼の秘匿性が向上したとヒマリは大変上機嫌だったのを覚えている。
……あぁ、今日はなんだかノスタルジーに浸る日だ。たぶん、ヒマリと久々に会って、たまたまリオの話を聞いたあとにチハヤと会う用事があったからだ。そういうことにしておきたい。
「あぁもう仕事が多い……どいつもこいつも財務会計ってもんが出来ない呪いがかかってるのかこの学園は……」
前から変わらない背中にそっと近寄っていく。音を立てないようにしているとはいえ、気付かれないのもなんだか気まずい。
「チハヤ。お疲れ様」
お気に入りのコーヒー。まだ熱のあるそれを彼の首に当てる。
「うわあっつい!!? ……チヒロか!?」
「根を詰めすぎてるみたいだね……前なら私が入ってきたことくらい気付いてた。休んでるの?」
「今何時だか知らんが、6時回ってるなら二徹目になる」
「……それ飲んで、キリのいいとこまでやったら少し仮眠とりなよ。あなたに倒れられたら困る人が沢山いる訳だし」
そっか、と背もたれに体重を任せて照明を見上げるチハヤは、私の方を見た。
「それは、チヒロも?」
「そうだよ、私も……」
倒れられたら、困る。親しい友人として、当然の……そう、当然の思いだ。それだけのことに何か、引っかかるものを感じながら、私はそこで思考を打ち切った。
「うん、私も困るから」
「そうか。なら、あと少しやって休むとするかな」
チハヤが缶を開け、私の方に軽く缶を持ち上げる。私もまた、缶を軽く持ち上げてみせて、そうして朝焼けの光が入り出した情報処理部の部室で、確かなひとときが過ぎていくのを感じていた。
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