【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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早瀬への頼み事

 結局、昨日の僕はチヒロの布団に引きずり込まれ、チヒロが寝静まるまでは逃げることもできずに煩悩と戦いぬいた。

 

 最も寝静まったあとはさっさと抜け出すことができたのだが、眠りを妨げられるというのはいささか辛いものがある。

 

 そういうわけで、エイミに守られながら僕は一日ぶりのミレニアムタワーに、次は登ることになったのだ。

 

「待たせたかな、早瀬」

 

 昼過ぎのセミナーで、事務作業に勤しむ後ろ姿へそう声をかけると、ユウカはその顔に笑みを浮かべて振り返った。

 

「いいえ、大丈夫です。少し待っていてくださいね、キリのいいところまですぐ終わらせますから」

 

 そう言うユウカはキーボードを素早く叩き、たん、たんっ! と小気味よい音を立てて仕事を完了させたようだった。

 

「よし、これで完璧〜……んんっ、すみませんチハヤ先輩。お待たせしました」

 

 すごく気の抜けた楽しげな声で、かんぺき〜♪ と僕の前で言ってしまったのをどうにか取り繕おうとする姿に笑みを浮かべながら、僕は改めて口を開く。

 

「頼み事があるんだよ、早瀬。先にも言った通りだが」

「多少の無理なら通します……何でもとは言いませんけど」

「まあ、そう物理的に無理があることを言いはしないさ」

 

 本題に入るために軽く息を吸って切り出す。なるべく軽く聞こえるように。

 

「ヒマリのツール……『鏡』が必要なんだ。エリドゥ攻略戦の支援にあたって」

「……『鏡』が必要、ですか?」

 

 ユウカは訝しみながら、それに心底不思議そうにしていた。

 

「先輩に限って悪用という話はないと思ってるんですけど……その上で、『鏡』は危険すぎます。ハッキングの痕跡すら残さないツールなんて……」

「理解しているつもりだ。その上で、まげてでもお願いしたい。借りるだけでいいんだ」

 

 ユウカはその言葉に考え込む。彼女の中で、規則に対する忠誠と僕に利益を測りたい思いがそれなりに戦っているのだろう。

 

「そうだな、早瀬。『鏡』を貸してくれれば今までの貸しを全て帳消す、でも構わない。僕にとってはそれだけの価値だ」

「……うぅ……貸しの話をされると弱いんですよね。セミナーだっていくつ借りがあるか」

「完全にそれらを帳消しにするというんだ。魅力的だろ?」

 

 貸し借りの清算を条件にすると、ユウカは一周まわって冷静になった。断る理由がなくなったのだろうことは想像にかたくない。

 

「……わかりました。『鏡』、出しましょう。それがアリスちゃんたちやゲーム開発部のあの子達のためになるなら」

「道具は使いようだ。任せてくれ」

 

 ユウカから『鏡』の貸与の確約を無事に引き出す。ふたりで没収物の管理庫に向かい、『鏡』の入ったUSBをユウカから受け取る。

 

「……はい、確かにお貸しします。内部データのコピーとかは私たちが見つけ次第削除してもらいますからね!」

「問題ない。事が終われば無用の長物だ、こんなとち狂いツール。目の前で丁寧に一個ずつ削除してもいいんだぞという感じ」

「そこまではさすがに……」

 

『鏡』のデータは一応バックアップを残しておく。このUSBをマスターとして、データを複製したものを今回の対リオでは使用するつもりだった。

 

「エイミ、この帰り道が勝負だよ」

「分かってる。慎重に行こう」

 

 リオが僕を監視していて、攻撃するなら今だという自信があるために、エイミとしっかり緊密にやりとりをしながらヴェリタスの部室に戻る。

 

 幸か不幸か、あるいはその連携に手出しをしなかったのか、リオからのアプローチはなく。僕は無事にヴェリタスの部室へ戻ることができたのだった。

 

 

 

 場所は変わる。ミレニアムの学区、その外縁。『廃墟』の一角をリメイクして生み出された、要塞都市。その中央に聳える、巨大な塔の中へ。

 

「ヒマリ。気分はどうかしら」

「いたって最悪の気分なのは変わりませんよ。……それとも、なにか変わることを期待していたのですか? リオ」

 

 近未来的な内装の一室で、ミレニアムの特異点たる二人が向かい合う。

 

「あえて何か言うとすれば、チハヤさんが何やら色々と探りをかけていたようですから、念には念を入れてエイミに色々と仕込みをしておいたのですが、全て図に当たっているとは思いませんでした、くらいでしょう」

「……やはり、あなたの打った手だったのね。先を完全に読み切ったような手だった」

 

 その言葉は間違いのないリオの賞賛だったが、しかしヒマリはそれを受け取らない。

 

「リオ、あなたは私に感謝してもいいんですよ? チハヤさんだってヴェリタスの一員、頭のネジを飛ばせる人間なんです」

 

 その言葉にリオは首をかしげて見せた。リオにとっての天峰チハヤとは、合理主義者であり、利益の優先を行う人間であったから。

 

 しかし、ヒマリの理解はまた違う。

 

「私が思うに、天峰チハヤという人物は、やる理由があるから行動するのではなく、やらない理由がないから行動する人間です。やらない理由がないならたとえどのような事であっても必ず実行する」

「……それの何があなたへの感謝に繋がるというのかしら」

 

 ヒマリは自身の考え通りならば、ということを前提にして言葉を続けた。

 

「あなたがチハヤさんを追い込みすぎた場合チハヤさんはそもそも盤面ごと破壊するつもりだったと思うのですよ、私は。例えば、ミレニアムタワーを攻撃してでも」

「……チハヤがそんな非合理的なことをするかしら」

「します。チハヤさんはやりますよ」

 

 ヒマリは小さく口角を上げて嗤った。

 

「少なくとも、私が見てきたチハヤさんならばそうする」

「……そう。天峰チハヤを軟禁できなかったのは、かなりの痛手だったのだけれど、あなたがそこまで言うのならあるいは本当に無理筋だったのかしら」

「えぇ。断言して差し上げます、リオ」

 

 ヒマリは確信していた。たとえ囚われの身に堕ちようとも、既にヒマリにできることはすべてやっている。自身の役目は、もうほぼ全て終わっている。そうヒマリは考えていた。

 

 その上で、ヒマリの出した最終結論。

 

「あなたにチハヤさんは止められません。必ず、天峰チハヤという存在はあなたの喉元にどうあっても刃を突きつける」

「…………」

「あなたは、天峰チハヤに勝てない」

 

 天峰チハヤは、調月リオに勝利できるという結論を、リオに示しながら、ヒマリは笑みを深める。

 

「そうだとしても、目的を果たすことが出来れば問題はないわ。……計画は実行される」

「どうなるでしょうね。そんな考え通りには行かないと思いますよ、リオ」

 

 それから、これは無関係かもしれない話になりますが。とヒマリはヒマリにしては珍しく、言葉を選ぶように間を開けながらリオに問いかけを発した。

 

「チーちゃんとチハヤさんの関係性。……あなたが、一手を進めたのは間違いありません。あのような場所でイベントをやる理由はないと私は結論付けているので」

「……そうね。コタマやノアが話をしていたから、チハヤが学園にいない時間を作るためにそうした。それがなにかしら」

「チハヤさんをチーちゃんと引き剥がすようなことをすれば、チーちゃんの方が圧倒的な脅威になりえたのではないでしょうか?」

 

 それは、各務チヒロという存在が怪物たり得るか、という疑問の提起であったが、リオはそれを否定する。

 

「たとえチヒロが私の想定以上のスペックを発揮する状態になったとしても、あなたの技術には及ばない。チハヤほど合理主義の思考を読み取れない。それならば、負ける理由にはなり得ないと判断しているのだけれど」

「……それは、どうなのでしょうか。愛する人を取り戻したいという感情で、全てを巻き込む波を作って。その波の先頭にチーちゃんがいる、そういう可能性もあったのではないでしょうか。まあ、仮定の話はここまでにしておきましょう」

 

 そこで話を切り上げるヒマリは、愛の強さを知っている。

 

 各務チヒロと天峰チハヤがなぜ互いを愛するか、その理由を何となく察している。故にこそ、なんとなくどうなるかも分かる。今のふたりにとって、最大の地雷はすでに『恋人を失うこと』になったのだろうことが。

 

「……私は少なくとも、そうなったチーちゃんに勝つビジョンが見えないのですが、ね」

「……愛、ね。理解できない感情、非合理的すぎるもの……だからこそ、変数になり得るのかしら」

「私はそう考えている、というだけですけれどね」

 

 リオは少しだけ考える仕草をしていた。

 

「天峰チハヤは、私を理解しているはず。けれど……私は、天峰チハヤのことを何ら理解できない。やはり、チハヤは私の天敵ね」

「……チハヤさんがあなたを理解しているというのも、あなたの買いかぶりな気がしますけれどね。考えが少し似てる、くらいだと思うのですが……まあ、リオがそう思うのは無理もありませんか」

「……もうこんな時間。あまり目を離しすぎても危ないかしら?アリスの様子を見ておかなくては。ヒマリ、私は行くわ。ここでどうか大人しくしていてちょうだい」

 

 そうして座をお開きにしたリオが立ち去ったあとの、静かになった部屋でヒマリは小さく笑う。

 

「随分とまあ、揺れているようですね。リオ」

 

 チハヤも見抜いた、リオの揺らぎ。そこに当然ヒマリが気付かぬ訳もなく、その上でヒマリはチハヤを信頼していた。

 

「その揺らぎは、致命的になるのではないでしょうか。……チハヤさんが、見逃してくれるはずがない」

 

 ある意味において、チハヤがヒマリに抱く絶対的な信仰のようなものに似た、厚い信頼を、ヒマリもまたチハヤに対して持っていた。

 

「この盤面。私も最後の役目に向けてセリフを考えておかなくてはならなさそうですね……ふふっ!」

 

 ヒマリは信じている。この檻から遠からず解き放たれる時が来ることを。

 

 それを成すのは、天峰チハヤの一手の総算であろうことを、ミレニアムの誇る大天才明星ヒマリは、信じて疑っていなかった。

 




今回もありがとうございました。

評価100件、お気に入りが1100件超えたということで、いよいよ大台に乗ってきて嬉しい限りです。

それとコメント付き評価のコメント部分をどこから見るかわからなくて今まで見れてなかったんですがやっと見れました。色々と熱いコメントをいただいていたのに今までなんら気付けず申し訳ないと共に、凄く嬉しい気持ちになるなどしております。

これからも何卒よろしくお願いします。

評価感想はいつも通りモチベになりますのでこちらもよろしくさせていただいて、次回の更新をお待ちいただければ幸いです。
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