【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
閑話 バース・デイ/リバース・デイ
半同棲とも言っていい、チヒロとの生活を始めてからしばらく経った頃。
僕とチヒロは当然のようにソファで寄り添って、今日も二人で過ごしていた。もう時間は夜中で、後は眠るだけ、といった用意を整えて互いの用意した興の赴くまま過ごすことを最近は楽しんでいる。
そんなわけで、今日は僕から誘って、ちょっとした映画を見る時間を設けていた訳だが、なかなか面白かった。
「娘のためならどんな困難も乗り越える、元特殊部隊……うん、すごくかっこよかった」
「……だな。とはいえ、なんというか。ネットのミームでずっと見たことがあるような気がしたのは気の所為なんだろうか」
「……言わないようにしてたのに。途中で出てきたカーディーラーとのやり取りなんかずっと有名なミームだよね?」
まあ、うん。なんだ、そういうこともあるだろう。たまたま選んだ映画だが、悪くなかった。そういうことにしておいた方がいい。
それに……今日、わざわざ映画を見たのはちょっと理由があるのだ。
「ふぁ……もう今日も遅いね」
「そうだな。だけど、その前にひとつ」
時計の針が重なる、つまり12:00丁度になった、その時。
「ハッピーバースデー、チヒロ。……もう君の誕生日だろ」
「……そっか。もうそんな頃合か……覚えてて、くれたんだ?」
「当たり前だ。君のことを忘れたことが一度もないように、この日も僕は覚えている」
チヒロは少し恥ずかしそうに微笑んで、ありがと、と小声で呟く。
「……これは、僕からのプレゼントだ」
「わ……なにこれ、もふもふしたウサギのキーホルダー?」
「中に小物が入るんだよ。なかなか便利だと思う」
へぇ、と呟きながら小物の収納スペースのあるウサギを弄るチヒロは楽しげに口元を緩めた。それから、ウサギのキーホルダーを大切そうにテーブルの上に置き直して、僕に軽く手を伸ばす。
「ん……察してくれるの、好きだよ」
「君が生まれてきたこの日に、祝福があらんことを……なんてね。今日は君に僕の時間を全部あげるから、なんでも君の好きなことをしよう」
「本当? なら、そうだね……寝て、起きたら買い物にでも、行こっか」
それも悪くない。チヒロの誕生日くらいは、チヒロの心のままに過ごすべきだと思うから。
「すべて、君の思うままにしてくれてもいいんだよ。例えば、甘えたいとかでも歓迎だ。とはいえ、毎日甘やかしてもいいと思ってるからこれは今日限りって訳じゃあないけどね」
「……そういうことを臆面もなく言うところだよ、チハヤ」
「嫌いか?」
「ううん、そんなわけない」
チヒロの手を優しく取って恋人繋ぎに結び、肩と肩を触れ合わせる。
「こんなに幸せな誕生日は初めて……ね、チハヤ。チハヤの誕生日って、いつなの?」
「……いつ、か。あのさ、チヒロ。ちょっと、真面目な話になるんだけど」
そう、いつかは話さなきゃいけない話ではあったんだけど。すっかり忘れていたんだよな。
「僕はさ、向こうの世界の暦で誕生日が決まってたわけで。この世界の暦と向こうの世界の暦が一緒だって保証がないし、なにより向こうの世界の記憶が僕は曖昧でさ……今まで、誕生日が必要になることがあれば、この世界に降り立った日を誕生日に仮にしてたんだよ」
「……そう、なんだ」
「誕生日なんて、決めてしまっても構わないんだけどね。まあ、なんとなくそのままにしてきてしまった」
でも、まあ。強いて決めるにしたって、それがいつかなんてもう既に一つしかないんだが。
「決めるとしたら、いつにするのさ?」
「ま、実は今日にしたいかもな。情報処理部ってもんを僕のものにした日が、ちょうど一年前の今日なんだ。君にも見せられる成果をこの世界で初めて出した日。僕がこの世界にいてもいいと微かにでも思えた最初の日だから」
「……そっか。じゃ、時間はやっぱり独り占めにはできないかなあ。あなたのリ・バース・デイだもん」
Reとはよく言ったものだ。再誕日、とでもいうのかな。とはいえ、本当の誕生日じゃないことくらい分かりきってるわけだし。
「それはそれとして、君の誕生日は僕は君を甘やかし尽くすし、僕の時間を全部やるのは変わらん。僕の生きがいは君なんだし」
「……っ、もう……わかったよ。チハヤはちょっと私の事、好きすぎ」
「今更言うか?」
本当に今更だな、と僕は笑う。それから、ゆっくりと席を立とうとして、結ばれた手が離れないことに気付いた。
「ん? ……離れたくないの、チヒロ?」
「何を用意するつもりか知らないけど……行くなら一緒に、ね。今日はチハヤから離れないからそのつもりで」
「わかった。……冷蔵庫に、いいものを入れておいたんだ。腹はなにか入れても平気かな」
チヒロはその言葉に軽く目を瞬かせた。
「この時間にスイーツの類? もしかして」
「ダメだったかな?」
「ううん……たまには、いいかな。なにより、チハヤのチョイスが気になる」
そういうだろうと思ったのだ。今日は気合を入れて作ってある。
「ケーキはいつだかふたりで行った喫茶でいただこうと思ってるよ。席を予約してあるんだ」
「へぇ……じゃあ、今から食べさせてくれるのは?」
「気合を入れて、焼きプリンを作ってみた……ふふ、まあまあ自信作だよ」
実はちょっとしたツテと、それからシャーレの人脈をフル活用することで、人間は思ったより遠くの人間と伝手を取り合うことができると気付いたのは最近のことだ。
お茶会などという高貴なものを主催する関係上、スイーツに著しく造詣の深い、とあるお嬢様学園の生徒会長3人組が太鼓判を押すとある老舗の菓子店のプリン。
そのプリンを、密かに個人的に研究して似たようなものを作ってみたのだ。チヒロの好みに近付くよう、様々な工夫を取り入れて。
「チヒロは確か、固めが好きだったよね」
「うん……もしかして?」
「全部君の好みにかっちり嵌めた最高の焼きプリンってやつだよ。さあ、召し上がれってね」
瓶入りで作り上げた、焼きプリン。チヒロがそれをスプーンで救い、口へ運び……
「これ、すごく……すごく美味しいよ。ありがとう、チハヤ」
「君の好みに限りなく寄せた甲斐があったというものだよ。恋人冥利に尽きる」
「……ふふ、ほんとに……甘くて、しっかりした食感で、焦がしたカラメルの香りが良くて……こんなの、なかなか食べる機会ないよ」
チヒロの好みに無事突き刺さったらしい。僕は内心でガッツポーズを取りながら、チヒロにコーヒーを差し出す。
「僕の飲みさしだが、よく合うぞ?」
「貰うね……? さすがに、湯を沸かすほど待ってられないかも」
「構わないよ。僕も気が回ってなくてさ」
チヒロが僕の飲みかけの、しかしまだ湯気の立つカフェオレを一口。
「ふぅ……なんだか、本当に幸せ。何回も言うけど、誕生日なんか自分で思い出すことも最近はなかったからね」
「今年はひと味違うってね。とはいえ、これから毎年こうなるんだと思って欲しいものだが」
「ふふ、そうだね。来年も期待してる」
それでいい、と僕が頷くのを後目に、チヒロは一口また一口と匙を進める。
そして、もう底が近いのだろうか。少なめの量をすくいとったチヒロは、そこでなにか思いついたような笑みを浮かべてから、それを口に含んだ。
「んー……っ、ちゅ」
「っ、なぁっ!」
チヒロの唇が僕の唇を奪う。甘やかなカラメルの味が広がったと思うや否や、チヒロは躊躇いなくその先へ進んだ。
「ん、はぁむ……」
「……っ、んむっ!?」
優しく激しいキス。舌まで絡めたそれは、僕に強い甘みとほろ苦さというプリンの味わいを余すところなく伝えて。
味見は何回もした、ある意味食べ慣れたはずの味に、わずかながら混じる別の甘さ。チヒロの唾液がかすかに甘いということを、僕はもう知っている。
だから、その甘さが混じりあったプリンは僕の知らない、しかし至高の甘味。
「おすそわけ……どう? 私からのプレゼントってことで」
そう悪戯げに笑うチヒロ。
「……チヒロがこんなに積極的に来るなんてな」
「言わないで。ちゃんと認識するとすごく、恥ずかしくなるから」
「……はいはい。全く……これからも、よろしくな」
チヒロはスプーンで最後の一口をすくい取り、笑った。
「うん。よろしく……ほら、口開けなよ、あーん」
「ん。……うん、さっきのおすそ分けの方がやっぱ甘いね」
「さすがに、もうしないからね?」
「分かってるよ。……これでやってくれたらそれはそれで僕も我慢効かないし」
ふふ、とチヒロは楽しげに笑う。チヒロ的には、ここからどうなっても幸せしかないのだろう。たとえ僕が我慢できず押し倒したとしても、だ。
「ね、チハヤ? ふふ……大好き」
「……僕も、大好きだよ。昼にちゃんと動くために、もう寝よっか」
「うん。一緒に、寝ようよ。ぎゅって、してさ」
そう可愛らしく言う僕の愛する人。二度と離すものか、そう改めて心の中で誓いながら、僕はチヒロの手を引いた。
改めて、各務チヒロ生誕祭に寄せたチヒロ誕生日記念作品です。
今回もありがとうございました。また、次回以降がありましたらよろしくお願いします!