【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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邂逅、シャーレの先生

 わざわざチヒロが僕……天峰チハヤに会いに来てコーヒーをくれたある日から、数日後のこと。

 

 僕は今、久方ぶりの自由に心からの喜びと感謝を捧げながら、ぐっと体を伸ばしている。

 

「外の光も何日ぶりやら……」

 

 踏み締める硬いコンクリート。ミレニアムの学内は広く、電車を使った往来が普通であるのだが、僕は歩く方が好みだ。

 

 その方が、自分が考える葦だのなんだのとほざく以前に人間というひとかどの生命であるという自覚が湧く……痛々しい考えだが、厨二病を拗らせた頃の僕は本気でそう考えていた。今は単純に、もっとシンプルに。

 

「散歩はいい。春も夏も秋も冬も悉く季節の覇権コンテンツは散歩だ」

 

 体を動かす趣味のない僕だが、それでも少しは動かさないと祟るということもあり、動かすように心がけてはいるつもりだ。

 

『体はちゃんと動かしておかないと。悪くしたら仕事もできないし、元も子もない』

 

 ……この手の話に口うるさいチヒロのこともあり、なお気が入るというものだ。随分言われたっけな。

 

「ふっ、ふっ……」

 

 意識して呼吸をするようにして歩く。彩りある山道を歩くのも味わい深いとは思うのだが、なかなか行けるものでもないので一旦忘れて、今は整った路面を歩んでいく。道筋は、ミレニアム本校の校門へ。僕の散歩ルートの定番だった。

 

 なにか変わったことがあるわけでもなく、門まで辿り着く。ふと懐かしい思いに囚われ、校門から学舎を見上げると、初めてミレニアムに降り立った日のことを思い出して微笑む。

 

 そういう日があってもいい、自由とは全てを容認することなのだから……開放されたことへの幸せを噛み締めながら、その場で学舎を見つめていたチハヤに、

 

「ごめんね、少しいいかな?」

 

 低い男性の声。あまり聞かないその声に驚きつつも、それを隠してゆったりと振り向いた僕を、一人の白い制服に袖を通した男が優しく見守るような眼差しで見ていた。

 

「失礼ながら、どちらさまで?」

「私はシャーレからやってきた【先生】だ。君はそう、天峰チハヤくん、だよね?」

 

 先生……クロノスのニュースラジオを聞きかじった程度の僕が持ち得る情報では、着任したという話と、やけに強い権限を持つ連邦捜査部シャーレという組織の長であるという話くらいしか知らないが、ミレニアムになにか用があって来たのだろうか? 

 

 その権限上、下手に出ておいた方がたぶんいいのだろう。わからないが、下手に出て損になることはおそらく無いはずだ、と判断して、慇懃に問う。

 

「僕になにか御用が? 僕にできる範囲ならお伺いしますが」

「いや、ノアやユウカが君の話をしていて、頼れる先輩だと言っていたから会いたいな、と思って一度情報処理部にお邪魔したんだけど、趣味の散歩に出たという話だったからね。今日は会えないかと思って、用を済ませて一度帰るところだったんだ」

 

 ノアやユウカ……あの白黒コンビから話を聞いていたのか。確かユウカはシャーレに通い詰めていると最近ノアがぼやいていたような気もするから、嘘は言っていないのだろう。

 

「わざわざこの女の子の多いキヴォトスで好んで男に会いに来るとは物好きな方ですね?」

「君も私の生徒だからね。生徒とは交流の機会を広く持っておきたいというのもあるよ」

「そうですか。ありがたい限りです……生塩や早瀬は僕のことをなんと?」

 

 先生はふふ、と笑った。

 

「君が私と会ったら丁寧に話すか、いつもの態度を出すか賭けをしていたよ。二人とも丁寧に話すに賭けて不成立になっていたけれど」

「……はぁ。あの二人は……化けの皮というのは本性が知られているとあまり意味の無いものなのですが。まあ、いいでしょう。ひとまず、こちら名刺です」

 

 名刺入れから名刺を出すと、シャーレの先生もまた即座に名刺入れから名刺を取り出し、互いに「頂戴します」と声をかけあって名刺を交換する。

 

「情報処理部部長、天峰チハヤ。改めてお見知り置きを」

「うん。よろしくね、チハヤ」

 

 お互いに挨拶を済ませ、モモトークの交換をしておく。モモトークは部長としての公的な用途のアカウントだが、まあ問題はあるまい。そも、個人用アカウントに登録されている連絡先はたった3つで、今後増やす予定もないから。

 

「それで、本日はどんな要件でミレニアムにお越しになったんでしょう? 僕に要件がないのはわかりましたが、それはそれとして気になります」

「ゲーム開発部、って子達から依頼を受けてね。支援をしに来たんだ。色々とあって、昨日の朝からずっとミレニアムにはいたんだけど、今諸々終わってね。ユウカにも話は通せたから、一度戻って仕事をしなくちゃと」

「そういうことでしたか。お疲れ様です」

 

 いやいや、と笑う先生は優しい笑みを浮かべたままだ。なんというか、よく懐かれるタイプの大人なのだろうな、と思う。

 

「であれば引き止めるのはよろしくないですね。僕にできることであればなんでも御用をお聞きしますから、お気軽にモモトークでも名刺のお電話でもご連絡ください」

「うん、どうもありがとう。機会があれば、頼らせてもらうよ」

 

 そう言って、先生は駅方面に立ち去っていく。その背を少し見送ってから、僕もまた反対方向へ……元来た方へ戻っていく。

 

 知らなければならないから。あの大人を、先生を。

 

 そう思って、二十分の散歩道をまた引き返す。今日は部長が休みだから、と部そのものを休みにしたために誰もいない部室に戻ってきて、パソコンの電源を入れる。

 

 アビドスの窮地を救っただのなんだのと記事が飛び交うネットニュースを片端から見るだけ見ていく。明らかなフェイクニュースや、信頼性のない記事に混ざる真実を抜き出していく。

 

「……いやまあ、まさか水着やらバニースーツやらでシャーレまで行くバカがいるわけがないだろう。……いないよな?」

 

 疑わしく思いながらも、チヒロに知る限りの情報をくれとモモトークで頼むと、すぐ返信が帰ってきて笑みが零れる。

 

『悪いね、チヒロ。先生と接触し、もっと知るべきだと判断した。君の持ってる情報も欲しい』

『同じ深度の情報しか持ってないと思うけどね。まあ、わかった。ふたりで調べた方がいいことだろうし、そっちに向かうよ。部室?』

『あぁ。待ってる』

 

 そんなやり取りをして五分。

 

「待たせた?」

「そんなに。早いな、チヒロ」

「チハヤが言ってくるのは珍しいからね」

 

 あまりにもすぐにチヒロが来たものだから、ひとまず大焦りで黒髪を撫で付け、男子生徒というものが珍しいが故に専用に作られた制服の、ワイシャツの裾をつっこむだけつっこんでおく。

 

「いや本当に早い。驚いた、何も用がなかったのかい?」

「まあ、暇はしてたかな。今日は外回りもお休みにしてるから」

「休みの日を明確に設けておくのはチヒロのいいところだよな……むぅ。休息日が作れたらどんなに楽か分からん」

 

 チヒロにそういうと、仕方ないな、とばかりにため息をつかれる。

 

「そうなる前に普通はタスクを管理するものなんだよ。あなたは仕事を背負いすぎ」

「そうだよな……そうなのは分かってるんだけどな……」

「まあ、いいよとりあえず。今度しっかり管理するコツは教えてあげるから……今は先生、でしょ?」

 

 そうだ。先生の話をしたいのだったと思い出させられるが、次に続くチヒロの言葉はこうだった。

 

「でもまあ、なんか特別な情報を持ってるとかそういう訳じゃないかな。ウチからはコタマとハレがシャーレの募集に応じて行ってることがあるけど、どう総合しても『いい人』以上の情報は得られないかな。あと、倫理観がある。コタマは盗聴を怒られたし、ハレはエナドリ中毒を諭されたってさ」

 

 その言葉に、眉を顰める。ただ『いい人』なんて大人はそうそういない。まあ……いないことは無い、というのは知っているけれど、あんまり信用しすぎるのもなあ、と薄ら思うから。

 

「へぇ……いい人、いい人か……なんだかなぁ、まあ確かに相対した時に警戒心が薄れるような感じはあったが……多少、注視してみることにしようかな……」

「なにかあったら教えて。私もそのうち、うちの子たちがお世話になってるお礼も兼ねて一度シャーレのセキュリティチェックに行こうかと思ってるから、その時に話はまたしよう?」

 

 そうだな、と一旦この話を打ち切ることにして、僕はチヒロへ手を差し出す。

 

「あぁ、そうしようか。……昼、食べたか? まだなら行こう」

「いいね、チハヤとご飯は久しぶりかも。どこ?」

「郊外の蕎麦屋。蕎麦は嫌いかな?」

「チハヤのオススメならどこだって美味しいのは分かってるつもりだよ。じゃあ、行こっか?」

 

 手を取り、チヒロを立たせる。手を離すのが名残惜しい自分を振り切って、握った手を離す。

 

 少し遅めの昼ご飯を食べるために、ふたりは郊外に向かう駅へ歩み始めた。




評価感想等お待ちしております。
チーちゃん可愛い。
モチベになるので是非、
チーちゃん可愛い。
今後とも、お願いします。

さっそく高評価や感想をくれた人達がいて、この話は急遽更新されています。ありがとうございます。本当に。
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