【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

57 / 62
識っていたこと

 僕と、黒いドレスの少女と、チヒロ。三人の間を、夜風が駆け抜ける。

 

「聞きたいことがある」

 

 黒いドレスの少女は、もう一度そう繰り返した。

 

「……まず名前から名乗れ、というのは当然の部分だと思わないか」

「ううん、チハヤ……その必要は無いよ」

 

 僕が名前を問いただそうとした、そのあとに。チヒロは即座に答えを導いている。僕が持ちえない情報を持つチヒロは、それ故に確信を持っているように僕に告げた。

 

「あの子は、アビドスの砂狼シロコ。その、平行世界からやってきた姿……だと思う。アトラ・ハシースの箱舟攻略に際しては、随分と妨害された」

「……その事に関しては、本当に申し訳ないと思ってる」

 

 砂狼シロコ。……確か、今回の事件において最初に行方不明になったとか聞いていたし、作戦会議においては「敵側にいる」ということしか聞かされていなかったのだが、なるほど。

 

 未来の「僕」と同じように同一存在は二つ存在できないルールに従って、こちらの世界の砂狼シロコを誘拐することでどうにかしたのか。

 

「事情はなんら知らないが、なんの理由もなくこのような行いを人はしない。事情を勘案して、僕は君への態度を決定するだろう。そして、今僕はそれを問うつもりはない。つまり、僕から君に対する立場は完全にフラットだ」

「……チハヤがそういうなら、そうする。ただ……警戒はさせてもらう」

「ん。……むしろ、横から割りこんだのは私。ごめんなさい」

 

 砂狼シロコがそれについて謝罪したことは、意味のある行動だった。それは、過去に縛られながらも、今を見ている証左。だから、話す価値があると僕は認識した。

 

「それで? 何が聞きたいんだ、砂狼さんは」

 

 聞きたいことがあると言った彼女へ、本題を問う。彼女はゆっくりと、静かに口を開いた。

 

「……平行世界のあなたをあなたが倒したことは、私たちも把握している。平行世界のあなたが倒れた時に、私たちにかけられていた認識阻害が解けた。……その時に、調べたの。あなたのことを」

 

 僕は、続けろ、と無言で示す。チヒロもまた、同様に。だから、彼女は言葉を続ける。

 

「……あなたという存在は、私たちの世界に存在していなかった」

「……え?」

「あぁ、なるほど」

 

 チヒロが驚く声。そして、僕の得心。ひとつの音と、ひとつながりの言葉が草原に響く。

 

「だから、私は知りたい。あなたが、何者なのか」

「いよいよ、という感じがするな……。うん、言葉にして整理していくとしよう。チヒロも付き合ってくれるか?」

「……一旦、話を聞くことにする」

 

 そうしてくれるのが一番助かる。やはりチヒロは物分りのいい人だ。たまらない……さて。何から話すべきか。誤魔化せないか? 

 

 まず、そうだな。僕が何者なのか……そんなことは分かりきっているだろとばかりに当ててみるか。

 

「僕が何者なのか。そんなの決まってるだろ、僕は僕だ」

「ん、そういうことを聞きたいわけじゃない。生徒として、男子であるという特異性。私たちの世界にいないという不整合。そういうところの、理由を。あなたなら知っていると思っているから」

 

 ……なるほどな。チヒロには、この話を聞かせたくはなかった。だが、隠し事はできない。今この話を聞いているチヒロの中に、疑念の種があるのは容易に推察ができることだ。

 

「そうか。なら、少し長くなるぞ。チヒロも、聞いてくれ。僕の、取り立てるべき面白みだけがない過去の話だ」

 

 草原に、胡座をかいて座り込む。その仕草に苦笑しながら、チヒロが続き、おずおずと砂狼さんも続いたのを見て、僕はゆっくりと口を開いた。

 

 まず、結論から話そうか。

 

「僕は、異なる世界のキヴォトスの生まれだ」

 

 そういうと、すごく驚かれる。当然っちゃ当然か。

 

 ここでまず、ひとつ疑問が生まれただろう。なら、未来の天峰チハヤとはなんだったのか、というものだ。僕が世界にとっての俗に言う『異物』であるとするならば、そのような異物が紛れ込む世界はここだけではないのかと。

 

 これについては、仮説になってしまうが、僕がこちらの世界に到着するきっかけになった出来事を軸に分岐したと考えている。

 

「平行世界の砂狼さんのいた……つまり、『僕のいないキヴォトス』。そっちが正しい世界線なのかはわからないんだが、世界の軸は広く、世界の先の向く角度が変われば世界も少しだけ変わる」

 

 そして、得てしてそういう世界にありがちなことがある。

 

「向きが変な世界の特徴として、確実に存在するという保証のない世界、みたいな。そういうものが、山ほどあるんだ。そういう世界は、どこかで終わりを迎え、消えていく」

 

 恐らくは、基底世界から離れすぎた世界がそうなるのだろう。僕には本当にそこら辺のことはわからないし、何が基底世界と定義するべきかも分からないのだが、この世界と僕の元いた世界で異なった点はひとつ。

 

「僕が生まれたキヴォトスでは、男子の生徒というのはそう珍しいものじゃなかった。男子にも女子にも平等にヘイローがあり、平等な立場で生きていた」

「……あぁ、それで……」

 

 チヒロがなにかに納得した様子なので、僕は思わず「なにが?」と口に出して問いただすと、チヒロはその後すぐに少し困ったような顔をして言った。

 

「それで妙に手慣れてるんだって……」

「あぁ、先に言っとくけど僕がこっちの世界に来たのは中学生に上がった時だから手慣れもクソもない。なんなら僕は割とクソナード野郎だったからろくな目にはあってなかった」

「……それはそれで、複雑なんだけど?」

 

 すまない、と形ばかりの謝罪をしてから、僕は話に戻る。

 

「まあそういうわけで、ここまで話してきた内容的に簡単に何が起きたかを話そう。天変地異が起きて、僕の世界は急激に荒廃したんだ」

 

 本当に何が起きたか分からなかったくらいの、最強大火事破壊的辻風極限飢饉……まあ、そんなエグすぎる災いが毎日とは言わずとも毎月一回くらいは襲いかかってきたわけだ。

 

「それで、僕らの世界のミレニアムサイエンススクールの天才技術者たちは手を打った。この世界のテクスチャを、他の世界のものに上書きする、というバグ技みたいなもんだ」

 

 つまり、極限の状態にある世界をより豊かな世界で上書きし続けることで、如何なる災害も『なかったことにする』プラン。

 

 そんなものが当然上手くいくはずもなかった。

 

「結果から言えば、これが大失敗。世界は確実な滅亡路線に乗った。知ってるか、世界が確実に滅ぶ時、キヴォトスは端からだんだんと崩れていくんだ。驚いたよ」

「……それは……」

 

 言葉なく僕の軽口のような語りを受け止める、二人の顔に笑顔はない。当然のことか。僕もあまり重く受けないで欲しくて軽口を叩くように話しているだけで、内容は深刻そのものだし。

 

「それで、いよいよ主要学園の一部が崩壊した、ってなった時だ。ミレニアムの技術者たちは、足掻いてみることにした」

 

 最後の足掻き。それは、生存していればよしとした自暴自棄な発想の『逆転』だ。

 

「滅びを受容できなかった僕の世界の先輩たちは、別のキヴォトスに住む人々を『カット』して、別のキヴォトスに『ペースト』しようとした」

「……そんなことが、できるわけ」

「あぁ。夢物語の類いだよ。だが、それでもここまで話せば分かるだろ?」

 

 僕の過去は、取り立てて話す必要はないと、以前チヒロに話したことがあった。それは当然だ。あの世界の僕は、見るに堪えない愚物だった。

 

「僕は、その技術の、最初で最後の被験者なんだ」

 

 僕はそう、微かに笑った。最初で最後。あの技術は、禁忌に触れていた。そんなことは、幼い日の僕でもわかったことだった。しかし、大衆の殆どはそれを理解せず、生き残れる希望に縋った。

 

「何を失う訳にも行かず、けれども技術テストをしたい彼らは一般からテスターを募ったんだ。生き残りをかけた技術の、一発目。完成すれば生き残り、しなければ滅ぶ。まず最初に犠牲になるのは誰だろうか? そういう雰囲気が、僕らの間にあった」

 

 だが、僕はあえてそれに名乗りをあげた。なぜか。

 

「僕が生き残ったってどうにもならない。そういう諦観が僕の中に息づいていた。だから、僕の命ひとつで世界が前に進むなら。そう思って、僕は被検体になった」

 

 実験の日のことはよく覚えている。僕を機械と繋ぎ、エネルギーによって七色に輝く部屋の内装を。そして、世界に赤と紫の光が満ちたことを。

 

 既に世界から切り離された僕は、目の前で異形に変わっていく人々を呆然と見つめながら、新たなる世界へその身を移していく流れに身を任すことしかできず。

 

「それっきりだった。それで、次に肉体があると僕が認識できた時には、僕は山海経の郊外にいた」

 

 いろいろなことがあった。だが、それを語るのは今じゃない。チャーハンを山ほど作ることになったのも、多少格闘技に造詣が深くなったのも、麻雀を嗜むようになったのも。いずれまた、追々話そう。

 

「色々な人に助けられた。同じ年代の、それでも優しい子達だった。彼女達の誘いを断って、ミレニアムに進学したのは、この世界にも同じ技術ができないか不安だったからだ」

 

 実際、下地はあったと言える。名も無き神の遺産、アレの技術の発展応用の最終系のひとつが、僕の世界の『最後の足掻き』に繋がるのだから。

 

 ここまで話していれば、聡明なチヒロなら辿り着きかねないな、と思ったので僕は先んじてチヒロに謝罪するため言葉を続けた。

 

「そうだ。チヒロ、謝らせて欲しい。千年難題のチームに加入するにあたって、僕の当初の目的は『調月リオと明星ヒマリが技術を発展させないか』を見守ることだった」

「そう、だよね。そういうことに、なるかなって思ってた」

「……ひとつだけ、弁解するなら。君と過ごした時間、君に語ってきた言葉、その全てに僕は嘘をついていない。あの星空の下で話したこと、不安を感じたこと、その全てはこの世界に来て初めて、僕個人が抱えた悩みだった」

 

 僕の弁解に、チヒロは小さな笑みを浮かべた。

 

「大丈夫。疑ってない」

「ありがとう。君は、やっぱり僕にはもったいないくらいいい人だよ」

「……見せつけてくるのは構わないけど、話してからにしてくれない?」

 

 随分太いやつだな、と思わなくはないが、チヒロの信頼の確認を済ませた僕は敵無しだ。とりあえずそれくらいは許す。

 

「すまない。……とにかく、砂狼さんの来た世界と、この世界。それから、僕の世界と、未来から来た僕の世界……今のこの事象には、四つもの世界の人物が交錯していたんだ。差異が生まれるのは当然のことだった」

「……全然、分からない……」

「だろうね。僕だって全容が掴めているわけじゃない」

 

 実際のところ、ここに尽きる。僕が何者なのかについてはおよそ雑に説明はしたが、説明をしたところで恐らく砂狼さんの持っている疑問に解答はほぼ出ない。

 

「だが、およそ謎はひとつに絞られる」

 

 なぜ、天峰チハヤは『砂狼シロコとプレナパテス』がいた世界に現れなかったんだろうか? 

 

 同じ疑問を、砂狼さんとチヒロもちゃんと抱いてくれている様子だ。

 

「……だね。天峰チハヤ、という人間が、どうしてそっちの世界には現れていなかったのか……でもまあ、解明は難しいとは思うけど?」

「砂狼さんが気になるなら、今の話を先生にしてみるといい。少しは力になってくれるはずだ」

「……そう、思う?」

 

 僕は頷く。あの大人が、世界がひとつ変わったごときのことで生徒を認めぬはずもない。そうだな、僕のように未来から何かを託されているとしたら……。

 

「存外、君は先生から先生へ、託されたのかもしれないと思っているんだ。僕はね」

「……そうなら、いいな」

「きっとそうだよ。……私も、そう思う」

 

 ゆっくりと落ちてくる流星が見える。何となく、直感であれは人だと分かった。横のチヒロも、そして砂狼さんも。

 

「まあ、僕個人としては僕の生い立ちの話はここだけの秘密にしておいて欲しいものだけど」

「……ん。できるだけ、そうする」

「チヒロ。……後で、いっぱい話そう。僕の過去を、一部だけでも広げてしまったんだ。君には、全部を知らせなきゃいけない」

「分かった。……ゆっくり、聞かせて?」

 

 こうしてひとつの謎を残し、アトラ・ハシースの箱舟に関する、キヴォトス全体を巻き込む騒動は終わっていく。

 

 いつの間にかいなくなっていたドレス姿の彼女を追う気はなかった。今は、チヒロと語らう方が先だと思ったのだ。

 

「すまない。こんな時間まで付き合わせて……それでも、最後まで付き合ってくれるか」

「もちろん。最後まで、付き合うよ」

 

 分解したバックドアの部品を詰めた箱を、またキャリーに載せた。最初は埋めるつもりだったが、気が変わった。

 

 過去は消えない。ならば、どこまでも行こう。チヒロに、そう誓ったように。僕は、過去とも、どこまでも。




長めで申し訳ない。

およそここからの話をきちんと説明として出す必要があったから、という理由で走っていた最終編でした。

難しければ「天峰チハヤがいる世界線」自体が特異なものであるという認識と、最後の問だけ抑えていただければと思います。

ちなみに現状ある情報だけで「ひとつの謎」に対して「何故そうなのか」を答えることができるのは読者の皆様だけです。

今回もありがとうございました。次回もまた、よろしくお願いします。多分あと2回くらいで幕間というか本編というか純愛ラブコメを書く土俵に戻れるので、今後ともご愛顧をよろしくお願いします……!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。