【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

34 / 62
開幕前夜

 ユウカの仕事を少し片付けてやると、おやつにちょうどいい頃合になったので僕は一度戻ることにした。

 

 ユウカから借りてきた『鏡』の動作のチェックをチヒロに手伝ってもらおう、ということもあるのだが。

 

 あぁ、そういえばチヒロは退院した。元々検査入院でしかないし、大きな怪我もしていない。吹っ飛ばされて余波で気絶こそしたが、それだけで済んだなら不幸中の幸いといったところで。

 

 戻ってきたチヒロと、ヴェリタスの部室で落ち合った。チヒロはいつもの制服に身を包んでいて、ごめん、と口を開いた。

 

「心配かけたね、改めて」

「大事で無いのならいいんだよ。そうならないためにアイギスを作って、役に立った。それで十分」

「そうだね。それもそうか……あ。そういえば、この後予定があるって言ってたよね」

 

 あぁ、と僕も声を漏らす。またチヒロには特に何も言ってないなと思ったので。

 

「『鏡』のテストをやったらあとは英気を養う時間、くらいだけど。手伝ってもらえるか?」

「もちろん。きちんと動くのかは重要だからね」

 

 エイミには礼を伝えて明日のことを優先にするように命じたので、エイミはもう場にいない。とはいえ、ここからはヴェリタスの部室から出ない所存なので問題はなかろう。

 

 チヒロの言葉を受けて予定表の予定を確定させた僕は、チヒロと共にコードを確認し、動きをテストする。

 

 しかしまあ、とんでもないツールだ。動かして見れば見るほどおぞましいという言葉が良く似合う。

 

「これに攻撃されるなんて考えたくもない。セミナーがこれを没収したのも当然だよね」

「全くだ。攻撃されたかすら気付けないのが一番怖い。これが存在する事実だけで、今実は『鏡』のようなものに攻撃されているかもしれないという事実が常に発生してる」

「ヒマリらしい発想のツールだけど、それ故に手がつけにくいってやつだね」

 

 チヒロとテストついでにヤバさを愚痴りあう。どうやら無事性能は問題なく発揮できるようでなによりだった。

 

 ツールの使いやすさの部分に手を少し入れた後、UIにも満足した僕らはそのままゆったりとした休息に移る。

 

「ねぇチハヤ。あのさ」

「なんだ、チヒロ?」

「ちょっと……見てほしいのがあって」

 

 僕に言下についてこいと言って、チヒロは部室の奥の方に歩み出す。

 

 なにかあったか。そっちには確か物置と化した部屋くらいしかないがなにするんだ、そんなところでと思っていると、チヒロが得意げな笑みを浮かべてこちらに振り返った。

 

「前雑物置として使ってた部屋があったじゃない?」

「あったな。それが?」

「ものを整理したら物置部屋がいらなくなってね。綺麗にして、休憩仮眠室にしたんだ」

 

 そう言いながら扉を開けるチヒロの後に続いて中を見るために踏み込むと、チヒロらしく丁寧に整った部屋の中にはベッドが4台だけ。

 

 それぞれの端に寄せられて置いてあり、ベッドにはベッド机も付属していた。

 

「おお……なんか物凄いな。限界までベッドを置いた感じか」

「そ。あと……」

 

 ぴっ、とチヒロが壁のスイッチを入れると部屋の電気が消える。もう一度押すと、なぜか天井にプラネタリウムが投影された。

 

「なぜかあったから組み込んでみた。どう?」

「……いいんじゃないか? 趣味は悪くないと思うんだけど」

「そっか。ならこのままにしておこうかな」

 

 小さなオルゴールの音も一緒に流れており、実に眠気を誘う。

 

「ふぁ……あぁ、ごめん。さすがに眠気を誘うね」

「んっ。欠伸が移っちゃった。欠伸すると一気に眠さを感じるよ……一眠りしようかな?」

「そうだな。せっかく作った部屋だ。有効活用しなければ」

 

 適当なベッドの上に座ってみると、さらに眠気が強まる。これは横になればすぐにでも眠れそう、と思った次の瞬間。

 

「……ふふっ」

「あー……チヒロ?」

「なに? 困った顔して」

 

 するりとチヒロが側に腰かける。その瞬間に悟った、チヒロは狙っていたのだと。

 

「あー……分かってやってるだろ」

「まあね。肝心要でヘタレるチハヤにはこのくらいぐいぐい行ってもいいかなって」

「ヘタレる、か。実に適切な評価だけど……まあ、ナメられてる感はあるなあ」

 

 そう言って、チヒロの身体に手を回す。

 

「出せるの? 手……ふふ」

「出さないって。けどまあ、限界まで君を楽しませては貰う」

「それ、どういう意味?」

 

 優しくチヒロの手を握り、絡める。恋人繋ぎというやつだ。

 

「……ん、ふふ。恋人繋ぎ?」

「でさ、ほら。靴脱いで仮眠といこうか」

「うん。これで……いいかな。チハヤ、ちょっとだけ力貸して」

 

 チヒロの手を握ったままベッド上に完全に身体を上げさせ、僕も同じように腰かけから寝転がりへ姿勢をシフト。

 

 チヒロと僕は恋人繋ぎをそのままに、横並びで見合える体勢になって、互いの顔を見て微笑む。

 

「これでおっけー、だね。うん」

「だな。……暖かくして寝るとしよう」

 

 互いに何も言わず、距離を詰める。繋いでいないもう片手で互いを抱き寄せる。キャンプの寝袋の時よりもずっと近付いたような気がして、それでも顔を逸らすことはなくて。

 

「一緒に寝るのは……三度目かな? チハヤ」

 

 そうチヒロが呟く。顔が微かに赤いのは、もはや最近のチヒロのデフォルトなような気がする。

 

「そうだな。昨日もなんだかんだ一緒の部屋にはいたが、ベッドには入ってないし二度目とも言える」

「そうかも。……ね、チハヤはリオと会ってどう思ったのさ」

「変わらないな、と。それだけだ。本当にね」

 

 リオに会った感想はずっとひとつ。まるで変わっていない、という言葉になる。道を別れたあの日から、本当に何も変わらない。変わらなさすぎてビックリだ。

 

「相変わらず頭の硬い女だ。僕が言えたことじゃあないけど」

「……ほんとにそうだと思うけど」

「そのくせ変なところで思い切りがいいから面倒なんだ、というね。悪いやつじゃあないんだが、今回限りはちゃんと止めてやらなきゃな」

 

 全くもって、リオという女はなんというか。

 

「思い込み激しいからね、リオ。こうだと決めたら譲らないって言うか」

「ま、そういうところはアイツの欠点だ。なにせ対立意見を排除できるようになってしまったからタチが悪い」

「……明日にはリオとやりあうんだよね。なんだかな」

 

 チヒロはそう言いながら、不安そうに身体を僕の方に寄せる。

 

「怖いか?」

「ううん。でも、そうだね……みんなの敵にリオがなってしまったってこと自体は、嫌だし、怖いことだと思ってる」

「そうか。……優しいな、チヒロは」

 

 分かりきったことしか口に出せない自分に嫌気がさすが、しかしまあそれはそういうものだと割り切る。

 

「んー……これは優しさとは別だよ。臆病なだけ。昔の仲間が今の敵なんてよくあることなんだから」

「臆病ね。おおよそ君に似合わず僕に似合う言葉だけど」

「でも、今の私はちょっと臆病者だよ」

 

 そう言って自分を笑うチヒロをそっとハグすると、チヒロは微かに震える。

 

「……ん。ふふ……気を遣わせたかな。ありがとう」

「気にしないでくれ。……君には酷く負担をかけている」

「それこそ気にしないでよ……好きでやってるんだからさ」

 

 二人揃って謙遜して、いや私が、いいや僕がと言っていると、なんだか馬鹿らしくなっていく。

 

「くすっ……んふふっ!」

「ふふ……ははは! バカらしいことになっちゃったよ」

「……これも私たちらしいってことにならないかな?」

「なるんじゃないか? これも僕らだろ」

 

 そう言うと、どちらからともなく額をこつり、とぶつける。

 

「わ」

「おっ」

 

 二人の間に僅かに沈黙。それを超えるかすかなときめきと温かさに惹かれ、シーツの上をさらに互いに寄るために動く音が沈黙を上書きする。

 

「んっ……最近なんか、チハヤがズルい」

「ズルいってなんだよ……?」

「なんかズルいんだよね。わかんないけど」

 

 そう言って、僕の胸元に顔を埋めるチヒロ。

 

「……あんまりそんないい匂いしないだろ」

「ううん、いい匂いだよ。安心する……とっても」

 

 チヒロの髪を撫でて、手慰みとすると、チヒロもまたこちらに確認を取るように呟いた。

 

「髪さらさらするの、好きなの?」

「好きだけど、チヒロの髪質が好きだからやってる」

「……そういうとこ、ズルいよ」

 

 チヒロがそう呟きながら、僕を上目遣いに見つめる。

 

「ね、チハヤ」

「どうした?」

「どうしても?」

 

 それが何を意味するのか、分からない僕じゃない。それは、僕が引いたライン。ずっと僕が踏み越えないと決めたライン。

 

「いつ離れ離れになるか分からないって、今回分かった。不安で、怖かった。いろいろあったしね」

「……それは、すまないと思ってる」

「だからせめて、ハグだけじゃなくて……もう一歩だけ、踏み込ませて。あなたに私がいることを、忘れさせたくない」

 

 それは、と言葉を口に出す、その時。一気に、チヒロの顔が近づいた。

 

かすかに、チヒロが息を吸う音が聞こえて。

 

「んっ……」

「んむっ……!?」

 

 優しく、しかし熱情に溢れる感触。唇に触れた、柔らかい感触に、脳が情報の処理を拒絶する。

 

「……ふふ、あぁ……しちゃった」

「……し、しちゃったじゃないだろうっ……! いいのかよ、これで……!」

 

 あぁもう、油断もへったくれもないなチヒロは。そう心からぼやく。

 

「初めてのキスは……もう少し、雰囲気を作ろうと思ってたんだけど?」

「……これ以上ない雰囲気だったでしょ、チハヤのヘタレ」

「……君がそういうならまあ、受け入れるけども」

 

 うん、とチヒロは真っ赤な顔をしたまま、僕を見つめる。

 

「受け入れる、だけ? もういいじゃん、一回も二回も変わらないよ……ほら、してよ」

 

 その言葉に、抑えが効かなくなる。次はこちらから唇を重ねて。

 

「大好き……チハヤ、好きだよ……」

 

 甘やかなチヒロの声と、唇の重ね合いの記憶が、僕を塗りつぶしていくのだった。

 





今回もお付き合い下さりどうもありがとうございました。

お気に入り1200件どうもありがとうございます。駄文の評価がどんどん伸びるのは嬉しいことで、チヒロのことを延々と好きでいる人間にとっては同好の士も多く嬉しい限りであります。

また頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。

さて、モチベになりますから感想評価何卒よろしくお願いします。それではまた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。