【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
お粗末な攻めもあったものだという言葉がまず最初に来る。
なんについての話かというと、カイザーだ。カイザーPMCの大バカ共、デカグラマトンの預言者の感化という事件を嗅ぎつけ、ミレニアムの弱みとみてハッキングの攻勢に出てきたのだ。
だが、惜しむらくは頭脳が彼らにはまるで足りていないということ。ハッキングの世界とは、作り出された迷宮の中からゴールを探し出す世界だ。端的に言えば、将棋やオセロ、チェスのような盤上遊戯のようなものであると理解してもらいたいし、僕はそう理解している。
つまるところ、そのような盤上遊戯の例に漏れず、相手と自分とに隔絶した差があるならば、その差を人数で埋めることは難しい。
「相手の手が変わったけど……飽和攻撃かな?」
「さっきも見たな。二度同じ手を見せてもらうのも飽きたしカウンターを入れておくことにしようか」
「じゃ、私がやるよ。チハヤは防衛ね」
チヒロと僕がパソコンに向かっている状態だが、そこに不利な様子はない。当然のことながら、明星ヒマリほどの能力があるわけじゃないとはいえ、僕の恋人はミレニアムのセキュリティアドバイザー、ミレニアムという学園における情報戦のプロなのだ。
僕もまた、見様見真似でその技術を学んだ身であるわけで、僕とチヒロが揃えばある程度のラインを超えない攻撃を門前払いすることなど容易い。
「んー……ここかな」
「攻め手が止まった。向こうも対処が必要になったらしい」
「じゃあ、当たりかな? 一応防衛は続けて。アルゴリズムの更新だけでいいから」
チヒロの手がキーボードの上を跳ね回り、チヒロの意のままにカイザーPMCの防壁が失われていく。あえて全ての防壁を完膚なきまでに解体していくのは、カイザーの攻撃への意趣返しだろうか。
「……やりたい放題だな。防壁を、一枚も余さず抜くとか。必要なかったろ?」
「まあ、ね。でもしばらく情報戦部門が動けないくらいのダメージは与えたいし、やる意味自体はあるかな。さすがに、一度抜かれたプログラムを使うほど馬鹿じゃないでしょ」
そう言って眼鏡をかけ直すチヒロは、僅かに不敵な笑みを浮かべていた。
「もし馬鹿なら、その時はもう一度こちらからわからせてやればいいしね。そこら辺はゆっくり見させてもらおうかな」
「総じてなんともまあ……情けないとでも形容するべきか?」
「まあそうだと思うよ。報復攻撃の失敗なんて恥も恥だと思うし」
ミレニアムタワー内部セキュリティ、第一層防壁残存率99.78%。カイザーPMCというチームが、貴重な時間と機会を投じてミレニアムに与えた損害は存在しないに等しく。
カイザーPMC社屋セキュリティ、最深部防壁残存率、4.70%。各務チヒロという1人の確かな天才が暴れ回った軌跡は、その何千兆倍もの被害を叩き出している。最も、元の被害が少なすぎるから倍数が馬鹿みたいなことになるだけではあるが。
「……へぇ?」
そう、チヒロが小さく声を上げる。
「カウンターハックを試みてるのがいるね……なかなか、気概のあるのもいるみたいでよかった。張り合いが無さすぎて逆に怪しかったんだ」
「まあな……一応、精査を走らせたがこれが陽動ってわけじゃあない。正真正銘、力押しで何とかなると思ったバカの軽挙妄動だ」
それを聞いて、チヒロは不敵に笑う。
「ナメられても困るし、徹底的にやろう。まずはチャレンジャーを叩くところからかな」
義務と責務でミレニアムを防衛していたチヒロに、ハッカーとしての意地をかけた勝負を挑まれたという現状が火を灯す。
「正面から、お望み通りにしてあげる」
チヒロが勇猛果敢な、あるいは無謀なチャレンジャーを捻り潰し、そのままの勢いで最後の防壁を貫いたのは、そのすぐあとの事だった。
「……ま、今回はカイザーはカイザーでも所詮子会社だからこんなもんと言われればそうかもしれないけど、いくらなんでも弱いね」
「評価に値する奴はいたか?」
「最後のチャレンジャーだけかな。と言っても、挑戦した事実そのものは褒めようかな、くらいだけど」
攻防共に、完全に沈黙したカイザーPMCの様子を伺いながら、チヒロと僕は言葉を交わす。
システムを完全にダウンさせたことで、復旧にはかなりの時間を要するだろうという見立てが僕とチヒロのものである。
「もう少しだけ様子を見たら、そのあとは休もうか」
「そうしようか。少し柔軟かなにかした方がいいかもね」
結局なにか起きたわけでもなく、それでも万一あってはと思う僕とチヒロは部室に留まらざるを得ない。
「んー……チヒロ、そういえばなんだが」
「ん? どうしたの?」
「その……ガチで乗ってみるか。この間冗談で言ったやつ」
暇を余した僕はチヒロにそう提案してみると、チヒロは顔を赤らめ、「なぁ……っ」と声を漏らす。
「……いいの? 重いよ」
「軽いだろ。まあやってみなきゃわからんが」
「そこは断言して。……ふふ、それじゃあそっち行くよ」
軽く膝の上をぽんぽんとしてばっちこいの合図を送ると、チヒロが席を立ち僕の方へ歩み……
「じゃ、はい」
「……えっお前僕の想像した向きと違っ」
「えっ?」
柔らかい感触。チヒロのある種年頃の女の子らしい丸みを帯びた体が正面から僕の胸板を始めとした体の大半と接触した、あのキャンプの日以来ご無沙汰だった感触。
チヒロは僕の膝の上にいる。ただし、パソコンのモニターを二人で見る想定をしていた僕と違って、チヒロは最初から僕を抱きしめるような形を想定していたようだった。
「……うわ、なんか思ったより恥ずかしい、かも……それと、今の想像した向きって何」
「ふたりでモニター見るような位置想定してたんだよ……意外とチヒロってグイグイ来るタイプ?」
「……え、あぁ……そういうことだったの? まあいいでしょ? これはこれで。最近恋人になったのに、それっぽいことしてないわけだし」
する余裕もないと言うべきだろうな、と僕がそう呟くと、ほんとにそう、とチヒロが笑う。
「大好き、って最後に言ってくれたの、もう随分前かもね」
「……そうだな。言わなきゃ伝わらんか」
「もちろん。またしばらくは言葉にしなきゃ伝わらないってお勉強しなきゃダメ?」
わかったよ、というかわりに、チヒロの耳元で小さく耳打ち。
「好き。私も好き……ふふ、こういう時間がずっと続けばいいんだけど」
「やや甘すぎるきらいがあるけどね。コーヒーのひとつもあっていいんじゃないか」
「きっとコーヒーのブラックだって甘くなるよ。こういう時間を過ごすなら」
まあでもさ、とチヒロは僕の目を見つめた。顔を赤らめ、それでも体勢を変えることはなく。
「甘いのにはチハヤ、目がないじゃん」
「……そうだね。でも、チヒロ」
「なぁに?」
優しくその身体を引き寄せる。より、密着を強めるとガリガリとなにかの削れるような音が脳で聞こえるが、無視。
「君を食べるってわけにはいかないだろう?」
「いいんだよ? 好きなだけ貪っても。でも、私はチハヤのことを知ってるから。そこで硬い鎖で自分を戒めて、私のことを絶対に食べないようにしてる」
「それはそうだよ。僕らは学生だ。……限界って物はある」
チヒロの目も、頬も。上気した女の子のそれになっているが故に、狂おしく愛おしい。しかし、違う。
チヒロを喰らい尽くすのは、確かに簡単な選択肢だ。共に溺れて堕ちていくのは、互いにとっての甘い夢、理想郷への入口とでも表現していいのだろう。
そこへ向かうには、僕自身に足りないものが多すぎる。
「だからそうだね、学生じゃなくなる時か、僕が覚悟を決めた時にでいいか? そういうのは」
「覚悟?」
「あぁ。君を守り抜けるという確信と、君に守られるかもしれない情けなさの矛盾を僕が受け入れられたら、と言い換えてもいい」
チヒロはなんだか不思議そうな顔をした。
「……まあ、チハヤの言うことだから別にいいけど、難しく考えすぎかも?」
「そうか? 真剣に考えた結果なんだが」
「そうだよ。私たち、恋に恋してるわけじゃないんだから」
恋に恋する。なるほど、面白い表現だ。僕らはそうでない、ということは確かにわかる、僕らは心で互いに互いを求める関係なのだから。
「まあ、それはそれとしてラインは引こうかな。男というのはそういうのしっかりしとかないと無限に堕ちるし」
「そういうのしっかりしすぎて私に告白もしなかったのに?」
「あぁもうちょっと思ったのに……それ言われると本当に辛いから。あと次はいじらないって前言わなかったかチヒロ」
チヒロはいやごめん、つい。と笑いながら、改めて身体をぴたりとくっつけ、僕を抱きしめ直した。
「もうしばらく、このまま。いいよね、チハヤ?」
「もちろん。僕だってそうしたいんだ」
「ありがと。……ふふ、これだけでも、幸せ」
幸せだと微笑むチヒロに、微笑みで返す。
微かに入口の方に白い球体と、赤い髪と。それからヘッドホンが覗いている。ブレーメンの音楽隊かなにかか? と思いながらも、それを忘れてやることにする。
別に、見られて困るものでもない。見たければ見ればいいし、恥ずかしくもさしてないし。
ただ、チヒロの反応が気になるな、と僕は少し心の中の悪戯心をもたげさせるのだった。
予約投稿!!ミスってました!!ごめんなさい!!
もうね、ほんとにごめんなさい。
こんなヤツのモチベを維持してくださる優しい方々、是非評価感想等よろしくお願いします。