【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
万能、という言葉がある。
全ての道に通じる才能のことを指す言葉であり、最も雑に言うならば、『不可能でないならなんでもできる』となるべき言葉である。
全能、という言葉がある。
遍くすべての、この世に起きる事象を自在にすることのできるものを指す言葉であり、最も雑に言うならば、『通常不可能であってもなんでもできる』となるべき言葉である。
僕こと天峰チハヤは人の評価曰く、『万能の人』であるらしい。
つまりそれは、一般不可能なことはできないと考えられているということだ。少し悲しい。
全能の存在は証明できない、昔からミレニアムのみならずあらゆるところで言われている禅問答の一種にもそうある通りだから、それをなにか思うことがおかしいのかもしれないのだけれど。
そんな、考えついでの呼吸のように思考に挟まってくる無駄な感情を振り払う。すべては今のこの状況のせいなのだ。
『鏡』。明星ヒマリの生み出した電脳空間における全能へのチケットが、僕の手によって起動する。
「対象は、アバンギャルド君のプログラムコード……エリドゥから流れて……見つけた。これだ」
『鏡』の表示した、文字列。それこそはアバンギャルド君の起動する所以、アバンギャルド君のプログラム。
全能という言葉を一般に用いる際に、最もよく使われるのは『全能感』という言葉だ。全能になったかのような心地よさ、といった意味合いを持つ、その高揚。
「……見える、全部。底の底まで。凄まじいな……これが、『鏡』か。これが明星ヒマリの発明か……!」
リオの組み上げたコードが、『鏡』によって写し取られる。その全てを読み解いていく。それは正しく、有り得ざる御業。
本来の意味の『万能』とも『全能』とも異なる、しかしこの瞬間だけは、確かに何よりも己が上位にあるという確信から来る感情が、僕に優越感と心地よさを与える。
「本当にこれだから天才たちは手が負えない……これをヒマリやらリオが使うなんてことがあったとしたら怖いね」
心の底から僅かに湧く恐怖に蓋をする。今この力を振るっているのは僕で、他の誰にもこの力は振るわせない。僕がこの力を振るうこともない。そう決めてあるのだから、次はない。
そう言い聞かせて、自分を落ち着かせる。
「みんな、聞いてくれ!」
やはり予想通りだ、と僕は笑みを深める。
「今のアバンギャルド君はエリドゥのメインコンピュータから演算のバックアップを受けている! 妙な強さも、予測能力の高さも、その身体にある武器を十全に活かすことができるのも全てエリドゥのバックアップあっての強さだ!」
『それでどうするつもりかな、チハヤ?』
ウタハが通信に入り込んでそういうのを、僕は待っていたように引き取る。
「決まってるだろ、切り離す!」
既に対処法はこの手にある。『鏡』で見切った脆弱性、あとは貫けばそれで終い。
「エリドゥとアバンギャルド君をリンクさせているプログラムに攻撃をしかけてダウンさせた! サブプログラムの独立起動モードがあるはずだが……!」
『白石だ。あぁ、こちらでも確認した。鈍いね、先程よりもずっと弱い』
「それで支援は足りたか?」
ミレニアム最高のマイスターが、心底楽しそうな笑みを作る。
『もちろんだとも。先生! 指揮を! アバンギャルド君を撃破する! できれば鹵獲したいところだね、始めよう!』
『わかったよウタハ、それじゃあここからは……反転攻勢の時間だね!』
「リンクの復旧には時間がかかるだろうが、念には念を入れて攻撃を続行する。僕からの支援は期待するなよ」
その言葉を聞いたウタハは笑う。
『なに、問題ない。私はロボの専門家だ。造られたものに造る者が負けちゃ、笑い話にもならないさ……電ちゃん、出撃!』
そして、そう頼もしげに言い放つのだった。
ならば、放置で構わない。次は何をするか。決まっている。
「さあ、盤面は整った。トキはC&Cが抑えた。アバンギャルド君はエンジニア部とゲーム開発部のみんなが越えようとしている。君の手札は、もう君とAMAS以外にない」
そして、その上で、リオに手を打たせる気が僕にはない。
「畳みかける。君を止めるために。これは公平ではない。これは平等ではない。けれど……これが、僕の考える君を打ち倒す方法だから」
エリドゥ、メインタワーセキュリティプロトコル。それこそが、要塞都市エリドゥの全体管理を担う統括プログラムであり、リオの中核、心臓そのものである。
「多層防壁、能動防御……何が待ってたって不思議じゃないが、それでも……リオは釘付けにしなきゃならない」
それが最低限の、僕の仕事だ。僕のやりたいと思ったことのために、僕がやらなきゃいけないことだ。
そろそろ、そうだな。始めようか、調月リオ。
「侵入、開始」
境界を叩き、周波数を読み込み、暗号ポートに触れる。それは、挑発だ。調月リオに対しての挨拶とも言う。
挨拶に対するリオの反応は、僕の利用したデータサーバの破壊という形式で返される。能動防御に近い形、しかし切り捨てる速度が桁違いだ。
だから、『鏡』で僕は防壁を照らし……
「まあ、そうなるよな。僕でもそうする」
膨大な、言語量。
異なるプログラミング言語、異なる方式。恐らくリオが知りうる全てのプログラミング言語が複雑に混成された、解読すら困難な防壁の中身が、ダミーと混ぜ合わせて表示される。
最初から予測していた、リオがやるだろう対処法のひとつ。そうなるならば、こっちにも手がある。
「この程度ならゴリ押しが効くはず」
とりあえず物量で押せばいい。ダミーを多く組み込んだプログラムなど、実際に物量で殴ってからどれが動いていたかを観測すればそれで済む。
物量で殴るのは愚策だが、それを本質にしない場合はこと有効だったりする。相手の手札を見せて欲しい時にはいたって有効な手段の一つだ。
動いていたものに手を伸ばし、その防壁を崩した、その瞬間。
『まずは、おはようと言ったところかしら、チハヤ』
「……リオ」
『結局こうなるのね、残念でならないわ』
通信に割り込んできた、調月リオ。恐らくは、僕がとっかかりにしたものの中に仕込みをしておいて、通信をハックしたのだろう。
「対戦相手とは通話を繋げておきたい趣味でもあるのか?」
『そういうわけではないのだけれど。まあ、挨拶もされたことだし返礼程度のものよ』
そう話しながら、第二層のデータ防壁と画面を通して僕とリオが互いに見合う。
「なるほどな。結構なお手前でとでも言えばいいのか?」
『敵に送る賞賛とは、余裕ね』
「余裕がないからそれっぽいことを言ってるだけだ。余裕なんかまるでないさ」
第二層の防衛コードは……なるほど、そう来たか。面白い手を打つ。それもやはりリオらしさか?
『「鏡」でしょう。あなたが私をここまでそう出来るのはそれしかないもの』
「そうだな。……やっぱり君は天才だよ」
『対策は既に終わっているわ。超えていくというのなら好きにしなさい。けれど……あなたにそれが出来るかしら』
一部分、構文を読み取れない。いや、読み取ること自体はできるのだが、近い構成の言語と置換される。
「リオ。オリジナルのプログラミング言語を混ぜ込んでるな?」
『もう気づくのね。そうよ』
「僕が『鏡』だけに頼る無能ならここで終わっていたと。凄まじい足切りだな」
苦笑する。『鏡』というツールが絶対に対応していない言語が分からないとしても、『なら新しく言語を作ればいい』としてしまうあたりリオはやはり超人だ。
「しかしまあ、合理的が過ぎる」
『……何がかしら』
「この言語は、『鏡』殺しだ。だが、近い言語に置換されるということは構造上近い言語が存在したということ」
そう、結局変換自体はなされているのだ。読み取られたものから、意味を類推することは容易い。
『なるほど、そこを見抜く程度の地力はあるのね。……いいわ、ここまでは小手調べに過ぎなかったけれど、そうね。ここからは私もただ見ているのをやめようかしら』
「……来なよ。そうじゃなきゃやりがいも無い!」
次の瞬間、リオの怒涛の攻勢が始まる。サーバを遡り、防壁に突き当たり、一瞬で突き崩す。
「はは……事前準備しておいたはずなんだが?」
『準備という意味で言うなら、私の方がずっと準備を進めているのよ。あなたが私に敵対すると決めたずっと前から、私は世界の敵の敵対者になると決めていたのだから』
「あの日僕らを放り出した、その時からってわけか?」
その言葉を受けて、リオの指す手が加速する。リオのオリジナル言語を読み解き、僕もまた壁を超えた。三層目と向き合う。
『そうよ。あの日私はAL-1Sのことを知った。あなた達には悪いとも思ってる。けれど、私にそれを放置する事など出来なかった』
「あぁそうだろうさ、僕だってリオと同じ立場ならそうするだろうよ」
『なら、どうして私のそばにあなたはいないのかしら』
リオは静かにそう、つぶやくように言う。攻撃の手がさらに強まった。
だが黙ってなどいない、三層目は単純なごちゃ混ぜコード。僕よりもAIの得意分野なので放り投げ、結論を出すまで防御に徹する。
『私があなたを理解できなかったから? チヒロはあなたを理解しているの? チヒロがいなければあなたは、私の友、理解者として立ち振舞ったのかしら?』
防御に『鏡』を用いるようになって、いよいよ必死な僕は言葉を飾ることすら出来なくなっていく。
「さあ、知らないよそんなこと。そうはならなかった、チヒロはいる、それだけだ。もしもの話は好きだけど、それは起きないからこそもしもなんだってのはリオが一番よくわかってるだろ?」
『そうね。……そう、ね。くだらない夢想だったわ、忘れてちょうだい』
そう呟くように言葉を転がして、リオは深く息を吐く。その息と共に、更なる攻勢が襲いかかった。結論を出したAIが三枚目の壁を打ち砕くのと同時に、だが。
ともあれ、僕が用意した幾百層もの多重防壁は既に七割強を喪失、一方で僕がリオの防壁を突破できた数は三枚。
とはいえ元の量が違う、残数だけでいえばリオの生み出した防壁は残りもまた、三枚。
六層というメインタワーセキュリティとしては随分と緩い防壁は、リオが生み出し、そしてリオが守護者としてそこにあるからこそ完全足りうるのだ。
そして僕がようやくたどり着いた、第四層の防壁。それは。
『辿り着いたの? ……なら、そこで終わりにしましょうか』
常に変化し続ける数字。羅列。単なる、意味の無いような数字が、数百万、数千万行と連なり続けている。
たったそれだけの防壁だった。それだけの防壁だが、絶望的だった。
「……馬鹿な。こんなもんを用意する時間がどこに」
『チハヤ。あなたと私の強みは同じ「解析」と「観測」。自分の弱点はよくわかっているつもりよ』
どうせリオのことだ、これもダミーが混ざっている。これは、ダミーも含めて全ての文字列が、一度の観測おきに変化するように作られた、書き変わり続ける暗号数列の防壁。
手が止まる。いや、動くわけがない。冷静に、どんなスパコンだって解けるか怪しいものをぶん投げられているんだ。無理に決まってるだろう。
『諦めなさい。私自身にそれを解くことができないのだから。あなたにもまた、どうにもできないはずよ』
これを第四層に置く、というところがまた調月リオだ。どれだけ油断をしないんだ。強者にありがちな傲慢さを持ちながらにして、弱者固有の想定と立案を怠らない勤勉さを持つ彼女。
「あぁ……どうにもならない。僕の負けだよ」
『なら、潰れてしまいなさい』
「とは、いえ……」
ちら、と時計を見る。十五分、経過。まあ思ったより稼いだんじゃないか?と思いながら視線を動かすと、画面から顔を上げるチヒロと視線が絡み、その口許が僅かに緩んだ。
「チハヤ、お待たせ。ちょうど大成功、ってところだよ」
「ありがとう、チヒロ。さて、リオ。僕の負けではあるんだが、どうやら僕たちの勝ちらしい」
『……? 何を言って……』
通信に、ノイズ。それは乱入を告げる、きっかけのざわめき。
『えぇ。よく頑張りました、と褒めて差し上げます』
新たに通信に割り込んだその声は、福音のように柔らかく響く。
『ここからは、万事お任せを。この時代に黎明を引き起こす大天才にして全知の学位を持つ儚げ病弱薄幸系ジーニアスハッカー、完全復活です♪』
特異現象捜査部現部長。及び、ハッカーグループ『ヴェリタス』主宰兼部長、明星ヒマリ。
ミレニアムの誇る特異点の片割れが、今ここに完全に解き放たれた。
長めですまない……
今回もどうもありがとうございました。次回もまたよろしくお願いします。モチベになるんで評価とか感想とか諸々ね、貰えると嬉しいです。