【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
結局、アイギスの完成から3日経っても僕はチヒロにアイギスを渡せてはいなかった。それは、僕の懊悩の情けなさをこれでもかと表している。
あまりにも深い懊悩は、僕を別の方向に動かす。そうやって、僕は作業へと没入するという、逃避に溺れる。
余りに余った部品をそのまま流用し、試作を作る。あるいは完成品を作る。ドローンを改造する。自分から理性を手放し、ひたすらに組み上げ、生まれ落ちる機械達に目もくれず、作り続ける。
「……どうしようか、これ」
我に返り、生産されまくった機械の中央に鎮座する、それに目を向ける。
「さすがに、もう一機作るつもりは……なかったんだが」
黒い、球体。それは塗装されたアイギスであり、2号機である。
勢い余って作り上げたソレを僕は改めて認識して、ため息をついた。
「アイギス、ブートレッグ」
『イエス、マスター』
「……はぁ」
何度見ても、なんなら音声認識で起動させてもアイギスだ。辛い。アイギスから逃げて、アイギスが増えることになるとは。
作ってしまったものは仕方ない。僕はアイギスのAIに、新たな仕込みを進める。
「……何事も、あとから作ったものの方が上手くできることに違いはない。こっちが、僕の渡すべき『アイギス』だ」
学習をひたすら進めて、1号機の学習データと、アテナ3号のデータも合わせることで、さらなる学習を取らせる。実践的なデータも与え、常時スタンバイ状態にあるならば、ほぼ瞬時に障壁の展開までできるように仕立てる。
『マスター、ご命令を』
「より学習を進めろ」
『イエス、マスター』
ひたすらに学習、実践、改善案の創出を繰り返させ、反復させ、その上で、僕は効率を高めるための改造を惜しまない。
『マスター、ご命令を』
「君の学習した成果を確認する。僕を守れ」
『イエス、マスター』
防弾装備を身にまとい、タレットの射線の中央に身を晒す。3つの銃口に晒されながら、ドローンがそれらを受け止めるのを僕は最も近くで見ていた。
「ちっ……被弾あり、試験を停止する」
時にはもちろん、この身体に弾が当たることもあったが、その度にさらに学習データを用いてアップデートを進めていく。
「ぐっ……! 被弾あり、試験を停止する!」
弾丸が頬を掠める。防弾チョッキの上から確かな打点を届ける。
しかし、止まらない。この身を晒し痛ませるとしても、一度たりとも、彼女には痛みを受けて欲しくないのだ、と考えて、ようやく思うところがあった。なぜ、守りたいと思ったのか。その深層心理にやっとたどり着いたから。
「そうか。……逃避もしてみるものだ、少しは見えるものがある」
『マスター。休息を提案します』
「不要だ。君を納得いく領域まで引き上げるぞ」
『イエス、マスター』
AIにまで心配されだしたが、しかし、やるべきことはやるべきだ。中途で止めることはあってはならない。
なにより、そう。くだらない懊悩の答えが、少しだけ見えたのだ。
「アイギス。僕が納得するラインに君が達すれば、君の管理者権限は僕の知人へ譲渡される。……君が壊れても、幾度でも治してやる。だから、壊れてでも護れ。守り抜け。これが君に与える、至上の命題だ」
『イエス、マスター。最優先防衛対象に、次のマスターを登録しました』
「それでいい」
別に、いいのだ。独善でも、押し付けでも。嫌われるのはまあ、死ぬほど辛いけれど、愛しているから。僕は不器用だから、愛を伝えることには不得意だ。だから今、独り善がりに狂っている。
「あぁ、それでいいんだ」
だけれども、それでいい。
僕は、どうあっても君にだけは傷ついてほしくない。その想いだけは、本当だ。本当の想いを形にして、渡すことになんの懊悩がいるのだろうか。
「結局、変わらないままだな」
理屈らしくもったいつけて、遠回りをして、自分を納得させる悪癖は治っていない。だが、それでもいい。それが僕なのだから。
『マスターの心は、私には分かりません』
「だろうな。だが、それでいい。AIは人に寄り添うものだが、人を本当に理解することはできない。理解して、溶け合うのは人の役目だ。それを求めはしない」
『……理解不能』
「わからなくてもいい。お前はお前の役割があり、それを果たせばいいのだから」
『是認。学習データを更新しました』
渡そう。完成した僕のエゴを。こんな捨ておくべき懊悩は、僕だけが知っていればいい。僕は、そう。何度も自分に言ってきたような気もするが、チヒロを信じればいいのだ。
チヒロの能力を、信じるのではなく。チヒロの、僕への想いがあることを信じる。そんなことひとつまともにできなかったから、こんなに悩んだと、チヒロには知られたくないものだ。
『時間はあるかい、チヒロ』
『今ちょうど空いたところ。どうしたの? チハヤ』
『工房に来て欲しい。見せたいものがあるんだ』
そう連絡をして、彼女を待つ。自然と心は落ち着いていて、気負うものはなかった。
そうして、工房の扉を開けて現れたチヒロに、僕は静かに笑いかけ、しかしこれまでの何よりも真剣に、語りかけた。
「待っていたよ」
「お疲れ様、チハヤ。……すごいね、すっかり色々作ったんだ」
「そうだね。使い物になるもの、ならないもの、いろいろと作った」
チヒロはその言葉にふふ、と笑う。チハヤらしいね、と続く言葉は呆れだが、しかしあたたかくもあった。
「そう、使い物になるものの中で、ひとつ。渡したいものがあるんだ」
そう言って、アイギスを片手で呼び寄せる。僕らの中心に、黒の球体が浮遊した。
「……『アイギス』って言うんだ。アテナ3号から取ったデータを活用した、防御特化のドローンさ」
「アテナの盾から取ったの? チハヤのネーミングは相変わらず古い文献からー、とかそういうのが多いね」
「ま、ノリだよノリと言いつつ、最初に作った奴にそういう名前をつけたらやめられなくなっただけさ」
そう言って、アイギスをポンポンと叩く。チヒロの笑みが僕を見ているのを感じながら、僕はチヒロにその想いを吐き出した。
「……コンセプトは、『君を守る盾』。アイギスのメカニズムは省略するけど、スタンバイ状態にさえしていれば完全自動で一般の銃火器程度の火力を無効化する力場の障壁を作り出す」
「私を、守る盾……」
「そうだ。……君には、できるだけ傷ついて欲しくない。誰にだって、誰からだって銃を向けられるこのキヴォトスで、絵空事を語るようだけど。それでも、あらゆる呪いを跳ね除けるこのアイギスで、君を、守りたいんだ」
チヒロが言葉を探すように、その場でそっとアイギスに触れるのを見てから、言葉を続ける。
「……気味悪い話かもしれない。独善的かもしれない。けれど、それでもと願ったものだ。少し重たいかもしれないが、どうかな」
その言葉を吐き出したあと、少し言いすぎたかな、と自分の心を吐露しすぎたことに我ながら驚く。チヒロは僕の感情の発露を、言葉を噛み締めるように瞳を閉じて聞いていた。
「私は」
チヒロが、ゆっくりと口を開く。
「うん。私は、チハヤの隣にいるって約束したし、守ってもらえるのは嬉しいよ。でも……少しだけ、気になることがあってさ」
なにが、と言葉にして問うことはない。僕は、黙ってチヒロの言葉の続きを促す。
「私を、あなたはこんな方法を使ってまで守ってくれる。……私は、あなたをどうやって守ればいいのかな。……こんな贈り物をされるのに、私は釣り合うのかな?」
チヒロの見せた、一瞬の表情は、喜びでも、呆れでもなく。それに名前をつけるなら、『焦燥』だった。
「隣にいるって、約束したのに。私、チハヤに置いていかれてしまうのかなって。守られるだけの存在になるのかなって。少しだけ、今一瞬だけ、思った」
でも、とチヒロの顔は困ったような笑顔に戻る。
「そうだね、チハヤには知っておいてもらいたいことがいっぱいあるけど」
チヒロは、球型ドローンを少しだけ脇に避けて、一歩踏み出す。手が、僕の頬を撫でた。
「私だって、あなたに傷ついて欲しくないってこと。どんなことがあっても、チハヤが苦しい思いをしてほしくないってこと。今はこれだけでいいかな……だからさ、チハヤ」
チヒロは球型ドローンを引き寄せ、双腕で大切なものを抱きとめるように留め置いて、僕に問いかける。
「もうひとつ、これと同じものって作れる?」
「AIまで同一とは行かないけど、それは二台目でね。色々仕様を変えてない、最初のやつがまだ残ってる」
「なら、チハヤ。それを、これとおんなじ仕様にしてよ」
ちょっと無茶を言うようだけど、とチヒロはそう申し訳なさそうに言う。
「AIの強化も、内部のプログラムの効率化も協力する。だから、二つ目も作ってよ、アイギス。次は、チハヤの分を」
そう言って、チヒロは微笑む。僕に返すべき答えは最初からひとつだけだった。
「あぁ。二人でやろうか」
もっと簡単なことを見落としていた。僕だけじゃない、という簡単な真理だ。僕だけが恋人に傷ついて欲しくないと思っているわけではないし、僕だけしか作業に携わってはいけないというわけでもないのだから。
「完成したら、その時また受け取る。だから、まずは二つ目作っちゃおうよ」
「……チヒロには本当に色々なことを教えられてばかりだ」
「私だって色々チハヤから学ぶことばかりなんだから、お互い様。私は完璧ってわけじゃないしね」
そう言って笑うチヒロが僕の彼女である、ということそのものに、僕は小さな誇りを覚える。
「それじゃ、プログラム見せてよ」
「そこにあるPCにあった仕様のプログラムの半流用と言ったところだ。見比べてやってみてくれるかい?」
ほどなくして。
濃紺に塗られた球型のドローンが僕のそばに、黒と灰に塗られた球型のドローンがチヒロのそばに。それぞれ現れる日があるようになった。
それはまるで、互いの色合いを写したようであり、ミレニアムに多くの憶測を呼んだらしいが、誰も直接は聞きに来なかったので詳細は知らない。
僕が、いつの間にやら自分に科した鎖を、チヒロが取り払って行って気付けた、僕らは並び立つことができるんだということ。そんな簡単なことに気付けたのが、ヒマリの無茶ぶりと『名も無き神の遺産』が僕にもたらした、最大の利益だった。
天峰チハヤという男の面倒くささと、各務チヒロがいい女であるということを書き出しきれていればいいのですが……。
モチベにもなりますし、ちゃんと上手く書けてる/今じゃダメだという意見の集めにもなりますので、ぜひ感想評価等はいただけると嬉しいです。
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