【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
キャラメルの菓子言葉:あなたと一緒だと安心する
「チヒロ。この間の菓子の返礼だ、いい喫茶を調べてある。時間があれば行かないか?」
我ながら唐突な誘いすぎたかもしれない。チヒロが目を丸くしてこちらを見ているのを、ヴェリタスの部室の入口から見ると、なんというかもう少しやりようがあったか? という気持ちになる。
「……まあ、いいけど。少しだけ待って、これだけ片付けるから」
「あ、副部長。大丈夫ですよ、これだけなら私でもなんとかなる範囲ですから」
コタマが後を引き受けるというと、チヒロは少し迷ってからキーボードから手を離した。
「んん……まあ、そういうことなら任せてもいい、かな……?」
「えぇ。こちらはお任せください。インストールが終われば書類仕事ですし、チハヤ先輩のおかげである程度は私も書類仕事はできますから」
そう言って微笑むコタマにチヒロは困ったような笑みを浮かべて答えた。
「そっか……じゃあ、お願いしようかな。ありがとう、コタマ」
「いえ、副部長がチハヤさんに誘われてるのは初めて見ましたから。ぜひ楽しんできてください」
「すまない。僕からも重ねて感謝するよ、コタマ」
「えぇ。チハヤさんはもっと副部長を誘ってどこかに行かれた方がいいですよ。……副部長が『あれが良かった』『これは違った』って言う話、だいたいチハヤさん絡みですし」
「コタマ!?」
コタマはそのまま、普段の丁寧な態度の彼女にしては珍しく、ブラックコーヒーを開栓しつつ「はい、副部長。決めたならあまりお待たせしてはいけませんよ」と強引にチヒロと僕を追い立ててヴェリタスの部室のドアを閉めてしまった。
「あー……じゃ、行こうか……?」
「……コタマ、後で覚えてなよ……」
ははは、と乾いた笑いで誤魔化しながら、僕は事前に下調べしておいた喫茶店へチヒロを連れていくのだった。
「いらっしゃいませ、お客様。カウンターとテーブル、どちらに?」
「テーブルの空きはあるかな? 二人だ」
「えぇ、もちろん。窓際のお席へどうぞ」
窓際のテーブルのうちひとつに辿り着くと、チヒロに窓際のソファに行くよう促す。自分は椅子を引いて座ると、ほっと一息をついた。
まだコタマに言われたことを引いているのか少し不機嫌気味なチヒロに、メニューを渡そうとしたがチヒロはそれを断った。
「下調べしてるんでしょ? なら今日はチハヤと同じものを選ぶのが一番いいかなって」
一瞬、グランドメニューの文字に視線を走らせ、その上で改めて大丈夫、とチヒロはメニューを立て掛けに戻した。
僕もこの店は初めてだからあんまり信頼ならないぞ、とは言わないでおく。その上で、ハズレのない選択は持っているから。
「日替わりケーキセットにしようと思っているんだが」
「いいんじゃない? 今日の内容を確認してコーヒーを決めようかな」
「そうだね。すみません」
はい、と答えてカウンターからマスターがやってくるのに向けて、注文を発した。
「今日の日替わりケーキセットをふたつ。内容はなにか伺っても?」
「本日の日替わりはチョコレートキャラメルケーキでございます。私の試作ではございますが、是非お召し上がりいただければと。合うコーヒーでしたら、深煎りのオリジナルブレンドのブラックやエスプレッソですな」
「なら、オリジナルブレンドでひとつ。チヒロは?」
「私も同じもので」
サラリとメモ帳に注文を書き付けたマスターは頷くと、「かしこまりました。こちらおしぼりと、お冷。こちら炒った豆に塩を振った豆菓子でございますのでお好きなだけお召し上がりください。では、少々お待ちくだされ」と一礼して去っていく。
店内は壁紙から床、テーブルまで木製で出来ており、照明も明るすぎず。つまるところ、純喫茶と言われておよそ想像される要素と雰囲気を十全に満たしていた。
「なんだか、いい雰囲気だね」
「そう思うか? 僕も同じことを思ってね。以前散歩で通った道でたまたま見かけたんだが、その時は入らなかったんだ。せっかく誰かを連れてくるならチヒロと、と思ってね」
「どうして私? 後輩とか、セミナーの会計ちゃんとか。居るじゃない?」
悪戯気味に笑ってその問いを発するチヒロに向けて、何を当たり前のことを、と僕は笑う。
「君が一番趣をわかってくれるだろ? 僕は君を信頼してるんだ、心の底から」
「そっか。……ふふ、嬉しいな」
「お待たせしました」
コーヒーが僕とチヒロの前に置かれる。香り立つ豆の香り、湯気混じりのそれは久々に飲むブラックコーヒーとしては上等にすぎるように感じられる。
「それじゃ、失礼して」
「うん。私も」
二人、共にカップを傾ける。するりと熱いコーヒーが入り込み、その感覚の心地良さに目を閉じる。
「……いいね、これ」
目を開けると、チヒロもまた同じように目を閉じていたのか、なんなのか。目を伏せ小さく口角を上げていた。
「香りがずっといい。やっぱり、ちゃんとしたお店で飲むコーヒーは違うね」
「缶だけじゃ味わえない物もある。廉価かつ簡単に手に入る缶のコーヒーも悪くないが、時間をとってしっかり作られた店のコーヒーは最高だ」
二人で穏やかなひとときを共有していると、次はケーキがやってきた。
「ケーキセット、日替わり。チョコレートキャラメルケーキでございます。コーヒーは無料でおかわりできますのでご利用の際はお申し付けを」
「ありがとう、マスター。いいコーヒーだ、せっかくだしいただくよ」
「ありがとうございます。お連れ様はいかがされますかな?」
「うん。私の分もおかわり、お願いします」
「かしこまりました。では今しばしお待ちを」
コーヒーのおかわりを頼みつつ、目の前に置かれた、おそらく元のホールを6等分したであろう大きさのケーキに早速フォークを入れる。
「ん、おいし……!」
先に食べていたチヒロの声に期待を膨らませ、先端を切り取り、口に運ぶと……
「おぉ……」
思わず声が漏れる。濃厚なチョコレートの味わいと、キャラメルが齎す相乗作用。ひたすらに甘いものかと思っていたが、しっかりと焦げの入ったキャラメルは甘さだけではなく深みを加えることに成功している。後味に残る甘苦さが求めてくるものとはブラックコーヒーの苦味であり……まあ、つまるところ。
「めちゃくちゃ美味いなこれ……セットとして完璧だ」
「うん、本当にね。今度、後輩も連れて……ううん、ここは私とチハヤだけの秘密にしよっか」
「……ふ。それもいいね。こんないい店、誰かに教えてやるのも勿体ないくらいだ」
舌鼓を打っていると、からんころん、とベルが鳴り扉が開く。
「いらっしゃい……おや、黒舘様。ようこそ」
長い銀髪と、羽織っているが袖を通してもいないコート。
「えぇ、マスター、お邪魔いたしますわ。カウンター、失礼しても?」
「もちろんでございます。毎度のご愛顧、ありがとうございます。本日の日替わりは試作のチョコレートキャラメルケーキです」
「チョコレートキャラメルケーキ……では日替わりのセットをひとつ。オリジナルブレンドをブラックでお願いしますわ」
手馴れた注文の様子は間違いなく通いつめた常連のそれだった。
「驚いたな……黒舘ハルナ。美食研究会の……?」
「……なるほどね。美味しいわけだ、美食研究会のお気に入りか……」
美食研究会。不味い店は爆破するというとんでもない性質を持つゲヘナのお尋ね者集団だ。しかし、その性質上「美食研究会が訪れても爆破されなかった店」には良い評判がつく。
そして、今カウンターに腰掛けている彼女こそが、その美食研究会のリーダー、黒舘ハルナであり、彼女の常連としての慣れこそがこの店の素晴らしさの証明をしているのであった。
「もう少し、ゆっくりしていくとしようか」
「そうだね……私も今だけは、一旦何も考えないことにしようかな」
「そうしようか。三年生のチハヤとチヒロ、それ以上は何も考えずにいるというのもたまには、いい」
新しく席に届いたコーヒーにまた舌鼓を打ちながら、時間がゆったりと過ぎていく。
「あちらにいるのは、この間シャーレでお会いしたミレニアムの……あら、良い雰囲気ですこと。私のご挨拶は水を差す無礼になりますわね。食事は雰囲気も重要ですから」
喫茶の常連、ハルナはその様子を見て、静かにそう1人決めてカップを傾ける。ケーキもまだないのに妙に甘いような気がしたからだった。
今回もありがとうございました。
日間の新作17位ということで、皆様のおかげかなと思います。
さて、モチベーションにつながりますのでぜひ評価感想等お待ちしております。これからもよろしくお願いします。