【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
空の彼方、アトラ・ハシースの箱舟最深部、ナラム・シンの玉座。
第七サンクトゥムの顕現を阻止されたことにより、乗り込んでくるウトナピシュティムの本船を迎え撃つ他なくなった色彩に従う者たちは、今混迷の中にあった。
『識の魔』が世界から退去した。
言葉にすればそれだけの事だが、しかしそれだけの事が果てしない影響を齎していく。
「味方だと思っていたモノ、頼れる仲間だと思っていた、のに」
まず、『識の魔』の退去によって変化したのは、色彩に従う者たちの認識そのものだった。『識の魔』は色彩と色彩に従う者全ての認識をねじ曲げていたのだ。
「……先生。どう?」
首を横に振ることすら叶わぬ身の代わりに、『先生』と呼ばれた巨体に追従する黒い少女が返答を返す。
「……データベース、エラー……そんなことが有り得ていいはずがありません」
「シッテムの箱の生徒調査に引っかからないってこと?」
「その、通りです。そんなはずは、ないのですが」
『識の魔』の元となった生徒の正体を察することができなくとも、『識の魔』を倒した生徒の観測は怠っていなかった。それ故に、『天峰チハヤ』がその正体であることは理解した。
しかし、どのデータベースを幾度参照しようとも、色彩に従う彼ら彼女らの世界において、天峰チハヤという存在の証明はどこにもなかった。
「あの人の能力で、認識を誤魔化されていた。……違和感を覚えないようにされていた、というべき?」
「そう、ですね。凡そ、同じ結論です」
「正体がバレたら私たち相手でもダメだった、ってことなんだろうけど」
実際、この推察は正解だ。天峰チハヤである、ということが誰にバレても、『識の魔』はその力を大きく減ずることになっただろう。
その上で、現状を鑑みると疑問がある。『死の神』は整理と共有のため、黒い少女へ聞かせるための独り言を呟く。
「天峰チハヤが、データ上にないということは……私たちの世界には、天峰チハヤはいないということ。……なら、平行な世界線であるはずのこの世界で、これほどまでの差異が、どうして」
その疑問提起に対し、黒い少女が答えを返すことはなかった。当然だ、一切合切が不明なのだから。いや、正確に言えば、黒い少女にはあるひとつの仮説があった。その荒唐無稽さによって、黒い少女はそれを奥底に封じただけだ。
(……世界の先の向く『角度』が異なる世界から跳躍してきたトラベラー。しかし……色彩の力を用いない世界間転移など、可能なのでしょうか?)
その上で、その場において持ちうる疑問はひとつ。
「天峰チハヤ……あなたは、何?」
その言葉を最後に、ナラム・シンの玉座は沈黙に包まれた。先生たちが訪れるまでに、そう間もない時のことだった。
結論から言おう。勝った。無事トキの意思通り、第七サンクトゥムの顕現は阻止。というか、この辺を疑うのはネルに失礼、という話はあるのだが、それだけじゃない。
「チハヤ、お前やるじゃねぇかよ……ああいう気概が一番いい」
ネルに背中をバシバシと叩かれる。普通にヘリを運転しているのでやめて欲しいのだが。……っと、話を戻そう。
C&Cの面々を乗せ、それからズタボロになったアビ・エシュフを懸架して、ミレニアムに帰還した頃には色々と決着が着いていた。
大きな戦いであった、とひと目でわかるヴェリタスの部室に漂うぐったりとしたムード。通信の回線に入ってくる、撃破の報告。
およそ、ヴェリタスの関与できる作戦については終了しており、その一切は成功裏に終わったものと考えられた。
まず最初に声をかける相手は、当然、僕の愛した人。
「チヒロ、ただいま」
「……っ! チハヤっ!」
やっと戻ってきた、とばかりにチヒロがこちらに駆け寄る。
「怪我は……ない?」
「少し無理をして、足腰を痛めたがそれだけだ。……約束通り、完全勝利だ。そっちは?」
「こっちももう終わり……私たちの支援できる部分はもうない」
チヒロがそう言った途端、僕はみんなの前でも構い無しにチヒロを抱きしめた。
「ふぁ……き、急にぎゅってしないでよ、びっくりする」
「ごめん。……チヒロが、ここにいることを確かめたくて」
「どこにも行かないから……って言いたいけど、何かあったの?」
僕は静かに、敵だった天峰チハヤのことを思い返す。その上で、一言。
「チヒロがいないと、僕は弱い。よくわかった」
正体を晒された、別の「僕」は、そう、弱かった。弱かったというわけじゃないが、そういう表現しか僕の語彙力にはない。
何かが欠損している。それが何なのかは分からない。あの場で終わるつもりだったという投げやりさもあったのかもしれない。
「……それは、どういうこと?」
「僕が、完全勝利できるくらい向こうに余裕が無かったってことさ。そして、君が僕に余裕をくれたってことでもある」
そういうことにしておこう。僕にはあいつの事はわからない。わかるはずもない。めちゃくちゃ拗らせた恋ってあぁなるんだな、くらいしか言うことがないんだ、僕から「僕」に対しては。
「……色々後始末が済んだら行きたいところがあるんだ。できれば、今日の早いうちに」
「私と? うん、付き合うよ」
「そうか。……ありがとう」
その言葉ついでに、僕はチヒロの前にアサルトライフルを出す。
「……そういや貸してたね、私の銃」
「あぁ。ありがとう……君のおかげで、勝った」
実際の戦闘ではコンバット部分での使用が主だった訳だが、それでも向こうが天峰チハヤなら持ってくるだろうと思ってミラーマッチを構えることができたのはよかった。
それに、すごく落ち着いて戦闘運びができたのもバックドアを貸し出されたということによる、「必ず戻る」という意志の先鋭化ありきだったろうし。
「ほんと? ……ふふ、役に立ったなら嬉しいな」
「大いに役立った。おかげさまでな」
「……それと、その箱は?」
気になるか? まあそりゃそうか。僕はこの場にもうひとつ、キャリー式の引き車を使ってまで箱を運搬してきている。それの中身を、知りたがっているのだろう。
「……どのくらい後始末にかかる? それ次第なんだが」
そう問うと、ぐでっと机に伏していた三人が軽く目線を見合わせて頷くのが見えた。
「チヒロ先輩、行ってきなよ」
「……いいの? 何回目? この流れ」
「それだけみんなチヒロ先輩にお世話になってるって思ってるって事だよ!」
後輩たちに背を押され、チヒロは手持無沙汰になったことを困ったように苦笑い。そして、僕の方に歩み。
「じゃ、まあ。そういうことで」
想像よりもずっと早く、僕とチヒロは部室を出て向かうべき場所へ向かう。車を出し、ラジオに通信を埋め込んで戦況を聴きながらの移動だが、もう戦況の不安はなさそうだ。
リオの作った『脱出プロトコル』が機能を開始し、次から次へと生徒が地上に帰され始めたらしい中で、僕は通信を切ってしまった。もうなにか起きることはないだろうと思ったから、というのと、ここから先は静かにするべきだろうと思ったから、というふたつの訳があって、だ。
「……着いた」
天空の果てでまだ戦いは続いていると言うのに、夜の帳が降り始めた平野に僕とチヒロは立っていた。
「ここ、ピクニックにいいって言われてる自然公園だよね?」
「あぁ。……バカヤロウの遺言を果たしに来た。わざわざここって場所も日時も指定があってな」
遺されたメモ帳を見返す。表表紙の裏に書き付けられた、恐らく最も新しいインクの跡。書くところもなくなって、仕方なくそこに書き付けたことが容易に想像がつく。
ここまで引っ張ってきた箱の中身を、開ける。中に入っていたのは、一丁のアサルトライフル。
「これって、私の銃……バック、ドア?」
「そうさ。……未来の僕が使ってきたものだ」
「僕」が存在した証拠は全てあの色たちによって葬られたが、メモ帳が残ったように、すでにアイツが持っていなかったもの……いや、たぶんアイツが自分のものと認識していなかったものは残っている。
「……それじゃあ、あっちの私は」
「わからない。それを知ってるのは、アイツだけだ」
倒れていたところから少し離れたところに転がっていた、もう一本のバックドア。平行世界のチヒロの愛銃を、僕は回収してきていた。
「なあ、チヒロ。僕はこれを……どうすべきだと思う?」
天峰チハヤの遺言。それは最後まで自身での選択を諦めていた。自分は観測者であるというスタンスを崩さなかった。そういう意味では、僕は「僕」を尊敬するだろう。
「……あっちのチハヤは、どうしたがってたのさ」
「『チヒロに聞け。僕にはできなかったことだが、お前になら出来るだろ』……最後まで、選択を放棄することを選択している辺り、筋金入りだよ」
遺言は、この場所の指定以外のことではたった二言。それも、バックドアのその後に関してはこっちのチヒロに任せる、というだけのものだった。それを聞いたチヒロは、静かに口を開く。
「違う世界の私から、違う世界のチハヤに渡されて……世界を超えて、この世界の私たちにこうして渡る」
そう言葉にされると、不思議な経歴の銃だ。そう思う間もなく、チヒロは言葉を続ける。
「チハヤ。あなたの思う通りにしてほしい」
それはチヒロの、与えられた選択権を放棄するという選択。僕がその言葉に少し驚いたようにチヒロの顔を見たのを、チヒロは苦笑いで返した。
「たぶん、私がこうするってことを未来のチハヤは分かっていて、その遺言にしたんじゃないかなって。私は、そう思ったから」
「だから、信頼に従う、って?」
「そうだね。きっと、どの世界の私も、どうあって育った私も、そうすると信じてる」
優しくチヒロはバックドアの二丁目の、そのグリップを撫でた。
「チハヤは、あっちに言いたいことはなかったの? それを、そのまま行動に移せばいいんだよ」
そう言うチヒロは、小さく笑う。
「……そうだな」
僕はその言葉に、決心した。静かにバッグから工具箱を取り出す。
「チヒロ、付き合ってくれ。……バックドアを、バラす」
「……それが、あなたの選んだことなら。最後まで、付き合うよ」
それは僕なりの誠意だ。形を残さないのは、二度と誰にも引き金を引かせないため。僕が引き継がないのは、安らかに持ち主が眠れるようにするため。
パーツを分解し、ひとつひとつ綺麗に磨き、銃を入れてきた箱に戻す。
その間、チヒロと僕は一言も喋らなかった。
「……どうして?」
だから、その言葉を発したのは僕でもチヒロでもなかった。
それはいつの間にかそこにいた。偶然だったろうか。いや恐らく、「僕」の遺言にあった、この場所の指定。その意味は、きっとこの女と僕を邂逅させるためにあったのだろうな。
「聞きたい、ことがある」
散々泣き腫らしただろう瞳をし、狼の耳を揺らして。黒いドレスの少女は、僕らに問いかけてきたのだった。
ナラム・シン全カット(そんなことある?)(なくはないです)
いやだって原作と変わらないんですよ……?(とんでもない理由でマルっと消し飛ばされるナラム・シンの玉座というかPHT最終決戦)
それと、体調を崩していた状態で原稿が消え、どうにもならなくなって投稿を遅らせてしまったこと、申し訳ございません。最近こんなことばっかりになってきたので一回そろそろ気合い入れ直したいんだけど体調が微妙に悪い!
今回もどうもありがとうございます。次回もまたよろしくお願いします。