【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
『ミレニアムタワーへ、そうね。正午あたりに来て欲しいの』
そう始まる、いくつかの短文が端末に踊っている。モモトークの相手の名前は、『調月リオ』。何度見ても変わることの無い四文字の無機質なアカウント名。
『議題は天童アリスについて。あなたの意見だからこそ、聞く意味がある』
『その議題の性質上、誰かに知られる訳には行かないわ。あなただけで来て』
率直に言えば、来るものが来たと思う内容だ。まあリオのことだから、嘘は何一つ言っていないとは思うのだが、本当のところなにをしたいかについて何一つ言っていなさそうだな、とうっすら思う。
しかし、これを断る訳にはいかない。これを断れば恐らくリオとの対話の手段の一切を今後失うことになるのだろうことは想像にかたくない。
『わかった。正午だな』
『えぇ。タワーの中、応接フロアで待っているわ』
そんなやり取りを終えた僕は、ペンと紙を手に取る。
書き置きを残すためだ。調月リオの万能性、あるいはビッグシスターとも恐れられるその監視は何を媒体に行われているのかを考えた時、まず真っ先に思いついたのがミレニアムの全てのデータによる通信を監視している、という説だった。
もしそうだとすれば、単にモモトークなどで連絡するのは僕に不測の事態が起きた際に有効打足り得ないことになる。
その点、書き置きならば仮説通りの監視をリオが行っていた場合、問題なくリオの知らない情報としてそれを置いておけるのだ。
「……これでよし。チヒロが来れば見つけるはずだ」
机の上に書き置きを残して情報処理準備室を出て、ミレニアムタワーの下層部へと向かう。相変わらず厳重なセキュリティなことでなによりだが、守衛の役をこなす少女たちと僕の仲は悪くない。
「あ、お疲れ様です〜。話は聞いてますからどうぞー」
「君らもお疲れ様。通らせてもらうよ」
「えぇ、チハヤ先輩お仕事ですか? 頑張ってくださいねー」
そうほわほわとした空気を出す守衛の少女に軽く会釈ながら先へ進み、応接フロアに入ると、普段は色々な商談が聞こえるはずの応接フロアが静まり返っていた。
「居るだけで周りを静かにするとはね。随分気を遣われているのか、それともそう手配したのかどっちだい?」
そう声を発すると、フロアにいた黒のスーツの女……調月リオは、困ったように答えた。
「恐らく、前者よ。……とはいえ、それは今関係の無い話だし早く行きましょう。あなたとは、お祝いの席でしていなかった積もる話もある」
「……そうだな。いよいよ、話すべきことも無尽蔵にある」
そうして、リオと同じエレベーターに乗ると、リオは片手で開と閉を同時押ししつつ、もう片手で二階と七階に行くボタンを押した。明らかな隠しコマンドの操作のそれに僕はふふ、と笑ってしまう。
「何か変かしら」
「いや。隠すのに余念が無いことだと思っただけだ」
下へと動き出すエレベーター。そここそが、今のリオの拠点らしい。
「さて……到着よ。ここが私の部屋になっているの。今はね」
開いた扉の先には、凄まじい量のモニター。何処かヴェリタスの部室にも似た部屋のモニター1枚1枚に、学内の様々な場所の映像や文章が映っては消える。
「驚いたな。君がここまで僕に君を晒すとは思ってもいなかった」
「あなたは、私に最も近いと、私はそう思っているから。だからこそよ」
リオはそう言って、僕に向け、小さく笑みを浮かべた。
とはいっても、僕として話すべき話はほぼない。リオがこの場は動かすべき場であるという認識が僕とリオのおそらく共通の見解だったろう。
だから、話し始めるべきはリオから。そう言う共通見解でもって、僕らの会話は進む。
「まず、整理をしましょう。アリスについて、私が調べた情報を共有するわ」
スクリーンのうちひとつに少女の肉体データだろうか、精密に測り取られた数字たちが現れる。
「結論から言うわ。彼女の真名は『AL-1S』。またの名を『名も無き神々の王女』とも呼ばれる、名も無き神の遺産の最たるものよ」
リオがそういうと、目の前のデータ群の数字がそれぞれピックアップされる。
「あるいはあなたも気づいていたかもしれないわね。彼女を観察したエンジニア部のデータを見たのでしょう?」
「そうだな。極めて高い身体能力。頑健な耐久。総合して鑑みると、『戦闘』を主目的に生きることを求められているような能力だと感じた」
リオはその言葉に、全く同意見ね、と返しつつ続ける。
「その上で、聞きたいことがあるわ。天童アリスは信用と信頼に足るか。つまり、あなたにとって天童アリスとはどういう存在であるかを」
そういうリオの目は微かに揺れている。そこを僕は見咎めた。
「まず君から話すべきだろ、リオ。君は天童アリスに兵器としての側面を見て、そしてゲーム開発部と交流する人間の側面を見たはずだ。その上で、君は天童アリスを兵器だと思った。違うか?」
「……違わないわ。私は、天童アリス……AL-1Sは必ず処理しなければならない時限爆弾の一種だと考えている」
リオがそう言うと、また別のスクリーンが操作されたのか、ミレニアム全体の学区の地図が表示される。
「AL-1Sがどのような猛威を振るうかは定かではないのだけれど、およその推測はできるの。どのようなケースを想定してもミレニアムの学区の七割強が最低の被害」
赤く染まる、ミレニアムの主要区。そして、リオはさらに続けた。
「最悪の場合は、キヴォトス全土の滅亡と考えられるわ」
そのまま地図が世界地図になり、その全てが赤に染められた。
「それは、阻止しなければならないわ。如何なる手をもってしても、安全かつ合理的にね」
「なるほどね。では僕の考えを話そうか、リオ」
僕はゆっくりと、考えをまとめあげる。その上で、第一声を発した。
「そうだな。僕にとっての天童アリスは、まだ不明瞭な存在だ。二面性のどちらかに割り切ることなどできない」
二面性があること、その片方が世界の脅威であること。ふむ、なるほどと考えることではある。
「結局のところ、彼女に兵器としての側面があるのと同じだけ、今の彼女には少女としての側面がある。それはおそらく本来の設計からは意図しないバグのようなものだが、それ故に彼女をどう扱うかについて難しい問題が発生している」
そして、君が悩んでいるのは恐らくそこだろ? と僕はリオに問いかけた。
「内心じゃ君もうっすら思ってるわけだ。AL-1Sという存在は既に『天童アリス』という自我とキャラクターを獲得したと。それ故に、今からAL-1Sへ対処をするということは、天童アリスという少女を殺すことに他ならないのだと」
「……そうね、その通りよ」
リオの迷いを看破した僕だが、別にそれで何という訳では無い。
「僕個人の生活において、天童アリスが関与することはなかったから、彼女について何ら特別な感情はない。その上で、対処する必要があるかどうかを言え、という話なのなら、僕は『わからない』と結論付けよう」
「そう。あえて不明を結論にするのね。結論の先延ばしとは非合理的だと思うのだけれど」
そう、リオが口にした次の瞬間。
「……っ!?」
「なんだ?」
爆発だろうか、部屋全体が震動する。リオがモニターを見る中、僕もまたそのモニターを俯瞰し……気付く。
「リオ! 左上から三つ下のモニターだ!」
「まさか、AL-1Sの暴走……ここで始まると言うの?」
「たまたまネルが急行している様子だな。そのまま任せておけばひとまず取り押さえるまでは問題ないはずだが……!」
リオと僕は改めて言葉を交わす必要があることを認識した。もうこのままではいられないことを確信したからだ。
「やはり、あのような暴走を起こすのね。AL-1S……ならば、排除する必要がある」
「原因の究明にまずは力を入れるべきだと思わないか?」
「原因ならハッキリとしているわ、AL-1Sよ。如何なる要素があったとしても、天童アリスは今、壊し傷つけた」
リオは決意を固めた様子だった。
その時、流れ出す軽快な音。僕の携帯が鳴っていた。
「……すまない。出ても?」
「構わないわ。ただし、ここにいることは伏せて」
「あぁ、分かっている」
電話の応答を押す。見知らぬ番号からかかったそれを取って。
『あ、繋がった! 先輩!』
「マキか。どうした?」
『アリスちゃんが……急に様子がおかしくなって。モモイ……ゲーム開発部の子を撃ったの』
「……それで、その子は」
電話先のマキは、言いにくいことを絞り出すように深呼吸する。僕の中に嫌な予感が集まっていく。
『それ、で。先輩、落ち着いて聞いてね』
「あぁ、どうした」
『チヒロ先輩が、その子を……バリアみたいなので、守って。それを見たアリスちゃんに、撃たれた』
嫌な予感は、最悪で上書きされ、僕の心の奥底から痛みがほとばしるような錯覚に陥る。
「アイギスを、人への守りとして使った? ……待て。待て、待て。それじゃあ……チヒロは! チヒロはどうした!?」
僕の思考に焦りとノイズが走る。らしくないと分かっていながら、声を荒らげることしか出来ない。
『チヒロ先輩は……今、気絶してるけど息はある。生活健康部に見てもらうことになった。おかしくなったアリスちゃんは、ネル先輩が何とかしてくれたところ』
「……そうか。あとで、話すべきことがいくつもあるが……一先ず、君たちの無事を心から嬉しく思う」
『……ごめん、先輩。私の見つけてきた、変なロボットのせいでアリスちゃんが』
「謝らないでくれ。悪意はなかったんだろ。そうなるとも思いもしなかったはずだ。なら、仕方ない。……今は、そう割り切る他ない。終わったらまたそちらに戻る」
『……うん。また後で、先輩』
チヒロが怪我をした、その事実が僕の心に風穴を開けそうな程に痛みを与え続けている。
「チヒロが、撃たれたのね。大変なことと思うけれど」
「……一度、僕は戻らなければ。チヒロのことが心配なんだ」
リオが静かに、横に首を振る。……否定だと?
「それはダメ。あなたは知りすぎているもの。……意見の合致が見られなかった時点で、あなたもまた、私の『敵対者』になりうる存在。拘束させてもらうわ」
「……なんだって?今、この状況でそれを言えるのか、君は!」
「それこそが合理というものよ」
そう宣ったリオに、脳の奥が燃えるような想いが湧く。その瞳を、真っ直ぐ見据え心からの激情を吐き出し、行動へ移すまでに数秒もいらない。
「そうか。感情の一切を勘案しない合理というのは、こうも不愉快なんだな。……通してくれよ、リオ」
腰から抜き放つ拳銃。真っ直ぐブレずに銃口をリオの頭部へ突きつける。
「これに関しては、譲れないわ。愛は人を変えるというけれど、非合理的になるものね」
リオはそう呟いて、ため息をついた。
後書き忘れてた。
今回もありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。