【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
あと明日6時の更新はお休みします。申し訳ない。
暖かなはずの空気が静かに凍てついている。
『失礼、ティータイムとしては音楽も欲しいわね』
「勝手にしろ」
『えぇ』
Xが軽く指を鳴らすと、店内にジャズが流れ出した。
僕とXは表向き和やかに互いを見合って、狭間の領域がもたらす絶対規則としての平和に寄りかかっている。
「君がなにをしようとして、なぜ僕を待ってまでここに呼び出したのか。知りたいのは結局そこだ」
『でしょうね。私があなたの立場でも知りたいところは概ね同じでしょうし、教えてもいいわ』
リオになりきったXは依然その擬態を解くことなく、僕へ語りかける。
『重ねて言うけれど、私は観測者よ。観測者というものはこと科学において、ひいてはこの世界において重要な意味を持つ。それは分かっているのかしら』
「……結果を確定させる。観測とは、一見矛盾した現象の結果を確定させる行為だ。だからこそ、科学……特に、力学の分野においての『観測』とは極めて重要な行為であると、そう理解している。それが世界においてどのような意味を有するかは知らない」
『なるほど。科学分野においての理解があるならば早いわ、世界においてもそうであると認識なさい』
Xはそう言って、珈琲をさらに口に運んだ。僕もまた、全く同時に珈琲を口に運んでいたから、それは会話の空白としての機能を果たすことはない。
『世界の未来を確定させるのは行動ではなく観測よ。外側から何者かが観測しなければ、運命や未来は確定されない』
「……なるほど。お前はつまり『確定させるモノ』なわけだ。多数ある選択肢の果ての、運命や未来という言葉で片付けるべきものを収束させ、ひとつに提示するのが役回りか」
『話が早いわね。助かるわ。私がどういうもので、なぜこの世界にあなたを呼ぶ必要があったのかも結局はそこに由来するところがあるの』
僕は頷いた。さもあらん、と。僕は言葉を引き取る。
「およそはわかっているつもりだ。つまり、君が観測したことはその時点においてはもうそれで『確定』してしまう。微かな差や、振れ幅という概念が消失する。そうあるように、そうだったようになる。つまり、君という存在との対話が成立しない」
『あら驚いたわ。私がそちらに出向きたくはない理由の大半が説明されたわね、そうよ……木偶人形と話しても面白くは無いでしょう?』
その言葉に、僅かに思考を巡らせると、僕はひとつの可能性に突き当たる。
「そうか。お前が意識、無意識問わず『こうだろう』と予測することは即ち、一種の『観測』になってしまうのか!」
それは、Xという存在の瑕疵のひとつ。Xとは、Xの言葉を借りるならば『観測者』である。『観測者』とは、物事を確定させることができるという意味を有している。であれば、『観測者』の『類推』や『予測』は未だ未知である答えに影響を及ぼしかねないのだ。
フラットな立場から観測しなければ正しい答えが得られないので、Xという観測者は世界の観測のために世界に降り立つ訳にはいかない。
少し難しいが、そういうことと僕は認識した。
「……つまるところ、君は顕現してしまうと人類史上最悪にして最大のネタバレ量産装置……いや、やや喩えとしては不的確か?」
『そう遠くもないけど、近くもないかもしれないわね。ただ、理解としては十分かもしれない』
「厄介な奴だ。……それで? まだ僕はお前が何をしたいのかを聞いてないぞ」
未来を確定だの、観測だの。ごちゃごちゃと理屈を捏ねてくれているが、僕が知りたいのはそうじゃない。
わざわざ天峰チハヤという何ら取り立てて説明することのない、最上位の頭脳を持つ訳でも、抜けた戦闘能力を持つこともない、小間使いのような男をこの場に呼んで、なにがしたかったのか、ということだ。
『そうね、はっきり言えば、私はこの世界を信頼していない』
「それは『観測』するに足りないという意味か? それとも」
Xは僕の言葉の続きを引き取り、苦笑いしながら口を開く。
『この世界が存続していくという可能性そのものに対して疑義が生じているのよ。それはあの箱舟が現れたからではなく、単にこれまでの私の経験の延長線上そうなるという話なのだけれど』
「箱舟? ……ほんとに史上最悪のネタバレマシーンだな。語らないだけ許せるが」
『私は生憎ネタバレはそれなりに否定派なの。それが必要なネタバレなら諦めもするけど』
「スタンスは同じか。それで?」
Xは目を伏せ、そして小さく息をつき、それから僕の目を真っ直ぐ見据える。
『私は未来へ干渉できない。そして、とあるタイミングで必ず、あなたたちの世界の敵となる。これは変えられず、抗えない未来よ』
この超越存在からの、敵対宣言を僕は受け、ひとつ笑う。
「……へぇ?」
『だから、そうね。天峰チハヤと言う一人の人間に依頼をしましょう』
Xは言った。最終的に己は世界の敵になる、と。その上で、僕に頼みたいことがあるのだと。
だから、僕はそれを聞いてやることにした。僕にそれを聞かない理由はなかった。世界の敵であろうとも、ひとまず聞くくらいはしても良かった。
『報酬は、この世界の安定の観測。世界が続くに足ることをどうか示してちょうだい』
「その依頼、ヴェリタス所属の天峰チハヤが引き受けよう。必ず、遂行する」
『ヴェリタス……。そう。あなたは……』
その後、微かに何かを思うように、誰にも聞こえないようなか細い声をXは漏らす。ジャズでその声はかき消され、僕が恐らく最も知りたかったXの本心らしきものは知ることができなかった。
『……伝えるべきことは伝えたわ。あとは天峰チハヤ、あなた次第』
「未来は変えられないのではないのか?」
『私が何のためにこの世界にあなたを呼んだと思っているの?』
あぁ、なるほど。これは僕の察しが悪いな。こいつの能力はあくまで『その世界に存在する未来を観測する』能力なんだ。そして、観測した未来は確定する、と。
「この世界と僕の世界の未来は別物、ということか」
『そう。厳密に言うと最初からこの泡沫の狭間は消える運命として創ったから、先が既に確定しているの。ひとつの未来を確定させたなら、もう何者にも変更は叶わない。それに例外はない。けれど、既に確定した未来を観測し続けることはできて、そうすればあなたの未来を確定させなくて済む』
「……そういうもんか」
全然分からない。実際、Xは静かに微笑んで、『理解する必要は無いの。そういうものだとわかってもらえばいい。この世界なら平気、とね』というものだから、僕はそうしておくことにした。
「……にしたって、お前を超えると言うがどうすればいい?」
『それを私に聞くのかしら? ……いえ、あなたのことだからいくつか既に回答候補はあるのではなくて?』
案が無いわけじゃない。だが、未確定すぎる。そして、Xの対処に関して言えば一度の失敗はそのまま敗北を意味するはずだ。
「お前の正体を暴くこと」
『…………は』
「それが、僕の回答だ」
Xは小さく、そこで初めて微笑みでも苦笑いでもない笑みを見せた。リオを姿で騙っていたXが、声を出して笑う。
『面白いことを言うわね。それになんの意味があるの?』
「お前を観測者の座から引きずり落とす。この世界は『見立て』と『文脈』で構成され、そこにどのようにアプローチするかによっては何かを歪めることもできる。名も無き神の遺産はそれを僕に教えてくれた」
『見立てと文脈。第三者として立場を偽っている私を正しく観測すれば、私もまた観測される当事者になる……私の未来の確定という権能は失われる』
その通り。コイツは世界に中立であるという前提で、あるいは単なる現象の一部であるという前提で、観測者たり得る。ならば、その仮定の前提を両方とも崩す一手であればよい。
『ならば、答えを探しなさい。私がなんなのか、あなたに正しく認識することができるのかしら?』
「それについては、もう僕の中で結論が出ている。……こちらの世界への来訪、楽しみに待っているよ」
『……さすがね、天峰チハヤ』
言われるまでもない、と口にしようとした途端、壁が奇妙な色に変わっていくのが見える。
『あら、もう時間のようね』
「あぁ。最後にひとつ。この邂逅がなければ、この世界は詰んでいたはずだ。これは色彩に対する明確な造反。それをやる理由が、お前にはないはずだ。だから敢えて言うが、この行動を起こしたという事実が、お前の正体を雄弁に僕に語ってる」
『えぇ、期待しているわ。私をよく知って、理解してくれているということの意味を、私はよく知っているから』
たぶん、Xには色彩に造反する理由も、しない理由もない。その上で、しない理由がないからこそ……Xは事を起こしている。
あとの言葉は不要。だからこそ、先程の勝利宣言を別れとして、僕はXに背を向ける。喫茶店の扉を開き、そして。
『私も、あなたと会えることを楽しみにしている。また会いましょう。次は、そちらで』
その言葉が最後に背に投げかけられる。Xの言葉に、返す言葉は必要ない。僕らはモモトークの最後の返信を取り合う生き物だが、それをやると終わり時がわからなくなりがちだ。
だから、返答の代わりに無言で片手を上げて、僕は現実に戻る一歩を踏み出した。
I am X.
今回もありがとうございました。また次回も、よろしくお願いいたします。
感想評価等も拝見しておりますのでぜひお願いしますね。
重ねて投稿遅れ申し訳ない。