【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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過ち、歪み、折れる

 天童アリスがリオの手に堕ちた。その情報が届いたのは、僕がエイミと共にチヒロの無事を確認してすぐのことだった。

 

「……本当ですか、それは?」

 

 無言で頷いてみせたのは、白衣を着こなす一人の男性。

 

「あぁ。……チヒロが運び込まれ、無事が確認された時。私たちはチハヤより先にお見舞いに来たんだ。お礼と、謝罪をするためにね」

 

 暗い顔をして立つのは、病室に訪れたシャーレの先生。久方ぶりに会うような気がする彼と、初めて見る顔が3つ。桃髪、緑髪、それから赤髪の少女たち。

 

 少し皆が顔を赤らめているのは、チヒロと僕の抱擁を目撃したからにほかならないことを言い添えておく。

 

「うん、確かに来た。アリスは……私の励ましの言葉も慰めの言葉も受け取らないで、ずっと謝ってた」

「その後、アリスはずっとそれを気にしているようだったんだけど……帰り道に、リオがやってきたんだ」

 

 曰く、リオはこう言ったのだとか。

 

『あなたは、世界を滅ぼす魔王なのよ』

『爆弾は、世界で最も安全な場所で解体されなくてはならない』

『アリス。私と共に来てもらうわ』

 

 そして、その言葉にアリスはこう返したとも。

 

『それで……私はもう、誰も傷つけなくて済みますか? 次は、ゲーム開発部のみんなを……傷つけてしまう可能性は、なくなりますか?』

 

 その言葉に、リオは深く頷いたという。容易に想像がつくその絵面に、僕は渋い顔をした。

 

「リオらしいことだ。僕を退場させられなかったから、ここで事を動かすしか無くなったということか」

「……どういうこと、チハヤ」

 

 そんな、小さな僕のつぶやきに、何よりも反応したのはチヒロだった。僕とまだ握っていた手を引き、自分の方に寄せて、彼女は僕に問う。

 

「退場、って。……リオと、会ってたの?」

「……そうだ。僕は、正午頃リオのところに居た」

「どうして、それを先に……言ってくれないの」

 

 チヒロは何処か苛立ったような、それでいて悲しそうな、それらが綯い交ぜになった思いを発露させ、さらに僕を引き寄せる。チヒロの顔が、グッと近づく。

 

急に沸騰した感情に戸惑うように、けれどそれに従わざるを得ないというように、チヒロが言う。

 

「ねぇ、私はそんなに……心配されるだけなの? この間もそう。置いていかれるのかと思った、って私は言った! 二人でやろうってチハヤは言ってくれたのに、どうして、どうしてひとりで全部……!」

「……どうにかする目算があった。君の手を借りずとも、なんとかなる手筈だった」

「そうだとしてっ! それを知った私が、みんながどう思うかなんて……考えなかったの!? それじゃあリオと同じだよ、あなたも! 合理を笠に着て、ひとりで勝手に決めて!」

 

 その言葉に、先生やゲーム開発部のみんな、そしてヴェリタスの後輩。すべからく皆、挟む言葉を持たないようだった。それは、チヒロの感情の発露として恐らくみんなが見たものの中で最も大きいものだったろうから。

 

「そうだな。……そうなのか。なにも、アイツと、変わらない……リオと……」

「……チハヤ?」

 

 それでも、何よりも心に突き刺さった、チヒロという恋人からの、『リオと同じ』という評価。僕の心が頽れる。

 

「僕は……君の言う通りなんだな。……先生、申し訳ないですが僕は一度、中座させていただきます」

「チハヤ、待ってくれ……!」

「あえて強く言う必要があるのですか? ……追いかけてこないでいただきたい。最低限の護衛として、エイミは連れていきますから、たっての連絡があるなら彼女に。……では」

 

 僕は疲労感と共に立ち上がる。エイミは僕の背と、場のみんなを困ったように見比べてから、僕の背を守るように位置取った。

 

「また……整理が着いたら必ず戻るから」

「チハヤの、考えなし……っ」

「すまない。……本当に」

 

 ふと思う。僕も、この頃ずっとチヒロに謝ってばかりだ。僕は、今、チヒロから見て。リオとも、アリスとも違わない。

 

 今僕は、この場において史上最低のクズに成り下がった。

 

 病室を出て、あてもなく病院の外へ。ふらふらと彷徨うように、近くの散歩道を歩む。

 

 心が砕けそうになってなお、意識を持って歩いていられるのは、ほんの少しだけ僕にも反骨心と矜恃があったからだと思う。

 

「チハヤ先輩」

「……なんだ、なにか言いたげに」

「ううん、なんでもない。今の先輩にはキツいかって思ったし」

 

 思いやりを躊躇いなく思いやりだと言ってくる、この無遠慮な護衛の言葉が、今は僕の心に静かに響く。

 

「初対面にも等しい君に、悪い役をさせた。だから君には僕に何かを言う権利がある」

「ならまあ、遠慮なく。私はあなたの心が少しだけわかる」

「……へぇ。君が僕のことを?」

 

 頽れたばかりの心で、感情のまま攻撃的な態度を作る。しかし、それに頓着しないエイミは無表情で言葉を続けてみせた。

 

「守るというのは、平穏な日々を過ごしてほしいという願いだから。非日常に、巻き込ませたくないんだよね。先輩は」

「……」

「無言は肯定とみなすよ。部長がそうしてるから」

 

 そういうエイミの方を見やる。彼女は相も変わらず無表情のまま。

 

「だけど、もう無理なのはずっと前から……会長という人と関わる、そう決めた時からわかってたはず」

「……僕に、彼女の平穏を願う権利はなかったと?」

「そうじゃない。チヒロ先輩も同じだけ平穏を願っていたし、それが無理だとわかったら無事を祈っていた。チヒロ先輩は知らせることを大切にしていて、チハヤ先輩は知らせなかった」

 

 僕は続く言葉を予期して、言葉を遮る。

 

「なら、知らせることが正解だったと? リオを相手にして、データ通信を使ってでもか?」

「そうだよ。会長相手に、誰とやりとりをしているのか伏せたいのはわかる。噂に過ぎないけど、会長はデータを全部傍受してるって陰謀論だって聞く。でも、それでも伝わらない想いはゴミにすらならない。無でしかない」

「……そう思うのなら、それが正解なんだろうさ」

 

 僕は捻くれつつある心から、そう精一杯の強がりを吐き出す。それをエイミは無表情で受け流した。

 

「会長も、部長も、そして先輩も。全員素直じゃなくて、だからこうなってる。……誰か一人くらいは、素直でいいと思うんだけど」

「……これで、素直なつもりだ」

「素直な人は、拗ねて飛び出さないよ」

 

 それはそうだ。僕はそう、今客観的に己を省みるならば、『拗ねたガキ』に過ぎない。どれだけ大人ぶったやりとりをして、どれだけ他者を心配する立場に立ったとしても、今の僕は単に『過ちを犯して逃げたゴミ』だった。

 

「はは……うん、まあそうだな」

「それが天峰チハヤって人間の本当の部分ならともかく、そうじゃない癖によく開き直るよね」

「……君の言葉は、突き刺さりすぎるな。君を連れ出したのは不正解だったかもしれない」

 

 鋭すぎる舌鋒が僕を貫く。僕の周りにいないタイプの人間だ。こうして、僕という個人に苦言を呈されるようなことは、そういえばまるでなかった。

 

「それに、あなただけ悪いわけじゃないんだよ。それを履き違えないでほしい」

「……何が言いたいんだ君は」

「あなたを悩ませて、危機に追いやって、今こうしてチヒロ先輩との仲違いまでやらせてるのは誰なのかを考えてもいいってこと。それに、チヒロ先輩だって無理やりついて行こうとしすぎてると思わないこともないし……私だって、ヒマリ部長が私の任務についてくるって聞いたら怒ると思う」

 

 それはいささか暴論な気もするが、と思いつつ、僕はエイミの言葉を要約しようとして口を開こうとした。そして、それよりも先にエイミが「あぁそうだ」という。

 

「人間、適材適所ってあると思うんだよね。何も出来ないことなのに、知りたがるのはなんでとか思わない? なんだろうね、ほんとになんて言えばいいかな」

 

 エイミは自分の中の言葉を表出させるのに思い悩んでいる様子だった。遮られることになった僕は、その間ずっと言葉を発さないでいた。それでもなお、捻り出すようにエイミはいくつかの言葉を並べて、そして。

 

「あぁそう、他責思考」

 

 そんな言葉を吐き出した。

 

「もうちょっと、チハヤ先輩は他人に責任を求めてもいい」

「他責思考……」

「そうだよ、そう。抱えすぎなんだって。チハヤ先輩。何でもひとりでなんとかしようとする。他人の失敗まで全部自分がどうにかできると思ってる」

 

 あえてキツいことまだ言うけど、とエイミはそう先置きした。

 

「つけ上がりすぎなの。『万能の人』だっけ? 所詮人でしょ。神じゃない」

 

 エイミはそこから、するすると言葉を吐き出していく。まとまった考えの波が、そのまま言葉として出力されているように。

 

「仕方ないことを仕方ないとして処理することはあっても、誰のせいでとか考えたことないでしょ。考えてもどうしようもないからとか思って。そこでまた背負う」

 

 天峰チハヤが頼れる存在として成立したことによる、僕自身の欠陥を彼女はあえて言葉にしていく。

 

「素直に伝えろとか無理だろうけど、その上であなたはチヒロ先輩とだけじゃなくて、人間全体と向き合い方を間違えてる。できないことはあなたにはできないってことをあなたは言わなかった」

「じゃあ、どうしろって?」

 

 簡単でしょ、とエイミはそこで初めて僅かに口角を上げた。

 

「僕にはそれは苦手なんだって、素直に言えばいい。カッコつけるのやめなよチハヤ先輩」

 

 簡単な答えを提示したエイミに、僕は言葉を失う。

 

「それで嫌われるならそこまでだけど、そんな感じじゃないじゃん。深く向き合ったつもりになってるだけなんじゃない? お互いに、いいとこ見せて、いいとこ見て。まだそれだけで終わってるんじゃないの? 違ったらごめん、とは言うけど」

 

 キャンプでのやりとりを思い返す。消えてしまいそうに思う不安の吐露は、抱えた荷物のひとつではあった。『弱音』であったが、『弱み』じゃない。

 

 僕はまだ、チヒロに、天峰チハヤがどれほど醜い存在なのかを伝えていない、という純然たる事実に、初めて向き合った。

 

「……踏み込みすぎだな、エイミ」

「言葉で逃げようとしないでよ、チハヤ先輩」

「なにから「チヒロ先輩からに決まってるでしょ。あの場で言葉も態度も尽くせなかったことを存分にまずは恥じなよ。私が見てる限りじゃ、最低の姿だったけど?」

 

 ……手厳しい言葉だ。それ故に、酷く痛む心に塩を塗りこまれたように沁み、そしてさらに強く痛む。

 

「なあ、すぐじゃなきゃダメか」

「ダメ。どんなに心がきしんでても、今すぐに。……チヒロ先輩だって、同じだけ苦しんでるから」

「……そう、だよな」

 

 頭を冷やしてくるとは言ったが、そうすることがすでに愚かと結論は出た。ならば、戻らねばならない。

 

 僕がこうして想いを連ねている間にも、チヒロが同じように何かを想っているのなら。

 

 重ねるばかりで、時間は待ってくれない。乾いた喉、覚束無い足取りをそのままにして、僕は歩き出した。

 





かっこつけて、素のひとつも彼女の前で出せず。弱みのひとつも吐き出せない。そんな綺麗な恋、苦しいだけ。



今回は少し、踏み込んだ話になりました。ぜひ、感じたことがあれば教えてください。このような感情の部分を軸に書いたのは初めてに近いのですが、上手く伝わっていれば嬉しいです。

評価感想等、是非宜しくお願いします。
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