【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
「……あー、もうっ。ほんと恥ずかしい……消えてしまいたい」
チヒロはそう呟きながら、顔を僕の胸に埋める。
まだ僕らは椅子の上で身体を触れ合わせていて、しかしながら部室はふたりきりではなくなっていた。
「なんというか、チハヤさんと副部長がお幸せそうで心から嬉しく思いますよ? 私は」
「コタマに見られたり、ハレに見られるのはまあ最悪、いいんだけど。マキに見られたのは……ちょっと……っ!」
コタマにそう語るチヒロは、拗ねたように僕の肩をとんとんと叩いた。
入口近くのスペースで僕らを覗き見していたヴェリタスの同士達は、マキが身を乗り出した勢いで盛大に前にバランスを崩した結果チヒロに無事その存在が露見。
『ま、マキっ、ハレ!? それにコタマも……! い、いつからぁ……! いつから、見てたの……っ!!』
そんなチヒロの言葉に迷わず『逃げる』という選択をとったマキとハレは部室から消えるように去っていき。
コタマは『まあ、怒られるわけではないと思いましたし』とのことでチヒロに素直にどこから見ていたかをきっちり答えてくれた。
その結果こそがこの、僕の身体から離れようともしない割にはうにゃうにゃとしているような、僕ですら滅多に見れない恥じらうチヒロの姿である。
「あぁもうほんとに……バカ、気付いてたなら……理不尽か」
小さくそう言いながら、チヒロは僕に最後に縋って、それからゆっくりと体を離す。少しだけ名残惜しそうに僕の方を見てから、僕の上を離れ、自分の椅子へ戻ろうとする。
それを見逃すほどの僕ではない。
「よっ、と……えっ?」
「そんな目をしないでもらえるか……そんなに惜しいならまだ少しゆっくりしていくといい」
「だからって……ふふ、まあいいか」
後ろから彼女を抱きとめ、本来僕の意図したチヒロが僕に背を預けるような体勢を作る。優しくシートベルトのように彼女の腹に手を回してとめる。
「……ありがと、チハヤ」
「僕のわがままだからな。勘違いするなよ、誰かさんが名残惜しそうにしてたとかは関係ない」
「素晴らしいですよ、チハヤさん……やっぱり、チハヤさんはやれる人だって信じてました……!」
コタマが何やら感動した様子だが、一旦まあ無視する。
「まあでも、どうしよっか。マキとかハレの前でさすがにこうしているのもな……」
「いいだろもう別に。見られたものは仕方の無いことだ。それに、別にあの二人が何か変なことを言う訳でもないだろ」
「それはそうなんだけど、先輩としてはなんか複雑なような」
そういうチヒロに、コタマがふふ、と笑う。
「威厳のことを気にされるより、今はご自身の幸せを感じる時期だと思いますよ? せっかく鈍感寄りのチハヤさんが自分から仕掛けてくるなどというレアケースを体感されているのですから」
「そうかな……そうかもね。うん。気にしないのは……ちょっと無理だけど、もっとこういうスキンシップは取っていった方がいいか」
チヒロは、「そういうことだから、よろしく」とこちらにそう言い、一段と体重を預けてくる。重みが増し、その重みが僕にゆっくりと彼女の存在の実感を与える。
「あぁ。よろしく……なにをよろしくされたのやら」
「それはもちろん、チハヤから誘ってねってことだよ」
「あぁなるほど。だが、そういうのは不得手なんだよな。善処する」
コタマがそのやり取りに「すごく成長を感じます」と呟いたのを僕の耳が拾うが、特にツッコミはない。コタマに付き合い始めたのを報告した時に言われたことはまだ覚えている。コタマはある種、僕とチヒロの関係を近くで見守ってきた人間なのだから、思うところのひとつやふたつあるだろうとは思うのだ。
「そういえば」
コタマがそう言って、真剣な顔で居住まいを正した。
「ん? なにかな、コタマ。聞きたいことがありそうだが」
「おふたりは、どこまで行かれたので?」
「……どこまで、とは?」
静かにコタマはメガネを光らせ、そして軽く頬を赤らめさせた。
「それはもう、一般、男女の交際において行われる肉体の接触に起因する関係、と言いますか……」
「あぁ、ヤッたかってこと……?」
「……なんで僕より言うのに躊躇いがないんだチヒロ!」
チヒロが直接的に口にし、僕が戦く。普通逆だろ……いや逆はまずいのか。なんにせよ、シたかシてないかとかいうとてつもなく下世話な質問には答えられない……と思っていると。
「特に何もしてないよ。コタマが思ってるようなことは」
「……それで、この距離ですか。どうなるんです? それ以上詰まったら」
チヒロが答えてしまい、そしてコタマが衝撃的な言葉を口走る。
「「……世間一般、距離詰めるのってもしかしてそこから?」」
僕とチヒロの口から異口同音に同じ言葉が飛び出す。『世間一般』というワードチョイスから被るとは思わなかったから、ふたりでくすりと笑うだけ笑っておく。
「どうでしょう……距離が縮まったからするのか、したから距離が縮まるのかについては……分かりかねます」
「だろうね。これに関しちゃ卵が先か鶏が先かだ」
「私たちはそもそも……するの?」
チヒロにそう聞かれると、怪しいと言わざるを得ないのが僕だ。何せ、今この状態でも十二分に幸せなのだからこれ以上を求めると溺れてしまいそう、という話があるので。
「正直、分からん。いつかはそうなる、という前提ありきだが、学生の間にそうなるかと言われると僕が慎重になる」
「む。チハヤさん、その辺はしっかりと考えておられるのですね……」
「あぁ。……といっても、僕がダメになるから、なんてわがままな理由だけれどね。男は得てして、溺れる生き物だ。僕も例外ではないはず」
コタマが小さく笑みを浮かべた。そして、チヒロへその笑みを見せながら一言。
「愛されてますね、副部長」
「そう、かな」
「えぇ。求めるのは、男の人の習性と聞き及んでいますから。そこで、慎重になるのはチヒロさんのことがそれだけ大事なんですよ」
やめろ、解説するなコタマ。そう小さく呻いてみせると、チヒロもまたふふ、と笑って僕の顔を見る。
「私のこと、そんなに好き?」
「ずっと言ってる。心から愛していると」
「……胸焼けしそうです。ある意味、逃げた二人には先見の明がありそうですね」
まあ、とコタマはそう置いてから、先の哲学へ結論を提示しようと口を開いた。
「距離というのは、お互いを隠すことで生まれるもの。となれば、チハヤさんと副部長のお付き合いに至る過程で互いに全てをさらけ出したとして、もう晒すものもないという話なのでしょうか」
なるほど、一理ある。今更することをして進展する要素がない、と言われればそうなのやもしれない。
お互いにお互いの深いところに触れ合って、依存するような形で愛を誓ったわけだし。
「……なるほど。まあ、言われてみればか」
「一山超えて付き合ったタイプだし……」
「これは当分何もなさそうだな。至って健全なことだ」
チヒロがそれを言った僕に「それでいいの?」と問いかける。
「いいんだよ。これで」
「そっか。じゃ、任せるよ」
コタマはやり取りを聴きながらコーヒーを傾けていた。不思議そうな顔でコーヒーを見て、「砂糖は抜いたのですが」と呟く。
そんなコタマを尻目に、僕とチヒロは頷きあっていた、その時。
「ん……? 着信だ」
「珍しいですね。はいスマホですよ、チハヤさん」
「ありがとうコタマ」
動けない僕の代わりに机の上のスマホをコタマが取り、僕は手早くロックを解除して電話を受けた。
『あぁ、繋がった……! 私です、可愛げ溢れる超ミラクル美少女ハッカーの明星です』
「電話とは珍しい。なんの用だい?」
『緊急でひとつ。そちらにデカグラマトンの預言者の顕現はありませんでしたか?』
なるほど、向こうに連動してこちらの事は起きていたらしい。
「あった。自らを『ホド』と名乗る、ハブが感化された存在の出現が」
『まあ……ハブが。それはまずいですが、しかし……対処は成功したのですか?』
「ホドは撤退したらしい。ミレニアムの地下を通り、現在は恐らくハブ自身のメンテナンスを行うエリアに入っている」
それから、と僕はヒマリに言いたかったことを言うことにした。
「それと、カイザーPMCの奴らがハックを仕掛けてきた。防衛はできたが、痕跡でも残したか?」
『まさかこの私をお疑いなのですか? ひとつも残していませんよ ……ただ単純に、ハックの腕前ひとつで特定されたという可能性はなくはないですが』
「……まあ、十中八九それだろ。手際よくやりすぎるのも良くないらしいな」
ヒマリはいささか、よくやりすぎたらしい。その手際の良さだけでミレニアムの仕業だと勝手に断定されて攻撃を仕掛けられるほどに。
「まあいい。とにかく、僕からの報告は以上だ」
『そうですか……わかりました。こちらの方でデカグラマトンが新たな感化を施したと言ったので、なにか起きたのではと思いましたが、無事対処出来たのならなによりです』
「無事かは分からないけどね。ハブの喪失は大きい」
チヒロが横からそう口を出すと、少し驚いた様子でヒマリが『あら、チヒロ』と言う。
『チハヤと一緒だったのですね。水入らずのところを失礼しました』
「まだそんな関係じゃないよ……」
『まだ、ですか?』
ヒマリが悪戯げな声でそういうと、チヒロは「そう、まだ」と返し、ヒマリが呆気にとられたように少しだけ電話口の先の言葉を止める。
『……愛されていますね、チハヤ。本当になによりです』
「そうだな。僕も心から誇りに思う」
『あぁもう、あの自販機でコーヒーを買っておけば良かったです。口内が甘くて仕方ありませんよ、えぇ』
ヒマリはそう言ってから、僕らに言葉を残した。
『チハヤ、最後にひとつ』
「なんだい、ヒマリ」
『データファイルをひとつ、そちらに転送します。あなたひとりでは余す技術かもしれませんが、あなたの人脈ならあるいはと思いまして……どう使っていただいても大丈夫ですから』
パソコンのメールに入った、ひとつのファイル。開くとそこには、未知の技術が詰め込まれているようだった。
「……これ、は……?」
「設計図、かな?」
『名も無き神の遺産、というそうです。廃墟の中にある先史文明の研究施設のデータのバックアップを回収したものになります』
「……これを、僕に託すと。これで、何をしろと?」
その言葉を聞いたヒマリは軽く清楚な笑い声を転がす。
『何も? ええ、何も。あるいは何か起きないかと思っているだけです。あなたにこの情報を託したら、良い方向のなにかが起きるのではないかと。私の好奇心がそう言っていたので』
「……ヒマリらしいな。わかった、必ず期待に応えよう」
『楽しみにしています。それでは、またいずれ』
その言葉を最後に、ヒマリは電話を切った。僕はふたりに呼びかける。
「さて、チヒロ、コタマ。僕らの部長は無茶を仰せだ。僕はしばらくそっちにかかりきりになろうと思う」
「わかりました。では、普段のチハヤさんのヴェリタスでの役回りは私たちで分担しておきましょう」
「男に変な熱を注ぐのが上手いなあ、ヒマリは……ま、そういうことならこのデータはバックアップだけオフラインにとっておくよ」
二人の言葉に頷く。是非ともそうして貰えると助かるからだ。
「期待に応えるモノを創り出す、か。僕のツテでどこまでやれるかな」
そう呟く。未知の技術を既知の人脈で踏破する、という目標に心が燃えたぎる。僕にもまだこのようなところが残っていたのかと驚きすらする。
やってやろう。天才たちの喉元に突きつける刃になり得る『切り札』を作る。
その決意を固めて、僕は立ち上がろうとし。
「……ごめん、一旦いい?」
「あ、うん……さすがに一旦邪魔か……」
まだ膝の上にいるチヒロに気付き、肩を叩くのだった。
今回ちょっと長めになってしまいました。筆が乗ったとも言う。
今回もありがとうございました。モチベのために感想評価等貰えたら何よりです。