【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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心配か、傲慢か

 戻ってきた。どう戻ってきたかももう覚えていない。

 

 とにかく、僕は、天峰チハヤは各務チヒロの病室に帰ってきて、その扉を開き、中へ踏み込んだ。その事実が今は重要で、過程は必要ない。

 

 エイミは僕が逃げないようにと、新しく誰かを入れないために、ふたつの目的ありきで、病室の入口を守ると言ってくれた。

 

「……戻ってきたんだ」

 

 もう日の落ち始めた、夕焼けが染める病室の中には、もう彼女しかいなかった。2度目の見舞いを済ませたゲーム開発部や、いろいろとやることがあるだろう後輩たちはもう帰ったのだとも思ったが、チヒロはそれを否定するように口を開いた。

 

「探してたよ、みんな。あとで謝っときなよ」

 

 無言。僕はなにを話せばいいのかすら、分からないままチヒロの前に立ち尽くす。

 

「……チハヤ。ごめん。……言い過ぎたかも」

「悪いのは、僕だ。君は、事実を述べただけだ」

 

 だが、チヒロに先を取られて、謝られてしまったその瞬間、言葉がするりと口から溢れ出る。

 

「僕には、足りてないものがいっぱいあったって気付かされた。一年の後輩にボコボコに言われて、やっとだぞ。このザマじゃどうしようもないくらいのカス野郎だろ」

「……そんなこと、ないよ」

「そんなことあるんだよ。君に否定されることなんかない、真実として、あるんだ」

 

 僕の言葉に今や価値はない。僕の行動に今や意味は無い。故に、今の僕に彼女に伝えられる誠実さはない。けれども。

 

「そんな僕にも、話したいことが出来たから戻ってきたんだ」

「……」

 

 チヒロが押し黙るのを、言葉を待ってくれていると勝手に解釈して、僕は言葉を続ける。

 

「……僕は、傲岸不遜な人間だということを君に知って欲しい。僕は、誰よりも馬鹿だと言うことを君に教えたい。僕は、下らない自尊心の塊であることを君に伝えたい」

「……なんの話?」

「僕の話だよ。……チヒロには、情けない僕を沢山見せてきたかもしれない。それでもまだ、醜い本性を覆い隠してきた、僕の話だ」

 

 天峰チハヤが、如何に酷く醜い存在であるかを。僕を愛すると、そう言ってくれた君には伝えなくちゃいけないんだと、エイミはそう僕に訓戒したから。

 

「チハヤの、本性……ね」

「そうだな。『人類』という括りの、頂点の一角を自分が占めているという驕りと、みっともないプライド。それが、天峰チハヤの正体というか、そういうものなんだろうと思ってる」

 

 リオとヒマリを『特異点』『人外』『上位種』として人の理の外にあるものとしているのも。

 

 後輩を見守り、導くのも。会計を引き受けて、人の役に立っている自分をよしとしているのも。

 

 そして、各務チヒロという大切な人を隣に並べるのではなく、護りたいと思うのも。すべて。

 

「僕の本性の発露だ。これが僕なんだ。クソしょうもない、見栄張りの裏側なんだ」

 

 全ては、自分の知る世界において、自分を頂点と位置付けるための見栄でしかない。これが、僕の、自尊心を満たし、日々を生きるだけの怪物であることを許容するための、根本的な過ち。

 

 僕の醜さを、晒しあげる。

 

「守ることだって、そうだ。君を隣に置くと言ったのに、相棒だと言ったのに、僕は無意識に君を下に置いた。守るべき存在だと切り替えた。……愚かなんだよ。無意識に、そうしたんだ」

「……なるほどね。私に何も教えてくれなかったのも、私を守りたかったから?」

 

 チヒロの問いに、そうだ、と答える。すべては、天峰チハヤの傲慢から始まり、そして終わるのだと。それを、チヒロは静かに否定するように首を振った。

 

「チハヤが行っちゃったあと、私も考えた。一人の病室でね」

「……なにを?」

「チハヤみたいに言うなら……私の本性の話、かな」

 

 チヒロはそう、どこか皮肉げに呟いた。

 

「……私は、あなたのそばに並べる。そう信じて疑ってなかった。あなたの役に立てるって。相棒なんだって」

「……それは」

「でも、今は違って……それは、私に能力が足りてないからじゃなくて、私が忘れてることがあったから」

 

 チヒロは、布団に目線を落としながら、言葉を続けた。

 

「相棒って、同じことを出来なきゃいけないわけじゃないんだってこと。私は、それをずっと忘れててさ。私とチハヤにはそれぞれに、役目と、役回りがあるんだってことを無視してた。チハヤのそばにいる為には、そうするしかないって思い込んで」

 

 チヒロは自嘲するように苦笑した。

 

「どっちが独り善がりだって話だよね、笑い話にもならない」

 

 その言葉に、反論を述べようとした僕を遮って、チヒロが強い語気を伴い言葉を紡ぐ。

 

「でも、それでも。私は……守られるだけは、嫌。『適材適所』とか、そんな言葉があるけど。それが気に食わないし、悔しいし。それで、チハヤが傷ついたらって思うことは止められないし」

 

 そう語るチヒロの手が、拳の形に固く握られている。

 

「欲張りなんだ、私って。そう、気付いた」

 

 そう呟いてみせた、チヒロの手が拳の形から緩やかに広がって。

 

「私だって、こんなに情けない。人のことを言えたものじゃない。なのに、どうして言ったのかがわからない。……ぐちゃぐちゃになって、わからないことがわかるだけの時間があって」

「……チヒロ」

「私たちは、お互いに何もお互いを知らなかった。普段の顔だと思っていたものが、本当かどうかなんてわからないのに……一年半の時間で作って、演じたものだけを信じてたんだよね」

 

 それは、僕の言いたい言葉でもあった。その言葉が互いに共有されていることに、少しだけ場の雰囲気に関係の無い想いが湧いて消える。

 

「その、さ。チヒロ」

「……なに?」

「僕は、なりたいものになってきたわけじゃなくてさ。なれるものにだけなってきたんだ」

 

 全て成り行きでなんとかしてきた。今までは、全て。

 

「その上で、なりたい。君を守れる人間に。僕は、僕を変えられないと思うから」

「それでも、守られるだけでいたくない。私は欲張りでいい。あなたのそばに、勝手に居る」

「同じことにまたなるかもしれない。……それでも?」

 

 チヒロは、その言葉に外を軽く見た。

 

「何回だって繰り返せばいいよ。その度に、苦しんで、喚いて。……傷を作りあって、その傷を舐め合えばいい。辛いと思うけどね」

「……それが、答えでいいのか」

「今は少なくとも、そうでしょ」

 

 そこには、納得も理解もなかった。ただ、互いの感情を交換した後に残る、奇妙な感情だけがあった。

 

 夕暮れ頃の太陽がより傾いているのだろう、光がいよいよ僕の身体に直に差すようになってきた。

 

「また君を、僕が傷つけるかもしれないんだぞ」

「分かってる。それでいいって言った。その時には、逃げないし、逃がさない」

「……君が、そこまで言うなら。僕もそうしよう」

 

 例えまた、傷を負い、負わせあってしまう時が来るとしても。もう逃げられない。逃げ道はとうに失われてしまった。だが、きっとまた次に進める。逃げ戻る道はもうないのだから、先に進むしかない。

 

「今更、だけど」

「なに?」

「……なにも、相談しなかった。ごめん」

 

 ふっ、と小さな息がチヒロの方から漏れる。

 

「遅いね。まず、そこから話すべきだったんじゃない?」

「違いないな。……ほんとに、悪かったと思ってる」

「なら、次するべきことも……分かってるのかな」

 

 優しく、布団の上で広げられた両腕。そこに、飛び込めと言われたわけではない。求めろと叫ばれてもいない。だが、彼女の意思は見れば分かる。

 

 僕の所業が、僕にそこへ行くことを拒ませる。迷わせる。それでも。触れたい。

 

 ……僕も、大変な欲張り野郎だ。

 

「ま、今日は……最後に、隣に帰ってきてくれたから、よしとしようかな」

 

 その言葉で、僕の断罪は終わった。互いに互いを苦しめる時間を、チヒロはその言葉だけで終わらせた。

 

「……まだ、好きでいてくれるんだよね?」

「当然。君が、まだ好きでいてくれるなら」

「うん。もちろん」

 

 また結びつく。喉が乾きっぱなしだったことも、足が震えていたことも、今ようやく思い出したように体がそれらを訴えて、でもそれらを黙らせて、また、約束と信頼を結ぶ。

 

「勝手に隣まで行くから。私を頼ってよ、チハヤ」

「頼るよ。守りながらね、チヒロ」

 

 なんだか、最初に言おうとしていたことは全部遠のいたような気がする。きっと、少なくともエイミが想定していた僕らの関係の着地点とは随分歪みに歪んでいそうだ。

 

 だが、まあ許してもらうことにしよう。誰かの掌で踊るのは苦手だし、なにより……どう頑張っても、素直になるのは難しいんだよ。

 

 そう、扉の前にいるであろう立役者に思いを馳せてみると、小さなくしゃみが病院の廊下に響き、僕らはふと顔を見合わせて初めて笑うのだった。

 

 

 

 




誰も素直じゃない。でも、それでいいこともある。



今回もありがとうございました。また、次回もよろしくお願いします。評価感想等よろしくお願いします、感想はモチベーションに繋がりやすいにつき毎度お返ししていますのでよろしければぜひ。
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