【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
その身を自由に晒す喜びを噛み締めるがごとく、ヒマリは深く息を吸う。
『すぅーっ……けほっ、けほっ!』
その結果病弱たるその身に蝕むものが反応し、彼女は噎せた。そして、それでも喜びに身を浸し、自由を謳歌せんとするヒマリは息を吸い、吐き続け。
『ふふ、ふふふっ! 本当によくやってくれました、えぇ! まさかあなたたちが本当にリオを出し抜き、こうして私を連れ出すなんて思いもしておらず……感服です!』
そう声を出し、楽しそうに笑い。そして、ヒマリは車椅子に座ったまま、腕を横に薙いで、青い画面を中空に浮かべた。
明星ヒマリ設計、エンジニア部制作の彼女専用の車椅子には、特殊な機能がいくつか内蔵されている。
そのひとつこそが、パーソナルコンピュータの内蔵と、中空投影技術の搭載による、いつでもどこでもインターネットを利用することができるシステムであり。
「ヒマリ、ヴェリタスの部室の僕の機材とそちらをリンクさせた。使え」
『それでこそです。言わずともやってくださるとは、ありがたいですね……では、早速!』
ヒマリの手が中空に動く。その一挙動で、エリドゥの一角がヒマリの手に堕ちる。
車椅子の脇のスペースから引き出した、キーボード。それを膝上に置き、凄まじいスピードで打ち込んでいくヒマリ。
「区画を、次から次へと……」
『……見抜かれていたのね、エリドゥの仕組みを』
『えぇ。リオ、答え合わせといきましょうか? エリドゥがこうも広大な理由。それは広大でなければならなかったから、ですよね?』
そう言われれば、エリドゥはあまりにも広大な都市だ。リオがそれを作ったということは、その広さにもなにか意図があると汲んで然るべきであるということを、そういえば考えてもいなかったのだ、僕は。
『あなたは都市全体をひとつのデータリソースとして、メインタワーに集積させることでエリドゥをひとつのスーパーコンピュータとして成立させています。したがって、今のあなたを倒すために必要なのはメインタワーの制御権ではなく……』
「……周りの、区画ひとつひとつの制御権。けど……部長、それは無茶だって。何区画あるのかわからないものを……」
『えぇチーちゃん。これだけでは無謀な発想です。ですからそうですね、まとめてやってしまいましょうか?』
最初にヒマリが手ずから制圧した、三区画。そこを起点に、爆発的に制圧区画が広がっていく。その速度に、リオが初めて微かに語気を強めた。
『……っ、この速度は……!』
『追いつかないでしょう? リオ。それも道理です、それは私の秘匿してきた切り札ですよ?』
まるで、制圧済の区画と隣接した区画を一瞬で切り取っていくように、侵食区画を広げ、己の世界として作り替えていく。
『「剣」の実戦投入は初めてですが……望外の成果と言えるでしょうね』
「……『剣』ときたか。なんだ、守り用のツールには『勾玉』とでも名乗らせるのか?」
『そうですよ、というかもう起動は済ませてあります』
ヒマリはそう言って微笑む。先程までのぼくがそうであったように、リオの攻勢は至って激しく、しかしそれらは届くことがない。
「……特殊な防性プログラム。新しい層を単一で作り続けている……それに、『剣』も『剣』だね。強引に接続や連携を切り離すだけなら最高クラスのツールだよ、あれ」
チヒロが横から画面を覗き込んで、そう分析するのを聞き、僕はひたすらにドン引きしていた。
「これが明星ヒマリのハッキング、か」
「そうだね。これが、私たちの部長」
『この分野では例えリオであろうと、追随を許すつもりはありません。えぇ、仮にも私はヴェリタスの部長、ですからね』
天外に咲く華はそう言うとふふっ、と楽しそうに笑い、そしてリオに決着をつけるべく次の手を出す。
『チハヤさん、チーちゃん。リオとの決着をつけるため、任せたいことが』
「あぁ。なにをすればいい?」
「私たちにできることなら、任せて欲しいかな」
明星ヒマリは、他者を信頼している。その能力が誰よりも突き抜けていたとしても、一人では出来ないことがあることを明星ヒマリという華は知っていた。
だから、ヒマリは最も信頼できる、自分を解放した『天才たち』の、その力をこそ望む。
『派手にクライマックスと行きましょう。チハヤさん、「鏡」のリンクをこちらに。代わりに「勾玉」のコントロールを渡しますので、リオの攻撃を防いでください』
「あぁ。任せておけ」
『チーちゃん、「剣」のコントロールを渡します。私が脆弱性を作ったところに、一撃を』
「うん。部長、ミスらないでよ?」
ヒマリはチヒロの言葉に笑い声を鈴のように響かせた。『鏡』の制御がヒマリのコントロール下へ、ヒマリのコントロールしていた二種類のプログラムの制御が僕とチヒロの元へ。
『では、お願いしますね?』
『……まだ。まだこんなところで終わっている訳には行かないの。あの子は世界の敵、私がまだ誰も傷つけないうちに無力化しなくては……っ!』
『あら、しぶといですね。あなたのそういうところ、私は嫌いではないのですが……』
だが、と。静かに僕は声をあげる。
「それでも、天童アリスというキャラクターをAL-1Sにもう見てしまった。君はまだ迷ってる。僕を潰すのに十五分もかけるくらいには。普段のリオらしくなく初手に傍観を選んだり、な」
『……そうだとしてなんだと言うの』
「この盤面になってから言うのもアレだが……今のリオは見てられない。下らんとすら思う。全霊の調月リオを相手にするつもりが、その半分も力を出していないような有様だ」
僕は、と小さなエゴが芽を伸ばす。チヒロの方を見ると、口元を緩めていた。まるで、仕方ないな、というかのようだ。
「僕は……『天才』を倒しに来たわけじゃない。ミレニアム最高の頭脳、真の万能、『ビッグシスター』を倒しに来たんだ。……ここにそいつはいるのか?」
『……えぇ、そうね』
空気が切り替わる。リオの何かが確かに変わった。それは、あえて言うならば、覚醒。
『迷いを捨てた。いいえ、無視したんですね。あなたらしい』
『私に対峙する者は、叩き潰す。例え、誰であったとしても。私には、その覚悟がいつの間にか少しずつなくなっていた』
静かにリオは改めて、ごめんなさい、とこちらに声をかける。
『盤面は私が全力を出さなければどうにも覆らないところまで来た。けれど、逆に言えば……まだどうにでもなるところにある。力を出し切らなかったことは謝罪するわ。ここからは、そう簡単には行かないと思ってちょうだい』
エリドゥの、リオの手元に残されたデータリソース。それを起点に、リオが展開した攻めは今までで最大規模。それは正しく調月リオという女の見せた、才能と技量の『頂点』。
『サムス・イルナ、起動。いいわ、思えば私だって時間を稼げば勝ち。アリスへの攻撃は続けているもの。攻撃し、防御し、観測する。全部一人でもできることよ』
「それでこそだ。……その上で、君を叩き潰す。ミレニアムの特異点には特異点をぶつけるんだよ、ってね!」
『敵に塩を送っているのはなかなか珍しいですが、しかしチハヤさんらしいことではありますね……えぇ、私もどうせやるなら全力のリオは見てみたかったものですし、なにより。えぇ、えぇ……ふふふっ』
ヒマリは楽しそうに、そして何故だか心底嬉しそうに。
『やっと、喧嘩できますね、リオ?』
『そうね。心行くまで、潰し合いましょう。私たちの決着をつけるために』
またここに、ミレニアムの異能がひとつ、完全に解き放たれる。ミレニアムの特異点『ビッグシスター』調月リオ。
その身体を縛る、罪の自覚と重荷を、リオは無責任にも置き去りにした。後でまた、拾い直すことだけを独り決めにして。
「チヒロ、付き合わせて悪いね」
「ううん、いいよ。楽ができなくなったのはアレだけど、部長もリオもあんなに楽しそうだし」
「そうだな。……さて、僕らもフルスロットルで行こう」
さらに、ここに確かな焔が燃える。
「チヒロ、防御は僕だけに任せろ。リオの攻撃はひとつとて通さない。……君はただ、一撃をぶち込めばいい」
「全部任せる。チハヤが裏なんでしょ、最初からそのつもりだよ」
見ていろ、リオ、ヒマリ。天外に届かない力でも、天井に手を伸ばした二人が揃っているんだ……この戦いの特異点は君らだけじゃあない。
「僕らで、リオを倒す。全力のリオをだ」
「痺れるね。これがロマンってやつ?」
「そうだな。ここが僕たちの最後の役目ってやつだ」
開花した天外の華と、縛る鎖を投げ捨てたビッグシスターに、僕とチヒロで手を届かせる。
「壁を超える。不可能はない。今ここには天才がいる」
「うん。私がいて、あなたがいる。さっさと終わらせようか」
今、ここに、第三の特異点が花開く。有り得ざる三つ目、比翼の特異点が。
『……来なさい、チハヤ、チヒロ。あなたたちの挑戦を、改めて受け入れるわ』
「言われるまでもない!」
「全力でやるだけだよ、リオ」
『観測はお任せを。不味そうなら都度カバーしますので』
ヒマリの後押しで、僕とチヒロは行く。
全身全霊のビッグシスターの、その喉元に刃を突き立てるために。
予 約 投 稿 失 敗
すみませんでしたァ!!
今回もありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。モチベになるので評価感想よろしくお願いいたします……